やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-81 オーブの双璧

 

アイスランド、地球連合軍最高司令部『ヘブンズベース』。

 

 その司令室の中心で、ブルーコスモスの盟主たるロード・ジブリールは、ホログラムモニターに映し出される自軍の部隊配置図をひどく苛立たしげに睨みつけていた。

 

「遅い……。なぜ、たかが部隊の移動にこれほどの手間と時間を要するのだ!」

 

 ジブリールが立案した次なる一手。それは、ヘブンズベースに駐留する戦力の実に半分を極北の『アラスカ基地』へと集結させ、そこから太平洋を南下してオーブへと侵攻するという大規模な軍事作戦であった。

 

 表向きの作戦目標は「ザフトに占領されたカオシュン宇宙港の奪還」。

 

 だが、真の目的はオーブのマスドライバー施設と、ニュートロンジャマーキャンセラーの奪取である。

 

 しかし、大部隊の移動にはどうしても物理的な「時間」が掛かる。

 

 かといって、中途半端な戦力で部隊を小出しにして太平洋ルートを進ませれば、目的地をカオシュンと偽装している以上、台湾近海を通過する際にカオシュン宇宙港に陣取るザフト軍の防衛部隊から手痛い迎撃を受けるのは火を見るより明らかだった。

 

「アズラエルのパナマ基地を動かせれば、オーブの横っ腹を叩けるというのに。あの俗物め……ロゴスの理念よりも己の財布を優先しおって」

 

 苛立ちから、ジブリールが自身の爪を噛み始めたその時。

 

 司令室の扉が開き、一人の情報将校がひどく上擦った声で飛び込んできた。

 

「ジブリール様! た、ただいま、オーブの諜報員から緊急の暗号通信が! これは……っ!」

 

「騒々しい。なんだ、オーブの小僧がまた新しいオモチャでも発表したとでも言うのか?」

 

「い、いえ! 先程行われたヤマト准将の就任披露パーティーの席上にて……ヤマト准将が、プラント最高評議会議長パトリック・ザラの息子、並びに前議長シーゲル・クラインの娘と、極めて親密に接触! 会場内で公然と抱き合い、言葉を交わしていたという事実が確認されました!!」

 

「…………なんだと?」

 

 ジブリールの動きが、ピタリと止まった。

 

 その情報が意味するあまりにも巨大な政治的波紋を、彼の脳が数秒かけて処理し……やがて、その白く細い顔に、三日月のように歪んだ、歓喜とも狂気ともつかない凄絶な笑みが張り付いた。

 

「……フフッ。ハハハハハハ!!!」

 

 静まり返った司令室に、ジブリールの甲高い哄笑が響き渡る。

 

「素晴らしい! まさか、あの忌々しい小僧の方から、これほど見事なボロを出してくれるとはな! 神は我らブルーコスモスを見捨ててはおられなかった!!」

 

 情報将校が持ってきたその報せは、ジブリールにとって、部隊をアラスカへ集結させている「遅れ」を完全に帳消しにして余りある、まさに天からの『福音』であった。

 

 これまでは、オーブを攻めるにしても「武装中立国家」という建前を崩すための工作や、カオシュン攻略という偽装ルートでの接近が必要だった。

 

 世界中がティエレンの恩恵に預かっている現状で、無作為にオーブを攻撃すれば、地球軍内部から猛反発を食らうからだ。

 

 だが、この「スキャンダル」をどう料理するか。

 

 ジブリールの頭の中では、すでに世界を熱狂させる『究極の大義名分』が完成していた。

 

「聞け、諸君! オーブのヤマト准将は、単なる中立国の技術者などではない! 奴の正体は、プラントから送り込まれた極悪非道なる『ザフトの特命スパイ』だ!!」

 

 ジブリールは、ホログラムモニターを手で力強く叩きながら、演説するように声を張り上げた。

 

「奴は、ムルタ・アズラエルという愚かな死の商人を利用し、我々大西洋連邦から莫大な資金と軍事機密を吸い上げた! さらに、ティエレンという粗悪品をばら撒くことで、ユーラシア連邦や東アジア共和国の軍事予算を根こそぎ奪い取り、地球軍の兵器規格を混乱させたのだ! そして、そうやって我々ナチュラルから巻き上げた莫大な『金』と『情報』を……あの忌まわしき宇宙の化け物どもへと不法に横流ししていたのだ!!」

 

