やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-38 低軌道会戦

 

「出て来たか、ストライクめ……! 今度こそ逃がさんぞッ!」

 

 暗礁宙域の闇を切り裂いて現れたトリコロールの機影。ガモフの格納庫で増設された追加装甲『アサルトシュラウド』を纏い、重量感と威圧感を増したデュエルASのコックピットで、イザーク・ジュールは血走った双眸を見開き、メインモニターの中央にその姿を捉えた。

 

 センサーが標的を捕捉し、彼は獰猛な笑みを浮かべながらビームライフルを構えようとする。

 

 だが、その殺意の矛先は、直後に飛び込んできた「異物」の情報によって強制的に横槍を入れられることとなった。

 

「あぁん? なんだありゃ……冗談だろ?」

 

 砲撃戦特化型として、デュエルよりも遥かに高精度な長距離光学センサーと索敵システムを備えられたディアッカ・エルスマンのバスター。そのモニターが、より詳細で、かつ信じがたい戦場の全容を鮮明に拾い上げていた。

 

 ストライクと、あのアルテミスで煮え湯を飲まされた忌まわしい『紺色のティエレン』。そこまではまだ理解できる。

 

 だが、その紺色のティエレンの左右に、全く同じシルエットを持つ『青いティエレン』がさらに2機、まるで影法師のように完璧なフォーメーションを組んで追随しているのだ。

 

 あの異常な機動力と防御力を持つ化け物が、3機に増殖している。その事実だけでも背筋が凍る思いだったが、ディアッカの思考は、さらにその後方から迫る「規格外の絶望」によって完全に弾き出された。

 

「モビル、アーマー……なのか?」

 

 部隊の指揮官機として高度な広域高感度センサーを持つアスラン・ザラのイージスもまた、その「異様」を真っ先に検知していた。

 

 ストライクと3機のティエレンを完全に置き去りにして、後方から爆発的な推力で迫り来る大型の機体。

 

 まるで白鳥の頭部を思わせる流麗かつ鋭美な機首を持ち、戦艦クラスのプラズマエンジンを強引に束ねたようなその推進力は、モビルアーマーという枠組みすら破壊する巨大な質量兵器そのものだった。

 

「っ、速いっ!! ナチュラルがあんなんで保つのか!?」

 

 ディアッカはバスターのコックピットで、悲鳴に近い声を上げた。

 

 シートに叩きつけられんばかりのGに耐えながら向かって来るその大型MA。バスターのモニターに表示される相対速度と距離のインジケーターが、物理法則を嘲笑うかのような異常な数値を弾き出し、カウントダウンのごとく一瞬にして溶けていく。

 

「舐めるなァ!! 図体任せに突っ込んできたところで、的が大きくなるだけだッ!」

 

 自らの頭上、斜め上方から圧倒的な質量で押し潰すように突っ込んでくる大型MAに対し、イザークの怒りが爆発した。

 

 彼はデュエルのスラスターを吹かして姿勢を強引に制御し、右手に構えたビームライフルと、アサルトシュラウド右肩に増設された115mmレールガン『シヴァ』の砲口を同時に向け、引き金を引いた。

 

 光条と実体弾が、寸分の狂いもなくMAの機首へと吸い込まれる。

 

 だが、あろうことかその大型MAは、まともな回避行動すら取ろうとしなかった。

 

「なにぃ!?」

 

 イザークが驚愕に目を見開く。

 

 直撃したはずのビームは虚しく弾き飛ばされ、レールガンの高速徹甲弾もその分厚い偏向装甲に浅い火花を散らしただけで弾き返された。

 

 そして、大型MAは速度を一切殺すことなく、猛スピードでイザークたちの頭上を──文字通り、一瞬にして擦れ違っていった。

 

「抜けられた!? バカな、俺たちを無視しただと!?」

 

「マズいぞアスラン! あいつの向かった先は……ッ!」

 

