やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-52 刃の獅子

 

 キャンプでの買い出しからアークエンジェルの格納庫へと戻るなり、キラは休む間もなく作業着に着替え、鹵獲したバクゥの修理と改造に取り掛かった。

 

 今のキラにとって、複雑な機械の構造と向き合い、最適解を導き出しながら手を動かしている時間だけが、唯一精神を落ち着かせることができる鎮静剤のようなものだった。

 

「……おいおい、ボウズ。修理するだけじゃなかったのか?」

 

 腕を組んで一部始終を見守っていたマードックが、呆れと感嘆が入り混じった声を漏らす。

 

 隣でコーヒーを啜っていたムウも、むせ返りそうになりながら目を丸くしていた。

 

「ええ。首のフレームは、買い出してきたサーボモーターでパーツを修復しました。それと、一番の改修点は背中の武装プラットフォームですね。元々のコネクターから『マルチコネクター』へと換装しました」

 

 キラは端末の画面をスワイプし、設計図面をメインモニターに表示させながら淡々と説明する。

 

「マルチコネクター……ってことは、お前」

 

「ええ。このバクゥは現在、地球連合軍のストライカーパックシステムに対応しています」

 

 その言葉に、マードックは絶句した。敵軍の局地戦用モビルスーツの背中に、味方の最新鋭システムの規格を強引に組み込んでしまったのだ。

 

「とはいえ、この機体にエールやランチャーを積むわけじゃありませんよ」

 

 キラが指差したバクゥの背中には、巨大な『高出力ブースターユニット』がマウントされていた。しかし、それだけではなかった。

 

「下っ腹のはリニアガンで。胴体から伸びてるアームのアレは……ブレード、か」

 

 とムウが目を細める先には、バクゥの胴体から伸びるアームに取り付けられた鋭利なブレードの様な物が見えていた。

 

「はい。見ての通り、元々あった安定翼とスラスターは邪魔だったので撤去して取り付けました。原理的にはストライクのアーマーシュナイダーと同じで固有振動で振れたものを切り裂きます。基部には牽制と対空用のパルスレーザーも装備してますけど──」

 

 キラの解説によると、このバクゥの運用思想は極めてシンプルだった

 

「背中の大推力ブースターを全開にして一直線に敵陣へ突っ込み、水平展開したレーザーブレードで、すれ違いざまに敵機を両断する……という寸法です」

 

「おいおい、マジかよ。そんなムチャなブツでそう上手く行くのか?」

 

 ムウが引き攣った笑いを浮かべながら呟いた。

 

 元々、その四脚のフォルムから「獣」だの「犬」だのと呼ばれていたバクゥだが、キラの施したこの武装は、まさにその獣としての特性を極限まで引き出す、ロマンと殺意に溢れた代物だった。

 

「ただ突っ込むだけじゃ、的になるだけじゃないのか?」

 

「そこも対策済みです。『ビームコート発振ユニット』を積んでありますから」

 

 キラは図面の装甲部分をハイライト表示させた。

 

「このブースターの圧倒的な推力と最高速度なら、ノーマルのバクゥが撃ってくるミサイルやレールガンの弾頭は完全に振り切れます。それに……もしザフトがビーム兵器を持ち出してきても、ビームコートを前面に展開しながら突撃すれば、ビームを無効化しながら強行突破できます」

 

「……お前さん、毎度の事ながら本当に恐ろしい坊主だよ。ジャンクの寄せ集めで、またとんでもないモン造り出しやがって」

 

 ムウは呆れを通り越し、もはや笑うしかなかった。

 

 しかし、キラの眼差しは真剣そのものだった。

 

 あのカガリとレジスタンスたちを止めるためには、そして彼らがこれ以上の無茶をして死なないようにするためには、言葉や拳だけでは足りない。彼らを守り抜くための『力』が必要なのだ。

 

「……使えるものはなんだって使います。誰も死なせないために」

 

 バクゥの背面にマルチコネクターを増設し、換装システムを組み込むというキラのアプローチは、モビルスーツ開発史において決して「突飛な異端」というわけではない。

 

 およそ2年後にザフトが実戦投入することになるバクゥのマイナーチェンジ機『ケルベロスバクゥ』。

 

 あの機体が、ザクウォーリア等の次世代主力機で採用される装備換装規格『ウィザードシステム』に対応し、バックパックを付け替えることで多種多様な戦局に適応していた事実が、その設計の正しさを証明している。

 

