やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

62 / 63
PHASE-61 兄弟問答

 

 常人には到底理解し得ない、研ぎ澄まされた極限の空間認識能力。

 

 それに加えて、遠く離れた宇宙の彼方にいるラクス・クラインと日常的にクロッシングを交わし合っているキラ・ヤマトにとって、背後から突き刺さるカナード・パルスの執拗な視線を把握することなど、造作もないことだった。

 

 雑多な兵と機械が入り乱れるビクトリア基地の格納庫にあっても、カナードの放つ濃密な殺意と怨嗟は、まるで暗闇の中で燃え盛る黒い炎のように、キラの感覚器官へと生々しく伝わってくる。

 

 物陰から、あるいは通路のすれ違いざまに。こちらを品定めし、弱点を探ろうとするその視線に気づかないふりをしながら、キラの胸の内はひどく複雑な痛みに苛まれていた。

 

 遺伝子工学の狂気が生み出した、コロニー・メンデルの暗部。

 

 自分という『成功作』をこの世に顕現させるためだけに生み出され、そして無用な『失敗作』として廃棄される運命にあった存在。

 

 彼がその後、ユーラシア連邦の実験施設でどれほどの地獄を味わってきたのか、キラはその全てを知っているわけではない。だが、彼から立ち上るどす黒い憎悪の深さが、その壮絶な過去を雄弁に物語っていた。

 

 ともすると、自分にとって唯一の血を分けた『兄』のような存在であるはずのカナード。

 

 しかし、自分へ向けて明確な殺意という名の黒い炎を燃え滾らせる彼に対し、一体どう関われば良いのか、キラには全く分からなかった。不用意に言葉を掛ければ、それは彼の自尊心を決定的に傷つける「成功作からの傲慢な同情」として受け取られかねない。

 

 今はただ、彼が己の中で何らかの答えを見つけ出すまで、その視線を黙って受け止めることしか出来なかった。

 

 そんな出口のない葛藤を抱えていた格納庫の片隅で、キラはもう一つの数奇な出逢いを果たしていた。

 

「──あんたが、キラ・ヤマト技術三尉だな」

 

 野太く、しかし静かな威厳を湛えた声に振り返ると、そこにはアークエンジェルへの配属が決定したばかりのユーラシア軍のベテランパイロットが立っていた。

 

 モーガン・シュバリエ。

 

 『月下の狂犬』という物騒な異名で連合全軍にその名を轟かせる、歴戦の猛者。白髪交じりの金髪と、深く刻まれた皺。そして何より、無数の死線を潜り抜けてきた者特有の、揺るぎない岩のような双眸がキラを見下ろしていた。

 

「モーガン・シュバリエ大尉……ですね。初めまして」

 

「ああ。挨拶は艦長殿とフラガ少佐には済ませてきた。だが、どうしてもあんたには、個人的に一言伝えておきたくてな」

 

 年配の職業軍人であるモーガンからすれば、目の前に立つキラは、自分の息子であってもおかしくないほどに幼く、華奢な少年に過ぎない。しかし、その瞳に宿る光は、単なる「異国の技術士官」に対するそれではなく、もっと根源的な『救済者』へ向けるような深い敬意に満ちていた。

 

 かつて、ユーラシア連邦の地上部隊は絶望的な状況に置かれていた。

 

 ザフトが投入したジンやバクゥ、ディン、ザウートに対し、ユーラシア軍の主力は通常兵器であるリニアガン・タンク。

 

 それはもはや戦争ではなく、一方的な蹂躙であった。どれほど優秀な戦車兵であろうと、三次元機動で迫り来るモビルスーツの前には、ただの動く鉄の棺桶に過ぎなかったのだ。

 

 そんな圧倒的な劣勢を強いられ、毎日夥しい数の部下が死んでいく地獄の底に、突如として齎された一筋の光明。それが、眼前の少年が設計・開発した歩く重戦車『ティエレン』と、ナチュラルの限界を突破させる魔法のOS『TC-OS』であった。

