やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-89 人類革新連盟

 

 地球連合軍総司令部ヘブンズベース。

 

 そこから全世界の連合軍基地へと発せられた「裏切り者のテロ支援国家オーブへの殲滅命令」は、地球圏をかつてない異常なカオスへと叩き込んでいた。

 

 命令の建前はこうだ。

 

『オーブは人類の至宝たるニュートロンジャマーキャンセラーを独占し、我が大西洋連邦やユーラシア連邦から莫大な資金と技術、情報を巻き上げた挙句、あろうことか敵対国であるプラントへと売り渡している。これは明白な裏切りであり、断じて許されざるテロ行為である』と。

 

 しかし、この勇ましい総司令部からの号令に対し、世界各地の駐屯地が取った行動は、ブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールの思惑とは決定的に異なるものであった。

 

 雪煙が舞うウラル山脈の平原では、目を疑うような光景が繰り広げられていた。

 

 地球連合軍の軍旗を掲げる部隊同士が、砲火を交えていたのである。

 

「一歩も通すな! オーブへ向かおうとする西部方面軍の馬鹿共をここで食い止めろ!」

 

 ユーラシア連邦・東側軍の指揮官は、血走った目でティエレン部隊に命令を下していた。 

 

 彼らにとって、オーブは「裏切り者」などではなく、自国にティエレンや新技術をもたらし、NJCによる莫大なエネルギー的恩恵を約束してくれた『希望の星』である。

 

 そのオーブを、教義に狂った西側の連中が焼き払おうとしているのだ。

 

 東側軍からすれば、オーブへの進軍は自国の国益と未来を灰にする行為に他ならない。

 

「ここで奴らを止めるのが、我ら祖国の英雄への恩返しである! アゴーニッ!!」

 

 事実上の内戦一歩手前。

 

 ユーラシア連邦の国土は、オーブという小国を守る側と攻める側とで、完全に真っ二つに割れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……太平洋第4艦隊をはじめ、当基地に所属するブルーコスモス・シンパの将兵たちが、次々と無断出撃を開始しています。よろしいのですか、司令」

 

 司令室の中で、副官が報告書を読み上げる。

 

 窓の外では、オーブ殲滅の熱狂に当てられた将兵たちが、次々と揚陸艦やストライクダガーに乗り込み、基地を出発していく様子が見えた。

 

 デスクに深く腰掛けた白髪交じりの基地司令官は、葉巻の煙をゆっくりと吐き出しながら、鼻で笑った。

 

「放っておけ。私は確かに『全軍待機』の命令を出した。だが、連中は私の命令を無視して、ヘブンズベースの総司令部命令に従って勝手に出て行った。……つまり、連中は我々の指揮下を離れた『無断出撃の反逆者』だ。そうだろ?」

 

「はい。書類上は、完全にそうなります」 

 

 司令官の狡猾な笑みに、副官もまた微かに口角を上げる。

大西洋連邦における軍需産業のトップ、ムルタ・アズラエルが「キラ・ヤマトは最高のビジネスパートナーである」として静観を決め込んでいるのは公然の秘密だ。

 

 しかし、この基地の司令官をはじめ、多くの駐屯地司令官が『待機命令』を出した理由は、アズラエルへの忖度だけではない。

 

 彼ら自身の冷徹な「計算」があったのだ。

 

 司令官はデスクの上に置かれた一枚の書類──オーブから提示された『NJCライセンス契約書』のコピーを指で弾いた。

 

「総司令部は、オーブがNJCで我々から金を巻き上げていると喚いているがね……。あのヤマト准将が提示したこの契約書、実によく出来ていると思わんか?」

 

 NJCという、世界のエネルギー事情を根底から覆す魔法の箱。

 

 ヤマト准将がその技術を発表してから、まだわずか『一週間』しか経っていない。

 

 各国とのライセンス契約が結ばれ、まさにこれから供給順の枠組みが決定されるというこの最重要のタイミングで、ヘブンズベースは攻撃命令を出したのだ。

 

「ヤマト准将がNJCの提供に際して付けた条件は、たった一つ。『軍事転用の禁止』。……これだけだ」

 

