やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
クルーゼ隊の執拗な追撃を退け、絶望的な死地を切り抜けたモビルスーツ部隊は、次々とアークエンジェルの広大な格納庫へと帰還を果たした。
分厚いハッチが閉じられ、張り詰めていた極限の緊張がゆっくりと解けていく。
最先発として戦場を駆け回ったX-105ストライクのコックピットから降り立ったムウ・ラ・フラガは、ヘルメットを小脇に抱え、汗で額に張り付いた金髪を無造作に掻き上げながら、隣のハンガーで紺色のティエレンから降りてきたキラ・ヤマトへと歩み寄った。
その表情には、エースパイロットとしての達成感よりも、どこかバツの悪そうな、年長者としての申し訳なさが滲んでいた。
「悪いな、キラ。お前が丹精込めて組み上げてくれたお手製の装備、ハデにぶっ壊しちまった」
ムウの視線の先には、ストライクの背部から取り外されようとしているガンバレルストライカーの無惨な姿があった。
イージスとの激しいドッグファイトの代償として、6基あったガンバレルのうち3基が破壊されている。
だが、それを聞いたキラは、機体のデータが入った端末から顔を上げると、一切の非難を含まない、心底ホッとしたような柔らかな笑みを浮かべた。
「気にしないで下さいよ。機械なんて何度だって作り直せば済む話ですから。それよりも、ムウさんが無事に帰ってきてくれた事の方が、僕にとってもこの艦にとっても、何万倍も良い事なんですから」
損得勘定も嫌味も一切ない、ただ純粋に人命を最優先とする少年の真っ直ぐな言葉に、ムウは毒気を抜かれたように小さく息を吐き、苦笑交じりに肩をすくめた。
「お前ってやつは……。機械は直せても人間は、ってか。そういう損な役回りを平気で被るあたり、やっぱ根っこは生粋の技術士官だねぇ」
「根っこもなにも、事実として僕はモルゲンレーテの技術士官ですからね」
そんな二人の穏やかなやり取りが行われているハンガーの反対側では、先ほどの戦場で最も常軌を逸した戦果を挙げた『アリュゼウス』の巨体が、けたたましい排熱音を立てていた。
そのコックピットから降りてきたマユラ・ラバッツは、同じくホワイトフレームと高機動型ガンバレルジンから帰還したアサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェンと合流し、ヘルメットを脱ぎ捨てて興奮冷めやらぬ様子で言葉を交わしていた。
「それで? 実際どうだったのよ。通信越しにもアンタの奇声が聞こえてたけど、ちょっとキツめのジェットコースターに乗った気分は」
腕を組み、呆れたような、しかし無事の帰還に安堵するアサギの問いかけに、マユラは瞳をキラキラと輝かせ、全身に漲るアドレナリンが齎す興奮を隠そうともせずに破顔した。
「んっとに、最高にハイってやつ!? 宇宙を飛んでるっていうより、星の海を力ずくで蹴っ飛ばしてるみたいな感覚! キラ君が造ってくれたんだし、本国に帰っても絶対にあれ使い続けたいくらいよ!」
「まあ、気持ちは分かるけれど……」
ジュリが鎮座するアリュゼウスの禍々しいシルエットを見上げながら、冷静な分析を口にする。
「ただアストレイの素体にあのユニットを着せているだけなのに、テストパイロットの私たちを乗せても、一瞬でエースに出来ちゃうような恐ろしい代物だものね。アレを真正面から食らったザフトのジンのパイロットたちが、本当に可哀想に思えたわよ」
そんなアリュゼウスの暴力的なまでの手触りと、圧倒的な性能について熱弁を振るっていたマユラの視界の端に、ムウと談笑しているキラの姿が映り込んだ。
その瞬間、戦場での獰猛な猛禽類のような顔つきから一変し、年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべたマユラは、無重力の格納庫の床を軽く蹴り、弾かれたようにキラの方へと宙を舞った。
「キ〜ラ君ッ♪」
「わっ!? マ、マユラさん!?」
