やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-51 戦場のWaltz

 

「おいおい。またけったいなモン拾ってきたなぁ……」

 

 アークエンジェルの格納庫。熱気と油の匂いが立ち込めるその空間で、整備班長のマードックは、腰に手を当てながら深い溜め息を吐き出した。

 

 彼の視線の先には、先程キラがティエレンの巨大な腕で引き摺ってきた、ザフトの獣型モビルスーツ『バクゥ』が、無惨な姿で横たわっていた。

 

「すみません。ちょっとムカッ腹立ったら、なんか戦利品の一つでも持って帰らないとやってらんなくて」

 

 コックピットから降りてきたキラは、微かに肩をすくめながらそう答えた。あの時の激情はすっかり鳴りを潜め、いつもの温厚な少年の顔に戻っているが、その手土産はあまりにも常識外れだ。

 

 運び込まれたバクゥは背部の武装プラットフォームは空っぽで、何より首の関節フレームが、超大型のプレス機で強引に押し潰されたかのように完全に拉げていた。

 

 とはいえ機体のジェネレーターや四肢の無限軌道、頭部自体は驚くほど無傷に近い状態で残されている。

 

 戦場において、敵機の完全破壊ではなく、これほど状態の良い『ジャンク』として持ち帰るという芸当は、圧倒的な機体性能差と、それを完璧に制御するパイロットの神懸かった技量がなければ到底不可能な神業であった。

 

「んで? どーすんだコレ。まさか、直して使おうってんじゃねぇよな?」

 

 マードックは呆れたように頭を掻きむしった。

 

 確かにパーツ取りには使えるかもしれないが、ザフトの地上用MSなど、地球連合軍の艦であるアークエンジェルでまともに運用できるはずがない。

 

「使える戦力がある事に越したことはありませんから。四脚の獣型なら、重力下での積載量も多いですし、最悪、牽引トラクターやジェネレーターの代わりにはなります」

 

 キラは淡々と実利を口にする。

 

「……にしても、だ。乗るパイロットは居ねぇぞ?」

 

 マードックは、アークエンジェルが現在抱えている最も深刻な問題を指摘した。

 

 現在、この艦の戦力は、実質的にムウ・ラ・フラガただ一人のワンマンアーミー状態だ。

 

 地球降下前に宇宙軍第8機動艦隊から補充された人員は、あくまで艦の運航を支えるクルーや整備員が中心であり、MSを扱えるパイロットは一人も補充されていなかった。

 

 それは、地球軍本部であるアラスカに降りてからも同じだった。

 

 軍上層部の不穏な思惑からか、アークエンジェルにはろくな戦力補充もなされないまま、このアフリカ戦線へと放り出されたのだ。

 

 現在の格納庫には、主戦力である『ストライク』と、ヘリオポリスから回収した予備機の『デュエル』がある。

 

 それに加え、大気圏内でのストライカーパック運用に対応した支援戦闘機『スカイグラスパー』が2機配備されているが、デュエルにもスカイグラスパーにも、乗せるべきパイロットが絶望的に不足していた。

 

「そこは、ちょっと考えます。……今はとにかく、これを直すためのパーツと、不足している資材の買い出しに向かいますね。この近くに、ジャンク屋組合のキャンプがあるらしいですから」

 

「おうよ。気ぃつけてな。変なモンに手ぇ出すんじゃねぇぞ」

 

 マードックの頼もしい背中を見送られ、キラはアークエンジェルを後にした。

 

 艦外へ出ると、彼はティエレンを動かし、少し離れた岩陰に隠してある旧式の大型輸送機へと機体を格納させた。オーブから『ジャンク屋』としてのカムフラージュ任務のために乗ってきた、彼らの足である。

 

「お疲れさん、キラ。無事でよかったよ」

 

 ティエレンの固定作業を終え、キラが輸送機のキャビンへと入ると、オペレーター席に詰めていたサイ・アーガイルが、安堵の笑みを浮かべて声を掛けてきた。

 

「うん。ありがとうサイ。ゴメンね、急な買い出しなんかさせちゃって」

 

「気にすんなよ。俺らにできることなんて、これくらいしかないんだからさ。……トールとミリアリアなら、今は外だ。町から避難してきた人たちに、買ってきた物資を配ってるよ」

 

 サイの言葉に、キラは窓の外へ視線を向けた。

 

 輸送機の周囲には、タッシルの焼け跡から逃れてきた人々の粗末なテントが点在しており、その中でトールとミリアリアが、子供たちに飲料水やレーションを配って回っている姿が見えた。

 