「はい。核ミサイルやモビルスーツ、モビルアーマーなどの『兵器』に直接搭載することは絶対に認めない、と明記されています」

 

「そう。兵器に直接搭載しなければいいのだ」

 

 司令官はニヤリと笑い、葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「NJCを使って大規模な発電所を稼働させる。それは『民需』への使用だ。契約上、何の問題もない。……だがな、その無尽蔵の電力を使って稼働する『工場』で、戦車を作り、モビルスーツを量産し、弾薬を製造することについては、この契約書のどこにも禁止条項として書かれていないのだよ」

 

 副官は息を呑んだ。

 

 つまり、オーブの条件を呑んでNJCを民需として受け入れさえすれば、国家の電力問題が完全解決するだけでなく、結果としてその恩恵は軍需産業と軍事力の底上げに直結する。

 

 兵器の心臓にするのはNGだが、兵器を作るための血にするのは黙認されているのだ。

 

「総司令部の馬鹿どもは、直接核ミサイルを撃てないからと癇癪を起こしているようだがね。我々現場の人間や、国家の経済を回している連中からすれば、ヤマト准将の提示したこの抜け穴だらけの条件は、事実上の『無制限のエネルギー供給』と同義だ」

 

 司令官は窓の外、遠ざかっていくブルーコスモスの艦隊を冷ややかに見つめた。

 

「そんな『金の卵を産むガチョウ』を、たった一週間で殺しに行けだと? 冗談ではない。あのヤマト准将が、我々においしい汁を吸わせるためにわざとこの抜け穴を用意してくれたのだとしたら、彼に刃を向けることこそが最大の国益の損失だ」

 

 オーブを討てば、NJCのライセンス契約は白紙となる。

 

 だが、待機していれば、自分たちは安全な場所から無尽蔵のエネルギーを手に入れることができる。

 

 どちらが利口な選択かなど、考えるまでもない。

 

「それに……」

 

 司令官は声を潜め、冷酷な光を瞳に宿した。

 

「当基地内に蔓延っていた、教義に狂って軍規も守れないブルーコスモスのダニ共だ。あれの扱いに常日頃から頭を痛めていたが、連中が勝手に『総司令部の命令』という建前で出撃してくれたおかげで、基地は随分と風通しが良くなった」

 

「……確かに。厄介払いができましたな」

 

「連中がオーブを落とせば、それはそれで恩恵にあずかればいい。だが、あのヤマト准将と『オーブの獅子』が手薬煉引いて待ち構えている鉄壁の要塞を、あんな烏合の衆が落とせるはずもない。どうせ全滅するさ」

 

 駐屯地の司令官たちは、狂信者たちがオーブ軍の圧倒的な火力の前に海の藻屑となることを、最初から完全に計算し尽くしていたのだ。

 

「我々は『待機命令を出したが、暴走した一部の部隊が無断出撃した』と上に報告を上げておけ。あとは……あの泣き虫で恐ろしい准将殿が、我々の代わりにあのダニ共を綺麗に『消毒』してくれるのを、温かいコーヒーでも飲みながら待つとしようじゃないか」

 

「はっ。直ちに報告書の作成に入ります」

 

 狂信の熱に浮かされてオーブへと殺到するブルーコスモスの軍勢。

 

 しかしその後ろ盾であるはずの地球連合軍の内部は、すでにヤマト准将が張り巡らせた「NJCという名の甘い毒と利権」によって完全に分断され、腐り落ちていた。

 

 誰も、本気でオーブなど滅ぼしたくはなかったのだ。

  

 死地に赴く狂信者たちは、自らが信じた総司令部にも、そして自らが所属する基地の司令官たちにも、とうの昔に見捨てられた『哀れな生贄』に過ぎないという真実を知る由もなかったのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 血と炎に彩られた太平洋の凄惨な殲滅戦が3日目を迎えたその日。

 

 狂信者たちが己の愚かさを証明し続ける海から遠く離れたユーラシア大陸の凍てつく大地において、混迷渦巻く世界地図を根本から塗り替える『新たな巨大な枠組み』が産声を上げた。