 イザークの焦燥の声に、ディアッカとアスランが同時に戦慄の声を上げる。

 

 先鋒である強力なG兵器の3機を完全に無視し、あの強靭な装甲と質量を持つ大型MAが向かった先。

 

 それは、後方で展開の準備を整えようとしていた、ガモフとツィーグラーから発進した『ジン部隊』のど真ん中だった。

 

 戦列を分断され、陣形を内側から食い破られる最悪のシナリオが、三人の脳裏を過る。

 

「おーおー、良いのかねぇ! 戦場で背中を向けてちゃ、後ろからバッサリ落としちまうぞ!」

 

 その致命的な隙を、歴戦の鷹が見逃すはずもなかった。

 

 ガンバレルストライクのコックピットで、ムウ・ラ・フラガは獰猛な笑みを浮かべた。アリュゼウスユニットの規格外の突進に意識を完全に奪われていたイージス、バスター、デュエルに対し、彼はすでに背部から分離させた4基のガンバレルを死角へと滑り込ませていた。

 

 全方位からの激しいロックオンアラートが、ザフトの3機のコックピットにけたたましく鳴り響く。

 

 ハッと我に返ったイザークたちは、慌ててスラスターを吹かして緊急回避運動を取る。十字砲火のように放たれたガンバレルのビームが、彼らの機体を掠めて宇宙空間へと消えていく。

 

 「ちぃっ!」と舌打ちするディアッカとイザーク。デュエルとバスターへ向けられた砲火は、あくまで動きを牽制し、分断するためのもの。

 

 ムウの「本命」はアスランのイージスだった。

 

(パイロットが変わってなけりゃ、あの赤いトンガリ頭には、キラの親友が乗ってるはずだからな)

 

 ムウは操縦桿を巧みに操りながら、ガンバレルの砲囲網でイージスを徹底的に隔離していく。自分が相手をすると以前請け負った手前、優しいあの少年に、再び親友と殺し合いをさせるつもりなど毛頭なかった。

 

 一方、分断されたディアッカは、底知れぬ恐怖と苛立ちに塗れていた。

 

「クソッ! なんだよコイツら! 本当に人が乗ってんのか!?」

 

 ディアッカのバスターは、完全に2機の「青いティエレン」の包囲網の中に閉じ込められていた。

 

 鈍重なはずのティエレンが、ジンを遥かに凌駕する機動性でバスターの周囲を飛び回る。放たれる滑腔砲の重い実体弾が、砲戦仕様ゆえに足の遅いバスターの装甲に容赦なく叩き込まれた。

 

 装甲を貫通こそしないものの、フェイズシフト装甲はその着弾の運動エネルギーを無効化するたびに、バッテリー電力を消費していく。機体のエネルギーインジケーターが、見る見るうちに削られていく。

 

「舐めるなッ!」

 

 ディアッカは距離を取ろうと、両肩のミサイルポッドから弾幕を張る。

 

 しかし、2機の青いティエレンは完璧な連携を見せた。互いの死角を補い合いながら、胸部の機銃で的確な弾幕を張り、飛来するミサイルを空中で次々と撃ち落としていく。

 

 量子通信によるタイムラグ・ゼロの無線操作であることを知らないディアッカにとって、その動きはもはや悪夢でしかなかった。

 

(ティエレンなら、バスターの火力で撃ち抜けるはずだ……!)