 司令室にいる将校たちは、その見事すぎる「こじつけ」に息を呑んだ。

 

 だが、大衆を熱狂させ、戦争を動かすのは「真実」ではない。「分かりやすい悪」だ。

 

「オーブ連合首長国は、もはや中立国家などではない。地球を裏切り、地球連合に非協力的な態度を取り続けたばかりか、プラントを不法占拠するコーディネイターに資金と技術を供与し、人類の破滅を目論む『テロ支援国家』へと成り下がったのだ!!」

 

 ジブリールは両手を広げ、天井を仰ぎ見て恍惚の表情を浮かべた。

 

「これで、カオシュンという面倒な偽装作戦などもう必要ない。アズラエルの顔色を窺う必要もない! なぜなら、奴もまた『テロリストに資金供与した裏切り者』として失脚させることができるのだからな!」

 

 この「テロ支援者」という絶対的な大義名分さえあれば。

 

 地球軍の総司令部として、堂々と全世界に向けて『オーブ討伐の聖戦』を布告できる。

 

 ユーラシアや東アジアも、プラントのスパイと断定された者から買ったティエレンの正当性を主張できなくなり、オーブ擁護の声を上げられなくなる。

 

「全軍に通達! 作戦目標をカオシュンから『オーブ本国』へと正式に変更する! もはやコソコソとアラスカで部隊を集結させる必要はない。地球軍に所属するすべての艦隊、すべてのモビルスーツ部隊に対し、総司令部の名において『オーブ殲滅作戦』への即時参加を命じる!!」

 

 ジブリールの狂信に満ちた瞳が、モニターの向こうにある小さな島国を睨みつけた。

 

「青き清浄なる世界のために! ……キラ・ヤマト、お前が築き上げたその小賢しい結界ごと、我が聖なる炎で焼き尽くしてくれよう!」

 

 親友との再会と涙が引き起こした、ほんのわずかな「個人的な感情の露見」。

 

 それが、ロゴスの狂信者によって最悪の形に歪められ、世界最強の武装中立国家オーブに対する、全地球規模の「十字軍」を呼び覚ます引き金となってしまったのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 ロード・ジブリールが発した『オーブ殲滅』の熱狂的な命令は、暗号化された最高優先度の軍事通信として、瞬く間に地球連合軍の全ネットワークを駆け巡った。

 

 プラントへの憎悪を燻らせていた大西洋連邦の将兵や、先の戦闘で活躍の場をティエレン部隊に奪われて鬱憤を溜め込んでいたユーラシア連邦の強硬派、そして何より軍内部に深く根を張っていたブルーコスモスのシンパたちは、この「テロ支援国家討伐」という都合の良い大義名分に狂喜乱舞した。

 

 彼らは、乗機の装甲に「青き清浄なる世界のために」というスローガンを嬉々として書き殴り、次々と基地を飛び立っていく。

 

 それはまるで、自らの死に場所へ向かう羽虫の群れのような、異様で狂信的な出撃風景であった。

 

 しかし。

 

 世界中が血に飢えた喧騒に包まれる中、赤道直下に位置する大西洋連邦の最重要拠点──巨大なマスドライバー施設『ポルタ・パナマ』を擁するパナマ基地の司令室だけは、まるで別世界のように静まり返り、優雅で冷徹な空気に包まれていた。

 

「──如何なさいますか、アズラエル理事。総司令本部からの命令としては、一応の筋が通っておりますが」

 

 パナマ基地の司令官を務める将校が、手元のデータパッドに表示された真っ赤な『第一級優先命令』の文字を忌々しそうに睨みながら、ふかふかの革張りソファで寛ぐ男へと指示を仰いだ。

 

 国防産業連合理事にして、大西洋連邦の実質的な影の支配者、ムルタ・アズラエル。

 

 彼は、淹れたてのダージリンティーのカップを優雅に傾けながら、ホログラムモニターに映し出される世界地図の光点を、まるで三流の喜劇映画でも観るかのような冷ややかな目で眺めていた。

 

「行くわけないでしょう。自殺したかったら、どうぞ皆様だけで行ってらっしゃい、ですよ」

 

 アズラエルは、微塵の躊躇いもなくそう吐き捨てた。

 

「し、しかし……相手は現在、ブルーコスモスの盟主であるジブリール氏からの直接の命令です。第一級優先命令となると、無視すれば後々、我々パナマ駐留軍が軍法会議で反逆罪に問われる可能性が……」

