やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-34 戦術予報

 

 プラントの巨大な砂時計群を背に、ヴェサリウスはその流麗な艦体を漆黒の宇宙へと滑らせていた。メインスラスターが放つ青白い閃光は、これから始まる苛烈な追撃戦への静かなる狼煙でもあった。

 

 今回、ヴェサリウスは単艦での出撃ではない。本国からの増援として、もう一隻のローラシア級を伴い、一路、地球連合軍の新型艦『足付き』──アークエンジェルが逃げ込んだとされるデブリベルトを目指していた。

 

 先行して『足付き』の航跡を執拗に追尾しているのは、ガモフである。

 

 『アルテミスの傘』をニコルのブリッツによって突破された結果、防備の要を失ったからか『足付き』は要塞から発進したという。

 

 それが単なる逃走なのか、はたまたヘリオポリスで確認されたあの『紺色の新型ティエレン』と残る最後のG兵器を、月面基地プトレマイオスや地球のアラスカ本部へ移送するという新たな特命を帯びているのかは定かではない。

 

 いずれにせよ、難攻不落の要塞から自ら離れてくれたことは、ザフトにとってこの上ない好機であった。

 

 しかし、ガモフが迂闊に手出しを控えているのには明白な理由がある。現在、ガモフの格納庫に無傷で残されているまともな戦力は、地球軍から奪取したイザークのデュエル、ディアッカのバスター、そしてミゲルが搭乗するジンの三機のみなのだ。

 

 たった一隻の連合艦を沈めるために三隻もの艦を投入し、包囲網を敷く。

 

 この異例とも言える戦力編成は、プラント最高評議会──引いては国防委員長であるパトリック・ザラが、あの艦に積まれたG兵器と『紺色のティエレン』の存在をどれほど重く、そして危険視しているかの証左であった。

 

 だが、これほどの戦力を結集したところで、あの『紺色の化け物』を確実に仕留められるかどうかは、クルーゼの精緻な戦術予測をもってしても未知数と言わざるを得なかった。

 

 その疑念をさらに深める決定的な事実を、クルーゼは自室のモニターで冷徹に見つめていた。

 

 映し出されているのは、重傷を負ったニコルと共にプラント本国へ急送された、中破状態のブリッツから回収された戦闘記録である。

 

「……なるほど。ニコルが不意を突かれ、あそこまでの深手を負わされたのも無理はない」

 

 銀色の仮面の奥で、クルーゼの双眸が鋭く光る。

 

 モニターの中、ミラージュコロイドを解除して強襲を仕掛けたブリッツを迎撃したのは、かつてヘリオポリスで見たメビウスのエンジンブロックを流用した装備ではなく、また新たな装備を装着した最後の1機ストライクの姿だった。

 

「メビウス・ゼロのガンバレル……いや、それ以上の代物か」

 

 クルーゼの目を釘付けにしたのは、ストライクの背部から分離し、宇宙空間を生き物のように飛び回る攻撃端末──ガンバレルの軌道だった。

 

 その数は、地球軍のメビウス・ゼロが装備していた4基から、なんと『6基』へと増設されている。しかも、その端末が放つのは実弾ではない。

 

 ストライク本体と同等の威力を誇る、高出力の『ビーム』であった。

 

 ビームを放つ6基のガンバレル。それが意味する戦術的脅威は計り知れない。

 

 記録映像の中のガンバレルは、ただの一方的な射撃端末としてではなく、まるでパイロットの神経と直結した手足のように複雑極まりない三次元軌道を描いていた。

 

「これほどの端末群を、機体制御と並行して完璧に操るとはな……。ムウ・ラ・フラガ、貴様はMSという新たな肉体を得たことで、その能力をさらに開花させたとでも言うのか」

 

 クルーゼの唇が、自然と弧を描く。

 

 そこにあるのは、フラガという忌まわしき血統への単純な憎悪などではない。己の宿敵が予想を遥かに超える成長を遂げ、かつてない強敵として立ちはだかることへの純粋な興味と、身の毛のよだつような高揚感だった。

 

 クルーゼの脳裏に、自らの呪われた出自が蘇る。

 

 己の才能を受け継がぬ実の息子に見切りをつけた傲慢な男、アル・ダ・フラガ。

 

 彼が己のエゴを満たすためだけに造り出した『完璧な自分自身』、それがラウ・ル・クルーゼという存在の正体だ。

 

 しかし、神は残酷だった。テロメアが短く、常人の何倍もの速度で老化するという『短命』の宿命を背負わされたことで、彼はアルから「失敗作」の烙印を押された。そして皮肉なことに、フラガ家の家督は結局、出来損ないと呼ばれたムウへと引き継がれることになったのだ。

