キラ・ヤマトになってしまった…   作:星乃 望夢

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PHASE-42 親心と静かなる別れ

 

 オーブ連合首長国、行政府庁舎の奥深くに設けられた執務室。

 

 窓の外には、蒼く澄み渡るオーブの海と、平和を謳歌する活気ある市街地が広がっていた。だが、その美しい景色を背に立つウズミ・ナラ・アスハの心中は、ここ数週間、決して晴れることのない重い暗雲に覆われ続けていた。

 

 地球連合軍のG兵器開発計画──。

 

 オーブの国是である「中立」を根本から揺るがすその極秘プロジェクトは、サハク家という自国の一部勢力の独断専行によって招き入れられ、結果として中立コロニー『ヘリオポリス』をザフト軍との凄惨な戦場へと変えさせてしまった。

 

 その取り返しのつかない事態に対し、ウズミは全責任を背負って代表首長の座を退き、実務を弟であるホムラへと譲り渡した。

 

 だが、表舞台から退いたとはいえ、オーブという国家の精神的支柱であり、国防の要である彼のもとには、依然として最高機密情報が集約され続けていた。

 

 その日、外交ルートを通じて齎された報告書に目を通したウズミは、張り詰めていた肩の力を抜き、深く、長い安堵の溜め息を漏らした。同時に、微かに渋い顔を浮かべた後、やがて呆れたような、しかし心底からの感嘆を含んだ苦笑を漏らした。

 

「……大したものだ。あの少年は、私の想像を遥かに超える器に育ちつつあるらしい」

 

 ヘリオポリス襲撃の報を受けた直後、ウズミは避難民の救助リストの中に最愛の娘であるカガリ・ユラ・アスハの名を発見した。

 

 そして、彼女自身の口から「茶髪の少年に命を救われた。礼がしたいから調べて欲しい」という事実を口にされ、監視カメラの映像からカガリを助けたのはキラ・ヤマト本人である事が確定した。

 

 だが、そこから先のキラの足取りが、パタリと途絶えてしまっていたのだ。

 

 オーブの情報局が掴めていたのは、彼が民間ステーションでジャンク屋組合と接触し、宇宙用ティエレンを3機購入したという事実。

 

 そして、その機体をベースにした『指揮官機仕様』というセンサー類を強化した設計図を、惜しげもなくジャンク屋組合へと提供していたという断片的な動きのみであった。

 

(何故、オーブへと戻らぬのか。何故、無事であるという連絡の一つも寄越さぬのか)

 

 国費を投じてその技術を買い、そして黄金の意志を託した技術士官であり、何よりカガリの恩人でもある少年の安否に、ウズミは長らく気を揉んでいた。

 

 だが、手元にある分厚い報告書を読み解くことで、すべての謎が氷解し、合点がいったのだ。

 

「確かに、戻れぬわけだ」

 

 報告書は、キラが地球軍の新型強襲機動特装艦『アークエンジェル』に乗艦している事実を告げていた。

 

 ザフト軍の襲撃によって正規兵の大半を失い、絶望的な状況に陥っていたアークエンジェル。

 

 キラは、その窮地を「緊急措置」および「専守防衛」という大義名分のもとに救護し、そのまま行動を共にして地球へと降下、アラスカの地球軍本部へと辿り着いたという。

 

 ウズミの目を引いたのは、その過程でキラが構築していた『書類上の防壁』の精巧さだった。

 

 本来であれば、中立国オーブの民間人、あるいは軍籍を持つ技術士官が、他国の軍艦に乗り込んで戦闘に参加するなど、重大な国際法違反であり、最悪の場合はオーブそのものがザフトからの報復攻撃を受ける口実になりかねない。

 

 しかしキラは、アークエンジェルに同乗していたオーブ国籍の少年少女数名──ヘリオポリスの学生たちとカガリの護衛として付けたモルゲンレーテのテストパイロット達を、いつの間にか『ヘリオポリス・モルゲンレーテ社所属のMSテストチーム・オペレーター』として書類上、正式に登録してしまっていたのだ。

 