 

 『人類革新連盟』──通称:人革連。

 

 それは、長きにわたり確執と妥協を繰り返してきたユーラシア連邦の「東側」と、東アジア共和国が電撃的に樹立した、完全なる新国家連盟である。

 

 この歴史的連盟の成立には、極めて生々しい政治的駆け引きと、現場レベルでの血の滲むような軍事的連帯が存在した。

 

 その最大のカードとなったのが、東アジア共和国の要衝『カオシュン宇宙港』の攻防戦である。

 

 ユーラシア連邦東側の部隊は、圧倒的な物量を誇るザフト軍の侵攻に対し、ティエレンの堅牢さを活かして実に「一ヶ月」もの間、この宇宙港を死守するという歴史的戦果を挙げていた。

 

 しかし、防衛の任を東アジア共和国の正規部隊へと交代した途端、宇宙港はあっさりと陥落してしまったのである。

 

 ユーラシア東側は、この「東アジア側の致命的な失態」を、外交交渉における最強のカードとしてフルに活用した。

 

 カオシュンを失い、惨敗の泥を啜った東アジア共和国軍は、プライドを完全に捨て去り、ユーラシア東側の将校たちから『ティエレンの正しい運用論と泥臭い防衛戦術』を徹底的に学んだ。

 

 ザフト軍がカオシュンからさらに北上してくるのを防ぐため、両軍は国境を越えた大規模な共同軍事演習を繰り返し、東側の指揮官を教導官として招き入れるなど、軍部レベルでの強固な信頼関係を築き上げてきたのだ。

 

 その血と汗の交流の中で、両国の将官たちの間で水面下で熱っぽく語り合われていたのが『カオシュン宇宙港奪還作戦』である。

 

 この共通の悲願が、両国の政治的壁を打ち壊す最大の原動力となった。

 

 そして、今回の「ヘブンズベースからのオーブ殲滅命令」という世界的狂気は、ユーラシア東側にとって『西側』を完全に切り捨てる決定的なトリガーとなった。

 

 もともと、ユーラシア東側からすれば、はるか遠くアフリカ大陸にある『ビクトリア宇宙港』のマスドライバーよりも、自分たちのすぐ足元、目と鼻の先にある『カオシュン宇宙港』のマスドライバーを使用する方が、兵站的にも経済的にも圧倒的に合理的であった。

 

 実利のない西側の顔色を窺う必要など、とうの昔に無くなっていたのである。

 

 故に、彼らは決断した。

 

 自分たちの救国の英雄であり、至高の鉄の盾を与えてくれた『キラ・ヤマト准将』を、あろうことか「悪魔」と呼び、教義の熱狂に浮かされて八つ当たりじみた侵略戦争を仕掛けた西側の没落貴族ども。

 

 そんな腐りきった連中とは、この瞬間に完全なる決別を果たす、と。

 

 新連盟の名称である『人類革新連盟』という響きは、東アジア共和国のプライドへの最大限の配慮であり、彼らが愛用する『ティエレン』に相応しい重厚な名である。

 

 だが、連盟樹立の立役者であるユーラシア東側の外交官たちは、その名称で東アジア側を気持ちよくさせつつも、新連盟の『首都』をちゃっかり「モスクワ」に設定するという、したたかで鮮やかな政治的ハットトリックをキメていた。

 

 これを知ったユーラシア西側の首都・ブリュッセルの首脳陣は、文字通り泡を吹いて大慌てとなった。

 

「勝手な独立など認めない! 東側は直ちにユーラシア連邦への帰属と絶対服従を誓い、オーブ討伐軍へ兵を出せ!」というヒステリックな通達がモスクワへと送られたが。 

 

 ウォッカとティエレンをこよなく愛する、モスクワの「雪熊(イワンコフ)」たる東側の将軍たちは、その通達書をウォッカのつまみ代わりに暖炉へ放り投げ、西側に向けて極めて分かりやすい中指を突き立ててこう言い放った。

 

「一昨日来やがれ、青白き清浄なるクソッタレども」

 

