やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-72 泪のムコウ

 

「ふふっ。キラ君、耳が真っ赤よ?」

 

「……っ、気のせいです。この部屋、少し空調が効いてないみたいで」

 

 ジュリの悪戯っぽい囁きに、キラは誤魔化すように視線をディスプレイへと固定した。背中越しに伝わってくる彼女の体温と、ふわりと香るシャンプーの匂いを強引に意識の外へと追いやりながら、キーボードを叩く指の速度を上げる。

 

「はいはい、そういうことにしておいてあげる」

 

 クスクスと笑いながらも、ジュリはキラの肩から手を離し、真剣な技術者の顔つきでディスプレイの設計図へと視線を移した。

 

「でも、このティエレン用の『釘打ち機』……どう見てもハープンガンよね? しかもパンツァーアイゼンまで付いてるし。ギガフロートの建設作業に、こんな物騒なワイヤーアンカーが必要なの?」

 

「海底の巨大な岩をどかしたり、資材を牽引したりするのに便利なんですよ。ハープンガンも、あくまで『大型の釘打ち機』です。海中だとビーム兵器は減衰するし、サメやシャチ……じゃなくて、もしもの時の護身用として必要なんです」

 

「……相変わらず、言い訳だけは一丁前なんだから。でもまあ、スーパーキャビテーション魚雷を積まなかっただけ、まだ『言い逃れ』の余地はあるわね」

 

 ジュリは呆れたように肩を竦めた。彼女たちモルゲンレーテの技術陣も、キラが「自衛用」と称してティエレンに持たせている武装が、いかにギリギリのラインを攻めているかはとうに理解している。

 

 水圧に弱い角張った装甲のティエレンで、もし水中戦に特化したグーンに遭遇し、フォノンメーザー砲を向けられればひとたまりもない。

 

 だからこそ、この武装は「反撃」ではなく「牽制して逃げ切る」ための最低限の牙だった。

 

「で? こっちのもう一つのファイルは? ……えっ、ちょっと待って。何これ?」

 

 ジュリが別のウィンドウに表示された設計図を指差し、目を丸くした。

 そこに展開されていたのは、スケイルシステムを装備したM1アストレイでもティエレンでもない。

 

 ジェネレーターとパワーエクステンダーを直結させた、巨大すぎるビーム砲の図面だった。

 

「ああ、それはミナ様からの依頼です。『あの厄介なティエレンを正面から確実に黙らせる装備が欲しい』って言われまして」

 

「ティエレンを黙らせるって……キラ君、これ、出力計算おかしくない!? 軽く戦艦の主砲レベル……いや、それ以上じゃない! こんなのモビルスーツが携行するような武装じゃないわよ!」

 

「実体弾じゃあの極厚装甲と脚部シールドは抜けませんし、普通のビームライフルじゃ耐ビームコーティングを剥がすのに時間がかかります。なら、コーティングごと機体を一撃で融解させる大火力ビーム兵器が一番手っ取り早いんです」

 

 淡々と説明するキラに、ジュリは「自分で作っておいてなんて極端なメタ対策なの……」と頭を抱えた。

 

 ──メガ・キャノン。

 

 キラが知る別の世界で、『トールギスⅢ』という機体が装備していた最大火力の代物。最大出力で放てば、資源衛星すら一撃で粉砕するツインバスターライフルと同等の威力を持つ、正真正銘の「戦略兵器」である。

 

 ミナには「対ティエレン用の決戦兵器」という名目で提出するが、キラの真の目的は全く別のところにあった。

 

(……ジェネシス。レクイエム。そして、ブレイク・ザ・ワールド)

 

 キラの脳裏に、これから数年の間にこの世界に降り注ぐであろう、絶望的な厄災の数々が過る。

 

 ザフトや地球連合が持ち出してくるであろう大量破壊兵器。それらが発射される前に、あるいは中継ステーションを丸ごと消し飛ばすためには、モビルスーツ単機で運用でき、かつ「戦局を物理的に一変させる」レベルの大火力がどうしても必要だった。

 

 ましてや、アラスカへのメテオストライク──本来の歴史にはなかった「コロニーの外壁を質量兵器として落とす」という凶行を、ザフトは既にやってのけたのだ。

 

 歴史の歯車は、既に大きく狂い始めている。敵の兵器開発も、戦術も、キラの知る原作以上に過激化していく可能性が高い。

 

(備えあれば憂いなし、なんて言うけれど……この世界じゃ、どれだけ備えても足りる保証なんてないんだ)

 

 キラの設計思想は、普通の人間のそれとは根本的に異なる。

 

 彼の中には「完成された答え」が先にあり、それをこの世界の物理法則と技術レベルにどう落とし込むかという、パズルのようなトップダウン型の設計を行っている。

 

 だからこそ、こうしたオーパーツじみた兵器を短期間で図面に起こすことができるのだ。

 

「やり過ぎかな……」

 

 キラは図面を見つめながら、ポツリと呟いた。

 

「やり過ぎもやり過ぎよ! こんなの、オーブの自衛の範疇を完全に超えてるわ。ミナ様は喜んで受け取るでしょうけど……」

 

 ジュリが呆れ半分、感心半分でため息をつく。

 

「……でも、万が一の時のために、やれるだけの事はやっておかないと」

 

 言い訳のように、だが確かな決意を持ってキラはそう返した。

 

 世界を破滅から救うためならば、自らが「兵器開発の怪物」と呼ばれることすら厭わない。やり過ぎない程度に──と言いつつも、彼が生み出す一つ一つの設計図は、間違いなくこの狂った世界をさらに激しく掻き回すための、巨大な特異点となりつつあった。

 

 

◇◇◇

 

 

 コズミック・イラの世界において、核融合炉という技術そのものは決して架空の夢物語ではない。

 

 現に、大型艦船の主機や巨大なプラント施設の動力源としては実用化され、稼働している。

 

 だが、それをモビルスーツに搭載できるサイズにまで小型化するという点においては、技術的な壁が厚く立ちはだかっていた。

 

 かつて小型化を目指した開発実験中に大規模な暴走事故を引き起こして以来、各国の技術陣は小型核融合炉の開発に対して極めて慎重な姿勢を崩しておらず、いずれどこかの機関が画期的な技術的ブレイクスルーを果たすのを、互いに牽制しながら待っているような膠着状態にあった。

