やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
戦局は、誰の目から見ても既に明白な決着を迎えていた。
砂漠の虎が切り札として周到に伏せていた別働隊すらも、アークエンジェルから突如として射出された予期せぬ新たな力──デュエルとティエレンの蹂躙によって、その優勢を完全にへし折られた。
もはやザフト側に陣形を立て直し、艦隊戦を覆すだけの手立ても火力も残されていない。
そして、この熱砂の戦場において最も厄介にして最強の要であるバルトフェルド自身の乗機『ラゴゥ』と、ザフトからすれば一瞬でも野放しにすれば前線を跡形もなく食い破られると断言できる異端の刃『ブレードバクゥ』。
両者共に、互いを「最も野放しにしてはならない最大の脅威」であると正確に理解し、惹かれ合うように激突したからこその極限の一騎討ちであった。
だが、大局という盤上において、勝敗の帰趨はすでに決してしまったという冷酷な事実がそこにあった。
「ダコスタ君」
『はっ、隊長!』
「……全軍に退艦・撤退命令を出したまえ」
『隊長……!? し、しかし!』
メインモニター越しに、黒煙を上げ、艦体を傾かせながら炎上する愛艦レセップスの痛ましい姿を静かに見つめながら、バルトフェルドは感情を殺した声で告げた。
「勝敗は決した。指揮官としての私の敗けだ。君は生き残った残存兵たちを速やかに纏め上げ、バナディーヤへと帰還しろ。その後のことは、ジブラルタルの司令部に指示を仰げ」
『たいちょ──!』
悲痛な叫びを上げようとした副官の言葉を最後まで聞くことなく、バルトフェルドは一方的に通信を遮断した。指揮官たる者、敗北の責任と最後の一振りを振るう義務は、自分一人で背負えばいい。
「……君も脱出しろ、アイシャ」
そして次に、バルトフェルドはその短くも重い言葉を、眼前のガンナー席に座る最愛の恋人へと向けた。
先程の交差で、背部の二連装ビームキャノンを完全に喪失しているラゴゥには、最早火器管制を担当するガンナーの存在は戦術的に必要が無い。ただ死地に道連れにするだけの、無意味な同乗でしかなかった。
「……そんなことするくらいなら、貴方と一緒に死んだ方がずっとマシね」
しかし、アイシャはシートベルトを外すどころか、毅然とした態度で再び火器管制用のスコープを深く覗き込んだ。
確かにビームキャノンは失われた。だが、ラゴゥのメインカメラや各種センサー群を通し、操縦桿を握るバルトフェルドとはまた別の視点と意識で、あの神懸かった動きをする蒼いバクゥの僅かな挙動や死角を監視・補佐することは十分に出来る。
無論、それは彼女なりの建前でもあった。愛する男がすべてを捨てて、一人の戦士として最後まで戦い抜く腹を決めたというのなら、それに寄り添い、地獄の底まで付き合ってやるのが「いい女」の矜持というものだ。
「フッ……ならば、付き合ってくれっ!」
バルトフェルドは一切の迷いを捨て去り、ラゴゥの巨体を猛然と旋回させた。口部に巨大なビームサーベルを再展開し、スラスターの咆哮と共に、背後から追撃姿勢に入っていた蒼いバクゥへと決死の吶喊を掛ける。
「ぐっ……!」
蒼いバクゥのコックピットの中で、キラは苦鳴を漏らした。
網膜に焼き付くようなアラートの明滅。スーパーコーディネイターの超人的な反射神経を以て、ラゴゥの牙を躱すべく機体をギリギリの挙動で横へ跳躍させる。
だが、砂漠の虎の執念は、そのさらに一歩先を読んでいた。
ラゴゥはその巨体に見合わぬ滑らかな動きで錐揉み回転を打ち、回避方向に先回りするようにしてビームサーベルを薙ぎ払った。
高熱の刃が蒼いバクゥの右側面に直撃し、レーザーブレードを固定している可動アームを無惨に切り飛ばす。
「しまったっ!?」
「……やはりな。その規格外のブースターは確かに厄介極まりないが、機体に無理をさせ過ぎだ」
確かな手応えを感じ取ったバルトフェルドの唇に、歴戦の戦術家としての鋭い笑みが浮かんだ。