 そして何より、この「人類革新連盟」の樹立と西側からの離脱を、誰よりも熱狂的に、一切の不安なく歓迎したのは、他でもない東側の『民間人たち』であった。

 

 彼らにとって、ティエレンとは単なる軍事兵器ではない。

 

 国家の命運を繋ぎ止め、自分たちの明日のパンを約束してくれた『神の遣い』に等しい存在なのだ。

 

 エイプリルフール・クライシスによってエネルギー網が寸断され、凍えと飢えに苦しみ、国家経済が完全に冷え切っていたあの絶望の時代。

 

 そこへもたらされたティエレンは、「自衛用民生MS」というコンセプト通り、極めて堅牢かつシンプルな構造を持ち、高度な設備を持つ大企業の工場から、街角の小さな町工場に至るまで、あらゆるレベルの工業インフラで部品の製造と組み立てが可能であった。

 

 これが何を意味するか。

 

 ティエレンの量産という巨大な軍需プロジェクトが、そのまま国家規模の『超大型公共事業』として機能したのである。

 

 軍がティエレンを発注すればするほど、その莫大な金はピラミッドの底辺である町工場にまで直接還元され、労働者の懐を潤し、凍えきっていた街の経済に火を灯した。

 

 東側の民衆は、ティエレンを作ることで日々の糧を得て、ティエレンによって自分たちの命と生活を救われたのだ。

 

「俺たちの命の恩人を、悪魔だと抜かす連中と一緒にされたくない!!」

 

 東側の民衆の中で、この強烈な国民感情が自然発生するのは、あまりにも当然の帰結であった。

 

 彼らにとって、ティエレンの生みの親であるオーブの『キラ・ヤマト准将』は、もはや遠い異国の軍人などではなく、自分たちの生活基盤を根底から支える『大恩ある恩人』である。

 

 その恩人を侮辱し、理不尽な暴力を振るおうとするブルーコスモスの狂信者たちに対する嫌悪感は、国家を二分するほどの巨大なうねりとなって、人類革新連盟という新たな大国の屋台骨を、鋼鉄のごとく強固なものへと鍛え上げていったのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 ユーラシア大陸で産声を上げた『人類革新連盟』の樹立という特大の激震は、ただの政治的パフォーマンスでは終わらなかった。

 

 その声明が全世界に発信された直後、地球連邦軍の軍事バランスを根底から崩壊させる、さらなる致命的な寝返りが立て続けに発生したのである。

 

 現在、ユーラシア連邦の管轄下に置かれていたはずの二つの巨大拠点。

 

 かつての地球連合軍総司令部である『アラスカ基地』、そして南アフリカのマスドライバー施設を有する『ビクトリア基地』。

 

 この二つの軍事拠点が、ブリュッセルへの忠誠を公然と破棄し、新国家・人革連への糾合を世界に向けて高らかに宣言したのだ。

 

 アラスカ基地の寝返りは、大西洋連邦が自ら蒔いた「悪逆の種」が実った結果に他ならなかった。

 

 かつて、ザフト軍の侵攻という危機的状況において、ロード・ジブリールをはじめとする総司令部首脳陣は、アラスカの守備隊を完全に『捨て駒』として見捨て、真っ先に尻尾を巻いてアイスランドのヘブンズベースへと逃亡した。

 

 アラスカの生き残りたちは、ブルーコスモスの狂信から完全に目を覚まし、『ティエレン教』へと宗教替えを果たしていたのである。

 

 さらに、アラスカに駐留していたユーラシア連邦部隊の将兵たちは、奇しくも大半が『東側』の出身であった。

 

 自分たちを見捨てた大西洋連邦と、それを黙認したユーラシア西側の没落貴族。

 

 そんな連中への恨み骨髄に達していた彼らが、故郷が立ち上げた『人革連』への参加を熱狂的に支持するのは、あまりにも自然な摂理であった。

 

 かくして、大西洋連邦の目と鼻の先、北米大陸の喉首に刃を突きつけるような位置にあるアラスカは、新興国家・人革連の強固な最前線基地として生まれ変わったのである。

 

