やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
「全く、ラッキーボーイだぜアイツら」
けたたましい警報音が鳴り響き、第一戦闘配置を知らせる赤いランプがせわしなく点滅するビクトリア基地。
ノーマルスーツへと着替え、出撃準備を急ぎながら零したムウ・ラ・フラガの言葉は、この緊迫したアークエンジェルのパイロットロッカーにおいて不思議と軽口のように響いた。
「隊長殿、それはアイツらの事スか? それとも、今から俺たちの頭の上に降ってくる蝙蝠野郎共の事か」
パイロットスーツのジッパーを引き上げながら、『切り裂きエド』ことエドワード・ハレルソンが口角を吊り上げる。
彼の脳裏にも、このビクトリアからつい先日、ジャンク屋の輸送機に紛れて間一髪で飛び立っていった少年たちの顔が過っていた。
もしキラたちの出発がたった1日、いや数時間でも遅れていれば、彼らはこのザフトの大規模降下作戦のど真ん中に巻き込まれていたはずなのだ。
「どっちもだよ。間一髪で嵐から逃げおおせたアイツらも幸運だし……こんな要塞化された基地の真正面に、わざわざ大部隊で突っ込んでくるあちらさんも、死に場所を探す手間が省けて幸運だろうさ」
「無駄口は後にしろエド。お前はソード、俺はライトニングで出る。少佐は」
歴戦の空気を纏うモーガン・シュバリエが、ロッカーの扉を乱暴に閉めて短く介入する。その視線を受けたムウは、自らのヘルメットを小脇に抱えながらニヤリと笑った。
「せっかくキラが拵えてくれた新装備だからな。俺は『マルチプル』で出るぜ」
キラ・ヤマトがこの基地に残した置き土産は、アークエンジェルの艦載機に対する基本調整だけには留まらなかった。
彼がムウの駆るストライクに用意したのは、エール、ソード、ランチャーという三種のストライカーパックを単一のモジュールへと統合した夢の(そして悪夢のような)全部載せ仕様――『マルチプルストライカー』である。
ただでさえ機体重量は跳ね上がり、バッテリー消費も劇的に悪化するピーキーな装備だが、今回のような大規模な基地防衛戦においては、継戦能力よりも「全距離に対応できる手数の多さ」と「圧倒的な瞬間火力」が何よりも求められるとムウは見越していた。
そして、新配備された二機の『105ダガー』にも、キラの手によるカスタムチューンが施されていた。
エドに与えられたのは、極端に近接格闘へとパラメータを振った特化型の『ソードストライカー』。
本来ならば左肩のみに装備されるマイダスメッサー用のアーマーを右肩にも増設し、左腕のみのパンツァーアイゼンを両腕に装備。さらには、背部に懸架する巨大な対艦刀『シュベルトゲベール』を二本同時にマウントするという、正気の沙汰とは思えない重格闘仕様である。
敵機に肉薄し、その装甲を文字通り「切り裂く」エドの戦闘スタイルに合わせたそのシルエットと装備構成は、奇しくも後に彼自身の相棒となるであろう『ソードカラミティ』の思想を、この時点で既に完全踏襲していた。
対してモーガンに用意されたのは、彼方からの超長距離狙撃を可能とする『ライトニングストライカー』であった。
ヘリオポリス脱出時にデータごと持ち出されていたものの、冷却系の小型化と大容量バッテリーの開発に難航し、長らく死蔵されていた幻の装備。それを、ビクトリア基地の設備を用いて、僅かな期間で実戦レベルにまで仕上げたものだ。
宇宙空間であればガンバレルストライカーの一択であったが、重力下での基地防衛戦において、大容量バッテリーによる継戦能力の向上と、味方機へのエネルギー供給機能、そして何より主兵装である『70-31式電磁加農砲』の存在は、これ以上ないほど戦術と合致する。
長年、リニアガンタンクを自分の手足のように乗り回し、実体弾の弾道計算と狙撃を極めてきたモーガンからすれば、このレールガンによる射撃は、目を瞑っていても百発百中で標的を穿てるほどに「手に染み付いた」戦法であった。
「……まぁ、あの坊主が作ってくれたオモチャだ。使い勝手は保証されてるだろうよ」