 

 ディアッカは焦燥の中で活路を見出すべく、左右の火砲を連結させようとマニピュレーターを動かす。だが、まるで彼の思考を読んでいるかのように2機の青いティエレンが滑腔砲の牽制を叩き込み、連結シークエンスを執拗に妨害してくる。

 

 息をつく暇すら与えられない、完全な制圧戦術だった。

 

「貴様にも借りがあったな、デカブツ!!」

 

 イザークは、自分へと真っ直ぐに向かって来る『紺色のティエレン』──キラ・ヤマトの駆るティエレン全領域対応型へとビームライフルを向け、乱射した。

 

 放たれた幾筋もの光条。しかし、紺色のティエレンは、その重厚な見た目を完全に裏切る極めて微小かつ精密なスラスター移動のみで、すべてを紙一重で回避してしまう。無駄な動きが一切ない、機械の演算を超えた恐るべき見切り。

 

「デュエル……アサルトシュラウドに換装したのか」

 

 ティエレンのコックピット。薄暗いモニターの光に照らされたキラ・ヤマトの瞳は、激高するイザークとは対照的に、氷のように冷徹だった。

 

 キラは冷静に思考を巡らせながら、機体のマニピュレーターを操作し、レーザーライフルを構え、正確無比なカウンターの光条を撃ち返した。

 

「舐めるなと言ったろうがっ!!」

 

 イザークは咆哮とともにデュエルのスラスターを限界まで吹かし、そのレーザーをアクロバティックな機動で躱す。伊達にザフトの赤服を着ているわけではない。彼の卓越した操縦技術と、アサルトシュラウドの爆発的な推力が見事に噛み合っていた。

 

「……思ったよりレスポンスが上がってる」

 

 キラは僅かに目を見張り、操縦桿を強く握り直す。

 

 暗黒の宇宙空間で、紅蓮の復讐心を燃やすデュエルASと、氷の理性を宿した紺色のティエレンが激突する。

 

 ビームと実体弾が交錯し、装甲が削り合う火花が虚空に散る。両者の戦いは、互いの僅かな隙を突き合う、息もつかせぬ熾烈な高機動ドッグファイトへと移行していった。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんだよあのバケモノは! 地球軍の新型か!?」

 

 真新しいオレンジ色の専用ジンのコックピットの中で、ミゲル・アイマンは忌々しげに吐き捨てた。彼の視線の先、メインモニターの中央では、漆黒の宇宙空間を切り裂く極彩色のプラズマの尾を引いて、異常な質量を持つ大型の機体がこちらへ向かって全速力で吶喊してきていた。

 

 センサーが弾き出す相対速度のインジケーターが、まるでメーターが壊れたかのように、バカみたいな凄まじい勢いで数値をすり減らしていく。

 

 ミゲルはその数値を睨みつけながら、あの機体のパイロットの意図を測りかねていた。

 

 なぜ、先鋒として展開していたアスランのイージス、ディアッカのバスター、イザークのデュエルという、厄介極まりない「G兵器」たちを完全に無視し、後方に控えていた自分たちジン部隊へと真っ直ぐに突っ込んでくるのか。

 

『ハッ、無駄にデカいだけで大したことないぜ! 所詮はナチュラル共が必死こいて作ったオモチャだろうが!』

 

『あぁ、今更あんな図体だけのMAで、MSに勝てるかよ! 当ててくれと言わんばかりの良い的だぜ!』

 

 通信回線から、味方のパイロットたちの嘲笑と油断に満ちた声が聞こえてくる。

 

「油断すんなバカ野郎ッ!!」

 

 ミゲルは思わず怒鳴りつけていた。

 

 ここ数週間、あの地球軍の「足付き」──アークエンジェルを追い詰める過程で、つまりは彼らが常日頃から見下している「ナチュラル」を相手に、どれだけ散々な煮え湯を飲まされてきたことか。

 

 あのヘリオポリスで、アルテミスで、そしてデブリベルトで。幾度となく敗北を期したミゲルには、すでに「相手がナチュラルだから」というような、生温い驕りや選民思想など微塵も残っていなかった。

 

 そもそも、今の戦場はどうだ。

 

 ミゲルが最も懸念し、そして実際に戦場でその狂気の一端を垣間見たあの『紺色のティエレン』。その同型と思われる青い機体が、いつの間にか2機も増殖し、連合にとって最新鋭の砲戦用MSであったはずのバスターを、完全に手玉に取っている。

