やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-78 グレイズ・ショック

 

 先日「少数のハイペリオンによる機動戦」という新たな軍事ドクトリンを全会一致で可決したばかりの将官たちは今、苦虫を噛み潰したような顔で、ジャンク屋組合から流れてきた真新しい機体のカタログスペックを睨みつけていた。

 

『自衛戦闘用民生MS フレック・グレイズ』

 

 自衛、民生用。そう銘打たれてはいるが、その武装リストを見れば、これが純粋な「戦闘用」として設計された殺戮兵器であることは火を見るより明らかだった。

 

 ノーマルのティエレンが「重機としての運用」を前提とした滑腔砲と胸部30mm機銃という構成であったのに対し、フレック・グレイズの基本兵装は、装甲の隙間を的確に穿つ貫通能力に優れた90mmサブマシンガン、白兵戦で装甲ごと叩き割るハンドアックス、そして牽制や弾幕に長けた頭部ミサイルランチャー。

 

 取り回しを極限まで重視し、機動力で敵を翻弄しながら急所を的確に削り取る、生粋のインファイターの装備である。

 

「……またしても、あのオーブの少年の掌の上というわけか」

 

 ユーラシア軍の最高司令官が、重々しい溜息と共に沈黙を破った。

 

 ユーラシア連邦は今、重大なジレンマに直面していた。

 

 機動戦力として量産化を進めようとしていた自国製ガンダム『ハイペリオン』。

 

 その最大の特徴である絶対防御シールド「アルミューレ・リュミエール」は確かに魅力的だったが、同時に致命的な欠陥を抱えていた。

 

 最大展開時、わずか5分で機体の全バッテリーを使い果たしてしまうという、エネルギー効率の絶望的な悪さである。

 

 この弱点を克服する最も手っ取り早い方法は、オーブから公開された『ニュートロンジャマーキャンセラー』を用いて、機体に核エンジンを搭載することだ。

 

 しかし、それは絶対に許されない。NJCのライセンス要項には「軍事転用禁止」が絶対条件として刻まれている。もしユーラシアが密かに核エンジン搭載のハイペリオンを造ろうものなら、怒れるオーブによって即座にTC-OSのライセンスを打ち切られ、全軍の主力を担うティエレン部隊が一瞬にして「動かない鉄の案山子」へと変えられてしまう。

 

 国家の防衛線をたった一つの規約違反で崩壊させるわけにはいかないのだ。

 

「5分しか戦えない高価な機体を無理に数揃えるなど、兵站と予算の無駄だ。……だが、この『フレック・グレイズ』はどうだ?」

 

 一人の将校が、熱を帯びた声でスクリーンを指差した。

 

「ティエレンと同じ徹底したモジュールブロック構造! 戦場のど真ん中であろうと、パーツさえあればレストアが可能な整備性。しかも、我が軍にすでに存在するティエレンの生産ラインをそのまま流用できるのだぞ!」

 

 その言葉に、他の将官たちも次々と頷き始めた。

 

 小さく、足が速く、コストが圧倒的に安い。

 

 そして何より、ユーラシア軍最大の弱点であった「ビーム兵器への耐性」と「機動戦」を、ナノラミネート装甲と小型ボディによる機動力で完璧にカバーしている。

 

「実弾と砲撃戦には、無敵の重装甲を誇る『ティエレン』を当てる。そして、ビーム兵器と高速機動戦を仕掛けてくる敵には、この『フレック・グレイズ』を差し向ける。……この二機種を混成部隊として運用すれば、あらゆる戦局に完璧に対応できる!」

 

 まさに、ユーラシアが喉から手が出るほど欲していた「足りないピース」へと、寸分違わず完璧に当て嵌まる機体であった。

 

 同じ設計思想、同じ生産ライン、同じOSで動く、ティエレンの弟分。

 

 ハイペリオンという「見栄」に固執し、予算を食いつぶすよりも、このフレック・グレイズをジャンク屋組合から大量購入あるいはライセンス生産した方が、軍の総合力は比較にならないほど跳ね上がる。

 

「ハイペリオンの量産計画は、事実上の『凍結』とする。アルミューレ・リュミエールのバックパック生産ラインだけを動かしティエレンへの搭載を急がせろ」

 

 最高司令官の決断は早かった。プライドよりも実利、そして「兵士の生存率」を最優先するユーラシアの軍人魂が、そうさせたのだ。

 

「全軍に通達! 今後、我がユーラシア連邦の陸戦兵科は『ティエレン』を主力とし、機動戦科は『フレック・グレイズ』への転換を図る! 即座にジャンク屋組合へコンタクトを取り、機体とパーツをありったけ掻き集めろ!」

 

 ユーラシア連邦は、自国の軍事ドクトリンをわずか一ヶ月足らずで再び書き換えた。

 

 彼らが選んだのは、高価な一騎当千のガンダムではなく、オーブの死の商人が生み出した「泥臭く、しかし絶対に死なないための最強の量産機コンビ」であった。

 