その恩恵にティエレンを通して既に触れているモーガンがヘルメットを被りながら低く呟くと、エドも首の骨をポキポキと鳴らしながら獰猛な笑みを深めた。
「違いない。さーて、頭上から降ってくるザフトの連中に、俺たちの新しい刃の切れ味をたっぷりと味合わせてやろうぜ」
「言うねぇ。だがエド、突出して囲まれるなよ。お前が斬り漏らした奴は、俺とモーガン大尉で蜂の巣にしてやるからな」
ムウが最後にヘルメットを被り、パイロットロッカーを後にする。
第一戦闘配置のサイレンが鳴り止まぬ格納庫へと、連合の誇る三人のエースパイロットたちは力強い足取りで向かっていった。上空から降り注ぐであろう、ザフトの大部隊という未曾有の鉄の雨を迎え撃つために。
◇◇◇
プラント最高評議会議長パトリック・ザラの号令により開始された、『第二次ビクトリア攻略戦』。
それは、ザフトが大規模拠点を制圧する際に用いる、全方位からの立体的かつ暴力的な飽和攻撃であった。
大気圏外から火球となって降り注ぐダイブシェルを用いた空挺降下部隊。
インド洋の深海から浮上したボズゴロフ級潜水艦より発進する水陸両用MSグーン、ゾノ。
空を制圧するディン、そして空中輸送兵器グゥルに乗って急襲をかけるジンやシグー。
さらに、遠くジブラルタル基地から戦力の半数を割いてまで差し向けられた地上支援部隊──大地を砂塵に塗れて駆けるバクゥや、キャタピラ駆動で重火力を吐き出しながら前進するザウートの群れ。
ビクトリアの空と海、そして大地を覆い尽くすほどのザフトの大軍勢。
その初期段階として、水上のボズゴロフ級から無数の長距離ミサイルが放たれ、上陸を援護するための苛烈な事前爆撃が開始された。
ビクトリア基地が展開する濃密な対空砲の弾幕を掻い潜った数発のミサイルが着弾し、火柱と共に防衛陣地の一部を吹き飛ばす。
だが──その空いた穴をカバーするように、濛々たる爆炎と土煙を割って前進してきたのは、無数の鋼鉄の鉄人だった。
大西洋連邦、そしてムルタ・アズラエルの膝元であるパナマ基地には、GAT-Xシリーズの量産型である様々な『ダガーシリーズ』が配備されている。
しかし、ユーラシア連邦の管轄であるこのビクトリア基地に配備されているのは、右を見ても、左を見ても、前も後ろも、視界を埋め尽くすほどの大量の『ティエレン』ばかりであった。
「陣形を崩すな! 弾幕を張れ! 虫ケラ一匹、この基地に降ろすなッ!」
指揮官機の号令と共に、鋼鉄の鉄人たちは幾重にも重なる強固な防御陣形を構築する。
右腕に懸架された200mm滑腔砲を一斉に空へ、海へ、そして迫り来る地上部隊へと向け、12.7mm同軸機銃と共に絶え間ない火線の嵐──「物理的な壁」とも呼べるほどの圧倒的な弾幕を形成し始めた。
カオシュン宇宙港陥落時、実戦投入されたばかりのティエレンを運用した東アジア共和国の部隊と、ユーラシア連邦のティエレン部隊とでは、文字通り『練度』が違った。
東アジアの部隊は、まだMSという人型兵器の運用戦術に慣れきっていなかったという不運があった。だがユーラシア連邦の彼らは、小型高出力ビーム兵器がザフトに出回るまでの丸一ヶ月間、カオシュンで泥沼の防衛線を支え続けた歴戦の戦車兵たちである。その防衛戦におけるティエレンの運用練度は、地球連合全軍においても折り紙付きであった。
滑腔砲の砲身が焼け付くまで撃ち続けても、周囲には予備の砲身と、それを即座に交換・カバーしてくれる無数の仲間が密集している。息の合った連携により、弾幕の切れ目は一瞬たりとも生じない。
この重力下において、ザフト軍が誇る新型のビームカービンや、水陸両用機のフォノンメーザー砲、ジンのバルルス改特火重粒子砲といったビーム兵器群は、大気によるビームの減衰効果によって著しく射程を落としていた。
それに対し、ティエレンの200mm滑腔砲は、純粋な火薬と物理法則に則った実体弾である。
数キロ先からでも正確に致命傷を与えられるその圧倒的な長射程の前に、ザフトのモビルスーツたちは文字通り手も足も出せず、アウトレンジから次々と撃ち抜かれていく。
「バクゥ部隊が来るぞ! 足が速い、狙うな! 地面を撃てッ!」