 

 アル・ダ・フラガへの復讐は、あの燃え盛るフラガ邸の炎と共にとうの昔に果たしている。

 

 だが、オリジナルの息子であり、己と同じ遺伝子配列を持ちながら「正常な時間」を生きるムウ・ラ・フラガとの縁は、どれほど血を流そうとも断ち切ることができない。

 

 互いの存在を感知し合うあの不気味な感覚が、二人の宿命を否応なく引き合わせていく。

 

「ふふ……ふははははっ!」

 

 クルーゼの喉の奥から、低く、愉悦に満ちた笑い声が漏れた。

 

「さあ、見せてもらおうかムウ。貴様の能力が、私のこの呪われた血の宿縁を上回るのかどうかを。次にまみえる時……果たして勝利の女神は、どちらに微笑むのだろうな」

 

 仮面にモニターの冷たい光を反射させながら、クルーゼは来るべき死闘の幕開けを暗い歓喜と共に待ち焦がれていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの艦内、兵員たちのつかの間の休息地である待機ボックス。

 

 薄暗い照明の下で、カップのコーヒーを啜っていたムウ・ラ・フラガは、隣に座る少年の呟きに眉を寄せた。

 

「……あまり、良くないですね」

 

「何がだ? キラ」

 

 ムウの問いかけに、キラは視線をどこか遠くに投げたまま、眉間に深い皺を刻んでいる。

 

「敵の動きです。アークエンジェルがこのデブリベルトに潜り込んだことは、敵も当然捕捉しているはずですよね。それなのに、仕掛けてくるどころか、偵察部隊の影すら見えない。アルテミスから出たこの艦を、血眼になって追ってきたっていうのに、ですよ?」

 

「そりゃお前、奴さんらにこっちへ仕掛ける手駒がないからって線もあるだろ。……ん? もしかしてそういうことか、キラ」

 

 ムウの脳裏に、一つの合点がいく。キラは無言で頷いた。

 

「はい。向こうは仕掛けられないんじゃありません。旗艦であるヴェサリウスがこの宙域を離れた今、その戻りを待っているんです。当然、MSの増援なり何なりを載せた本隊を」

 

「つまり、俺たちがここで大人しく籠もって待っていりゃ、奴らが増援を整える時間を稼がせてやるだけってことか……。お前、本当に技術士官にしとくのはもったいないぜ」

 

 ムウは思わず苦笑した。キラ・ヤマトという少年は、戦場の空気を読む能力が異常に高い。あらゆる可能性を想定し、最悪の事態を回避するための計算を即座に弾き出す。それは並の士官にもそうできることではない。

 

「あらゆる懸念を想定するのは、機械弄りも同じですから。……それより、敵の本隊が合流してくるという最悪のケースを考えると」

 

「ああ、そうだな。こうしちゃいられねぇな。だが、どうする? 今ここで艦のエンジンを噴かせば、向こうに居場所がバレるぞ」

 

 キラは真剣な眼差しをムウに向けた。

 

「寧ろ好都合だと思います。どのみち、このデブリの中じゃ、こちらの機体の機動性を活かせませんから」

 

「あの『バケモノ』みたいな装備のことか?」

 

「はい。アリュゼウスユニットの強みを生かすのなら、デブリベルトの中に居るよりも、開けた宙域に出た方が性能を発揮できます。それは、ムウさんのガンバレルも同じでしょう?」

 

 ムウはニヤリと口角を上げた。

 

「まぁな。となると、艦を出してMSで仕掛けるって手か?」

 

「そういう可能性も視野に入れるべきだと思います。この話を、ブリッジの艦長と副長へ伝えて決断を仰ぎましょう」

 

「だな。あの二人を通して、どうするか決めようか」

 

 ムウは待機ボックスの端末に手を伸ばし、通信ボタンを押した。

 

 通信が繋がるのを待つ間、ムウは斜め前に座る少年の横顔を盗み見た。

 

 ──本当に、ただの技術士官なのか?