 かくして、ユーラシアの大地には、重厚なティエレンの足音と共に、甲高く風を切り裂くフレック・グレイズの駆動音が鳴り響くこととなる。

 

 世界はまた一つ、キラ・ヤマトの引いた図面通りに、強固な防衛の盾を厚くしていくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 C.E.世界において、「片付けるために現役兵器を日常的に触る」という極めて特殊な立ち位置から、非武装の原則と不可侵権という矛盾したルールの上に成り立つ『ジャンク屋組合』。

 

 彼らは今、かつてない規模の「特需」と、それに伴う「命の危機」、そして政治的判断の板挟みに陥り、組織の根幹を揺るがす未曾有のパニック状態にあった。

 

 事の発端は、オーブの技術士官キラ・ヤマトから供与され、ジャンク屋組合が「自衛用民生MS」として独占販売権を握っていた『ティエレン』である。

 

 最初はジャンク屋の護衛やデブリ回収の重機として非常に重宝されていたこの機体が、あまりにも安価で頑丈すぎたが故に、ユーラシア連邦の主力量産機として採用され、あろうことか海賊・盗賊・テロリストにまで爆発的に普及してしまったのだ。

 

 その結果何が起きたか。

 

 宇宙空間や紛争地帯において、純粋なジャンク屋の仕事としてティエレンに乗って作業をしているだけで「ユーラシア軍だ!」「ブルーコスモスのテロリストだ!」と誤認され、ザフト軍から問答無用で集中砲火を浴びる事態が多発したのである。

 

 「自衛用」の機体に乗ったがために命を落としかけるという本末転倒な事態に、現場のジャンク屋たちからは組合本部へ非難が殺到した。

 

「ティエレンに乗ってると問答無用で殺される! しかもザフトの『ジン』に狙われたら、こっちの機動性が低すぎて逃げ切ることもできない! ヤマトの坊主に頼んで、ジンから逃げ切れてビームも弾ける新しい自衛機を造ってもらってくれ!」

 

 現場からの悲痛な要請を受け、キラ・ヤマトが叩きつけてきた回答。

 

 それが、小型高機動・超絶ビーム耐性・徹底的な生産性の高さを誇る、狂気の自衛戦闘用民生MS『フレック・グレイズ』であった。

 

 その圧倒的なコストパフォーマンスと生存性の高さは、ジャンク屋たちを大いに喜ばせた。……と同時に、その「良すぎるスペック」は、再び各国の正規軍のヨダレを垂らさせる結果を招いた。

 

「プラント国防委員会から、ダミーカンパニー経由で『フレック・グレイズをあるだけ全て売ってくれ。相場の三倍出す』との接触がありました! 同時に、ユーラシア連邦からも『フレック・グレイズのライセンス生産契約を結びたい』との正式な打診が来ています!」

 

 ジャンク屋組合本部。無数のモニターと通信機が並ぶ喧騒の中、報告を受けた組合の幹部たちは頭を抱えていた。

 

 まだリーアム・ガーフィールドが組合長として強力な統制を敷く前の時代である。現場主義の寄せ集めである組合の上層部は、この途方もない利権と危険性の前で完全に意見が割れていた。

 

「バカな! プラントやユーラシアにまたこの『フレック・グレイズ』を売り払ってみろ。数ヶ月後には、戦場がこの機体で埋め尽くされて、また『ジャンク屋が正規軍に誤認されて撃たれる』というティエレンの二の舞になるぞ!」

 

「しかし、相手は世界二大勢力のザフトとユーラシアだぞ! 『売らない』と突っぱねて、組合の不可侵権を盾に守りきれる確証がどこにある!? もし強硬手段に出られたら、俺たちは全滅だ!」

 

「そもそも、このフレック・グレイズは『自衛戦闘用民生MS』だ。正規軍に兵器として横流しすれば、組合の『特定の正規勢力に与してはならない』という規定違反スレスレだぞ!」

 

 怒号と悲鳴が飛び交う中、一人の古参幹部が重々しく口を開いた。

 

「……落ち着け。まずは、フレック・グレイズという機体の『本質』を冷静に分析するんだ」

 

 幹部たちは、設計図と稼働データに目を落とした。 

 

 フレック・グレイズは確かに、ナノラミネート装甲による驚異的なビーム耐性と、90mmサブマシンガンや小型アックスによる強力な自衛火力、そしてジンを凌駕する機動性を持っている。

 

 だが、その代償として、13.8mという小型で限界まで絞り込まれたフレーム設計は、「発展性・拡張性が皆無の、ギチギチの設計」であった。

 

 ティエレンが、様々なアタッチメントや作業用マニピュレーター、重機としてのカスタムパーツを後付けできる「拡張性の広さ」を持っていたのに対し。

 

 フレック・グレイズは、大口径砲を積むことも、大掛かりな作業用クレーンを増設することもできない。純粋な『戦闘と護衛』に特化しすぎており、ジャンク屋本来の「ジャンクを回収し、分解・再生する」という作業用重機としては、非常に使い勝手の悪い機体なのだ。

