やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
ついに帰り着いた祖国の地。
タラップを降りてオーブ本土の土を踏みしめた瞬間、サイ、トール、カズイ、ミリアリアの4人は駆け寄ってきた両親たちと抱き合い、互いの無事を確かめ合う。
その温もりと、頬を撫でる潮風の匂いが、彼らに「本当に生きて帰ってこられたのだ」という心底からの安堵をもたらしていた。
しかし、その歓喜と涙の輪の中にただ一人──彼らを守り抜くために誰よりも戦っていたキラ・ヤマトの姿はなかった。
この1ヶ月。
平穏なヘリオポリスでの学生生活がザフトの襲撃によって理不尽に引き裂かれてから、彼らが経験した日々はあまりにも濃密で、過酷だった。
アークエンジェルという地球軍の軍艦に乗り込み、幾度もの死線を越え、アラスカの地球軍本部へと辿り着き、パナマのマスドライバーで再び宇宙へ上がり、アメノミハシラを経て、ようやく祖国へ。
とてもたった30日間の出来事とは思えないほどの体験は、まだあどけなさの残っていた少年少女たちの心境を、劇的に、そして不可逆的に変えてしまうには十分すぎる時間だった。
帰国後、彼らを待っていたのはさらなる驚きだった。
自分たちがいつの間にか『モルゲンレーテ社・テストチーム所属のオペレーター』として軍属に近い公的な身分を与えられていたのだ。
戸惑う彼らの前に現れたのは、他ならぬオーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハ(この時、彼らはまだウズミの辞任を知らなかった)その人であった。
『そうでもしなければ、君たちは地球軍の所属として最前線に駆り出されるか、あるいは帰国と同時に「民間人が無許可で軍事行動に加担した」として、国際法や国内法に基づき様々に厄介な法的手続きに巻き込まれ、決して平穏にはオーブの土を踏めない立場となっていただろう』
国家のトップから直々に告げられたその事実に、彼らは言葉を失った。
自分たちがアークエンジェルのブリッジで、ティエレンのコックピットで、ただ必死に生き残ろうともがいていた裏側で。
キラは自分たちの見えないところで法的な根回しまで行い、友人たちが絶対に罪に問われないよう、すべてを一人で背負って立ち回ってくれていたのだ。
その事実に思い至った時、彼らの胸を満たしたのは、自分たちだけが安全な場所に降ろされたという一抹の寂しさと、それほどの負担を彼一人に押し付けてしまったという、胸が張り裂けるような申し訳なさだった。
ウズミの手配により、彼らには再び「戦争とは無縁の学生」に戻り、オーブで平和に生きていく資格と権利が完全に保証されていた。
カズイは安堵の涙を流し、その道を選ぶだろう。それは決して責められるべきことではなく、彼らが本来いるべき正しい場所への帰還に過ぎない。
だが。
少なくとも、サイ・アーガイルとトール・ケーニヒの二人には、その「平和な日常」へと無邪気に帰ることはどうしても出来なかった。
キラがどれほど身を粉にして、どれほどの血を流してこのオーブという国を守ろうとしているのかを知りながら、また彼に何もかもを背負わせ、自分たちだけがその血塗られた平和の恩恵の中で生きていくなど。
男としての、そして友人としての矜持が許さなかった。
それに、彼らは知っているのだ。
ヘリオポリスのカレッジで共に笑い合い、課題を押し付け合い、放課後を無為に過ごしてきた日々の中で見てきた、『キラ・ヤマト』という少年の本当の素顔を。
講義のレポートはいつもギリギリまで後回しにし、争い事を嫌い、面倒な役回りはヘラヘラと笑いながらサイやトールに押し付けて逃げようとする。
お気に入りのゲームやプログラミング以外には徹底して怠惰な、どこにでもいるただの心優しい学生。
なのに今、彼の本質とかけ離れた『無理』をしている状態なのか。政治家や軍人たちには「恐るべき天才」や「化け物」に見えていたとしても、長い付き合いの友人である彼らの目から見れば、キラが限界を通り越してボロボロになっていることなど痛いほどにバレバレだった。
「……俺、モルゲンレーテに行くよ」
夕暮れの海を見つめながら、サイがポツリと呟いた。
「俺もだ」と、トールがすぐに力強く頷く。