背後からの不意打ち。マユラは着地の勢いそのままに、キラの腕にガシッと抱きついた。急な突撃に体勢を崩しかけたキラを支えるように、彼女はさらに身体を密着させる。
「おっと。んじゃ、お邪魔なオジサンは、ちょっくら自分の愛車の修理でも手伝いに行きますかね〜。若いもんは若いもん同士、仲良くやりな」
「ま、待って下さいムウさん! 修理なら、僕も手伝い──」
空気を読むことに長けた歴戦の男は、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら、見事に破壊されたガンバレルストライカーの修理という完璧な口実を盾にして、早々にその場から逃亡を図った。助けを求めるキラの悲痛な声は、格納庫の喧騒に虚しく吸い込まれていく。
「え〜、修理なんてあとにして、今はお姉さんのアリュゼウスの整備手伝ってよぉ。アレを組んだのはキラ君なんだから、キラ君じゃないとまともに弄れないでしょ?」
逃げ道を塞ぐように、マユラは甘えるような声音でキラをさらに強く拘束する。
確かに彼女の言う通り、あの機体のOSと推進系のチューニングは、開発者であるキラにしか完全なメンテナンスは不可能だ。理屈としては極めて最もな主張である。
「わ、わかりました! 分かりましたから、とりあえず離れて下さいよ……っ!」
しかし、今のキラの脳内では、機体のメンテナンスなどという思考は完全にショートしていた。
極限の戦闘を終えたばかりの、熱を帯びたパイロットスーツ。その分厚い生地越しであっても誤魔化しきれない、女性特有の豊かな胸の柔らかな感触が、キラの腕にこれでもかと押し付けられている。さらに、至近距離に顔を寄せるマユラのうなじからは、戦闘の緊張感から解き放たれた甘い汗と、彼女自身の体温が混じり合った蠱惑的な香りが漂ってきて、キラの嗅覚を容赦なく刺激していた。
戦場では赤服のエースパイロットすら完全に手玉に取る冷徹な頭脳と技術を見せつける彼だが、傍から見れば、その本質は「そっち方面」への耐性が文字通り皆無な、ただの純情な十代の男の子でしかない。
マユラに腕をホールドされたまま、耳の先まで真っ赤に染め上げ、視線のやり場に困ってオロオロと泳がせるキラの初々しい反応に、マユラはさらに気を良くして、嬉しそうに彼を機体の方へと引きずっていくのだった。
◇◇◇
「……まぁ、無理もないわよね」
格納庫の喧騒の中、マユラに腕をホールドされ、顔を真っ赤にしながら引きずられていくキラの背中を見送りながら、アサギは呆れ半分、そしてほんの少しの『羨望』を隠しきれない苦笑いを零した。
隣でその様子を眺めていたジュリも、ふっと口元を緩めて同意するように肩をすくめる。
オーブのモルゲンレーテでテストパイロットとして選ばれながらも、これまではまともに機体を歩かせることすら至難の業だった。本国で極秘裏にリバースエンジニアリングしたコピー品のジンを使い、ナチュラル用OSの開発に四苦八苦し、泥水を啜るような思いをしてきた自分たち。
そんな彼女たちに、たった1時間機体に触れただけで、まるで手足のように、いや、歴戦の熟練パイロットのように機体を躍動させる魔法のシステム『TC-OS』を与えてくれた天才開発者。
それでいて、彼自身もザフトのエースを赤子扱いするほどの超一流のパイロットである。
オーブ軍籍の自分たちが、『専守防衛』という軍規の拡大解釈スレスレの口実を用いてまで地球軍の戦闘にガッツリと関わったのも、ひとえにキラがかのウズミ・ナラ・アスハ代表の絶大な信用と個人的な庇護を受ける『お気に入り』であり、彼が全責任を負うと背中を押してくれたからという理由が大きい。
だが、アサギやジュリ、そしてマユラが彼に惹きつけられる最大の理由は、その権力や才能ではない。
これだけの圧倒的な成果と腕前を持ちながら、この少年は自分の能力を誇示したり、それを盾に自分たちを見下したりするような真似は、ただの一度もしたことがなかった。
「あれだけの腕と頭脳を持っていて、普通ならもっと天狗になってもおかしくないのにね……」
「ええ。ちっとも威張らないし、私たちを見下すような態度は一度だって取ったことがないわ」