大地を滑るように急接近してくる四足獣バクゥや、ラゴゥといった高機動部隊。
それに対し、ユーラシアのティエレン部隊は決して機体そのものを狙わなかった。彼らはあえて敵の進行方向の「地面」へ向けて滑腔砲を斉射し、地形そのものを吹き飛ばすことで、高機動機の「足」を強制的に止めさせたのだ。
行き足を止められ、バランスを崩したバクゥに対し、今度は無慈悲な集中砲火が浴びせられ、瞬く間に原形を留めないスクラップへと変えていく。
ティエレンという「歩く重戦車」は、防衛戦においてまさに「歩くトーチカ」へと変貌する。
巨大な両脚部シールドを前面に押し出した防御姿勢。機体本体の装甲すら数発のビームの直撃に耐えるほどの強度を持つ上で、この脚部シールドはビームライフルですら貫通するのに一苦労するほどの異常な防御力を誇る。
互いの死角をカバーし合い、微動だにせず砲弾を撃ち出し続けるティエレンの堅牢な城壁。
ザフトからすれば、それはまるで「アサルトライフルやバズーカしか持たない軽歩兵が、長距離砲を備えた重戦車やトーチカの要塞に、真正面から突撃を強いられている」かのような、絶望的な構図であった。
「D装備持ちだ! あの大型ミサイルを撃たせるな! 優先目標、叩き落とせ!」
ユーラシア兵たちは血眼になって敵の武装を判別していた。
強固なティエレンの陣形を唯一崩し得る実弾兵器──それは、対要塞攻略用D装備の大型ミサイルを抱えたジンである。
それを見つけて集中砲火で叩き落としてしまえば、他の貧弱な実弾兵器など装甲に傷をつける程度の脅威にしかならない。
あとはビーム兵器を装備した機体を見つけ次第、地形ごと粉砕するほどの集中砲火を浴びせて蒸発させるだけだ。
「ここを通すな! ユーラシアの意地を見せてやれ!」
空から降るザフト兵たちが恐怖に顔を引き攣らせる中、大地に根を張った鋼鉄の巨人たちは一歩も引くことなく、轟音と共に火線を描き続けていた。
ザフト軍が己の四足獣バクゥを『陸の王者』と自慢するのなら。
ユーラシア連邦の兵たちは、己の愛機ティエレンを誇り高く『陸の城塞』と豪語する。
天を焦がす爆炎と、大地を揺るがす砲声の只中で。
オーブの若き技術士官が齎したその重装甲機兵は、ビクトリア基地を死守する不落の防波堤として、ザフトの猛攻をことごとく跳ね返していた。
◇◇◇
「ナタル。司令部からの発進許可、まだ出ないの?」
アークエンジェルの艦長席に身を沈めたマリュー・ラミアスは、焦燥を押し殺した声でCICに座るナタル・バジルールへと問い掛けた。
「第一種戦闘配置のまま待機せよ、との返答が繰り返されるのみです。……司令部は我々を、この防衛戦へ参加させるつもりがないのでしょうか?」
「このアークエンジェルが、元々このビクトリア基地の防衛作戦計画に含まれていないイレギュラーな存在だからでしょうね。それに……外も、彼らのMS部隊だけで守り切る算段がついている様子だし」
マリューの視線の先、メインモニターには、基地の外縁部で強固な防衛陣地を形成する『ティエレン』の大部隊が映し出されていた。
かつて第8艦隊と合流した際、100機を超えるメビウスの群れが宙を舞う威容を見たことはある。だが、それはあくまで艦隊運用としての数だ。
連合にとって最重要防衛施設であるマスドライバーを死守するためにかき集められたこのビクトリア基地のティエレンの数は、単一の艦隊が有する戦力など到底及ばないほどの、圧倒的な物量であった。
カオシュン宇宙港が、ティエレンの守りがありながらも最終的に陥落したという事実を知るマリューの胸中には、一抹の不安があった。だが、モニター越しに繰り広げられる凄惨な激戦を見つめるうちに、それが杞憂に終わるのではないかという確信へと変わりつつあった。
200mm滑腔砲の長距離弾幕が、ザフトのMS部隊の猛攻を分厚い壁となって食い止めている。
その迎撃システムには、一切の無駄がない。
優先目標は『ビーム兵器を装備した敵機』と明確に定められているが、拠点攻略用D装備を抱えたジンを視界に捉え次第、瞬時に最優先目標へと切り替わり、一斉に集中砲火を浴びせて空中で粉砕する。
