やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-07 獅子との取引

 

 『DESTINY』の時代まで時計の針が進めば、ジャンク屋組合は非戦闘員としての立場でMSの武装化というのを大きく制限する様な描写が見受けられる。

 

 しかし、今はまだC.E.70年。人類史上初めてモビルスーツという概念が本格的な実戦に投入されたばかりの、混沌と熱狂の黎明期だ。そんな小難しい軍縮協定も法整備も存在しないこの時代、ジャンク屋のドックは良くも悪くも無法地帯であり、自由の園だった。

 

 だからこそ、僕が工作部のファクトリーの片隅を陣取り、譲り受けたジンのジャンクパーツを好き勝手に弄くり回し、明らかに過剰な武装化を施していても、誰かに咎められるようなことは一切ない。

 

 それどころか、火花を散らして溶接作業をしている僕の周りには、「おっ、今日は何をくっつけてるんだ?」「おいおい、そんな所にスラスター増設したらフレームが捩じ切れるぞ!」と、面白半分で覗き込んでくる腕利きのジャンク屋たちが絶えず群がってくる始末だった。

 

 僕が今、寝る間も惜しんでやっているのは、ただのジンのレストアではない。徹底的な『魔改造』と『強化改修』だ。

 

 まず、脚部には後年の『ジン・ハイマニューバ2型』の設計思想を先取りする形で、推力偏向スラスターを増設した。

 

 そして、ジンという機体のアイデンティティでもあり、最大のシルエットを形作っている背部の巨大なウィングスラスター。あれは見た目こそ美しいが、被弾面積が大きすぎる上に、僕がこれからやろうとしている事には構造的に邪魔だったため、思い切って完全に撤廃した。

 

 代わりに背負わせたのは、ジャンクパーツを寄せ集めて箱型に成形した巨大なランドセル。そこに大推力のロケットノズルフィンを複数取り付けたその無骨なシルエットは、コズミック・イラの機体というよりは、宇宙世紀における『高機動型ザクⅡ』のそれを意図的にオマージュしたものだ。

 

 その高機動型ランドセルには、ある巨大なユニットが直接『合体』できるようになっている。

 

 というより、地球連合軍の主力モビルアーマーである『メビウス』を丸ごと一機、背中に背負い込んでいると言った方が正確かもしれない。

 

 メビウスの最大の特徴である、フレキシブルに可動する巨大なメインエンジンブロック。その上下にレールガンを装備させ、さらに有線式のパワーケーブルとデータリンクケーブルで本体と接続。ロックを解除すれば、エンジンブロックそのものが機体から分離し、宇宙空間を縦横無尽に飛び回る『有線式機動砲台』となるように再設計した。

 

 そう、あり合わせのジャンクパーツとメビウスを使って、『ガンバレルシステム』を自作してみたのだ。

 

 ちなみに、背負わせたメビウスのコックピットブロックはあえてそのまま残してあるため、ジン本体のパイロットと、背中のメビウスのパイロットという、『二人乗り運用』も可能になっている。

 

 この「モビルアーマーをモビルスーツの背中にドッキングさせる」というイカれた構想は、後年のガンバレルストライカーの発想そのものだが、シルエットや有線兵器としての運用思想は、どちらかといえば宇宙世紀におけるニュータイプ専用試作機『ネティクス』の有線サイコミュを強く参照している。

 

 そして、ここが僕のスーパーコーディネイターとしての悪知恵の集大成なのだが。

 

 この自作ガンバレルパックとジンを接続する背部のマウントラッチは、ヘリオポリスの地下深く、モルゲンレーテの極秘工場で現在開発が進められているG兵器──『ストライク』のストライカーパックシステムの規格と一致するように設計してある。

 

 オーブのネットワークからちょろまかした設計図を元に作ったのだから当然だ。言ってしまうと、いずれ僕が乗ることになるであろうストライクの背中に、このガンバレルパックを無改造でそのまま『ポン付け』できるようにしてあるのだ。

 

 なぜ、一介の学生がそんな狂った兵器開発に精を出しているのか。

 

 それは他でもない、僕自身の内に眠る『空間認識能力』を、実戦前に強制的に叩き起こし、鍛え上げるためだった。

 

