やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-92 舞い降りる天使

 

 ユーラシア連邦という巨大な国家が、東側半分を『人類革新連盟』として丸ごと喪失し、西側もまた機能不全と内戦の泥沼へと沈みゆく羽目になった最大の「不運」。

 

 それは、世界を裏から支配する軍需産業複合体『ロゴス』の主要メンバーであり、反コーディネイターの狂信的テロ組織『ブルーコスモス』の盟主たるロード・ジブリールの出身地と、その莫大な資本の基盤が、他でもない「西ユーラシア」に存在していたという地政学的な呪いに他ならない。

 

 同じロゴスでありながら、大西洋連邦に巣食うムルタ・アズラエルと、西ユーラシアに寄生するロード・ジブリールとでは、その「才覚」と「国家への影響」において、あまりにも決定的な、そして絶望的なほどの差が存在していた。

 

 大西洋連邦国防産業連合理事にして、ロゴスの盟主であるムルタ・アズラエル。

 

 彼は確かにかつてブルーコスモスの盟主で、コーディネイターに対する幼少期のコンプレックスから来る感情はあるが、同時に極めて冷徹で合理的な『死の商人』であった。

 

 彼は自らの利益のために、大西洋連邦の政府中枢に深く根を張り、政治家たちと共同歩調を取りながら、巧みな根回しによって軍部を完全に掌握した。

 

 南米のパナマ基地を己の城とし、一から自らの手で強固な「アズラエル軍閥」を築き上げた彼のやり方は、国家の国防予算を潤し、軍需産業を拡大させるという点において、大西洋連邦という国家体制そのものと見事な共犯関係を築いていた。

 

 対して、ロード・ジブリールはどうか。

 

 彼はアズラエルのような「国家と利益を分かち合うビジネスマン」ではない。

 

 青き清浄なる世界という教義に脳髄まで侵された『熱狂的狂信者の首魁』である。

 

 彼にとって、西ユーラシアの政府や経済など、自らの聖戦を完遂するための「財布」であり「使い捨ての弾薬庫」に過ぎなかった。

 

 政府への根回しや共同歩調など一切行わず、ただロゴスという絶対的な権力とブルーコスモスの教義を振りかざし、西ユーラシアの国家予算、工業力、資源、そして人的資産を、底なしのブラックホールのように巻き上げ、搾取し続けたのである。

 

 アズラエルが大西洋連邦を「自らの畑」として耕し利益を収穫していたのに対し、ジブリールは西ユーラシアという大樹に巣食い、その養分を枯れるまで吸い尽くすだけの「巨大な寄生虫」であった。

 

 これが、西ユーラシアが没落の一途を辿った最大の要因である。

 

 そしてさらに、ジブリールの悲喜劇を決定づけているのは、彼が絶対の自信を持ってアイスランドに築き上げた難攻不落の総司令部『ヘブンズベース』の、そのお粗末極まりない内部事情である。

 

 現在、ジブリールの周囲を固めている将官や将兵たちの顔ぶれは、かつて大西洋連邦やユーラシアの正規軍に所属していた者たちだ。

 

 しかし、彼らは決して「優秀なエリート」ではない。

 

 彼らはすべて、ムルタ・アズラエルが「教義ばかり喚いて軍規も戦略も理解しない、扱いづらくて邪魔な頭ブルーコスモスのゴミ」として、体のいい建前をつけてジブリールの元へと『すっ飛ばした』連中なのである。

 

 自分で一から泥水を啜り、有能な部下を厳選して自前の軍閥をパナマに築き上げたアズラエル。

 

 対して、アズラエルが不要だと見捨てた廃棄物を「おお、我らが教義に賛同する熱き同志たちよ!」と喜んで掻き集め、立派な軍服を着せているジブリール。

 

 ヘブンズベースの実情とは、強大な軍事拠点などではない。

 

 それは、アズラエルの手によって巧妙に隔離された『ブルーコスモス・シンパのおこぼれ軍閥』に過ぎなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 東側半分を『人類革新連盟』にごっそりと持っていかれ、機能不全と内紛の泥沼に立たされていたユーラシア連邦の首都ブリュッセル。

 

 しかし、大西洋連邦のジブリールへ「ブルーコスモスのゴミども」を押し付けることに成功し、ようやく理性を取り戻した首脳陣たちは、ただ絶望して死を待つような無能ではなかった。

 

 彼らは国家の存亡を懸け、とにかく「戦力の建て直し」と「経済の循環」を最優先課題として設定した。

 

 そして、彼らが生き残りのカードとして着目したのが、かつて東側がジャンク屋組合から導入し、現在カオシュン戦線で猛威を振るっている自衛戦闘用民生MSであった。

 

 

 ──その機体の名は、『フレック・グレイズ』。

 

 西ユーラシアの軍部と技術者たちは、ジャンク屋経由で手に入れたフレック・グレイズのその「異常なまでのコストパフォーマンスと生存性」に戦慄した。

 

ザフトの量産機ジンの「8割」という破格の低コスト。

 

 さらに、ティエレンを1機組み立てる時間で、フレック・グレイズならば「1.5機」をロールアウトさせることができる。

 

18m級前後が標準のC.E.世界において、13.8mという小柄な体躯は圧倒的な被弾率の低下をもたらし、その機動性と運動性はジンを遥かに凌駕する。

 