 

「なるほど……ヤマトの坊主は、これを分かっていてこのギチギチの設計にしたんだな」

 

 古参幹部は、オーブにいる少年の優しくも狡猾な思考を読み取り、ニヤリと笑った。

 

「テロリストや軍が奪ったところで、大規模な破壊活動に使えるような重火器は物理的に積めない。……ならば、やりようはある」

 

 ジャンク屋組合は、長時間の紛糾の末、一つの「狡猾な政治的妥協案」へと辿り着いた。

 

「プラントへの機体売却、およびユーラシア連邦とのライセンス生産契約については……『条件付きで承諾』する!」

 

「な、なんだと!? それじゃあまた誤認されて──」

 

「最後まで聞け! ただし、彼らに渡すのは機体のカラーリングと、OSの識別信号を『軍用』として完全に固定し、ジャンク屋組合のものとは物理的に書き換え不可能なプロテクトを掛けた『正規軍仕様モデル』のみとする! そして、我々ジャンク屋組合が使用するフレック・グレイズは、視認性の高いオレンジや黄色の専用カラーを義務付け、作業用の牽引ワイヤー等を固定装備させた『ジャンク屋仕様モデル』として、外見から明確に区別できるようにする!」

 

 それは、中立組織としてのグレーゾーンを攻めるギリギリの綱渡りであった。

 

「私たちはあくまで『民生用機体』を一般市場に販売し、他国と『ライセンス契約』を結んだだけです。それを購入した国が軍事転用しているのなら、それは購入者側の問題であり、組合が特定の勢力に直接与したわけではありません」という、白々しいが建前としては通る言い訳である。

 

 そして、外見(カラーリングと作業用艤装)とIFFの明確な差別化により、「あれはジャンク屋の機体だ、撃つな」という不可侵権を辛うじて機能させようという腹積もりであった。

 

「それに、ユーラシアやプラントがこのフレック・グレイズを量産すれば、奴らは必然的に最前線でこれを使う。壊れた機体やパーツの『ジャンク』が、また宇宙と地上に大量にばら撒かれる。……それを一番効率よく回収し、修理・再販できるノウハウを持っているのは、世界で我々『ジャンク屋組合』だけだ」

 

 幹部の言葉に、会議室の空気が一変した。 

 

 恐るべき商魂の逞しさ。他国が流した血と鉄屑を、そのまま自分たちの利益へと変換する無限のエコサイクル。

 

「ヤマトの坊主がくれたこの機体は、俺たちにとっては身を守る盾であり、世界中にばら撒くほど儲かる最高の『商品』だ。……さあ、急いでユーラシアとプラントの代理人に連絡を取れ! 値引き交渉には一切応じるな、ライセンス料は通常の倍額からスタートだ!」

 

 こうして、ジャンク屋組合は「ティエレンの二の舞」になる危険性を十分に理解しながらも、その莫大な利益と、正規軍からの圧力という現実の前に、フレック・グレイズという新たな火種を世界へとばら撒く決断を下した。

 

 しかし、彼らもまだ気づいていなかった。 

 

 小型で機動性が高く、ビームを無効化するこの機体が、ザフトと地球軍の戦闘ドクトリンをどれほど根底から破壊し、泥沼のインファイトという新たな地獄をコズミック・イラにもたらすことになるかを。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんだか、もの凄く雲の上人になっちゃったわね、キラく、あ、ヤマト准将」

 

 モルゲンレーテ本社の片隅、かつては無骨な整備室の隣に追いやられていた彼らの溜まり場は、今や厳重なセキュリティと最新鋭の設備が整えられた専用のラウンジへと変貌していた。

 

 その入り口で、いつものクセでキラの名前を呼ぼうとしたアサギ・コードウェルが、ハッとして慌てて背筋を伸ばし、訂正する。

 

 彼女の瞳には、ほんの少し前までただの「才能ある年下の男の子」であった彼が、たった数日でオーブ全軍を震え上がらせる『准将』の階級章を胸に輝かせている事実に対する、隠しきれない戸惑いが滲んでいた。

 

「ああ、いや。そんな改まらなくても大丈夫ですって。アサギさん。今まで通りで」

 

 キラは階級章の重さなど微塵も感じさせない、いつも通りの柔らかな苦笑いを浮かべて両手を振った。

 

「そうそう。キラ君が良いって言ってるんだから良いじゃん。堅苦しいのは苦手だよね、キラ君」

 

「アンタは少し遠慮ってものを覚えなさいよ……。相手は今や、世界の命運を握る将官なんだからね」

 

 背後からヒョイと顔を出し、相変わらずスキンシップが激しく、全く物怖じしない気さくなマユラ・ラバッツに、アサギは深く溜息をつきながら呆れ顔を見せた。

 

 マユラはそんな小言などどこ吹く風とばかりに、キラの腕に自分の腕を絡め、興味津々の顔で彼を下から覗き込んだ。

 

