やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-59 鏡合わせの憎悪

 

「あーあ、まったく。言わんこっちゃない」

 

 アークエンジェルの修理と補給のため、ビクトリア基地へと向かう輸送機の中。キラはタブレットを片手に、今しがた完了させた『処理』の確認をしていた。

 

 今回の戦場離脱における最大の懸案事項は、カガリの不正規な戦闘参加だった。

 

 大西洋連邦の最新鋭機たるデュエルを、部外者であるレジスタンスが強奪・運用した。これに対する政治的な落とし前は、軍規に則れば即座に『死刑』である。

 

 機密保持、漏洩防止、そして軍法会議の威厳。それら全てを逆手に取り、キラは冷徹なまでの事務処理を行った。

 

 アークエンジェルの艦内法廷において、『カガリ・ユラ』というレジスタンス兵は、機密漏洩および軍物資強奪の罪で銃殺刑に処された。当然、それは書類上の話であり、実際の銃殺刑は空撃ちの形式で行われ、彼女は『死んだ』ことになったのだ。

 

 これでアフリカの地で戦った『カガリ・ユラ』という存在は消滅した。

 

 後の世界には、オーブ連合首長国元代表首長の娘『カガリ・ユラ・アスハ』だけが残る。

 

 将来的に「あの戦場にいたレジスタンスと、オーブの姫がそっくりだ」という追及が来ようとも、「世界には自分に似た人間が3人いると言いますからねぇ」という、あまりにも強引なドッペルゲンガー説を公式見解として押し通す算段だ。

 

「……キサカさんも、よく協力してくれたよ」

 

 護衛のキサカにしても、代表の娘がこれ以上ない政治的な爆弾を抱えて戦場を駆け回る姿など、見たくはなかったはずだ。

 

 彼もまた、キラの「彼女を戦場から降ろす」という意向に全面的に同意し、口裏を合わせることを約束してくれた。

 

 しかし、キラの頭痛は収まらない。

 

 原作の記憶にあるはずの『運命的な邂逅』が、この世界線では起こり得ない。

 

 ブリッツはアルテミスで中破し、デュエルとバスターは低軌道会戦で地球へと降下していない。クルーゼ隊がジブラルタルに降りてくる口実がそもそもない。

 

 オペレーション・スピットブレイクの為に降りてくるかも知れないが、そこはもうキラの預かり知らぬものだ。

 

 スカイグラスパーを撃墜されての不時着も、イージスとの遭遇も、無人島でのアスランとの出会いも──すべては『予定調和』の範囲内だったはずが、その運命の歯車は既に砕け散ってしまった。

 

「アスランがいないならいないで、彼女が大人しくしていてくれればいいんだけど……」

 

 そうはいかないのが、この双子の厄介なところだ。

 

 今回の戦闘で、彼女は味を占めたかもしれない。自分が戦うことで守れるものがある、と信じ込んでしまったかもしれない。

 

 もし次に、彼女が勝手に機体に乗り込もうとするようなことがあれば。

 

「……その時は、本当に物理的に拘束するしかない、よね」

 

 キラは窓の外に広がる雲海を見ながら、静かに呟いた。

 

 カガリのやっていることは、たとえ彼女なりの正義があったとしても──今回は確かに正しかったし実際助かった戦功はあったとしても──一歩間違えればオーブそのものを滅ぼしかねない特大の政治爆弾だ。

 

 アークエンジェルのマリューやナタルたちは、今のところ彼女の立場と出自に関して何も訊ねずこちらへ配慮して黙認してくれているが。

 

 もしこの件が地球連合の強硬派やブルーコスモスに知れ渡れば、カガリは『オーブの姫』としてではなく、『連合の軍機を盗んだテロリスト』として追われることになる。

 

「本当に……どれだけ周りに心配をかければ気が済むんだ、君は」

 

 溜め息をつき、キラはタブレットの電源を落とした。

 

 『カガリ・ユラ』は死んだ。

 