 あるいはいずれ僕自身がストライクフリーダムに乗った時のスーパードラグーン。それを完璧に手足のように操るためには、ニュータイプにも通じる特異な空間認識能力が絶対に不可欠となる。僕の脳のスペックなら間違いなくその因子は備わっているはずだが、使わなければただの宝の持ち腐れだ。だからこそ、有線式のガンバレルという一段階難易度を下げたシステムを自作し、ジャンク屋の仕事の合間に脳のシナプスを繋ぐ訓練をしているのだ。

 

 副産物として、メビウスのプロペラントタンクとバッテリーユニットをそのまま背負っている状態になるため、フェイズシフト装甲特有の「バッテリー切れによる活動限界」というストライク最大の弱点を、大幅に延長できるという極めて魅力的なメリットもあった。

 

 僕がこうして宇宙の片隅で着々と自らの牙を研いでいる間にも、世界の時計の針は残酷に進み、戦争は最悪の形で泥沼の膠着状態へと突入していた。

 

 C.E.70年4月1日。後に『エイプリルフール・クライシス』と呼ばれる恐怖の日。

 

 ザフト軍は、地球上の核分裂エネルギーを完全に無効化する『ニュートロンジャマー』を、地球全土に向けて無数に投下し、地中深くへと打ち込んだ。

 

 元々の作戦計画では、このNジャマーの投下は、プラントに核ミサイルを撃ち込んだ憎き大西洋連邦の領土や主要インフラのみに的を絞った、局地的な報復作戦のはずだった。だが、ザフト軍部の、より正確にはパトリック・ザラを中心とする急進派の独断と暴走によって、作戦規模は地球全土への無差別散布へと急遽拡大されたのだ。

 

 その裏側で起きた政治的な亀裂の真実を、僕は夜のクロッシングを通じて、ひどく憔悴しきったラクスの心から直接知ることとなった。

 

『……父は、愕然としておりました。大西洋連邦の軍事施設を封じ込めるためという名目で承認した作戦が、まさか、地球の裏側にまで牙を剥くことになろうとは……』

 

 彼女の悲痛な思念が、僕の胸を締め付けた。

 

 ラクスの父親である穏健派のトップ、シーゲル・クラインと、アスランの父親である急進派のトップ、パトリック・ザラ。かつては共にプラントの未来を夢見た盟友同士の間に、決して埋まることのない決定的な亀裂が走ったのは、間違いなくこの事件が引き金だった。

 

 核エネルギーという現代文明の血液を突如として失い、深刻なエネルギー不足による大停電、交通網の麻痺、そしてそれに伴う凄惨な飢餓と凍死の連鎖に陥った地球。

 

 プラント側は、大西洋連邦への当てつけとして、非連合加盟国である大洋州連合や南米合衆国、アフリカの一部に対して積極的なエネルギー資源の輸出や支援を行い、「ザフトは味方である」というヘイト管理と政治的アピールを行っている。

 

 だが、僕から言わせれば、そんなものは欺瞞に満ちた茶番だ。

 

 いくらナチュラル全体が憎いからといって、パトリック・ザラという男の視野はあまりにも短絡的すぎる。

 

 南米やアフリカ、オーストラリアといった地域は、元々プラントに対して同情的であり、地球連合の横暴に反発している国々も多いのだ。そんな「地上の味方」になり得るはずの人々の頭上にまで、連合憎しの一念でNジャマーを撃ち込み、数え切れないほどの民間人を飢餓や凍死に追い込んでおきながら、「エネルギーを分けてやるから俺たちに従え」などと迫る。

 

 長期的な戦略的観点から見れば、バカとしか思えないほどの致命的な悪手だ。

 

 そんな力技でねじ伏せられた恩着せがましい支援で、本当の信頼など得られるはずがない。彼らは表向きはザフトに頭を下げながらも、その腹の底には、自分たちの生活を破壊したコーディネイターに対する、どす黒く煮えたぎるような憎悪と反感を確実に育てているはずだ。

 

 その育て上げた反感が、最終的には『地球連合軍』という名の暴力装置をさらに巨大化させ、パトリック・ザラ自身を、そしてプラント全体を死の淵へと追い詰めることになるのだから、なんとも皮肉で救いようのない話である。

 

『反感を育てれば、それで殺されるぞ』

 