 

 ティエレンの分厚い装甲と、戦車兵たちの練度をそのままモビルスーツの戦闘力へと直結させるそのOSのおかげで、戦線の崩壊は免れた。

 

 あれがなければ、モーガンの部下たちは全滅し、アフリカからユーラシア大陸にかけての数え切れないほどの民間人が、ザフトの軍靴に蹂躙されていただろう。

 

「……大した機体だよ、あんたの造ったアレは。不格好だが、兵士の命を何より重く考えて造られているのが、乗ればすぐに分かる」

 

 モーガンはそっと右手を差し出した。

 

「あんたのティエレンのおかげで、俺の部下たちは命を拾った。後ろにいた大勢の家族も、故郷も焼かれずに済んだ。……ユーラシアの軍人を代表して、礼を言わせてもらう。ありがとう」

 

 言葉短かに、しかしその一つ一つの響きに血を吐くような戦場の重みを乗せて、年老いた狂犬は深い感謝を述べた。

 

「……そんな。僕はただ、出来ることをしているだけで……」

 

 キラは慌ててその分厚い手を取り、しっかりと握り返した。

 

 彼の手から伝わる硬いタコと傷跡の感触が、ティエレンという機体がどれほどの血と泥に塗れて世界を支えているのかを、キラに直接伝えてくるようだった。

 

「出来ること、か。……その『出来ること』の途方もない大きさに、俺たちは救われたんだ。胸を張れ、三尉。あんたは間違いなく、俺たちの英雄だ」

 

 ニヤリと笑うモーガンの顔には、先程までの厳めしさはなく、どこか年の離れた甥っ子を見るような温かな光が宿っていた。

 

 怨嗟に満ちた『過去の残滓』からの視線を背中に浴びながら、目の前には自分の造り出したもので命を救われた『未来へと続く命』からの感謝がある。

 

 その残酷で美しい矛盾の中で、キラは自分の為すべき事の重さを改めて噛み締め、静かに頷きを返した。

 

 

◇◇◇

 

 

 カナード・パルスは、冷たい金属の壁に背を預け、格納庫の暗がりから射殺すような視線を送り続けていた。

 

 息を潜め、標的の一挙手一投足を観察し続ける中で、カナードの中で凝り固まっていた一つの「前提」が、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。

 

 彼が理解し始めたのは、『スーパーコーディネイター』という人類の遺伝子工学の到達点、その最高傑作としての冷徹なスペックや戦闘能力ではない。もっと生々しく、泥臭く、そしてひどく歪な『キラ・ヤマト』という一人の少年の、ありのままの人間性だった。

 

 彼は、まるで残された寿命を燃やし尽くすかのように、毎日毎日、生き急ぐほどの異常なペースで働き続けている。

 

 アークエンジェルという巨大な特務艦の修復作業から、艦載機であるモビルスーツ群のOS調整、果てはミリ単位のハードウェアの整備に至るまで。本来ならば一介の技術士官が単独で背負うべきではない膨大なタスクを、彼はあちこちを飛び回りながらせっせとこなしていた。

 

 仮にもオーブの軍人でありながら、大西洋連邦の軍艦の心臓部にまで入り込み、さも当然のように重整備を行っている。本来ならば機密保持の観点からあり得ない光景だが、彼の着た作業服の胸に輝く『ジャンク屋組合所属』を示すIDカードが、周囲の人間に「彼はそういう外部の専門家なのだ」という奇妙な納得を与え、その異常な立ち位置を成立させていた。

 

 そして、何よりもカナードの目を引いたのは、キラ・ヤマトの周囲に発生する『熱』と『引力』だった。

 

 彼の周りには、常に人が集まってくる。

 

 地球軍においてその名を知らぬ者はいない歴戦の英雄『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガを筆頭に、アークエンジェルのマリュー・ラミアス艦長やナタル・バジルール副長といった上官たち。彼らは階級の壁を越え、キラに対して確かな信頼と敬意の眼差しを向けている。