 

 将校が額に冷や汗を滲ませながら食い下がるが、アズラエルの表情には欠片ほどの焦りもなかった。

 

「その程度、『大規模な太陽風の影響で回線設備のメンテナンスを行っており、命令を受信出来なかった』とでも日報に書いておいてください。事後の事務処理や法務の揉み消しは、全てこっちの財団の方でやっておきますから。……それに、軍法会議を開こうにも、彼らがオーブから『生きて帰ってこられれば』の話でしょう?」

 

「は、はぁ……」

 

 将校は呆気にとられたように返事をした。彼には、なぜ目の前の理事がそこまで断言できるのかが理解できなかったのだ。

 

 確かにオーブは強力な軍備を持つが、相手は地球連合軍の総力の半分である。数で押し潰せるはずだ、という軍人としての常識が抜けきれていない。

 

「しかし、アズラエル理事。差し出がましいようですが……何故オーブ、いえ、あのヤマト准将へそこまで肩入れをされるのですか?」

 

 その問いに、アズラエルはティーカップをソーサーに置き、ふふっ、と思わず吹き出した。

 

「何故? 何故も何も、決まっているじゃありませんか。彼は僕にとって、最高のビジネスパートナーですよ?」

 

 アズラエルの脳裏に、かつてアラスカ基地の一室で、あの少年と対峙した日の記憶が鮮明に蘇る。

 

大西洋連邦の威信と、自身の持つ圧倒的な権力で脅しつけ、「オーブの三倍の金を出してやるから、TC-OSの全権を寄越せ」と迫ったあの時。

 

 普通の中立国の子供なら、泣いて許しを請うか、恐怖で失禁して首を縦に振る場面だ。

 

 だが、あの甘ったれた風貌の少年は、震えながらもTC-OSの『ライセンス契約』をアズラエルへと逆に突き付けて吹っかけてきた。

 

「それにね」

 

 アズラエルは、恍惚とした笑みを浮かべて指を絡め合わせた。

 

「彼はあの年で、この国防産業連合理事であり、あの時はまだブルーコスモスの盟主でもあった僕の取引に対して、逆にあのTC-OSのライセンス契約書にサインさせたんですよ? ええ……僕は妻も子どもも居る身ですけどね、あんな熱烈で痺れるようなラブコールを貰ったのは、生まれて初めてですよ」

 

「ら、ラブコール、ですか……?」

 

 将校の顔が、困惑と、ほんの少しの恐怖で引き攣った。

 

 大西洋連邦の影のトップが、16歳の少年に向かって何を言い出すのかと。

 

「ああ、勘違いしないように。僕の性癖はあくまでノーマルですからね。比喩ですよ、比喩」

 

 アズラエルは呆れたように手を振り、将校の誤解を解いた。

 

「ただの金儲けの駒でも、使い捨ての道具でもない。互いの喉元に毒の刃を突きつけ合いながら、それでも巨額の利益と世界のシステムを共有する、真の共犯者。……なら、その熱烈なプロポーズへのお礼として、『死の商人というものが、いかに世界のルールを回しているか』を教育してあげるのが、先達としての慈悲というものでしょう?」

 

 アズラエルの瞳の奥で、底知れぬどす黒い算盤が弾かれていた。

 

 彼は、ここ『ポルタ・パナマ』という、マスドライバー施設を完全に手中に収めた戦略的価値の塊である巨大な居城から、一歩も動くつもりはなかった。

 

 宇宙への唯一の安定した架け橋であるこの場所さえ押さえておけば、地球軍が勝とうが負けようが、大西洋連邦の宇宙での主導権は彼が握り続けることができる。

 

 しかも、だ。

 

 今回のアラスカからの出兵という名の『狂人のパレード』で、軍内部に未だに蔓延っていたジブリール派の狂信的なブルーコスモスや、それに賛同する隠れブルーコスモスの連中までもが、こぞって自分からオーブという名の超巨大な『挽肉製造機』へと突撃してくれるのだ。

 

 彼らがオーブの防衛網にすり潰され、海の藻屑と消えてくれれば、アズラエルが自らの手を汚すことなく、地球軍内部の「反アズラエル派閥」の掃除が完了するという、これ以上ないほど都合の良いシナリオであった。

 

「……これ程の極上のショーは、役者として泥臭く舞台に上がるより、安全で快適なVIPの観客席で、極上の酒でも飲みながら鑑賞しなければバチが当たるというものですよ」

 