また、鈍重なティエレンからすれば機動力で翻弄される天敵に等しいバクゥに対しては、決して機体を追わず、進行方向の地面ごと吹き飛ばし、足を取られて蹌踉めいた一瞬の隙を見逃さずに無慈悲な砲弾の雨を降らせてスクラップに変えていくのだ。
誰を撃ち、どうやって戦うのか。
その戦術論が、部隊単位どころか末端のパイロットレベルに至るまで完全に徹底されている。
(カオシュンを、ザフト相手に一ヶ月間も持ち堪えさせた実績は……こうして生まれたのね)
マリューは、息を呑むような連携に感嘆した。
しかし、戦場においてすべてが計算通りに進むことなどあり得ない。
猛烈な対空砲火を掻い潜った数発のD装備ミサイルが直撃し、堅牢だったティエレンの防衛陣地の一角が吹き飛ばされる。
陣形が崩れ、生じたその僅かな綻びへ向けて、陸の王者たるバクゥの群れが獰猛な牙を剥いて殺到した。
近接戦闘に持ち込まれれば、重武装・鈍重なティエレンはビームサーベルの餌食になる──マリューがそう直感し、思わず息を呑んだ次の瞬間。
崩れた陣形の奥から飛び出した一機のティエレンが、突進してくるバクゥの懐へと自ら飛び込み、その巨大な両腕で正面から受け止めたのだ。
そして、マリューとナタルは、連合の常識を覆すとんでもない光景を目にする。
「な、なんてこと……!?」
「味方ごと……撃つというのかッ!?」
敵機を強引にホールドしたティエレン。その機体へ向けて、周囲の僚機たちが一斉に200mm滑腔砲の砲身を向け、一切の躊躇なく集中砲火を撃ち込んだのである。
轟音と共に、バクゥが爆散して黒煙が上がる。
だが、その濛々たる煙の中から……装甲を真っ黒な煤で汚しただけのティエレンが、何事もなかったかのように悠然と立ち上がったのだ。
先程のミサイルの爆発で吹き飛ばされ、仰向けに倒れていた別のティエレンも、隣の機体に腕を乱暴に引かれてガシャリと立ち上がる。
それだけではない。
別の区画では、突進してきたバクゥの側面に別のティエレンが横から強烈な体当たりをかまし、弾き飛ばす。
吹き飛んだ先で待ち構えていたもう一機のティエレンの分厚い装甲に激突し、そのままの勢いで突っ込んできた体当たり機と激突機との間に挟まれ、巨大な鋼鉄のプレス機にかけられたかのように、バクゥが原型を留めずぺしゃんこに圧し潰されていた。
100tにも及ぶ大質量同士が正面から衝突しようとも、その衝撃に耐えられずひしゃげるのはザフト軍のモビルスーツだけ。ティエレンは装甲に傷を刻む程度で、全く意に介さず戦闘を継続している。
「頑丈だとは知っているけど……まさか、ここまでなんて」
マリューは呆然とモニターを見つめ、呟いた。
ザフト軍の実弾兵器をことごとく無力化する極厚の重装甲は、なんと自軍の滑腔砲の砲弾すらも弾き返す。
つまり、『敵を肉弾戦で受け止め、味方ごと砲撃して敵だけを粉砕する』という狂気の選択肢が、彼らの中では極めて合理的な戦術の一つとして成立しているのだ。
自らの乗る機体の限界を知り尽くし、その圧倒的な堅牢さに絶対の信頼を置いているからこそ実行できる、常軌を逸した連携。
ユーラシア連邦の戦車兵たちは、ティエレンを決して「機動性を活かして戦う人型兵器」などとは微塵も思っていない。
『どんな攻撃も弾き返し、味方の砲撃すら耐え抜く、ただ歩くことのできる巨大な人型重戦車』。
彼らがこの機体をどう捉え、どう愛しているかが、ブリッジで傍観するマリューたちにも、痛いほど鮮明に理解できたのだった。
◇◇◇
この第二次ビクトリア攻略戦には、遠くオセアニアのカーペンタリア基地から派遣された地上支援部隊も多数参加していた。
彼らカーペンタリア基地所属のザフト兵たちの中には、かつて東アジア共和国における『カオシュン宇宙港攻防戦』を生き延びた歴戦の猛者たちが少なからず混ざっていた。
彼らは皆、あの泥沼の戦線で、ユーラシア連邦が持ち込んだ『ティエレン』という異形のモビルスーツがどれほど厄介で、どれほど絶望的な防衛線を敷くのかを、文字通り骨の髄まで叩き込まれ、恐怖と共に理解していた。鈍重な見た目に反して、決して崩れない鋼鉄の壁。機動力を捨てて防御と火力に極振りしたその兵器思想の前に、どれほどの同胞が散っていったか。