「で? 結局誰と何処でヤッたのか、お姉さんに白状なさい! こんなに急に大人の余裕出しちゃって、絶対なんかあったでしょ!」

 

「言えるわけないでしょ。……色々とあるんですから」

 

 少し前までなら、こんな風にからかわれると、分かりやすく顔を真っ赤にして「な、何言ってるんですかっ!?」としどろもどろになっていた、可愛い童貞男の子の典型的な反応を見せていたはずのキラ。

 

 しかし今の彼は、少しだけ伏し目がちに遠くを見るような、大人びた表情を見せた。いつの間にか大人の階段を登ってしまったらしい彼の反応に、マユラは不満げに口を尖らせ、キラの腕を自身の豊満な胸の谷間にグイグイと押し付けながらさらに詰め寄った。

 

 前ならパニックを起こして逃げ出していたのに、今はまるで凪いだ水面のように、静かに、しかし確固たる意志を持って反応をしてくれなくなったのだ。その微かな寂しさと、妙な色気に、マユラ自身も内心少しドギマギしてしまう。

 

「それよりキラ、あー、ヤマト准将。……わざわざ私達を呼び出したお話って?」

 

 ジュリ・ウー・ニェンも、いつものクセでキラと相対しそうになって慌てて姿勢を正し、眼鏡の奥の理知的な瞳をキラに向けた。

 

 雑談のために、多忙を極める彼がわざわざM1アストレイのテストパイロットである自分たち三人だけを呼び出すはずがない。

 

「……はい。実は、ちょっと新しい会社を作るんです。だからまぁ、引き抜きに来たんですけど」

 

「え? マジ? やったぁ!! キラ君大好き! ずっと一緒だね! お姉さんがご褒美にハグしてやるぞー!」

 

「ちょっ、マユラさん、それは流石に恥ずかしいですって……!」

 

 キラの言葉の意味を理解するより早く、歓喜の声を上げたマユラがキラの顔を胸に掻き抱くように強く抱き締める。

 

 さすがのキラも、その豊満な感触とシャンプーの甘い香りに包まれ、無反応を貫くのは無理だったらしく、顔を真っ赤にしてジタバタと抵抗を始めた。その初々しい反応に、アサギとジュリも思わず吹き出してしまう。

 

「こらこら、マユラ。潰れるわよ。……でも、新しい会社って。モルゲンレーテじゃダメなの?」

 

 ジュリがマユラを引き剥がしつつ、冷静に核心を突く質問を投げかけた。

 

「准将になっても、僕はあくまで技術将校ですから。それに、今後の研究機関の立ち上げや、NJCの複雑な特許関係。それから……僕がこれまで造ってきた様々な装備の利権周りを整理して管理するには、モルゲンレーテのような国営・半官半民の企業システムを通すより、独立した個人カンパニーの形にする方が、政治的なしがらみも少なく、圧倒的に使い勝手が良くて困らないって……ウズミ様とミナ様に言われまして」

 

「あー、成る程ね。完全に大人の事情ってわけだ」

 

 キラの淀みない説明に、ジュリは深く納得したように頷き、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

 つまり、こういうことだ。

 

 このままキラがアレやコレやと常識外れの兵器を造り続けていくとして、それを全て『モルゲンレーテの国家開発プロジェクト』として処理しようとすれば、いちいち議会の承認や官僚的な手続き、他国への建前が必要になり、動きがひどく鈍重になる。

 

 それを防ぐため、明確に「キラ・ヤマト個人の資産および特許技術」として切り離す。そうすれば、管理や運用はすべてキラ自身の権限で迅速に回すことができ、利益の還元も直接的に行える。

 

 今まで、これだけ世界をひっくり返すような功績を上げながら、一介の「技術三尉」の微々たる給料しか貰っていなかった彼の待遇を清算する意味合いも強い。

 

 今後のオーブ軍は、キラの作った新型装備やOSのアップデートを使用する度に、国家予算から彼の会社へ莫大な使用料が支払われるという、完全に合法的なシステムの構築であった。

 

「一応、経理や法務といった裏の事務方は、ミナ様に信頼できる人間を用意して貰えるんですけど。……現場の『実働部隊』は、お前自身で最も信頼できる者を選べって言われて」

 

 キラはそこで言葉を区切り、真っ直ぐにアサギたち三人を見つめた。

 

「まぁ、そうよねぇ。今の准将の立場からすると、変な虫とか絶対紛れ込んでくるわよね」

 

 アサギが、腕を組みながらキラの言葉に同意する。

 

 NJCの奇跡によって、キラ・ヤマトの名は、この凍え切った地球を救った「救世主」に等しいほどの神格化を帯びて世界中を駆け巡ってしまった。

 

 そうなると必然的に、彼の名声を利用しようとする政治家、利権にありつこうと近づいてくる死の商人、そして何より──彼の血や庇護を求めて近づいてくる人間が、数え切れないほど出てくるのはどうしようもないことだ。