 深刻な人手不足に陥ったアークエンジェルに対し、オーブの民間企業が「技術的な知見からの緊急出向」という形で人員を貸し出した。彼らはザフトの無差別な戦闘に巻き込まれ、あくまで『生き残るための緊急避難的措置』として、仕方なく地球軍の艦の運用と防衛に手を貸したに過ぎない──。

 

「中立と独立を宣言する我がオーブの議会でさえ、『それならば致し方なし』と納得させられるだけの、完璧な言い訳だな。彼らを軍事裁判にかけるどころか、保護対象として本国へ迎え入れるための法的な大義名分を、自らの手で用意してみせたというわけか」

 

 ウズミは書類を指で弾きながら、少年の機転と政治的な成長に舌を巻いた。

 

 だが、ウズミの顔を一度渋くさせ、その後に深い微笑みを引き出させた最大の要因は、そこではなかった。

 

 報告書の後半。オーブの国庫と直結している『TC-OS包括的ライセンス契約者・顧客名簿』の最新の更新履歴に、見過ごすことのできない特大の爆弾が記載されていたのだ。

 

『大西洋連邦 国防産業連合理事:ムルタ・アズラエル』

 

 その名を見た瞬間、ウズミはアラスカで何が起きたのかを正確に幻視した。

 

(アラスカに降り立った彼に、あのブルーコスモスの盟主たるアズラエルが直接接近し、裏から契約を持ち掛けたのだろう。……いや、違うな)

 

 アズラエルの性格を考えれば、最初は間違いなくTC-OSという奇跡のシステムとその中枢開発者であるキラ本人を、金と権力で大西洋連邦軍へ『引き抜こう』としたはずだ。技術も人間も、丸ごと飼い殺しにするために。

 

 だが、あの心優しいが故に強靭な芯を持つキラ・ヤマトが、大西洋連邦へ自らOSを売り込んだり、国家を裏切って寝返ったりすることなど、ウズミには到底考えられなかった。

 

 ならば答えは一つ。キラは、巨大な軍産複合体のトップであるアズラエルからの苛烈な圧力と交渉を、たった一人で正面から受け止め、あろうことか『OS単体のライセンス契約』というオーブに最も有利な形へと、力ずくでねじ伏せ、持ち込んだのだ。

 

(OSの全権利と彼自身を買い上げられていても不思議ではない絶体絶命の盤面で、逆に相手の喉元に契約書を突きつけ、サインをさせたというのか)

 

 ウズミは天井を仰ぎ、震えるような溜め息を吐いた。

 

 この契約が持つ意味は、単なる企業同士の商取引とは次元が違う。

 

 ジャンク屋組合を通じ、ユーラシア連邦でライセンス生産されているティエレンは、すべてTC-OSを搭載している。

 

 その莫大なライセンス料は、すでに水面下でオーブの国庫へと流れ込み、それによってオーブは自国の量産型MSである『M1アストレイ』の頭数を急速に揃えるだけの莫大な防衛資本を獲得していた。

 

 そこへ今度は、大西洋連邦の国家予算規模の資本までが流れ込んでくるのだ。

 

 大西洋連邦は今後、自軍のMSを動かすたびにオーブへと永続的にロイヤリティを支払い続けることになる。

 

 ユーラシア連邦と、大西洋連邦。

 

 オーブという小さな島国が、図らずも地球という大地を二分する二大巨頭の巨大経済圏から、湯水のように軍事資本を注ぎ込まれる『絶対的な経済・技術大国』へと変貌を遂げた瞬間であった。

 

 どちらの国も、自国の軍隊の心臓部の命綱をオーブに握られている。もしオーブに牙を剥き、ライセンス契約を破棄され、OSシステムのアップデートを止められれば、両国のモビルスーツ部隊はたちまち稼働不全に陥る。

 

 武力ではなく、経済と技術の鎖によって、超大国を縛り付けたのだ。

 

「他国の争いに介入しないという理念。それを守り抜くためとはいえ、軍規スレスレの専守防衛という解釈を最大限に広げ、地球軍の艦に乗ってザフトと交戦した事実は、法治国家として表向きには咎める必要があろう」

 