 

 本来、ティエレンとは『鈍重で機動戦には致命的に向いていない』という烙印を押された、時代遅れの遺物のはずだった。それが今や、高機動を誇るジンに匹敵する──いや、それ以上の三次元的な機動性で、最新鋭のG兵器を追いかけ回しているのだ。

 

 その時点で、ザフトがこれまで絶対的なものだと信じて疑わなかった『モビルスーツという兵器体系における優位性』が、完全に失われたという事実を、ミゲルは嫌でも痛感させられていた。

 

 そして、真正面から突っ込んでくるあの大型の機体。

 

 先ほど、イザークが怒りに任せて放ったデュエルASのビームライフルとレールガンの直撃を、あろうことか何の損傷もなく涼しい顔で弾き返しながらこちらへ向かってきたのだ。

 

 アレが、自分たちが知っているような「普通のMA」であるはずがなかった。

 

『ミサイルだと? んなもん、この距離で当たるかよ!』

 

『散開して撃ち落とせ!』

 

 ミゲルの焦燥を他所に、味方のジンたちが軽口を叩く。

 

 大型MAは、その巨躯の各所に設けられたウェポンベイを開放し、無数のミサイルを放射状に放ってきた。

 

(いや、おかしい……!)

 

 ミゲルは直感的な悪寒を背筋に感じた。

 

 放たれたミサイルの弾頭が、母機であるあの大型機と並走するようなスピードで迫ってきているのだ。母機そのものが、ミサイルの推進速度と同等、あるいはそれ以上の「バケモノみたいな速度」で飛んでいるというのか。

 

 ミゲルは限界まで思考を加速させ、自身の専用ジンを即座に急旋回させ、回避行動へと移行した。

 

 だが、他の味方ジンたちは、所詮はミサイルだと完全に舐め腐っていた。

 

 無理もない。彼らの常識において、このNジャマーの影響下にある戦場では、電波誘導が阻害されるため、誘導ミサイルのホーミング機能は著しく低下し、レーザー誘導をし続けなければ直線的な軌道しか描けない「ただのロケット弾」に成り下がるからだ。

 

 しかし、歴戦の『黄昏の魔弾』としてのミゲルの勘、そして得体の知れない死の予感は、残酷なまでに的中した。

 

 大型MAから放たれた無数のミサイルは、Nジャマーの干渉など全く受けていないかのように、それぞれの弾頭がまるで独立した意志を持った生き物であるかのように、空間を縫うような複雑怪奇な軌道を描き始めた。

 

『な、なんだこの軌道は!? クソッ、躱しきれねぇ!』

 

『ぎゃあああっ!!』

 

三次元的な包囲網を形成したミサイル群が、次々と味方のジンへと殺到する。直撃を受けた機体は、一瞬にして火球となり、無惨な火達磨となって宇宙空間に散華していく。

 

「チィッ!!」

 

 ミゲルは歯噛みしながら、右腕に懸架したバルルス改特火重粒子砲のトリガーを引き絞った。

 

 極太のビームの奔流が漆黒の宇宙を薙ぎ払い、自分へと迫り来るミサイルの群れをどうにか蒸発させる。

 

 76mm重突撃機銃を装備している機体は、まだ弾幕を張って迎撃の余地があった。しかし、今回の作戦は「対艦戦闘」を主眼としていたため、バズーカや対艦用大型ミサイルといった取り回しの悪い重火器を担いできたジンたちは、ミサイルの波状攻撃に対応しきれず、次々とその餌食となっていった。

 

 さらに、その超大型機体はミサイルだけでは飽き足らず、機体に備えられた高出力のビームキャノンまで解放した。

 

 自らの進路を力ずくでこじ開けるように放たれた極太の光条が、回避の遅れた不運な味方ジンの一機をあっさりと串刺しにして貫いた。

 