 

 それこそ、キラを籠絡して一国の命運を握ろうとする他国のスパイや、ハニートラップの美女なんて、山程送られてくるに決まっている。

 

 だとすると、そんな有象無象の欲に塗れた状況の中で、彼が自分たちの「直属の部下」を選ぶというのも、極めて危険で難しい判断を迫られることになる。

 

 いや、現在のオーブ軍内部で、キラを真っ向から裏切るような軍人はいないだろう。だが、「ヤマト准将の寵愛を受けて、あわよくば玉の輿を」と狙う野心的な女性軍人が居ないわけがないのだ。

 

 となると。

 

 彼が一番に声をかけ、引き抜きに来たのが……付き合いが長く、気心が知れており、彼がまだただの「泣き虫の技術三尉」だった頃から、共にM1アストレイのコクピットで泥臭くデータを取ってきた『自分達三人』が選ばれたという事実。

 

 それは、彼がいかに自分たちを特別に想い、深く信じてくれているかという、何よりの揺るぎない証であった。

 

「……光栄ね。そこまで信頼されてるなら、断る理由なんてないわ」

 

 アサギが、誇らしげな笑顔を見せる。

 

「給料、モルゲンレーテの時より弾んでくれるんでしょ? 社長さん」

 

 ジュリが悪戯っぽく笑いながら、条件を口にする。

 

「アタシ、社長秘書兼ボディガード兼……お嫁さん候補筆頭で頑張っちゃうからね!」

 

 マユラが再びキラに抱きつこうと身構える。

 

「あはは……給料はミナ様に掛け合ってみます。でも、三人とも。これからも、どうか僕の無茶に……付き合ってくださいね」

 

 雲の上の存在になってしまっても、決して変わらない優しい微笑み。

 

 オーブの誇る三羽烏は、彼が創り出す新たな居場所で、共に修羅の道を歩む決意を固めるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「でかした、イングリット。……所詮は女の肉体に絆され、己の足元すら見えなくなる。醜悪な失敗作だな、キラ・ヤマトという男は」

 

「ええ……」

 

 硬質で冷たい暗号化通信のモニター越しに、イングリット・トラドールは淡々と、一切の感情の起伏を感じさせない平坦な声音で相槌を打った。

 

 彼女と同じくデスティニープランの遂行を絶対の使命として生み出されたアコードの統率者、オルフェ・ラム・タオ。

 

 彼の端正な顔立ちには、アコードの失敗作として見下しているキラ・ヤマトの底の浅さを嘲笑う、優越感に満ちた冷ややかな笑みが浮かんでいた。

 

 だが、モニターに映るイングリットの、その美しい青髪のヴェールに隠された瞳の奥底で、煮えたぎるような底知れぬ激情と、昏い殺意に満ちた炎が渦巻いていることに、オルフェは微塵も気付いてはいなかった。

 

 いや、アコードとしての傲慢さが、彼から「他者の心の機微を正しく推し量る」という機能を完全に欠落させていたのだ。

 

 イングリットが先程の定期連絡でオルフェへと送信したデータファイル。

 

 それは現在、ジャンク屋組合を経由してプラントやユーラシア連邦など、世界中のあらゆる陣営が血眼になって獲得競争を繰り広げている最新鋭の自衛戦闘用民生MS──『フレック・グレイズ』の機体フレーム設計図であった。

 

 もちろん、この機密データはイングリットがモルゲンレーテのサーバーからハッキングで盗み出したものではない。

 

 それは、彼女が「アコードから送り込まれたスパイ」であることを完全に承知の上で、それでも彼女が無能の烙印を押され、不当な罰や粛清を受けることがないように……彼女の立場と命を守るための手土産として、キラ・ヤマト自身が、哀しげに微笑みながら直接彼女の手に握らせてくれた、命の恩寵そのものであった。

 

『これを、君の国の報告に使って。……少しでも、君の心が痛まないように』

 

 そう言って、己の生み出した恐るべき軍事機密を、彼女を庇うためだけに差し出した少年の、その底抜けの優しさと自己犠牲の精神。

 

 だが、オルフェの目には、その真実は全く違ったものとして映っていた。

 

 近い将来、市場に溢れ出る民生MSとはいえ、この段階で基本フレームの完全な設計図が有るか無いかでは、機体の構造解析やリバースエンジニアリング、ひいては弱点の特定において決定的な時間的・戦術的アドバンテージの差が生じる。

 

 それほどまでに極めて重要な最新鋭機の軍事機密の塊である設計図を、己の懐に潜り込んできた「敵国のスパイ」だという事実にすら気付かず、ただ与えられた女の柔肌と低俗な肉欲の快樂に溺れ、見境なく手渡してしまうほどに、キラ・ヤマトという個体は愚かで、感情の抑制が利かず、女に容易く絆される度し難い『俗物』に過ぎない。

 

 オルフェは、イングリットから送られてきたデータを見て、己の敵対者であるキラをそのように断定し、完全に見下していたのだ。

 