 ウズミは執務デスクから立ち上がり、窓の外の美しいオーブの海を見下ろした。その瞳には、為政者としての強固な決意が宿っていた。

 

「だが……結果としてこのオーブを、ユーラシア連邦も大西洋連邦も、おいそれと手が出せぬ絶対の不可侵国家へと仕立て上げた最大の立役者。彼らには、もはや小言を言う気すら起きんな」

 

 ウズミは備えられた通信端末の受話器を手に取り、弟であるホムラへと回線を繋いだ。

 

「ホムラか、私だ。アークエンジェルの所在が確認された。……ああ、そうだ。早急に、彼らを『保護』するための特使を派遣する準備を進めてくれ。我らがオーブの未来を繋いだ英雄たちを、国を挙げて、最高の礼を以て出迎える準備をな」

 

 ウズミはそう告げると回線を閉じ、執務室のガラス窓越しに、どこまでも澄み渡るオーブの海と空を静かに見上げた。

 

 遠くには宇宙へと伸びるマスドライバー施設『カグヤ』の雄大なシルエットが聳え立っている。この美しくも危うい中立国を守るため、自らは代表首長の座を退き、すべての泥を被る覚悟を決めた。

 

 だが、その平和の裏側で、オーブの屋台骨を支えようとしているのが、かつて己に託された幼き命の片割れであるという現実に、ウズミは深く、重い吐息をガラスに吹きかけた。

 

 浅からぬ因縁を持つあの少年の顔が、脳裏に克明に浮かび上がる。

 

 本来であれば、カレッジで友人と笑い合い、穏やかな日々の営みの中でその才に花を咲かせるはずだった心優しい少年。それが今、たった一人で地球最大の軍需産業複合体の首魁、ムルタ・アズラエルという底知れぬ怪物と暗闘を繰り広げているのだ。

 

 それは火花を散らす物理的な戦場よりも、ある意味で遥かに冷酷で血生臭い、策謀と利権が渦巻く国際政治の最前線である。

 

 少年の細い肩に、超大国の野心をねじ伏せ、オーブという国家を経済と技術の鎖で強固に守り抜く『絶対の盾』を構築させてしまった。

 

 為政者としての頼もしさと、彼から平穏な青春を奪い去った一人の大人としての耐え難いほどの罪悪感が、ウズミの胸をギリギリと締め付ける。

 

 そして、ガラスに反射する自らの顔を見つめていると、その少年の顔と重なるように、もう一人の顔──愛する娘の面影がフラッシュバックした。

 

「……バカ娘が」

 

 ウズミの口から、ポツリと憂いを帯びた名がこぼれ落ちる。

 

 信を置くレドニル・キサカに預け、世界の現実と戦争の悲惨さを安全な場所から見せてくるよう送り出したはずだった。

 

 しかし、予定の期日をとうに過ぎても、あの無鉄砲で正義感の強い跳ねっ返りは、一向にオーブへと帰還する気配を見せない。

 

 今頃、灼熱の砂漠の地で何をしているのか。

 

 為政者として、そして一人の父親として、ウズミは気が気ではなかった。

 

 真っ直ぐすぎるほどに正義感が強く、後先を考えないあのバカ娘の事だ。

 

 現地で虐げられている人々を放っては置けぬと、その手に銃を取り、レジスタンスへと身を寄せているのではなかろうか。その手の銃で、誰かの命を奪っているのではなかろうか。

 

 もしそうなった時、あの跳ねっ返りの娘は自らの軽挙妄動に対する『言い訳』をちゃんと用意しているのだろうか。

 

 偽名を使い、素性を隠して戦えば済むという単純な話ではないのだ。

 

 他ならぬ、中立を国是として掲げるオーブ連合首長国の、前代表首長の娘。その立場の者が、オーブの理念を誰よりも一番に理解し、守らねばならぬ立場にあるという重い事実を、決して忘れて良いはずがない。

 

 それに引き換え、キラはどうだ。

 

 彼は、中立国の人間が他国の軍艦に乗って戦闘に加担したという事実を、オーブ議会や軍部、さらには国際社会から糾弾されたとしても、「生き残る為には、緊急避難的な措置として地球軍に協力する他なかった」という、法的に非の打ち所のない言い訳を、周到に、そして自らの手で用意して見せた。