 

 しかし、キラ・ヤマトの頭脳には「未来の設計図」が存在している。

 

 彼は、数年後にこのC.E.の世界で小型核融合炉が完成することを知っている。ミラージュコロイドと、ニュートロンジャマーを応用したプラズマ封じ込めとエネルギー抽出によって、モビルスーツサイズに収まる核融合エンジンが4年後には実用化されるのだ。

 

 さらには、彼の中にはこの世界の物理法則を超越した『ミノフスキー核融合炉』の原理すらも知識として内包されている。

 

 だからといって、その「4年後」を漫然と待つわけにはいかない。

 

 ジェネシスやレクイエム、あるいはブレイク・ザ・ワールドのような致命的な厄災が迫る中、彼が設計した戦略級武装『メガ・キャノン』を稼働させるための膨大なエネルギーは、今すぐ必要だった。

 

 誠意開発を続けているとはいえ、万が一、厄災の瞬間に技術の完成が間に合わなければ本末転倒である。

 

 故にキラは、メガ・キャノンのジェネレーターとして『核分裂炉』を採用するという禁忌に手を染めた。

 

 だが、C.E.の地球圏において核分裂を引き起こすためには、ニュートロンジャマーの干渉を打ち消す『ニュートロンジャマーキャンセラー』が不可欠である。

 

 本来、ザフトの最高機密であるはずのその代物を、中立国オーブの一技術者がどうやって手に入れたのか。

 

 その答えは、今、キラの目の前にある。

 

 薄暗い地下格納庫。ユーラシア連邦の命運を握る『ハイペリオン』が鎮座する隣のハンガーに、もう一機のモビルスーツが静かに聳え立っていた。

 

 ディアクティブモードによって装甲を沈黙の灰色に染めた、流線型のガンダムタイプ。

 

 キラ自身、そこに抗いがたい運命めいたものを感じずにはいられなかった。

 

 この灰色の機体は、完成品の状態で持ち込まれたわけではない。ジャンク屋組合の広大な流通ネットワークと偽装コンテナを使い、完全に解体された「パーツ状態」として、オーブの地下へと幾度にも分けて密輸され、キラの手によって再び組み上げられたものだ。

 

 手配したのは、プラントの歌姫たるラクス・クライン。

 

 キラは以前、彼女に伝えていた。「わざわざ危険を冒してまで、機体を盗み出すような真似はしないでほしい」と。

 

 フリーダムを強奪するような理由もなければ、もし必要になれば、自分にはそれと同等以上のものを造り上げるだけの技術と潤沢な資金がある。

 

 彼女を国家反逆罪という致命的な立場に追い込んでまで、あの剣を欲してはいなかったのだ。

 

 だから、自分があの『自由』に乗る未来は、もうこの世界線には存在しないのだと思っていた。

 

 しかし、ラクスの聡明さと覚悟は、キラの想定を遥かに超えていた。

 

 彼女は、完成された自由の剣ではなく、それを生み出すための源流たる『勇敢なる者』を、パーツ単位で密かにプラントから逃がし、キラの元へと送り届けてきたのだ。

 

 そして機体のデータと共に、彼女の父であるシーゲル・クラインからの密使として、極めて重い「願い」が添えられていた。

 

『このニュートロンジャマーキャンセラーのデータを、地球のマルキオ導師の元へ届けてほしい』

 

 それは、兵器としての核ではなく、深刻なエネルギー危機に喘ぐ地球の民を救うための「光」として、NJCの技術を解放してほしいという、穏健派であるシーゲルの平和への悲痛な祈りであった。

 

「……まさか、核動力MSのルーツそのものを届けられるなんて、思いもしなかったよ」

 

 キラは、灰色の装甲を見上げながら静かに独りごちた。

 

 運命の軌道を逸らしたはずが、結局はこうして「核の火」を託される立場に回帰してしまった。

 

 まるで、世界が彼にその重圧を背負わせようと、強引にシナリオを修正してきたかのように。

 

 だが、シーゲルの願いには応えねばならないが、このドレッドノートそのものを、今のオーブで表立って運用することは絶対に不可能だった。

 

 オーブはあくまで中立国である。ザフトの最高機密であるNJC搭載型の核動力MSをオーブが密かに保有していると露見すれば、それは中立の理念を根底から破壊する。

 

 大西洋連邦には「ザフトと結託した」として侵攻の口実を完璧に与え、プラント強硬派からは「国家機密を盗み出した大罪人」として、双方向からの総攻撃を招くトリガーになりかねないからだ。

 

「しばらくは、この格納庫の肥やし……かな」

 

 自嘲気味に呟きながら、キラは手元のタブレットでメガ・キャノンの最終調整データを走らせる。

 

 ドレッドノートは動かせない。しかし、この機体に搭載されているNJCのデータと実物は、キラにとってこれ以上ないほどの『完璧な教材』となった。この設計図さえあれば、メガ・キャノン用の核分裂炉を稼働させることは容易い。

 

 表舞台には決して出せない、勇敢なる始祖。

 

 しかし、その胎内に宿る禁忌の火は、いずれ訪れる絶望的な運命を撃ち砕くための、最も強力な見えざる牙となって、オーブの地下深くで静かに覚醒の時を待ち続けている。

 

 

◇◇◇

 

 

 オーブの地下に広がる秘密のドック。絶えず響いていた溶接の火花と駆動音が収まった静寂の中、キラ・ヤマトは額の汗を拭いながら、たった今組み上がったばかりの『ティエレン水中型』を見上げた。

 

 その姿は、陸戦型のような泥臭さとも、長距離射撃型のような砲台めいた威圧感ともまた異なる、独特なボリューム感を持っていた。

 

 背部には、推力と水流制御を担う巨大な『スケイルシステム』が2基、さらに姿勢制御の補助として両脚にも小型のスケイルシステムが増設されている。

 

 両脚にプロペラントタンクの内部構造を改修してバラストタンクへと作り変えたものを備えている。

 

 機体の各所に細かく設けられたスラスター群の配置と脚のバラストタンクを見れば、この機体が「陸戦型」からではなく、「宇宙型」をベースに改修された派生機であることは一目瞭然であった。

 