 

 それだけではない。ジャンク屋組合のIDを付けた同年代の友人たちは、彼を軍の技術士官としてではなく、ただの一人の少年として扱い、笑い合っている。さらに言えば、ユーラシア軍が誇る『月下の狂犬』モーガン・シュバリエや、大西洋連邦の異端児『切り裂きエド』ことエドワード・ハレルソンといった、血の匂いが染み付いた一筋縄ではいかない猛者たちでさえ、キラ・ヤマトという存在を前にしては気負うことなく、どこか穏やかな表情で言葉を交わしていくのだ。

 

 だが、カナードが真に驚愕し、そして激しい憎悪を掻き立てられたのは、その喧騒が去った後の光景だった。

 

 あれほど多くの人間と完璧に立ち回り、膨大な作業をこなしていたキラ・ヤマトが。

 

 周囲から人がいなくなり、完全に一人きりになったとたん、まるで糸が切れた操り人形のように無防備にだらけ始めるのだ。

 

 足元にある工具を取りに行くのが面倒だとばかりに、足先で器用にレンチを蹴り上げてキャッチしたり、パネルのネジ締めを途中で放り出してコンソールの陰で居眠りを始めたりする。極めつけは、食事の際にゼリー状のレーションを咥えたまま、空いた両手で別の作業をこなすという、およそ品格とは無縁の手抜きや横着の数々。

 

 『完璧な成功作』が、かくも無様で、粗雑な振る舞いをするという事実。

 

 カナードは暗がりの中で、自身の爪が掌に食い込み、血が滲むほどに拳を握り締めていた。

 

 『失敗作』の烙印を押された自分は、その呪いを覆し、己の存在価値を世界に証明するためだけに、何から何までを完璧にこなし、隙を見せることなく生き抜こうと血を吐くような努力をしているというのに。

 

 愛され、支えられ、心を満たされている『成功作』。

 

 愛されず、孤独の中で、圧倒的な力と承認に飢え渇いている己という『失敗作』。

 

 決して交わることのない光と影。その相克する螺旋のような光景を突きつけられ、カナードは自らの魂が焼け焦げるような、狂おしいほどの怒りと理不尽さを感じずにはいられなかった。

 

 しかし、キラ・ヤマトの矛盾はそれだけにとどまらなかった。

 

 誰かが傍にいる時は、背筋を伸ばし、優秀な士官としての仮面を完璧に被る。誰もいないと、途端にだらけて見せる。

 

 それでいて、一人になったふとした瞬間に……空の彼方を見つめるその瞳に、世界のすべての悲しみを背負い込んだかのような、深すぎる憂いと虚無を浮かべる時があるのだ。

 

 その複雑怪奇な人間性に加え、カナードの観察結果には、もう一つ決定的な要素が付け加えられていた。

 

 それは、キラ・ヤマトの根底に潜む、ひどく無防備な『甘ったれ』の気質である。

 

 その決定的瞬間を目撃したのは、彼がひとりの金髪の女と会話している時だった。

 

 どこかキラ・ヤマトと顔立ちの似通った、黄金の髪を持つ勝気そうな女。

 

 彼女との会話において、キラから発せられる声音は、上官に対するものでも、民間人の友人に対するものでも、はたまた戦場の猛者たちに向ける冷徹なものでもなかった。完全に防御を解いた、柔らかく、どこか縋るような響きが混ざっているのだ。

 

 女の態度は、同僚でも、戦友でもない。

 

 彼女はキラ・ヤマトに対し、呆れるほどに甲斐甲斐しく、そして遠慮というものが一切ない気遣いをぶつけていく。

 

 「ちゃんと飯は食ったのか」「無理をしていないか」「少しは休め」「何か辛いことがあるなら、絶対に私に言え」と、まるでお節介な保護者のように彼を問い詰める。

 

 そしてキラもまた、その過剰なまでの干渉を鬱陶しがるどころか、嬉しそうに目を細め、彼女の体温を求めるように身を委ねているのだ。

 