それどころか、彼女たちの腕前を少しでも上げるために、あえて嫌われ役となる『アグレッサー』を務め、シミュレーターで泣きが入るまで散々ボコボコにしてMS戦闘の厳しさを叩き込んでくれた。そして、いざ実戦に出るとなれば、「絶対に生きて帰ってこれるように」と、MSを用意し、常軌を逸した重装甲とバリアを備えた過剰なまでの専用装備まで用意してくれたのだ。
強くて、優しくて、圧倒的な才能を持ちながら、自分の身を削ってでも仲間を守ろうとする。
戦場では冷徹なまでに敵を制圧する絶対者。しかし機体を降りれば、自分の成果をひけらかすこともなく、誰に対しても穏やかで優しく、そしてマユラのような女の子からの肉弾戦めいたアプローチには顔を真っ赤にしてオロオロと狼狽える隙だらけの少年。
「……控えめに言わなくても、文句の付けようがない『超優良物件』よね、キラ君って」
ジュリがぽつりと零した言葉に、アサギは深く頷いた。
「歳だって、私たちとちょっとしか離れてないしね」
「そうねぇ。平和な世界なら、同じカレッジやキャンパスで机を並べて、学生をしてたって少しもおかしくない年齢よ」
アサギの呟きに、ジュリが静かに頷く。
軍人としての階級や立場を取り払ってしまえば、ただの年頃の少年と少女なのだ。
「……それにしても」
アサギはじっと、マユラに密着されているキラの様子を見つめた。
パイロットスーツ特有のボディラインが強調された胸元を腕に押し付けられ、タジタジになっているキラと、確信犯的に甘い声を出して彼を独占しようとしているマユラ。
「ちょっと、マユラのやつガチすぎない? あのスキンシップの激しさ……完全に外堀埋めに行ってるわよ」
「否定できないわね。……ただ見ているだけで出し抜かれるのは、私たちの性分に合わないんじゃないの? アサギ」
「……言うじゃない、ジュリ」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと意味深な笑みを交わした。
戦場ではオーブの誇るテストパイロットとして互いの背中を預け合うチームメイトだが、このままマユラの独走を許しておくほど、彼女たちも枯れてはいないし、欲がないわけでもない。
あんな風に露骨に身体を寄せるのは少し恥ずかしい気もするが、もう少し自分たちも『アピール』なり『アプローチ』なりを仕掛けていった方が良いのかもしれない。
戦場の余韻を塗り替えるように、オーブの少女たちの間には、ザフトのモビルスーツ部隊よりもよほど厄介で、そして熱量の高い『恋の駆け引き』の火花が、静かに、しかし確実に散り始めていた。
◇◇◇
トールは手にした端末をコクピットハッチの縁に置き、シートの背もたれに体を預けた。
宇宙用ティエレン指揮官機仕様──キラの手によって完全にアップデートされ、ナチュラルにも追従するよう最適化された、ディープブルーの青い無骨な装甲。
その頑強な巨体は、今のトールにとってはどこか分不相応な、重すぎる鎧のように感じられていた。
「よっ、トール。どーしたんだよ、そんな辛気臭い顔して。溜め息吐くと幸せが逃げるぞー?」
ハッチの下からひょっこりと顔を出したのは、先ほどまで戦場の最前線でストライクを駆り、ザフトのイージスと死闘を繰り広げていたムウだった。
パイロットスーツの襟を緩め、タオルの端で首筋の汗を拭いながら、ムウはからかうような、しかしどこか温かみのある視線を少年に向けている。
「フラガ大尉。……ああ、いえ。なんというかその、なんも出来なかったなぁって、ちょっと考えちゃってて」
トールは苦笑いを浮かべながら、視線を格納庫の床へと落とした。
ちゃんとした覚悟を持って臨んだ戦場。しかし、いざカタパルトを飛び出してみれば、待っていたのはアサギのホワイトフレーム、ジュリのガンバレルジンと共に、母艦アークエンジェルの直掩という任務だった。
戦場の中央では、ムウのストライクが縦横無尽に牙を剥き、キラのティエレンが奪われたGを圧倒し、マユラのアリュゼウスにいたっては一瞬でジンを5機も葬り去るという、文字通りの大激戦が繰り広げられていた。