彼は、バクゥというモビルスーツの限界と構造を、世界の誰よりも深く理解していると自負している。それは、安全なプラントのラボで綺麗な図面を引いた開発技術者たちの理論値などではない。実際にこの過酷な熱砂の戦場で幾度も乗り回し、大地を駆け抜け、機体の悲鳴を直接聞いてきた血の通った実感と経験からくる絶対的なものだ。
ビームキャノンを失い、デッドウェイトが消えたことで最高速度を増している今のラゴゥに対し、それを背後から追随し、並び立とうとする蒼いバクゥが、何も代償を払っていないわけがない。
四肢の関節駆動系、ショックアブソーバー、そしてフレームそのものが、大型ブースターの暴力的な加速によって限界を超え、今にも千切れ飛ぶような悲鳴を上げているはずなのだ。
だからこそ、キラが機体の崩壊を防ぐために一瞬だけ関節部を労るような「甘い挙動」を見せたその僅かな隙を、虎は決して見過ごさなかった。
「戦争には、スポーツのように明確でフェアなルールも決まりもないのだよ」
だからこそ、キラが既に5機の手練れのバクゥを相手にし、機体も精神も激しく消耗しているという圧倒的有利な状況にあろうとも、バルトフェルドは容赦など一切しない。バクゥよりも高性能な最新鋭機であるラゴゥの出力を限界まで引き出し、躊躇なく二の太刀、三の太刀を浴びせにかかる。
「バルトフェルドさん! もう勝敗が決したのは、貴方だってわかっているはずです! これ以上僕達が戦った所で、なんにもならないじゃないですか!!」
通信機越しに、キラの悲痛な叫びが響き渡る。これ以上の無意味な殺し合いを拒絶する、少年の魂からの訴えだった。
「さて、どうかなそれは。少なくとも、君という底知れぬ天才をここで排除すれば、君が生み出す『技術の進化』は完全に止まる!」
ラゴゥを躍動させながら、バルトフェルドは冷酷なまでの戦略的真理を叩きつける。
「あり合わせのパーツで、バクゥをここまで恐ろしい化け物に生まれ変わらせるという発想も、あの『ティエレン』というザフトにとって厄介極まりない存在の次が生まれることも、すべて未然に防ぐことができる。君を討てば、少なくともザフトが近い将来、取り返しのつかない窮地に立たされるのを阻止出来る可能性がある。私が命を懸けて君をここで討つ理由としては、十二分に真っ当で、もっともな理由だろう!」
バルトフェルドの言葉は、詭弁ではない。事実、キラ・ヤマトという一人の少年の存在は、すでに一個師団の戦力を凌駕する戦略的脅威へと変貌しつつあった。
「それにだ……! 今日この砂漠に散っていった部下たちの仇は、指揮官として必ず取らさせてもらわねばなっ!!」
「バルトフェルドさんっ!!」
スラスターを全開にし、煌めくビームサーベルの牙を剥き出しにしたラゴゥが、砂塵を切り裂いて疾走する。
「戦うしかなかろう、少年! 互いに譲れぬものを抱えた『敵』である限り、どちらかが滅びるまでな!!」
このC.E.の戦争には、旧世紀に存在したような戦時条約も、交戦規定も、何一つ存在していない。
悲劇の引き金となった、農業プラント『ユニウスセブン』への核攻撃。
そして、その報復としてザフトが地球全土へ打ち込んだ、あらゆる核分裂を無効化する『ニュートロンジャマー』の散布。
これにより、地球上の国家は深刻なエネルギー危機と飢餓に陥り、互いの憎悪はもはや後戻りできない臨界点へと達してしまった。
戦争にルールも決まりもない。それは、比喩でも皮肉でもなく、この世界の絶対的な現実だった。
国家間や民族の違いで争っていた旧世紀の戦争には、まだ表向きのルールや、捕虜の扱いを定めた最低限の決まり事があった。
しかし、ナチュラルとコーディネイターという「種族の存亡」を懸けた遺伝子レベルの生存競争である現在の戦場に、人道的配慮や戦時国際法といった甘ったるい概念は存在しない。
地球連合軍は、表向きは旧世紀の軍隊機構や戦争法に則った形をとっている。そこには、長い歴史の中で人類が積み重ねてきた良心や、軍規という名の枷が僅かばかり残されているからだ。
だが、相対するザフトは違う。彼らの母体はあくまでプラントを防衛するための「市民の自警団」から端を発している義勇軍だ。