「あんな面倒くさがり屋に、世界だの国だのって重たいもん、全部押し付けたままで終われるかよ」
「ああ。……あいつの背負ってる荷物、少しでも軽くしてやらないとな。あいつ、そのうち一人で潰れちまうぜ」
ミリアリアもまた、二人の背中を見つめながら、静かに、しかし確かな意志を持って頷いた。
平和な日常という温かな毛布を自ら投げ捨ててでも。極限まで無理をしている親友の背中を支え、共に修羅の道を歩む。
それが、この一ヶ月の地獄を共に生き抜いた彼らが見出した、かけがえのない『答え』であった。
◇◇◇
大気圏を突破し、再び重力に引かれる感覚。宇宙の静寂から一転して、肌にまとわりつくような濃密な大気と潮の香りが、彼らがオーブ連合首長国へと帰還したことを報せていた。
アメノミハシラでの盟約と、新兵器群の設計。それらの仕事を終えたキラ・ヤマトは、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンの三人を伴い、モルゲンレーテ社本社の広大な地下工廠へと足を踏み入れた。
そこは、オーブが国の存亡を賭けて推し進める国防計画の最前線。4人のパイロットたちを待っていたのは、彼らのこれからの戦場を共にする新たな「剣と盾」であった。
まず行われたのは、戦力の大規模な再編である。
マユラの乗機『プロトアストレイ グリーンフレーム』は、その身を覆っていた規格外の『アリュゼウスユニット』を完全にパージされた。
莫大なコストと技術の結晶である装甲を脱ぎ捨て、身軽な素体へと戻されたグリーンフレームは、貴重な原型機としてモルゲンレーテの技術班へと返却される。
名残惜しそうに機体の装甲を撫でるマユラの顔には、一つの役目を終えさせた安堵と、相棒と別れる一抹の寂しさが同居していた。
一方、キラは自身の絶対的な相棒であり、共に死線を潜り抜けてきた私有MS『ティエレン全領域対応型』を、モルゲンレーテのハンガーへと預ける決断を下した。
鉄壁の生存性を誇るあの機体は、キラの戦術の要であったが、これから彼がテストしなければならない次世代の空力制御と変形機構には、機体の基礎フレームが全く適合しないからだ。
代わりにキラがそのコックピットへ身を沈めたのは、彼自身が所有権を持つもう一つの機体──『プロトアストレイ ホワイトフレーム』であった。
そして、アサギ、マユラ、ジュリの三人には、組み上げられたばかりの真新しいオーブ軍の主力機『M1アストレイ』がそれぞれ与えられた。
だが、それはただの量産機ではない。
モルゲンレーテの総力を結集して急造・実装した、世界を根底から覆す異形のテスト機群であった。
ハンガーに並び立つ三機のM1アストレイと、一機のプロトアストレイ。
その威容を見上げたジュリ・ウー・ニェンは、自身の機体に施された装備を見て、最初こそ微かな戸惑いと一抹の不安を抱きかけていた。
隣のハンガーを見遣れば、アサギのM1には重装甲と大推力を誇る『イカロスユニット』が装着されている。そして彼女の機体のマニピュレーターには、新規設計のロングバレル・ビームライフルが握られていた。
マユラのM1にはグリーンフレームが纏っていた『アリュゼウスユニット』が取り付け作業を行われていた。ワンオフのプロトタイプではなく、量産型のフレームでアリュゼウスの圧倒的な負荷にどこまで耐え得るのかという、耐久試験を兼ねた装備だ。
それに比べて、ジュリに与えられた装備は『シュライク』。
背部に大型のフライトローターを増設しただけの、四人の中で最もシンプルで、見栄えのしない地味な改良に思えたのだ。確かに長時間の滞空能力は得られるが、アサギやマユラの機体のような「戦局を単機で覆すような派手さ」はない。
しかし、ジュリの視線が自身の機体の『腰部』へと降りた瞬間、その不満は劇的な納得と戦慄へと変わった。
「……嘘でしょ。何よ、これ……」
シュライク装備型M1アストレイの両腰。そこには、機体の全高の半分近くにも及ぶ、異常なまでの質量を誇る巨大な実体剣──『9.1メートル対艦刀』が、二振りマウントされていたのだ。
その無骨で凶悪な装備を見た瞬間、ジュリの脳内でキラが組んだこの部隊の装備基準が完全に線として繋がった。
(そうか……。キラ君は、ただ新しいパーツをテストさせるために、私たちを適当に割り振ったわけじゃないんだ!)