それに対しトールが居た場所は、言ってしまえばその後方。飛び交うビームの光条や、爆散していくジンの炎を、ただ遠くからお留守番のように見つめているだけだった。
一度として引き金を引き、敵と直接刃を交えることはなかった。
艦の中にいるミリアリアを守るために戦うと、あれほど大口を叩いて出撃したというのに、自分は結局、何もしていないのではないか──そんな焦燥感と無力感が、若い彼の胸を苛んでいた。
「バッカだなぁ、お前は」
ムウは呆れたように笑うと、無重力を利用してフワリとコクピットの縁へと飛び上がり、トールの頭を容赦なく小突いた。
「痛っ! なにするんですか、大尉!」
「いいか、トール。お前がそのデカいカメでしっかり艦の周りを固めて守ってくれてたからこそ、俺たちは後ろの心配を一切せずに、目の前の敵を引っ繰り返すことに集中できたんだぜ?」
「そ、そうですかねぇ……。でも、俺はただ浮いてただけで……」
納得しきれない様子で呟くトールに、ムウは表情を真面目なものへと改め、その肩を強く叩いた。
「そういうこった。なにも前に突っ出て、敵のツラ拝みながらドンパチやるだけが戦争じゃない。最前線で大暴れする奴がどれだけ強かろうが、戦い終わって帰る場所がなくなってりゃ、その時点で負けなんだよ」
ムウの言葉は、数々の修羅場を潜り抜けてきた本物の『軍人』としての重みを含んでいた。
「アークエンジェルっていう、俺たちの絶対に壊されちゃいけない家を守り抜くこと。それがどれだけ立派で、どれだけ重要な仕事か、そこんとこ絶対に忘れんなよ、トール。お前は今日、立派に彼女と、そして俺たちの背中を守り切ったんだ」
その言葉は、トールの胸の奥に燻っていた暗い霧を、優しく、しかし力強く払拭していくようだった。
トールは慌ただしくCICの事後処理に追われているであろう恋人の姿を想い、それから、自分の乗るティエレンの操縦桿をそっと握り締めた。
「……はい! ありがとうございます、フラガ大尉!」
ようやくトールの顔に、いつもの少年らしいハツラツとした笑顔が戻る。
その様子を見て満足げに頷いたムウはマードックに呼び出されて機体を離れて行った。
トールは遠ざかるムウの背中を見送りながら、次はもっと上手く機体を操り、完璧にこの艦を守り抜いてみせると、新しく手に入れた愛機に誓うのだった。
◇◇◇
地球連合軍地上本部JOSH-A。
アラスカ地下深く、岩盤をくり抜いて建設された巨大要塞の司令部は、冷え切った空気に支配されていた。
その静寂を切り裂くように、一人の男の声が響く。
「なるほどねぇ。大した戦果ですよ」
ムルタ・アズラエルは、手元にある報告書を閉じてテーブルに放り投げた。第8機動艦隊より送られてきた、『アークエンジェル』の全戦果記録である。
ヘリオポリスへのザフト強襲から、昨日の低軌道会戦に至るまで。いまや地球軍上層部において、最も頻繁に、そして最もホットに語られる「新造艦」の記録だ。
大西洋連邦が莫大なリソースを注ぎ込んだはずのG兵器群は、OS開発の壁に阻まれていた。
ハードウェアは完璧。しかし、ソフトウェアの脆弱さが災いし、ろくに歩かせることさえままならない「鉄の塊」になり果てていた。
だが、現場判断で搭載されたそのOSは、皮肉にも大西洋連邦からすればライバルであるユーラシア連邦が採用している「ジャンク屋組合謹製」のTC-OSだった。
結果として、ムウ・ラ・フラガという熟練のパイロットと相まって、ザフトのトップガン、ラウ・ル・クルーゼの追撃を何度も退け、圧倒的な戦果を挙げている。
アズラエルは、その場に集まっていた大西洋連邦軍上層部を見回した。彼らの顔は、ひどく渋い。逆に陣取るユーラシア連邦の将校たちは、鼻を鳴らして内心の満足を隠そうともしていない。
「だから言ったんですよねぇ。使えるものは使って、さっさと完成させてくださいって。結局、僕の目は確かだったという事ですよ」
アズラエルが冷ややかに指摘すると、大西洋連邦の将校の一人が、声を震わせながら反論した。
「アズラエル理事……しかし、出処不明の民間OSを、我が軍の最新鋭機に搭載するのは機密上、あまりにリスクが……」