 そもそも、この世界におけるティエレンの開発史は、キラが宇宙空間でのデブリ回収作業用に『宇宙型』を先に造り、そこから重力下仕様の『地上型』を派生させたという経緯がある。

 

 つまり、ベースとなるフレームやコックピットには、最初から宇宙の真空に耐えうる完璧な「気密性」が備わっていたのだ。そこに徹底した「水密性」の改修を施せば、水中用モビルスーツとして十分に転用できるというのは、キラにとって極めて理にかなった設計の流用であった。

 

 だが、流石にグーンやゾノのように、最初から深海の水圧を綺麗に逃がす曲面装甲として設計された専用機には、耐圧限界で劣る。角張った装甲のティエレンが潜りすぎれば、あっという間に水圧でスクラップになってしまう。

 

 そこは、キラが得意とする『TC-OS』のソフトウェア側でカバーした。

 

 水圧センサーと連動した「潜航深度リミッター」をOSに設けて、機体が耐圧限界深度を超えそうになれば、パイロットがいくら操縦桿を「潜れ」と倒しても、システムがそれを完全に無視して自動で浮上姿勢をとるように設定してあるのだ。

 

 これで、荒っぽいジャンク屋の連中が無理な運用をしてペシャリと潰れる心配はない。 

 

 武装──いや、あくまで「作業用ツール」にも、キラなりの工夫とギリギリの言い訳が詰まっていた。

 

 両腕には、ワイヤーで射出して対象物を捕縛・牽引するための『パンツァーアイゼン』。

 

 そしてメインツールとして、キラが「釘打機兼用」と言い張る巨大な『ハープンガン』が用意されている。

 

 海底の基礎工事などで岩盤にパイルを打ち込むための釘打機なのだが、両手でしっかりとホールドする程の長大な砲身は、どう贔屓目に見ても「釘打機」という名目を通すには長すぎた。

 

 さらに、水中での浸水や水圧による暴発を防ぐため、胸部30mm機銃は完全に取り外され、フラットな装甲板で塞がれている。

 

「他のティエレンはデブリ破砕や護身用として滑腔砲を持たせたけど……今回は純粋な『海中作業用』の依頼だからね。これくらい徹底して作業機っぽくしておかないと」

 

 巨大なハープンガンを見上げながら、キラは自分自身に言い聞かせるように呟いた。

 

 どんなに言い訳を並べても、あのサイズの銛を放てば、ザフトの水陸両用モビルスーツの装甲すら容易く貫通してしまうだろう。

 

 だが、あくまで「ギガフロート建造のための建築重機」である。

 

 そして、そのティエレン水中型のすぐ隣のハンガーには、同じく背部にスケイルシステムを換装したM1アストレイが、静かに佇んでいた。

 

 無骨で重厚な作業用重機と、洗練されたヒューマノイド型の護衛機。対照的なシルエットを持つ二機が並ぶ光景は、キラの設計思想の幅広さを雄弁に物語っていた。

 

「よし……。あとは耐圧テストとバラストの調整をして、設計図のデータをジャンク屋組合に納品すれば、今回の依頼はコンプリートかな」

 

 キラは手元のタブレットに「完成」のチェックマークを入れると、心地よい疲労感と共に小さく伸びをした。

 

 そのティエレン水中型とM1アストレイ水中戦仕様が並ぶハンガーのさらに奥。

 

 そこには、オーブの洗練されたMS群のシルエットとは似ても似つかない、ひどく異様な姿をした2機の機体が鎮座していた。

 

 頭部から胴体、さらには両腕に至るまでを、巨大で無骨な「ずんぐりむっくりとした被り物」で完全に覆い隠し、下からひょっこりと足元だけを覗かせているという、なんとも不格好でユーモラスな出立ち。

 

 まだ試作段階ではあるものの、キラが「いずれ必ず必要になる局面が来る」と予見して開発した特殊ユニット『キャバリアー』である。

 

「……見た目はちょっと、あれだけど」

 

 キラは苦笑しながら、その巨大な被り物を見上げた。

 

 彼が知る別の未来において、モビルスーツと合体し、大気圏内を縦横無尽に飛び回る高度な支援機兼フライトユニットとしての『キャバリアーアイフリッド』の仕様には、まだ到達していない。

 

 今の技術と開発期間の制約の中でキラが組み上げたのは、どちらかと言えば古い記憶にある別の世界──『機甲戦記ドラグナー』のD1が最序盤に纏っていた、巨大なハリボテのような増加装甲兼レドーム装備キャバリアー0であった。

 

 だが、そのずんぐりむっくりとした外見に反して、中身にはC.E.の最先端技術が詰め込まれている。

 

 巨大な被り物の内部にはNジャマー環境下においても極めて高い精度を誇る各種複合センサー群と、敵の通信やレーダー網を無効化する強力な広域ジャミングシステムが搭載されている。

 

 そして何より、この2機のキャバリアー間で構築されているのが、傍受不可能な超光速通信網『量子通信』であった。

 

 この機体を造ろうと思い立ったキッカケは、他でもないユーラシア連邦の動きだった。

 

 彼らは『ティエレン宇宙指揮官型』の設計図を元に、独自に『ティエレン地上指揮官型』を開発し、最前線での即席司令部として運用してみせた。

 

 それを見たキラは、「最前線部隊に随伴し、絶えず変化する戦況を把握してリアルタイムで部隊を統制する『移動前線指揮機』の存在」が、今後の乱戦において不可欠になると再認識したのだ。

 

 M1アストレイという素直な操縦性の機体をコアにすることで、指揮官は操縦の負担を減らし、キャバリアー内の情報処理と部隊指揮に専念することができる。

 

「……とはいえ、流石にこの形状じゃ、空力特性は最悪だからね。大気圏内を飛ぶ仕様設計にはまだ全然届いてないや」

 

 キラは手元のタブレットで、キャバリアーの推力計算データを眺めながらため息をついた。

 

 被り物自体に姿勢制御用のスラスターは付いているものの、あくまで自重を支えてホバー移動や宇宙空間での機動を行う程度の推力しかない。重力下で空を飛ぼうとすれば、空気抵抗の塊であるこの装甲ごと落下して潰れるのがオチだ。

 

 当面の間、重力下においては陣地の後方から部隊を統制する『陸上移動指揮機』として、あるいは重力の影響がない『宇宙指揮機』としての運用に留まるだろう。

 