そのため、厳格な階級制度や軍事的規律は「ナチュラルの作った低能で旧時代的な決まり事」として軽視され、着ている軍服の色と個人の能力だけで上下関係が決まるという、極めて歪な組織構造を持っていた。
そして何より、バルトフェルド自身も心底唾棄している事実がある。
同胞の暮らすユニウスセブンを焼かれたプラント市民の恨み辛みは理解できる。だが、その復讐心から、戦闘行為を放棄して投降を選んだ地球軍の兵士たちを、「野蛮なナチュラルの捕虜など生かしておく必要はない」と容赦なくその場で撃ち殺す虐殺行為が、今のザフトの前線では平然と罷り通っているのだ。
そんな残虐行為を繰り返していれば、復讐の連鎖を生み、明日は我が身に同じ悲劇が振り掛かる。
いや、そればかりか、コーディネイターとナチュラルという両種族間の溝は永遠に埋まらなくなり、自分たちの行いそのものが『コーディネイターという種の完全なる根絶』を誘発しかねないという恐ろしい結末に、憎悪に駆られた誰もが思い至っていない。
だからこそ、この世界は救いようのないほどに狂っている。
大人が作り出した狂気と憎悪のシステムが完全に暴走し、自浄作用を失っている。
故にこそ──本来ならば戦うことなど望まない心優しい少年少女たちが、血の涙を流し、『世界を横から全力で殴りつけなければならない』という、あまりにも悲惨で悲壮な覚悟を強いられてしまうのだ。
善人が泥を被り、優しい者が血を流し、引き金を引く。
その不条理と理不尽の極みこそが、このコズミック・イラという時代の『戦争』の真の姿であった。
キラは、この熱砂の戦場で、初めて明確に「人の命」を奪っていた。
バルトフェルド隊の手練れが駆るバクゥと死闘を繰り広げる最中、敵の援護のために飛来した戦闘ヘリの群れを、彼はブレード基部に装備されたパルスレーザーで撃ち落としていたのだ。
モビルスーツの強固なコックピットとは根本的に違う。装甲など無いに等しい通常兵器の中で最も脆い戦闘ヘリがその火器の直撃を受ければ、空中で瞬時に蜂の巣となり火ダルマになって爆散する。
パイロットが脱出して生存する確率など、文字通り絶望的だった。
自分が殺した。
その事実が、バルトフェルドに「部下の仇を討つ」という指揮官としての絶対的な大義名分を与え、最後まで戦い抜くための口実と引き金を作らせてしまったのだ。
『人の命を奪うなんて真っ平御免だ』
虎の屋敷で、顔をくしゃくしゃにして泣き叫びながら吐き出したその言葉は、今も一切変わらないキラの偽らざる本心だ。
しかし、それはあくまで彼が自分に課している「努力目標」に過ぎない。この狂った世界には、どれだけ言葉を尽くしても決して止まらず、殺さなければこちらが皆殺しにされるだけの相手――クルーゼやオルフェのような存在と戦わなければならないと、彼は魂の底で理解しているからこその答えだった。
だからこそ、これまでキラは敵兵を直接殺めることを徹底して避け、MSの手足や頭部だけを正確に吹き飛ばして無力化するという、神業じみた手加減という名の『偽善』を貫いてきたのだ。
だが、今は違う。
親友のトールが自ら進んであの無骨なティエレンのシートに座り、己の手を血に染めてまで、仲間を守ろうと必死に引き金を引いているのだ。
その傍らで、自分だけが「誰も殺したくない」という綺麗事を並べ立てるのは、死地へ赴いたトールの凄絶な覚悟に対する卑怯な逃げであり、冒涜であり、何より救いようのない『傲慢』だと思い知らされた。
目の前の男は、部隊の指揮官として、散っていった部下たちの仇を討つという重い責務を全うしようとしている。
そんなバルトフェルドを、キラは必死に止めようとしていた。
自分に美味しいコーヒーを淹れてくれたから。
誰にも打ち明けられなかった弱音を吐かせ、受け止めてくれたから。
「個人的には、互いに戦いたくはない」と、自分と同じ思いを共有し、同意までしてくれた相手だから。