 それは決して、甘く燃え上がるような恋人同士の距離感ではない。

 

 もっと根源的で、運命の底から繋がっているような、絶対的な安心感と信頼関係。

 

 まるで最初から一つの魂を分け合って生まれてきた、『姉弟』の会話そのものだった。

 

 自分には決して与えられることのなかった、絶対的な無償の愛情と、帰るべき場所。

 

 それを無自覚に享受し、満たされているキラ・ヤマトの姿は、カナード・パルスの内に燻る漆黒の憎悪に、さらに複雑でドロドロとした羨望の油を注ぎ込み続けていた。

 

「──貴様、わざとやっているのか」

 

 這うような低い声が、人気のない薄暗い格納庫の通路に鋭く響き渡った。

 

 物陰からゆっくりとその姿を現したカナード・パルスの両眸には、困惑と、それを無理やり押さえつけようとする苛立ちの炎が揺らめいていた。

 

 彼の視線の先には、たった今コンソールパネルの調整を終え、伸びをしながらあくびを噛み殺していたキラ・ヤマトの背中がある。

 

「……何がだい?」

 

 キラは驚く様子もなく、ただ静かに振り返った。その声色には警戒も、怯えもない。カナードがずっと自分を付け回し、暗がりから監視の目を光らせていたことなど、とうの昔から知っていたと言わんばかりの、あまりにも自然な反応だった。

 

 それがカナードの神経をさらに逆撫でする。

 

「とぼけるな! お前ほどの能力(ちから)があれば、俺がずっと監視していたことなど、とうに気付いていたはずだ!」

 

 カナードはギリッと奥歯を噛み鳴らし、一歩距離を詰めた。

 

「気付いていながら、何故あんな真似を晒した! 誰もいない所で気が抜けたようにだらけ、横着をし……あの女には甘ったれた顔を見せ、かと思えば、世界の終わりでも背負い込んだような絶望面を浮かべる……!」

 

 カナードの口から、これまで蓄積された疑問と憎悪が呪詛のように溢れ出す。

 

「スーパーコーディネイターの最高傑作であるお前も、中身はただの人間なのだと、この俺に見せつけたいのか? それとも、自分の欠点をわざと曝け出すことで、俺の同情でも引こうという魂胆か! 答えろ、キラ・ヤマトッ!!」

 

 怒号には、純粋な殺意とは違う、ひどく歪で切実な響きが混ざっていた。

 

 カナードには、全く理解できなかったのだ。

 

 『失敗作』である自分は、己の存在価値を証明するためだけに、何から何までを完璧にこなし、決して他人に隙や弱みを見せることなく、血反吐を吐きながら生きてきた。

 

 少しでも欠陥を見せれば廃棄される、あのユーラシアの地獄のような実験室を生き抜くためには、それが唯一の術だったからだ。

 

 なのに、なぜ『成功作』である目の前の男は、いとも容易く自分の弱さを、無様さを、欠点を曝け出すことができるのか。

 

 キラ・ヤマトが何を考え、何を思ってそんな行動をとっているのか。どんな高度な心理戦なのか。カナードのすり減った精神では、その真意がまるで掴めず、ただ視界がぐらぐらと揺れるような錯覚に陥っていた。

 

 そんなカナードの悲痛なまでの叫びを受け止めたキラは、少しだけ目を伏せ、やがて静かに首を横に振った。

 

「……同情してほしいなんて、思ったことはないよ。君が僕を憎んでいることも、ずっと僕を見張っていたことも分かってた。でも……君に対して、何かを演じたり、わざと見せつけたりしたわけじゃない」

 

 キラの瞳が、真っ直ぐにカナードを射抜いた。

 

 そこに宿っていたのは、成功作としての傲慢さでも、弱者を憐れむ同情でもない。ただ、鏡に映るもう一人の傷ついた自分を見つめるような、底なしの悲哀だった。

 