「でも、これがあるのと無いのとじゃ、部隊の生存率が全く違ってくる。今はまだ泥臭い『被り物』だけど……データを取り続ければ、いつかきっと、もっとスマートに空を飛べる仕様にアップデートできるはずだから」

 

 そう言って、キラは2機のキャバリアーの量子通信リンクのテストプログラムを起動させた。

 

 世界が血みどろの激戦を繰り広げ、兵器が火力を増していく中で、キラ・ヤマトは『情報と指揮』という、地味だが最も戦局を左右する絶対的な盾を、オーブの地下で人知れず鍛え上げているのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 オーブ連合首長国、本島ヤラファス島。

 

 首都オロファトの中心部にそびえ立つ、政府高官や国賓のみが利用を許される最高級ホテルの最上階スイート。

 

 活気に満ちたオロファトの街並みを一望できるその部屋のソファで、キラ・ヤマトは微かに緊張した面持ちで「その人物」の到着を待っていた。

 

 本来であれば、現在のキラが個人的な面会に殆ど応じることはない。

 

 彼は今や、中立国オーブ経済成長の大黒柱であり、世界を席巻しつつあるティエレンの生みの親であり、さらには水面下でオーブの次世代防衛構想を一人で牽引している、いわば「オーブの国家機密そのもの」である。

 

 他国の諜報機関や軍事産業からの接触を警戒し、ウズミやオーブ行政府はキラの身辺を徹底的に保護していた。

 

 アサギ、マユラ、ジュリにも秘密裏にだがキラの護衛任務が通達されている。

 

 だが、今回ばかりはキラ自身がウズミに直接掛け合い、面会の許可を取り付けたのだ。

 

 理由は単純にして、極めて異常。

 

 面会を求めてきた相手の名前が、同姓同名でなければ『こんな時期に、この国に絶対に現れるはずのない人物』だったからだ。

 

「……失礼いたします。ヤマト技術官」

 

 静かに、しかし重厚な扉が開かれる。

 

 護衛のオーブ軍人に案内されて部屋に足を踏み入れたのは、一人の美しい少女だった。

 

 透き通るような白い肌に、緩やかに波打つ青髪。

 

 オーブの南国特有の気候にはやや不釣り合いな、しかし気品と知性を感じさせる洗練されたドレスに身を包んだその姿は、一見すればどこかの小国の深窓の令嬢にしか見えない。

 

 だが、キラはその容姿を見た瞬間、心臓が早鐘を打つのを必死に抑え込まねばならなかった。

 

(本当に……『彼女』だ。同姓同名なんかじゃない)

 

 キラの脳内に存在する、未来の記憶。

 

 本来の歴史であれば、数年後の未来において、新興国ファウンデーション王国の国務秘書官として世界にその名を轟かせ、ラクス・クラインを追い詰める存在。

 

 人を導くために造られたという新人類『アコード』の一員であり、他者の思考を読み取る力を持つ少女。

 

 イングリット・トラドール──。

 

「お初にお目に掛かります。キラ・ヤマト様。私は、ユーラシア連邦の技術振興財団より参りました、イングリット・トラドールと申します。本日はご多忙の中、このようなお時間を頂戴し、誠にありがとうございます」

 

 優雅に一礼するイングリット。

 

 その完璧なまでの微笑みの裏側で、彼女が自分を品定めしているのがキラには痛いほどに分かった。

 

 ユーラシアの財団という肩書きは、当然ながら偽装だろう。アラスカでのティエレンの活躍を受け、自分たちの計画の最大のイレギュラーとなりつつある『キラ・ヤマト』という存在を直接探るため、最も人心操作と情報収集に長けた彼女を送り込んできたのだ。

 

(まさか、ティエレンを普及させたバタフライエフェクトが、こんなに早くアコードを動かすなんて……)

 

 本来なら、彼らはまだユーラシアの奥深くで息を潜め、雌伏の時を過ごしているはずの時期だ。

 

 しかし、現実として彼女は今、目の前に立っている。

 

「い、いえ。こちらこそ。……その、ユーラシアの財団の方が、中立組織のジャンク屋である僕に、一体どのようなご用件でしょうか?」

 

 キラは努めて「気弱で、少し女性に免疫のない優秀なオタクエンジニア」という本来の自分を被りながら、イングリットに席を勧めた。オルフェが彼女を送り込んできたということは、おそらく「キラ・ヤマトは女性に弱い」という情報を得て、ハニートラップまがいの懐柔工作を仕掛けてきたのだと推測できる。

 

 全く事実無根である。というより男なら女性に常日頃スキンシップされたら意識しないなんて、それは病気か女性に興味がないホモかくらいじゃないか?

 

「単刀直入に申し上げますわ、ヤマト様」

 

 イングリットはソファに腰を下ろすと、真っ直ぐにキラの瞳を見つめてきた。

 

「私共の財団は、貴方が設計された『ティエレン』という機体に、並々ならぬ感銘を受けております。あの機体は、今後の地球圏のエネルギー開発や資源採掘において、無くてはならない存在になるでしょう。……そこで、貴方のような類稀なる頭脳を持つ方に、ぜひ私共の『新しい国家規模のプロジェクト』にご参画いただけないかと思い、馳せ参じた次第です」

 

 甘く、心地よい声。

 

 だが、その言葉の裏で、彼女の『精神感応』が、探るようにキラの意識の表層へと触れてくるのを、キラは明確に感じ取っていた。

 

 アコードである彼女は、対象の感情や思考を読み取り、無意識のうちに相手を誘導する力を持っている。

 

(……なんで、僕の心に『触れて』くるんだ?)