90mmサブマシンガン、小型ハンドアックス、そして頭部に内蔵されたミサイルランチャー×4。

 

 過剰な火力を持たず、インファイトとゲリラ戦に特化した無駄のない兵装。

 

徹底したモジュールブロック構造に加え、最大の脅威である『戦艦クラスのビーム砲の直撃すら1発は耐え切る』という装甲。

 

 対実弾性能こそ分厚いティエレンに劣るものの、ストライクダガーやジンと比べれば遥かに強靭である。

 

「安い、組み立てが速い、脚がすばしっこくて、死なない上に最低限の火力はある」

 

 これこそが、物資も領土も失い、早急な戦力回復を迫られている西ユーラシアにとっての『完璧な解答』であった。

 

 さらに西ユーラシア首脳陣を狂喜させたのは、このフレック・グレイズが「既存のティエレンの生産ラインでそのまま製造可能」という事実である。

 

 東側の大規模な軍需インフラはすべて人革連に奪われた。

 

 しかし、西側にもまだドイツ周辺の工業地帯に、ティエレンの部品を製造するための工場やラインが残されていたのだ。

 

 彼らは即座にドイツ周辺の工場をフル稼働させ、フレック・グレイズの大量生産を開始した。

 

「このフレック・グレイズで、一先ず国防を建て直す。同時に軍需産業を猛烈に回し、民需へと利益を還元して国家経済を蘇らせるのだ!」

 

 首相の決断は早かった。

 

 現在、西側の軍需産業には、依然としてジブリールの息がかかったロゴスの寄生虫が張り付いている。

 

 この軍需景気を起こせば、彼らにもその血を分け与えることになってしまう。

 

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。背に腹は代えられないのだ。

 

 目前には『人革連』という巨大な鉄の波が迫り、地中海にはザフトの『ジブラルタル基地』がプラントの威信を懸けて睨みを効かせている。

 

 寄生虫に血を吸われようとも、まずは宿主が生き残るための強靭な肉体を造り上げねばならない。

 

 そして、フレック・グレイズという新たな剣と盾を手にした西ユーラシアの首脳陣は、最後に最も重大な「政治的決断」を下した。

 

 もはや『ユーラシア連邦』という枠組みは、東側を失い、腐敗と敗北の象徴として完全に死に絶えている。

 

 このまま旧態依然とした看板を掲げていては、残された国民の心はまとまらず、軍の士気も上がらない。

 

 人革連やザフト、そして大西洋連邦と対等に渡り合うためには、国家の概念そのものを新しく生まれ変わらせる必要があった。

 

 ブリュッセルの政府中枢から、全世界に向けて堂々たる宣言が発信された。

 

 それは、旧ユーラシア連邦の完全なる解体と、ヨーロッパ諸国を中心とした新たなる共同体の樹立宣言である。

 

「我々はこれより、過去の腐敗した枠組みを捨て去り、新時代を生き抜くための新たな連帯を誓う。──ここに、『新ヨーロッパ共同体(Advanced European Union)』、通称【AEU】の建国を宣言する!!」

 

 この瞬間。C.E.の世界地図は、キラが持ち込んだ数枚の設計図とグレーな商売によって、完全に別次元のそれへと変貌を遂げてしまった。

 

 東には、ティエレンを擁する『人類革新連盟』。

 

 西には、フレック・グレイズの量産によって生まれ変わった『AEU』。

 

 もはや、ナチュラルとコーディネイターの遺伝子戦争という単純な二項対立の時代は終わった。

 

 血塗られたオーブの海の向こう側で。

 

 それぞれの生存と誇りを懸けた、安くて速くて頑丈な「量産機」たちが主役となる、全く新しい冷酷な国家間サバイバルの幕が、静かに、そして劇的に切って落とされたのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 オーブ攻防戦、5日目。

 

 極東の海は未だ狂信者たちの放つ血と炎の色に染まり、硝煙の臭いがオノゴロ島の空を分厚く覆い隠していた。

 

 しかし、絶え間なく続く砲火と悲鳴が交錯するその最前線に、オーブ国防軍最高司令官、キラ・ヤマト准将の姿はなかった。

 

 彼の居る場所は、国防軍中央官制センターの一角。

 

 将官用の個室の中であった。

 

 薄暗い間接照明だけが照らすその部屋のベッドで、二つの影が互いの体温を分け合うように、衣服を纏わずに深く抱き合っていた。

 

 オーブの若き獅子カガリ・ユラ・アスハは、シーツの波間で、まるで迷子になって泣き疲れた小さな子供をあやすように、愛しい双子の弟の頭をその胸元に柔らかく抱きしめていた。

 

 事の発端は、今朝方飛び込んできた特大の国際ニュースであった。

 

 東側を『人類革新連盟』として喪失したユーラシア連邦の西側が、国家の完全解体と再編を決断したというのだ。

 

 カガリは、前線でシロガネのコックピットに座るキラへ、その新たな国家の名称を通信で伝えた。

 

『ユーラシアが生まれ変わったそうだ。新国家の名は……新ヨーロッパ共同体。通称「AEU」だそうだ』

  

 その言葉を聞いた瞬間、キラの精神は崩壊した。

 