アサギには、イカロスユニットの滞空性能とロングバレル・ビームライフルが与えられた。射撃を得意とするアサギの特性を最大限に活かすため、そして3人の中でリーダーとして最前線よりも一歩引いた位置で戦場を俯瞰させる為に。
マユラには、彼女自身がグリーンフレームでアリュゼウスユニットを経験済みであるからこそ、量産機へのフィードバックを正確に行うことができる。
そして、ジュリ自身。
三人の中で近接格闘戦を得意とする彼女には、重装甲による鈍重化はむしろ枷になる。必要なのは、シュライクのローターが生み出す小回りの利く三次元的な機動力と、敵の懐に潜り込んだ瞬間にすべてを両断する『絶対的な一撃の威力』だ。この9.1メートル対艦刀の真価を、最も暴力的に引き出せるのは自分しかいない。
ジュリは自身の唇に指を当て、ふっと笑みをこぼした。不満など、とうに吹き飛んでいた。むしろ、自身の技量をそこまで高く評価し、それに合わせた最凶の刃を誂えてくれた技術開発者への、底知れぬ信頼が胸を満たしている。
そして、その陣容の極めつけは、中央のハンガーに鎮座する白き機体──ホワイトフレームだった。
その背部には、巨大な翼と機首ユニットを備えた全く未知の戦術装備『BWS』が装備されている。
MSを簡易可変機へと変貌させるという、概念すら存在しなかった狂気のプラン。
空力制御、変形時のフレームへの負荷、そして戦闘機と人型兵器の操作系のシームレスな移行。
それらすべてが未知数であり、一歩間違えれば空中で機体が空中分解しかねない、最も危険な代物である。
「……一番ヤバいおもちゃは、自分でテストするってわけね。本当に、言い訳すらさせてくれない陣容だこと」
ジュリが呆れたように呟くと、隣に立っていたアサギとマユラも、半ば呆れ、半ば誇らしげに頷いた。
開発者自身が最も危険なテストベッドに座る。それは、彼が単なる設計者ではなく、誰よりも血を流して戦場を切り拓いてきた本物の戦士であることの証明に他ならない。
「さあ、行くわよあんたたち! キラ君に置いていかれないように、オーブの新しい空をぶん回してやるんだから!」
マユラが自身のヘルメットを叩き、気合を入れる。
オノゴロ島の地下工廠。若きテストパイロットたちは、やがて訪れる戦火から祖国を護り抜くための「絶対防衛の盾」となるべく、それぞれの新たな愛機へと決意と共に乗り込んでいった。
◇◇◇
「すべての条件はクリアした。あとはイレギュラーさえ起きなければ……」
プラントの統合設計局、その一角にある私室。
深夜の暗がりに青白いモニターの光だけが浮かび上がる中、アルバート・ハインラインは血走った眼でディスプレイを見つめ、祈るような、あるいは勝利を確信するような低い声で呟き、キーボードのエンターキーを力強く叩き込んだ。
画面上で、複雑なワイヤーフレームで構築されたモビルスーツのシミュレーション・モデルが起動する。
スラスターが火を噴き、機体が空間を蹴って急加速、次いで180度の反転と同時に格闘兵装を振り抜くモーションへ移行──した直後。
けたたましい警告音と共に、画面内のモデルの腕と脚部の関節パーツが、自らの生み出した強烈な慣性と推力に耐えきれずにへし折れ、四散する映像が映し出された。
「……クソッ!」
ハインラインは忌々しそうに悪態を吐き、整っていたはずの金髪を両手で乱暴に掻き毟った。
彼が今、睡眠時間を削ってまで没頭しているこのシミュレーションは、プラント最高評議会や設計局上層部からの正式な命令によるものではない。
言ってしまえば、彼個人の完全な『趣味』であり、一人の天才技術者としてのプライドをかけた個人的な執念の発露であった。
発端は、クルーゼ隊から提出された戦闘データである。
そこに記録されていたのは、大西洋連邦のG兵器でもなければ、自軍の新型機でもない。
ユーラシア連邦が量産しているという、ジャンク屋あがりの不格好な重装甲MS『ティエレン』であった。