 かつて、宇宙世紀の伝説の艦長であるブライト・ノアが、権力に固執するティターンズの幹部バスク・オムに向けて放ったその名言は、時空を超えたこのコズミック・イラの世界において、あまりにも具体的で凄惨な実例として証明されようとしていた。

 

 狂気へと向かって加速していく世界。

 

 その重圧と焦燥感を胸の奥底に隠しながら、僕はジャンク屋組合でのアルバイトに精を出し、ロウさんや樹里さん、リーアムさんといった気の良いジャンク屋の仲間たちと笑い合い、時には無茶な改造コンテストに興じたりしながら、かけがえのない日常のひとときを貪るように噛み締めていた。

 

 偽りの平和のゆりかごの中で、僕が僕でいられる時間は、もう残りわずかしか残されていないと知っていたから。

 

 TC-OSのコードを書き換える指先の感覚も、ガンバレルを操作する空間認識の冴えも、すべては近づく『その日』を生き抜くため。時間は、誰にも止めることはできないまま、確実に行き着くべき未来へと過ぎ去っていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 僕は今、ヘリオポリスの閉鎖された空の下から抜け出し、照りつける太陽と潮の香りが心地よい、オーブ連合首長国の本国・オノゴロ島へと足を踏み入れていた。

 

 偽りの平和のゆりかごから、自らの足で歩み出る決意。

 

 それは、オーブというこの国を守るためであり、ひいては僕の──そしてアスランやラクスといった大切な人々との日常と未来を守るための、最初の布石だった。その上で、オーブ国内において最も話が分かり、なおかつ僕の『事情』──僕がヒビキ博士によって造られた『最高のコーディネイター』であるという狂気の出自を知っている人物とのコンタクトは、思いのほかあっさりと取れてしまった。

 

 ヘリオポリスのモルゲンレーテ社で、大西洋連邦と共同で『G兵器』を極秘裏に開発し、さらにその裏でオーブ独自の戦力である『プロトアストレイシリーズ』のフレームを構築しているのは、オーブ五大氏族の一つ、サハク家のロンド・ギナ・サハクとロンド・ミナ・サハクの双子の独断である。中立国という建前を逆手に取り、軍事バランスを自分たちの優位に傾けようとする彼らの野心は、いずれ国そのものを引き裂く火種となるだろう。

 

 しかし、そのサハクの独断と暗躍の裏で、連合のG兵器のデータ(特にストライクのフレーム構造とストライカーパックの汎用性)をちゃっかりと横流しし、本国のアカツキ島地下深くで、黄金のモビルスーツ『アカツキ』を開発させているのは、これから僕が会う人物の、これまた別の独断である。

 

 サハクを泳がせて技術を吸い上げながら、自らはそのさらに上をいく国家防衛の切り札を仕込んでいる。いろいろな意味で、一筋縄ではいかない強かで恐ろしい人だという印象が強かった。

 

 前世の記憶──原作アニメにおける彼の最期は、確かに劇的だった。

 

 地球連合軍──より正確にはブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルが喉から手が出るほど欲しがった、地球から宇宙への巨大な輸送インフラであるマスドライバー施設「カグヤ」。そして、卓越した技術力を誇る軍事企業「モルゲンレーテ社」。

 

 オーブに地球軍が侵攻する最大の理由であったその二つを、決して連合の手に渡すまいと、彼は自らの命諸共に壮絶な自爆を遂げる。オーブの国土を戦火で焼いてしまった責任をその身で背負い、まだ若い娘と次代の若者たちを宇宙へと逃がして希望を託す。その散り様は、ドラマとしては確かに熱く、多くの視聴者の胸を打つ名シーンだった。

 

 だが、僕はその後の歴史──『DESTINY』期に訪れる、オーブという国家の無残な腐敗を知っている。

 

 彼が死んだ後、オーブの理念は完全に捻じ曲げられてしまう。権力の空白を突いて台頭したセイラン家が国政を牛耳り、残された娘──カガリ・ユラ・アスハをただの「お飾り」の代表へと祭り上げる。そして、かつて父が命を懸けて抗った地球連合軍へと擦り寄り、オーブの誇りである理念を、魂を、易々と売り渡してしまうような最悪の未来が待ち受けているのだ。

 

 その結末を知っているからこそ、僕は彼が選んだ「自ら命を絶ち、次代に託す」という自己犠牲の選択は、為政者として決定的に間違っていると言わざるを得ない。

 