 ただでさえ『人類革新連盟』の爆誕という、自分の設計したティエレンが引き起こした「歴史の特大バタフライエフェクト」に胃を痛め、絶望の淵に立たされていたのだ。

 

 そこに追い打ちをかけるように、西側までもが『AEU』を建国してしまった。

 

 もはや、彼が知るコズミック・イラの世界地図は跡形もなく消え去り、全く別の西暦の狂った三国志が、この地球上に完全に顕現してしまったのである。

 

「もう……やだ……」

 

 通信機越しに聞こえたキラの声は、今まで聞いたこともないような、魂が完全に折れたような悲痛な響きを持っていた。

 

 その後、キラは白銀の専用機『シロガネ』を猛スピードで飛ばして中央官制センターへと帰還した。

 

 コックピットから降りてきたキラの顔色は土気色で、虚ろな目をしたままカガリの元へフラフラと歩み寄り、無言のまま、彼女の軍服の袖をチョンと摘んで、クイッと力なく引っ張ったのだ。

 

(ああ、もう……本当に仕方がないな。こいつは) 

 

 そのあまりにも心細げで、すべてを投げ出して甘えたいという痛切なSOSのサインに、カガリは姉として、そして彼を愛する一人の女として、彼を拒絶することなどできるはずがなかった。

 

 「少し休憩を取る」と周囲に言い含め、カガリはキラの手を引いてこの将官用個室へと連れ込んだ。

 

「よしよし……大丈夫だ、キラ。お前は何も悪くない。ただ、ちょっとだけお前が作ったものが優秀すぎて、世界がそれに飛びついただけだ……」 

 

 ベッドに倒れ込んだキラを優しく慰め、髪を撫で、背中をさすりながら、カガリは自分に縋り付いて静かに泣きじゃくる彼をありったけの愛情で包み込んだ。

 

 そして、その震える体を根本から温め、擦り切れた魂に再び生命の火を灯すために、彼女は自ら服を脱ぎ捨て、彼と深く、熱く肌を重ね合わせたのだった。

 

 世界を狂わせた「悪魔」と罵られ、予想外すぎる歴史の変革に頭を抱える天才少年。

 

 しかし、カガリの腕の中にあるのは、ただ不器用で、優しすぎて、自分の力の巨大さに押し潰されそうになっている、たった一人の愛しい弟に過ぎない。

 

 ベッドの上で静かな寝息を立てるキラの寝顔は、幾筋もの涙の痕を残しながらも、ようやく訪れた安らぎに満ちていた。

 

 カガリは彼を起こさないように、そっとその腕から抜け出す。 

 

 下腹部には、先ほどまでの激しくも甘い情事の痺れと、彼が注ぎ込んでくれた生命の熱さが、まだ確かな重みとなって残っていた。

 

 その感覚が、彼と自分が確かに繋がっているという強烈な実感を与え、カガリの胸の奥底から尽きることのない力と決意を湧き上がらせる。

 

「……ゆっくり休んでろ、キラ。お前の作った『変な世界』の面倒は、私が一緒に見てやるから」

 

 愛しい弟の、少し汗ばんだ額に深いキスを落とす。

 

 ベッドの脇に置かれた制服に袖を通し、乱れた金糸の髪を束ね直す。鏡に映った自分の顔から、先ほどまでの女としての甘い表情を拭い去り、瞳に鋭い光を宿す。

 

 彼女はもう、迷える弟を慰めるだけの姉ではない。

 

 オーブという国を背負い、この狂った三国志の嵐の中で、自国の民と、愛する男が創り上げてしまった世界を守り抜かなければならない。

 

 カガリ・ユラ・アスハは、再び『オーブの獅子』としての無垢なる仮面を完璧に纏い、激動の戦場へと続く扉を開けて、静かに部屋を後にした。

 

 

◇◇◇

 

 

 キラが精神の限界が外れた瞬間に、他の誰でもなく真っ先にカガリの元へ向かい、その袖を引いて甘えた理由。

 

 それは、彼を取り巻く数多の人々との「関係性の違い」を紐解けば、極めて自然かつ必然的な選択であった。

 

 彼を一番に慰めるべきは、クロッシングという精神感応で互いの心を感じ合い、オーブの防衛戦において共にタオツーで空を舞う『ラクス・クライン』こそが最も相応しいと思うかもしれない。

 

 だが、キラにとってのラクスは、互いの理想と重責を分かち合い、背中合わせで戦い、『共に世界を支え合うパートナー』である。

 

 彼女の前では、キラは「強くあろうとする男」であり続けなければならない。

 

 魂が折れかけた無様な姿を見せ、一方的に寄りかかることは、二人の関係性のバランスを崩してしまう無意識のストッパーが働くのだ。

 

 では、彼のために狂ったように敵を殲滅している『イングリット・トラドール』はどうか。

 

 彼女に対してキラが抱く愛は、深海のような暗闇から光の射す場所へ引き上げてやりたいという、強い庇護欲を伴ったものだ。

 

 彼女はキラにとって『救ってあげたい、守るべき女の子』である。

 

 愛してはいるが、自分が完全に脱力して泥のように甘え、縋り付く対象ではない。

 

 オーブの戦友である『マユラ・ラバッツ』も同様だ。

 

