キラ・ヤマトになってしまった…   作:星乃 望夢

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PHASE-48 熱砂の迎え

 

 アフリカの広大な砂漠の地を猛烈なスピードで滑空する一機のモビルスーツの姿があった。

 

 機体色を周囲の乾いた景色に完全に溶け込むサンドカラーに塗装された『ティエレン』である。

 

 しかし、その機体形状は通常の地上型とは大きく異なっていた。

 

 両肩のシールドや各部のスラスターなど、本来ならば無重力空間で機動性を発揮するための『ティエレン宇宙指揮官型』を基に地上用として流用・再設計されていた。

 

 両脚部に増設されたホバーユニットが、機体重量100トンを優に超える超重量の鉄塊を砂丘からわずかに浮かせ、凄まじい砂塵の尾を引きながら、まるで氷上を滑るスケーターのような軽快さで熱砂の海を駆け抜けさせている。

 

 地上での高速ホバー移動に特化させた局地戦用カスタマイズ機。

 

 『ティエレン高機動B指揮官型』──それが、このサンドカラーティエレンの名であった。

 

「……脚部ホバーの推力バランス、良好。各関節への砂塵の侵入率も想定値の範囲内。ジェネレーターの冷却効率は……夜だからなんともいえない、か」

 

 分厚い装甲に守られたコックピットの中で、キラ・ヤマトは無数に流れるステータス画面を一瞥しながら、コンソールに表示された地図データと現在の座標を照らし合わせていた。

 

 目的地は、リビア砂漠に位置する町、『タッシル』。

 

 反ザフトのレジスタンスである『明けの砂漠』が活動拠点としているという情報がある、灼熱の紛争地帯だ。

 

 手配した輸送機でタッシルのギリギリまで接近し、そこから機体を降ろすのが最も安全で効率的だった。

 

 だが、キラはあえて目標地点よりも遥か手前の安全圏で輸送機からこのティエレンを降ろし、自らの手で操縦桿を握って砂漠を自走する道を選んだ。

 

 理由は単純である。

 

 自身がシミュレーション上で組み上げたこの『ティエレン高機動B型』という機体が、実際の過酷な砂漠環境下において、本当に設計図通りに動いてくれるのかを「実地テスト」するためだ。

 

 ティエレンは巨大な質量を乗せたまま砂丘の頂点を斜めに滑り降り、美しい弧を描いて進行方向を変える。その際、姿勢制御のためのスラスターが絶妙なタイミングで噴射され、機体のブレを完全に相殺してみせた。

 

 カオシュンを陥落させ、ビーム兵器を手に入れたザフト軍。

 

 中でも、このアフリカ戦線を任されているバクゥ部隊の練度は、他の地域とは比べ物にならないほど高いと聞く。

 

 もしカガリを連れ戻す際、彼らと事を構えるような事態になれば、鈍重なだけの機体では一瞬で蜂の巣にされるか、ビームサーベルで両断されるのがオチだ。

 

 だからこその、この高機動B型である。

 

 重装甲で敵の攻撃を弾きつつ、バクゥに劣らぬホバー推力のスピードで砂漠を縦横無尽に駆け回る。

 

 陸の王者と名高いバクゥにも引けを取らないと自負している。

 

「待っててよ、カガリ。……あんまり無茶をしてなきゃいいけど」

 

 キラは小さく息を吐き、モニターに映る果てしない地平線を見据えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 サンドカラーに塗装されたティエレン高機動B指揮官型は、切り立った岩山と赤茶けた岩肌が複雑に連なる広大な渓谷地帯へと足を踏み入れた。

 

 コックピット内のコンソールに表示された地形データと現在座標を照らし合わせる。ナビゲーションシステムが示す通りであれば、この入り組んだ岩の迷路を抜けた先に、目的の地である『タッシル』の町があるはずだった。

 

 しかし、次の渓谷のカーブを滑るように曲がり切った瞬間、ティエレンの光学センサーが、この大自然の中にあるはずのない「異物」を捉えた。

 