だが、その中でも一機だけ、明らかに異彩を放つ「紺色のティエレン」が存在していたのだ。
歩く巨大な鉄塊。その自重は軽く100tを超えているはずである。
宇宙空間において「質量」は絶対的な物理法則として立ちはだかる。
100tの質量を持つ物体を急加速させ、あろうことかアクロバティックに方向転換させるなど、正気の沙汰ではない。関節には相当な負荷がかかり、中のパイロットは自身の体重の何倍ものGに押し潰されて肉塊と化すはずなのだ。
だが、あの紺色のティエレンは、その鈍重な見た目からは到底想像もつかないほど軽やかに宇宙を舞い、あろうことかザフトが誇る高機動戦特化型『ジンハイマニューバ』の機動性すら上回るという計算が出ている。
「あり得ない……。推力重量比、AMBACのレスポンス、フレームの応力限界……すべての物理法則と計算式に反している!」
ハインラインはモニターを睨みつけながら、爪を噛んだ。
映像データから外観のモデリングは完全に再現した。装甲の厚みから逆算した総質量も、スラスターの配置と推定出力も、すべてシミュレータに正確に入力した。
だからこそ、あの100tを超える超重量を、映像記録と同じ高機動で振り回すための『計算式』を当て嵌める作業において、彼は絶望的なまでの壁にぶち当たっていた。
自身の構築した最高峰のシミュレータが、「そんな動きをすれば自壊する」と冷酷なエラーを吐き出し続けている。
ハードウェアの性能だけであの動きを実現しているのではない。あの非常識な機動を成立させているのは、フレームの限界値の0.1%の隙間を縫うようにして姿勢制御スラスターとメインスラスターを同時かつ複雑に吹かし、強烈な慣性を相殺しながらベクトルを捻じ曲げている『狂気的なまでのソフトウェア』と、それをリアルタイムで処理している『パイロットの腕』だ。
「どんな化け物がOSを組み、どんな化け物が乗っているというんだ……!」
ハインラインの脳内に、設計者としての敗北感と、未知の技術に対する強烈な探究心がドロドロと入り混じる。
「……いいだろう。この僕に対する挑戦と受け取ってやる。あのアルゴリズムの正体を暴くまで、僕の夜は明けないと思え……!」
血走った眼に狂気めいた光を宿らせながら、ザフトが誇る天才エンジニアは、再びキーボードへとその指を叩きつけ、終わりの見えない数式と物理演算の海へと身を投じていった。
◇◇◇
その日、世界中を激震させる一つのニュースが駆け抜けた。
東アジア共和国・カオシュン宇宙港、陥落──。
年明けの1月15日、ザフトが東アジア共和国の保有する巨大マスドライバー施設を接収すべく開始した降下攻略作戦。
当初は迅速な制圧が予想されていた作戦であったが、戦況は早々に泥沼の膠着状態へと陥っていた。
その最大の原因は、ユーラシア連邦がカオシュン防衛のために展開した盾──鈍重なる鋼鉄の壁『ティエレン』部隊の存在である。
ザフトが主力として運用する通常の実体弾や爆発物では、ティエレンの異常なまでに分厚く堅牢な装甲を貫通することができなかった。
ジンやシグーが放つ重突撃機銃の弾雨は厚い装甲に弾かれ、ディンの対空散弾銃やミサイル群は傷ひとつ負わせられない。ザウートの4連装砲の直撃すら耐え抜き、バクゥのミサイルやレールガンによる砲撃も致命傷には至らない。
無論、ザフト側も無力ではなかった。
フォノンメーザー砲を装備するグーンやゾノ、あるいはバルルス改特火重粒子砲やD装備の大型ミサイルを懸架したジンであれば、ティエレンの装甲を撃ち抜くことは可能である。だが、ティエレン側も自らの脅威となるそれを熟知していた。
防衛陣地に鎮座する彼らは、それら重火力を有するザフト機を発見するや否や、部隊の総力を挙げた苛烈な集中砲火を浴びせ、真っ先に排除するという徹底した防衛戦術をとっていたのだ。
圧倒的なまでの「装甲」と、戦線を膠着させる泥臭い戦術。