 

 キラは、自身の精神の深層へと探るように伸びてくる、冷たくも繊細な見えない指先のような感覚に、不思議な違和感を覚えていた。

 

 イングリット・トラドール。彼女が新人類『アコード』であり、他者の思考を読み取る精神感応の能力を持っていることは、キラの持つ知識の通りだ。

 

 だが、キラの記憶にある彼女は、常に自らの心を分厚い殻で覆い隠していたはずだった。

 

 オルフェ・ラム・タオへの、報われることのない、しかし決して消し去ることのできない深く狂おしい『愛慕の情』。それを他のアコードたち──特にオルフェ本人や、そしてアウラに悟られないようにするため、彼女は常に己の心を固く閉ざし、周囲との精神的なリンクを自ら遮断して生きることを選んでいたはずなのだ。

 

(──ああ、そうか。そもそも、前提が違うんだ)

 

 キラは、目前で完璧な笑みを浮かべるイングリットを見つめながら、一つの真理に思い至った。

 

 彼女が心を閉ざしていたのは、あくまで『他のアコード』が周囲にいる環境下でのことだ。

 

 だが、ここは中立国オーブのホテルの一室。

 

 この空間には、彼女の秘密を暴き、断罪する他のアコードは一人も存在しない。

 

 だからこそ、彼女は自らの心を閉ざす必要がなく、本来のアコードとしての恐るべき『力』を、警戒することなく全力でキラという標的へ向けて解放することができるのだ。

 

「国家規模のプロジェクトなどと、大仰な言い方がお気に召しませんでしたか? では、言い方を変えましょう。ヤマト様」

 

 イングリットは、ソファからふわりと立ち上がると、流れるような足取りでキラの目の前へと歩み寄った。 

 

 その声は、先程までのビジネスライクな響きを完全に消し去り、甘く、鼓膜の奥を直接撫で上げるような、魔性の響きを帯びていた。

 

「もちろん、貴方の類稀なる才能を、タダで頂こうなどとは申しません。お望みの物は、権力であれ、莫大な富であれ、世界最高の研究設備であれ、私達の財団が全て、貴方の足元に揃えてご覧に入れますわ。……そして、もし貴方がお望みなら、この『わたくし』も」

 

 その言葉と同時だった。

 

 イングリットの両手が、自身の着ていた高級なドレスの肩口へと伸びた。

 

 躊躇いなど一切ない、滑らかで洗練された所作。

 

 肩のストラップが外され、最高級のシルクで織り上げられたドレスが、まるで彼女の意思に従うように、サラリとした衣擦れの音を立てて足元の絨毯へとストンと滑り落ちた。

 

「っ……!?」

 

 キラは、あまりの出来事に息を呑み、目を見開いてしまった。

 

 ドレスの下には、ランジェリーすら存在していなかったのだ。

 

 オロファトの眩しい陽光が差し込む部屋の中で、彼女は一糸纏わぬ姿となった。

 

 陶器のように滑らかで透き通るほどに白い肌。洗練された曲線を描く腰のくびれ。そして、女性としての豊満で美しい肢体を、一切の羞恥を見せることなく、キラの目の前で完璧に曝け出したのである。

 

 それは、単なる誘惑などという生易しいものではなかった。

 

 アコードという、遺伝子レベルで完璧に調整された生命体のみが放つことのできる、絶対的な『美』の暴力。

 

 視覚という原始的な感覚から脳をハッキングし、理性を強制的にシャットダウンさせるための、最も直接的で恐ろしい兵器だった。

 

「わたくしだけを見て、聞いて、感じて……」

 

 イングリットは、硬直して声も出せないキラの手を、極めて自然な動作で取った。

 

 その手は氷のように冷たく、しかし同時に、火傷しそうなほどの熱を帯びているように錯覚させた。

 

 彼女はキラの手のひらを、自身の豊満で柔らかな胸へと押し当てた。ただ触れさせるのではない。指の腹が柔らかな肉に沈み込み、その奥にある心臓の鼓動を直接感じ取れるほどに、強く、深く鷲掴みにするように自分の手で包み込んだ。

 

「イングリッ……」

 

 キラが制止の言葉を紡ごうとしたその唇を、彼女は自らの唇で完全に塞いだ。

 

 キラの身体を細く白い腕で強く抱きしめ、目を瞑り、甘く、深く、そして一切の逃げ場を奪うように唇を重ね合わせる。

 

 突然の訪問。いきなり目の前でドレスを脱ぎ捨てられ、しかも下着すら付けていないという事実。

 

 その上で、オーブの最高級ホテルのスイートルームという密室で、見知らぬ(しかし素性は知っている)美しい全裸の少女に唇を奪われ、胸を揉まされているという、あまりにも非現実的でとんでもないシチュエーション。

 

 並の男であれば、もはや理性を保つことなど不可能だろう。

 

 キラの明晰な頭脳ですら、この極限の状況に現実の処理が追いつかず、一瞬だけ思考が完全にホワイトアウトし、真っ白な空白に包まれた。

 

 だが、その空白の直後。

 

 彼の意識を強引に現実へと引き戻したのは、唇の感触でも、手のひらに伝わる柔らかな熱でもなかった。

 

『オルフェ──!』

 

 直接、脳の奥底を揺さぶるような、悲痛で、絞り出すような絶叫。

 

「……!」

 

 ハッと目を開いたキラの視界に飛び込んできたのは、自らを抱きしめるイングリットの、微かに震える華奢な肩だった。

 

 そして、キラの唇を塞ぐために瞑られた彼女の美しい目尻から、一筋の透明な涙が、とめどなく溢れ出し、白い頬を伝い落ちていたのだ。

 

 キラは理解した。

 

 先程の脳内に響いた絶叫は、彼女が意図して送ってきたテレパシーではない。

 

 アコードとしての能力を全開にし、キラの精神を絡め取ろうと深く接続した結果、彼女が心の奥底──絶対に他者には見せまいと鍵をかけていたはずの『一番柔らかく、脆い部分』が、キラのクロッシング能力とリンクして、『流れ込んで』しまったのだ。

 

「っ……!」

 

 キラは反射的に、しかし決して彼女を傷つけないように、優しく、だが確固たる力でイングリットの肩を押し返した。

 唇が離れ、二人の間にわずかな隙間ができる。

 

 イングリットは、不意に突き放されたことで一瞬だけ茫然とし、濡れた瞳でキラを見つめ返した。その顔には、完璧な誘惑者としての仮面が剥がれ落ち、ひどく傷つき、混乱した「ただの少女」の素顔が露わになっていた。

 

「……イングリット。服を、着て」

  

 キラの声は、先程までの動揺を完全に消し去り、静かで、ひどく凪いでいた。

 

 彼は自身のジャケットを素早く脱ぐと、一糸纏わぬ彼女の肩にふわりと掛け、その身を隠すように包み込んだ。

 