 それは、赤茶けた岩肌にも、乾いた砂の色にも属さない、あまりにも場違いで圧倒的な『白』だった。

 

「……どうしてここに、アークエンジェルが」

 

 キラ・ヤマトは思わず操縦桿を握る手に力を込め、メインモニターに映し出された光景を呆然と見つめた。

 

 切り立った巨大な岩山に身を隠すようにして、その白亜の巨艦はひっそりと鎮座していた。対空カムフラージュのネットを被せられ、ザフトからの目視を辛うじて誤魔化している。特徴的な二本の艦首を持つ、地球連合軍の誇る特装艦。

 

 見間違えるはずがない。先日、アラスカの地球軍本部JOSH-Aで、互いの無事を祈りながら別れたばかりのあの艦が、なぜかザフトの勢力圏のど真ん中であるアフリカの砂漠に居るのだ。

 

 時空が歪んだのかと錯覚しかけたその時、コックピットに鋭い電子音が鳴り響いた。

 

 アークエンジェルからの、暗号化されていない直接のレーザー通信による識別要求だった。未確認の重装甲ホバー機が自艦の目と鼻の先に現れたのだ。艦内がどれほどの緊張状態に包まれているかは容易に想像がついた。

 

『そこのティエレン。見慣れない型だが、所属は何処だ』

 

 スピーカーから響いてきたのは、通信兵のものではない。厳しい軍律と生真面目さを絵に描いたような、硬く、そしてキラにとって聞き覚えがあり過ぎる女性士官の声だった。

 

 キラはふっと口元を緩め、張り詰めていた肩の力を抜くと、通信回線を開いて応答した。

 

「こちらジャンク屋組合所属、キラ・ヤマト。アークエンジェルに着艦許可を願います」

 

 わざと『ジャンク屋組合所属』という、カモフラージュの身分を口にしつつも、名前だけははっきりと名乗る。

 

 その直後、通信の向こう側で息を呑むような気配が伝わってきた。ブリッジのオペレーターたちが一斉に振り返り、声の主が目を丸くして硬直している姿が目に浮かぶようだった。

 

『ッ、ヤ、ヤマト三尉、だと?』

 

 ナタル・バジルール少尉の声は、先程までの冷徹な威嚇から一転し、信じられない幽霊でも見たかのような純粋な驚愕に震えていた。彼女の口から出た『ヤマト三尉』というオーブ軍の階級は、共に死線を潜り抜けてきた日々の名残だった。

 

「はい。予想外に早い再会となりましたね、バジルール少尉」

 

 重武装の鉄塊からは想像もつかないほど、穏やかでどこか懐かしさすら滲むキラの声。

 

 数秒の重い沈黙が流れた。おそらく、艦長席に座るマリュー・ラミアスと急いで顔を見合わせ、事態を飲み込もうとしているのだろう。やがて、スピーカー越しの声は再び士官としての冷静なトーンを取り戻したが、その奥には確かな安堵の響きが混じっていた。

 

『……事情を聞かせてもらう。アークエンジェルへの着艦を許可する』

 

「ありがとうございます。またお世話になります」

 

 キラは短く礼を言い、通信を切った。

 

 メインモニターの奥で、アークエンジェル前方の巨大な格納庫ハッチが、重々しい駆動音と共にゆっくりと開放されていくのが見える。

 

 ティエレン高機動B指揮官型は、猛烈な砂塵を巻き上げていたホバーの推力を滑らかに落とし、巨大な質量を感じさせない静かな足取りへと移行する。

 

 キラは、まるで我が家へ帰るかのような自然な手付きで操縦桿を操り、鋼鉄の巨人を大きく口を開けた白亜の巨艦の懐へと向かって、真っ直ぐに進入させていった。

 

 アークエンジェルの格納庫にティエレンの巨体が腰を下ろすと、ハッチが開くや否や、見知った顔がタラップの下から大声を張り上げてきた。

 