 アズラエルは、窓の外にそびえ立つマスドライバーの巨大なレールを見上げながら、皮肉な笑みを深く刻んだ。

 

 狂信者たちが血を流し、「青き清浄なる世界」という幻想の果てに自滅していく様を、冷徹な死の商人はただただ楽しみに待っている。

 

 そして、その地獄の釜の蓋を開けたのが、自分を脅迫したあの肝の据わったパートナーであるという事実が、彼を何よりも愉悦させるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「総司令本部命令だと? 虫唾が走る戯言だな。我らがユーラシアの同胞を、あのアラスカの極寒の地に見捨て、自軍の将兵すら囮にして真っ先に尻尾を巻いて逃げ出した大西洋連邦の腰抜け共。その命令など、犬のクソほどの価値も無い!!」

 

 ユーラシア連邦軍令本部。モスクワの地下深くに建造された、分厚いコンクリートと鋼鉄に囲まれた重厚なる作戦会議室。

 

 紫煙が立ち込める薄暗い空間で、ユーラシア連邦軍の東側戦線を束ねる歴戦の将軍たちは、ホログラムテーブルに映し出された大西洋連邦からの『第一級優先命令』の通達を、葉巻を押し付けるようにして冷ややかに一瞥した。

 

 彼らの顔に刻まれた深い皺と傷跡は、極寒のシベリア戦線やカオシュン防衛戦、他にも開戦当初から数多くの地獄を生き抜いてきた証である。

 

 そんな彼らには、安全圏から「青き清浄なる世界のために」などとほざくブルーコスモスという名の狂信的テロ屋の命令を受け入れる気など、毛頭なかった。

 

「だが、西側の連中は行くらしいがな。あちらはジブリールの資金と息がたっぷりと掛かっている」

 

「フン、ジブリールの犬に成り下がった腐敗貴族どもめ。むしろ、この機会に減ってくれた方が我々としては清々する。……ジブラルタル方面の動きはどうなっている?」

 

「あそこは今、迂闊に動かせん。プラントの海上輸送路に睨みを利かせ、大西洋連邦の艦隊とザフトの双方を牽制せねばならんからな。ティエレンの分厚い装甲と重火力のおかげで強固な籠城戦は出来ているが、依然として陸の孤島であることには変わらん」

 

 戦況の確認が一段落すると、一人の情報将校がひどく興奮した面持ちで新たな報告書をホログラムに投影した。

 

「将軍、例のオーブでの就任パーティにおける驚愕の事実ですが。我が軍の極秘部隊である特務部隊Xのパルス特務兵が……あろうことか、あのヤマト准将の実の『兄』であると、公の場で准将本人の口から宣言されました! つまり、我が国の軍事研究所が血眼になって生み出そうとしていた『スーパーコーディネイター』の真の成功作は、ヤマト准将その人であったということです!」

 

 その報告に、将軍たちは一瞬目を丸くし、次いで腹の底から響くような野太い笑い声を上げた。

 

「ハッハッハ! スーパーだかコンビニだか知らんが、そんな肩書きはどうでもいい! 重要なのは、彼が我々ユーラシア連邦の将兵に『歩く重戦車』を与え、幾千幾万の命を救った『救国の英雄』であるという絶対の事実だ! 彼と、彼の血を引く兄がユーラシアと深く繋がっている限り、我々のティエレン部隊は決して負けんよ!」

 

 葉巻を咥えた最高司令官が、鷹のような鋭い眼光で作戦卓を睨みつけた。

 

「では、将軍。いかがなさいますか。大西洋連邦と西側の狂信者どもは、続々と極東のオーブへ向けて出撃準備を進めておりますが」

 

「うむ……。総司令部の命令もなく、我がユーラシアの領空と領土を勝手に通過し、出撃していくバカどもを……根こそぎ血祭りに上げる」

 

 最高司令官の低くドスが効いた宣言に、会議室の空気が一気に沸騰した。

 

「所詮奴らは、己の狂信に殉じるしか能のない異教徒だ。恩知らずな連中が、我らが英雄殿の祖国を土足で荒らそうというのなら、我々が背後からその足を噛み千切ってやるまでのこと。諸君! 我々の愛する鋼鉄の軍靴を踏み鳴らせ! 我々に鍛冶司る1つ目の鉄人を授けし英雄殿への、尽きることのない感謝と義による砲火を上げよ!!」

