やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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※タイトルから察せられる通り、なんやかんや生っぽいので、そっち方面苦手な方はスルーして大丈夫です。

なんでそんなこと書いたんだって?

勝手に筆が進んだとしか言えません、はい。


PHASE-73 アイツらロマンティクスしたんだ!!

 

 シーツを肩まで引き上げ、規則正しい寝息を立てるイングリット。

 

 その無防備で安らかな寝顔は、冷徹な刺客でも、運命に縛られたアコードのものでもなかった。

 

 青髪を優しく撫でながら、キラは深く息を吐き、意識の底へと沈み込んでいく。

 

 遠く、遥か遠く、プラントにいる「彼女」へと繋がるために。

 

『……キラ』

 

 脳裏に響く、鈴の音のように澄んだ、けれどひどく包み込むような優しい声。

 

『ごめんねラクス。勝手な事して…』

 

 キラの謝罪に、ラクスはわずかに困ったような、それでも彼を責めることのない静かな思念を返してくる。

 

 互いに「ナチュラルとコーディネイターが絶滅戦争へと突き進む未来」を知っている同士。

 

 二人で足掻き、二人で歴史を変えようとしてきた。だからこそ、本来ならばイングリットとの接触は、ラクスにも事前に相談すべき重大事項だったはずだ。 

 

(でも……)

 

 ラクスがイングリットの背負う運命を知れば、きっとその底無しの無償の愛で彼女を救おうとしただろう。

 

 だが、キラはそれを良しとしなかった。

 

 ラクスの優しさというフィルター越しではなく、キラ・ヤマトという一人の人間として、イングリット・トラドールという少女と正面から、サシで向き合いたかったのだ。

 

 その結果が、これである。

 

(初手で挨拶そこそこにアクセル全開のハニートラップを仕掛けられて……止めたら「惨めだから抱いて」と懇願されて。ハンカチを出して涙を拭いたら押し倒されて、また泣かれて……)

 

 改めて振り返ると、いくら何でも展開がジェットコースター過ぎる。女に弱い、と他人に呆れられても反論できない有様だ。

 

 ラクスに対して不誠実だったのではないか、という罪悪感も微かにある。もっとも、二人は明確に「恋人として付き合っている」と定義づけられた関係ではない。

 

 戦友であり、共犯者であり、互いの魂を一番近くで支え合う半身のようなものだ。

 

 それでも、この狂った世界で最初に自分を強く抱きしめ、肯定してくれたのは彼女だったから、後ろめたさが拭えない。

 

『ふふっ……』

 

 クロッシングの向こう側から、ラクスの柔らかな笑い声が響いた。

 

『キラは、本当に……不器用で、優しくて、どうしようもない方ですね』

 

 彼女の思念には、怒りや嫉妬よりも、呆れと深い慈愛が入り混じっていた。キラの思考も、その胸の内に渦巻くイングリットへの複雑な感情も、そして自身の不甲斐なさへの反省も、ラクスにはすべて筒抜けなのだ。

 

『イングリットさんの心を、貴方なりに受け止めてあげたのですね。……事後報告になったことは、あとで少しだけ怒らせていただきますけれど』

 

『うん……本当にごめん。でも、今日、今しかないって思っちゃったんだ』

 

 キラは自嘲気味に心の中で呟く。もっとちゃんとかんがえて受け止めてあげれば良かったんじゃないかと思いながらも、あの場で泣き崩れる彼女を放っておくことなど、どうしたって出来なかった。

 

(ほんと、僕も懲りないなぁ……)

 

 ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルと、TC-OSのライセンス契約という綱渡りの取引を持ちかけた時も。

 

 オーブの影の支配者たるロンド・ミナ・サハクに、自身の野望と世界を変える覚悟を打ち明けた時も。

 

 危ない橋を渡る時、キラはいつも綿密な計画の途中でそれを放り投げ、その場の『ライブ感覚』で最も危険で、しかし最も確実な最短距離を突っ走ってしまう。

 

 いつか本当に致命的な痛い目を見るかもしれない。そう分かっていても、目の前で運命に泣いている女の子を見捨てられないのが、キラ・ヤマトという少年の宿業なのだ。

 

『それでですね、キラ。少し暇が出来ましたので、そちらにお伺いしようかと思いまして』

 

 脳の奥底に直接響く、鈴の音のように澄み切った、甘く柔らかな声。

 