「ボウズ! お前、なんでこんなとこに居るんだ? まさか幽霊じゃねぇよな!」

 

 整備班長のマードックが、油に塗れた作業着姿で目を丸くしている。アラスカで降艦したはずの少年が、得体の知れないモビルスーツに乗ってアフリカの砂漠に現れたのだから、無理もない反応だった。

 

 キラはコックピットから身を乗り出し、苦笑しながら手を振り返した。

 

「マードックさんもお変わりなく。大丈夫ですよ。地に足は付いてませんけど、幽霊じゃないですから」

 

「笑えねぇジョークだぜ全く。……で、何なんだよこのティエレンは。俺の目が確かなら、さっき地面滑ってやがったぞ?」

 

 マードックは、高熱を帯びて陽炎を上げているティエレンの両脚──ホバーユニットを胡散臭そうに見上げている。

 

「陸戦タイプの高機動型にカスタマイズしたんです。ホバー移動での機動性なら、ザフトのバクゥにも負けないと思いますよ」

 

「またスゲェもん作りやがって。……整備はノーマルとどれくらい変わってんだ?」

 

「脚部のホバーエンジンと防塵フィルターのセッティング以外は、ベースの機体と変わっていませんよ。取り敢えず、バッテリーの充電だけお願いします。僕はブリッジに上がりますから」

 

「おうよ。任せときな。またあとでな!」

 

 マードックとの他愛のない、しかし確かな温かみのあるやり取りを終え、キラは格納庫を後にした。

 

 目を瞑っていても歩けそうなほど勝手知ったる通路を歩き、エレベーターを乗り継いでブリッジへの隔壁を抜ける。

 

 そこには、緊迫した砂漠の戦場にあっても変わらずそれぞれの任務をこなす、見知った面々が揃っていた。CICブースから出てきた小柄で凛としたナタル・バジルール少尉が、彼を待っていた。

 

「キラ・ヤマト、入ります」

 

「ああ。よもやこんな所で再会するとは、私も望外の喜びだ。ヤマト三尉」

 

 ナタルは、厳格な表情を微かに緩め、軍人としての敬意を込めてキラを以前と同じく階級で呼んだ。

 

「はい。皆さんもお元気そうで何よりです。……ですが、どうしてアークエンジェルがここへ? 僕は用事があって、この先の『タッシル』という町に向かう所だったんですが。それと、ラミアス艦長の姿が無いようですけど」

 

 キラが周囲を見渡しながら問うと、ナタルは僅かに眉を潜め、メインスクリーンに映る熱砂の海へと視線を向けた。

 

「艦長はフラガ少佐と共に、反ザフトのレジスタンス『明けの砂漠』との会合だ。その間、私がこの艦を預かっている。……アークエンジェルは、アラスカ本部からの命令で、このアフリカ方面での作戦行動中だ」

 

「大気圏内を飛べるといっても、アークエンジェルって一応、宇宙戦艦ですよね? こんな砂漠での運用なんて……」

 

 キラの率直な疑問に、ナタルは自嘲するように目を伏せた。

 

「ああ。だが本部の命令だ。命令に従うのが軍人の仕事だ。艦の運用設計と合わずとも、上層部から命令が下れば、我々にはそれに従う義務がある」

 

 軍人の鑑であり、規則と命令を何よりも重んじる彼女らしい言葉だった。そこには不条理に対する葛藤も滲んでいたが、キラはあえてそれを否定する言葉を持たなかった。

 

 それでも、互いに「オーブの技術士官」と「地球軍の将校」という他国籍の立場にありながら、出来る限りの情報交換を行うことはできた。

 

「……しかし、ヤマト三尉。先程の通信では、『ジャンク屋組合所属』と名乗っていたが」

 

 ナタルの鋭い眼差しに、キラは困ったように頬を掻いた。

 