そんな個人的な感傷と、「恩人を殺したくない」という底が浅く甘いエゴだけで、立場の違う指揮官の揺るぎない覚悟を捻じ曲げようとしていたのだ。
殺したくはない。どうしても、命を奪いたくはない。
けれども、どんなに言葉を尽くし、祈りを捧げても、もはや彼を止めることは出来ない。彼を殺さなければ、自分が殺され、アークエンジェルが沈み、仲間たちが砂漠の露と消える。
優しさと現実が、逃げ場のないコックピットの中で激しく軋みを上げて衝突する。
「ちくしょおおおおおっ!!!!」
どうしようもない絶望と、あまりにも残酷な不条理の極みを前にして。
キラが血の涙を流すような絶叫を上げた、その瞬間。
キラの脳裏で、極限まで張り詰めていた『何か』が弾け飛んだ。
暗闇の中で、一つの種の殻が割れるような、ひどく冷たく、そしてどこまでも透明な音が響く。
それは、彼の中の迷いと甘さが完全に死に絶え、絶対的な闘争の意志が覚醒した産声であった。
◇◇◇
バルトフェルドの眼前で、にわかに信じ難い異変が起きた。
突如として、蒼いバクゥがその最大の特徴であった背部の大型ブースターを、熱砂の海へと無造作にパージしたのだ。
被弾したわけでもない、深刻なトラブルが起きてシステムが機能不全に陥ったわけでもないだろう。それは、パイロットの明確な『意志』による切り離しだった。
そして、その直後から。
機体の挙動から、限界を超えて悲鳴を上げていた四肢の関節を庇い、労るような「甘い動き」が完全に消え失せた。
右の牙を喪い、残された左側面のレーザーブレードだけを妖しく煌めかせて静かに立ち尽くすその機体に、バルトフェルドは幻を見た。砂漠の陽炎の中に重なって見えたのは、絶対的な王者の風格と氷のような闘争心を纏った『鋼鉄の蒼き獅子』の姿だった。
「来るわよ、アンディ」
ガンナー席のアイシャが、息を呑むような声で警告を発する。
「ああ……っ」
バルトフェルドは操縦桿を握り直し、油断なく目の前の蒼き獅子を凝視した。
ラゴゥの装甲越しにすらビリビリと伝わってくる、尋常ではない純度の『殺気』。先程まであれほど激しく感情を爆発させていた機体が、今はまるで人が変わったかのように、一切の熱を持たない絶対的な『静けさ』に包まれている。
(……本当にこれが、あの少年の放つプレッシャーなのか?)
歴戦の虎でさえ、戦慄と共にそう疑わずにはいられないほどの、底知れぬ威圧感がそこにはあった。
先に動いたのは、蒼いバクゥだった。
背中の巨大なブースターを外したことで劇的に身軽になった機体が、砂を蹴って猛然と走り出す。
さらに少年は、これ以上の防御など邪魔だと言わんばかりに、機体各所──脚部の駆動系を覆っていた装甲を次々とパージしていった。先程の無限軌道の切り離しと同様、ダメージコントロールや大掛かりな整備時にのみ使用するコマンドでの強制パージ。
防御力という概念すらも捨て去り、極限まで身軽になった蒼いバクゥは、音速の壁を突き破らんばかりの速度で戦場を駆け抜ける。
「くおっ!」
「あうっ!」
その常軌を逸した踏み込みの速さに、バルトフェルドは咄嗟にラゴゥの回避行動を取った。
蒼いバクゥから見て右側。つまり、レーザーブレードを失い「武装がない死角」へと、巨体を捻って避けたのだ。
だが、ラゴゥが完全に避け切るよりも速く、凄まじい衝撃が機体を襲う。
武装のない方へ躱したはずにもかかわらず、激しい金属音と共に、ラゴゥの右側の翼とスラスターがもぎ取られ、宙を舞った。
「なんだと!?」
首のカメラだけを振り向け、その原因を探ったバルトフェルドの瞳が、驚愕に見開かれた。
すれ違いざまに旋回してくる蒼いバクゥ。その機体の前面をすっぽりと包み込んでいたのは、先程ラゴゥのビームキャノンを弾き返した、あの『光の障壁』だった。
「あの機体……ビームのバリアを纏って、体当たりも出来るというのか……っ!」
つまり、刃を片方失ったところで、あの蒼き獅子の牙が鈍ることは一切なかったのだ。
防御のためのバリア機能すらも、莫大な運動エネルギーを乗せた「質量兵器」として強襲の打撃に転用する。