 つまりキラは、未来のザフト軍技術局が辿り着くであろう『四脚獣型モビルスーツの汎用化と装備の規格統一化』という設計思想を、連合のストライカーパック規格を流用することで、今のバクゥに2年先駆けて実装したに過ぎないのだ。

 

 本来、バクゥの背部ターレットはミサイルポッドとレールガンを換装して運用できる構造になっており、ペイロードの拡張性とモジュール化の素地は最初から備わっていた。

 

 そこに目を付け、地球連合軍のストライカーシステムの利便性と構造を誰よりも熟知しているキラが、「なら、バクゥの背中のジョイントもストライクと同じ規格に統一してしまえば使い回しが利く」と判断するのは、ある意味で極めて自然な帰結だった。

 

 「地球連合軍の規格」や「ザフトの機体」といった陣営の壁など、機体を弄るキラにとっては全く意味を持たない。

 

 目の前にあるパーツを最も効率的に組み合わせ、生存率と戦術の幅を最大化する。その冷徹なまでの最適化の結果として産み落とされたのが、未来のウィザードシステムの先駆けとも言える、この『ストライカーパック対応型バクゥ』なのである。

 

 歴史の顛末と未来のMSの系譜を知るキラだからこそ、迷うことなくその設計図を頭の中から引き出し、ジャンクパーツの山からたった1日で「2年後の完成形」をでっち上げてみせたのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「やれやれ……。砂漠であんな鈍亀をどう使えって言うんだか」

 

 バルトフェルドは、次々と輸送機から降ろされていく重砲撃型モビルスーツ『ザウート』の無骨な姿を見下ろしながら、呆れたように肩をすくめた。

 

 キャタピラによる走破性こそあるものの、その機動力はバクゥの比ではない。まさに「動く砲台」と呼ぶべき代物だ。

 

 あの、砂漠をホバーで滑るように駆け回る規格外のティエレンを相手に、こんな機体を差し向けたところで、格好の的にされるのがオチである。

 

「それで、ダコスタ君。その『複数の補給基地を壊滅させた何者か』の正体は分かっているのかね? 足付きの別動隊か? それとも、あのユーラシアの坊主君がやったのか?」

 

「それが……」

 

 ダコスタは手元のデータパッドに目を落とし、ひどく言いにくそうに顔を顰めた。

 

「生存者の報告によれば、『何も見えなかった』と」

 

「……見えなかった?」

 

「はい。レーダーにも光学センサーにも一切反応がなく、突如として施設が爆発し、警備のジン・オーカーやバクゥが一瞬にして『切り裂かれた』そうです。まるで、見えない亡霊にでも襲われたようだと」

 

 その不可解な報告に、バルトフェルドの目が鋭く細められた。

 

「亡霊ねぇ……。あるいは、ヘリオポリスで我が軍が奪取したG兵器の中の一つ、『ミラージュコロイドステルス』の技術でも使われたか」

 

「ステルス機、ということですか? しかし、あの技術を搭載した機体は現在、本国にあるはずでは……」

 

「おいおいダコスタ君。アレは元々あっちの物だよ? 本国に本体があるなら、地球軍にそれを使った別の機体があっても不思議じゃないさ。……なるほどね。大西洋連邦のステルス機に、ユーラシア連邦のバケモノじみたティエレン。そして、玉手箱みたいな足付き。この砂漠も、随分と賑やかになってきたじゃないか」

 

 バルトフェルドは、ふっと口角を上げた。

 

 本国の上層部は、この異常事態の深刻さを全く理解していない。ただ単に「新型のホバー機体を無傷で鹵獲しろ」などと、現場の苦労も知らずに無茶な注文をつけてくる。

 

 だが、与えられた手札に文句を言っていても戦は始まらない。指揮官の仕事とは、配られたカードでいかに最善の役を作るかだ。

 

「さぁ、作戦会議だダコスタ君。……その前に、とびきり苦いコーヒーを淹れようか。最高に頭の冴えるヤツをね」

 

 砂漠の虎は、迫り来る未知の脅威──見えざるステルス機と、改造を施された鋼鉄の盾を前にして、己の戦術家としての血が熱く滾るのを感じていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 バクゥの修復を終え、油と金属の匂いを纏ったキラがようやく艦長室へと足を踏み入れたのは、事態が一段落してからだった。

 

「挨拶が遅れてすみません、ラミアス艦長」

 

 扉の向こうにいたマリュー・ラミアスは、デスクから顔を上げ、疲労の滲む瞳で彼を見た。

 

「良いのよ、別に。貴方は忙しい身だもの」

 

 マリューの口調には、戦場を駆け抜けてきた者同士の、ある種の諦念と安堵が混じっていた。

 