 彼女は日常の穏やかさを象徴する守りたい存在であり、そこに自分の重すぎる世界の業を押し付けて「甘える」という思考のベクトルは最初から存在しない。

 

 さらに『ロンド・ミナ・サハク』に至っては、彼女は絶対の共犯者であり、互いの毒を飲み干すような『一蓮托生のビジネスパートナー』だ。

 

 そこで見せるべきは冷徹な天才の顔であり、子供のように泣きつく相手では決してない。

 

 キラが、一切の鎧を脱ぎ捨てて「男」でも「英雄」でもなくなり、ただの『一人の弱い人間』として甘えられる相手。

 

 それは同性で言えば、アスランやバルトフェルドくらいしかいない。

 

 強引に押し通せば、あのカナードでさえ、悪態をつきながらもなんだかんだと肩を貸し、甘えさせてくれる包容力はあるだろう。

 

 しかし、西暦化していく狂った世界情勢によって精神のキャパシティが完全にオーバーショートしたあの時のキラが本能的に求めたのは、男同士の荒っぽい慰めや酒ではなかった。

 

 彼が渇望したのは、『無条件の愛』と『絶対的な温かさ』、そして、どれほど無様で情けない顔を晒しても絶対に嫌われないという『無遠慮で無防備な甘えを許容してくれる場所』だったのだ。

 

 そうなると、彼の広大な世界の中で、その条件を完全に満たす相手は『カガリ』しか存在しなかった。

 

 消去法での選択のように見えるかもしれない。

 

 だが、人間が真に限界を迎えた時、見栄も矜持もかなぐり捨てて真っ先に逃げ込む場所というのは、自分がこの世界で最も気心を許し、魂の根底から絶対的な安心感を抱いている相手の胸の中に他ならない。

 

 彼にとってカガリは、血を分かち合った半身であり、姉であり、そして「女」である。

 

 彼女の前でだけは、キラは「ただのキラ」に戻り、子供のように泣きじゃくり、すべてを委ねることができるのだ。

 

 そして、その事実は、甘えられたカガリにとっても至上の喜びであった。

 

 双子という禁忌の境界線を越え、肌を重ね合わせる行為。

 

 もしそこに子供ができてしまったとしても構わないという、互いの魂に一切の嫌悪感も忌避感もない純粋な愛の交わり。

 

 それは、キラがカガリを求めたのと全く同じように、カガリにとっても、連日の極限状態の防衛戦と、首長としての重圧によって擦り切れていた身体と心を、温かな熱で満たし、深く休ませてくれる極上の時間であった。

 

「お前が私を必要とするなら、私はいつだって……すべてを受け入れてやる」

 

 カガリの胸に刻み込まれたその想いこそが、天才的頭脳を持ちながらも不器用で優しすぎる『悪魔』をこの世界に繋ぎ止める、最強の命綱なのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 地下に広がる巨大な避難シェルター群。

 

 ブルーコスモス艦隊との防衛戦が始まってから5日目。

 

 本来であれば、閉鎖空間での生活によるストレス、物資への不安、いつ終わるか分からない戦況に対する恐怖から、暴動やパニックが起きても不思議ではない期間である。

 

「ママー、まだお外に出られないの? お家にかえりたいよぅ……」

 

「ごめんねぇ。もうちょっとだけ我慢しようね。お兄ちゃんたちが今、悪い人たちを追い払ってくれてるからね」

 

 まだ状況が理解できない小さな子供たちが、退屈と不安から泣き出したりぐずったりするのは、どうしても避けられない。

 

 しかし、ある程度の分別がつく年齢の少年少女や大人たちの間から、オーブ政府や軍部に対する不満や批判の声は、ただの一つも上がっていなかった。

 

 それどころか、シェルター内の空気は不思議なほどの熱気と、互いを思いやる温かい連帯感に満ちていたのだ。

 

「配給班、第4ブロックへの飲料水運びます! 手の空いてる人、手伝ってください!」

 

「おう、俺が持つよ! 軍の皆さんは外で命懸けなんだ、これくらい俺たち市民でやらなきゃな!」

 

 若者から年配の大人たちまでが率先して立ち上がり、軍の兵站や配給作業を自発的に手伝っている。

 

 彼らがこれほどまでに理性的で、かつ協力的である最大の理由。

 

 それは、シェルターの広場に設置された巨大なメインスクリーンと、各々が手にする携帯端末の画面にあった。

 

『──第3防衛ライン、ストライクダガーの波状攻撃を凌ぎました! イカロス隊、後退しつつシールドを展開!』

 

『ティエレン部隊、損傷機は直ちに後方へ下がれ! パイロットの無事を確認、救護班急行せよ!』

 

 画面に映し出されているのは、オノゴロ島海岸防衛線で繰り広げられている、文字通りの『地獄の激戦』の生中継であった。

 

 隠蔽も、情報操作もない。

 

 オーブの海が敵弾によって沸騰し、自国のモビルスーツが傷つき、時には装甲を吹き飛ばされながらも必死に防衛線を維持している姿が、ありのままに映し出されていた。

 

 そして国民は、その血みどろの画面を見つめながら、一つの『奇跡』をリアルタイムで共有していたのだ。

 

「……また一機中破したぞ! パイロットは無事か!?」

 