「一度、こちらへと戻れ、イングリット。キラ・ヤマトから直接引き出した情報の詳細、そして奴の精神構造の脆さについて、直に報告を聞きたい」

 

 オルフェの命令は絶対であった。かつての彼女であれば、その言葉に従順に頷き、すぐさま帰国の途についていただろう。

 

 しかし。

 

「ええ……。でも、申し訳ありません。もう少しだけ、こちらに留まります」

 

 イングリットの静かな拒絶に、オルフェの眉が微かに不快げに動いた。

 

「なに……? 任務は十分に果たしたはずだ。これ以上、その腐敗した国に留まる理由がどこにある?」

 

「その図面……先程送ったファイルですが。機体の基本フレームの構造は全て載っていますが、あの機体の最大の秘密である『ナノラミネート装甲』の積層構造や、対ビームコーティングの肝心な設計図が不足しています。……ですから、次は、そっちのデータを要求して、引き出してみるつもりです」

 

 それは、キラが意図して「渡さなかった」ブラックボックス部分であった。それを口実にすることで、彼女はキラの側に居続ける正当な理由をでっち上げたのだ。勿論それもキラの仕込みで、そうする事でイングリットをオーブに滞在させる為の理由作りだ。

 

「チッ……。肝心な所で出し惜しみをする、底の浅い低俗の失敗作が。……良いだろう、許可する。引き続き奴のベッドに潜り込み、装甲のデータを全て丸裸にしろ。頼むぞ、イングリット。お前のその身体は、我らの崇高なる目的のためにあるのだからな」

 

「はい……」

 

 無機質な電子音と共に、モニターの通信が切断される。

 

 暗闇に沈んだオーブの自室。その静寂の中で、イングリットは、己の身の内からマグマのようにドロドロと沸き起こり、全身の血管を焼き焦がすかのような果てしない『怨嗟』と『殺意』に、両腕で己の細い身体をきつく抱きしめ、その破壊的な衝動をどうにか堪えようとベッドの上で身を捩った。

 

「私の……私の、キラをっ……! あんな、何も分かっていないくせに……っ、オルフェッ!!」

 

 ギリギリと、奥歯から血が滲むほどに強く歯を食いしばる。

 

 叶うのならば、今すぐにでも舞い戻り、あの傲慢で無知な男の首に両手を掛け、その息の根を物理的に締め上げてやりたいという激烈な衝動が、彼女の理性を激しく揺さぶっていた。

 

 オルフェ・ラム・タオ。かつては、アコードとしての使命を共有し、彼女が密かに、そして深く想いを寄せていたはずの男。

 

 だが、今の彼女にとって、彼はもはや『愛しい人』でも『指導者』でもない。

 

 自身の最も尊い宝物を愚弄する、許しがたい敵でしかなかった。

 

 私の心の痛みに寄り添い、共に涙を流してくれた人。

 

 アコードという呪われた血の運命ではなく、ただの「イングリット」という一人の女の子として、私を真っ直ぐに見てくれた人。

 

 絶望の底にいた私が見つけた、たった一つの光……。

 

 それほどの尊く、気高く、優しすぎる魂を。

 

 『俗物』だとか、『失敗作』だとか、『女の肉体に絆された無能』だとか──。

 

 己の足元にある泥濘の深さも、キラ・ヤマトという存在が背負っている絶望的なまでの業の重さも。  

 

 そして、イングリットという一人の女が同胞を裏切り、彼への愛ゆえに『二重スパイ』として機能し始めているという決定的な事実すら見抜けない、哀れな裸の王様。

 

「だから……貴方は、何も見えていない『子供』なのよ、オルフェ」

 

 暗い虚空に向けて、イングリットは毒を吐き捨てるように、酷薄な笑みを浮かべて呟いた。

 

 彼女はもう、迷わない。

 

 愛する少年の背負う重荷を少しでも軽くするためならば。

 

 彼を傷つけ、愚弄する世界を──それが自身の祖国であり、かつての同胞であろうとも。

 

 自らの手で徹底的に欺き、内部から食い破り、最後には地獄の底へと引きずり落としてやる。

 

 ベッドシーツを強く握りしめるイングリットのその背中は、アコードとしての呪縛から完全に解き放たれ、一人の男への盲目的な愛と復讐心に殉じる『修羅』のそれへと変貌を遂げていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「お疲れさま、キラ」

 

「うん。お疲れ、ミリアリア」

 

 オーブ連合首長国、オノゴロ島特別演習場。

 

 潮風がコンクリートの匂いを運ぶ広大な敷地に、規則正しい機械の駆動音と、遠くで響く砲撃の着弾音が交差していた。

 

 重厚な防爆壁の影から姿を現し、足早に歩み寄ってきたキラへと、バインダーを抱えたミリアリア・ハウが朗らかな声を掛ける。

 