 同じく、南アフリカの宇宙への玄関口『ビクトリア基地』の寝返りもまた、純粋な「生存戦略」によるものであった。

 

 赤道直下の過酷な環境とザフト軍の脅威に晒され続ける彼らにとって、遠く離れたブリュッセルの書類上の命令よりも、目の前の戦線を維持してくれるティエレンの方が、一万倍の価値があったのだ。

 

 これで、ユーラシア連邦西側は、戦力の約半分と、宇宙への最重要インフラであるマスドライバーを完全に喪失することとなった。

 

 怒り狂ったブリュッセルの首脳陣は「反乱軍を鎮圧せよ」と息巻いたが、それは物理的に不可能な寝言であった。

 

 なぜなら、ユーラシアからビクトリアへ軍を進めるには、地中海を完全に制圧しているザフトの『ジブラルタル基地』と、北アフリカ戦線を突破しなければならない。西側にとって、ビクトリア基地はどう足掻いても手を出せない『完全なる陸の孤島』であった。

 

 一方。自国の頭上に、突然「新興国家の巨大な軍事基地が爆誕する」という最悪の悪夢に直面した大西洋連邦政府は、パニックのあまり完全に理性を失っていた。

 

「どういうことだ、アズラエル理事!! アラスカ基地をユーラシア連邦へと明け渡したのは君だろうが! 君のその失策のせいで、我々の喉元に人革連の刃が突きつけられているんだぞ! この責任、どう取ってくれるつもりだ!!」

 

 政府高官からのヒステリックな責任追及の通信。

 

 しかし、南米のパナマ基地司令部でその通信を優雅に受け取った死の商人、ムルタ・アズラエルは、不敵な笑みを浮かべたまま、人差し指をトントンと机を叩いた。

 

「はて……? 何をそんなに慌てておいでで? 責任、とおっしゃいましたか?」

 

 アズラエルはモニター越しの高官たちを、まるで出来の悪い子供を見るような冷ややかな目で見据えた。

 

「よぉく胸に手を当てて思い出していただきたいのですがね。そもそも、あのアラスカから守備隊を見捨てて、尻尾を巻いてヘブンズベースへ逃げ込んだのは『どこの誰』でしたっけ?」

 

「ぐっ……そ、それは……!」

 

 図星を突かれ、政府高官たちの顔が青ざめる。

 

「総司令部がアラスカを無責任に放棄し、世界中に大西洋連邦の無能さと冷酷さを露呈させた。その最悪の『尻拭い』をして、ユーラシア連邦からのクレームを、アラスカ基地の管理権譲渡という形で綺麗に手打ちにしてやったんですよ? 僕の完璧な政治工作がなければ、あの時点でユーラシアは大西洋連邦に牙を剥いていたはずだ」

 

 アズラエルの言葉は、冷酷な真実として高官たちの心臓を抉った。

 

 彼がアラスカをユーラシアに渡したのは、同盟関係をギリギリで維持するための「必要経費」であったのだ。

 

 その後の人革連の樹立とアラスカの寝返りなど、アズラエルにとっては「計算外」ではなく、「いずれはそうなるだろう」と予測した上での、最初から織り込み済みのシナリオである。

 

「僕に責任を問う暇があるなら……そうですね、あの逃亡劇の尻拭いと、同盟の延命という大仕事の『コンサルティング料』を、ぜひ国防予算からたっぷりとお支払いいただきたいものです。請求書、今から送りましょうか?」

 

「…………ッ!!」

 

 アズラエルの極上の皮肉と脅迫の前に、大西洋連邦政府の高官たちは、血を吐くような思いで奥歯を噛み締め、誰一人として言葉を返すことができなかった。

 

 狂信者たちがオーブの海で無意味な血を流し続けるその裏で。

 

 盤石の軍事態勢を整えるオーブ、世界地図を塗り替えた人革連、そしてパナマで静かに笑う死の商人。

 

 世界はすでに、教義という名の熱狂に浮かされた愚か者たちを置き去りにして、遥か先の『次なる冷酷な時代』へとその駒を進めていたのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 ビクトリア基地が、極東の島国オーブからこれほど離れたアフリカの地で、狂気じみた戦乱の中でも陥落することなく防衛戦線を維持し得た背景には、盤石かつ狡猾な『物流の連鎖』が存在していた。