 

 ヘリオポリスからこの艦に乗り込んできた、工業カレッジの学生。オーブの技術士官とは名乗ったが軍の正規訓練など受けている様な雰囲気もない、穏やかな少年の面影。

 

 それなのに、彼が時折見せる軍事戦略への造詣の深さや、戦場での立ち振る舞いには、時としてプロの軍人すら凌駕する鋭利な知性が宿る。

 

 技術畑に強いというのなら技術士官故にまだ理解できる。だが、彼の持ち合わせる知識や直感は、技術の枠を優に超えているのだ。

 

 どこで、誰に、何を学んだのか。

 

 ヘリオポリスの学生が、なぜここまで戦場の理に精通しているのか。

 

 抱いた疑念は拭い去れない。しかし、この少年が自分たちの最大の力であるということも、また揺るぎない事実であった。

 

「……ま、今はそんなことより、目の前の敵をどうするかだ」

 

 ムウは自分に言い聞かせるように小さく呟き、通信越しに聞こえてくる艦長たちの応答に耳を傾け始めた。戦場の運命を決めるための、新たな作戦会議が始まろうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルのブリッジを支配する、張り詰めた静寂。コンソールから放たれる青白い光が、艦長席のマリュー・ラミアスと、CICに座る副長ナタル・バジルールの険しい横顔を照らし出していた。

 

 待機ボックスの端末越しに繋がれた通信。そこから聞こえてくるキラ・ヤマトの推測は、ブリッジの空気を一段と冷え込ませるほどの説得力を持っていた。

 

『現在の敵艦の動きが緩慢である理由は、索敵に難航しているからではありません。本国、あるいは別動隊からの『増援』を待っていると考えるのが自然です』

 

 スピーカーから響く少年の声には、感情の揺らぎがない。ただ純粋に盤面を俯瞰する冷徹な論理だけがあった。

 

 ナタルは腕を組み、星図モニターに映るデブリの海を睨みつけながら奥歯を噛み締めた。キラの言う通りだ。

 

 アルテミス要塞という絶対的な傘を失ったアークエンジェルを執拗に追尾してきた武闘派のザフト艦が、この期に及んで手を出してこない理由。それは「見失った」からではなく「確実な包囲陣」を構築するための時間稼ぎに他ならない。

 

 このままアークエンジェルがデブリベルトという巨大な隠れ蓑に留まり息を潜め続ければ、それは同時に、敵の増援が合流するまでの『時間的猶予』を、自ら進んで与え続けていることと同義なのだ。

 

「他国の、それも学生上がりの技術士官の意見だと一蹴するには……外の静けさは、あまりにも不気味に過ぎるわね」

 

 マリューが苦渋に満ちた溜息を吐き出す。機体の整備を終え、反転攻勢の態勢が整いつつある今、敵が痺れを切らすのをただ待つという選択肢は、緩やかな自殺に等しい。

 

「ええ。このまま網が絞られるのを待つのは下策の極みです。……しかし、デブリ帯から真っ直ぐに飛び出せば、待ち構えているローラシア級の主砲と残存MS部隊の格好の的になります」

 

 ナタルが戦術的ジレンマを口にする。動けば撃たれる。待てば囲まれる。その袋小路の状況下で、通信の向こう側にいる少年は、信じられないほど淀みない声で次の一手を口にした。

 

『なので、僕の意見としては一つ提案があります。──ストライクと、ガンバレルストライカーを使った『サイレントアタック』です」

 

「サイレント、アタック……?」

 

 マリューが怪訝に眉を寄せる。

 

『はい。ストライク本体と、背部のガンバレルストライカーを分離させた、変則的な陽動および敵艦への奇襲作戦です』

 

 キラの口から語られるその作戦概要は、正規の軍事教育を受けたナタルでさえも一瞬息を呑むほどに、大胆かつ緻密に計算され尽くしたものだった。

 

 作戦の肝は、ガンバレルストライカーの特異な設計思想にある。元々メビウス・ゼロをベースにしたガンバレルストライカーパックは、ただの追加兵装ではない。

 

 元々のコックピットを残した単独の『有人MA』としても機能するのだ。

 

 キラの立案はこうだ。まず、ガンバレルストライカーのコックピットに、空間認識能力と操縦技術において右に出る者のいないムウ・ラ・フラガが搭乗し、有人MAとして極秘裏に出撃する。

 

『同時に、僕が乗るストライクが先行してデブリ帯の際に姿を現します。『アークエンジェルが偵察機を出した』とザフト側に錯覚させるんです」

 

 ストライクという『極めて目立つ餌』を放り込むことで、ローラシア級のセンサーとブリッジの注意を完全に一方向へと釘付けにする。あわよくば、デュエルやバスターといった厄介な残存MS部隊を、迎撃のために艦から引き剥がすことができれば御の字だ。

 

『敵の視線と戦力がストライクへと吸い寄せられたその死角を縫って、フラガ大尉のガンバレルストライカーが、デブリの陰から敵艦の懐へと潜り込みます。フラガ大尉の技術なら敵に対応される前に奇襲が出来ます」