 それが事実として記録に残っていればそれで良い。

 

 キラは重苦しい思考を強制的に切り替え、次の寄港地での立ち回りに意識を向けた。守るべき者が多すぎる、この過酷な世界を生き抜くために。

 

 キラがカガリに対して振るった拳は、決して彼女の戦う意志そのものを否定し、去勢するためのものではない。

 

 キラにとってそれは、一人の戦士としての否定ではなく、一人の人間としての「最悪な選択」に対する矯正であるつもりだ。彼が苛立ち、激昂したのは、カガリが戦場に立っていることそのものではなく、その「在り方」と「文脈」が、あまりにも危うく、かつ無価値な破滅へと向かっていたからに他ならない。

 

 彼が叱りつけたのは、彼女が置かれている場所と、背負っている身分、そして手にした武器という全ての条件が、最悪の組み合わせであったからだ。

 

 カガリの現状は「オーブの獅子の娘」という存在が、自ら率先して「最も価値のない駒」として使い潰されにいっている状況に等しい。

 

 もしこれが故国オーブという大地であり、国土を焼こうとする外敵に対し、彼女がオーブ連合首長国の次代を担う象徴として、アカツキやストライクルージュといった「祖国の誇り」を駆り、軍を統率して戦場を駆けていたならば、キラはそんな彼女の背中を全力で後押しし、盾となり剣となって、心安らかに共に戦えただろう。

 

 彼女は単なる武装した市民やレジスタンスではない。ウズミ・ナラ・アスハという偉大な指導者の娘であり、オーブの未来を背負う者だ。

 

 そんな彼女が、他国の争いに、それもアフリカ戦線の片隅で「カガリ・ユラ」という偽名を使って銃を手に戦うことなど、政治的にも戦略的にも無謀な自殺行為に過ぎない。

 

 そして決定的なのが「武器」の問題である。

 

 彼女が手にしたのは、他国たる大西洋連邦の軍機デュエルだ。

 

 これを使用するということは、国際法上の機密保持だけでなく、連合内部の派閥争いに自ら火を付けるようなものだ。

 

 もしその素性が露見すれば、彼女は「オーブの代表の娘」ではなく、「連邦の軍機を盗んだ国際テロリスト」として認定される。それではオーブを守るどころか、母国にまで外交的な火種を持ち込み、滅亡への道を加速させるだけだ。

 

 「戦うな」と言ったのではない。

 

 「戦うならば、しかるべき場所で、しかるべき身分として、しかるべき力を持って戦え」と教えたいのだ。

 

 カガリという存在には、個人を超えた責任と、彼女だけが成し遂げられる使命がある。その重みを理解した上で、自国の民を守り、祖国を護るために戦うことこそが、彼女に許された唯一にして最大の『大義名分』であるはずだった。

 

 だからこそ、今の彼女の姿はキラには歯がゆく、耐えがたかった。

 

 彼女の情熱は本物であり、戦士としての素養も確かなものがある。だが、その情熱を向ける先と形を誤れば、彼女が最も愛するものを焼き尽くす炎と化してしまう。

 

 キラが求めたのは、カガリという人間が、悲劇のレジスタンスとして砂漠に散る末路ではない。

 

 いつか彼女が、オーブという国を背負う覚悟を決め、その象徴としての力を手にしたとき、胸を張って彼女と共に戦場へ立つこと──。

 

 キラが彼女の頭に拳を振り下ろしたのは、彼女を「戦場から遠ざけるため」ではなく、彼女が「戦場に立つに相応しい誇り」を手にするための叱咤だったのである。

 

「……悪かったな」

 

 輸送機のエンジン音に紛れるように、カガリはポツリと零した。

 

「え?」

 

「お前に、あんな……嫌な書類を作らせて、その……サインまでさせたことだ」

 

 カガリは膝の上で両手をきつく組み、俯いたまま言葉を絞り出した。

 