「なぜ……っ」

 

 イングリットは震える手でジャケットの襟を握り締め、理解不能だというように首を振った。

 

 自身の絶対的な美貌と、アコードとしての精神操作。

 

 それに抗える人間など、この世界に存在するはずがない。現に、先程まで彼の思考は混乱し、自分の掌の上にあったはずなのだ。

 

「……君のその涙は、僕に向けられたものじゃない」

 

 キラの言葉に、イングリットの動きがピタリと止まった。

 

「君は、僕の思考を読もうとした。でも、君の心は……君が本当に見つめている『誰か』への想いで、悲鳴を上げてるじゃないか。……そんな思いを抱えたまま、自分を道具みたいに差し出すなんて、間違ってる」

 

「な……っ!? 貴方、まさか、私の心を……!?」

 

 イングリットの顔が蒼白に染まり、信じられないものを見るような目でキラを見上げた。

 

 アコードである彼女の精神の防壁を突破し、あろうことか彼女の最も隠しておきたかった深層心理──オルフェへの想いを読み取ったというのか。

 

 それは、彼女たちの存在意義そのものを揺るがす、あり得ない現象だった。

 

「僕には、君たちが何者で、何を企んでいるのかは分からない」

 

 キラはあえて真実を隠し、ただ一人の人間として、目の前の傷ついた少女へと向き合った。

 

「だけど……君のその悲しい声を聞いて、そのまま利用するような真似は、僕にはできない。……君が本当に愛している人のために、その涙は取っておくべきだから」

 

 その言葉は、イングリットにとって、どんな拒絶よりも鋭く、そして残酷なまでに『優しい』刃だった。

 

「……っ!」

 

 イングリットは、キラのジャケットを掻き合わせながら、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 

 彼女が最も恐れていたこと。それは、自分の想いがオルフェに知られることでもなく、計画が失敗することでもなかった。

 

 自分が、他でもない『アコードの失敗作』であるキラ・ヤマトに、哀れまれ、同情され、そしてその本質的な『優しさ』によって、心を完全にへし折られてしまったという事実だった。

 

 キラはそっとハンカチを取り出し、床に崩れ落ちて俯くイングリットの頬を伝い、絶え間なくポタポタと落ちる涙を、丁寧な手つきで拭った。

 

 その微かな柔らかい布の感触と、向けられたあまりにも無防備で純粋な『優しさ』が──イングリットの中で限界まで張り詰めていた何かの糸を、完全に断ち切った。

 

 バッ、と顔を上げたイングリットの瞳には、かつてないほどの激しい感情の濁流が渦巻いていた。

 

「わっ……!?」

 

 次の瞬間、イングリットは獣のような敏捷さでキラへと抱き着き、そのままの勢いで彼の身体をホテルの分厚い絨毯の上へと押し倒した。

 

 ドスッという鈍い音と共に仰向けに倒れ込んだキラは、反射的に彼女を押しのけようと腕に力を込める。しかし──全く動かない。

 

 スーパーコーディネイターとして、モビルスーツの操縦席では神懸かった反応速度と空間認識能力を誇るキラであっても、生身での近接格闘や戦闘訓練などこの時点では一切受けていない、ただの「学生上がりの技術者」に過ぎない。

 

 対してイングリットは、いずれファウンデーションの国務補佐官という要職を務め、アコードとして極限まで己の身体能力と戦闘術を鍛え上げている存在だ。

 

 その細く白い腕のどこにこれほどの力が潜んでいるのか。馬乗りになったイングリットは、キラの両手首を床に縫い付けるようにガッチリと押さえ込み、マウントポジションを取って彼を完全に物理的に制圧していた。

 

 キラが掛けたジャケットが激しい動きで肩からずり落ち、その下にある一糸纏わぬ美しい肢体が再び露わになっても、彼女は全く気にする素振りを見せない。ただ、キラを見下ろすその顔は、怒りと、絶望と、そしてどうしようもない悲しみに歪み切っていた。

 

「どうして……っ!」

 

 彼女の瞳から溢れ続ける大粒の涙が、押し倒されたキラの頬へと次々に零れ落ちる。

 

「どうして、そんな目で私を見るの……!? 貴方はただの『失敗作』で、私達よりも劣った存在のはずなのに……っ! なんで、私の心に勝手に入り込んで……そんな、優しい声で……!」

 

 ギリギリと、キラの手首を握る彼女の指に力がこもる。

 

 痛い。だが、キラは決して手首を振り解こうとはしなかった。

 

 オルフェへの報われぬ愛。誰にも言えなかった孤独。完璧なアコードとして、アウラの駒として振る舞わねばならない重圧。

 

 それら全てを、敵であるはずのこの少年に暴かれ、あまつさえ同情され、涙を拭われた。

 

 彼女の心は粉々に打ち砕かれ、剥き出しになった想いは、今や目の前のキラにすがりつき、八つ当たりをすることしかできなくなっていたのだ。

 

 自分を力でねじ伏せ、上から見下ろしているにもかかわらず、イングリットの姿はまるで迷子になって泣き喚く、ひどく怯えた幼い子供のようだった。

 

「イングリット……」

 

 キラは、手首を押さえつけられたまま、それでも彼女を咎めることも、恐れることもなく、ただ静かにその濡れた瞳を見つめ返した。

 

「僕が失敗作かどうかは……分からない。だからって、完璧な存在だとも思わない。心を読んで、知った気になって、それで全部君のことをわかった気になるなんて傲慢だ。でも、君が今、すごく苦しんでいて……一人で泣いていることだけは、分かるんだ」

 

「ぁ……ぁぁっ……!」

 

 その真っ直ぐで、一切の打算も嘲笑もない言葉に。

 

 イングリットはついに耐えきれなくなり、キラの胸元に顔を埋めるようにして、わあわあと声を上げて泣き崩れた。

 

 キラを押さえつけていた腕の力が抜け、彼女はただキラの上で丸くなり、彼のシャツを両手でギュッと握り締めて激しい嗚咽を漏らす。

 

 キラは解放された両手をゆっくりと動かし、少し戸惑いながらも、自分を押し倒したまま泣きじゃくる華奢な背中と、青色の髪を、まるで壊れ物を扱うようにそっと撫で始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