「バカな……ッ! たった一度の接敵で、半数が食われただと!?」

 

 ミゲルはモニターの端の部隊ステータスを見て、絶望的な声を上げた。

 

 つい数秒前まで11機編成で展開していたジン部隊。それが、ミゲル自身を除けば、10機いた味方機のうち、たった一度のすれ違いざまの攻撃で、半数である5機ものシグナルが一瞬にしてロストしてしまったのだ。

 

 そして、ミゲルの驚愕はそれだけでは終わらなかった。

 

「しかもコイツ……! MAじゃなくて、MSだったのかよ!?」

 

 猛スピードで突っ込んできたその機体は、ジン部隊の陣形を完全に食い破った直後、旋回しながらその機体を変形させた。

 

 鋼鉄の怪鳥を思わせるその流麗なシルエットが、ガチャガチャと音を立てるような複雑な変形シークエンスを見せる。

 

 そして姿を現したのは、堅牢極まりない重装甲を纏い、背中にプラズマエンジンユニットを背負った異形のモビルスーツの姿だった。

 

 ジンを5機落とした。敵機を一度の戦闘で5機落とすというのはエースパイロットの証だ。

 

 それを、たった一度の接敵、ほんの数秒の間に瞬時に成し遂げた化け物が、ただの突撃用のMAではなく、複雑な機動戦を行えるMSだった。

 

 それはつまるところ、あの常軌を逸したバカみたいなスピードを持ったまま、モビルスーツとしての三次元的な旋回性能や格闘戦の運動性まで発揮された場合、もう誰の手にも負えなくなるという、絶対的な死の宣告に他ならなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 アストレイ・グリーンフレームのコックピット、その中央で操縦桿を握るマユラ・ラバッツは、分厚いパイロットスーツ越しに脈打つ自身の心音を聞きながら、年甲斐もなく全身から沸き起こる強烈な興奮を隠すことができなかった。

 

 機体本体であるグリーンフレームの駆動系やジェネレーターには、何一つ特別な改修は施されていない。ただ、キラが用意した『アリュゼウス』という巨大な外装を纏っただけで、この機体は物理法則を嘲笑うかのようなバケモノじみた性能を獲得していたのだ。

 

 ニュートロンジャマーの干渉下において、誘導兵器はただの直進するロケット弾へと成り下がるのがこの世界の常識である。しかし、アリュゼウスから放たれた無数のミサイルは、その常識を完全に破壊した。

 

 母機であるTC-OSの予測演算プログラムがリンクした『自動追尾モード』。それは電波誘導に頼るのではなく、敵機の回避ベクトルと相対速度を瞬時に計算し、慣性誘導とスラスター噴射によって自ら獲物へと殺到する、まさに「生きた弾頭」であった。

 

 そして、攻撃力だけではない。機動性を支えるアリュゼウスユニットそのものが、強固なウェポンベイを兼ねた堅牢な重装甲で構成されている。

 

 その表面には徹底したアンチビームコーティングが施されており、さらに強力な磁界にビームを展開し、敵のビームを拡散する『ビームコート』という対ビームバリアまで備わっている。

 

 事実、先ほど突撃した際にザフトのデュエルが放った高出力ビームも、レールガンの直撃も、アリュゼウスにとってはパラソルで小雨を弾く程度の衝撃しか与えられなかった。

 

 ビーム兵器に対する防御力は、戦艦の装甲すら凌駕する絶大なるものだ。

 

「あっははははっ! なにこれ、最高じゃない!!」

 

 マユラは歓喜の声を上げた。

 

 もちろん、その代償が皆無というわけではない。規格外の推力が生み出す殺人的なGは、耐Gシステムを全開稼働させ、TC-OSの極めて優秀な姿勢制御補助プログラムが衝撃を殺してくれている状態であっても、なおパイロットの肉体を容赦なく軋ませる。

 