 アラスカで交わした別れの言葉は、確かに「戦争が終わったら」という仮定に基づいたものだったはずだ。それがわずか一週間程で、この灼熱のアフリカで再会することになろうとは。

 

「それに……あんな別れをしたあとだもの。少し気まずかったでしょう?」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

 キラは困ったように視線を彷徨わせた。

 

 互いに異なる軍服を纏う者同士、二度と会えないかもしれないという予感と共に別れたはずだった。しかし、運命はあまりにも皮肉に彼らを再び戦火のただ中へと引き戻したのだ。

 

「……ウソよ。少し意地悪だったわね。また会えて嬉しいわ、キラ君」

 

 マリューが初めて、安らかな微笑みを浮かべた。

 

「はい。僕も、また会えて良かったです」

 

 キラもまた、硬い表情を緩める。しかし、再会の余韻に浸る間もなく、マリューは艦長としての顔つきに切り替えた。彼女には、どうしても確認しなければならないことがあった。

 

「人探しの方はどうだったの?」

 

「はい。当人は見つけました。ですが……この状況ですから。放っておくわけにはいきません」

 

 キラは自身のティエレンと、ムウのストライクが交わした共闘、そして『砂漠の虎』との対峙について簡潔に報告した。バルトフェルドの次なる戦術において、自分の機体が計算に入れられているだろうことも。

 

「良いの? 貴方が介入しなくても、私達には……」

 

「良いんです。これで僕達が抜けてアークエンジェルに何かあったら、それこそ後味が悪いですよ」

 

 キラの言葉は静かだったが、そこには揺るぎない覚悟があった。

 

 自分を再び戦場に縛り付けることへのマリューの申し訳なさを察したのか、キラはあえて話題を変えるように、艦内の現状について尋ねた。

 

「ところで……どうして見た限りでは、パイロットがムウさんだけなんですか? 格納庫にはストライク以外にもデュエルと、戦闘機が二機あったはずですが」

 

 マリューの動きが止まった。

 

 答えを躊躇うその沈黙を、キラは見逃さなかった。

 

「ええ、まぁ。……こっちの問題なのよ。色々とね」

 

 マリューは目を逸らした。

 

 アラスカでの査問委員会。最高機密の新造艦にコーディネイターの子供を乗せ、戦闘を行ったという事実。その追及の厳しさをキラに告げるわけにはいかなかった。

 

 彼女は、この艦に課せられた重すぎる十字架を、一人の少年に背負わせることを無意識に拒んでいたのだ。

 

 だが、キラは鋭い。

 

 彼はアークエンジェルが置かれている窮状、そして彼らにもまた政治的な火の粉が降りかかっていることを即座に理解していた。

 

「……もしかして、僕がアークエンジェルで戦ったのが問題になりましたか?」

 

「そ、そんなことないわよ。命令を受けたら、それを遂行するのが軍人よ」

 

 マリューの取り繕うような弁解は、いかにも脆弱だった。

キラは自嘲気味に口角を上げた。

 

「僕も本国で、少し問題になりましたからね。『オーブの軍人が地球軍の艦に乗って戦闘したなんて何事だ』と。この人探しも、そっちの側面もありますから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、マリューは自分の胸の底が焼けるような痛みに襲われた。

 

 ナタルからの報告を受け、キラが本国で厳しい追求を受けていることを知っていた。

 

 だが、こうして当人の口から「自分も同じだ」と告げられると、大人としての無力さが骨身に沁みる。

 

 自分たちは、彼に戦う理由を与え続け、同時に彼を孤立させてしまったのではないか。

 

 マリューは目を閉じ、深く息を吐いた。

 

 二人の間には、言葉にできない重い空気が流れていた。

 

 実際問題として、アークエンジェルの艦長であるマリューにはクルー達の命を預かる身だ。

 

 そう簡単に艦を沈めさせるわけにはいかない立場にある以上、藁にすがってでも生き残る手段を選ばなければならないのだ。

 

 マリューは自分の情けなさを心底痛感させられていた。

 

 今また、キラに同じ事をさせてしまおうと言うのだから、返す言葉もなかった。

 

「そう自分を責めないでください、マリューさん」

 

 静かな艦長室に、キラの穏やかな声が響いた。

 

 その響きは、戦火を潜り抜けた一人の人間が、他者の痛みを分かち合おうとする、大人びた静寂を帯びていた。

 

「え……?」

 

 マリューは、驚きに目を見開いた。

 