 キラが軍の端末を叩き、無表情で『カガリ・ユラ銃殺刑執行』の報告書を作成していた時の横顔。

 

 それは、本来ならばこんな政治的な裏工作など無縁であったはずの少年に、明らかな『軍人と大人の汚れ仕事』を強いたという何よりの証左だった。

 

 自分の浅はかな正義感が、彼の手をまた別の形で汚させてしまった。その事実が、カガリの胸に鈍い痛みを伴って重くのしかかっていたのだ。

 

 キラは少し目を丸くした後、ふっと肩の力を抜いて、いつもの柔らかい、けれどどこか寂しげな微笑を浮かべた。

 

「……カガリがそうやって本当に反省してくれているなら、それでいいよ。それに、僕だって君を本当に死なせたいわけじゃないからね」

 

 キラはカガリの隣のシートに深く背中を預け、真っ直ぐに彼女の横顔を見つめた。

 

「君が『オーブのカガリ・ユラ・アスハ』として、ちゃんと自分の帰るべき場所に帰って、そこで君にしか出来ないことをしてくれるなら……あの書類の手間にも、十分な価値がある」

 

「私にしか、出来ないこと……」

 

「そう。名もなきレジスタンスの少女じゃなくて、オーブの代表首長の娘にしか救えないものが、世界にはきっとあるはずだから」

 

 キラの静かな言葉は、カガリの心の奥底にスッと染み渡るように届いた。

 

 泥に塗れて最前線で銃を撃つことだけが『戦い』ではない。自分の父、ウズミ・ナラ・アスハが背負っているもの。そして、自分がいつか背負わなければならない、オーブという国家と理念の重み。

 

 それを、同い年の少年に諭されるとは情けない限りだが、不思議と反発する気にはなれなかった。

 

「……ああ、そうだな。今はまだお前をヒヤヒヤさせるだけの子供かもしれないが……いつか必ず、お前が安心して背中を預けられるくらいの『獅子』になってみせるさ」

 

 カガリは顔を上げ、力強い瞳でキラを見返した。

 

「うん。……あんまり期待しないで待ってるよ」

 

「おい! そこは期待して待ってろって言うところだろ!」

 

 カガリが思わず声を荒らげて身を乗り出すと、キラは遂に堪えきれなくなったように小さく吹き出した。

 

「あははっ、ごめんごめん。でも、今のカガリはやっぱり、ちょっとでも目を離したら何処かに飛んで行っちゃいそうだからさ」

 

「……むぅっ」

 

 子供扱いされたことに不満げに唇を尖らせながらも、カガリもまた、毒気を抜かれたように小さく息を吐いた。

 

 輸送機の小さな窓の外には、広大なアフリカの大地が夕日に照らされ、燃えるような赤に染まっている。

 

 その景色を眺めながら、二人の間には先程までの張り詰めた空気とは違う、穏やかで、どこか兄妹のように気安い空気感が流れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 キラがあのままアークエンジェルと別れず、ビクトリア基地まで行動を共にすることを選んだ最大の理由は、その寄港地が『ユーラシア連邦』の管轄下にあるという政治的背景に尽きた。

 

 一枚岩ではない地球連合軍において、主導権を巡り暗闘を繰り広げている大西洋連邦とユーラシア連邦。

 

 大西洋連邦所属の最新鋭艦であるアークエンジェルが、派閥の異なるユーラシア管轄の軍港に入港して、果たしてどれほどまともな修理と補給を受けられるのか。

 

 だが、その厄介な政治的交渉において、『キラ・ヤマト』という存在は今やこれ以上ない最強のジョーカーだった。

 

 ナチュラル用OS『TC-OS』の構築者にして、現在莫大な数を量産・運用して戦果を上げている傑作機『ティエレン』の開発者。

 

 その絶対的な肩書きと実績があったからこそ、アルテミス要塞へ入港した時と同じく今回も、自分が矢面に立って交渉カードを切れば、ユーラシア軍は絶対に自分たちを無碍には扱えないという、冷徹な確信と算段がキラにはあった。