「けど……そんなに多い量じゃないからさ」

 

 サイの横顔には、自分の無力さを噛み締めるような苦い表情が浮かんでいた。

 

 キラからの緊急連絡を受け、サイたちは輸送機を飛ばして近隣の町まで物資の調達に向かった。

 

 ジャンク屋組合の正規の識別マーキングをしているとはいえ、完全な非武装の旧式輸送機で、ザフトの勢力圏を護衛もなしに飛ぶのは自殺行為に等しい。

 

 結局、彼らが危険を冒さず、かつ迅速に物資を買い集めるには、最も近い隣町までの一往復が精一杯だったのだ。

 

 それに、サイ自身も頭では痛いほど理解していた。

 

 どれだけ自分たちが無理をして物資を掻き集めたところで、彼らを救うことなどできないという残酷な現実を。

 

 どんなに大量の物資を人道的な観点から支援しようとも、外様の人間である彼らが、この広大な砂漠で、難民へ永続的に食料や水を分け与え続けることなど不可能だ。

 

 それは焼け石に水であり、その場しのぎの偽善でしかない。

 

 タッシルの人々に今必要なのは、一時的な配給ではなく、「明日をどう生き抜くか」という彼ら自身の選択なのだ。

 

 そして何より、サイたちにはオーブ本国へ無事に帰還するという絶対の任務がある。

 

 難民への同情心から危険な空域を飛び回り、この唯一の足である輸送機をザフトに撃ち落とされるような事態だけは、絶対に避けなければならなかった。

 

「……そうだね。僕たちができるのは、ほんの少しの時間を稼ぐことだけだ」

 

 キラはサイの肩にポンと手を置き、静かに告げた。

 

 その瞳には、先程カガリやレジスタンスたちに見せた冷徹な光が再び宿っていた。

 

 情に流されず、自分たちが成すべき役割の限界を見極める。それは、彼らがこの狂った戦争の中で生き残り、オーブの未来を繋ぐために必要不可欠な『冷酷な理性』であった。

 

「それでいいんだ。……ありがとう、サイ。君が冷静な判断をしてくれて、本当に助かった」

 

 キラはコンソールに向かうサイの背中へ、心からの労いの言葉を掛けた。

 

「冷たい奴だって、トールやミリアリアには思われたかもしれないけどな……」

 

 サイはコンソールから視線を外さないまま、自嘲気味にぽつりと溢した。

 

 目の前で故郷を焼かれ、途方に暮れている人々。彼らに手を差し伸べたいというトールやミリアリアの優しさは痛いほどわかる。だが、サイは彼らの善意にブレーキを掛け、物資の調達を最低限で切り上げるという『非情な決断』を下したのだ。

 

「そんな事ないよ。サイの判断は絶対に間違ってない」

 

 キラはサイの隣に立ち、モニターに映る砂漠の景色を見つめながら静かに首を振った。

 

「可哀想だからって感情に任せて無理をして、もしこの輸送機がザフトに目を付けられて撃ち落とされでもしたら……僕らはオーブに帰る手段を失うことになる。自分たちの命と責任を天秤に掛けられない善意は、ただの自己満足だ」

 

 それは、ほんの少し前にキラ自身がカガリに対して言い放った言葉の反芻でもあった。

 

 正義感や同情だけで世界は救えない。サイはその残酷な現実をしっかりと理解し、自分たちの置かれた状況を客観視して、一番確実で安全な道を選んでくれた。

 

 だからこそ、キラはサイのその合理的な判断を強く肯定したのだ。

 

「……キラにそう言ってもらえると、少し救われるよ」

 

 サイは小さく息を吐き、ようやく振り返って微かな笑みを浮かべた。ヘリオポリスからずっと極限状態を生き抜いてきた彼もまた、戦争という現実の中で、ただの学生ではいられない『大人としての決断』を強いられ、その重圧と罪悪感に人知れず苛まれていたのだ。

 

「トールたちにも、後で僕からちゃんと話しておくよ。……それで、ジャンク屋のキャンプへのルートは出てる?」

 

 キラが空気を変えるように本来の目的に話題を戻すと、サイはすぐにオペレーターとしての顔つきに戻り、コンソールを操作した。

 

「ああ、出てる。ここから移動して約一時間ってところか。この辺りの戦場を漁ってる連中だから、品数はそれなりにあるはずだ。……でもさっきのバクゥ、本当に直す気なのか? パイロットはどうするんだ」

 

「そこは、買い物次第ってところかな」

 

 キラは少しだけ口元を緩め、思案するような瞳でコンソールのデータを見つめた。

 