一方で、そうした地上の惨状を肌で知らぬ者たちがいた。プラント本国からダイブシェルに乗って直接降下してきた、エリート意識の強い宇宙軍の降下部隊である。
彼らはティエレンの真の脅威をまだその身に味わったことがなかった。「カオシュン宇宙港は一ヶ月持ち堪えはしたが、結局は我々が新たに投入したビーム兵器の前に陥落したではないか」と、彼らは戦果の表面だけを掬い取って高を括っていた。
降下前のブリーフィングで示されたティエレンの機体データ──ジンやシグーに比べて圧倒的に劣る機動性、三次元戦闘を放棄した設計思想を見て、本国組の若きエリートパイロットたちは鼻で笑っていた。
彼らにとって、重力下で地べたを這いずるだけの鈍重な機体など、自分たちの高機動戦術と最新鋭のビーム兵器の前には「所詮、ちょっと的が大きくなっただけの案山子」に過ぎないと思い込んでいたのだ。
だが、大気圏を突破し、ビクトリアの大地に降り立った彼らを待っていたのは、無慈悲なまでの現実の洗礼だった。
「もらったッ!」
本国組の駆るジンの一機が、空中の死角からティエレンの頭頂部へ向け、新型のビームカービンを的確に直撃させた。パイロットは次なる標的を探そうと視線を逸らしかけた──しかし、爆炎が晴れた直後、モニターに映し出された光景に彼は息を呑んだ。
直撃を受けたはずのティエレンは、分厚い装甲の表面に塗布された耐ビームコーティングをゲル状に沸騰させ、ボロボロとガラスのように剥落させながらも、致命傷には至らず悠然とこちらへ砲身を向けていたのだ。
ティエレンの真の恐ろしさは、単なる「硬さ」ではない。機体そのものを構成する異常なまでの重装甲の恩恵と、そこに施された分厚い耐ビームコーティングの二段構えによる『生存性の異常な高さ』にあった。
一発のビームを当てただけでは、コーティングが蒸発して一時的に相殺されるだけで、内部の駆動系はおろかコクピットにも達しない。確実に撃破するためには、機動戦の最中に「寸分違わず同じ箇所へ何発もビームを撃ち込み、コーティングと分厚い装甲板を完全に削り切る」という、非現実的なまでの精密射撃が要求されるのだ。
「ええいッ! 弾くなら、直接斬り裂いてやる!」
焦燥に駆られた別のシグーが、重斬刀ではなくビームサーベルを抜き放ち、スラスターを全開にしてティエレンの懐へと突き入った。
機動力の差は歴然。シグーの刃は、ティエレンの強固な脚部シールドの隙間を縫い、胸部装甲へと突き立てられた。
──だが、斬れない。
ジンやメビウスの装甲ならばバターのように両断できるはずのビームの刃が、まるで分厚い隔壁に無理やり押し当てているかのように、膨大な火花と熱線を散らすだけで中途半端に押し留められてしまう。
機体を両断するのではなく、バーナーで分厚い鉄板を時間をかけて「焼き切る」ような、あまりにも悠長で致命的な時間差。
「な、なんだこの装甲は……ッ!? 抜けな──」
足を止め、ティエレンの胸部にサーベルを押し当ててしまったその数秒間。それは、ユーラシアの戦車兵たちにとって、標的を完全に固定したも同義だった。
周囲に陣形を組んでいた複数のティエレンが、シグーへと容赦なく200mm滑腔砲の十字砲火を浴びせる。轟音と共に、シグーはパイロットの悲鳴すら残せず、無数の実体弾に全身を粉砕されて赤い爆炎へと変わった。そしてその爆炎の中から、胸の装甲をドロドロに溶かしただけのティエレンが、何事もなかったかのように聳え立ち、後方の僚機と入れ替わり一時後退する。
時間が経つにつれ、傲慢だった本国からの降下部隊組の通信回線は、悲鳴と怒号、そして信じ難い絶望の報告で埋め尽くされていった。
ビーム兵器があれば容易く蹂躙できるという甘い幻想は、ユーラシア連邦が築き上げた鋼鉄の城壁の前に粉々に砕け散った。彼らはここに至ってようやく、カーペンタリアの同胞たちがなぜあれほどまでにこの機体を恐れていたのか、そして、カオシュン宇宙港を陥落させるために、ザフト軍がどれほど多大で血みどろの犠牲を払わなければならなかったのかという重い現実を、自らの命と引き換えに痛感させられていったのである。