「味方のティエレンがカバーした! 助かった、助かったぞ……!」

 

 あれほど絶望的な物量と激しい戦闘が5日間も続いているというのに。

 

 機体の損傷や負傷者こそ出ているものの、オーブ国防軍から『戦死者はまだ一人も出ていない』という異常なまでの生存率。

 

 兵士の命を何よりも重んじ、何重にも張り巡らされた防衛システムと、撤退・救助の完璧なマニュアル。

 

 それが機能している様をその目で見せられれば、誰も軍の戦い方に文句など言えるはずがなかった。

 

 この「徹底した情報開示」を指示したのは、他でもない最軍事顧問のキラ・ヤマト准将である。

 

 戦局を国民へと開示し、人心を掌握し、世論を味方につける。

 

 それは、のちにプラントの最高評議会議長ギルバート・デュランダルが用いることになる洗練されたプロパガンダ手法に似ている。

 

 だが、キラの脳内にあったのは、そんな政治的で計算高い盤上遊戯(チェス)などではなかった。

 

 彼が手本とし、目指したのは、絶望的な侵略者と戦い続けた『竜宮島』の司令、真壁史彦の手腕であった。

 

 徹底して情報を開示し、嘘をつかず、誠実に現状を伝える。

 

 そうすることで、島民の結束を高め、強固な信頼関係を構築し、時には敵対する人類軍の兵士でさえもその実直さで味方につけてしまう。

 

 あの『真壁史彦』のような、ただひたすらに実直で、民と兵を信じ抜く司令官の姿が、この危機的な状況でもオーブ国民をパニックにさせずにいられる方法を真似する事しか出来なかった。

 

「……キラ准将は、私たちを信じてくれているんだ。だから、隠さずにすべてを見せてくれている」

 

 シェルターで端末を見つめる一人の大人が、ポツリと呟いた。

 

 その言葉は、波紋のように周囲の人々に広がっていく。

 

「ああ。あんな若い子が、俺たちのオーブを守るために最前線で矢面に立ってくれてる。……俺たちがここで文句を言って、足を引っ張るわけにはいかねぇ」

 

「軍だけじゃない。私たち国民全員で、この国を守るのよ」

 

 人を率いることに関しては、まだひよっこでしかないキラ・ヤマト。

 

 しかし、彼が示した「情報開示という名の誠意」は、オーブ国民のDNAに刻まれた『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』という崇高な理念に火を点けた。

 

 恐怖に怯え、政府を批判する烏合の衆ではない。

 

 状況を正しく理解し、自らができることを探し、軍の負担を少しでも減らそうと率先して動く『強靭な市民』たち。

 

 地下シェルターという暗く窮屈な空間は、今やオーブという国がかつてないほど強固に結びついた、温かく誇り高い「一つの巨大な家族」の家と化していた。

 

 オーブは、防衛兵器やMSが恐ろしいから無敵なのではない。

 

 キラ・ヤマトという英雄の実直さが、国民と軍の間に『絶対的な信頼』という、どんなビームや核兵器でも決して撃ち抜くことのできない、世界最強の盾を築き上げていたからこそ、決して陥落しないのである。

 

 

◇◇◇

 

 

 燃え盛る大気圏の摩擦熱の壁を抜け、白き大天使が南太平洋の空へとその美しき翼を広げた。

 

「降下シーケンス終了。高層を抜けます」

 

 ブリッジの静寂を破るように、アークエンジェルの操舵手アーノルド・ノイマンの冷静な声が響き渡る。

 

 メインスクリーンを覆っていた赤熱のノイズが晴れ、そこに映し出されたのは、オノゴロ島の海岸線を取り囲み、無数の砲火を撒き散らしているブルーコスモスの大艦隊の姿であった。

 

「敵艦隊索敵。後方艦数20、前衛は10。散発的に波状攻撃を仕掛けていますが……」

 

 レーダーと熱源探知を睨んでいたチャンドラが、怪訝な声を上げる。

 

 その報告データを見た副長ナタル・バジルールは、不快感に眉をひそめ、呆れたように吐き捨てた。

 

「無茶苦茶だな。とても軍の統制が取れている様には思えん」

 

 指揮官不在なのか、あるいは各艦が功名心と狂信に駆られて勝手に撃ちまくっているだけなのか。

 

 連携もクソもない、ただ力任せに弾薬を浪費するだけの素人のような陣形だった。

 

「ええ。そうね」

 

 艦長マリュー・ラミアスは、その様を冷徹に見据えながら、現在のアークエンジェルの位置と高度を瞬時に把握する。

  

 迷いはない。自分たちは今、軍の軛を外れた『海賊』として、たった一人の不器用な友の背中を守るためにこの空へ降りてきたのだ。

 

「面舵20、艦首下げ15、ローエングリン照準! 敵艦隊の横を突くわよ。発射と同時に機関最大、敵陣を食い破ったあと、そのままオーブ軍と合流します!」

 

 マリューの毅然とした号令に、ブリッジの空気が一気に戦闘状態へと切り替わる。

 

「了解。ゴットフリート、バリアント起動! ミサイル発射管、全門、スレッジハマー装填!」

 

 ナタルの鋭い声が、武装展開のプロセスを次々と走らせる。

 

「ローエングリン起動、照準敵艦隊左翼!」

 