「そういう事にしておいてくれると助かります。……あの後、本国でちょっと揉めちゃったんですよ。オーブの軍人が、地球軍の艦に乗ってザフトと交戦していたなんて、どういうことだって」

 

 中立国オーブの理念。他国の争いに介入しないという絶対的な国是。

 

 いくらキラがアークエンジェルの窮地を救うための「自己防衛」や「専守防衛」を拡大解釈し、軍規スレスレの緊急措置だったと主張したところで、それですべて言い逃れできるほど国家の秩序は甘くない。

 

「僕がこうして一人で砂漠に居るのも、その『埋め合わせ』みたいなものですから」

 

 キラは冗談めかして笑ってみせたが、ナタルの表情は逆に深く沈み込んだ。

 

「……そうか。苦労を掛けたな」

 

 ナタルは、痛みを堪えるように目を伏せた。

 

 キラの置かれた特殊な立場と、オーブが国是として掲げる『中立』という絶対的な理念。

 

 自己防衛、あるいは専守防衛の拡大解釈。軍規スレスレの緊急避難措置。

 

 口の上手い政治家や弁護士ならば、いくらでも詭弁を弄して正当化できるかもしれない。だが、現実問題として、それがすべて都合よく言い逃れできるのであれば、軍隊という組織の秩序そのものが崩壊してしまう。

 

 キラは、自分たちの命を救うために、自身の所属する国家において極めて危うい立場に立たされ、泥を被ってしまったのだ。

 

「私たちが……軍部がもっと早く動いていれば、貴官をこのような政治的窮地に立たせることもなかった。この借りは、必ず」

 

 ナタルはキラに対し、深い感謝と、己の無力さに対する自責の念を抱いていた。

 

 異なる制服を纏い、異なる正義を背負う立場、彼女から尽くせる言葉はあまりにも少なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ティエレンの巨大な脚部──ホバーユニットの砂塵フィルター清掃と微細な砂粒の除去作業を終えたキラは、格納庫の隅で手早く作業着を脱いだ。

 

 そして、彼が身に纏ったのはオーブ軍の制服でも、ジャンク屋のラフな服装でもなく、アークエンジェルから拝借した『地球連合軍の制服』であった。

 

 ただし、袖は通さず、あくまで肩からふわりと羽織るだけに留めている。

 

 正規の軍人として振る舞うわけではないが、この場で「大西洋連邦軍艦の所属」であることを匂わせるためだ。

 

 ジャンク屋組合の所属だと名乗るより、アークエンジェルの乗員だと思わせた方が、話がスムーズに進む。

 

 いくら中立を謳うジャンク屋とはいえ、ここはザフトの勢力圏内であり、そこに命懸けで抗っているレジスタンス組織『明けの砂漠』の前線拠点なのだ。部外者が気安くうろつけるような場所ではない。

 

 アークエンジェルを降り、乾いた夜風が吹く拠点の中をキラは歩き出した。

 

 すると、不意に。

 

 背後から、キラの肩をポン、と軽く──しかし確かな重みを持った大きな手が叩いた。

 

 キラは即座に歩みを止め、周囲に警戒を悟らせない自然な動作で振り返りかける。

 

「……キラ・ヤマト、だな」

 

 背後から掛けられたその声は、低く、押し殺したような小声であった。

 

「はい。……彼女を連れ戻しに来ました」

 

 キラもまた、相手に合わせて最小限の音量で手短に返答し、完全に振り向いた。

 

 視線の先に立っていたのは、砂漠の熱気に負けないほど逞しい褐色肌と、鋭い眼光を持つ大柄な男であった。現地のゲリラの一員に見せるような出で立ちをしているが、その立ち振る舞いや体幹のブレのなさは、間違いなく高度な訓練を受けた本職の軍人のそれである。

 

 レドニル・キサカ。

 

 ウズミ・ナラ・アスハからの信頼も厚いオーブ国軍の軍人であり、現在、カガリの護衛を務めている男だ。

 