 

 一撃離脱の強襲。

 

 狙うのは、艦の装甲の厚いブリッジや主砲ではない。

 

『標的は、ローラシア級のメインエンジンブロック。そこに全火力を一気に叩き込み、敵艦の足を完全に鈍らせます』

 

「……っ!」

 

 ナタルの肩が微かに震えた。それは恐怖ではない。あまりにも鮮やかで、そして敵にとってあまりにも残酷な戦術的最適解に対する、純粋な戦慄だった。

 

 敵艦の足を奪えば、包囲網は完成する前に綻ぶ。その混乱と爆炎が宇宙空間に広がったまさにその瞬間こそが、反撃の狼煙となる。

 

『敵艦が被弾し、指揮系統がパニックに陥ったその隙に、アークエンジェルはデブリベルトを全速力で離脱。最大戦速で第8艦隊との合流予定ポイントへ向けて一気に駆け抜けます。同時に、ストライクとガンバレルストライカーも戦域から離脱、あるいは空中でドッキングを行い、艦の後を追って合流します』

 

 陽動、撹乱、浸透、奇襲、そして敵本陣へのピンポイント攻撃からの、母艦の全速離脱。

 

 モビルスーツとモビルアーマーの特性を極限まで出し尽くし、敵の心理的な死角すらも計算に組み込んだ、流れるような作戦概要。

 

 通信の向こう側で、ムウが面白そうに鼻で笑う音が聞こえた。

 

『どうだい、艦長、副長。俺の腕と、この坊主の化け物じみた生存能力をフルに活かした、最高にイカした上で成功率も高い作戦だと思わないか? 俺は乗るぜ。待ち惚けを食らってただ殺されるよりは、向こうの艦長に冷や汗をかかせてやる方がずっと俺の性に合ってる』

 

 ブリッジに束の間の沈黙が落ちる。

 

 正規兵でもないオーブの学生が、これ程の戦術をまるでパズルを解くかのように淡々と提示してきた。その底知れぬ才覚に、マリューもナタルも、もはや反論の余地を見出すことはできなかった。

 

「……バジルール少尉。CICのシステムを、サイレントアタックのタイムラインに同期。機関部へ通達、メインエンジンの出力をスタンバイ状態へ。発進のタイミングは、フラガ大尉の第一撃に合わせます」

 

 マリューが、艦長としての覚悟を決めた声で命を下す。

 

「了解。……ヤマト三尉、フラガ大尉。本艦の命運、貴官らに託す。必ず、生還しろ」

 

 ナタルもまた、コンソールを叩きながら通信越しに鋭く言い放った。

 

 アークエンジェルの冷たい鉄の腹の中で、静かに、しかし劇的な反転攻勢の歯車が回り始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ストライクのコックピット。ヘリオポリスでマリューさんと席を強引に変わった日以来に、このシートに座るというのも不思議な感覚だった。

 

 今回は、この後の『サイレントアタック』でガンバレルストライカーと合体する予定だ。そのため、今のストライクは余計な武装を一切排除した、極めてシンプルな素体の状態で出撃する。

 

 かつて伝説と呼ばれた白い機体を彷彿とさせるような、無駄を削ぎ落としたシルエット。装備はビームライフルとシールドのみ。この剥き出しのシンプルさが、逆に今の僕には心地よい緊張感を与えていた。

 

『フラガ機、カタパルトへ』

 

 艦内に響き渡る発艦前のアナウンス。

 

 だが、その後に続いた管制の声に、僕は一瞬、自分の耳を疑った。

 

『CIC、MS管制のミリアリアです。よろしくね、キラ』

 

「……えっ」

 

 通信ウィンドウが開き、そこに映し出されたのは、本来なら艦内の避難区画や食堂に居るはずのミリアリアの姿だった。軍の制服を着た彼女は、慣れない様子でCICの管制席に座り、必死にモニターと向き合っている。

 

「ミリアリア、なんで君がそこにいるんだ? ……どうして」

 

 僕の問いかけに、彼女は少しだけ悲しげに、けれど決意を秘めた瞳で微笑んだ。

 

『トールが……「MSに乗って戦う」って決めたから。だから、私にも出来ることをしたいなって思ったの。……サイとカズイも、今、艦の運用の手伝いをしてるわ』

 

『……作戦前だ。私語は慎め』

 

 厳格なナタルさんの叱責が割り込む。

 

『は、はいッ!』

 