 自分の胸中で渦巻いていた罪悪感──軍人としての責任を盾に、この少年を再び戦場という泥沼へ引きずり込んでしまったことへの後悔。それらが、今の短い言葉によって粉々に砕かれたような気がしたからだ。

 

 そして何より、キラが自分を肩書きではなく、名前で呼んだことに動揺が隠せなかった。

 

 これまではその境界線が、彼女にとって唯一の心の鎧だった。その一線が今、キラの手によって軽やかに、そして決定的に消し去られた。

 

「勝手に首を突っ込んでいるのは僕の方ですから。マリューさんが気に病むことなんて、何一つありませんよ」

 

 キラはわずかに微笑んだ。それは、自分の運命を受け入れ、背負うべき重圧を直視している者にしか見せない、静かで強固な覚悟を湛えた笑顔だった。

 

 自分が戦っているのは誰のためか。アークエンジェルを、仲間を、そして自分の大切な世界を守るために必要な決断であるということを、彼はすでに言葉ではなく、魂のレベルで理解している。

 

「貴方って子は……」

 

 マリューは言葉を失い、喉の奥が熱くなるのを感じた。

 

 申し訳なさが、波のように押し寄せてくる。

 

 自分が彼に頼りきっているのではない。彼が自らの意志で、自分の命をすり減らしてまで、この艦を守ろうとしてくれているのだ。

 

「そんな風に……どうして、そこまで優しくいられるの?」

 

 マリューは、キラの瞳をまっすぐに見つめることができなかった。

 

 戦争という名の理不尽な暴力に蹂躙される世界において、その姿はあまりにも美しく、そしてあまりにも哀しかった。

 

 彼女は、自分の中にあった「艦長としてのジレンマ」を、彼という鏡を通して突きつけられたような気がした。

 

 彼を戦場から遠ざけたいと願いながら、結局、彼が必要だと痛感してしまう自分自身の弱さ。

 

「……気にしなくていいと言われても、私は……」

 

 マリューは俯き、噛み締めた唇から小さな吐息を漏らす。

 

 キラ・ヤマトという少年の慈愛と強さが、今の彼女には何よりも重く、優しく突き刺さった。

 

 彼女はただ、祈るように両手を組み、その背中で全てを受け止めようとする少年の健気な強さに、自分の中に渦巻く罪悪感と、けれどもこの頼れる戦友の存在に救われる想いを感じていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの艦外、焼け付くような日差しが照りつける砂漠に、周囲の無骨な景色とは決定的に不釣り合いな一機の獣が駐機していた。

 

 外装の凹みは丁寧に叩き出され、修復と再調整を受けたその機体は、かつてザフトの砂漠の虎が放った猟犬──バクゥの面影を残しつつも、全く異なる威圧感を放っている。

 

 最大の変化はその塗装だった。ジャンク屋のキャンプで調達した塗料を用い、友軍からの誤射を防ぐ明確な識別用として、鮮やかなスカイブルーと白のラインという目立つ配色が大胆に施されている。

 

 背部に搭載された大推力ブースターと、鋭く伸びるレーザーブレード。そのあまりにも攻撃的かつ特異なシルエットと戦術コンセプトから、キラはこの機体に『ブレードバクゥ』という新たなコードネームを与えていた。

 

「……あのバクゥを、本当に直したのか、お前」

 

 機体の各部アクチュエーターの最終チェックと試運転を終え、コックピットからワイヤーで降りてきたキラの背中に、硬い声が掛けられた。

 

 振り返ると、そこには腕を組み、複雑な表情でブレードバクゥを見上げるカガリ・ユラ・アスハの姿があった。

 

 昨日キラに二度も殴られた頭の痛みの感覚がまだ残っているのか、その態度はどこかぎこちなく、しかしその瞳にはキラに対する抗議の光が強く灯っている。

 

「うん。次の戦闘は、昨日よりもずっと激しくなると思ったからね」

 

 キラは首に巻いていたタオルで額の汗を拭いながら淡々と答えた。そのあまりにも自然な様子に、カガリはたまらず一歩前へと踏み出した。

 

「私には『自分の立場を考えろ』だのと偉そうに説教しておきながら……お前は戦うのか?」

 

 カガリの糾弾は、一見すれば正論だった。

 

 命の重さを説き、無謀な戦闘を否定した本人が、手負いの獣を自らの手で直し、再び戦場に立とうとしている。

 

 その矛盾が、真っ直ぐすぎる彼女にはどうしても納得できなかった。

 

 だが、キラはカガリの鋭い視線を受け止めても、微塵も揺らがなかった。

 