 アークエンジェルには今、ストライクと予備のデュエル、そしてスカイグラスパーがあるが、それらを十全に扱えるパイロットはムウ・ラ・フラガただ一人だ。

 

 地球軍の正規パイロットが補充されない以上、この圧倒的な戦力不足をどうにかして補う必要がある。

 

 キラの脳内ではすでに、ジャンク屋のキャンプで調達すべきセンサー類やインターフェースのパーツリスト、そしてバクゥのOSを書き換えるためのアルゴリズムが、目まぐるしい速度で組み上がり始めていた。

 

「出発するよ、サイ。トールとミリアリアを呼び戻して」

 

「了解」

 

 サイの操作により、連合製の旧式輸送機のエンジンが重々しい音を上げる。

 

 タッシルの焼け跡に残る悲しみと、レジスタンスたちの燻る怒りを背に、キラたちを乗せた輸送機は砂漠を滑るように進み、ジャンク屋のキャンプへと向かっていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 タッシルでのレジスタンスとの会合からアークエンジェルへと帰艦したマリュー・ラミアスを待っていたのは、あまりにも予想外な報告であった。

 

 艦を預けていたナタルからの報告で、彼はあくまで「人探し」という私用でこのアフリカの地に足を踏み入れたのだと告げられた。

 

 先行して索敵に出ていたムウと、格納庫のマードックからの報告によれば、先程の戦場に乱入してバクゥを鎮圧したのは間違いなくキラであり、彼は怪我もなく無事であるという。

 

「キラ君が……」

 

 艦長席に深く腰を下ろしたマリューは、ほうっと小さな溜め息を吐いた。

 

 無事であると知って、心底安堵した。

 

 だが、その報告に続く彼の行動の数々は、マリューの心をひどくざわつかせていた。

 

 キラは戦場からザフトのバクゥの残骸を戦利品としてアークエンジェルへ持ち込み、それを修復するためのパーツを求めて、休息を取ることもなく自身の輸送機に乗ってジャンク屋組合のキャンプへと飛んでいったという。

 

 息つく暇もない、目まぐるしいほどの立ち回り。それはまるで、何かに追われるように、あるいは己の命を削って『生き急いでいる』かのような、危ういほどの速度だった。

 

 結局、入れ違いとなってしまったマリューは、未だ彼と直接顔を合わせることはできていない。

 

 ふと、マリューの脳裏に、つい先日アラスカの地球軍本部で交わしたばかりの、彼との別れの場面が蘇ってきた。

 

 互いの無事を祈り、いつか血の匂いのしない平和な世界で再会しようと約束した、ささやかな希望の言葉だったはずだ。

 

 だが、現実はどうだ。

 

 戦争が終わるどころか、世界はザフトのマスドライバー奪取とビーム兵器の投入によって、ますます苛烈な混沌の度合いを深めている。

 

 そして何より──あの別れから、まだ一週間程しか経っていないというのに。彼らは再び、この過酷な戦場である灼熱のアフリカの砂漠のど真ん中で、数奇な運命に導かれるように再会してしまったのだ。

 

(私たちは、戦場から逃れられない運命なの……?)

 

 メインモニターの向こう側に広がる砂漠の景色を見つめながら、マリューの胸にはどうしようもない『遣る瀬無さ』が込み上げていた。

 

 オーブの技術士官という身の上。オーブに帰れば技術者として最早戦場に出ることもないと思っていた。

 

 しかしあの優しかった少年は、再び自ら戦いの渦中へと身を投じ、火の粉を被りながら駆け回っている。彼が背負おうとしている荷物の異常な重さを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。

 

「……馬鹿な子」

 

 誰もいないブリッジの空間に溶けたその小さな呟きは、決して軍人としての非難ではない。ただ純粋に、彼が自らをすり減らしていくことへの、姉のような、あるいは母親のような悲哀に満ちた声だった。

 

 いつか、銃声の聞こえない穏やかな空の下で、ただの少年としての彼と笑い合いたい。

 

 その痛切な願いが叶うのは、果たしていつになるのだろうか。マリューはただ、今は夕闇の砂漠を越えてジャンク屋のキャンプへと向かっているであろう少年の無事を、静かに祈ることしかできなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 赤茶けた砂漠の只中に、そこだけ異様な活気と金属の軋む音が渦巻く一帯があった。

 

 ジャンク屋組合の設営したキャンプ。

 

 本来ならば廃棄されるはずの鉄屑の山、無造作に張られた巨大な天幕、そして幾つもの仮設ハンガーが迷路のように入り組んだその場所は、むせ返るような機械油、そして人々の放つ強烈な生活臭に満ちていた。