 彼は、ヘリオポリスから戻ったカガリに対し「世界の現実を知るための社会勉強をさせよ」というウズミの密命に従い、彼自身の故郷でもあるこのタッシルへと彼女を連れてきたのであった。

 

「……彼女はどうしていますか?」

 

 キラが単刀直入に尋ねると、キサカは微かに苦笑し、日焼けした額を掻いた。

 

「正義感が強く、民に寄り添える心を持っているのは良いのだがな。……いかんせん、前後の見境がなく、危なっかしくて目を離せんよ」

 

「そうですか。……取り敢えず、『殴ってでも連れて帰れ』と言われてきましたけど」

 

 キラがウズミから受けた指示をそのまま伝えると、キサカは肩を揺らして小さく笑った。

 

「フッ。殴って素直に帰るようなタマならば、とっくに帰れているだろうさ」

 

 キサカのその言葉と苦労の滲む表情で、キラは大凡の現状を見当づけることができた。

 

 カガリは直情的で、目の前の理不尽を絶対に許せない性格をしている。このタッシルの人々を放っておくことなどできず、自ら進んで泥に塗れ、レジスタンス活動の最前線へと身を投じているのだろう。

 

「キサカ! サイーブが呼んで……ッ、お前ッ!!」

 

 その時。

 

 背後の通路から、砂埃を蹴立てるようにしてキサカを呼ぶ、ひときわ大きく威勢の良い声が響いた。

 

 しかし、その声は途中で裏返り、純粋な驚愕と、それに続く烈火のごとき怒りの叫びへと変わった。

 

 キサカを呼ぼうとして、その隣で地球軍の制服を羽織って振り返るキラの姿を認めたのだろう。

 

「なんで……なんでお前がこんな所に居るんだ!!」

 

 物凄い剣幕で、砂を蹴り上げながら大股で歩み寄ってくる金髪の少女。

 

 その姿は、一国の姫君などではなく、完全に血の気の多いゲリラの闘士そのものであった。

 

 カガリ・ユラ・アスハ。

 

 キラが探していた『跳ねっ返り』との、やかましい再会の瞬間であった。

 

 周囲の目も憚らず声を張り上げたカガリを、すかさずキサカが「落ち着け」と背後に庇うように制し、三人は人目のつかない入り組んだ岩陰へと歩を進めた。

 

 冷えた砂の匂いが立ち込める薄暗い日陰で、キラとカガリは数歩の距離を空けて向かい合った。

 

「……その格好、地球軍に入ったのか?」

 

 カガリは、キラが肩に羽織っている地球連合軍の制服を睨みつけ、非難めいた声を絞り出した。ヘリオポリスでは私服を着ていたカレッジの学生である彼を思い出し、最悪の想像が頭を過ったのだ。

 

「違うよ。ここだと、この格好の方が歩きやすいでしょ? 僕は国防軍の技術士官だから、こんな所を表立ってウロウロ出来ないし」

 

 キラはあっさりとそれを否定し、自らの立場を明かした。

 その言葉を聞いて、カガリの琥珀色の瞳が大きく見開かれる。

 

「っ、なら……お前は知ってたのか。アレのこと!」

 

 『アレ』。それは間違いなく、ヘリオポリスにおいて極秘裏に開発されていた大西洋連邦のG兵器のことだ。オーブの技術士官であるならば、その暗部を知る立場にある。

 

 カガリの追及には、父ウズミや国に対する裏切りを知った時と同じ、痛切な響きが混じっていた。

 

「ちょっとはね。……そっちこそ、どうしてこんな所で」

 

 キラはカガリの糾弾を静かに受け流すと、逆に真っ直ぐな視線で彼女を射抜いた。

 

「どうだっていいだろう! お前に関係あるのか!」

 

 図星を突かれた子供のように、カガリは感情的に吠えた。自分の行動を否定されることを極端に嫌う、彼女特有の防衛本能だった。しかし、今のキラにその感情論は通じない。

 