 

 彼我の差を比べるにつけ、ウズミの口から重い溜め息が漏れる。

 

 本当に厳しく咎め、その青臭い正義感の責任を問わねばならないのは、地球軍の艦に乗りザフトと交戦したキラの方ではなく……己の立場も顧みずに戦場へと飛び込んだであろう、あの跳ねっ返りの娘の方やもしれん。

 

 ウズミは強く目を瞑り、その双眸を再び力強く見開いた。

 

 その目には、娘を案じる一人の父親としての弱さは微塵もなく、国家の命運を担う『オーブの獅子』としての猛々しい光が宿っていた。

 

 目の前の現実が、今為すべき使命が彼を待っている。

 

 アラスカの地で、超大国の圧力に屈することなくオーブの誇りを示し、見事に迎えを待っている『オーブの子ら』を、一刻も早くこの温かな故郷へと帰還させてやらねばならない。

 

 アークエンジェルに取り残された若者たちを政治の道具として使い潰される前に保護すること。

 

 それが、大人たちの身勝手な争いに巻き込み、過酷な運命を強いてしまった彼らに対する、せめてもの責任の取り方なのだから。

 

 ウズミは娘への懸念と父親としての私情を、鋼の意志で胸の最も深い奥底へと封じ込めた。そして、特使派遣の最終決裁を下し、新たな時代を切り開く若者たちを迎え入れるべく、威風堂々たる足取りで執務デスクへと踵を返した。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの艦長室。

 

 常に戦闘警報と怒号が飛び交っていた航海が嘘のように、アラスカの地下ドックに停泊した艦内は、微かな環境音だけが響く静寂に包まれていた。

 

 マリュー・ラミアスは一人の少年──いや、一人の頼もしい戦友を迎え入れていた。

 

 ヘリオポリスから今日に至るまで、戦場を幾度も切り抜け、この艦を最前線で守り抜いてくれた立役者、キラ・ヤマトに改めて礼を言うためである。

 

「改まって言うのも変かもしれないけれど……今日までこの艦を守ってくれて、本当にありがとう、キラ・ヤマト三尉」

 

「いえ。ラミアス大尉こそ。艦長という大任、本当にお疲れ様でした」

 

 互いに命を預け合い、死線を越えてきた仲でありながら、二人の間で交わされる会話はどこか事務的で、節度を保ったものとなっていた。

 

 もしも彼が、たまたま戦闘に巻き込まれ、他にストライクを動かせる人間がいないという理由だけで、友人たちを守るために戦場へと立たなければならなかった「民間人の少年」であったなら。

 

 マリューは大人として、そして軍人として、彼を戦争という人殺しの戦場へ巻き込んでしまった拭いきれない罪悪感に苛まれていたかもしれない。

 

 けれども、この世界線における二人の関係性は違った。

 

 キラはモルゲンレーテ社に所属する、オーブ国防軍の『技術士官』という明確な立場でアークエンジェルに乗艦していた。民間人を守るためという根本の理由は同じであっても、「戦争に巻き込まれた被害者」と「巻き込んでしまった軍人」という悲劇的な構図はここにはない。

 

 同じ技術畑に身を置く軍人として、互いの持てる知識と技術を総動員し、生き残るために背中を預け合った『戦友』。

 

 その対等な信頼関係が、この静かで穏やかな空気を作り出していた。

 

「これから先、多分……きっと、もう会うこともないのでしょうけど。貴方の事は、忘れないわ」

 

 軍籍が異なる以上、ここで艦を降りるキラとは完全に道が分かれる。一介の士官同士が再会できる可能性など、天文学的な数字に近い。

 

 それでも、キラはマリューの言葉に、静かに微笑んで答えた。

 

「はい。次に会える時は、戦争が終わったあとだと願っています」

 

「そうね……。戦争が終わって、平和になったら……何処かで会えるかもしれないわね」

 

 キラからの言葉に、マリューはその希望的観測を否定することなく、優しく相槌を打った。

 