 

 しかし。

 

 いざ広大なビクトリア基地へと入港したアークエンジェルを待ち受けていたのは、キラやマリューたちの予想を遥かに超える光景だった。

 

 冷遇や政治的な嫌がらせなど微塵もない。それどころか、基地司令自らが出迎えるほどの、その真逆──VIP待遇とも言えるほどの異例の『厚遇』が用意されていたのだ。

 

 艦が専用の特級ドックに入るや否や、ユーラシア側の優秀な技術将校と整備兵たちが先を争うように群がり、出し惜しみのない潤沢な物資の搬入と、艦体の修復作業に全力で取り掛かっていく。

 

 そこには、三つの巨大な思惑と実績が複雑に絡み合い、結果としてアークエンジェルへ莫大な恩恵として振り込まれていた。

 

 一つ目は、水面下で動いたムルタ・アズラエルの強大な支援だ。国防産業連合理事という彼の圧倒的な権力と資金力が、軍内部の派閥の壁を越え、自らの有用な手駒たるアークエンジェルとキラのために強引に補給路を切り開いていた。

 

 二つ目は、当然ながら『ティエレンの創造主』たるキラ自身の存在。ユーラシア軍にとって彼は、自軍の陸戦兵力を飛躍的に底上げしてくれた技術的な救世主であり、今後の技術供与を考えれば絶対に機嫌を損ねてはならない最重要人物であった。

 

 そして三つ目。それは現場の将兵たちからの純粋な称賛と感謝である。

 

 このアフリカ戦線を死守するビクトリア基地にとって、長年喉元に突きつけられた鋭い刃であり、いかなる大部隊を差し向けても打ち破れなかった最大の目の上の瘤こそが『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドであった。

 

 その無敵の虎を単艦で討ち果たし、ザフトの戦線を事実上崩壊させて撤退に追い込んだアークエンジェルの功績は、連邦の派閥などという些末な問題を吹き飛ばすほど、現場の兵士たちからすれば諸手を挙げて歓迎すべき大金星だったのだ。

 

「……どうやら、僕が口を挟むまでもなく、最高の待遇を用意してくれたみたいだね」

 

 ブリッジの窓から、次々と運び込まれる新品のミサイルや装甲材、そしてアークエンジェルに群がって歓声を上げているユーラシアの整備兵たちを見下ろし、キラは微かに息を吐いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの艦長室は、いつになく濃厚で特異な空気に包まれていた。

 

 ビクトリア基地での大規模な修復と補給作業に伴う重低音が微かに響くその部屋で、マリュー・ラミアス少佐は、新たにこの艦へと配属された二人の男と対峙していた。

 

 一人は、軍服を着崩し、どこか飄々とした笑みを浮かべながらも、その眼の奥に獲物を狙う猛禽のような鋭さを隠し持った黒肌の男。そしてもう一人は、白髪交じりの金髪と深く刻まれた皺が歴戦の過酷さを物語る、重厚な岩のごとき壮年の男である。

 

 本来の歴史、あるいは通常の軍の差配であれば、彼らがこの特務艦で交わることなど絶対にあり得ない邂逅であった。

 

「エドワード・ハレルソンだ。よろしくな、大天使様の艦長殿」

 

 気安い口調で名乗ったのは『切り裂きエド』の異名で連合軍内にその名を轟かせるエースパイロットは、人懐っこさすら感じさせる笑みと共に右手を差し出した。

 

「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス少佐です。歓迎します、ハレルソン中尉」

 

 マリューはその手を取り、力強く握り返した。手袋越しにも伝わる、幾度も死線を潜り抜けてきたパイロット特有の分厚い掌の感触。彼が単なる無法者ではなく、確かな実力を持った戦士であることをマリューは肌で感じ取っていた。

 

「モーガン・シュバリエだ。よろしく頼む」

 