 ちょっとキツいジェットコースターなどという生温い表現はとうに通り越し、内臓が背骨に押し付けられ、視界の端が幾度もブラックアウトしかけるほどの激烈な負荷だ。

 

 しかし、今のマユラにはその苦痛すら心地よかった。頭の先から指先まで、全身の血管を沸騰するようなアドレナリンが駆け巡り、肉体的な悲鳴を完全に麻痺させている。苦痛を感じる暇すら惜しい。ただ純粋に、このアリュゼウスという『鋼鉄の鎧翼』がもたらす圧倒的な全能感と暴力的なまでの絶対速度に、彼女の魂は深く酔いしれていた。

 

(こんなトンデモないオモチャを作って、アタシに任せてくれるなんて……!)

 

 あんなに温厚で、放っておけばどこかで昼寝でもしていそうなあの少年が、これほどまでに獰猛な兵器を設計し、自分を信じて託してくれた。その事実が、マユラの胸を熱く焦がす。

 

 この戦いを生き抜いて、無事にアークエンジェルへ帰投した暁には、開発者であるキラにハグなんかじゃ到底済まさない。みんなの目の前で、思いっきり抱きついて熱烈なキスまでプレゼントしてやってもいい。それくらいには、彼女の感情は最高潮に達していた。

 

 だが、歓喜に震える唇とは裏腹に、モニターを見据えるマユラの双眸は、肉食獣のような冷酷な光を宿したまま戦場を俯瞰していた。

 

 アリュゼウスの広域センサーが、陣形を食い破られ、算を乱した6機のジンの熱源を捉え続けている。

 

 その中で、マユラの視線はたった一機、他とは明らかに異なる動きを見せている『オレンジ色のジン』に釘付けになった。

 

(……あのオレンジ、ただ者じゃないね)

 

 他のジンがNジャマーの常識に囚われ、初見殺しとも言えるTC-OSの変則機動ミサイルに呆気なく食い破られる中、あの機体だけは違った。直感か、あるいは死線を潜り抜けてきた経験則か。ミサイルの異常な軌道を瞬時に察知し、最適解の回避機動を取りながら、極太のビーム砲で迎撃すらしてみせたのだ。

 

 機体性能の差を、パイロットの純粋な技量と生存本能で埋めてみせたエースの動き。

 

「遊んでる暇はない、か」

 

 マユラはコックピット内に響くアラート音を切り飛ばし、アリュゼウスの火器管制システムを再設定する。ターゲットマーカーが、オレンジ色のジンをロックオンしていく。

 

 マユラは沸き立つ高揚感を冷たい殺意の底へと沈め直し、オレンジ色のジンに対する戦術警戒レベルを最上位へと引き上げると、再びプラズマエンジンのスロットルを限界まで押し込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「アデス、あとを頼む」

 

 静まり返るヴェサリウスのブリッジ。モニターに映し出される戦況図は、ラウ・ル・クルーゼが当初描いていた凄惨な「狩り」の光景から、大きくその姿を歪めていた。仮面の下の素顔は誰にも見えないが、その声の響きには、冷徹な計算が狂わされたことへの微かな苛立ちと、それを上回る底知れぬ探求心が混じり合っていた。

 

「はっ……し、しかし隊長、自ら出撃なさるおつもりですか?」

 

 副官のアデスが、狼狽を隠しきれずに問い返す。指揮官が自ら最前線へ赴くことは、戦術的にもリスクが大きすぎる。ましてや今の戦況は、ザフトが優位に立っているとは到底言い難い状況へと陥りつつあった。

 

「地球軍──いや、あの『足付き』の腹の中に潜んでいた隠し玉の数を、正確に読み切れなかったのは私の落ち度だ。……アレを相手にして、いくら歴戦のミゲルといえど、単機では分が悪かろう。彼をここで失うのは、ザフトにとっても手痛い損失となるのは避けられんよ」

 