さらにザフト兵たちを底知れぬ絶望と恐怖へと突き落としたのは、単なる装甲の「硬さ」や「しぶとさ」だけではなかった。
激しい砲撃戦が続く中、いかに鋼鉄の鉄人とて無敵ではない。
ザフトの絶え間ない猛攻や、決死の覚悟で放たれた重火器の直撃を受ければ、装甲はひしゃげ、四肢のいずれかを吹き飛ばされて戦闘能力を大きく低下させる機体も当然ながら出始める。通常であれば、それは「撃破」あるいは「戦闘不能」を意味し、後方へ下がるか放棄されるのが戦場の常識である。
しかし、ザフト兵たちは信じられない光景を目の当たりにする。
硝煙と爆炎が吹き荒れる最前線のど真ん中で、生き残った他のティエレンが、損傷しうずくまった機体に歩み寄り、その場で修復作業を始めだしたのだ。
大破し、使い物にならなくなった腕や脚部をジョイントごとパージする。そして、周囲に転がっている別の損傷機から、無事な腕や脚、武装のブロックを文字通り「引っこ抜き」、手負いのティエレンの空いた接続部へとガチャンと嵌め込む。
すると、機体が何事もなかったかのように立ち上がり、再び防衛線へと復帰して200mm滑腔砲を撃ち始めたのである。
さらに異常なのは、パーツを剥ぎ取られ「達磨状態」になった機体でさえ、完全に廃棄されるわけではないことだ。
片腕とカメラさえ生き残っていれば、その機体はその場に座り込んだまま『完全な固定砲台』として砲撃を継続する。
無駄になるパーツも、無駄になる機体も何一つとして存在しない。
これは、キラ・ヤマトが設計段階から組み込んだ、ティエレンの『徹底したモジュールブロック構造』の賜物であった。
装甲、駆動系、武装、そのすべてが独立したブロックとして設計されており、中枢の制御システムTC-OSが接続されたパーツを瞬時に認識・最適化する。
だからこそ、泥と血に塗れた最前線の真っ只中で、まるで子供がブロック玩具を組み替えるかのような無茶苦茶な「現場修復」が成立してしまうのだ。
だが、ザフト兵からすれば、それは悪夢以外の何物でもなかった。
「化け物か、あいつらは……ッ!」
味方の犠牲を払い、死に物狂いで集中砲火を浴びせ、ようやく戦闘能力を奪ったはずの敵機。それが数分後には、他の残骸とキメラのようにツギハギされた状態で再び立ち上がり、こちらへ砲口を向けてくるのである。
どれだけ削っても、どれだけ壊しても、敵の戦線が全く崩れない。徒労感と恐怖が、ザフト兵たちの戦意をゴリゴリと削り取っていく。
対するザフト側にはそんな芸当は絶対に不可能だった。
ザフトのモビルスーツは、元を辿れば宇宙空間での『船外作業用パワードスーツ』がそのルーツである。
つまるところ、それらは極めて高度な姿勢制御システムや繊細なマニピュレーター、複雑な電子機器が張り巡らされた『精密機械の塊』なのだ。
もしジンが腕を失ったとして、別のジンの腕を戦場で拾ってきてくっつけようとしても、無数の電子ケーブルや駆動用のアクチュエーター、冷却管などを精密に繋ぎ合わせ、OSのキャリブレーションを再設定しなければ動くはずもない。
子供の遊びのように、戦場でガチャンと嵌めてすぐ動くような造りにはなっていないのである。
実のところ、この悪夢のような現場修復機能は、設計者であるキラ・ヤマトが「戦場での生存率を高めるため」に意図して組み込んだものでは全くなかった。
そもそも、ティエレンの本来の出自は『ジャンク屋組合の自衛・作業用民生MS』である。
過酷な環境で働く民間組織向けの機体である以上、その設計において「生産性」「整備性」、そして「稼働率の維持」は何よりも優先されるべき至上命題であった。
それこそ、ろくな設備のない辺境の町工場レベルであっても機体を修復できるように。
不測の事態が起きても、現場で破損したパーツをモジュールごと交換し、即座に作業へと復帰できるように。
──そうした、「現場で働く人間に優しい機体」を目指して設計されたのが、ティエレンという存在だったのだ。