 

「「「「「ウラーーーーーー!!!!」」」」」

 

 軍令本部の地下から、地鳴りのような歓声と怒号が響き渡った。

 

 彼らユーラシア連邦軍の前線将兵にとって、キラ・ヤマトという少年は単なる他国の技術者ではない。

 

 自国がまともなMSを持たなかった頃、ザフトの「ジン」というブリキ野郎の前に理不尽にも肉片へと変えられていった戦友たちの命を、その圧倒的な防御力と安定性を持つ『ティエレン』という鋼鉄の鉄人によって救い上げてくれた、まさに命の恩人なのだ。

 

 そして今、ブルーコスモスに洗脳された大西洋連邦の連中が、その英雄を「テロ支援者」と罵り、攻撃しようとしている。

 

 そんなふざけた真似をユーラシアの男たちが許すはずがなかった。

 

 所詮、ブルーコスモスのシンパどもは「憎きコーディネイターが造った鉄屑など乗れるか」とティエレンを忌避し、時代遅れの通常兵器に乗り続けるか、装甲の薄い量産機ストライクダガーや最近急激に普及し始めたアヘッドに頼る阿呆の集まりである。

 

 そのようなアリが教義に酔いしれていくら集まろうとも、ユーラシアが誇る『歩く重戦車・重装甲騎兵』の圧倒的な垂直装甲と、TC-OSによる完璧な歩行制御を抜くことなど、物理的に不可能なのだ。

 

 ──場面は変わり、雪の舞い散るユーラシア連邦の巨大な前線基地。

 

「本戦線より、ティエレンの優秀な弟分フレック・グレイズが多数加わるぞ! 新たな同志の肩を、あの恩知らずな狂信者共の返り血で真っ赤に彩ってやれ!!」

 

 極寒の滑走路にズラリと並んだ、圧倒的な威圧感を放つ緑色のティエレンの群れ。

 

 その傍らには、新たにジャンク屋組合経由で納入され、ユーラシア軍の正規カラーに塗装された小型高機動MS『フレック・グレイズ』が、小気味良いアイドリング音を響かせて並んでいた。

 

 その出撃の喧騒の中、一人の血の気の多い若きパイロットが、指揮車両に乗る将軍に向かって拡声器で冗談交じりに叫んだ。

 

「将軍! 同志グレイズの肩を『赤く塗って』もよろしいのですか!!」

 

 その言葉に、部隊の古参兵たちが「ヒューッ!」と口笛を吹き鳴らして笑い声を上げる。

 

「貴様、そんな呪われた血塗れの真似を本気でやりたいのか!? 死神に取り憑かれるぞバカタレ!!」

 

 将軍がニヤリと笑いながら拡声器で怒鳴り返す。

 

「はっ! あくまで士気高揚のための冗談であります!!」

 

「よろしい、ならば諸君! 戦場への『ウオッカ』の持ち込みを忘れるな! 弾薬庫の隅に隠しているのは知っているぞ、死ぬ前に景気良く煽ってから出撃しろ!!」

 

「「「「「ウラーーーーーー!!!!」」」」」

 

 地鳴りのようなウォークライが雪雲を吹き飛ばす。

 

 彼らは今日も元気に、愛してやまない鉄の塊『ティエレン』と、そこへ新たに加わった頼もしい同志『フレック・グレイズ』と共に大地を力強く踏みしめた。

 

 そして、方々の基地から「青き清浄なる世界」を掲げて意気揚々とオーブへ向けて出撃していくブルーコスモスのシンパ達の背中に、愛と感謝を込めた200mm滑腔砲の25口径徹甲弾を、情け容赦なくぶち込む為に進軍を開始したのである。

 

 

◇◇◇

 

 

「どーすんだ、キラ。お前のせいだぞ?」

 

「うん。どうしよっか、カガリ」

 

 オーブ連合首長国、オノゴロ島地下深くに建造された巨大な空間。

 

 国防軍中央管制センターには、数多の大型ホログラムモニターが赤々とした警戒光を放ち、絶え間ない電子音と通信の怒号が飛び交っていた。

 

 そこには、国防軍の将官や一佐といった各方面部隊の歴戦の指揮官たちが顔を突き合わせ、かつてない極限の緊張感に包まれている。

 

 事の始まりは、ヘブンズベースの奥深くで狂信の牙を剥いたブルーコスモスの盟主、ロード・ジブリールが全世界へ向けて発した『熱狂的殲滅命令』であった。

 