 彼女は現在、新設されたキラ・ヤマト准将直属の『次世代兵装開発試験部隊』専属オペレーターへと横滑りし、名実ともにキラの右腕の一人として管制センターを切り盛りしていた。

 

「どう? そっちの調子は」

 

「特になにって事はないわね。システムは正常に稼働してるし、各機体のデータリンクにも遅延はないわ。強いて言うなら……アタシはちょっと暇を持て余してるくらいかな」

 

「ははっ、まぁ、軍人は暇な方が良いからね。平和な証拠だよ」

 

 キラの苦笑いに、ミリアリアも肩をすくめて笑い返す。

 

 直属チームのオペレーターとなり、給与面では破格の待遇──それこそ、民間企業の役員クラスを受けている彼女だが、徹底した「専守防衛」と「武装中立」を掲げ、現在どこの勢力とも本格的な交戦状態にないオーブ軍にあっては、日々のシミュレーション訓練や各種データの収集・解析を終えてしまえば、平時はどうしてもデスクワークばかりで少し暇を持て余し気味になるのが実情であった。

 

 とはいえ、他部隊のオペレーターたちが海域警備や仮想敵国の動向監視で血眼になっている状況を考えれば、そんな「暇だ」という本音を漏らした時点で大目玉を食らうのは目に見えている。

 

 だが、ここはキラと彼女だけの気安い空間だ。互いにヘリオポリスの平和なカレッジで共に学び、戦場を共に生き抜いた、かけがえのない男女の友人同士。

 

 そして何より、目の前にいる少年が、今のオーブにおける事実上の最高軍事顧問であり、自らの直属の上司たる『准将』なのだ。

 

 少々の愚痴や本音をこぼしたところで、咎める者などこの島には一人として存在しない。

 

『おーい、キラー! ミリィー!』

 

 不意に、演習場に設置された外部スピーカーから、ひどく能天気で明るい声が響き渡った。 

 

 ドズン、ドズンと大地を揺らしながら、砂埃を上げてのっそのっそと歩いてくる巨大な機影。

 

 局地戦用のサンドカラーに塗装された、一際ゴツいシルエットを持つ『ティエレン高機動B指揮官型』だ。

 

 その巨大なマニピュレーターが、まるで人間の手のように器用に動いて、キラとミリアリアに向けて「ピースサイン」を送っている。

 

 コックピットから外部マイクを通じて声を張り上げているのは、言うまでもなく、ミリアリアの恋人であり、現在この演習場でテスト部隊のパイロット兼教官を務めるトール・ケーニヒであった。

 

「……あのバカ。よそ見してたら危ないでしょーーー!!」

 

 ミリアリアは、バインダーを放り出して両手を顔の横に添え、拡声器代わりに声を張り上げて怒鳴った。

 

『平気だってば! ヘマして転んだり、壁にぶつかったりしないからさ、コイツは!』

 

「そういう問題じゃなーーいっ! 訓練中は真面目にやりなさいっていつも言ってるでしょ!!」

 

 プンプンと怒るミリアリアの後ろで、キラは思わず吹き出してしまった。

 

 トールの乗る指揮官型の後ろには、数機のノーマル仕様ティエレン小隊が、まるでカルガモの親子のように従順に、そしてのっそのっそと後を付いて歩いている。

 

 オーブの若手パイロットたちが、トールの教導の下で基本的な歩行訓練を行っている最中なのだ。その歩行姿勢と機体制御の挙動を見る限り、まだ乗って20分程度だろう。

 

「はぁ……。オーブ軍のMS教官だって言うのに、ホント、いつまで経っても子供なんだから、アイツは……」

 

 ミリアリアが深いため息をつきながら、額を押さえる。

 

「あはは。でも、そこがトールの良いところだし、みんなの緊張をほぐしてくれてるんじゃないかな。それに……『ティエレン』という機体の扱いに関して言えば、オーブ軍はおろか、世界中を探してもトールより慣れてるパイロットはいないからね。心配ないよ」

 

 キラのその言葉は、決してお世辞や身内贔屓ではなかった。

 

 何しろトールは、キラがまだヘリオポリスで『TC-OS』の基礎プログラムを開発していた黎明期から、最初のテストパイロットとしてデータ収集に協力してきた男だ。

 

 作業用のワークスジンを休日のたびに乗り回し、カレッジが休みの週末にはジャンク屋組合のアルバイトと称して、ロールアウト直後のティエレンでデブリ回収や貨物の運搬を繰り返していた。

 

 純粋な「ティエレンの総搭乗時間」と「機体のクセの理解度」という点だけで言えば、設計・開発者であるキラ自身よりも長く、深い。

 

 当然、オーブ軍全体を見渡してもダントツの第1位であり、その操縦技術とTC-OSへのフィードバック能力を買われて、彼は弱冠16歳にして『教官』のポジションに抜擢されたのだ。

 

「それは分かってるけど……それとこれとは別でしょ? キラっていう『特大のコネ』で入隊させてもらったなんて、他の兵士たちから陰口を叩かれたくないんだから。もっとシャキッとして、教官らしい威厳を持ってもらわないと困るのよ」