 エドワードに続き、壮年の男が一歩前へ出て、隙のない完璧な敬礼をして見せた。その低く嗄れた声には、長年軍という組織の酸いも甘いも噛み分けてきた者特有の静かな凄みがある。

 

「『月下の狂犬』に、『切り裂きエド』ねぇ……。上の連中も、良くこの艦にこれだけのパイロットを回してくれたもんだ」

 

 壁に寄り掛かっていたムウ・ラ・フラガが、わざとらしく肩を竦めながら会話に割り込んだ。軽口を叩きながらも、その瞳は同類を見つけた時のように鋭く光っている。

 

 孤立無援の艦から一転、砂漠の虎を討ち果たしたことで、アークエンジェルは連合内部の権力者にとって無視できない『価値ある手駒』へと変貌を遂げた。

 

 そんな上の連中の思惑が透けて見えるようだった。

 

「そっちの噂も、嫌ってほど陸に響き渡っているぞ、『エンデュミオンの鷹』。……上の連中の思惑はともかく、俺達は命令に従って目の前の敵と戦うまでだ。そうだろう、少佐」

 

 モーガンは微かに口角を上げ、ムウ、そしてマリューへと視線を向けた。その言葉には、政治の泥に塗れる軍上層部への皮肉と、それでも最前線で命を張る現場の兵士としての強靭な矜持が込められていた。

 

「アンタほどの有名人より『上』ってのは、ちとやり難いけどな。よろしくお願いします、大尉殿」

 

 ムウは壁から背を離し、モーガンの前へと歩み寄って右手を差し出した。

 

 連合軍という縦社会において、プロパガンダの広告塔としての側面がありつつもその若さで少佐の階級を持つムウと、彼よりも一回り以上年長であり、はるかに長い戦歴を持ちながらも大尉の階級に留まっているモーガン。

 

 この年齢と階級の完全な逆転現象は、ともすれば現場に軋轢を生みかねない火種である。

 

 だが、ムウの態度に傲りは微塵もなかった。階級章の重さではなく、幾多の戦場を生き抜き、部下を率いてきた『歴戦の猛者』としての年長者に対する、軍人としての純粋な敬意。それを込めて差し出された右手を、モーガンは満足げな息継ぎと共に力強く握り返した。

 

「ああ、頼りにしてるぜ、少佐殿」

 

 エンデュミオンの鷹、月下の狂犬、そして切り裂きエド。

 地球連合軍が誇るエースたちが、数奇な運命と思惑に導かれ、この大天使の翼の下に集ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルの修理と補給。ユーラシア連邦の管理下にあるこの軍港で、キラ・ヤマトは慌ただしい整備兵たちの間を縫うように歩いていた。

 

 これからアークエンジェルが迎える戦場に、せめてもの餞として出来ることをしようとビクトリア基地の施設を使わせてもらおうと足を運んだ。だが、その日常的な緊張感は、唐突に突きつけられた「鏡合わせの悪夢」によって断ち切られた。

 

「──貴様ッ、キラ・ヤマトだな……!!」

 

 聞き覚えがあるはずのない、しかしあまりにも深く脳に刻まれた自分の声。

 

 それが背後から、絞り出すような憎悪を孕んで響いた。キラが驚きと共に足を止め、ゆっくりと振り向いた先には、信じがたい光景があった。

 

「君は……」

 

 言葉を失うのも無理はなかった。そこに立っていたのは、紛れもなく自分自身の顔だったからだ。

 

 漆黒の髪を長く伸ばし、精悍ながらも陰りを帯びた表情をしていることを除けば、隣に並べば誰もが実の兄弟だと疑わないであろうほど、造型が似通っていた。

 

 キラは息を呑む。彼が何者であるか、その魂の核のような部分で直感的に理解していたからだ。

 

「カナード・パルスだ……ッ! こんな所でお前と会えるとは思っても見なかったぞ、キラ・ヤマトッ!!」

 