 アークエンジェルの両前脚部を形成する巨大な艦首装甲が左右に展開し、深淵のような砲口が海面を見下ろすように露出する。

 

 陽電子破城砲『ローエングリン』。

 

 その凄まじい威力と引き換えに深刻なガンマ線汚染を引き起こすという大気圏内での致命的な欠点を持っていた武装である。

 

 しかし現在のそれは、月面プトレマイオス基地での改修の折、環境への汚染被害を抑え込んだ『新方式のクリーン仕様』へと載せ替えられていた。

 

 大気圏内であろうと、オーブの美しい海であろうと、気兼ねなくぶっ放せる究極の矛である。

 

 砲口の奥で、膨大なエネルギーが眩い光の渦となってチャージされていく。

 

「ローエングリン、てーっ!!」

 

 ナタルの号令が放たれた瞬間。

 

 アークエンジェルの艦首から、二筋の極太の閃光が、轟音と共にオノゴロの海へと撃ち下ろされた。

 

 一方、海上でオーブの防衛線を攻めあぐねていたブルーコスモス艦隊の将兵たちは、頭上の雲を切り裂いて降下してくる巨大な影に気づき、歓喜の声を上げていた。

 

『見ろ、宇宙から増援だ!』

 

『地球軍の特装艦アークエンジェルだぞ! プトレマイオス基地が我々を援護しに来てくれたんだ!』

 

 狂信者たちは、その白き大天使を「自分たちに味方する神の御遣い」だと疑わなかった。

 

 だが、彼らが満面の笑みで空を見上げたその直後。

 

 味方だと思っていた天使の口から放たれた陽電子の濁流が、横っ腹を完全に無防備にしていたブルーコスモス艦隊の『左翼部隊』を、海面ごとゴッソリと消滅させた。

 

「な、なんだとォッ!?」

 

「ア、アークエンジェルからの砲撃!? 馬鹿な、なぜ味方を撃つ!!」

 

 断末魔すら上げる間もなく十隻近い戦艦が蒸発し、パニックに陥る敵陣。

 

 その大混乱のど真ん中を、アークエンジェルは機関最大出力によるすさまじい突進力で食い破り、悠然と通り抜けていく。

 

「アークエンジェル、オーブの防衛網へ入ります!」

 

「本艦はこれより、オーブ軍の指揮下に入る! ゴットフリート、照準! 一隻たりともオーブの領海に入れるな!」 

 

 プトレマイオス基地の智将から「海賊」として放たれた不沈艦が今、オーブの英雄の最強の盾となるべく、オノゴロの防衛線にその巨大な錨を下ろしたのだった。

 

「左ドリフト、射出軸確保! MS部隊、発進!」

 

 マリューの鋭い指示に応え、ノイマンが神業とも言える操舵でアークエンジェルの巨体を海上で強引に左へと旋回させる。

 

 飛沫が艦橋の窓を叩く中、先ほど自らが食い破り、大混乱に陥っているブルーコスモス艦隊のど真ん中へ向けて、両舷のカタパルトデッキが開放された。

 

「ムウ・ラ・フラガ、ストライク、出るぞ!」

 

 シールドを構え、エールストライカーの推力を全開にしたストライクが、アークエンジェルのカタパルトから閃光のように射出された。

 

「モーガン・シュバリエ、エールダガー、出る!」

 

 それを追うように、月下の狂犬の異名を持つ男、モーガン・シュバリエが搭乗するエールストライカー装備の『105ダガー』が続く。

 

「エドワード・ハレルソン、ソードカラミティ、行くぜェ!!」

 

 そして、カタパルトから弾き出されたのは、真っ赤な装甲に身を包んだ近接戦闘の化身──『切り裂きエド』の愛機、ソードカラミティ。その背にマウントされた二本の巨大な対艦刀「シュベルトゲベール」が、殺意を隠しきれないように陽光を反射している。

 

「ジャン・キャリー、ロングダガー、出る!」

 

 さらに、かつてビクトリア基地防衛戦の後アークエンジェル隊へと配属された『煌めく凶星「J」』こと、ジャン・キャリーが、重装甲・重武装の『ロングダガー・フォルテストラ』を駆って出撃する。

 

「イヤッホーーーー!!」

  

 開戦の歓喜を上げるエドワードの通信が、戦術チャンネルに響き渡った。

 

「調子に乗るなよ、エド。海に落ちても拾ってはやらんからな」

 

「言いっこなしでさァ、大尉! 騎兵隊のご到着ってヤツっすよ!」

 

 モーガンがたしなめるも、エドはどこ吹く風だ。

 

 モーガンはため息をつきつつも、その言葉とは裏腹に、極めて正確なビームライフルの連射で、アークエンジェルへ群がってこようとした敵機の『スピアヘッド』を次々と撃ち落としていく。

 

「着地点確認。……エド、敵の空母に降りるぞ」

 

「よっしゃ来た! 行くぜ相棒ォ!」

 

 ジャンの冷静な指示に、エドワードのテンションがさらに跳ね上がる。

 

 空中から一気に高度を下げたロングダガーとソードカラミティは、ブルーコスモス艦隊の空母の飛行甲板へと、隕石のような凄まじい衝撃と共に着艦した。

 