 

 この地の生存を支えていたのは、南アフリカ共和国からの地政学的支援と、宇宙の『ジャンク屋組合』との太いパイプである。

 

 ジャンク屋組合を通じて供給されるティエレンの整備部品、そして予備機体の調達。

 

 ビクトリア基地という巨大な施設そのものが、単なる軍事拠点ではなく、この物流の港として機能していたからこそ、部品を買い集め、稼働数を維持し続けることが可能であったのだ。

 

 一方で、この極めて強固な拠点がザフト軍に落とされなかった理由は、彼らの高い戦略的判断にあった。

 

 彼らにとっての最優先事項は、ジブラルタル基地を起点とする地中海からインド洋への海上輸送路の支配、そしてプラントへのエネルギーおよび物資供給ラインの維持である。

 

 ビクトリアに手を出すよりも、その圧倒的な防衛戦力に守られた拠点を『海上封鎖』という形で無力化し、そこを無視して輸送船団を動かす方が遥かに効率的だった。

 

 ザフト軍の冷徹な合理主義が、結果としてビクトリア基地の「見逃し」を生んだのだ。

 

 そして、ビクトリア基地が人革連への合流を決意した決定的な要因は、何よりも「そこにいた人々の魂」にあった。

 

 アラスカ基地の生き残りたちと同様、ビクトリア基地の司令部構成員もまた、ユーラシア連邦東側出身者で占められていた。

 

 彼らにとってティエレンとは、単なる兵器ではなく、絶望的な状況下で己の命を守り抜き、糧を与えてくれた『鉄の救世主』である。

 

 そのティエレンを国家の象徴として掲げ、キラ・ヤマト准将という守護者と共に歩む道を選択することは、彼らにとって政治的な決断などではない。

 

 それは、帰るべき場所へ帰るという『自然の摂理』にも等しい行為であった。

 

 アラスカとビクトリア。

 

 地球連合軍にとって宇宙への出口であり、地球の戦略的要衝でもあったこの二大拠点が、あっさりと人革連という新国家の傘下に入った事実は、地球連合──特に大西洋連邦がその軍事的支配権を急速に失っていることを世界に知らしめた。

 

「ティエレンを動かすための部品を、ジャンク屋から買い付けている」

 

 このシンプルかつ強固な現場の連携こそが、狂信者が叫ぶ聖戦の言葉よりも、遥かに強く世界を動かすリアリズムを持っていた。

 

 ユーラシア連邦という巨大な船から、東側の軍事拠点が次々と離脱し、人革連という新たな母港へと舵を切る。

 

 それは、「地球連合」という概念が、内部から急速に空洞化し、崩壊していく音であった。

 

 安全な場所でオーブ殲滅を叫ぶ総司令部と、現場でティエレンを整備し、共に明日のパンを分け合う兵士たち。

 

 勝負は、戦いが始まるよりも遥か以前から決まっていたのかもしれない。

 

 

◇◇◇

 

 

 オノゴロ島海岸防衛線。

 

 眼前に広がる太平洋では、オーブ国防軍の無慈悲な防衛網が敵をすり潰すという、一方的な防衛戦──という名の処刑劇が絶賛展開中であった。

 

 そんな地獄絵図のど真ん中。

 

 最前列でシールドを地面に突き立て、巨大な彫像のように鎮座していた白銀の専用機『シロガネ』のコックピット内で、キラ・ヤマトは完全に思考を停止させていた。

 

「…………えっ?」

 

 数秒前。

 

 地下の国防軍中央管制センターで指揮を執るカガリから、直通のプライベート回線に「世界情勢を根本から覆す特大のニュース」が飛び込んできたのだ。

 

『信じられん事態になったぞ、キラ! ユーラシア連邦東側と東アジア共和国が手を結び、ユーラシアからの独立と新国家連盟の樹立を全世界に向けて宣言した! さらにアラスカとビクトリア基地もこれに糾合している!』

 