 その唐突な申し出に、キラの肩がビクッと大きく跳ねた。

 

『え? あ、うん。それはかまわないけど、大丈夫なの?』

 

 プラントで多忙を極めているはずのラクスが、中立国とはいえ現在兵器開発を推し進めているオーブへお忍びでやって来る。

 

 政治的なリスクもさることながら、キラの心を激しく揺さぶったのは、他でもない「今、自分のすぐ隣のベッドで、一人の美少女が眠っている」という、極めて弁明の難しい状況下であったからだ。

 

 決して、やましいことはしていない。彼女の心に寄り添い、ただ涙を受け止めただけだ。

 

 だが、事前の相談もなく、危険なアコードの少女とサシで密会したという事実は動かしようがない。

 

『あら? キラはわたくしと会えるのが嬉しくはないと? 少し寂しいですわ』

 

 少しだけ声音を落とし、悪戯っぽく拗ねたような響きを帯びるラクスの思念。

 

 クロッシングを通じて伝わってくる彼女の感情は、本気で怒っていたり、疑っていたりするものではない。

 

 明らかに、しどろもどろになっているキラの反応を読み取り、わざとからかっているのだ。

 

『そ、そんなことないって! あぁ、いや、えーっと、……ごめん。ホントごめん』

 

 弁解しようとすればするほど言葉が絡まり、最終的にキラが出した答えは、ただひたすらの全面降伏と謝罪だった。

 

 自分の不器用さと、計画性なくライブ感覚で危険な橋を渡ってしまう危うさを、誰よりも心配してくれているのはラクスなのだ。

 

『ふふっ。構いませんわ。そこがキラの良いところですから』

 

 クスクスと、本当に楽しそうな笑い声が精神のリンクを通じて響き渡る。

 

 ラクスの放つ思念は、春の陽だまりのように温かく、キラの心にまとわりついていた緊張と罪悪感を、いとも容易く溶かしていった。

 

 ラクスは、優しい。

 

 けれどその優しさはイングリットの心を抉ってしまうかもしれないと危惧したのだ。

 

 だからこそ、すべての憎まれ役を被る覚悟で、キラ・ヤマトという一人の人間として、イングリットと正面からぶつかった。

 

 こうして彼女に「運命以外の安らぎ」を与えられたのなら、自分の身勝手な行動も少しは意味があったのだと思える。

 

(……でも、やっぱり敵わないな)

 

 キラは苦笑しながら、小さく息を吐いた。

 

 ラクスに相談しないで勝手に動いてしまった気まずさも、イングリットの涙を前にして心が揺れ動いた不甲斐なさも、クロッシングで繋がっている以上、結局のところすべてラクスには筒抜けなのだ。

 

 彼女は、キラが誰かのために無理をして泥を被ったことを完全に理解した上で、その重荷を半分背負うために「そちらにお伺いする」と言ってくれている。

 

 嫉妬や非難ではなく、愛する人がまた一つ抱え込んだ「迷子の魂」を、共に守り、育むために。

 

 どんなにスーパーコーディネイターとしての計算能力を駆使しても、この底知れぬ包容力を持つ少女には、一生勝てそうにない。

 

「……待ってるよ、ラクス。気をつけて来てね」

 

 声に出してそう呟くと、クロッシングの向こう側から、満開の花が咲くような深い喜びの思念が返ってきた。

 

 キラはもう一度、ベッドで静かな寝息を立てるイングリットへと視線を戻す。

 

 その穏やかな寝顔に、もう一度頭を撫でてから立とうとすると、イングリットの手が、まるで行かないでと典型的なお約束の様に自分の服の裾を掴んでいた。

 

 それを無理やり解いて行ってしまおうかと思えず、それこそ様々なスケジュールが山のように聳えていようとも、彼女の傍に今は居てあげようと腰を落としてしまうのは、やはりキラ・ヤマトという少年は女に弱い。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゆっくりと瞼を開けたイングリットの視界に飛び込んできたのは、窓の隙間から差し込むオーブの穏やかな光だった。

 

(……あぁ、なんて)

 

 深呼吸を一つした彼女は、自身の中に起きた劇的な変化に息を呑んだ。

 

 物心ついた時からずっと、彼女の胸の奥底にへばりついていた重い鉛のようなつっかえ。

 