「邪魔だ退けェッ!」

 

 着艦と同時、ソードカラミティが対艦刀を振り抜き、甲板上で発進準備をしていた敵のストライクダガーを、装甲ごと文字通り「真っ二つ」に両断する。

 

 爆炎を背に立ち上がる赤いその姿は、ブルーコスモスの将兵たちにとって絶望そのものであった。

 

 ジャンもまた、ロングダガーの強固な装甲と火力を活かし、空母を「足場」として確保しつつ、周囲の敵艦へ正確な砲撃を叩き込んでいく。

 

「さァ、今度は俺たちが相手だぜ、ブルコスさんよォ!!」

 

 上空では、ムウ・ラ・フラガのストライクが縦横無尽に空を切り裂いていた。

 

 向かってくる敵戦闘機スピアヘッドの機首を、文字通り「踏み台」にして空中でさらに高く跳躍。

 

 ビームサーベルを抜き放ち、別のスピアヘッドをすれ違いざまに鮮やかに一刀両断する。

 

「……まあ、暴れるだけ暴れてこいって、ハルバートン提督も言ってたしな」

 

 ムウはコックピットの中でニヤリと笑う。

 

 エースパイロットばかりを揃え、軍の制約を完全に外れたアークエンジェルのMS部隊。

 

 彼らは今、圧倒的な個人の武力と連携によって、統制を失ったブルーコスモス艦隊を「狩る」ための、最凶の猟犬として極東の空に解き放たれたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「起きろ、キラ! おい、いつまで寝てる!!」

 

 束の間の惰眠を貪り、ようやく深い休息の底に沈んでいたキラ・ヤマトの意識は、カガリの容赦のない揺さぶりによって強制的に現実へと引き戻された。

 

「……んん……カガリ……? どうしたの、防衛線を抜かれた……?」

 

 目を擦りながら、何事かと思って寝惚け眼で尋ねるキラ。

 

 しかし、軍服をきっちりと着込み、すっかり「オーブの獅子」の顔に戻ったカガリの口から飛び出したのは、戦況の悪化よりも遥かに衝撃的な言葉だった。

 

「だーかーら、アークエンジェルが『海賊』名乗って、上空からブルコス艦隊とドンパチ始めたって言ったんだ!!」

 

「………………マリュー、さん……?」

 

 キラは呆然と呟いた。

 

 マリュー・ラミアス、海賊。

 

 その二つの符号が頭の中で結びついた瞬間、キラの眠気は一気に吹き飛び、彼女が何かとんでもない「やらかし」をしていないかと逆に血の気が引いた。

 

(まさか……アークエンジェルを強奪して、このオーブにすっ飛んできたんじゃ……!)

 

 彼が即座にそう疑ってしまったのは、他でもない、彼自身が『4年後の前科』を鮮明に知っているからだった。

 

 ──4年後。

 

 コンパスに所属したアークエンジェルが、ファウンデーションのブラックナイツの罠に嵌められて撃沈された後のことだ。

 

 オーブへと密かに帰還したアークエンジェルクルーたちは、アコードたちと決着をつけるため、そして攫われたラクスを助け出すために、ザフトの最新鋭艦『ミレニアム』をハイジャックする。

 

 一応、表向きには「海賊が勝手に奪った」という体裁をとることで、オーブがファウンデーションから軍事介入の口実を与えられないようにするための言い訳を用意したつもりだった。

 

 結局のところ、オルフェは最初からオーブをレクイエムで焼き払うつもりだったため、その政治的配慮はほとんど無意味だったのだが。 

 

 その辺の未来の顛末は置いておくとして。

 

 もしかして今回も、オーブで孤立無援となった自分を助けるために、マリューたちは正規の任務を放棄し、アークエンジェルを『奪って』すっ飛んできたのではないか。

 

 あのプトレマイオス基地のハルバートン提督の事だから、おそらく上手く裏で手を回して「行方不明」や「海賊の強奪」という扱いにしてくれたのだろうが……それでも、大西洋連邦や軍の上層部から見れば、彼らは立派な「軍の脱走兵」であり「反逆者」だ。

 

 これまで地球軍の軍人として真面目に生きてきた彼らが、そんなキャリアも安全もすべて投げ打って。

 

 わざわざ、世界中から悪魔と罵られている自分のために、泥を被って駆けつけてくれたのだ。

 

「……ふふっ」

 

 キラの口から、自然と笑みがこぼれた。

 

 心配や焦りよりも先に、胸の奥底から込み上げてきたのは、途方もない温かさだった。

 

「なんだよ、お前。海賊が来て嬉しいのか?」

 

「うん。……すごく、頼もしいよ」

 

 カガリの怪訝な顔に、キラは心底嬉しそうに頷いた。

 

 自分は、一人でこの狂った世界を背負い込んでいるわけじゃない。

 

 どうしようもなく追い詰められた時、こうして掟を破ってでも必ず背中を預けにきてくれる、最高に無茶苦茶で、最高に頼りになる戦友たちがいる。

 

 その事実だけで、先ほどまで擦り切れていたはずのキラの心に、無限の活力が湧き上がってくるのを感じた。

 

「カガリ、僕も出るよ。みんなが来てくれたんだ、休んでる場合じゃない」 

 