しかし、ユーラシア連邦が主力量産MSとしてジャンク屋組合とライセンス契約を結び、軍用機として最前線へ投入したことで、その意味合いは劇的かつ残酷な変貌を遂げた。
ユーラシア連邦の将兵たちは、一ヶ月にも及んだ『カオシュン宇宙港防衛戦』という泥沼の最前線において、ティエレンというMSの軍事的・兵器利用のポテンシャルを狂気的なまでに徹底追究していった。
味方ごと滑腔砲を撃ち込んでも、装甲が耐え切り敵だけが粉砕される。
突進してくる敵を味方と挟み込んでプレスしても、100t級の超重量MSであるティエレンの骨格同士なら全く問題なく耐えられる。
そして、あの徹底したモジュールブロック構造は、「戦場に転がっている他機のパーツをその場で無理やり繋ぎ合わせても、TC-OSが認識して即座に動いてしまう」という、軍の常識を覆す事実を彼らに気付かせたのだ。
ユーラシア連邦は、この血みどろの戦訓と泥臭い戦術を確立したからこそ、ザフトの猛攻を相手に一ヶ月も持ち堪えさせるという離れ業をやってのけたのである。
逆に言えば、その戦術教理が徹底されていなかった東アジア共和国のティエレン部隊と戦線を交代した途端、あっけなくカオシュン宇宙港が陥落してしまった理由はそこにあった。
彼らはティエレンの真価を引き出せず、ただ的の大きい分厚い『鉄の壁』として並べて運用したに過ぎなかったからだ。
つまるところ、あのカオシュン宇宙港攻防戦を生き延び、「多大な犠牲を払いながらもティエレン部隊を撃破した」と自負しているザフト兵たちは、言ってみれば『ティエレンの本当の使い方をまるで知らない素人』を相手に辛勝しただけの構図に過ぎなかったのである。
そして今、ビクトリアの地で彼らの前に立ちはだかっているのは、素人ではない。
扱いやすさを追求した自衛用民生MSを、『歩く人型重戦車重装甲機兵』として完全再定義し、戦場に最適化させたユーラシア連邦の歴戦の将兵たち。
本国から意気揚々と降下してきたエリート兵も、カオシュンを生き延びた歴戦のザフト兵も等しく。彼らは今この瞬間、その真のポテンシャルを極限まで引き出された『本物のティエレン』による、真の絶望という名の洗礼をその身に浴びせられているのであった。
さらにザフト兵たちを襲ったのは、まさに「泣きっ面に蜂」としか表現しようのない、絶望的なまでの不運であった。
このビクトリア基地には、世界で初めてティエレンという異形の機体を軍事部隊として実戦運用し、ザフト軍の猛攻を真っ向から粉砕してみせた男──『月下の狂犬』モーガン・シュバリエが駐留していたのである。
生粋の戦車乗りであり、ジャンク屋の作業用MSに過ぎなかったティエレンを「歩く人型重戦車」として完全な軍事兵器へと再定義した、ユーラシア連邦の生ける伝説にしてパイオニア。
そんな英雄が同じ戦場にいる以上、基地司令部が前線のティエレン運用指揮を彼に全面委任するのは火を見るよりも明らかだった。
「第4中隊、弾幕が薄いぞ! 後退しつつ仰角を上げろ! 第7、第8中隊はその隙間を埋めるように前進! 抜かれた箇所は、トーチカ化した損傷機を壁にして誘い込め!」
後方から電磁加農砲による超長距離狙撃でザフトの指揮官機を的確に撃ち抜きながら、モーガンはライトニングストライカー装備の105ダガーのコックピットから、絶え間なく怒号のような指示を飛ばし続けていた。
それはザフト軍にとって、終わりの見えない悪夢の始まりであった。
ただでさえ、ティエレンの真の運用法を骨の髄まで理解しているユーラシアの歴戦の将兵たち。彼らが駆る鋼鉄の鉄人だけでも手に余るというのに、その部隊の動かし方を最も熟知し、戦術教理そのものを生み出した創造主が前線を指揮しているのだ。
モーガンの神懸かり的な戦術眼によって、ビクトリア基地の防衛陣地は単なる分厚い「鉄の壁」から、ザフト軍を計画的にすり潰す「巨大な肉挽き機」へと変貌を遂げていた。
敵の高機動部隊がどこへ回り込もうとするのか。どのタイミングで空挺降下が仕掛けられるのか。歴戦の戦車長であるモーガンは、ザフトの動きを完全に先読みし、完璧なタイミングでティエレン部隊の配置をシフトさせていく。