「それで?」
アズラエルは遮るように問い返す。その瞳には、侮蔑の色しかなかった。
「国防産業連合理事である僕の意見を蹴ってまで、胸を張って『独自開発する』と言い切ったあのG兵器は、結局どうなりましたっけ? 誰も動かせない、ただのスクラップに成り下がったんじゃないですか?」
将校の肩が萎縮し、言葉を失う。
TC-OSの性能は、もはや証明されたも同然だった。
元はといえばジャンク屋組合が海賊や盗賊から身を守るために開発した『ティエレン』用のOSだ。素人が動かしても「自衛」ができるほどの手厚いサポートシステム。それを本職の軍人が操ればどうなるか。ユーラシア連邦が戦線を支えている現状を見れば、答えは明白だった。
アズラエルは、内心でそんな無能な彼らを冷笑していた。
国防産業連合理事であり、ブルーコスモスの盟主。その肩書は父親から回ってきたものだが、彼は単なる狂信者ではない。彼は『ビジネスマン』だ。
彼にとって、ブルーコスモスの『青き清浄なる世界のために』というスローガンなど、民衆を扇動し、政敵を排除するための便利な「方便」に過ぎない。
彼は傘下企業でコーディネイターをも雇っている。彼らは宇宙の化け物ではなく、ただの人間だ。生きるためにはメシを食い、労働をする。それだけの話だ。
有能ならば、例え猛獣でも檻に入れて飼い馴らし利益を上げる。それがビジネスの鉄則だ。
アズラエルを最も苛立たせているのは、軍の面子だの、議会の承認だのといった瑣末なことに拘泥し、自国の最新鋭機をスクラップにする無能な軍部だ。
そして、もっと頭を抱えさせられたのは、大西洋連邦の一部のバカどもがやらかした『ユニウスセブンへの核攻撃』だ。
プラント理事国が大金を投じて造り上げたコロニー。そこでの自治権を巡る対立があったとはいえ、あの核攻撃は致命的なミスだった。
コロニーを一つ爆破したところで、怒り狂ったコーディネイターたちにニュートロンジャマーを投下させる口実を与えた。結果、この戦争は11ヶ月も泥沼化し続けている。
「軍需産業は儲かる」などという短絡的な思考は、経営者のそれではない。溜め込んだ資材を湯水のように消費し、兵站がパンクすれば、結局のところ赤字の垂れ流しになる。
(……ジブリールか)
頭の中に、虎視眈々と自分の椅子を狙う男の顔が浮かぶ。あいつは熱狂を信じすぎる。あのままでは、組織を共倒れにしかねない。
戦争を終わらせる。そのためにこそ、この圧倒的な戦闘データを持つ機体は必要だ。アズラエルはふっと、悪戯のような、しかし残酷な笑みを浮かべた。
「無駄にプライドを抱えて泥舟と共に沈むつもりなら、どうぞご勝手に。僕は、勝つための手駒を揃えるだけですから」
アズラエルの思考の中で、この終わりの見えない泥沼の先にある、新たな秩序──利益が最大化される、冷徹な世界が見えていた。
◇◇◇
外部の喧騒を一切遮断した防音壁に囲まれたその広大な空間に、重苦しい沈黙と、冷ややかな青白い光が満ちていた。
重厚なデスクの直上に展開されたいくつものホログラム・ディスプレイには、無数の戦術データ、損傷報告、そして漆黒の宇宙で繰り広げられた凄惨な戦闘の映像記録が、とめどなく流れ続けている。
「貴様とは思えん失態だな、クルーゼ」
パトリック・ザラの低く、威圧的な声が、執務室の空気を震わせた。
プラントの国防を担うトップである彼の双眸は、ディスプレイに映る自軍の被害状況──完全にロストした機体を示す無数の赤い文字列を鋭く睨みつけている。
「面目次第も御座いません。ザラ委員長閣下」
直立不動の姿勢でパトリックと対峙する白服の男、ラウ・ル・クルーゼは、顔を覆う仮面の下で表情を微塵も崩すことなく、完璧なまでの恭順を示して頭を下げた。
声には微かな悔恨の響きが混じっていたが、それがどこまで本心であるのかは、誰にも推し量ることはできない。
クルーゼ隊がこの短い期間で失った戦力は、ジン2個中隊にも及んでいた。
ヘリオポリスの崩壊から始まった一連の追撃戦。通常の艦隊戦であれば、これほどの練度を誇る精鋭部隊が、たった一隻の新造艦を相手にここまでの甚大な被害を出すなど、ザフトの常識からすれば到底あり得ない異常事態である。