 

 輸送機をキャンプの外れに停泊させたキラたちは、そこで手早く二手に分かれることになった。

 

 買い出しに向かうのは、キラとサイの二人。

 

 輸送機の留守番はトールとミリアリアが残された。

 

 ジャンク屋組合という組織そのものの空気や暗黙のルールに慣れているのは、過去にアルバイト経験のあるキラとトールの二人である。

 

 しかし、ここは勝手知ったるいつもの民間ステーションのジャンク屋組合ではない。

 

 顔見知りなど一人もいない、完全に初見の土地であり、しかもザフトの勢力圏と隣り合わせのアフリカ戦線だ。行き交う人間の目つきも、正規軍の兵士とはまた違う、荒くれ者や傭兵特有の鋭く乾いたものばかりである。

 

 そのような治安の不透明な場所に、ミリアリアを無防備に連れ歩くのはあまりにも危険すぎた。

 

 必然的に、ジャンク屋の勝手をある程度知っており、いざという時に輸送機の自衛火器を扱えるトールがミリアリアの護衛として残り、常に冷静な交渉事ができるサイが、技術的な目利きであるキラに同行する形に落ち着いたのである。

 

「……それにしても、すごい活気だな」

 

 サイは砂埃を避けるために口元を袖で覆いながら、周囲を見渡した。

 

 アークエンジェルのような軍の艦内に漂う、あの規律と緊張感に満ちた空気とは全く違う。

 

 ここにあるのは、剥き出しの「生存本能」と「商魂」だ。あちこちから、怒鳴り声のような価格交渉や、金属を溶接する青白い火花が散っている。

 

 そして、サイの知的な瞳が最も強く惹きつけられたのは、キャンプの至る所で我が物顔に稼働している、鈍重で巨大なモビルスーツの群れだった。

 

「なんか、あちこちに『ティエレン』があるんだな……」

 

 サイは、驚きと呆れが半分ずつ混じったような声でキラへと呟いた。

 

 彼の視線の先では、ユーラシア連邦の軍用機であるはずのティエレンが、まるで農家のトラクターか、あるいは自家用車のような気軽さで運用されていた。

 

 軍用の無骨なモスグリーンではなく、警戒色の黄色と黒のストライプに塗られた機体、背部に巨大なクレーンを増設した作業特化の機体、さらにはあちこちに不格好な鉄板を溶接して継ぎ接ぎだらけになった機体まで様々だ。

 

 それらが、何十トンもあるスクラップを軽々と持ち運んだり、キャンプの入り口で威圧感たっぷりに警備に立っていたりする。

 

「うん。元々ジャンク屋組合が、宇宙海賊や盗賊から自分たちの身と積み荷を守るために、独自に設計・開発したのがあの機体のルーツだからね」

 

 周囲のジャンクの山から、バクゥの修理に使えそうな規格の合うサーボモーターやアクチュエーターの気配を探りながら、キラは慣れた調子で解説した。

 

「ジンやストライクみたいな、高度な空間認識能力や反射神経を要求されるOSじゃないんだ。動きは鈍いけど、その分、操縦系統が極端にシンプルに作られていてね。コーディネイターみたいな情報処理能力を持たないナチュラルでも、少し訓練すれば重機感覚で動かせる」

 

 キラは、巨大なコンテナを運んでいる一機のティエレンを見上げながら言葉を続ける。

 

「それに、あの分厚い複合装甲は折り紙付きだ。ちょっとやそっとのミサイルや実体弾じゃビクともしないから、荒っぽい環境で働くジャンク屋にとっては、命を預けるのにこれ以上ないくらい都合がいいんだよ。パーツの構造も単純で、壊れてもその辺の鉄板と溶接機があればすぐ直せるしね。だから、こうして個人の資産として結構持ってる人は多いんだ」

 

「なるほど……。軍の兵器っていうより、『働く車』ってわけか。だからキラも、あの機体に目を付けたんだな」

 

 サイは、キラがアークエンジェルに持ち込んできたあのサンドカラーのカスタマイズ機を思い浮かべながら、深く納得したように頷いた。

 

 一見すればただの鈍亀。しかし、その圧倒的な防御力と、ナチュラルでも動かせるという汎用性の高さ、そして徹底的に合理化された整備性は、ジャンク屋にとって喉から手が出るほど有用な代物なのだ。

 

「さてと……」

 

 キラは周囲の喧騒から意識を切り替え、鋭い技術者の目つきへと戻った。

 