 運命という名の鎖、決して報われることのないオルフェへの想いがもたらしていた、息が詰まるほどの澱みと痛み。

 

 それらが今、嘘のように消え去っていたのだ。

 

 代わりに彼女の心を満たしているのは、雲一つない『蒼穹』のように高く、澄み切った晴れやかな解放感。羽が生えたように身体が、そして何より心が軽かった。

 

 それもこれもすべて、今も隣でシーツに包まりながら、自身を優しく抱き締めたまま眠っている一人の少年の存在があったからだ。

 

 他者の思考を恐れて心を固く閉ざす必要は、もうどこにもない。

 

 『人を導くアコード』というあらかじめ用意された完璧なパッケージではなく、「イングリット・トラドール」という一人の人間として、彼は自分を真っ直ぐに見つめ、その涙を拭ってくれた。

 

「……キラ」

 

 薄い唇を震わせ、そっとその名を口の端に乗せてみる。

 

 たったそれだけのことで、胸の奥底からシュワシュワとはち切れるような甘い痺れと、心地よい温もりが全身の血液を巡っていくのを感じた。

 

 遺伝子に刻み込まれた絶対的なプログラムなんかじゃない。誰かに強制された役割でもない。今、この胸をキュンッと締め付ける切なくも熱い感情こそが、彼女が生まれて初めて自分自身の意思で手に入れた『宝物』だった。

 

(この気持ちを、絶対に離さない。……この心に従って生きられるなら、なんだって捨ててみせる)

 

 母アウラへの忠誠も、十数年かけて培ってきたアコードとしての全存在意義も。この穏やかな寝顔を守るためなら、今すぐ未練なくドブに投げ捨ててしまっても構わなかった。

 

 彼が終わらない明日へ向けて戦い続けるというのなら、自分はその隣で彼を守る絶対の盾になろうと、イングリットは密かに、しかし強固な決意を固める。

 

 ……と、そこまでは美しく、そして崇高な決意であったのだが。

 

 ふと冷静に現状を俯瞰したイングリットの脳内に、ひどく世俗的で、女の子としての素直な『疑問』と『不満』がもたげ始めた。

 

(……それはそうとして) 

 

 自身の身体を見下ろす。高級なホテルのシーツを一枚被っているだけで、その下は一糸纏わぬ完全なヌードである。

 

 しかも、自ら服を脱ぎ捨てて「惨めだから抱いて欲しい」とまで懇願し、あんなにも激しく身を委ね、密着していたというのに。

 

 目の前のこの無垢な少年は、本当にただの一度も、一切の手を出してこなかったのだ。ただ背中を撫でて、泣き疲れた自分を抱きしめたまま、彼自身も日々の激務の疲労からか、泥のようにスヤスヤと眠りに落ちてしまっている。

 

(大切にされるのは……すごく嬉しい。すごく嬉しいけれど……!)

 

 ここまで覚悟を決めて、すべてを曝け出した女を前にしてそのまま寝てしまうというのは、男として、いや、状況としてどうなのだろうか。

 

 アコードとしてのプライドはとうに捨てたが、女としてのプライドがほんの少しだけ疼く。あんなにも優しく心を解きほぐしてくれたのだから、いっそそのまま、彼の激しい情動で理性が焼き切れるほどに『メチャメチャ』にして欲しかった、という少し倒錯した本音も確かにあったのだ。

 

「……本当に、底抜けのお人好しなんだから」

 

 クスッと、イングリットは小さな笑みを溢した。 

 

 シーツの隙間から覗く、少しあどけなさを残した可愛い顔で、規則正しくスゥ、スゥと寝息を立てているキラ。

 

 その無防備すぎる姿が、イングリットの奥底に眠っていた『庇護欲』と、それとは真逆の『強烈な独占欲』を同時に掻き立てた。

 

 イングリットはそっと身動きを取ると、眠るキラの頭を両手で優しく包み込み、そのまま自身の豊かな胸の谷間へと、掻き抱くようにギュッと引き寄せた。

 

「ん……」

 

 微かに身を捩ったキラの顔が、イングリットの素肌に直接押し当てられる。彼の温かい寝息が、柔らかな肌をくすぐるように当たり、イングリットの背筋にゾクゾクとするような甘い感覚を走らせた。

 

(いっぱい、私の匂いを吸い込んで)

 