『オーブ連合首長国は、地球諸国を裏切るテロ支援国家である』

 

 ニュートロンジャマーキャンセラーのライセンスを独占し、世界を脅迫するばかりか、プラントへと地球の富と軍事技術を横流ししている裏切り者の化け物。我らナチュラルを滅ぼそうとする悪魔の巣窟。それを断じて許すことは出来ない──。

 

 一応の「テロ支援国家討伐」という筋は通しているが、実態を見れば、もはや正規の軍事行動とは到底呼べない。

 

 教義に狂った者たちが己の妄想を正当化するための、狂気に満ちた言いがかりの十字軍であった。

 

「プラントの動きは、どうなってます?」

 

 キラは、自身を取り囲むように展開された戦術マップから視線を外し、情報統括のオペレーターへと冷静な声で尋ねた。

 

「はっ! 現在カーペンタリア基地に展開中の部隊を通じて、我が国への直接的な軍事支援を行う用意がある、とのことです!」

 

 その報告を聞いた指揮官たちの間に、どよめきが走る。ザフトの加勢があれば、戦力比の絶望的な差は幾分か埋まるかもしれない。だが。

 

 オペレーターの報告に、キラは腕を組み、思案するように顎に指を添えた。そして数瞬の沈黙の後、静かに、しかし断固たる口調で口を開いた。 

 

「……なら、丁重に断っておいてください。『貴国の温かなお気遣いに深く感謝する。なれど、我々オーブ連合首長国はあくまで独立と中立を貫き、この度の国難にあっても、いかなる外国軍の介入も受け入れず、独自に解決する用意と覚悟がある』……と」

 

「はっ! 直ぐにそのように返信いたします!」

 

「お前……ホント、そういう政治家の舌はよく回るよな?」

 

 隣で腕を組んでいたカガリは、ちょっと頭を巡らせただけで、完璧な外交辞令と自国の威信を損なわない拒絶の言葉を紡ぎ出したこの同い年の弟に、呆れたような、しかし頼もしさを隠しきれないジト目を向けた。

 

 ここでプラントの支援をホイホイと受け入れてしまえば、それこそジブリールの言う「オーブはザフトと結託したテロ支援国家だ」という狂った大義名分を、自ら証明してしまうことになる。

 

 キラは、その政治的な罠を瞬時に見抜き、一切の隙を見せなかったのだ。

 

「政治って、そういうものだからね。言葉一つで、兵士たちの命の重さが変わっちゃうんだ」

 

 言ってしまえば、今この瞬間、全世界の地球連合軍という何万、何十万の軍勢を完全に敵に回された絶望的な状況である。それにも関わらず、まるで日常の延長のように和やかな会話を交わすカガリとキラ。

 

 オーブの獅子の娘であり、国を導く表の象徴。

 

 オーブの裏の支配者であり、国防軍を統べる若き准将。

 

 大将級の特権を持つ姫君と、全軍事技術の絶対的特異点たる准将。

 

 そうした軍のトップ二人が、この「世界中が敵に回った」という異常事態にあっても、顔色一つ変えずに淡々と、かつ適切に職務をこなしている。

 

 その揺るぎない背中があるからこそ、周囲の将兵たちもパニックを起こすことなく、己の仕事に極限の集中力で取り組むことができていた。

 

 しかも、カガリはあの波乱に満ちたパーティの直後、行政府と軍令部を通じて、オーブ全国民および全将兵に向けて一つの『重大発表』を正式に公表していたのだ。

 

『オーブ国防軍キラ・ヤマト准将は、オーブ前代表ウズミ・ナラ・アスハが養女、カガリ・ユラ・アスハの、実の血を分けた双子の弟である』と。

 

 オーブの政治と歴史を鑑みれば、それは十分にあり得る、いや、最も理にかなった真実であった。

 

 オーブの有力氏族は、その跡取りに自らの血を分けた実子をそのまま据えることを良しとしない。

 

 故に、適性を見極めた上で養子を取るのだ。

 

 つまるところ、そうしてウズミの養女となり、オーブの太陽として獅子の娘に育ったカガリと、オーブの月として裏の軍事を一手に支配するに至ったキラが、実は同じ腹から生まれた双子の姉弟であったという事実。

 

 この劇的な発表は、オーブ全土を震わせるほどの熱狂と感動を巻き起こした。

 