「私を、抱いて」

 

「え……?」

 

「あんなに、覚悟をして。心を、殺して。なのに、全部貴方に知られて。優しくされて……。こんなの、惨め過ぎる」

 

 イングリットの震える声は、もはや誘惑の甘さなど微塵も失い、ただひたすらに自己嫌悪と絶望に染まり切っていた。

 

 完璧であるべきアコードとしての誇りも、使命も、そして心の奥底でひた隠しにしてきた誰かへの純粋な愛情も、すべてを目の前の青年に見透かされてしまった。

 

 その圧倒的な敗北感と羞恥を塗り潰すためだけに、彼女は自らを最も安い道具に貶めようとしていた。

 

「ねぇ、お願い。私を惨めだと、可哀想だと思うなら、この場で私を抱いて……」

 

 ギュッと目を閉じ、自棄になったようにキラの首に腕を回そうとするイングリット。

 

 自らの肉体を差し出すことで、この耐え難いほどの「惨めさ」を、別の形での「汚辱」へとすり替えようとする、悲痛なまでの逃避だった。

 

 だが──キラは少しだけ悲しそうに目を伏せると、彼女の華奢な背中に回していた両腕に、静かに力を込めた。

 

 それは彼女が望んだような、欲望を伴う乱暴な力ではなかった。まるで迷子の子供をあやすような、ひどく温かく、ただただ彼女を包み込むだけの強くて優しい『抱擁』だった。

 

 キラは体を起こすことなく、彼女の背中を抱きしめたまま、ずり落ちていた自身のジャケットを再びしっかりと彼女の肩まで引き上げ、その冷え切った素肌を隠すように覆った。

 

「……駄目だよ」

 

 耳元で紡がれたキラの声は、静かで、けれど決して揺らぐことのない確かな拒絶だった。

 

「どうしてっ……! どうしてよ……! 私みたいな惨めな女、どう扱ったっていいじゃない……!」

 

 イングリットはキラの胸を力なく叩き、泣き叫んだ。慰めなど欲しくなかった。ただ壊してほしかった。そうすれば、こんなにも心が痛むことはないはずだから。

 

「君は、どう扱ってもいいような人なんかじゃない」

 

 キラは、胸を叩く彼女の小さな手をそっと包み込み、ゆっくりと言葉を落とした。

 

「自分を粗末にしちゃ駄目だ。……君の心の中にあるその想いは、誰かに踏みにじられたり、今の痛みを誤魔化すために自分から投げ捨てていいような、そんな安いものじゃないはずだ」

 

「ぁ……」

 

「惨めなんかじゃないよ。……誰かのことを、心を殺さなくちゃいけないくらい、それだけ強く深く想える君の心は……とても綺麗だと、僕は思う」

 

 その言葉は、イングリットの胸の最も深く、最も柔らかい部分を、真っ直ぐに撃ち抜いた。

 

 誰も──自分の敬愛する母でさえ、自分が想いを寄せる彼でさえ、決して見ようとしなかった自分の『私の心』。

 

 それを、敵対するはずの、しかも「失敗作」と呼ばれる目の前の少年が、誰よりも尊いものだと肯定してくれた。

 

 同情から肉体を奪うことは、彼女の心を完全に殺すことと同義だ。キラはそれを本能で理解し、だからこそ彼女の悲痛な願いを退け、彼女が最も欲しかった『心の肯定』だけを真っ直ぐに手渡した。

 

「ああ……あぁぁぁっ……!」

 

 イングリットの喉から、声にならない嗚咽が漏れた。

 

 もはやアコードとしての矜持も、彼を籠絡しようとした狡猾さも、何一つ残っていなかった。

 

 彼女はジャケットに包まれたまま、キラの胸に深く顔を埋め、子供のように声を上げて泣き崩れた。

 

 自分たちは運命を定める完璧な存在として創られたはずだった。

 

 それなのに、なぜ自分は今、失敗作であるはずのこの少年の腕の中で、こんなにも救われたように涙を流しているのか。

 

 キラは何も言わず、ただ静かに、泣きじゃくる彼女の背中を撫で続けた。

 

 オーブの穏やかな陽光が差し込む一室で、陰謀と打算で塗り固められていたはずの少女は、自身の運命を初めて包み込んでくれたその暖かな腕の中で、すべての涙が枯れ果てるまで、ただひたすらに泣き続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

(──ああ、なんて。なんて、温かいんだろう)

 

 キラ・ヤマトの胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくりながら、イングリット・トラドールの心の中では、これまで彼女自身を縛り付けていた強固な鎖が、音を立てて砕け散っていくような感覚が渦巻いていた。

 

 彼女の生い立ちは、最初から『運命』という絶対の真理によって定められていた。

 

 人を導くための超越者たるアコード。その中でも、彼女には──同胞であるオルフェ・ラム・タオを裏から支える『影』としての役目がインプリントされていた。

 

 彼女は、オルフェを愛していた。

 

 彼が時折見せる孤独も、愚かな世界を見下しながらもそうしなければならないと世界を統べようとする傲慢さも、すべてを愛おしく想っていた。

 

 だが、アコードの運命において、彼の隣に並び立つ「運命の伴侶」は自分ではない。

 

 彼が結ばれるべきは、彼と同じく世界を導くために創られた『もう一人の王女』なのだと、遺伝子レベルで決定づけられていた。

 

(私は、彼に選ばれることはない。……それでも、彼を愛している。だから、彼が望む世界を創るために、私はただの道具にならなくちゃいけなかった……)

 

 その思いを他のアコードに悟られれば、計画のノイズとして処断されるか、あるいは嘲笑されるだけだ。

 

 だからイングリットは、自分自身の『個人の心』を冷たい氷の奥底に沈め、厳重に鍵をかけて殺してきた。

 

 彼が他の誰かを想っていても。自分がどれだけ彼のために身を粉にしても、決して自分に振り向いてくれないと分かっていても。

 

 彼を支える役目を果たすことだけが、彼女に許された唯一の存在証明だった。

 

 その、張り詰めて、張り詰めて、とうの昔に限界を突破していた血の滲むような心の糸を。

 

『──誰かのことを、心を殺さなくちゃいけないくらい、それだけ強く深く想える君の心は……とても綺麗だと、僕は思う』

 