軍法会議にかけられ、降格や更迭という処分が下されてもおかしくはない「大失態」であった。
パトリックは忌々しげに鼻を鳴らし、手元のコンソールを操作して映像を切り替えた。
「だが……地球軍の新型のデータを持ち帰った事、その判断と功績は評価する」
パトリックの言葉は、単なる部下への慰めではない。国防委員長という、プラント全土の命運を預かる軍事の最高責任者としての、極めて冷徹な損得勘定に基づいた評価であった。
彼の目に映るディスプレイの中では今、地球連合軍が隠し持っていた戦力が、ザフトの精鋭たちを蹂躙する様が克明に再生されている。
単騎でジンハイマニューバや他のG兵器を相手取り、有線式機動砲台を縦横無尽に操るトリコロールの機体『ストライク』。
ユーラシア連邦管区の戦線で突如として跋扈し始め、鈍重なはずの巨体を信じられない機動性で操り、ジンと同等以上の動きを見せる謎の『ティエレン』群。
そして、たった一度の会敵でジンを5機も一瞬にして撃墜した、極彩色のプラズマを吹き出す巨大な鋼鉄の怪鳥。
(コーディネイターが、ナチュラルに劣るはずがない)
それは、パトリック・ザラという男の根底に刻み込まれた、決して揺らぐことのない絶対的な信念である。
優れた遺伝子を持つ自分たちこそが新人類であり、旧き人類であるナチュラルが、自分たちの知能と技術力に追いつけるはずがないと信じて疑っていなかった。
しかし、現実として突きつけられたこの映像記録は、その揺るぎない確信の表面に、冷たい亀裂を走らせるのに十分な破壊力を持っていた。
膠着状態に陥っていた地上戦線において、ユーラシア連邦が『ティエレン』という規格外の重装甲MSを大量配備し始めたことで、ザフトの優位性に嫌な曇りが差し掛かっていたのは事実だ。
それに加えて、ヘリオポリスで奪取したG兵器群の解析データと、今回持ち帰られた戦闘データが合わさることで、地球連合の恐るべき軍事計画の全貌が白日の下に晒され始めていたのだ。
戦艦の主砲クラスの威力を誇る『高出力の携帯ビーム兵器』のMSサイズへの落とし込みと標準化。
物理的な攻撃を完全に無効化する『フェイズシフト装甲』。
そして、MSの操縦という複雑な演算をやってのけ、機体制御を劇的に向上させているナチュラル用OSである『TC-OS』の存在。
「忌まわしいナチュラルどもめ。我々のジンに対抗するために、裏でこれほどの手札を揃え、研ぎ澄ましていたというのか……」
パトリックの拳が、デスクの上でギリッと音を立てて握り締められる。
もし、クルーゼが自らの部隊の被害を隠蔽しようとしたり、意地になって無謀な突撃を繰り返し、これらの貴重な交戦データを持ち帰る前に全滅していたとしたらどうなっていたか。
ザフト軍は、地球連合がすでにMS戦術においてこれほどの技術的飛躍を遂げているという事実を知らぬまま、次なる大規模作戦に貴重な戦力を次々と投入し、未曾有の大敗北を喫していたかもしれないのだ。
「被害の大きさは痛恨だが、ここで取り逃がした『足付き』と新型機群の戦闘データを本国へ持ち帰った事は、ジン2個中隊を失ったという部隊の損失を帳消しにして、なお余りある戦略的価値がある」
パトリックは鋭い眼光をクルーゼへと向けた。
「統合設計局には、すでに貴様が持ち帰ったデータの解析を急がせている。連中がビーム兵器を携帯し、フェイズシフト装甲を纏うというのであれば、我々はそれを凌駕する次世代の機体を造り上げるまでのことだ。奪取した4機と、このデータを土台としてな」
「はっ。我が身を削って得た記録が、プラントの輝かしき未来の礎となるのであれば、亡き部下たちも本望でございましょう」
クルーゼの仮面越しの声は、どこまでも冷徹に、そして恭しく響いた。
パトリック・ザラは小さく頷き、ホログラムの光を背に受けながら、眼下に広がるプラントの未来と、血塗られた戦争の次なるフェーズへと、その重苦しい思考を沈めていった。
◇◇◇