「僕が武力介入して、あのティエレンでムウさんのストライクと共同戦線を張ったのは、ザフトのパイロットたちも、砂漠の虎もはっきりと見てたからね。次は間違いなく、虎も『僕という戦力』が存在することを前提にして作戦を練ってくる」

 

「それは……」

 

「僕がここで『関係ないから抜けます』って帰ったら、想定外の戦力差でアークエンジェルが沈んだりすれば、目も当てられないでしょ? それに、あの艦には僕の知り合いもそれなりに乗ってる。見殺しにはできないよ」

 

 キラの言葉には、『戦術的必然性』が込められていた。

 

 一度盤上に上がってしまった以上、途中で降りることは、残された者たちへの最大の裏切りとなる。

 

「だったら尚更だろ! お前が戦えば、地球軍に加担していることになる。お前が私に言ったことと同じじゃないか!」

 

「君と僕の立場は、根本的に全然違うでしょ」

 

 カガリの叫びを、キラは静かで、しかし絶対的な重さを持つ声で遮った。

 

「僕は一介の技術士官に過ぎない。それに、今は『ジャンク屋組合の所属』を名乗ってここに居る。……でも、君は違う。いずれ理念そのものを背負うべき人間だ」

 

 キラはタオルを首に掛け直し、カガリの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「想いだけで先走った所で、それを最後まで貫き通すための『力』が無いとダメなんだ。ただ命を懸けるのは覚悟じゃない。蛮勇っていう自滅行為だ。……だから僕は、大切なものを守るために、こうして自分に出来ることをしてるんだよ」

 

「っ……それ、詭弁って言うんだぞ。大人の汚い言い訳だ」

 

 痛いところを突かれたカガリは、悔しそうに唇を噛み締め、視線を逸らした。しかし、キラはその青臭い反発すらも、容赦なく現実の刃で切り捨てた。

 

「詭弁でも、方便でも、いざという時のための言い訳を幾重にも用意しておくっていうのが、『政治』や『根回し』の基本中の基本だよ」

 

 キラは肩をすくめると、半ば呆れ顔で続けた。

 

「だいたい、『カガリ・ユラ』なんて偽名、いくらなんでも雑すぎるよ。……もうちょっと、正体を隠す努力とか真面目にしようよ」

 

「うっ……! う、煩いな! お父様から頂いたこの名を、そう簡単に偽れるか!」

 

 顔を真っ赤にして反論するカガリ。その根底にあるのは、父に対する深い敬愛と、自分を偽りたくないという純粋すぎる生真面目さだ。

 

 だが、その美徳が時として最悪の引き金になることを、キラは誰よりも危惧していた。

 

「真っ直ぐなのは良いことだよ。でも、真っ直ぐ過ぎてもダメなんだ」

 

 キラの声が、ふっと柔らかく、どこか諭すような温かさを帯びた。

 

「その真っ直ぐな想いを、絶対に折らずに最後まで貫き通したいなら……泥を被る覚悟も、詭弁を弄するような『相応の舌回し』も、これからは少しずつ覚えていかないとね。君は、それを使わなきゃいけない立場になるんだから」

 

「……お前、本当に説教が好きだな。私と同い年のくせに、お父様みたいだぞ」

 

 カガリはバツが悪そうに砂を蹴り飛ばしながら、恨めしそうにキラを睨み上げた。

 

「好きで説教してる様に見える? ……別に僕だって、そうする必要がないなら、こんな疲れることわざわざしないってば」

 

 キラは大きな溜め息を一つ吐き出し、本当に疲労困憊といった様子で垂れ下がった両肩をすくめた。

 

 その等身大の少年の気だるげな表情を見て、カガリは胸の奥をチクリと刺されたような感覚を覚えた。

 

 彼がこれほどまでに疲れ果て、それでも厳しい言葉を投げかけてくるのは、他でもない『自分の無知と無軌道』のせいなのだ。

 

「うっ……わ、悪かったな! 言われなくても、自分のやったことが馬鹿だったくらい、わかってるさ!」

 

 カガリは耐えきれずに声を荒げたが、その声色には先程までの棘はもう無かった。

 

 彼女の顔は羞恥と申し訳なさで朱に染まっており、己の過ちと直面し、それを不器用ながらも受け入れようとしているのが痛いほど伝わってくる。

 

「……なら、いいよ」

 

 キラは小さく微笑むと、再び手元の工具箱へと向き直った。

 

 砂漠の吹き抜ける熱風の中、二人の間に流れる空気は、出会ったばかりの頃の反発し合うそれから、互いの重さと痛みを知った者としてのそれに、確実に変化し始めていた。

 

 

 

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