「大ありだから言ってるんだ」

 

 キラの声は低く、しかし有無を言わせぬ絶対的な重さを持っていた。

 

「君の『立場』で、こんなところで他国のレジスタンスになるなんて……自分の行動がどんな意味を持つか、本当に分かっててやってるの?」

 

「っ……!」

 

 カガリは言葉に詰まりながらも、必死に反論を絞り出した。

 

「目の前でザフトに虐げられている者を見捨てろと言うのか、お前は! 彼らは故郷を奪われ、それを取り戻す為にたたかっているんだぞ!」

 

「だからって、自分の立場が、どんな最悪の事態を引き起こすかなんて、ちょっとは頭を冷やして考えなよ」

 

 キラの言葉は、カガリの薄っぺらい正義感を容赦なく切り裂くように、冷酷な現実を突きつけた。

 

「いい? もし君がここで死んだら、ウズミ様はどうなる? もし君がレジスタンスに加担していることがザフトに知れたら? 『中立国オーブの代表の娘が、ザフトに対する武力闘争を支援している』……それだけで、ザフトにはオーブを直接攻撃するための完璧な大義名分ができるんだ。もし、カーペンタリアからザフトが、オーブ本国に攻めてきたなんて事が起こった時、君はどうやって責任を取るつもりなの?」

 

「ぅっ……ぐ……だがっ、それは……!」

 

 カガリは言葉に詰まった。

 

 中立国の、それも元代表首長の姫君が、ザフトの勢力圏内でゲリラ活動に加担し、彼らの兵士を殺傷している。

 

 それがもしプラント側に露見すれば、完全な『中立条約違反』であり、オーブ本国への武力侵攻の正当な大義名分を与えてしまう。

 

 タッシルの人々を救いたいという彼女の純粋な思いが、結果的にオーブ国民を戦火の地獄へ引きずり込む引き金になり得るのだ。

 

 キラの突きつけた残酷な正論を前に、カガリは歯を食いしばり、悔しげに俯くことしかできなかった。

 

(……見事なものだ)

 

 二人のやり取りを数歩下がった岩陰で聞きながら、キサカは内心で深く感心していた。

 

 あのアスハの獅子の娘であり、だがじゃじゃ馬のカガリが、ここまで見事に丸め込まれ、ぐうの音も出ずに沈黙している。

 

 キサカとて、最初から彼女をレジスタンスに参加させるつもりなど毛頭なかった。

 

 ウズミからの指令は「世界の現実を見せ、社会勉強をさせよ」というものであり、タッシルの人々と触れ合わせるまでは良かった。だが、カガリは虐げられる彼らに寄り添い、寄り添い過ぎた。

 

『私も戦う! このまま彼らを見捨てることなんてできるか!』

 

 そう宣言し、自らバズーカを担いでザフトのバクゥに立ち向かおうとする彼女を、キサカは何度も止めようとした。

 

 しかし、何を言おうと梃子でも動かないカガリの強固な意志と正義感を前に、最終的にキサカが折れるしかなかったのだ。せめて彼女の身を守ろうと、陰日向に護衛として付き従うのが精一杯であった。

 

 この頑固で不器用な少女を、言葉ひとつで諫め、力ずくではなく理屈で止められる人間など、この世界には父であるウズミ・ナラ・アスハしかいないと、キサカは本気で思っていた。

 

(だが……この少年は、違うな)

 

 キサカの鋭い観察眼は、キラの放つ独特の空気を正確に捉えていた。

 

 オーブの技術士官という立場でありながら、目の前の少女が『代表首長の娘』であるという権威に対して、一片の阿りも遠慮もない。だからといって、決して見下したり、悪意を持って攻撃しているわけでもない。

 

 危なっかしい真似をして、周囲が見えなくなっている家族を、本気で心配し、本気で叱り飛ばす。

 

 その声音は、まるで危なっかしい妹を厳しくも優しく導こうとする、兄のようであった。

 