 ミリアリアの背筋がピンと伸びる。彼女は軍人ではない。カレッジで学ぶただの学生だ。それなのに、トールが戦場へ出るというなら、自分もその隣で支えたいと、戦場の心臓部へ自ら飛び込んできたのだ。

 

「……よろしく。頑張ってね、ミリアリア」

 

 僕の声に、彼女は短く「うん」と力強く頷いた。

 

 窓の外に広がる闇が、以前よりもずっと重く感じられた。

 

 彼らはもう、僕の後ろに隠れているだけの存在ではない。僕と同じように、この戦争の濁流の中に足を踏み入れ、それぞれの戦いを始めたのだ。

 

 ならば、僕にできることは一つしかない。何があってもこの艦を、彼らを、絶対に沈めさせはしない。

 

『ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!』

 

 ムウさんの乗るガンバレルストライカーが、リニアカタパルトの加速を受け、漆黒の宇宙へと弾き出されていく。

 

 続いて、僕のストライクがカタパルトへと固定された。

 

『進路クリア、ストライク発進、どうぞ!』

 

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」

 

 一気に全身を押し潰すような重力加速度。

 

 デブリベルトの闇の中へと射出されたストライクは、慣性のままに機体を翻し、AMBACで鮮やかに姿勢を制御した。

 

 デブリの隙間を縫うようにして、僕は進路を取る。

 

 現在、ストライクのフェイズシフト装甲は起動していない。

 

 あえてエネルギーを消費せず、機体の色はグレーのまま。ステルス性能と電力温存を優先し、目視でも発見されにくい、まるで岩塊に紛れるような「ただの鉄の塊」として。

 

 この静寂の中で、僕は戦いの幕が開くのを待っていた。

 

 すべては、アークエンジェルを、そしてトールやミリアリアたちの明日を守るために。

 

 

◇◇◇

 

 

 この作戦が、僕がゼロから生み出した天才的な戦術などではないことは、自分自身が一番よく分かっていた。

 

 原作でヘリオポリス崩壊直後、アークエンジェルが窮地を脱するために実行した「サイレントラン」。

 

 それを今の状況に転用しただけに過ぎない。

 

 それなのに、ブリッジの皆から向けられる僕という「戦術家」への関心の眼差しは、どうにも居心地が悪く、背中がむず痒くなる。

 

 ティエレンという選択肢も当然あった。あの大推力と重装甲は魅力だ。

 

 けれど、ムウさんと阿吽の呼吸で連携し、ガンバレルストライカーの性能を最大効率で引き出すとなれば、必然的にこの『ストライク』を選ぶのは合理的だった。

 

「……ムウさん」

 

 僕は視界の端に映るデブリの群れを見つめながら、感覚を研ぎ澄ます。

 

 漆黒の宇宙を、スラスターを殺して慣性飛行で滑るガンバレルストライカーの気配。それはモニター上のデータではなく、僕の直感──空間認識能力という、この身体が持つ特別な感覚が、彼の位置を正確にトレースしていた。

 

 ストライクでデブリの岩塊を蹴り、無音のまま加速していく。

 

 先行するムウさんに追いつくように、デブリベルトの闇を切り裂く。

 

 センサーが反応した。光学カメラの解像度を極限まで上げ、デブリの影を一つずつ精査する。やがて、艦影が浮かび上がった。ローラシア級ガモフ。

 

 その艦影が、まるで獲物を待つ獣のように静まり返っている。

 

(見つけた)

 

 僕はストライクのコンソールに指を走らせた。

 

 カチリ、と硬質なスイッチ音がコックピット内に響く。

 

 グレーの地味な機体色が、みるみるうちにトリコロールの鮮やかな色彩へと塗り替えられていく。白、青、赤に輝くその装甲は、この暗い宇宙ではこれ以上ないほど「目立つ」標的となった。

 

 僕はスラスターの出力を一気に上げ、デブリの岩塊を派手に蹴飛ばしながら、わざとらしく熱紋を撒き散らして突っ走る。

 

「さて、見せてもらおうかな。君達の対応とやらを」

 

 ガモフのメインカメラがこちらを向いたのが分かった。

 

 パニック、あるいは驚愕。獲物が自ら飛び込んできたことに、艦内のクルーたちが色めき立っているのが想像できる。

 

 これでいい。

 

 僕が引き付ければ引き付けるほど、ムウさんのガンバレルストライカーが、彼らの死角へと深く食い込んでいく。

 

 僕はビームライフルの銃口を向けながらデブリを蹴った加速度を乗せたままデブリ帯を出て、敵艦の正面へと真っ向から飛び込んでいった。

 

 

 

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