 どれほど絶望的な状況に追い込まれようとも、いや、だからこそ、政治家であり国家の長であるならば、顔に泥を塗り、這いつくばり、泥水を啜ってでも生き延びるべきだったのだ。生き延びて、手練手管を尽くし、次代の代表となるカガリをその大きな背中で導き、守り抜く役目が彼にはまだ残されていたはずなのだ。

 

 いくら彼女が「オーブの獅子」の血を引く気丈な娘だとはいえ、わずか18歳の、政治の駆け引きなど何も知らない真っ直ぐすぎる女の子に、一国の国家元首という重圧を丸投げするなんて、あまりにも無理があり過ぎる。だからこそ、彼女はセイラン家のような老練で狡猾な狸たちに易々と付け入られ、出し抜かれ、気がつけば手も足も出ない雁字搦めの孤独な立場へと追い詰められてしまうのだ。

 

 けれども、もし彼が独断で『アカツキ』という規格外の機体を遺していなければ、遠い未来において、オーブはファウンデーション王国のアコードたちが放つ戦略兵器『レクイエム』の凶弾によって、今度こそ完全に灰燼に帰していただろう。

 

 その一点においてのみ見れば、彼は百年先を見据えた防衛の要を仕込んでいたことになり、その功績は計り知れない。功罪の比重が極端に大きく揺れ動く、評価の難しい、だが間違いなく巨大な器を持った名君であると、僕は彼を評価している。

 

 オーブ連合首長国代表首長、そしてアスハ家当主。

 

 『オーブの獅子』の異名を持つ、ウズミ・ナラ・アスハ。

その巨大な権力者と、一介の学生に過ぎない僕の、秘密裏の面会が始まろうとしていた。

 

 厳重なセキュリティを抜け、通された執務室は、無駄な装飾のない重厚な造りだった。大きな窓からは、美しく青いオーブの海が見渡せる。

 

 その窓を背にして立つ初老の男が、ゆっくりとこちらを振り向いた。鋭い眼光、深いシワの刻まれた威厳ある顔立ち。ブラウン管越しに見ていたその姿よりも、実際に放たれる覇気は遥かに強く、思わず息を呑みそうになる。

 

「よく来たな。キラ・ヤマト君……いや、ヒビキ博士の遺した『最高傑作』と呼ぶべきか」

 

 ウズミ様は、僕の目を真っ直ぐに見据えながら、隠すこともなく僕の最大のタブーを口にした。

 

 やはり、この人は全てを知っている。僕の両親であるハルマとカリダが、僕を連れてどうやってこのオーブの地に逃げ込んできたのか。そして、僕という存在がいかに世界を揺るがしかねない危険な火種であるかということも。

 

「お初にお目に掛かります、ウズミ様。……僕の出自をご存知の上で、こうしてお時間を割いていただき、感謝いたします」

 

「堅苦しい挨拶は不要だ。君の両親の平穏は、私が保証している。だが、君自身がその平穏な隠れ家から出て、自ら私に直接の面会を求めてきた。それ相応の『理由』と『手土産』があるのだろうな?」

 

 探るような、全てを見透かすようなウズミ様の眼差し。僕は小さく深呼吸をして、持参した頑丈なアタッシュケースから、分厚いファイルの束と一枚のデータストレージを取り出し、彼の手元へと滑らせた。

 

「はい。単刀直入に申し上げます。僕が開発したこのオペレーティングシステム──『TC-OS』を、オーブ軍、そしてモルゲンレーテに買っていただけないでしょうか」

 

 僕が、莫大な金儲けの手段として、他でもないオーブという国家、そしてウズミ・ナラ・アスハという男を最初の取引相手に選んだのには、明確な理由があった。

 

 一つは、ウズミ様であれば、この「ナチュラルでも完璧にMSを操れるOS」というパンドラの箱の価値と危険性を正確に理解し、決して地球連合軍のような侵略や殺戮のためではなく、あくまでオーブという国家の「自衛」と「抑止力」のために、正しく制御して使ってくれるという確固たる信頼があるからだ。

 

 彼が推し進めているM1アストレイの量産計画も、OSが未完成な現状では単なる鉄の案山子でしかない。だが、このTC-OSがあれば、オーブは世界で初めて「ナチュラルのパイロットによる強力なMS部隊」を保有することになり、他国に対する圧倒的な防衛力を手に入れることができる。