 密着した胸元。それは、イングリット自身の体温と香りが最も濃く立ち込める場所だ。

 

 規則正しく上下する彼の肺を、自身の甘い香りで満たしきってしまいたい。そうすれば、今彼が見ている夢の中にまで、自分が入り込んで、その意識を支配できるような気がしたから。

 

 イングリットは愛おしげに目を細めると、シーツの下で自身の滑らかな白い脚を、キラの脚へと這わせるように深く絡め取った。

 

 指先から足の先まで、少しの隙間もなく彼とぴったりと密着する。 

 

「……おはよう、私のキラ。夢の中でも……私だけを見ていてね」

 

 彼女は誰に聞かせるでもなくそう囁くと、幸せな温もりに満ちた少年の髪にそっと唇を落とし、彼が目を覚ますその時まで、この甘美な拘束を解くまいとさらに強く抱きしめるのだった。

 

「こんにちは、イングリットさん」

 

「え………?」

 

 自身の胸にキラの顔を抱き寄せ、その穏やかな寝息と温もりに浸っていたイングリットの耳に、突如として鈴の音を転がしたような、ひどく可憐で澄み切った声が響いた。

 

 心臓が跳ね上がる。

 

 声のした方へと視線だけを鋭く向けると、そこには、柔らかなピンク色の髪をなびかせた少女が、まるで微睡む小動物を愛でるような、微笑ましいものを見る目を向けて立っていた。 

 

 だが、イングリットの驚愕をさらに深めたのは、彼女の『格好』であった。

 

 その身を包んでいるのは、胸元の生地こそ絶妙な濃さで頂を隠しているものの、それ以外の部分は素肌が完全に透けて見えるほどに薄い、扇情的な『スケスケの黒いランジェリー』だったのだ。

 

 彼女が放つ、どこか神聖ですらある清らかな雰囲気とはあまりにも対極。しかし、それがかえって背徳的なまでに蠱惑的な魅力を放ち、同性であるイングリットの目すらも一瞬釘付けにしてしまうほどの破壊力を持っていた。

 

「なっ、あっ、なっ……!?」

 

「ふふっ。お静かに。……キラが起きてしまいますわ」

 

 混乱のあまり言葉にならない声を漏らすイングリットに対し、ピンク髪の少女は人差し指を自身の唇に当てて、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 彼女は足音一つ立てない軽やかな歩みでベッドサイドへと歩み寄ってくると、愛おしそうに目を細め、イングリットの胸元でスヤスヤと寝息を立てているキラの顔を覗き込んだ。

 

(キラが、取られる……!) 

 

 イングリットの脳内に、理屈を超えた警鐘が鳴り響いた。

 

 反射的に、彼女はキラの頭と背中に回していた腕の力をグッと強め、誰にも──目の前の得体の知れない美少女にすら絶対に渡すまいと、その身体を自分の方へとさらに深く引き寄せてロックした。

 

「大丈夫ですわ。わたくしは、貴女からキラを取ったりなどしませんから」

 

 警戒を露わにするイングリットの心を見透かしたように、少女はふわりと微笑みを深めた。

 

「あ、貴女は、誰……っ!?」

 

「わたくしは、ラクス・クラインですわ」

 

「ッ!?」

 

 その名を聞いた瞬間、イングリットの全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

 

(プラントの歌姫が、どうしてオーブに……!?)

 

 ここは、今回の極秘会談のためにオーブ行政府が特別に用意した最高級ホテルのスイートルームであり、厳重な警備が敷かれている。部外者など絶対に立ち入れるはずがない空間だ。

 

 いや、それ以前に──彼女は。

 

(オルフェが、運命の伴侶だと定められた、あの女……!)

 

 かつてのイングリットであれば、この完璧な「王女」を前にして、圧倒的な劣等感と諦観に打ちのめされ、自ら身を引いていただろう。

 

 だが、今の彼女は違った。

 

 機能としての役割など、とうの昔に捨て去ったのだ。

 

 彼女の心を満たしているのは、ただ目の前で自分を抱きしめ、温めてくれたキラ・ヤマトへの狂信的なまでの愛情だけ。

 

 イングリットは、怯むどころか、獲物を守る雌豹のように鋭い眼光でラクスを真っ直ぐに睨みつけた。 

 

「……何の用? 彼には、指一本触れさせないわよ」

 