「演じていないだと? 嘘を吐け! なら、あの気の抜けた無様な態度はなんだ! お前は完璧な存在として造られたはずだ!」

 

「完璧になんて、なれないよ。……僕だって、疲れたら休みたいし、面倒なことは嫌だし、一人じゃ抱えきれない時は……誰かに甘えたくもなる。ただの、出来損ないの人間だ」

 

「なっ……」

 

 キラの口から零れ落ちた『出来損ない』という言葉に、カナードは息を呑んだ。

 

 最高の遺伝子を持ち、最高の環境で育ち、今や周囲の全てから愛され必要とされているはずの男が、自分自身のことを、全くの虚飾なくそう言い切ったのだ。

 

「君の目には、僕が『成功作』に見えるのかもしれない。でも、僕からすれば……僕なんて面倒くさがり屋で怠け者で、甘ったれな……どうしようもない人間だ。だから、隠さない。隠せないんだよ」

 

 キラは一歩だけカナードへ近づき、その双眸を静かに見つめ返した。

 

「人間、張り詰めたままでいられるわけがない。ふとした瞬間に力だって抜きたくもあるし。この前なんて人前で大泣きした事だってある……。僕はキラ・ヤマトだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 カナードは言葉を失った。

 

 彼が必死に探し求めていた「高度な心理戦」も「同情を引くための打算」も、そこには一切存在しなかった。

 

 ただ、キラ・ヤマトという一人の人間が、造られた命としての重圧に抗い、泥臭く、不格好に、ありのままを生きているという生々しい事実だけが横たわっていた。

 

「……ふざけるな」

 

 カナードの口から、震える声が漏れる。

 

「そんな……そんな下らない理由で……。俺は、そんなもののために……ッ!」

 

 彼の中で、強固に築き上げてきた「打倒すべき完璧な怨敵」という虚像が、音を立てて崩れ落ちていく。

 

 成功作は神でも悪魔でもなく、自分と同じように傷つき、迷い、誰かに縋らなければ立っていられないほどの弱さを抱えた、ただの少年であったという事実。

 

 それはカナードにとって、キラが圧倒的な力を誇示するよりも遥かに残酷で、そして彼の心を根底から掻き乱す、致命的な毒であった。

 

「キラ!」

 

 息が詰まるような格納庫の淀んだ空気を、凛とした明るい声が唐突に打ち破った。

 

 声の主は、黄金色の髪を揺らして足早に近づいてくる少女──カガリだった。彼女は、カナードから放たれるどす黒い殺気など全く意に介さない様子で、ずかずかと二人の間に割り込んできた。

 

「お前、また昼メシ抜いて作業してただろ。そんなんじゃ腹減って頭がまわらなくなるぞ?」

 

 腰に両手を当て、まるでお節介な小姑のようにキラを見上げて小言を並べ立てる。

 

 つい先程まで、世界の絶望をすべて背負い込んだような顔をしていたキラは、彼女の姿を認めた途端、ふっと毒気を抜かれたようにいつもの柔らかい表情に戻った。

 

「うん。まぁ、そろそろ行こうかなって思ってたところ」

 

「ホントか? まぁ、それなら良いんだ。……それで?」

 

 カガリは言葉を切り、くるりと視線を横へ向けた。

 

「お前のこと、ずーっと後ろから睨んでたコイツは何なんだ?」

 

 獲物を威嚇する若獅子のように、カガリは目を据わらせてカナードを真正面から睨みつけた。

 

 カナードはその気迫に一瞬だけ気圧された。彼から見れば、ただの小娘に過ぎないはずの彼女の瞳には、一切の恐怖がない。それどころか、キラを背中で庇うように立ち塞がり、明確な敵意と保護欲を剥き出しにしているのだ。

 

 カガリにとって、キラ・ヤマトという少年は『護ってやらなければならない泣き虫』であった。

 

 確かに彼は、自分を父ウズミのように厳しく叱りつけ、時には拳を振り下ろしてまで強引に道を正そうとする、生意気で容赦のない奴だ。

 

