やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-08 目覚めぬ黄金

 

 TC-OSをウズミ様に売り込むという、僕のコズミック・イラにおける最初にして最大の生存戦略が見事に成功を収めた後。僕はオーブ本国、オノゴロ島の地下深くにあるモルゲンレーテの極秘開発施設に、半ば軟禁のような状態で完全に缶詰めになっていた。

 

 ヘリオポリスの秘密ドックで『プロトアストレイ』シリーズの超高性能なフレームを開発しているその傍らで、本国ではその設計思想を徹底的に簡略化し、量産性と整備性を極限まで高めた『M1アストレイ』の開発と製作を同時並行で進めている。技術者たちの胃に穴が空きそうな、なんとも無茶で強引なスケジュールである。しかし、そこまでしてでも「ナチュラルが運用できるモビルスーツ」という決定的な暴力を求めているのは、オーブ五大氏族の一つ、サハク家のロンド・ギナ・サハクとロンド・ミナ・サハクという双子が、「中立国オーブを、地球連合にもプラントにも屈しない世界の覇権国に押し上げる」という、野心と狂気に満ちた構想を抱いているからに他ならない。

 

 もっとも、後にロンド・ミナ・サハクは、あのジャンク屋のロウ・ギュールという規格外の男と出会うことでその覇道への執着を改め、『天空の宣言』という新たな道を見出すことになるのだが。

 

 ただ、メタ的な視点で歴史の結末を俯瞰してしまえば、ある意味で数年後のオーブという国は、二度の巨大な大戦を経て地球連合もザフトも互いに疲弊し、国力を削り合った結果、相対的に「世界で最も力を持った勝ち組国」へとちゃっかり成り上がってしまうのだ。

 

 というか、冷静に戦力を分析してみれば、それはあまりにも理不尽で反則的なまでのチート布陣である。

 

 国家元首であるカガリ・ユラ・アスハの双子の兄弟には、このコズミック・イラにおいてトップクラスパイロットであるキラ・ヤマトが控えている。さらに、その親友にして、単機で戦局を覆す戦術機動の鬼でありカガリの恋人でもあるアスラン・ザラも(立場は複雑だが)実質的にオーブの剣として機能する。さらにさらに、元々はザフトのエースであったオーブ出身の暴走特急、シン・アスカまでもが最終的には味方陣営へと収まるのだ。

 

 こんな、一騎当千の化け物じみたトップパイロットたちが、たとえ型落ちの機体であろうとファウンデーションの最新鋭機たちを完膚なきまでに圧倒し、蹂躙してしまうほどの異常な操縦技術を持っている。その上、彼らが搭乗するのは『ストライクフリーダム』、『インフィニットジャスティス』、そして『デスティニー』という、兵器の概念を覆すワンオフの超絶機体ばかり。

 

 もし世界中が結託して「オーブを焼こう」と企んだとしても、この最凶のパイロットと最強のモビルスーツのパーティが徒党を組んで、文字通り「物理的に」敵を滅ぼしにかかってくるのだ。

 

 しかも一般兵からしてオーブを撃ったとあればオーブに死の刃を向けたものを決して許すなど単艦突撃する程に覚悟ガンギマリ軍隊でもあるのだ。

 

 そりゃあ、どこの国も手出しなどできるはずがない。さもありなん、というやつだ。

 

 ……という未来の厄介なパワーバランスの話は一旦脇に置いておくとして。

 

 現在の僕は、そんなチート戦力の片鱗を隠しつつ、ただの「ちょっとOSに詳しい学生プログラマー」という顔をして、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンという、所謂『アストレイ三人娘』と呼ばれるテストパイロットたちに絶えず絡まれながら、TC-OSのM1アストレイへのアジャストと微調整作業に忙殺されていた。

 