 その威嚇すらも、ラクスはどこか嬉しそうに受け止めているようだった。

 

「ふふっ……イングリットさん。貴女は、キラの『好み』をご存知ですか?」

 

「え……? なによ、急に」 

 

 警戒度を最大に引き上げていたイングリットは、予想外すぎる角度からの質問に毒気を抜かれ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 ラクスはベッドの端にそっと腰を下ろすと、黒いランジェリー越しの艶かしい脚を組み替えながら、とんでもない極秘情報を口にした。

 

「キラはこう見えて、実は少しばかり乱暴なシチュエーションや、『半脱ぎ』という状態がお好きですの。……最初から全てを脱いでしまわれるより、そちらの方が燃え上がるタチでして。もし貴女がドレスを半分残したまま誘っていらしたら、或いは今頃は──ふふっ」

 

「っ……~~~!?」

 

 ラクスの言葉が耳に届いた瞬間。

 

 イングリットの明晰な脳裏に、自らの意思とは無関係に、極めて生々しい『幻視』が再生されてしまった。

 

 肩紐だけがずり落ち、胸元や太ももが中途半端に露わになったドレス姿の自分。

 

 そして、そんな自分を見下ろすキラの瞳から「いつもの優しさ」が消え失せ、飢えた獣のような昏い熱を宿し、荒々しい手つきで自分を乱暴に組み敷いてくる──という、シチュエーション。

 

「あ……ぅっ……」

 

 ただ想像しただけだというのに。

 

 イングリットの下腹部の奥深くが、ドクン、と熱を帯びて重く疼き始めた。

 

 先程まで「大切にされるのは嬉しいけれど、少し物足りない」と感じていた彼女の本能に、ラクスの言葉は見事に火をつけてしまったのだ。

 

 顔を真っ赤にして息を荒らげるイングリットの様子を見て、ラクスは「あらあら」と満足げに微笑むと、まるで長年の友人に接するかのように、穏やかな視線を二人へと向け続けていた。

 

「んっ……なに、くるしいよ……イングリット」

 

 自身の脳内で繰り広げられたあまりにも過激な妄想と、ラクスからの「ぶっ飛んだ爆弾発言」のせいで、イングリットは無意識のうちに腕に強烈な力を込めてしまっていたらしい。

 

 柔らかな双丘の谷間に顔を埋められ、文字通り息ができなくなったキラは、酸素を求めてもがくように身を捩り、目を覚ました。

 

「あっ、ごめんなさい……っ」

 

「おはようございます、キラ。とは言っても、もうお昼なのですけど」

 

「んー、おはよう、ラクス…………って、え? ラクス!?!?」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、聞き慣れた愛おしい声に条件反射で挨拶を返したキラだったが、数秒遅れて脳内を駆け巡った情報に、心臓が口から飛び出そうになるほどの衝撃を受けた。

 

「ひゃっ……ぁっ」

 

 キラが弾かれたように急激に顔を動かしたことで、イングリットの極めて敏感な素肌に彼の頬や鼻先が強く擦れ、彼女の口からゾクッとするような甘くかすれた嬌声が漏れる。 

 

 しかし、今のキラにその艶かしい声を楽しむ余裕など一ミリも存在しなかった。

 

 彼の視線の先には、ベッドサイドに腰掛け、両手を膝の上で上品に重ねながら、ニコニコと聖母のような微笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいるラクス・クラインの姿があったからだ。

 

 サーーーッ、と。 

 

 キラの顔から、比喩ではなく物理的に血の気が引いていく音が聞こえるようだった。

 

「や、これは、えっと、な、ラクス、いつ、や、だから、そ、そう! イングリットが離してくれなかったからさ! 決してやましい事をしたわけじゃなくて、ただ泣き疲れて寝ちゃった彼女を放っておけなくて……っ!」

 

 シーツ一枚の下で、一糸纏わぬ全裸の絶世の美少女と脚を絡ませ、抱き合ったまま昼まで熟睡していた。

 

 いくら事実として「肉体的な交わり」がなかったとしても、キラ・ヤマトという健全な少年の倫理観と胸中において、これは男として最早いかなる弁明も通用しない、現行犯での『完全なる不義』の構図である。

 

 あたふたとおかしな身振り手振りを交えながら、必死に誤解を解こうと早口でまくし立てるキラの姿は、まさに死刑宣告を待つ哀れな罪人のそれだった。

 