 

 そしてもう一つの、より感情的で個人的な理由。

 

 それは、ここが僕を愛し育ててくれた両親が静かに暮らす家がある場所であり、僕という存在を受け入れてくれた、今世における大切な「故郷」だからだ。

 

 さらに言えば、僕は決して表に出すことはないけれど、ウズミ様の娘であるカガリは、僕と唯一血を分けた、同じ遺伝子を持つ双子の姉弟(あるいは兄妹)だ。彼女が、その未熟さゆえにどれほど不器用であっても、オーブという国とその理念を誰よりも愛していることを僕は知っている。

 

 彼女の愛する国を、僕の住む場所を、理不尽な暴力で焼かせはしない。

 

 そのための最強の剣と盾を、僕は今、オーブの獅子の前に提示しているのだ。

 

「……TC-OS、戦略的動作思考型OS、か」

 

 ウズミ様は、僕の提出した分厚い資料をめくり、ストレージ内のソースコードの片鱗をモニターで確認しながら、その獅子のような瞳を驚愕に見開いていった。

 

「コンソールのマニュアル入力を極限まで削ぎ落とし、OSが状況に応じた最適解のモーションを自律的に選択し実行する……。これが、君がたった一人で組み上げたというのか?」

 

「はい。すでにジャンク屋組合のワークスジンを用いて、宇宙空間での稼働テストとナチュラルによる操縦実験も完了しています。実戦投入に足る完成度であると自負しています」

 

 僕の言葉に、ウズミ様は資料から顔を上げ、再び僕を鋭く見つめ直した。

 

 先程までの「厄介な血筋の子供」を見る目ではない。国家の命運を左右しかねない、対等の「交渉相手」を見る政治家の目だった。

 

「これほどの代物だ。大西洋連邦に売り込めば、それこそ天文学的な額の金が動くだろうに。なぜ、それを我が国に持ち込んだ?」

 

「連合のような、争いを広げるためだけに血眼になっている連中に渡すつもりはありません」

 

 僕は背筋を伸ばし、一片の迷いもなく言い放った。

 

「僕がこのOSを売るのは、あくまで『自衛』のために力が必要な人たちだけです。そして何より……僕には、個人的にどうしても、途方もない額の『軍資金』が必要なのです。オーブの国家予算の一部を削ってでも、このパテント料を僕に支払う価値は十分にあるはずです」

 

 ラクスが構築しようとしている、世界を終わらせないための組織『ターミナル』。その莫大な活動資金を、僕はここで叩き出す。

 

 そして、この特許による莫大な利益をもって、オーブの経済の根幹に『キラ・ヤマト』という存在を深く食い込ませる。そうすれば、いずれ訪れるオーブ崩壊の危機においても、僕の発言権は単なる民間人のそれを超え、政治的にもウズミ様の暴走(自爆)を止めるための強いカードとなるはずだ。

 

「……面白い。その若さで、私を相手に商売をしようというのか」

 

 ウズミ様は、口元に微かな、しかし獰猛な笑みを浮かべた。

 

「いいだろう、キラ・ヤマト君。君のその提案、そして君の内に秘めた覚悟、確かに見せてもらった。モルゲンレーテの主任、エリカ・シモンズを呼ぼう。彼女の審査を通れば、オーブは国家の威信をかけて、君のそのOSを『買い取ろう』じゃないか」

 

 オーブの獅子と、未来を知るスーパーコーディネイター。

 

 静かな執務室の中で交わされたその密約は、やがて来る地球とプラントの泥沼の戦争において、中立国オーブを最強の要塞へと変貌させる、歴史的なターニングポイントの始まりだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 呼び出されたモルゲンレーテ社の兵器開発主任、エリカ・シモンズさんは、僕が持ち込んだアタッシュケースの中身──『TC-OS』のソースコードと実機テストの生データを前にして、文字通り絶句していた。

 

 無理もないことだ。

 

 分厚いリムなし眼鏡の奥で、彼女の知的な双眸は信じられないものを見るように見開かれ、タブレット端末のスクロールを追う指先は微かに震えていた。彼女は優秀な技術者であり、オーブの国防を担うM1アストレイ開発の要だ。だからこそ、このデータ群が、どれほど世界中の軍事常識を根底から覆す「特異点」であるかを、一瞬で理解してしまったのだ。