 オーブ軍の将兵は、ただの「優秀な民間上がりの技術将官」ではなく、「アスハの血筋に連なる真の英雄」として、国防軍を世界最強の軍隊へと押し上げたキラへの忠誠を確固たるものとした。

 

 そして、あの跳ねっ返りで真っ直ぐすぎるお姫様が、この最大の国難に際して『獅子の娘』として凜と立ち上がるその頼もしい姿に、幾人もの古参兵や市民たちが涙を零した。

 

 前代表にしてオーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハの意志は、見事に二人の若き双子へと受け継がれているのだと、誰もが確信したのだ。

 

「ユーラシア連邦軍令本部より入電! 『我ら、義とウオッカによって助太刀す。貴国は眼前に迫る異教徒の迎撃にのみ集中されたい』……とのことです!」

 

「返信を。オーブ国防軍キラ・ヤマト准将の名において、『勇敢なるユーラシアの雪熊同志諸君の奮戦と、吹雪の中の無事を祈る。我ら血を分けし鋼鉄の鉄人の歩みに砲火の勝利を!』、と」

 

「はっ! 直ちに送信します!」

 

「……ホント、ズルいぞお前。そんな英雄からの詩的なメッセージなんて言われたら、ユーラシアの荒くれ連中、それこそ満面の笑みで喜んで敵陣に突っ込んでいくぞ」

 

「カガリ。上に立つ将官や司令官って言うのはね、結局のところ、部下に『ここで死んでこい』って命令する残酷な立場なんだよ」

 

 キラのその言葉に、カガリはハッとして息を呑んだ。彼の横顔は、いつもの甘ったれた泣き虫のものではなく、その業と責務を背負う『将軍』のそれだった。

 

「だからこそ……『この人の為なら命を懸けられる』『あの人の言葉に応えて死ねるなら本望だ』って、前線で血を流す兵士たちにそう思って貰えるような、魂への声かけが必要になるんだ」

 

「それって……あの狂信者どもと同じ『洗脳』って言わないか?」

 

「確かにね。とても傲慢で、酷いことだと思う。……でも、だからこそ、彼らが最前線で死の恐怖に震え、脚がすくんだ時に、その言葉を盾にして、もう一歩だけ前に踏み出して戦えるような。そうした芯に届く言葉まわしや演出は、司令官としての義務なんだ。これからは、カガリもそっちの技術を覚えて行かないとね」

 

「……わかっている。すぐにお前以上にものにして、オーブの全軍を奮い立たせてやるから待ってろ」

 

「うん、あまり期待しないで待ってるよ」

 

「お前なァッ!」

 

 そんな和気あいあいとした、ある種の軽口を叩き合いながらも。

 

 軍隊の存在意義と、将官という生き物の最も重く残酷な教義を叩き込むその姿は、ともすると「獅子の娘」であるカガリがまだまだ未熟な妹であり、裏の支配者であるキラの方が、酸いも甘いも噛み分けた老成した兄であるかのようであった。

 

「太平洋の様子は、どうなっています?」

 

 キラが空気を切り替えるように、防空管制作戦官へと視線を向けた。

 

「はっ! アラスカ方面を始め、大西洋連邦の西海岸沿いの軍港から次々と連合の艦艇および輸送機が出撃している模様ですが……その、艦隊陣形や進軍ルートの統制が、全く取れているようには見えません」

 

「当たり前だ。向こうはもはや、軍事作戦として動いてないんだからな」

 

 オペレーターの困惑した報告に、カガリが冷徹に状況を分析して返した。

 

「キラ。これ、纏まって来ると思うか?」

 

「アラスカから発進した本隊は、ある程度の陣形を保って来ると思う。でも、他は……各地から独自の判断で飛び立ってきたブルーコスモスシンパの寄せ集めだ。良くて半分くらいは途中で合流して大艦隊になるとして、残り半分は補給も無視して、個別で突っ込んでくる無秩序な波状攻撃になるかな」

 

 短くカガリから問われた言葉に対し、キラは戦術マップの光点の動きから、何通りかのあり得そうで、それでいて最も厄介なパターンの回答を出した。

 

 何しろ、相手は「教義に狂って突っ込んでくる狂信者」である。

 

 彼らが持つ自己犠牲の心理など、まともな軍事ドクトリンで測れるものではない。

 

 そこから齎される狂った思考もまた、戦術論では読み切れないのだ。

 