 眼前に立つ少年──カナード・パルスは、キラへ向けて剥き出しの殺気を放っていた。

 

 その瞳の奥には、彼が歩んできたあまりに過酷で、残酷な人生の残滓が渦巻いている。

 

 キラは知っている。自分という存在が誕生した、コロニー・メンデルの暗部を。

 

 最高の結果を求められた「スーパーコーディネイター」という名の遺伝子の研究。その裏で、「失敗作」の烙印を押され、廃棄処分を待つだけだった命。それがカナード・パルスだった。

 

 研究所の人間によって連れ出され、ユーラシア連邦という巨大な組織に渡った後も、彼の人生は過酷を極めた。

 

 ユーラシア連邦のモルモットとして、人間としての尊厳すら与えられず、ただ「高みを目指すための試作品」として扱われ続けた日々。いっそ死んでいた方がマシと思える程の地獄のような歳月。

  

 そんな彼の運命を歪な形で変えたのが、ユーラシア連邦が威信をかけて開発した『ハイペリオン』だった。

 

「いずれ完成するであろうスーパーコーディネイターを乗せるためのテスト」として、カナードはハイペリオンという名の強大な翼を与えられたのだ。

 

 それは彼にとって、自らの価値を証明し、自分を捨てた世界を憎むための唯一の拠り所となった。

 

 そして今、ユーラシア連邦の重要拠点であるビクトリア基地という閉鎖空間で、あり得ないはずの二人が邂逅した。

 

 

◇◇◇

 

 

 今すぐにでも、その眉間に鉛玉を撃ち込んでやりたい。

 

 目の前に立つ「成功作」──キラ・ヤマトの命をこの手で奪いさえすれば、自分は遺伝子の最高到達点を上回った「唯一の存在」として世界に証明される。

 

 その絶対的な証明を勝ち取ることこそが、カナード・パルスが地の底を這いずり回り、地獄のような日々を生き延びてきた唯一の理由だった。

 

 胸の奥でどす黒い殺意が暴れ狂い、無意識のうちに拳が震える。だが、カナードはギリギリのところでその衝動を理性の鎖で縛り付けた。

 

 ここで彼を殺したとして、次に何が起きるか。それを理解できないほど、カナードは愚かではない。

 

 キラ・ヤマトは今や、ユーラシア連邦にとって絶対に失ってはならない要人である。

 

 ユーラシア軍の主力兵器として陸と宇宙の覇権を握る傑作機『ティエレン』。そしてそれを操る魔法のシステム『TC-OS』。

 

 それらを生み出した創造主を白昼堂々と殺害すれば、仮に「最強」の称号を手に入れたとしても、直後に激怒した国家という巨大な暴力によって嬲り殺しにされるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 腸が煮えくり返るほどの屈辱と憎悪。それでも、カナードに自殺願望など微塵もない。

 

 もし命をあっさりと捨てるような安っぽい覚悟であったなら、ユーラシアの実験室でモルモットとして弄ばれていた、あの悍ましい日々の途中でとうに自ら命を絶っていただろう。

 

 カナードは血が滲むほどに奥歯を噛み締めた。

 

 自分が与えられた翼──『ハイペリオン』。

 

 これを皮切りにユーラシア連邦が完全独自のモビルスーツ量産体系を確立させれば、いずれ『ティエレン』という外様の兵器の存在価値は払底する。

 

 キラ・ヤマトという天才が、ユーラシアにとって用済みとなるその時。

 

 彼を守る国家という巨大な盾が失われたその瞬間にこそ、必ず己の全てを懸けて決着をつける。

 

 真の目的を果たすためならば、眼前にぶら下がった千載一遇の機会すらも冷徹に見送り、飢えた殺意を腹の底へと沈めてみせる。

 

 狂気スレスレの憎悪に焼かれながらも、カナード・パルスの中には、地獄から這い上がった獣ゆえの恐るべき『自制心』が確かに存在していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 カナード・パルスの魂が辿るはずであった、過酷で、しかし確かな救済の道程。