「ねえねえキラ君! さっきの模擬戦のデータなんだけど、あの間合いでバクゥのミサイルポッドを躱す時、TC-OSの推奨ルートが右斜め上だったじゃない? あれ、左のブーストをちょっとだけ遅らせた方が、次のライフルに繋がりやすくない?」

 

「ああ、それは機体の慣性モーメントの計算が……ジュリさん、そこのソースコードの140行目を開いて。変数を0.2秒だけディレイさせるから」

 

「んー、よくわかんないけど、要するにキラ君の言う通りに踏み込めば、もっと早く動けるってことね!」

 

 原作アニメにおいて、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦という絶望的な混戦の只中で、次々と非業の戦死を遂げてしまう彼女たち。その悲惨な未来の記憶があるからこそ、こうして生きて笑い、時に少し年上のお姉さん特有の余裕でからかわれるように絡まれるのは、僕にとっても少しドギマギしてしまうと同時に、酷く胸を締め付けられるような愛おしさを感じさせていた。

 

 だからこそ、僕は彼女たちに徹底的なスパルタ教育を施していた。

 

 TC-OSの細かいパラメータ調整はもちろんのこと、僕自身がジンやM1アストレイのテスト機に乗り込み、彼女たち三人を同時に相手取っての「レクチャー」という名の容赦ない模擬戦を繰り返した。

 

 スーパーコーディネイターとしての反射神経と空間認識能力を全開にし、情け容赦なく彼女たちの機体を叩き伏せ、弱点を抉り、被弾の恐怖と戦術の基礎をその身体の芯まで叩き込む、文字通りのパワーレベリングだ。

 

「また負けたぁ! キラ君、絶対手加減してないでしょ!」と涙目で抗議されようとも、僕は決して手を抜かなかった。

 

 強くなってほしい。生き延びてほしい。あの凄惨なヤキン・ドゥーエの地獄を、誰一人欠けることなく生き抜いて、どうか『DESTINY』の時代まで命を繋いでほしい。

 

 そして、代表という重圧に押し潰されそうになるカガリの側で、彼女が唯一気を抜いて、ただの「女の子」として関われる大切な友人というポジションで、あの不器用な双子の姉妹を支え続けてほしいからだ。

 

「もー、キラ君ってば本当に鬼コーチなんだから。ねえアサギ、これ絶対、私たちが弱音吐くのを楽しんでるドSなんじゃない?」

 

 パイロットスーツの胸元を無造作に寛げながら、ジュースの缶を片手に僕の背中にドスッと寄りかかってくるマユラさん。

 

 真剣にデータと向き合うリーダー格のアサギさんや、真面目に論理ツリーの構造を理解しようとノートを取っているジュリさんはとても教えやすくて助かるのだが。このノリが良くて天真爛漫なマユラさんだけは、なにかと僕のパーソナルスペースにズカズカと踏み込み、大胆なスキンシップでからかってくるので、本当に心臓に悪い。

 

「マユラ、キラ君が困ってるじゃない。OSの調整に集中させてあげなさいよ」

 

「えー? だってキラ君、いっつも難しい顔して画面ばっかり睨んでるんだもん。たまには年上のお姉さんに甘えてもいいんだよ? ほら、肩揉んであげよっか?」

 

「だ、大丈夫です! 自分でもみほぐせますから! それよりマユラさん、さっきの格闘戦のデータ、踏み込みの時に重心が前に出過ぎてて、もし相手が長物を持ったみたいな重武装だったら完全にカウンターもらってますよ!」

 

「うげっ、そこでダメ出し来る!? 本当にキラ君、可愛い顔して容赦ないんだからぁ……」

 

 むくれるマユラさんをアサギさんとジュリさんが呆れたように笑い、狭い管制室に明るい声が響く。

 