 これが普通の統制された軍隊の侵攻なら、補給線を叩く、指揮系統を潰すといった「やり方」はいくらでもある。しかし如何せん、今の状況が特殊過ぎる。

 

 正規軍であるはずなのに、実態は「武装した巨大な宗教テロリスト集団」が、熱狂的な聖戦と称して四方八方から無軌道に突っ込んでくるのだ。

 

 それに対しては、迎撃ラインを幾重にも引き、臨機応変に──悪く言えば、その場その場の力技で磨り潰すという、泥臭く非効率的な手を打って対応するしかなかった。

 

「そう見ておいたほうが、防衛網のローテーションを組みやすい、か。……おい、オノゴロ島の市民の避難状況はどうなっている!」

 

 カガリは思考を国内の防衛へと切り替え、鋭く声を張り上げた。

 

「はっ! 現在、地下シェルターへの市民、およびモルゲンレーテD級職員の退避は順調に進行中とのことです。しかし、現在のところ完了率はおよそ40%程に留まっており……」

 

「それでは間に合わん!!」

 

 カガリの獅子の咆哮が、管制室に轟いた。

 

「オノゴロ守備隊に直ちに命令! シュライク装備のM1部隊をすべて、戦闘配備から避難誘導の直接支援に回せ! 連合の狂信者どもの足が速かったら、明日の朝にはこのオノゴロの近海が間違いなく戦場になるぞ!」

 

 カガリは戦術マップに拳を叩きつけ、常識外れの決断を下した。

 

「バスや車! フェリー! 最悪、手の上に直接市民を乗せても構わん! M1を使った空中輸送で今夜中に『民間人だけでも』、全員このオノゴロ島から退避完了させろっ!! 一人の犠牲も許さん!!」

 

「は、はっ! 直ちにオノゴロ守備隊全機に出動要請を掛けます!!」

 

 カガリが、モビルスーツ特性を最大限に利用した、前代未聞の荒業による退避指示を出す中。

 

 キラもまた、その横で冷酷なまでの防衛ラインの構築指示を出していた。

 

「洋上に展開しているイージスシステム搭載の護衛艦群には、いつも通りの交戦規を厳格に適用すると伝えてください。……領海への接近に対し、通信による警告。続いて、実弾による警告射撃。それでも彼らが教義に目が眩んで退避の意思を示さなければ──即座に、全火力をもって『撃沈』することを許可します。一切の躊躇いは必要ありません」

 

「はっ! 沿岸防衛隊および護衛艦群、第一種戦闘配備のまま、迎撃の最終セーフティを解除します!!」

 

 世界中から、ある日突然として「悪魔の国」と糾弾され、四方八方からミサイルと艦隊の矛先を向けられることとなってしまったオーブ連合首長国。

 

 しかし、祖国の土と愛する家族を守るため、防衛網に就くオーブ軍将兵たちの士気は、絶望とは無縁であった。

 

 彼らの瞳には、かつてないほどの確固たる闘志と、燃え盛るような誇りの炎が宿り、その指揮と結束は過去の歴史に類を見ないほどに高く、恐ろしく研ぎ澄まされていく。

 

 狂気に染まった世界が、どれほどの数で押し寄せようとも。

 

 この島には、獅子の娘が咆哮を上げ、悪魔の頭脳を持つ少年の編み出した無敵の鉄陣が敷かれている。

 

 不落の要塞たるオーブの真の力が、今まさに、その全貌を世界へと見せつけようとしていた。

 

 

 




いやぁ、なんなんだ、ユーラシア連邦って。

ジブリールの邸宅が西ユーラシアにあるから西側に友人が多いのだろう。

だから東側はそうなるかな。

ホントなんなんだあのティエレン狂いでウオッカ好きのイワン達は。

硬い!強い!安い!歩く重戦車!デカい大砲!緑色!

アカン、露助さん達が大好きな要素しかねぇよティエレン。

ジブリールが動かしやすいから便利ですけど、ティエレン教の連中はティエレン絡めば動かしやすくてこっちもこっちで助かる。

マジでなんなんだティエレンとユーラシア、どうしてこうなったんだ?


ああ、公式はラクスが嫁なんだけどさ、それはそれとしてキラカガの絡みも好きだったんだ。マリューさんとのやり取りも歳上の姉と弟って感じのDestiny期とかナタルさんも好きなんで、アカン、キラが節操なしになる。

だから多分私は派閥的にキラカガなんだと思う?
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