 そして何より不思議なのは、カガリの態度だ。

 

 他人に上からモノを言われることを何よりも嫌い、相手が誰であろうと噛み付くはずのカガリが、キラのその「兄のような」叱責に対しては、不思議と反発しきれず、毒気を抜かれたように大人しくなっているのである。

 

(ウズミ様ですら手を焼くこのお転婆を、こうも易々と手懐けるとは……)

 

 キサカは、目の前で対峙する少年と少女の間に流れる、理屈では説明のつかない『見えない引力』のようなものを感じ取っていた。

 

 顔立ちのどこか似た二人。反発し合いながらも、根底ではどこか深い部分で共鳴し合っているかのような、不思議な波長。

 

 それが、失われた血の繋がりが引き起こす奇跡的な呼応であることなど、今のキサカには知る由もなかったが。

 

「……とにかく、君のワガママにこれ以上付き合う暇はないんだ。ウズミ様に頼まれて、君を連れ戻しに来た」

 

 キラは諭すような口調から一転、有無を言わせぬ冷徹な響きで最終通告を突きつけた。

 

「嫌だ! 私は帰らない! まだこの町の人たちが……!」

 

「いい加減にしろ。君がここに居ることで、逆にこの町をザフトが標的にするかもしれないって、どうして分からないんだ!」

 

「ッ……!」

 

 カガリの叫びを、キラの冷酷なまでの戦術的予測がピシャリと封じ込める。

 

 キサカは静かに息を吐き、ようやくこの厄介な姫君をオーブへ連れ帰るための『最強の切り札』が到着したことを、安堵と共に確信していた。

 

 

◇◇◇

 

 

「おい!町が燃えてるぞ!」

 

 見張りに立っていたレジスタンスの切羽詰まった叫び声が、熱気を帯びた空気を切り裂いた。

 

 その言葉が意味するものを理解した瞬間、カガリの顔から血の気が引き、彼女は水を打ったように猛然と走り出していた。

 

「ちょっと!」

 

「話はあとだ!」

 

 危険すぎる。そう判断したキラが即座に後を追う。

 

 レジスタンスのメンバーたちが集まり、絶望的な顔で指差すその視線の先──岩山の切れ間から見える地平線の彼方、確かに真っ黒な煙の柱が、青い空を汚すように何本も立ち上っていた。

 

「タッシルの方角だ……」

 

 誰かの呻くような声。

 

 カガリの脳裡に、タッシルの町で暮らす人々の、日に焼けた笑顔や、貧しくも力強く生きる子供たちの顔がフラッシュバックする。

 

「くっ!」

 

「何処行くんだ! もうやめろって言っただろ!」

 

 なりふり構わず駆け出そうとするカガリの腕を、キラが背後からガシッと力強く掴んで引き止めた。このまま彼女を野放しにして火の海へ突っ込ませるわけにはいかないからだ。

 

「うるさいっ、離せバカッ!」

 

「ぐっ……」

 

 怒りと焦燥に駆られたカガリが、拘束を振り解こうと乱暴に腕を振り払う。

 

 その勢いのまま、彼女の小さな拳が、意図せず裏拳のような軌道を描き、鈍い音と共に、キラの頬へクリーンヒットした。

 

「あっ……」

 

 キラの手から逃れることには成功したものの、拳に伝わった確かな感触に、カガリはハッと我に返った。

 

「なにしてんだカガリ! 行くぞ!」

 

「あ、ああ、アフメド、直ぐに行く!」

 

 先を急ぐレジスタンスの少年・アフメドに声を掛けられ、カガリはハッとして返事をする。しかし、彼女の足は完全に止まっていた。

 

 いくら頭に血が上っていたとはいえ、自分を心配して止めようとした相手を、完全に弾みで殴り飛ばしてしまったのだ。

 

 頬を押さえて目を白黒させているキラを見つめ、カガリの顔に強烈な「申し訳なさ」と気まずさが浮かぶ。

 