 その眩しいほどの日常の光景を守るためなら、僕はどれほど鬼と呼ばれようと構わなかった。彼女たちの笑顔が、戦火の煙に消えてしまわないように。僕の手で組み上げたOSと、僕の叩き込んだ戦術が、いつか必ず来るその日、彼女たちの命を繋ぐ絶対的な盾となることを信じて、僕は再びマルチモニターの複雑なソースコードの海へと意識を潜らせていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 TC-OSのM1アストレイへのアジャスト、そしてアサギさんたち三人娘への地獄のパワーレベリングが終わろうとも、僕のモルゲンレーテでの仕事はまだまだ終わらない。

 

 というより、実を言えばM1のOS開発は、僕がオーブ本国に留まるための巨大な「建前」であり、オーブの防衛力を底上げするための「前座」に過ぎなかった。

 

 僕がオノゴロ島の地下深くに広がる最重要機密区画で、太陽の光すら拝めない完全な缶詰め状態になりながら取り組んでいる本当の『本命』。

 

 それは、オーブの理念そのものを体現する黄金の意志にして、国家防衛の最終切り札──『アカツキ』の機体設計とシステム開発への本格的な介入である。

 

 原作知識を持つ僕の視点から冷静に分析してしまえば、アカツキというモビルスーツは非常にアンバランスで、特異すぎる機体だ。

 

 その機体フレームの基礎構造は、初期GAT-X100系フレーム、つまりストライクの設計思想がそのまま土台になっている。言ってしまえば、機体表面に施されたビームを完全に弾き返すという規格外のチート装甲『ヤタノカガミ』という一発芸を除けば、根本的な基礎スペックは「ストライクより少し出力と機動性がマシになった程度のMS」でしかないのだ。

 

 モビルスーツの技術革新が狂ったような速度で進むコズミック・イラにおいて、その旧式化の波は残酷だ。

 

 『DESTINY』の時代(C.E.73)においてすら、デスティニーといった最新鋭機を相手にするには基礎スペックの面で精一杯の性能だった。

 

 さらにその先の『FREEDOM』の時代(C.E.75)ともなれば、もはや完全に時代遅れの型落ち機体である。いくらヤタノカガミが戦略級ビーム兵器であるレクイエムの凶弾を跳ね返すという物理法則を無視したトンデモな奇跡を起こしたとはいえ、デスティニーSpecⅡやストライクフリーダム弐式、インフィニットジャスティス弐式といった化け物じみた機体たちと肩を並べて戦うには、フレームの剛性も出力も圧倒的に足りていないのだ。

 

 だが、そんなピーキーな機体であるアカツキの「本体部分」は、実はこのC.E.71年の『SEED』期の段階ですでに完成の域に達しているという事実を、僕は前世のオタク知識と武装の型番から正確に読み取っていた。

 

 アカツキの専用装備を紐解けば、その真実は一目瞭然だ。

 

 専用の防盾である『試製71式防盾』はC.E.71年に、主兵装であるビームライフルはC.E.72年に、そして『73式双刀型ビームサーベル』はC.E.73年にそれぞれ型番が振り分けられ、ロールアウトしている。

 

 つまり、少なくとも「71式」のシールドが完成し、試験運用されている現時点において、それを装備してヤタノカガミのコーティングを施された「アカツキ本体」のハードウェアは、ほぼ組み上がっている可能性が極めて高いのだ。

 

 では、なぜ原作においてこのC.E.71年のオーブ解放作戦(連合によるオーブ侵攻)の際にアカツキは姿を見せなかったのか。

 

理由は簡単だ。「ハードウェアはあっても、それをナチュラルが、あるいは未熟なパイロットが完璧に制御するためのOSと、ヤタノカガミのエネルギー管理システムが未完成だったから」だろう。

 

 故に、僕というスーパーコーディネイターの頭脳と、完成したばかりの『TC-OS』の技術をここに直接テコ入れしてやれば。

 

 エネルギー変換効率の最適化プログラムを書き換え、関節部の駆動モーターに最新の負荷軽減ロジックを組み込み、空間認識能力を補助するセンサーネットワークをストライク以上の精度で構築してやれば。