「キラ」

 

「は、はいっ!!」

 

 弁解をピシャリと遮る、短くも威厳のある呼びかけ。キラは軍隊の教練でも見せないほどの見事な返事を返す。

 

 そんな彼を見て、ラクスは悪戯を成功させた子供のように目を細め、ゆっくりと自身の胸元へと両手を添えた。

 

「わたくしのお衣装、如何でしょうか?」

 

「うぇ!? いや、えっと、……その」

 

 ラクスからの予想外すぎる問いかけに、キラの視線が自然と彼女の全身へと誘導される。

 

 プラントの最高評議会で見せるような威厳あるドレスでも、普段の清楚な私服でもない。そこにあるのは、キラの理性を直接焼き切るために用意されたとしか思えない、『スケスケの黒いランジェリー』だった。

 

 透けるような白い肌と、絶妙な濃さの布地で隠された頂。そして、普段の彼女の神聖な雰囲気と、目の前にある娼婦のように蠱惑的な装いの『圧倒的なギャップ』。

 

「キ、キラ!?」

 

 その瞬間、イングリットがビクッと肩を震わせ、信じられないものを見るような目でキラを見上げた。 

 

 密着して絡み合っている彼女の太もも、そして寝起きの男の身体。

 

「ああ、待って! 誤解だからイングリット! 男はその、寝起きの生理現象というか、決してラクスを見て変なスイッチが入ったわけじゃなくて、いや入ったかもしれないけどしかたなくて!」

 

「な、なにを言ってるのよ貴方……っ!」

 

 男の熱。それが、目の前のピンク髪の少女の姿を見た瞬間に一瞬で限界突破したことに、イングリットは羞恥と、ほんの少しの理不尽さを感じて顔を真っ赤にして抗議する。

 

「キラ?」

 

 言い訳を続けるキラを、ラクスは逃がさない。少しだけ首を傾げ、艶やかな声で追撃を仕掛ける。

 

「あぅ……だから、その……凄く、綺麗」

 

 完全に退路を断たれたキラは、顔から火が出るほど赤面しながら、蚊の鳴くような声でついに白状した。スーパーコーディネイターの明晰な頭脳も、この二人の美少女に挟まれた極限状況下では全く役に立たなかった。

 

「まあ! 嬉しいですわ」

 

 ラクスは花が咲くような満面の笑みを浮かべると、ベッドに手をついて身を乗り出し、キラの顔のすぐ近くで、悪魔のように甘い囁きを落とした。

 

「でも素直に、『エッチ』、と、言ってしまってもよろしいのですよ?」

 

「キ、キラァ!?」

 

 イングリットの限界を超えた悲鳴に近い声が、オーブの高級ホテルのスイートルームに響き渡る。

 

(ああ……なるほど。これが、ラクスを怒らせた僕への罰なんだ……)

 

 イングリットにサシで会いに行ったこと。結果として彼女の心を解きほぐし、自身のテリトリーに引き入れてしまったこと。

 

 そのすべてをクロッシングで把握した上で、ラクスは怒るでもなく、泣くでもなく、キラ自身が最も逆らえず、最も赤面する『最上級のからかいと誘惑』をもって、彼を完全に制圧しに来たのだ。

 

 太ももに当たる自身のどうしようもない熱と、真っ赤になって混乱するイングリット、そして全てを掌握して蠱惑的に微笑むラクス。

 

 最早彼女の掌の上で永遠に転がされ、遊ばれるのが今回の不義への罰なのだと、キラ・ヤマトは深い絶望と、それに相反する途方もない幸福感の中で、大人しくその運命を受け入れるしかなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 オーブの穏やかな昼下がり。高級ホテルの吹き抜けになったティーラウンジには、優雅なクラシックの生演奏と、微かな波の音がBGMとして流れていた。

 

「やあ、少年! ご苦労さん。いや、もう少年、というべきではないかな?」

 

 どこからどう見てもリゾート地を満喫しているとしか思えない、派手なアロハシャツに麦わら帽子、そして濃いサングラスという出で立ちの男──『砂漠の虎』ことアンドリュー・バルトフェルドが、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて片手を上げた。

 

 その正体と、彼がわざわざ待ち構えてからかっている「理由」を痛いほど理解しているキラは、深く重いため息を一つ吐くと、彼らの向かいにある空いている椅子を力なく引っ張って腰を下ろした。