「今のは……その、弾みだ。許せ……っ」

 

 先程までの威勢の良さはどこへやら、カガリは小さく窄むような声を絞り出し、逃げるように謝罪の言葉を告げると、再び砂埃を上げてタッシルの方角へと走り去っていった。

 

 取り残されたキラは、ジンジンと痛む頬を押さえたまま、遠ざかる金髪の背中と黒煙の上がる空を交互に見つめ──。

 

「………………あああああっ、もうっ!! ったくッ!!」

 

 ここに来るまでの間に立てていたはずの「穏便に連れ帰る」という計画が完全に破綻したことに、キラは頭をバリバリと乱暴に掻きむしった。

 

 キラは踵を返し、今来た道を猛ダッシュで逆戻りし、身を潜めているアークエンジェルへと向かって走った。

 

「ボウズ! どうするってんだ!」

 

 息を切らして格納庫へ飛び込み、ティエレンへと走っていくキラの尋常ならざる様子に、マードックが声を張り上げた。 

 

「機体を出します! ハッチ開けてください!」

 

「ああん!? 艦長の許可あんのか!?」

 

「会えてないから許可もないですよ! お願いしますから、行かせてください!」

 

 キラはコックピットへ続くタラップを駆け上がりながら、必死の形相で叫んだ。

 

 マードックは一瞬、軍規と目の前の少年の気迫の間で板挟みになり、頭をガシガシと掻いた。

 

 通常、同じ軍に所属する兵士であれば、艦長の許可なく艦載機を発進させることなど、現場の一存で絶対に許されることではない。完全な軍規違反であり、後で確実に軍法会議ものだ。

 

 しかし──目の前でハッチを開けようとしているこの少年と、そのサンドカラーのティエレンは、『ジャンク屋組合からのお客さん』である。

 

 地球連合軍の指揮系統の中に正式に組み込まれているわけでもなければ、同じ軍隊の所属というわけでもない、あくまで部外者なのだ。

 

(……ってことは、お客さんが勝手に帰るって言ってんのを、俺たち現場の整備員が力ずくで止められるわきゃねぇよな?)

 

 マードックの脳内で、見事な言い訳が成立した。

 

 キラ自身が「機体を出す」と言い張って勝手に飛び出していったという形にすれば、現場判断でもナタルやマリューから致命的な雷が落ちることは回避できるはずだ。

 

「……わーった、わーった! ハッチ開けるまで大人しくしてろ!」

 

 マードックはニヤリと笑い、オペレーター席へ向かってアークエンジェルの格納庫正面ハッチを開放するよう指示を飛ばした。

 

 重々しい警告音と共に、分厚い装甲ハッチがゆっくりと開いていく。

 

 キラの乗るティエレン高機動B指揮官型は、そのモノアイを発光させると、100トンを超える超重量を感じさせる重低音を響かせながら、格納庫の床を力強く踏み締めて外へと歩み出た。

 

 レジスタンスの拠点の外れまで歩を進め、巨大な脚部のホバーユニットの射線上に周囲の人間が巻き込まれないことを、複数のカメラセンサーで念入りに確認する。

 

 キラがペダルを深く踏み込んだ瞬間。両脚部のホバーユニットが爆音と共に火を吹き、熱砂の大地を暴力的に叩きつけた。

 

 凄まじい砂塵の嵐を後方に巻き上げながら、巨大な鋼鉄の塊がフワリと浮き上がり、次の瞬間、バクゥをも凌駕する爆発的な加速で前傾姿勢のまま滑走を始める。

 

 キラ・ヤマトの怒りと焦燥を乗せたサンドカラーのティエレンは、黒煙が立ち上るタッシルの町へと向けて、一直線に砂漠の海を駆け抜けていった。

 

 

 




なんというか、ジャンク屋組合にティエレンを卸した結果、立場を隠して動き回るのに便利過ぎるMSになってて、こんなにもティエレンを出っ張るなんて思ってもみませんでした。

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