 

 この黄金のモビルスーツは、C.E.71年の大西洋連邦によるオーブ侵攻のその日に、完全な状態で間に合う可能性が十分にあると僕は見ている。

 

 ウズミ・ナラ・アスハが、愛する国と娘を守るために、自らの命をカグヤとモルゲンレーテ諸共に自爆という形で散らす必要をなくすために。

 

 連合の悪辣なGATシリーズや、後に投入されるであろうカラミティ、フォビドゥン、レイダーといった悪夢の三馬鹿の機体を相手にしても、決して退かず、オーブの空と海を守り抜く絶対的な『盾』を完成させるために。

 

「……くそっ、ヤタノカガミの相転移時の熱量変換データ、元のままだとラグが0.04秒もある。これじゃ連合の新型ビームライフルを連続で受けたら、コーティングの下のフレームが融解するぞ……!」

 

 冷房の効いた地下のシステムルームで、僕はモニターの青白い光に照らされながら、キーボードを叩く指を限界まで加速させていた。傍らには空になったエナジードリンクの缶と、手つかずで冷めきったコーヒーのマグカップが無造作に転がっている。

 

 視界の端にチラつく睡眠不足のノイズを意志の力でねじ伏せ、機体制御のソースコードを一行一行、血を吐くような執念で洗練させていく。

 

 基礎フレームがX100系なら、僕が知り尽くしているストライクのシミュレーションデータが完全に流用できる。ヤタノカガミという最強の装甲を活かすためには、被弾を前提とした「受けの姿勢」を取るための極めて特殊なダメージコントロールと、反射角を瞬時に計算して敵にビームを撃ち返すための逆算AIが必要だ。TC-OSの論理ツリーをアカツキ専用に根本から再構築し、空間認識のアルゴリズムを限界まで引き上げる。

 

 本来なら数年がかりで、何十人もの天才技術者が頭を突き合わせて構築するはずの機体制御システムを、僕はたった一人で組み上げようとしているのだ。脳髄が焼き切れそうなほどの熱を帯び、スーパーコーディネイターとして造られたこの肉体ですら、悲鳴を上げ始めているのが分かる。

 

 それでも、僕の手は決して止まらなかった。

 

 夜になれば、遠いプラントにいるラクスからのクロッシングが、この冷たい地下室に温かい花の香りを運んでくれる。彼女もまた、世界を救うために血みどろの泥水の中で必死に足掻いている。

 

 彼女が世界に抗うための巨大なネットワークを築いているのなら、僕はここで、僕たちの故郷を守るための最強の金色の神像を造り上げる。

 

 オーブ本国の地下深く。誰にも知られることなく進行するこの猛烈な開発作業の果てに、運命の日、地球連合軍の前に立ちはだかるのは、燃え盛る自爆の炎ではなく、すべての絶望を弾き返す黄金の光であってほしい。

 

 そのたった一つの祈りをコードに乗せて、僕は今日もまた、終わりの見えないモニターの海へと深く潜っていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 プラントの最高評議会議長邸、その最も奥まった安全な自室のベッドの上で。

 

 ラクス・クラインは、手にしたシルクのシーツを、ギリギリと引き裂かんばかりの力で握りしめていた。

 

(……今すぐ、今すぐにでも地球へ降下して、オノゴロ島の地下施設に乗り込んでしまいたいですわ……!)