 

 原作の歴史が正しく紡がれるのであれば、彼はやがて一人の少年と出逢うはずだった。

 

 プレア・レヴェリー──彼もまた、カナードと同じく人のエゴによって『造り出された存在』であり、欠陥を抱えた哀しきクローン技術の産物である。

 

 相反する存在として激突し、死闘を繰り広げたその果てに、カナードはプレアの優しさに触れる。そして、プレアという光の死をその腕の中に受け止めることで、長年己を縛り付けていた『キラ・ヤマトの失敗作』という呪縛から解き放たれ、己の中の消えることのない憎悪とようやく折り合いをつけるに至る。

 

 それが、カナード・パルスという人間に約束された、唯一の救済の運命だった。

 

 だが、その運命の糸が今もまだ彼に繋がっているのかどうか、キラには全くの未知数であった。

 

 本来ならば、ユーラシア連邦の宇宙に浮かぶ『アルテミス要塞』に配属されるはずのカナードが、重力に縛られた地球の『ビクトリア基地』に居る。

 

 その配属変更の明確な理由は定かではない。新型機であるハイペリオンの重力下テストのためか、あるいは基地防衛の要として引き抜かれたのか。確かなのは、キラ自身が意図せず起こした波紋が、カナードの運命の軌道を大きく狂わせているという冷酷な事実だった。

 

 本来あるべき原作の歴史において、アークエンジェルがアフリカの熱砂へ降り立ったこの時期、ユーラシア連邦管轄のビクトリア宇宙港は既にザフトの猛攻によって陥落していた。ビクトリアを失ったことで、アフリカ大陸は完全にザフトの勢力圏へと塗り替えられ、地球連合軍は宇宙への重要な玄関口を絶たれるという致命的な打撃を受けていたはずなのだ。

 

 しかし、この世界線は違う。

 

 その致命的な歴史の崩壊を食い止めたのは、他でもないキラが設計した『ティエレン』という名の鋼鉄の巨人たちであった。

 

 圧倒的な装甲と実体弾の豪雨を誇る無骨な量産機が、大地の泥に塗れながら分厚い防衛線を構築し、押し寄せるザフトのバクゥやジンの群れを押し留め続けた。

 

 結果として、アフリカ戦線のパワーバランスは辛うじて均衡を保ち、ビクトリア基地は陥落の悲劇を免れ、今もなお連合の巨大な軍港としてその威容を誇り続けている。

 

 自分が造り出した兵器が、ビクトリアを救い、歴史を書き換えた。

 

 故にこそ、そこには宇宙にいるはずのカナード・パルスが立ち塞がっている。

 

 蝶の羽ばたきが嵐を呼ぶように、キラの選択が生み出した巨大な『歪み』は、救われるはずだった男の運命を予測不能な濁流へと放り込んでしまった。

 

 もし、この先カナードがプレアと出逢うことがなければ、この憎悪に燃える『兄弟』は、救済の光を知らぬまま狂気に呑まれるのか。あるいは、自分自身の手でその息の根を止めなければならない日が来るのか。

 

 予想外にして完全に想定外の、鏡合わせの怪物との邂逅。

 

 格納庫の喧騒の中、キラの背筋に、歴史を歪めた者だけが背負う重く冷たい因果の鎖が、じっとりと絡みついていた。

 

 

 

 




ホントにティエレンが便利過ぎる特異点であることにつき。

マジでなんでどうしてこうなった!?と思う程にティエレンが大活躍してる上で話を作る上でも大助かりするあの鋼鉄の鉄人は何なんだろうか?

まぁ、いっちゃん楽しいのはC.E.に放り込む技術や機体を無理なく定着させる理由を捏ねくり回してる瞬間ですね。

カナード、悪いがこの先もティエレンはきっと一生おそらくユーラシアでブイブイ言わせるだろうから、キラを手に掛けるのは多分無理ぞ。
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