「う、うん……? それは、まあ……東側はティエレンの縁もあるから、いつかはそうなるかもとは思ってたけど……」

 

 キラの頭脳の片隅では、地政学的な変化としてはあり得るシナリオとして、ギリギリ納得できなくもなかった。

 

 しかし、カガリが興奮気味に告げた『新国家の名称』が、キラの脳髄をショートさせたのである。

 

『その新連盟の名は……【人類革新連盟】だそうだ! 東アジアの意向と、お前がもたらしたティエレンの活躍にあやかった名らしいが、首都はモスクワにするという強かさだ』

 

 カガリの声が通信機から響く中。

 

 キラはシートに深く腰を沈めたまま、ゆっくりと右手を額に当て、コックピットの天井を、いや、その向こうにある見えない天を仰いだ。

 

「ウソ、でしょ……」

 

 震える声が、誰に聞かれるでもなく漏れ出た。

 

(人類革新連盟……!? 略して『人革連』!? なんで!?)

 

 キラの脳内で、凄まじい勢いでツッコミの嵐が吹き荒れていた。

 

「安くて、頑丈で、そこら辺の町工場でも作れる民生機……っていうコンセプトに、ティエレンの設計が一番ぴったりだったから、ちょっと図面を引いて広めただけなのに……」

 

 まさか。

 

 たった一つの『ティエレン』という存在が触媒となり、歴史のバタフライエフェクトを暴走させ、C.E.の世界にA.D.の泥臭い巨大国家を『爆誕』させてしまうなど、一体誰が予想できただろうか。

 

「やりすぎだよ……。歴史の改変どころの騒ぎじゃないよ、これ……」

 

 額に手を当てたまま、キラは深い深いため息を吐いた。

 

 自分が撒いた種が、思わぬ巨大な国家を咲かせてしまったことへの、メタ的な状況に対する強烈な戸惑い。

 

 天才的頭脳を持つ彼であっても、この「次元の壁を越えた国家樹立」という事態の処理には、あまりにも演算能力が足りていなかった。

 

『キラ? どうした、通信機でも壊れたか? 敵の増援でも来るのか!?』

 

「あ、ううん、何でもないよ、カガリ……。ただ、ちょっと……眩暈がしただけ……」

 

『眩暈!? お前、疲労が溜まってるんじゃないのか!? 無理するな!』

 

「大丈夫……疲れてるのかな、うん……僕が、色々と……」

 

 気遣うカガリの声を適当に誤魔化しながら、キラはメインモニターに視線を戻した。

 

 モニターの中では、イングリットの青いティエレンがストライクダガーをゼロ距離で粉砕し、ラクスの桃色のティエレンタオツーが優雅にスピアヘッドを撃ち落としている。

 

(……タオツーまで出て来ちゃったからなぁ。次はどうなるんだろう。……超兵機関とか言い出さないよね? いや、流石にそれはないと信じたいけど……)

 

 狂信者たちが血を流し、祖国を守る仲間たちが獅子奮迅の活躍を見せる熱狂の戦場において。

 

 世界を裏から操り、圧倒的な兵器体系を作り上げたはずの「オーブの裏の軍神」は、自らが引き起こしてしまったあまりにも予想外すぎる『クロスオーバー的展開』に、ただ一人、コックピットの中で頭を抱え続けるしかなかったのである。

 

 

 




最初は世界情勢を書いていたのに、途中から急に人革連爆誕して私もワケワカメなんだけどさ、ティエレン周りに関しては感性に任せる方が上手くいきそうだからそのままにしました。

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息抜き二次創作▼ガンダム世界でオリキャラを主戦場でうろちょろさせたいと思い書きました。▼息抜きなのでエタっても泣かない▼注 作者ガンダム作品詳しくないので調べながらやってますが、皆さんのコメントで教えてもらうことも多いのでガチでコメント頼りにしてます!▼ガノタや有識者!情報求む!▼艦船や地上兵器はガンガン他のSF作品や既存兵器を参考にしますので、こんなのあっ…


総合評価:6050/評価:7.89/連載:38話/更新日時:2026年02月02日(月) 22:34 小説情報


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