隙を突いたつもりのバクゥ部隊は、モーガンがわざと空けておいた「死地」へと誘い込まれ、待ち構えていたティエレンの十字砲火と質量プレスによって瞬く間にスクラップへと変えられていった。
「狂犬め……! あの男、こちらの動きがすべて見えているのかッ!」
ザフトの指揮官たちがどれほど高度な三次元戦術を展開しようとも、モーガンの指揮下にあるティエレン部隊は、まるで一つの巨大な意志を持った生物のように陣形を変幻自在に組み替え、すべての牙を無慈悲にへし折っていく。
ティエレンの限界を知り尽くした将兵たちと、そのポテンシャルを120%引き出す戦術を構築した最高の指揮官。
ザフト軍からすれば、それは「鬼に金棒」などという生易しいことわざで表現できるものではなかった。強固な要塞兵器たる鬼たちに、「核弾頭を持たせた」と形容するしかない最悪の組み合わせであった。
己たちの誇るモビルスーツ戦術が、ただの歩く重戦車と老練な戦車乗りのタクトによって完膚なきまでに否定され、圧倒的な質量と暴力の前にすり潰されていく。
誇り高きザフトの将兵たちは、本国の威信を懸けたこの第二次ビクトリア攻略戦において、かつてないほどの濃密な絶望と死の恐怖を味わうこととなったのである。
おっかしいなぁ。00本家のティエレンはこんな無法な無敵鉄人じゃないはずなんだけど。
この物語で積み上げて来てしまったC.E.製ティエレンで、真面目に戦争やったら、まぁ、こうなるよな?って念頭に置いて筆を進めたら、ビクトリア基地が陥落するヴィジョンが全く浮かばない件につき。
だってバスターに乗るディアッカでもビームの減衰率が高すぎて大気圏内じゃこんなかよと悪態吐くくらい射程短くなってそうで、少なくとも2km先の精密射撃観測用の12.7mm機銃が付いてる200mm滑腔砲付きのティエレンがわんさか防衛陣地形成して待ち構えてる。
そりゃ長距離攻撃出来て爆発力も凄まじいD装備のジンは最優先排除対象で、ビームカービンは射程が短く、バルルス改も収束率が低く威力はビームライフルよりも下、改良されて威力がそのデカさに見合うものになったとして、それでもディアッカのビーム減衰率のセリフが頭を過る。
その上で築き上げたティエレンの設定と、自衛用民生MSなんだから現場に優しい設計にしてるハズで、調達整備性稼働率全部◎なら、現場で重機を修理するみたいに、徹底したモジュールブロック構造ならこういう事出来るよな?
ってなったらこうなった。
改めてティエレンが地上でどう戦ってるのかと描写したらこうなった。
そしてマスドライバー接収しようとしてるから、使われたら流石のティエレンもただのカカシですなとなるグングニールが使えない点。
そりゃもうザフト兵の皆さんお悔やみ申し上げます。
感想欄でこのティエレン原作より強いの?とあったので真面目に考えてみたんですが。
徹底したモジュールブロック構造による整備性とビーム攻撃が飛び交う約束された未来を知っているから分厚い耐ビームコーティングがされているだけで、あとは多分本家とそう変わっていないはず。
00本編でも航空戦力が主力のユニオンとAEUに対して陸戦兵器のティエレンで世界のミリタリーバランス保ててるなんか頑丈過ぎてユニオンかAEUがプラズマソードからビームサーベルを開発し終えて漸くそのバランスが崩れるらしいんで、ビーム兵器が出回り切っていない、その上で耐ビームコーティングをガッツリしているC.E.製ティエレンならこれくらいは行けるだろうという塩梅で描いてみました。
でもこれ、ノーマルの地上型だけでこうなんだよなぁ。
宇宙空間ならザフト側もMSの機動性で引っ掻き回せるからここまで酷いことにはならないんですけど、やっぱり3次元機動が限定的になる重力戦線。
しかも空を飛ぶディンは空爆出来ても耐えてしまう、グゥルに乗ってるジンやシグーでも頭上からのビームカービンとかの射撃で同じ場所に何度も直撃させる芸当は難しい。
自分も動くし相手も動く。
クッソ硬い重戦車、歩くトーチカみたいなティエレンをちゃんと考えてうごかすとこうなるんだろうなという具合です。
ザフト側の巻き返し、出来るかなぁ。