 

 彼女のサファイアの瞳には、いつもの穏やかな慈愛の光ではなく、明確な焦燥と、どす黒く煮えたぎるような強烈な独占欲が渦巻いていた。

 

 事の発端は、日課となっているキラとのクロッシングである。

 

 彼が自らの命を削るようにして、アカツキのOS開発とM1アストレイの調整のために徹夜作業を続けている凄絶な光景。冷めきった泥水のようなコーヒーの味、網膜に焼き付くモニターの光、そして限界を超えて軋む肉体の疲労感。それを深層同期で共有してしまえば、彼を案じて「今すぐ飛んでいって、その身体を休ませてあげたい」という切実な庇護欲に駆られるのは、婚約者(仮)として、そして彼を心から愛する者として当然の感情であり、無理もないことだ。

 

 ──というのは、あくまで自分自身を納得させるための、そして他者に向けるための『美しき建前』である。

 

 ラクスをここまで狂おしいほどの焦燥感で苛ませている本当の理由。

 

 それは、キラの思考と感覚の端々から否応なしに伝わってくる、完全に意識外から現れた『想定外過ぎる伏兵』──アストレイ三人娘による、過剰なまでの物理的スキンシップだった。

 

 クロッシングを通じて、ラクスは生々しく感じ取ってしまっていたのだ。

 

 愛しい少年の華奢な背中に、豊満で柔らかな年上の女性の胸がドスッと遠慮なく押し付けられるあの感触を。彼の耳元で甘くからかうように囁かれる吐息を。それにドギマギして、顔を真っ赤にしながら慌てふためく、キラの心臓の早鐘を。

 

(……っ! マユラさんと言いましたわね。あの方は、距離感が少しバグっておいでなのではなくて!?)

 

 ラクスにとって、ヘリオポリスにおけるキラの女性関係は、ある程度「安全圏」であると完全に高を括っていた。

 

 気の置けない女友達であるミリアリアは、親友であるトール・ケーニヒの絶対的な彼女という不可侵の立場にあるため、何の心配もいらない。

 

 原作の記憶においてキラを泥沼の愛憎劇へと引きずり込むはずのフレイ・アルスターに至っては、サイ・アーガイルの婚約者というレールに乗っている上、キラ自身が未来の悲劇を回避するためか、彼女に近づくこと自体を極端に避けている節があるのをラクスは把握していた。

 

 さらに言えば、毎朝毎晩、ラクス自身が仕掛ける『疑似同衾』とも言える深層クロッシングによって、キラが自分の存在の近さにドギマギし、彼自身のパーソナルスペースの最も深い部分を自分が完全に支配・独占しているという絶対的な自信があったのだ。

 

 けれども、そんなラクスの緻密な包囲網は、「物理的な距離の壁」というたった一つの物理法則によって、いとも容易く突破されてしまった。

 

 どれほど心と魂が深く繋がっていようとも、今この瞬間、彼の体温に直接触れ、その肩を叩き、背中に寄りかかっているのは、宇宙の彼方にいるラクスではなく、オノゴロ島の地下にいるあの三人娘なのだ。

 

(ああ、もう……! 本当に、今この世界に『インフィニットジャスティス』が存在していれば……! あの機体のコックピットに無理やりにでも押し入って、単機で大気圏を突破して、オーブのモルゲンレーテに直接カチ込みをかけてやりたい気分ですわ……!)

 

 平和の歌姫らしからぬ、あまりにも物騒で過激な衝動が脳裏を駆け巡る。もし今、ファクトリーにファトゥムを背負ったあの真紅の機体があれば、ラクスは本気でそれを強奪して地球へ降下していたかもしれない。それほどまでに、彼女の胸の内で暴れ回る嫉妬という名の怪物は、制御不能な熱を帯びていた。

 

 彼女をここまで不安にさせる原因は、キラ・ヤマトという少年の、その特殊すぎるパーソナリティにある。

 

 キラは、彼が前世の記憶として持っている「本来のキラ・ヤマト」の不器用さよりも、さらにもう一段階奥手だと思えるほどに、人間関係の構築が下手だった。自分から積極的に他者の懐に飛び込んだり、話題を振って会話をリードしたりすることを極端に苦手とする、根っからの受け身なのだ。

 