 ……けれど、それがたまらなく嬉しかった。

 

 『オーブ代表首長の娘』『オーブの獅子の後継者』──そんな重すぎる看板ばかりを見る周囲の大人たちとは違い、彼は決して着飾ることなく、気さくに、ありのままの『カガリ』という一人の人間として向き合ってくれる。

 

 その対等な繋がりが、カガリの胸にはひどく心地良かった。

 

 だからこそ、これほどまでに脆く、放っておけば一人で全てを背負い込んで潰れてしまいそうなこの泣き虫な少年を、自分が絶対に守護らねばならないと、彼女は胸の奥で固く決意していたのだ。

 

 カガリとカナード。

 

 黄金の髪と漆黒の髪。一触即発の睨み合いが続く中、キラは二人の間で少しだけ困ったように眉を下げ、やがてカナードの方へ視線を向けて、こともなげに口を開いた。

 

「うん。僕のお兄さん」

 

「なっ、貴様ッ」

 

 己の存在を、あまりにも無防備に、そして当たり前のように『家族』の枠組みへと放り込んできたキラの言葉に、カナードの顔は激しい困惑と屈辱で大きく顰められた。

 

 一方のカガリは、腕を組んだまま、キラの言葉を通常の脳内プロセスで処理しようとした。

 

「へぇ、兄さんか…………」

 

 うんうん、と一度納得するように頷きかけて──数秒遅れで、その言葉の持つ異常な破壊力に気付いた。

 

「…………はああああ!?!?」

 

 格納庫の天井に反響するほどの、素っ頓狂な絶叫。

 

 目玉が飛び出んばかりに見開き、キラとカナードの顔を交互に指差しながら硬直するカガリ。

 

 憎悪と殺意が渦巻いていたはずのドロドロの愛憎劇は、オーブのじゃじゃ馬姫がもたらしたあまりにも強烈な『日常』の嵐によって、一瞬にして見事なまでのコメディ空間へと上書きされてしまったのだった。

 

「待て、待て、ちょっと待て!」

 

 カガリはいきなり足元にぶち撒けられた、特大の爆弾のようなキラの言葉にパニックを起こし、片手を前に突き出して「タンマ」とばかりに二人の間に割って入った。

 

「居たのかよ、兄弟! いや、確かに私もお前のこと、全部知ってるわけじゃないが……。にしても、えぇぇ……!?」

 

 カガリの視線が、忙しなくキラとカナードの顔を交互に往復する。

 

 信じられないものを見るような彼女の振る舞いに、カナードは屈辱に顔を歪め、鋭い牙を剥くように吠えた。

 

「ふざけるなッ! 誰が貴様の様な奴を、兄弟などと認めるものかッ!」

 

「……って、あいつは言ってるぞ?」

 

 カナードの激昂を真に受けるでもなく、カガリは半目になってキラを小突いた。その様子に、キラはどこか申し訳なさそうに、けれど誤魔化すことなく静かに口を開いた。

 

「腹違い……みたいなものかな。一応、血は繋がってる『はず』だよ」

 

「なんだよ、その『はず』って曖昧なのは」

 

「詳しい事情は複雑なんだけど……父親が一緒、とだけは言っておくよ」

 

「……ふーん」

 

 カガリは腕を組み、改めてカナードの顔をじろじろと遠慮なく観察し始めた。

 

 確かに、カガリの目から見ても二人の顔の造作は恐ろしいほどに似通っている。

 

 柔らかい茶髪の短髪で、普段はどこか気の抜けたような穏やかな空気を纏うキラ。対して、漆黒の長髪を無造作に伸ばし、全身から刃物のような攻撃的な殺気を撒き散らしているカナード。

 

 髪の色も長さも、そして何より纏っている空気や表情の作り方が根本から正反対であるため、パッと見の第一印象では全く似ていないように思える。

 