 

「……信じられません。これは、本当にモビルスーツのオペレーティングシステムなのですか? 人間の脳神経からの伝達ラグを力技で補正するのではなく、パイロットの『大まかな意図』をOSが先読みし、機体側が自律的に最適なモーションを繋ぎ合わせる……? こんな逆転の発想、そしてそれを成立させるこの異常なまでに洗練された論理ツリーは……っ!」

 

 エリカさんの声は裏返り、ほとんど悲鳴に近い響きを帯びていた。

 

 彼女が見ているデータは、ただの机上の空論ではない。

 

 僕というスーパーコーディネイターが、自室のシミュレーターで文字通り血を吐くような最適化を繰り返して日々育て上げた、数万パターンに及ぶ基本モーションサンプリングデータ。

 

 それに加えて、ジャンク屋組合のドックで収集した、極めて貴重な「実機による運用データ」だ。それも、ただのデータではない。被験者の多様性が常軌を逸しているのだ。

 

 パイロットの反射神経に依存せず、正確な入力を弾き出すコーディネイター(僕とリーアムさん)。

 

 機械の扱いに長けているとはいえ、生粋のナチュラルであるメカニック(ロウさん)。

 

 そして、モビルスーツはおろか、重機すらまともに扱ったことのなかった完全な素人のナチュラル(トールと樹里さん)。

 

 この、コーディネイター2人とナチュラル3人という、種族も技量も全く異なる5人が、たった一つの同じOSを用いて、全く同じようにMSの巨体を滑らかに手足のように動かしている動画ログとテレメトリデータが、そこには克明に記録されていた。

 

 中でも、完全な素人であるナチュラルが、コックピットに座って小一時間も触れただけで、機体を歩かせ、アームで荷物を運び、見事な姿勢制御を見せているという事実は、エリカさんの技術者としてのプライドを粉々に打ち砕く決定打となった。

 

「代表……。私たちは今まで、一体何をやっていたのでしょうか」

 

 エリカさんはタブレットを取り落としそうになりながら、ウズミ様に向かって呆然と呟いた。

 

 現在、モルゲンレーテの極秘区画では、大西洋連邦のGAT-Xシリーズの開発と並行して、オーブ独自の量産機であるM1アストレイの開発が急ピッチで進められている。しかし、ハードウェアである機体は完成しつつあっても、それを動かすための「ナチュラル用OS」の開発は完全な暗礁に乗り上げていた。

 

 ナチュラルの処理能力を無理やり機械の挙動に合わせようとする連合のOSアプローチは、あまりにも非効率で、テストパイロットたちに多大な負荷を強いている。不眠不休でコードを書き換え、莫大な国家予算と時間を投じて、それでも「二足歩行でまともに歩くことすら覚束ない」という絶望的な壁にぶち当たっていたのだ。

 

 その血の滲むような苦労と、費やした莫大な資本は一体何だったのか。

 

 一介の工業カレッジの学生が組み上げたこのシステム一つで、自分たちの数年間の努力が完全に『過去の遺物』にされてしまったのだ。絶望と、それ以上の圧倒的な賞賛がないまぜになった彼女の表情は、見ていて少し胸が痛むほどだった。

 

「……シモンズ主任。机上のデータだけでは信じられんというのなら、今すぐ実機でテストを行うぞ」

 

 ウズミ様の鶴の一声で、事態は急転直下で動き出した。

 

 僕たちはオノゴロ島の地下深くに広がる、モルゲンレーテの巨大なテストハンガーへと移動した。そこには、OSの動作検証用にザフトの機体を徹底的にリバースエンジニアリングしてコピー生産された、無塗装の『ジン』が数機、稼働状態で待機していた。

 

 そして、そこに呼び出されたのが、M1アストレイのテストパイロットとして選抜されていた三人娘──アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンの三人だった。

 

「えっ? 新しいOSのテストですか? でも主任、私たち、今朝のテストでもまともに歩かせられなくて、三回も転倒させちゃったんですよ……?」

 

「そうですよぉ。またシステムエラーで再起動の嵐になるんじゃ……」

 

 不安そうに顔を見合わせるアサギたちを尻目に、エリカさんは無言でコピー・ジンのコックピットに『TC-OS』のマスターデータをインストールした。

 