 キラはベッドから跳ね起きると、素早い動作でオーブ軍のパイロットスーツに着替え始めた。

 

 その目には、虚ろな絶望は微塵もない。

 

 愛する半身にたっぷりと甘やかされ、英気を養い、そして友の来援によって完全に闘志を取り戻した『最強の戦士』の光が宿っていた。

 

「……ああ。頼むぞ、キラ」

 

「任せて。これ以上、オーブを好きにはさせない」

 

 カガリと短く、しかし強い信頼に満ちた視線を交わし合う。

 

 キラ・ヤマトはヘルメットを小脇に抱え、待たせている愛機──白銀の巨絶『シロガネ』へと向かって、力強い足取りで駆け出していった。

 

 

◇◇◇

 

 

「アークエンジェルだと!?」

 

 大西洋連邦アイスランド総司令部『ヘブンズベース』。

 

 その豪華絢爛な司令室に、ブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールの金切声が響き渡った。

 

「はっ! 大気圏突入後、我が方の艦隊の左翼を急襲。そのまま陣形を食い破り、オーブ軍の防衛線へと合流した模様です!」

 

「ええいっ、ハルバートンめ! 飼い犬の首輪もまともに繋いでおけんのか!」

 

 ジブリールは忌々しげにコンソールを叩きつけた。

 

「月面プトレマイオス基地への通信はどうなっているのだ!? 宇宙でオーブの小癪なステーションを落としたのか!」

 

「依然、通信不通です。こちらからの再三の呼び掛けに対しても、プトレマイオス基地からの応答は一切ありません!」

 

 オペレーターの悲痛な報告に、ジブリールはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

 彼には知る由もなかった。

 

 プトレマイオス基地が意図的に通信を絶ち、送り込んだ宇宙艦隊が『ジガンスパーダ』の圧倒的な火力によって文字通り「蒸発」させられたことなど。

 

 彼はただ、ハルバートンの怠慢か、太陽風による通信障害程度にしか捉えていなかった。

 

 思うようにいかない戦局に、ジブリールはひたすらに焦れていた。

 

 あの大艦隊と、ブルーコスモスシンパの将兵たちを投入し、昼夜を問わず5日間も波状攻撃を仕掛けているというのに。

 

 小国オーブは一向に降参する気配を見せず、海岸線に敷かれたティエレンの鉄壁すら未だに崩せていない。

 

 それどころか、こちらの前衛部隊は目に見えて目減りしており、そこへ宇宙からの邪魔者まで降ってきたのだ。

 

「……ええい、もはや小細工は無用だ! 本隊を突入させろ!!」

 

 ジブリールの鶴の一声に、周囲の将官たちが息を呑む。

 

「盟主、よろしいのですか? 本隊はまだ……」

 

「構わん! 出せ!!」

 

 ジブリールは血走った目で、モニターの向こうの極東の海を睨みつけた。

 

「何のために造った『新型』だと思っている! ここで忌まわしきオーブを焼き払い、あの悪魔を火炙りにせねば、アレを用意した意味がないであろう!」

 

 彼が豪語する「本隊の新型」。

 

 それこそが、西ユーラシアからティエレンのパーツを莫大な資金で買い漁り、大西洋連邦の技術と強引に掛け合わせて急造した異形のモビルスーツ──『アヘッド』である。

 

 コーディネイターの技術を憎みながらも、勝つためにはその鉄屑にすら頼るという、狂信の果てに生み出されたブルーコスモスの「切り札」だった。

 

「これまでの5日間、散発的な波状攻撃を仕掛けさせたことで、オーブの防衛部隊も限界まで消耗しているはずだ! 弾薬も尽きかけ、パイロットも疲労困憊であろう!」

 

 ジブリールの脳内には、己にとって都合の良い皮算用しかなかった。

 

 アズラエルから押し付けられた『狂信者たち』を前衛としてすり潰すことで、オーブの戦力と士気を削り取った。ならば、あとは万全の状態である『アヘッド部隊』を中核とする本隊をぶつければ、ティエレンの防衛線など容易く食い破れるはずだ、と。

 

「はっ! 直ちに、本隊へ総攻撃の命令を出します!!」

 

 盲目的なイエスマンである将官が、嬉々として敬礼し、通信コンソールに向かう。

 

 誰も、ジブリールに真実を告げる者はいない。

 

 前衛として使い潰した部隊が、オーブの『戦死者ゼロ』という奇跡の防衛戦術の前に、ただ無駄に命と弾薬を海へ散らしていただけであるという事実を。

 

 そして今まさに、アークエンジェルのMS部隊がオーブの空で暴れ回り、十分な休息を取って完全復活を果たした「最強の悪魔」が、満を持して戦場へと舞い戻ろうとしているという事実を。

 

「さあ、見せてみろキラ・ヤマト……! 貴様の造り上げた偽りの平和が、我が青き清浄なる正義の前に無残に砕け散る様をなァ!!」

 

 裸の王様は、安全な北極圏の要塞で高らかに笑い声を上げる。

 

 自らの手で死地に送り出す『本隊』が、オーブという巨大な焼却炉の最後の薪になることなど夢にも思わぬまま、ジブリールは破滅へのカウントダウンとなる総攻撃のボタンを、力強く押し込んだのだった。

 

 

 

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