「バクゥの首のフレームを代替できそうな、高出力のトルク関節を探さないと。ザフト製のジャンクは人気があるから、足元を見られないように気をつけないとね」

 

「任せろ。相場と予算の管理は俺がやる。キラは部品の精度だけを見てくれ」

 

 サイは眼鏡の位置をクイッと直し、頼もしく微笑んだ。

 

 二人の少年は、それぞれの得意分野という武器を手に、鉄と油の匂いが支配する広大なジャンクの海へと足を踏み入れていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ふん。まともにダンスも踊れぬ者どもなど、恐れるに足りずだな」

 

 ロンド・ギナ・サハクは、コックピットの中でそう吐き捨てた。

 

 眼下に広がるのは、つい先刻までザフト軍の補給基地として機能していた、黒煙と業火に包まれた瓦礫の山。

 

 その中心で、ゴールドフレームはミラージュコロイドの粒子を散らし、光学迷彩を解除しながら静かに佇んでいる。

 

 右腕に装備されたブリッツの右腕、そして複合攻盾システム『トリケロス』。

 

 ミラージュコロイドステルスを搭載するにあたり、ヘリオポリス離脱時に失った右腕の代わりは、G兵器のデータから造り上げたブリッツの腕が取り付けられた。

 

 コーディネイターとして洗練された身体能力と、この『神の如き機体』の組み合わせ。それは、ギナにとってこの世で最も心地よい音楽を奏でるオーケストラのようなものだった。

 

 しかし、彼の関心は破壊の余韻ではなく、先ほどから機体を制御している『TC-OS』のデータログに注がれていた。

 

「……信じがたい。この感覚は」

 

 ギナはコンソールに浮かぶ数値を指先でなぞった。

 

 本来、コーディネイターが操る機体に、ナチュラル用のOSなど必要ない。だが、キラ・ヤマトが作り上げたこのOSは、まるで機体そのものが生きているかのように、ギナの深層心理にある「次の動き」を先取りし、環境データを計算し、最適な駆動を導き出している。

 

 砂漠の砂を噛む足元の接地圧。アスファルトを踏みしめる硬質な感触。それら全てを瞬時に解析し、ギナが「こう動きたい」と操縦桿を倒せば、機体は「そう動くべきだ」という最適解を返してくる。

 

 使えば使うほど、機体はパイロットの分身として洗練されていく。

 

 所詮は「ナチュラル用の補助輪」だと冷笑して期待はしていなかったはずのものが、今や「完璧な従者」として彼の掌中に収まっている。

 

「あの少年は、一体何者だ……?」

 

 キラ・ヤマト。

 

 ウズミが隠し玉として用意した、オーブの技術士官。

 

 ミナが「彼こそが鍵となる」と熱を帯びた瞳で語り、己の誇りをかけてまで手に入れたがっている存在。

 

 最初は、ただの優秀な技術屋かと思っていた。だが、今日、こうしてその実力を間接的に体験し、ミナが彼に傾倒する理由が痛いほど理解できた。

 

 彼が造り上げるものは、技術ではない。「未来」そのものなのだ。

 

 M1アストレイを瞬時にして戦力化させ、さらに火力を向上させるオプションをまるで当然のように用意し、さらにはこの、どんなパイロットをも英雄へと押し上げる魔法のOS。

 

「……ミナが熱を上げるのも、無理はないか」

 

 ギナはくつくつと喉を鳴らした。

 

 双子の半身であるミナが、他者に対してこれほどまでの関心を見せるのは珍しい。その感情が単なる興味なのか、それとも情愛に近いものなのかは興味の対象外だが、ミナがそうまでして求めるのならば、その対象はサハクの家にとって有用でなければならない。

 

 キラ・ヤマトを無事オーブへと帰らせる。

 

 それが今回のミッション。その『露払い』として、ギナはアフリカの地でザフトの戦力を削ぎ落とし、キラの行く手を阻む「障害」を排除していた。

 

「……さあ、掃除は終わったぞ」

 

 ギナはゴールドフレームを滑るように反転させた。

 

 あの少年が、この地でどれほどの奇跡を起こし、どれほどの混乱を引き起こすのか。そして、オーブという国家の運命をどう塗り替えていくのか。

 

「キラ・ヤマト。貴様が何を見せてくれるのか、このロンド・ギナ・サハクが特等席で見届けてやろう」

 

 黄金の閃光を散らし、ゴールドフレームは再びミラージュコロイドの帳を下ろした。

 

 気配を完全に消し去った漆黒の機体は、まるで獲物を狙う狩人のように、砂嵐の中へと溶け込んでいった。

 

 

 

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