 クルーゼはアデスの制止を軽く手で制し、翻る白服の裾とともに踵を返し、足早にMSデッキへと向かった。

 

 当初の想定では、アークエンジェルが隠し持っている戦力は、あのストライクと、得体の知れない紺色のティエレン、白いフレームのアストレイ程度だと見込んでいた。

 

 それが蓋を開けてみれば、倍近い8機ものMSを虚空へと展開し、あまつさえ、そのうちの1機──巨大な白鳥のようなシルエットを持つ未知数の機体は、たった一度の交差でこちらのジン部隊を瞬く間に5機も血祭りに上げたのだ。

 

 現在、戦場ではミゲル・アイマンが自身の専用ジンを囮とし、あのバケモノのような機体の注意を引きつけている。

 

 その隙に、生き残った5機のジンを第8艦隊の本隊へと差し向けたようだが、100機以上のメビウスを抱え、重厚な防空網を敷く連合の正規艦隊に対し、たった5機のジンで突撃したところで戦局を覆すような決定打になるとはクルーゼ自身も思っていない。

 

 やはり、前線の立て直しと、致命的な脅威となっているあの未知の機体群を排除するためには、彼自身が直接援護に出向く必要があった。

 

 だが、彼を突き動かしている理由はそれだけではない。

 

 むしろ、クルーゼの胸中を支配しているのは、「確かめなければならないこと」──自身の血塗られたルーツと、能力に対する冷酷な検証欲求であった。

 

 MSデッキの最奥。

 

 そこには、クルーゼの専用機である銀色のシグーが、重厚なハンガーに固定され、静かに主の到来を待っていた。

 

 しかし、その機体は以前のシグーとは異なる。背部には、プラント本国において極秘裏に開発が進められている次世代兵装の試作型──『ドラグーン・システム』のプロトタイプとなるプラットホームユニットが、まるで威圧的な後光のように幾つもの砲身を放射状に展開させて増設されていた。

 

 ドラグーン・システム。

 

 それは、地球連合軍のガンバレルと同じく、空間を立体的に制圧するための機動砲台を運用するシステムである。

 

 だが、連合のそれが有線式であるのに対し、ザフトのこのシステムは、Nジャマー環境下であっても量子通信を用いた「完全な無線制御」を目指して開発が進められていた。

 

 このシステムを完璧に操るためには、パイロット自身に常人を遥かに凌駕する高い『空間認識能力』が不可欠となる。

 

「……私に刻まれた『血』が、どこまでの高みに届くのか。それを測るには、これ以上ない舞台ではないか」

 

 クルーゼは、自身の出自──アル・ダ・フラガという男のクローンであるという呪われた真実を反芻しながら、薄暗いコックピットへと身を滑り込ませた。

 

 オリジナルであるアルの息子、ムウ・ラ・フラガ。彼がガンバレルを自在に操る類稀なる空間認識能力の持ち主であるならば、同じ血を、同じ遺伝子を分かち合う自分にも、当然その力が備わっているはずだ。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ。シグー、出るぞ!」

 

 カタパルトから射出された銀色の機体が、漆黒の宇宙へと解き放たれる。

 

 背に負ったドラグーンのプロトタイプユニットが、虚空の星光を鈍く反射した。

 

 地球連合、オーブ、そしてザフト。あらゆる勢力の思惑と業火が入り乱れる低軌道の坩堝の中へ、仮面の男は自身の存在証明を懸け、その戦火の中へと機体を飛び込ませていった。

 

 

 




実のところアリュゼウスユニットにミノフスキーフライトを用意出来ないからテスラ・ドライブを内蔵したいという欲求を極限まで悩み抜いて、それはあとでとっておく事にして大元通りにシェルフノズルのプラズマジェットエンジンで飛ぶ仕様に抑えた経緯がありますあります。

アークエンジェルとかミレニアム、カルラには重力制御ユニットのレビテーターに使われてるから多分テスラ・ドライブもイケるはず!
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