 だが、それは決して「他者と関われない」わけではない。トールやロウのような、勢いがあって裏表のない強烈な陽キャにぐいぐいと引っ張られ、話しかけられれば、しっかりと会話を成立させ、絶妙な相槌で付き合っていけるだけの柔軟な適応力を持っている。

 

 つまり彼は、「強引に踏み込んでくる人間に対して、拒絶しきれずに流されてしまう」という、極めて厄介で危うい隙を常に晒しているのだ。

 

 当然、男の性として、年上の魅力的な女性から物理的な接触をされれば、健康な思春期の少年としてドギマギしてしまうのは生物学的に理解できる。ラクスとて、その程度のことで彼を不潔だと責めるつもりはない。

 

 だが、問題なのはそこではない。

 

 彼は、自分自身が周囲に向けて無意識に垂れ流している『ある種の猛毒』について、決定的なまでに無自覚すぎるのだ。

 

 あの、ヒビキ博士の狂気によって造り出された神をも恐れぬスーパーコーディネイターとしての絶対的な頭脳と力。それほどの恐ろしい才覚を隠し持ちながら、普段は面倒くさがり屋で、気怠げで、どこか怯えたような瞳をして丸まっている。世界の命運を背負って一人でボロボロになりながらも、決して誰かに助けを求めようとしない、その危ういまでの孤独と自己犠牲の精神。

 

 そんなアンバランス極まりない存在が、ふとした瞬間に見せる、年相応の少年らしい照れ顔や、困り果てたような情けない笑顔。

 

(……キラ。あなたは分かっておいでではありませんのよ。あなたが醸し出すその『放っておけない』『守ってあげたい』『いじめたくなる』というオーラが、どれほど女性の母性や征服欲を刺激し、狂わせる、恐ろしい毒であるかということを)

 

 彼から滲み出るその庇護欲を煽るオーラは、女性からすれば、一度嗅げば二度と離れられなくなるほどの強烈な媚薬であり、猛毒だ。

 

 事実、遠く離れたプラントにいるラクス自身が、その毒に完全に中てられ、彼のためならば世界を裏で牛耳る修羅にすらなろうと決意してしまっているのだから。

 

 オーブの地下で彼と直に接しているあのアストレイ三人娘たちが、彼のその隠しきれない優しさと危うさに惹かれ、彼を「からかいがいのある可愛い弟分」以上の存在として意識し始めるのは、もはや時間の問題だった。

 

「……ええ、ええ。分かっておりますわ。これも全て、わたくしが傍に居て差し上げられないのがいけないのです」

 

 ラクスは深く、長く、熱い吐息を一つ零すと、乱れたシーツから手を離し、自らの豊かなピンク色の髪を掻き上げた。

 

 焦燥感に身を任せていても仕方がない。今の自分にできることは、彼がオーブで築き上げている『最強の剣と盾』の完成を信じて待ちながら、自らもプラントの深部で『ターミナル』の地盤を盤石にすることだけだ。

 

 だが、ただ大人しく待っているだけの従順なお姫様でいるつもりは、毛頭なかった。

 

「……今夜のクロッシングは、少しだけ……『お仕置き』が必要かもしれませんわね」

 

 クスリと、天使のように可憐で、悪魔のように艶やかな笑みを浮かべる。

 

 物理的な接触で彼が他の女性にドギマギしたのなら。それ以上の、魂の底からとろけるような甘く深い接触を、視覚も聴覚も触覚もすべてをジャックして、彼の脳髄に直接叩き込んでやるまでだ。

 

「ラクス以外には、もう誰にも触れられたくない」と、彼自身の細胞が錯覚して泣き言を漏らすくらい、徹底的に、濃密に。

 

 世界を憎しみの連鎖から救うための戦いの裏側で、たった一人の少年を誰にも渡すまいとする、十五歳の少女の静かで苛烈な『もう一つの包囲戦』の炎が、宇宙の暗闇の中でひっそりと、しかし爆発的に燃え上がっていた。

 

 

 

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