この血みどろの睨み合いが動いたのは、開戦から一ヶ月が経過し、防衛の主力がユーラシア連邦の派遣部隊から、彼らに倣ってティエレンを導入・配備した東アジア共和国の自国部隊へと交代した直後のことであった。
ザフト軍は、この一ヶ月間ただ無為に戦線を膠着させていたわけではない。
元々プラント本国でも小型高出力ビーム兵器の開発は進められていたが、そこへヘリオポリスで奪取したG兵器のデータが齎された。これを直ちにリバースエンジニアリングで統合したザフトの技術陣は、驚異的な速度でビーム兵器の小型化と実用化を達成しつつあった。
当初の計画では、膠着する重力下戦線の要であるバクゥの口部にビームサーベルを搭載し、さらにビーム兵器を標準搭載した新型四脚機『ラゴゥ』を投入することで、戦局を少しずつ打開していく腹積もりであった。
しかし、戦場に立ち塞がる「ティエレンの陣地」という目障りな鋼鉄の壁を完全に粉砕するには、一部の改修機や少数の新型機だけでは火力が圧倒的に足りない。
そこでザフト軍上層部は、大胆かつ強引なリソースの極振りを決断する。
彼らは次期主力機『ゲイツ』の開発と並行し、ビームライフルより射程では劣るものの、連射性能と取り回しに特化した『ビームカービン』を完成させていた。本来はジンハイマニューバ2型などの上位機向けに調整されていた武装だが、これはすなわちノーマルのジンやシグーであっても携行・運用が可能であるということを意味していた。
ザフトは、ゲイツという新型機そのものを量産ラインに乗せることを後回しにしてでも、ティエレンの壁を穿つための『ビームカービン』と、ゲイツ用の『複合兵装防盾システム』の大量量産へと全生産リソースを注ぎ込んだ。
既存のジンとシグーの部隊に、次々とロールアウトされるビームカービンと複合盾を持たせる。
それは、ザフト軍がようやくティエレンの重装甲に対して、部隊規模で「有効打」を与えられるレベルへと到達した瞬間であった。
戦場に、これまでとは全く違う青白い閃光が乱れ飛んだ。
バクゥがその圧倒的なスピードでティエレン部隊を翻弄し、死角からビームサーベルでその脚部と関節を両断する。陣形が崩れたところに、ビームカービンを乱射しながら猛進するジンとシグーの部隊が殺到し、分厚い装甲を複合盾のビームクローでバターのように次々と溶かし、撃破していく。
頑強に抵抗し、重火力を叩き込む東アジア共和国のティエレン部隊も、決して無血で押し切られたわけではない。
ザフト側にも数多くの犠牲と撃破された機体の残骸が山のように積み上がった。
しかし、ビーム兵器という「絶対的な矛」を手に入れたザフトの猛攻を前に、一ヶ月以上持ち堪えた鋼鉄の防衛線はついに決壊の時を迎える。
多くの血と鉄が大地に染み込んだ果てに、カオシュン宇宙港は、その巨大なマスドライバーと共にザフトの軍門に降ったのであった。
◇◇◇
カオシュン宇宙港陥落という激震が世界を駆け抜けた数日後。
オノゴロ島の行政府庁舎、その最上階にある代表首長執務室へと、キラ・ヤマトは極秘裏に呼び出されていた。
重厚な扉を背にして立つキラに対し、デスク越しに鋭い視線を向けるウズミ・ナラ・アスハの表情は、ニュースが報じた世界の暗雲を体現するかのように険しかった。
「──ニュースは見たな?」
「はい。ザフトのモビルスーツ部隊も、いよいよ小型高出力ビーム兵器を標準装備する軍隊へとシフトし始めましたね」
ティエレンの装甲がビームカービンによって焼き切られたという事実は、キラにとっても想定内の出来事であった。
だからこそ、彼は先んじてアリュゼウスやイカロスユニットといった対ビーム・高機動装備を用意したのだから。
ウズミは短く息を吐き、腕を組んだ。
「カオシュンが落ちたとあらば、今後の情勢も大きく変わろう。勢いづいたザフトの動きが、地球上のあらゆる戦線で活発になるやもしれん」
そこまで語ると、ウズミは為政者としての厳しい顔つきを微かに崩し、どこか頭の痛い問題を抱えた一人の『父親』のような疲労感を滲ませた。