ザフト軍統合設計局、その深部にある解析室。薄暗い照明の中で、アルバート・ハインラインはディスプレイに映し出される映像を、瞬きさえ忘れたような眼差しで何度もリピート再生していた。
彼にとって、地球軍の開発した新型MSの技術や投入した兵装の細部データなど、同僚の凡庸な技術者たちに任せておけばいい。
彼がその研ぎ澄まされた知的好奇心を刺激され、食い入るように見つめているのは、ただ一点。あの鋼鉄の怪鳥の機体挙動そのものだった。
「……面白い。実に興味深い」
独りごちたハインラインの唇が、興奮の入り混じった弧を描く。
映像の中の怪鳥は、明らかにモビルアーマーの機動特性を有している。しかし、その中核には、オーブで量産配備が噂されている『アストレイ』系列と思われるモビルスーツが収まっているのだ。
公表されたアストレイの機体形状と、映像の中のコアユニットを比較すれば一目瞭然だった。だが、細部のディテールが複雑怪奇に入り組んでいる。基礎フレームこそアストレイかもしれないが、内部OSや駆動系、そして関節部の緻密さは、既存の量産機とは一線を画すプロトタイプであることは疑いようもなかった。
「本体を隠蔽し、あえて『大型MA』として運用する、か」
ジンやシグーに施されるアサルトシュラウドが、あくまで『追加装甲』という名の外套であるのに対し、この機体は『外骨格』という名の殻である。
MSを単なる兵器から、戦局を覆すための戦術投射兵器へと昇華させんとする運用思想。ハインラインは、その徹底した合理主義に舌を巻かざるを得なかった。
だが、彼が真に注目したのは、その防御能力の『異常さ』だった。
「実体弾を弾く堅牢さは、まあいい。ティエレンの延長線にある技術だろう。だが……」
映像をコマ送りし、特定のフレームを拡大する。
デュエルやシグーの放ったビームが、機体表面に到達した瞬間、霧散していく様子が映し出される。
通常、アンチビームコーティングによる防御であれば、ビームは装甲表面を焼いた瞬間、施されたコーティングがその熱量を吸収して拡散する。
しかし、この機体が見せた現象は明らかに異質だった。
ビームそのものが機体の数センチ手前で、まるで目に見えない透明な壁に阻まれるように拡散し、その運動エネルギーを喪失しているのだ。
「ビーム兵器に対する障壁……光波防壁か」
ハインラインの脳裏に、ユーラシア連邦が有する光波防御帯のデータが高速で駆け巡る。
技術的な系譜としては、あれの発展型だろう。しかし、ユーラシアの光波防壁は、本来要塞クラスの巨大なジェネレーターを必要とする、極めて大掛かりで局地的な防御装置だ。
それをモビルスーツという限定されたリソースの中で稼働させ、かつ、あのような透明な膜として機体全周に近い範囲に展開しているのだとすれば──。
「それを、どうやってここまで圧縮した?」
技術者としての敗北感と、次世代の扉を覗き見たという歓喜。
この機体は、ザフトがこれまで絶対的な優位だと信じて疑わず血眼になって開発していた『ビーム兵器による蹂躙』という戦術そのものを、根本から否定する可能性を秘めている。
堅牢な重装甲という物理的な壁と、一見して存在を把握できない見えない障壁。
二重の盾を纏うあの怪鳥は、ただの新型機ではない。我々に対する、静かな、しかし強烈な『挑戦状』だ。
ハインラインはディスプレイをなぞり、そこに映る怪鳥の冷徹なシルエットに向けて、独りごちた。
「君の秘密を暴き、その構造を理解する。これを造った技術者と話せる機会があるとするならば、是非とも話してみたいものだ」
彼は再び映像を最初から再生した。その瞳には、すでにこの「鋼鉄の怪鳥」を解析し、解体し、この見事な機構を組み上げた技術者に対する敬意すら抱いていた。
テスラ・ドライブは自重しておいて正解だった様子で、私自身改めて読者の皆様に許容されるラインを再認識する機会を得られて何よりです。
因みに現状、TC-OSとティエレンが暴れ散らし、ビットMSやアリュゼウスまで出てますけど、何処の辺りまでの技術なら許容出来るとかもあれば意見を頂けるととても参考になるので助かります。
※活動報告にご意見板を設置致しました。