 だが、その鋭い視線を真っ向から受け止め、眉の形、鼻筋、輪郭、そして同じ深紫の瞳の色を注視すればするほど、二人が同じ血を分け合った存在であるという事実は揺るぎないものとしてカガリの中に落ちていった。

 

「まぁ、確かに似てるな……。顔の作りはそっくりだ」

 

 カガリが納得したように頷くと、カナードは忌々しげに舌打ちをし、腕を組んで乱暴にそっぽを向いた。

 

「フンッ、貴様の様な弱々しい奴が、この俺の弟であってたまるか」

 

 吐き捨てるようなその言葉。

 

 しかし、カナードのその拒絶の言葉とは裏腹に、彼の胸の内には、これまで彼を焼き尽くさんばかりに荒れ狂っていた黒い炎とは違う、奇妙な波紋が広がっていた。

 

『僕のお兄さん』

 

 キラの口から、なんの衒いもなく、極めて自然に紡がれたその明確な言葉。

 

 それは、これまでカナードが最も恐れ、忌み嫌っていた「完成品を作るための捨て石=失敗作」という、彼の魂を縛り付けてきた呪詛とコンプレックスを、少しも刺激しなかったのだ。

 

 もしキラが、「君は僕のプロトタイプだ」や「失敗作だと聞いている」と言い放っていたら、カナードは間違いなくその場でキラの喉元に飛びかかり、殺し合いが始まっていただろう。

 

 だが、キラは彼を「兄」と呼んだ。

 

 それは遺伝子の優劣や、研究の成功・失敗という冷酷な実験結果の枠組みを完全に無視した、ただの『血の繋がり』を肯定する人間としての響きだった。

 

(この俺が、兄……? こいつが、弟……?)

 

 完成品であるキラ・ヤマトを超えるためだけに、どれほどの血を流し、人間としての尊厳を踏みにじられる地獄の底を這いずり回ってきたことか。その苦痛に満ちた日々は、決して無駄ではなかった。

 

 何より、「スーパーコーディネイターの完成形」であるはずの男が、自分を「兄」という明確な上位の区分へと押し上げ、自らを下の「弟」の位置に置いたという事実。

 

 憎悪と劣等感に縛られていたカナードは、自分自身でも全く気付かぬ無自覚の内に、そのちっぽけな、しかし彼にとってはあまりにも巨大な『優越感』と『存在の肯定』を強烈に刺激されずにはいられなかった。

 

「……勝手にほざいていろ。俺の目的は、お前を討つことだ。それだけは変わらん」

 

 憎まれ口を叩きながらも、カナードの声から先程までの張り詰めた狂気のような殺意は、確実に鳴りを潜めていた。

 

 そんな不器用すぎる「兄」の背中を、キラはどこか安堵したような、柔らかな眼差しで見つめ、カガリは呆れたように肩を竦めていた。

 

 血塗られた過去と、狂気に満ちた研究の果てに生み出された二人の少年。

 

 決して交わるはずのなかった彼らの運命は、カガリという強烈な太陽の光に照らされ、泥に塗れながらも確かな『兄弟』としてのいびつな絆の形を、今、不器用に結び始めようとしていた。

 

 

 




なんというかこう、気付いたらなんかこう、もうちょっとキレたナイフみたいなカナードの方が良かったのかどうなのか分からない。

けどカガリが居たらこんな感じの空気になるんじゃないかとも思ってしまって、結局こんな感じとなった。

面倒くさがり屋で怠け者、甘ったれ泣き虫な原作よりさらに輪を掛けてるのがウチのキラですからね。

スーパーコーディネイターだって人間なんだから、能力と性格は=じゃないですしおすし。



ホントにねぇ。一目で硬いと分かって、自衛用だから鈍亀、でも砲撃戦は強いという武装と装甲による一芸に秀でた機体。

なのにバリエーション豊富であの鉄塊でGN粒子に頼らなくても空飛ぶ奴も居るんだぜ?

多分唯一海に入れなさそうですなのが弱点じゃないかティエレン?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。