キラ・ヤマトになってしまった…   作:星乃 望夢

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PHASE-93 白銀の英雄

 

「システムオールグリーン。メインエンジン、最大出力までカウントダウン……3、2、1」

 

 シロガネを整備していた兵達が離れていく。

  

 オーブ国防軍最高軍事顧問キラ・ヤマト准将専用機『シロガネ』。

 

 その圧倒的な威容は、見る者の心を惹きつけてやまない。

 

 機体の背部には高機動空力ストライカーパック『オオワシ』が装備されている。

 

 キラが操縦桿を引き絞ると、オオワシの主翼が鋭い機械音と共に展開し、純白の翼が広げられた。

 

 メインスラスターが蒼白い炎を噴き上げ、シロガネは重力を振り切るように大地を蹴り、オノゴロ島の空へと一気に舞い上がった。

 

 オノゴロ島の海岸線。

 

 そこは5日間にも及ぶブルーコスモス艦隊の狂信的な波状攻撃により、海は煮えたぎり、砂浜は焦げ臭い硝煙と残骸で埋め尽くされていた。

 

 ティエレンやアストレイのパイロットたちは、驚異的な生存率を維持しているとはいえ、連日の極度の緊張と肉体的な疲労によって限界を迎えつつあった。

 

 しかし、上空を覆う雲を切り裂き、一筋の光の矢のように飛来する機影をモニターで捉えた瞬間、彼らの目に信じられないような光が宿った。

 

「見ろ……アレは!」

 

「シロガネだ! 准将の専用機が戻ってきたぞ!!」

 

 白銀の装甲を纏った巨大な影が、最前線の海岸線の上空を通過していく。

 

 誰もがその機体が陣地に降り立ち、盾として指揮を執るものと思っていた。

 

 しかし、シロガネは速度を落とすことなく、無数の砲弾が飛び交う危険な洋上──ブルーコスモス艦隊とオーブ防衛線のちょうど中間地点、つまり最も激しい弾幕が交差する死地のど真ん中へと一直線に突き進んでいったのだ。

 

「准将殿!」

 

「准将!」

 

「閣下!」

 

「准将殿!」

 

「最高軍事顧問殿!」

 

 各機のコックピットから、そして地下シェルターで固唾を飲んでスクリーンを見つめる国民たちから、口々に彼を呼ぶ悲痛で熱を帯びた叫びが上がる。

 

 それは、彼を案じる声であると同時に、絶対的な英雄の帰還に対する歓喜の叫びであった。

 

 洋上の空で、シロガネはピタリと静止した。

 

 オオワシが推進剤を巧みに制御し、機体を空中に滞空させる。

 

 眼下ではブルーコスモスの戦艦群が、その目障りな白い機体を撃ち落とそうと一斉に砲口を向けている。

 

 しかし、キラ・ヤマトに怯えはなかった。

 

 彼は無数のロックオンアラートが鳴り響くコックピットの中で、極めて冷静に、しかし魂の底から絞り出すような力強い声で、全軍のオープンチャンネルを開いた。

 

 シロガネの右腕が動き、左腰から一本のビームサーベルを引き抜く。

 

 そして、その柄を頭上の暗雲が立ち込める天へ向けて高々と掲げると、限界まで出力を上げられたピンク色の長大なビーム刃が、嵐の空を切り裂くような凄まじい閃光を放って天空へと伸びた。

 

 その光景は、まるで絶望の海に立つ灯台のようであり、迷える兵士たちを導く神話の神剣のようであった。

 

『──オーブ全軍に告げる』

 

 凛とした、しかしどこか優しさを孕んだ少年の声が、戦場に響き渡る。

 

『僕たちは、誰かを憎んで戦っているんじゃない。誰かを傷つけるために武器を取ったわけでもない』

 

 その声は、狂信と憎悪にまみれたこの世界において、あまりにも透明で、圧倒的な説得力を持っていた。

 

『大切な人を、愛する国を、明日も生きるための温かい場所を……ただ、守り抜くために此処にいる。……世界の真理は、此処だ!』

 

 シロガネが掲げたビームサーベルの光が、さらに眩く輝きを増す。

 

『皆!……このシロガネの元へ集え!!』

 

 その言葉は、連日の戦闘で泥にまみれ、疲労と恐怖で折れかけていたオーブの将兵たちの心を、雷に打たれたように震わせた。

 

「……シロガネだ!」

 

「俺たちの、オーブの獅子の魂だ!」

 

 ティエレンのコックピットで、アストレイの操縦席で、そして地下シェルターの中で。

 

 すべてのオーブ国民と将兵の胸の奥底に燻っていた炎が、一瞬にして爆発的な業火となって燃え上がった。

 

 自分たちの戦いは間違っていない。

 

 世界中が敵に回ろうとも、狂信者たちがどれだけ悪魔と罵ろうとも、自分たちが見ているこの「真っ直ぐで不器用な英雄」の背中こそが、絶対の正義なのだと。

 

「そうだ……! オーブの正義は、我々にあるーッ!!」

 

『『『『『ウオオオオオオオーーーーー!!!!』』』』』

 

 無線から、海岸線から、嵐のような怒号と雄叫びが南太平洋の海を揺るがした。

 

 数秒前まで全身を重く縛り付けていた疲労感など、跡形もなく吹き飛んでいた。

 

 彼らの目には血走った殺意ではなく、己の国と英雄を何が何でも守り抜くという、鋼鉄のような強靭な決意だけが宿っていた。

 

 防衛線を維持していたランドグリーズ隊が一斉にホバーを起動し、海面を滑走してシロガネの背後へと集結していく。

 

 上空からはアストレイ隊がシロガネを護衛するように陣形を組む。

 