 

「おはようございます、バルトフェルドさん……」

 

 そして、通りかかったボーイを呼び止めると、限界まで疲弊した脳と身体を叩き起こすために、一番キツいブラックコーヒーを注文した。

 

「ふふ。男の子を卒業したのに、なんだかヨレヨレね」

 

 バルトフェルドの隣に座る、蠱惑的な美貌を持つ女性──アイシャが、ソーサーにティーカップを置きながらクスクスと艶やかに笑う。

 

 彼女は、目の前の椅子に沈み込むように座るキラの、文字通り精気を吸い取られたような顔色を見て、ちょっとオトナになった男の子の門出を胸の内で優しく祝福していた。

 

 二人の規格外の美少女に翻弄され尽くした結果が、この絞りカスのような有様であると、大人である彼女には容易に想像がついたからだ。

 

「ええ、まぁ、はい…」

 

 反論する気力すらないキラは、曖昧に言葉を濁して視線を落とした。

 

 そんなキラの様子に、バルトフェルドはわざとらしく身を乗り出し、アイシャの肩をグッと抱き寄せた。

 

「おや、ダメだぞ少年。アイシャは僕のだからね?」

 

「もう、アンディったら。仕方ないわよ。まだ頭の中がぽわぽわしてるもの」

 

「大丈夫です。他人の恋人に手を出したりなんてしませんから」

 

 キラは、運ばれてきたブラックコーヒーの香りで誤魔化すように、ひどく真面目なトーンで真っ直ぐに返した。だが、その言葉尻を、歴戦の将であるバルトフェルドは見逃さなかった。

 

 サングラスの奥の眼が、わずかに鋭い光を帯びる。

 

「おや。確か彼女には、立派な婚約者が居たはずだと記憶しているが?」

 

 その指摘に、キラは心臓の奥を冷たい針で深く刺されたような痛みを覚えた。ラクス・クラインの公式な婚約者。プラント最高評議会議長パトリック・ザラの息子。

 

「勘弁してください……アスランは別ですから」

 

 疲労困憊の頭を抱え込むようにして、キラは苦渋に満ちた声で呟いた。

 

「んん? 僕はひと言も言ってないが?」

 

「…………親友、なんです。子供の頃、コペルニクスで。幼馴染で」

 

 ポツリと、キラの口から零れ落ちた真実。

 

 その重い響きに、バルトフェルドの口元の悪戯っぽい笑みがスッと消え、アイシャもまた、痛ましそうに伏し目がちになった。

 

 ある程度大きくザフト軍の内情を熟知し、あの血塗られたヘリオポリス襲撃の顛末を情報として得ているバルトフェルドの頭の中で、すべてのピースが残酷なまでにピタリと噛み合った。

 

 プラントの歌姫の婚約者であるアスラン・ザラ。彼が、キラにとっての無二の親友であり──それがよりにもよって、中立コロニー・ヘリオポリスで極秘裏に開発されていた連合のG兵器を強奪したクルーゼ隊の隊員であったこと。

 

 そして、目の前にいるこの優しすぎる不器用な少年が、昨日まで笑い合っていたはずの親友と、互いに銃を向け合わなければならなかったという地獄のような事実。

 

「……やはり、戦争は好きにはなれんよ」

 

 バルトフェルドは、カップに残っていた少し冷めたコーヒーを飲み干すと、サングラスを押し上げながら、ひどく自嘲気味に、そして静かな怒りを込めて吐き捨てた。

 

 友と友が殺し合い、互いの大切なものを奪い合う。運命という名の歯車に巻き込まれた若者たちが、悲鳴を上げながら互いの命を削り合う。

 

 そんな狂気の世界で、誰が正義や勝利などという幻想を信じられるのか。

 

「ええ……誰も、戦争を好きな人なんていませんよ。儲けられる人とか、余程の狂人でないと」

 

 キラはそう静かに締めくくった。

 

 熱すぎるブラックコーヒーを口に含む。舌を焼くような強烈な苦味が、甘く蕩けきっていた思考の残滓を綺麗に洗い流し、目前に迫る過酷な現実へと、少年の意識を冷徹に引き戻していくのだった。

 

「……苦っ」

 

 思わず顔をしかめるキラを見て、バルトフェルドは愉快そうに肩を揺らして喉を鳴らす。

 