「四の五の言わずに、まずはアサギ、乗ってみなさい。……気をつけるのよ、今までとは全く次元が違うから」

 

 半信半疑のままコックピットに収まったアサギ。

 

 彼女が起動シークエンスを終え、操縦桿を軽く前に倒し、ペダルを踏み込んだ瞬間──ハンガー内の空気が一変した。

 

「……えっ?」

 

 スピーカー越しにアサギの間の抜けた声が響く。

 

 これまでのOSであれば、右足を踏み出すだけでも、重心の移動、足首のトルク調整、各関節のモーター出力のバランスをパイロットがマニュアルで微調整しなければ、即座にバランスを崩して前のめりに倒れ込んでいた。

 

 しかし、TC-OSを搭載したジンは違った。

 

 アサギが「前に進む」という大まかな入力をした瞬間、OSが即座に自機の質量と足場の摩擦係数を計算。機体は、まるで自らの意志を持っているかのように滑らかなモーションで右足を踏み出し、完璧な重心移動を伴って左足を引き寄せ、美しい二足歩行をやってのけたのだ。

 

「う、嘘でしょ……!? なにこれ、私が細かく操作してないのに、機体が勝手にバランスを取ってくれてる……!」

 

「アサギ! 次はそのまま小走りに移行して! ジュリ、マユラ、あなた達も別の機体に乗って!」

 

 エリカさんの叫び声に近い指示に弾かれ、残る二人も慌ててコックピットへ駆け込む。

 

 そこからの小一時間は、モルゲンレーテの歴史において最も劇的で、最も騒がしい時間となった。

 

「うおおおっ! 走る走る! すごい、ちょっとスロットル入れただけで、全く転ぶ気がしない!」

 

「マユラ、バカみたいにはしゃがないで! ……でも、信じられません。マニピュレーターの微細操作も、視線入力と大まかなレバー操作だけで、ミリ単位の精度で追従してきます。これなら、ライフルの射撃管制も……」

 

 これまで、鉄の案山子同然だった機体に振り回され、悔し涙を流していた三人のナチュラルたち。彼女たちが今、初めてモビルスーツという巨体を「自分自身の拡張された肉体」として認識し、ハンガー内を縦横無尽に歩き、走り、跳躍し、格闘兵装の素振りまでを完璧なフォームでこなしている。

 

「あはははっ! 最高じゃんこれ! これならザフトのジンが相手でも絶対負けないよ!」

 

 コックピットから降りてきたマユラが、興奮冷めやらぬ様子で汗だくの顔を輝かせる。アサギもジュリも、その瞳にはこれまでにない強烈な自信と、兵器を完全に掌握したというパイロットとしての強い光が宿っていた。

 

 たった一時間。

 

 それだけの時間で、素人同然だった彼女たちは、立派なモビルスーツパイロットへと羽化してしまったのだ。

 

「……見事だ。いや、恐ろしいと言うべきか。まさか本当に、ナチュラルとコーディネイターの間に横たわる絶対的な才能の壁を、一本のソフトウェアで叩き壊してしまうとは」

 

 その一部始終をガラス張りの司令室から見下ろしていたウズミ様は、深い溜め息とともに、降参したように両手を広げた。 

 

「シモンズ主任。予算は惜しまん。直ちにこの『TC-OS』をM1アストレイの規格に最適化し、全機に実装しろ。……キラ・ヤマト君。オーブ連合首長国は、君のそのOSのパテントを、君が提示するいかなる条件を呑んででも正式に買い取らせてもらう」

 

 ウズミ様のその言葉を聞いた瞬間、僕は小さく、けれど確かな手応えをもって拳を握りしめた。 

 

 これで、オーブの防衛力は原作とは比較にならない速度で完成する。

 

 そして僕の手元には、世界の軍需産業を揺るがすほどの、汲めども尽きぬ莫大な『黄金の泉』が約束された。

 

(待ってて、ラクス。君の戦うための剣と盾は、僕が必ず用意するから)

 

 ガラス越しに見える、嬉しそうに抱き合って喜ぶアサギたち三人娘の姿を見つめながら。僕は来るべき戦争の足音を感じつつも、この理不尽な世界を真正面からぶん殴るための、最も巨大で、最も重い『切り札』を、見事に盤面へと叩きつけたのだった。

 

 

 

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