 マリュー自身、本来であれば艦の指揮を執るような立場の人間ではない。彼女の根っこは、キラと同じ技術畑の人間だ。

 

 もしもこの長く苦しい戦争が終わり、お互いが本来の居場所である「技術者」としての日常に戻ることができたなら。いつか、どこかの国際的な技術フォーラムや、平和のための共同開発の現場で、大西洋連邦の技術士官とオーブの技術士官として、ふらりと顔を合わせる機会があるかもしれない。

 

 兵器に乗って殺し合うためではなく、未来を創るための席で。

 

 それは、血みどろの航海を終えたマリューにとって、何よりも美しい希望の形だった。

 

「道中、気をつけてね」

 

「ラミアス大尉も、お元気で」

 

 マリューがデスクの前に立ち、手を差し出す。キラもまた、その手をしっかりと握り返した。

 

 戦場を生き抜いた二人の技術将校の、固く、温かい握手。

 

 それは、アークエンジェルという数奇な運命の艦で交わされた、彼らなりの区切りの儀式であった。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの格納庫には、出発の時が迫る特有の静かな緊張感と、整備兵たちが立てる金属音が響いていた。

 

 キラは、ムウの愛機であるメビウス・ゼロのコクピットに潜り込み、ストライクの背部へと換装される『ガンバレルストライカー』の最終調整に付き合っていた。

 

 アルテミス要塞で組み付けされたメビウスのエンジンユニットを流用したガンバレルは既に取り外されている。代わりに組み込まれたのは、純正パーツを用いて完全修復された、本来のメビウス・ゼロのガンバレル6基。しかも、それはただの修復では終わっていなかった。

 

 武装は元の実弾砲塔から高出力のビーム砲塔へとアップグレードが施されていた。

 

「いざその時が来ると、なんだか寂しくなっちまうな」

 

 ふいに頭上から降ってきた軽口に、キラはキーボードを叩く手を止めてハッチの上を見上げた。そこには、いつもの飄々とした笑みを浮かべたムウ・ラ・フラガが、機体の縁に肘をついて覗き込んでいた。

 

「フラガ大尉」

 

「いい、手は動かしとけ」

 

 ムウがヒラヒラと手を振って促すと、キラは小さく頷き、再び視線をコンソールに戻して最終的な射線軸の同期プログラムを走らせた。

 

 その横顔を、ムウはどこか眩しいものを見るような目で見つめていた。

 

「お前さんのお陰で、俺はストライクに乗れるようになった。このガンバレルストライカーだって、元が俺のゼロだったとは信じられないくらい見違えちまったしな」

 

 ムウの視線が、凶悪なビーム砲塔へと生まれ変わった6基のガンバレルを舐めるように動く。そして、ふと息を吐くように、飾らない本音を零した。

 

「正直なところ……お前とは、もう少し同じ宇宙を飛んでたかったけどな」

 

「ムウさん……」

 

 その言葉に込められた、エースパイロットとしての純粋な敬意と親愛。幾度となく死線を共に潜り抜けてきた男からの最大限の賛辞に、キラは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 

 しかしムウは、すぐに照れ隠しのように金髪をガシガシと掻き回し、おどけた調子で笑い飛ばした。

 

「ワリ、ちょいとおセンチになっちまったな。まあ、お前さんとは別に死に別れってわけじゃないんだ。いつかフラッと、どこかの空の下でまた会えるさ」

 

「……ムウさんこそ、無茶して落ちたりしないで下さいよ?」

 

 キラが少しだけ不安げに、しかし冗談めかして釘を刺すと、ムウはニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべ、ビシッと親指を立ててみせた。

 

「心配しなさんなって。忘れた? 俺は不可能を可能とする男だってさ」

 

 その頼もしい決め台詞に、キラの口元にも自然と柔らかな笑みが浮かんだ。

 

 残り少ないアークエンジェルでの時間。

 

 絶望的な戦場の中央で、最も同じ時間を共有し、互いの背中を完全に預け合った二人のエースパイロットは、言葉少なに、しかし決して切れることのない確かな絆を感じ合いながら、名残惜しい別れの時を静かに刻んでいた。

 

 

 

 

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