「大人の味ってやつさ。もっとも、色々と『大人の階段』を駆け上がりすぎた今の君なら、砂糖とミルクをたっぷり入れて甘やかした方がお似合いかもしれないがね」

 

「アンディ、意地悪言わないの」

 

 アイシャが窘めるようにバルトフェルドの腕を軽くつつく。その優雅な所作と、二人の間に流れる確かな信頼と愛情の空気は、色々な意味で限界を迎えているキラにとって、少しだけ眩しく、そして不思議と落ち着くものだった。

 

「……親友と戦った時の気分はどうだった?」

 

 不意に、バルトフェルドのサングラスの奥の双眸から冗談めいた光が消え、歴戦の指揮官たる『砂漠の虎』の鋭さでキラを真っ直ぐに射抜いた。

 

「……最悪ですよ」

 

 キラは視線を、かすかに波打つコーヒーカップの液面へと落とした。漆黒の水鏡に映る自分の顔は、確かにひどく疲弊し、ヨレヨレになっていた。

 

「アスランは、誰よりも真面目で、責任感が強いから。自分が正しいと信じた道のためなら、そこへ真っ直ぐ突っ走って……例え僕が止めても、決めたことならやる。それがアスランだから」

 

 バルトフェルドはゆっくりと自身のカップを持ち上げ、芳醇な香りを嗅ぎながら静かに応じた。

 

「だが、君も引かなかった。引けなかった、と言うべきかな?」

 

「ええ。僕にも……守りたい人たちがいましたから」

 

 アークエンジェルの仲間たち。

 

 そして、プラントから遠く離れたオーブで、彼をからかいながらも全てを受け入れてくれる桃色の髪の歌姫。

さらには、つい先ほど、シーツの中で泣きじゃくりながら自身に運命を預けてきた、青髪の少女の温もりも。

 

「戦争は、人を狂わせる。狂わなければ、昨日まで笑い合っていた相手に引き金を引くことなどできんからな」

 

 バルトフェルドの言葉には、かつてアフリカ戦線で多くの命を奪って来た深く重い響きがあった。

 

「だが、君は狂いきれていない。……狂って、全てを兵士としての論理で割り切ることを、君自身が許していない。だからそんなにヨレヨレになるんだ」

 

「……だとしたら、僕は一生、ヨレヨレのままかもしれませんね」

 

 キラは力なく微笑むと、再びブラックコーヒーを煽った。

 

 胃の腑に落ちる熱い苦味の奥に、ほんの少しだけ酸味が混じる。

 

「狂って、何も感じなくなってしまったら、きっと……誰の涙も、拭ってあげられなくなりますから」

 

 それは、己の手を血で汚し、心身を削りながらも、決して他者の痛みを切り捨てまいとするキラ・ヤマトという少年の、不器用で、けれど揺るぎない決意の表明だった。

 

 バルトフェルドは少し驚いたように眉を上げ、やがて満足げに、そしてひどく優しく笑った。

 

「……なるほど。立派な男になったじゃないか、少年。……いや、キラ・ヤマト」

 

「ふふっ、本当に。いい男になったわね。……あの子たちがいじめたくなる気持ちも、少しわかるわ」

 

 アイシャもまた、慈しむような目でキラを見つめ、意味深な笑みを浮かべた。

 

 平和な中立国オーブ、その最高級ホテルのティーラウンジ。

 

 穏やかなBGMとコーヒーの香りに包まれているが、窓の向こうに広がる青空の先には、今も終わらない殺し合いの世界と、逃れられない運命の歯車が回り続けている。

 

 それでも、この苦いコーヒーを飲み干せば、また立ち上がって歩き出せる。

 

 キラは、自分を案じてくれる大人たちの優しさを噛み締めるように、空になったカップを静かにソーサーへと置いた。

 

 

 

 




戦友として一番頼りにして背中預けられるのが今のところムウさんなら、大人として気負わずに甘えられるのはバルトフェルドさんって具合ですね。

多分FREEDOMの宣伝のアレだとここのキラはマリューさんとじゃなくて、真ん中にキラが居て左右にバルトフェルドさんとアイシャが写ってるかも。カメラマンはダコスタ君だ。

他にもカナードとカガリとセットもあるかも。

あと後ろにティエレンが聳え立っているワンショットは必ずあるものとする。
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