 

 ミリアリアが少しだけ語気を強めて言うと、キラは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「……ごめんね。ミリアリア。僕が……みんなの普通の生活を、奪っちゃって」

 

 その声には、拭いきれない罪悪感が滲んでいた。

 

「もうっ! 違うわよ、キラ! 謝らないでってば!」

 

 ミリアリアは慌ててキラの肩を軽く叩いた。

 

「良いのよ、これで。……軍に残るって決めたのは、私達自身なんだから。むしろ、キラが私達のことを『オーブの軍人だった』ってことにしてくれなかったら、私たち……本当にどうなっていたか分からないんだし」

 

 民間人の身でありながら地球連合軍の軍艦『アークエンジェル』に乗り込み、戦闘行動の支援に参加した。

 

 それは、国際法や軍規に照らし合わせれば「民間人が軍の作戦に参加した」という極めて厄介な事態であった。

 

 もしそのまま地球軍の所属として処理されていれば、彼らは強制的に軍属として徴用され、アークエンジェルを降りることなど絶対に不可能になっていただろう。

 

 だからこそ、キラは公文書を偽造した。

 

『彼らは元々、モルゲンレーテの技術的な出向組であり、正規のオーブ軍人としてアークエンジェルに同乗していた』というシナリオをでっち上げた。

 

 その泥を被ってくれたキラに対する感謝こそあれ、恨みなど微塵もなかった。

 

「……ありがとう。そう言ってくれると、少し救われるよ」

 

 キラが安堵の息を吐くと、ミリアリアはふと思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば、サイは元気にしてる? 最近、オノゴロには顔を出さないみたいだけど」

 

「うん。サイなら、今、行政府の方で色々サポートしてくれてるよ」

 

 キラが穏やかな顔で答える。

 

「そっか。サイなら、現場のオペレーターより、そっちの方が得意そうだもんね」

 

 サイ・アーガイル。彼もまた、ミリアリアやトールと共にオーブ軍へ残る決意をした一人であった。

 

 しかし彼は、アフリカの砂漠地帯でレジスタンス『明けの砂漠』に身を投じていたカガリ・ユラ・アスハをオーブへと連れ戻すという過酷な極秘任務を完遂した後、自らの適性を冷静に見つめ直した。

 

 戦場でモニターを睨み、砲火の中で指示を出すオペレーターの道ではなく。オーブという国家そのものを守るための『政争(政治と行政)』の道を選んだのだ。

 

 現在、彼はその優秀な情報処理能力と生真面目な性格を買われ、前代表であるウズミ・ナラ・アスハの直属の秘書官見習いのような立場で、直接的な政治指導と帝王学に近い教育を受けているという。

 

「サイも、すごい覚悟だと思うよ。ウズミ様の下で働くなんて、胃に穴が空くどころの話じゃないだろうに。……でも、サイならきっと、オーブの未来を支える立派な政治家になってくれるって信じてる」

 

「ええ、間違いないわ。サイって、昔から責任感強かったし、私達のこと、一歩後ろで気にしてくれてたし。……なんだか、ヘリオポリスでバカやってた頃が、ずっと昔のことみたいね」

 

 ミリアリアは、遠くの青い空を見上げた。

 

一人は、世界の命運を握る技術准将。

一人は、戦場情報の中枢を担う管制作戦官。

一人は、新世代機動兵器のマスターパイロット。

一人は、国家の頭脳となる若き政治家。

 

 彼らはもう、後戻りのできない大人の階段を、それぞれの場所で必死に登り始めている。

 

 だが、こうして言葉を交わす短い時間だけは、彼らは確かにあの平和だった頃のカレッジの学生に戻ることができた。

 

「よしっ! じゃあ、あのお調子者の教官殿が、これ以上調子に乗って機体を壊さないように、管制室からガツンと雷を落としてくるわ!」

 

 ミリアリアは気合を入れ直すように両手で頬を叩くと、バインダーを拾い上げ、キラに向けてバチリとウインクを飛ばした。

 

「うん。頼んだよ、ミリアリア。……あまりいじめすぎないようにね」

 

「それはトールの態度次第ね! じゃ、また後で、キラ!」

 

 小走りで管制センターへと戻っていくミリアリアの背中と、相変わらず演習場でティエレンをのっしのっしと歩かせているトールの機影を見つめながら。

 

 キラは小さく、しかし確かな温もりを持った微笑みを浮かべた。

 

 自分が造り上げた無慈悲な鉄の塊が、こうして大切な友人たちの命を守り、彼らが笑って生きられる日常の礎になっている。

 

 その事実が、キラにとっては救いだった。

 

 

 




そういえばジャンク屋組合がなんでティエレンとかグレイズ売ってんのってのを全然書いてなかったなぁと思って、今回描いてみました。

ヘブンズベースから戦力の半分動かすから時間掛かるだろうなってことで、束の間の平和?な感じでした。
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