「……故にすまぬのだが、君にウチの『跳ねっ返り』を連れ戻して貰いたいのだ」
「僕に、ですか?」
不意に持ち出された個人的な依頼に、キラは微かに目を瞬かせた。
ウズミの言う『跳ねっ返り』が誰を指しているのかは、すぐに合点がいった。
ウズミの愛娘であり、現在オーブを不在にしているカガリ・ユラ・アスハのことだ。
「サハクの計らいで、君のアークエンジェル搭乗に関する軍法会議や咎めは無くなった。だが、それで納得しろとなるには、オーブ議会もまた一枚岩ではないのだ」
ウズミは政治の暗部を隠すことなく、目の前の少年に語った。
「軍政を司るサハクが庇護したとはいえ、君がオーブという国家に対してどの程度従順に機能するのか。何らかの『示し』をつけなければならんというのが、政治という厄介な生き物でな」
つまり、この娘の捜索任務は議会に対する「キラ・ヤマトはアスハの命令で汚れ仕事もこなす便利な手駒である」という政治的アピールを兼ねているのだ。
「それに……君は、ヘリオポリスであのバカ娘と会っているとも聞く」
ウズミの瞳の奥に、強い信頼の光が宿った。
「見ず知らずの他人に連れ戻されるなど、アレの性格からして絶対に承服すまい。だが、素性も知らぬあの娘を危険から遠ざけるため、無理矢理にでも避難シェルターへと押し込んだ君ならば。……あの子が戦場で間違いを犯していたとしても、力ずくで、殴ってでも連れて帰ってくれると、私は信じているのだ」
オーブの姫君という立場に阿ることなく、ただの一人の少女の命として扱い、守り抜いた実績。それこそが、ウズミがキラを指名した最大の理由だった。
その親心と、政治的な思惑の双方を正確に理解したキラは、迷うことなく頷いた。
「わかりました。……それで、何処へ迎えに行けばよろしいのでしょうか?」
「アフリカの砂漠だ」
「……アフリカ共同体、ですか」
キラの脳内で、即座に世界地図と勢力図が展開される。
アフリカ北部は、ザフト軍の名将『砂漠の虎』ことアンドリュー・バルトフェルドが睨みを利かせる激戦区だ。
そんな場所に、オーブの姫君が潜り込んでいるという事実には頭が痛くなるが、それ以上に問題となるのは出撃する『機体』である。
「となると、アストレイは使えませんね」
オーブのMSであるアストレイが、中立の立場を破ってザフトの勢力圏であるアフリカで戦闘を行えば、それこそ取り返しのつかない国際問題へと発展する。
「そうだ。オーブの正規軍を動かすことも、オーブ製の機体を使うこともできん」
ウズミは重々しく頷いたが、すぐに口元に微かな笑みを浮かべた。
「しかし、君の個人資産の中に『ティエレン』を所有しているのは承知している。あれならば、出処はユーラシア連邦か、あるいはジャンク屋上がりのものであると誤魔化すことができよう」
「ええ。あれなら砂漠の過酷な環境にも耐えられますし、火力も機動力も申し分ありません。……あとは、アフリカまでの輸送の問題ですが」
100トンを超える鋼鉄の巨人を、どうやってザフトの監視網を潜り抜けてアフリカの砂漠へ投下するか。
「案ずるな。既にジャンク屋組合を通じ、地球連合軍の輸送機を手配してある。好きに使ってくれ」
「……流石ですね。ウズミ様」
中立国の代表でありながら、必要とあらば裏社会のネットワークや他国の軍用機すら手足のように使いこなす。清廉なだけではない、ウズミ・ナラ・アスハの「オーブの獅子」としての凄みを垣間見せられ、キラは苦笑と共に一礼した。
「では、OSの環境調整を行った後、直ちに出発します」
背を向け、執務室を後にしようとする少年の頼もしい背中へ向けて、ウズミは父親としての偽らざる本音を、ポツリとこぼした。
「……頼む」
重厚な扉が閉まる。
キラにとって息をつく暇もない新たな任務。
だが、あの熱砂の戦場で戦火に身を投じているであろう不器用な少女を連れ戻すことは、彼自身が守りたいと願う『オーブの平穏』のために、絶対に避けられない道程であった。