 この見ず知らずの、それも敵対すべき『失敗作』の少年が、たった一言で、いとも容易く解きほぐしてしまったのだ。

 

「ひぐっ……ぁぁ……っ、ぁっ……」

 

 しゃくり上げる声が止まらない。

 

 ジャケット越しに伝わってくるキラの体温が、彼女の冷え切っていた心を容赦なく溶かしていく。

 

 彼が自分の背中を一定のリズムで撫でるその手は、欲望も、哀れみもなく、ただ純粋に「傷ついた小さな生き物を労わる」ような、無防備すぎるほどの優しさに満ちていた。

 

(どうして……? 貴方にとって、私は敵なのに。貴方を罠に嵌めて、利用しようとした、汚い女なのに……)

 

 イングリットのアコードとしての精神感応は、キラが発する極めて穏やかな精神の波を、無意識のうちに受信し続けていた。

 

 彼の心には、彼女を嘲笑うような感情は一切ない。

 

 ただ、彼女の涙を「悲しい」と感じ、彼女の想いを「尊い」と肯定し、これ以上彼女が傷つかないようにと、不器用なほど真摯に祈ってくれている。

 

 その純白すぎる心の在りように触れ、イングリットの内で、何かが劇的に変質し始めていた。

 

(……惨めだと、可哀想だと思うなら、抱いてほしかったのに)

 

 そうすれば、「所詮、男なんてこんなものだ」と軽蔑し、再び心を凍らせることができたのに。

 

 彼は肉体ではなく、彼女の一番柔らかい『心』だけを、強く、優しく抱きしめたのだ。

 

(駄目よ……こんなの、こんなに優しくされたら……)

 

 キラのシャツを握り締めていたイングリットの指先から、徐々に抗う力が抜けていく。

 

 代わりに、キラの胸の奥で規則正しく鳴っている心音のトクトクという響きが、彼女の耳に心地よく響き始めていた。

 

 彼からふわりと香る、微かな石鹸の匂いと、オイルや鉄の匂いが混じった、技術者特有の不器用な生活の匂い。

 

 それが、とても安らぐもののように感じられてしまう。

 

(私……馬鹿みたい……)

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をキラの胸に擦り付けながら、イングリットは自らの心の変化に、半ば呆れ、半ばどうしようもない甘い痺れを感じていた。

 

 あれだけオルフェへの報われぬ愛に殉じようと決めていたのに。

 

 その運命の残酷さに、心を擦り減らしながら耐え続けていたのに。

 

 今、この少年にただ「君は綺麗だ」と肯定され、頭を撫でられているだけで――彼に寄りかかっているこの時間が、永遠に続けばいいのにと、そんな馬鹿げたことを願ってしまっているのだ。

 

(オルフェは、私の心を絶対に見てはくれなかった。……でも、この人は、私の醜いところも全部見た上で、それでも私を「綺麗だ」って言ってくれた……)

 

 運命でも、遺伝子でもなく。

 

 ただ、自分が傷ついて泣いている時に、一番欲しかった言葉をくれて、温めてくれた。

 

「……ずるい、人……」

 

 イングリットは、キラの胸元で小さく、掠れた声で呟いた。

 

 泣き腫らした赤い目で、彼を見上げる。その瞳には、先程までの刺客としての鋭さも、運命に縛られた悲壮感も消え失せ、ただ一人の少女としての熱情と、彼への抗い難い依存心が宿っていた。

 

 イングリットは、キラが自分に掛けてくれたジャケットを、まるでお守りのように両手でギュッと掻き合わせる。

 

 そして、彼から離れることを拒絶するように、もう一度、彼の上に覆い被さったまま、その温かい胸板へと頬を寄せた。

 

「……もう少しだけ。……もう少しだけ、このままで居させて……」

 

 甘えるような、そして絶対に彼を離さないと宣言するようなその声色に、自身の置かれた致命的な状況にまだ気づいていないキラは、ただ困ったように「うん……落ち着くまで、ここに居ていいよ」と、再び彼女の頭を優しく撫でるのだった。

 

 

 

 




 
ど う し て こ う な っ た !?



いやね、私も掲示板ネタ追っかけてる身ですからね?

キラとイングリットの性根の相性良さそうってのは見たことあるんですがね?

いやさ、イングリットがまぁね、由来的に色々とさ?なんだけどさ。


いつの間にかキャラが勝手に動きに動いて最終的にたった30分もなくイングリット陥落させちゃったとかマジ?

フレイとは一緒じゃないし、ラクスとも添い寝しただけでロマンティクスしてないから、女の子の裸見たの初めての童貞なんだけどなぁウチのキラ。

オルフェとウチのキラが似てるけど多分徹底的に違う所は、他人に甘える所はとことん甘え倒すから、自分を曝け出すことに慣れてる。そんでもってラクスと日常的にクロッシングしてるから相手の心を真正面から受け止めてしまう。

あとはアフリカでバルトフェルドさんに心の澱を全部ぶち撒けた後だったからかな?

多分その前に出逢ってたら政治的な世界に片足突っ込んで間もなくていっぱいいっぱいだから、イングリットを気遣って抱き締めてあげるなんて多分出来てなかった。それこそアコードが来た!?絶対なんか企んでる!って警戒心MAXで政治の話かビジネスの話をして煙に巻いてた。

そんでもってカガリは居るしカナードも居るから絶妙に肩の力抜けてる所に切羽詰まった女の子送り込まれてお労しい未来も知ってるとなると、でもそんな事全部抜きにして言えること。


イングリットは今泣いてるんだ!何故それがわからないんだ、オルフェ!!


ってことかな?

あと多分仲良く出来そうなのはシュラ辺りかなぁ。

多分今の段階だと性格的にはともかくアスランよりキラの方が技量が上。なんなら原作キラよりも多分上。

でもクルーゼ隊パワーレベリングしてないから粘り強さは原作より格段に弱い。そこを空間認識能力の直感力と膨大なガンダムやロボットものの戦闘描写から対策チョイスして対処することで補ってる感じ。

同じ機体でヨーイドン!したらウチのキラは猛攻で押し込むけど、原作キラの粘り強さを崩せなくてバッテリー切れて粘り勝ちされると思う。

シュラと戦うと苛烈な近接戦闘繰り広げて引き分けってところかな。


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