その土壇場でのあまりにも突飛で狂気的な発想は、『自分に出来ることを精一杯やってきた』と泣きながら叫んだ、あの少年の根底に眠る底知れぬセンスの発露そのものであった。
驚きはそれだけではない。
正面からではシールドの強烈な発光で見落としていたが、すれ違って膜が薄くなった背後を見た時、バルトフェルドは確かに捉えていた。バクゥの機体中央部、プラットホームの前部に増設されていたパーツは単なるバッテリーか、バリアを見たあとではその発振器だと思っていたが。
備え付けられていたのは『別のブースター』だった。
少年が先程捨てたのは、あくまで爆発的な加速を一時的に齎すための『追加オプション』に過ぎなかった。
本命のメインブースターは、初めから機体中心に用意されていたという事実。
装甲を捨て去り極限まで軽量化された機体を、そのメインブースターで加速させる。
バクゥの一撃離脱戦法は何一つ失われてはいない。
対するラゴゥは、今の交差で右側の片翼とスラスターをもぎ取られ、致命的な機動力の低下を余儀なくされた。
「……フッ、ハハハハッ!!」
バルトフェルドは、コックピットの中で思わず歓喜の笑声を上げた。
追い詰められたのは自分だ。
だが、その程度の絶望で呆気なく敗けを認めてやるほどの軽い覚悟を、砂漠の虎は決めてはいない。
恐怖よりも、この恐るべき若き獅子と最後まで戦い抜けることへの戦士としての誉れが、彼の全身の血を熱く滾らせていた。
◇◇◇
キラの駆る『ブレードバクゥ』の設計思想の根底に、惑星Ziの伝説たる「ブレードライガー」の姿が揺るぎなく存在していることは、この土壇場において完全に証明されることとなった。
先ほど熱砂へとパージした背部コネクターのイオンブースター。それは、あの蒼き獅子がさらなる高みを目指して後付けで装備する「アタックブースター」という立ち位置に過ぎなかった。
つまり、元よりブレードライガーという存在に組み込まれている「メインブースター」を、キラは最初からこのバクゥに余すことなく備えさせていた。
シールド発生器と追加バッテリー、そして推進器が一体化されたそのメインブースター単体だけでも、軽量化された今の機体を加速させるには十分すぎる出力を誇る。
さらに、外装をパージした四肢の脚部は、装甲の物理的な干渉から解き放たれたことで可動域が劇的に向上していた。
機体が軽くなったこと、そして関節が本来の柔軟性を得たことで、ブースターの暴力的なGや砂漠をデタラメな速度で踏み締める際の多大な負荷を、しなやかに受け止める「余地」がフレーム自体に生まれたのだ。
もちろん、一発でも攻撃を食らえば、装甲のない剥き出しの脚部は容易く消し飛ぶだろうし、蓄積している負荷による警告表示は相変わらずだ。
だが、対するラゴゥの残された主力兵装が、あらゆる装甲を焼き切るビームサーベルであるならば、実弾用の分厚い装甲などあっても無意味だ。
(防げないのなら、いっそのこと全て捨ててしまえ。……当たらなければ、どうということはない)
極限の戦場が生み出した、あまりにも冷徹で合理的な割り切り。
その重荷を脱ぎ捨ててより鋭利に、より身軽に研ぎ澄まされていく姿は、かつて惑星Ziの戦場で拘束具をパージしながら閃光の如く駆け抜けた、あの最高速の黒き豹──ライトニングサイクスの光景をも彷彿とさせた。
そして、脚部の蒼い外装が剥がれ落ち、内部の精悍な黒いインナーフレームが剥き出しになったその異形の姿は、上半身の蒼、そして白のラインと組み合わさることで、奇しくも「ブレードライガー」と全く近しい配色へと変貌を遂げていた。
それを完全に体現するかのように、かつてシールドライガーからブレードライガーへと受け継がれ、破滅の魔獣をも葬ってきた無敵の必殺技──『シールドアタック』の機構を、このブレードバクゥは完璧にその身へと宿していた。
機体左側に残された唯一の牙、レーザーブレードを前方へと一直線に展開。
その刀身を震わせる高周波振動の波形を、同時に前面へと展開したEシールドの力場へと同調させ、干渉・増幅させていく。
空間を歪めるような高周波の極低音が熱砂の戦場に木霊する。
シールドの光の壁がブレードの振動を吸い上げ、蒼い機体の前面に見るものを平伏させるほどの巨大な「光の突撃槍」が形成されていった。
覚醒したキラの操る蒼いバクゥは、あの蒼き獅子の王者が持っていたすべての挙動、すべての強さを、このコズミック・イラの戦場において引き出していた。
「……信じられんな。本当に、君という子は……!」
ラゴゥのメインモニターに映し出される、完全に四肢の装甲を脱ぎ捨てて黒いフレームを剥き出しにし、眩い光の障壁の槍を掲げて突進してくる蒼き獅子。
片翼を失い、バランスを崩しながらも砂を蹴るラゴゥの中で、バルトフェルドは全身が毛羽立つような戦慄に身を震わせながら、狂おしいほどの歓喜に唇を歪めた。
「だが、これで終わりだ少年! 私たちのすべてを、そこに叩きつけさせてもらうッ!!」
五感を研ぎ澄ませ、冷徹な戦闘マシーンと化したキラの瞳には、ラゴゥの不規則なステップも、崩れた姿勢の死角も、そのすべてが止まって見えていた。
ただ前へ。立ちはだかる敵を、守るべき未来のために打ち砕く。
「終わらせる……ッ!!」
キラの冷たい呟きと共に、腹底のメインブースターが激昂の咆哮を上げた。
光の槍を掲げた蒼き獅子が、熱砂の海を文字通りの一陣の閃光となって突っ切る。
橙の虎と、蒼き獅子。
二つの獣が交錯した瞬間、戦場は絶対的な光の奔流に呑み込まれた。
敵のビームライフルやビームキャノンなどの強力な射撃兵装から機体を守るためだけに備えられていたビームコート。
高周波振動と完全に同調し、波形を極限まで強化・収束させながら前面へと展開された『Eシールド』の光の壁は、ラゴゥの口部に展開されたビームサーベルと正面から激突しても、決してその貫通を許すことはなかった。
激突の瞬間に生じるはずの、一瞬の拮抗。
それすらも蒼き獅子は許さなかった。
ミラージュコロイドで形成されたビームの刀身を、光の突撃槍が粉々に打ち砕く。
ブレードバクゥは、一回り巨大なラゴゥの懐へと潜り込み──そのまま、両者は交差した。
「く……っ」
交差を終えたラゴゥの背後で、重々しい金属音が響く。
極限の加速と機動に耐え続けてきたブレードバクゥの四肢の関節が、ついに完全に限界を迎え、悲鳴と共に機体が熱砂の上に深く沈み込んだ。
だが、その蒼い獣の背後では、さらなる致命傷を負った敗者が地に伏していた。
激突のすれ違いざま、右側の前脚と後ろ脚を根本から完全に抉り取られたラゴゥが、バランスを崩して無惨に横転し、土煙を上げて擱座していたのだ。
コックピットの中で、バルトフェルドは赤く明滅する深刻なダメージレポートと、完全に沈黙した機体の状況を静かに確認しながら、深く息を吐き出した。
完敗だった。あの交差の瞬間、少年にその気があれば、ラゴゥの胴体ごと自分とアイシャを容易く抉り取れたはずなのだ。
指揮官としても、一人の戦士としても、バルトフェルドは自らの完全なる敗北を潔く認めるしかなかった。
「……何故、殺さなかった」
外部スピーカーを通し、バルトフェルドは振り返ることすらできずに踞る蒼い機体へ向けて、静かに問いかけた。
少しの沈黙の後、ひどく掠れた、けれどどこまでも澄み切った少年の声が通信越しに返ってくる。
『……僕が、そうしたいと思ったからです』
理屈でも戦術でもない。
軍規も、種族の命運も、指揮官としての覚悟も全てを無視した、ただの我儘で、底が浅く甘すぎる個人的なエゴ。
それを通すためだけに、少年は機体と自身の命を限界まで擦り減らし、見事に虎の牙だけをへし折ってみせたのだ。
その言葉を聞いて、バルトフェルドは眼を細め、フッと自嘲するように笑い声を溢した。
「……やはり君は、救いようのないくらい『傲慢』だよ。……少年」
憎まれ口のようなその言葉には、不思議と怒りや憎悪はなく、どこか晴れやかな諦念と、過酷な道を歩み出した若き獅子への哀しい祝福のような響きが混じっていた。
戦火が止み、深い静寂が降りた熱砂の戦場を、硝煙を攫うように一陣の風が吹き抜けていった。