 キラ・ヤマトは、天に掲げていたビームサーベルを、迫り来るブルーコスモスの「本隊」へと真っ直ぐに突きつけた。

 

「……行くよ。僕たちのオーブを、世界に見せつけよう」 

 

 極東の海に、かつてない規模の反撃の狼煙が上がった。

 

 それは、狂信者たちが思い描いていた「疲労困憊の烏合の衆」などではなく、ひとりの英雄の言葉によって完全に一つに束ねられた、絶対不屈の『獅子の軍団』の完全なる覚醒であった。

 

 

◇◇◇

 

 

 重厚な防爆扉に守られたオーブ本島の地下シェルター群。

 

 本来ならば、地上から絶え間なく伝わってくる砲撃の振動と、いつ終わるとも知れない閉鎖環境のストレスによって、絶望と疑心暗鬼が蔓延してもおかしくない暗く息苦しい空間だった。

 

 しかし今、何万人もの避難民がひしめき合うその巨大な空間は、水を打ったような静寂に包まれていた。

 

 壁面に設置された巨大なメインスクリーンや、人々が握りしめる携帯端末の画面。

 

 そこに映し出されているのは、オノゴロの荒れ狂う海と分厚い暗雲を背景に、単騎で空に滞空する白銀の機体『シロガネ』の姿だった。

 

 その機体が天に向けて掲げた巨大なビームサーベルの光は、カメラのレンズ越しに、そして地下深くにうずくまる国民たちの網膜へ、まるで本物の太陽のように眩しく焼き付いた。

 

『僕たちは、誰かを憎んで戦っているんじゃない。誰かを傷つけるために武器を取ったわけでもない』

 

『大切な人を、愛する国を、明日も生きるための温かい場所を……ただ、守り抜くために此処にいる。……世界の真理は、此処だ!』

 

 スピーカーから響き渡る、凛としていながらも、優しさに満ちた少年の声。

 

 その言葉がシェルターの隅々にまで浸透した瞬間、冷たいコンクリートの床に座り込んでいた市民たちの間から、堪えきれない嗚咽が漏れ始めた。

 

「……あの子だ。あんな、まだ学生のような顔をした若い准将様が……世界中から悪魔と罵られながら、私たちを守るためにあんな死地に立ってくれている」

 

 白髪の老女が、震える両手を胸の前で固く組み合わせ、祈るようにスクリーンを見上げて涙を流した。

 

 彼女の隣にいた壮年の男は、血の滲むほど唇を噛み締め、肩を震わせていた。

 

「魔女の国だの、ナチュラルを裏切った汚れた国だの……地上じゃあ狂った連中が俺たちを根絶やしにしようと喚いてる。なのにあの子は、そんな連中にすら『憎しみで戦っているんじゃない』と真っ向から言い放ったんだ。これ以上ないくらい、俺たちの……オーブの理念そのものじゃないか」

 

 恐怖で母親の服の裾を強く握りしめていた小さな子供たちも、画面の中の輝く白銀の巨人から目を離せなくなっていた。

 

「ママ、あの白いロボット……きらきらしてて、すごく綺麗だね」

 

「そうね……あれはね、私たちオーブのみんなを守ってくれる、一番強くて優しい盾なのよ」

 

 母親は、涙で濡れた頬のまま我が子を強く抱きしめ、何度も何度も頷いた。

 

 オーブの国民は、決して政治に無関心な烏合の衆ではない。

 

 他国を侵略せず、他国の争いに介入しないという高い理念を誇りとしてきた民草である。

 

 しかし、エイプリルフール・クライシス以降の世界の激変と、自分たちを標的とする圧倒的な暴力の波の前では、その誇りも揺らぎかけていた。

 

 だが、キラ・ヤマトというたった一人の少年が、自らの命を懸けてその理念の正しさを証明し、すべてを背負って防衛線の矢面に立った。

 

 その事実が、彼らの心に燻っていた疑念や恐怖を完全に焼き尽くしたのだ。

 

「……泣いてる場合じゃない。俺たちがここで下を向いたら、准将の覚悟に泥を塗ることになるぞ!」

 

 配給物資の列に並んでいた若い青年が、濡れた顔を乱暴に袖で拭いながら立ち上がった。

 

 その声には、かつてない力強さが宿っていた。

 

「軍の連中だけじゃない。あの人の元へ集えって言われたのは、俺たち国民も同じはずだ! 地下にいる俺たちにだって、この国のためにできることはある!」

 

 その叫びを皮切りに、シェルター内の空気は悲壮なものから、熱狂的で前向きなうねりへと劇的に変貌を遂げた。

 

「怪我人が出た時のために、医療班のスペースをもっと広げるわよ! 手の空いている人は毛布と止血帯の準備を手伝って!」

 

「食料の配給ペースを見直そう。前線で戦い抜いて戻ってくる兵士たちのために、温かいスープの材料を優先して確保するんだ」

 

「システムエンジニアはいるか!? 防衛線の末端システムのバグ出しと、通信ラインの暗号化の最適化なら民間人の俺たちでも軍のバックアップができるはずだ! 端末を繋げ!」

 

 老若男女を問わず、誰もが自らの意思で立ち上がり、互いに声を掛け合い始めた。

 

 そこに政府からの強制的な指示はない。

 

 誰もが、画面の向こうで自分たちの笑顔を守るために修羅となった白銀の英雄に対して「自分たちも共に戦っている」という矜持を示すため、自律的に動き出したのである。

 

『自分たちの戦いは間違っていない。この国は、絶対に崩れ去ったりはしない』

 

 地下シェルターは今や、ただ爆撃をやり過ごすための暗い箱ではなく、オーブという国家の強靭な心臓部として猛烈な鼓動を打ち始めていた。

 

 最前線で剣を振るうシロガネの輝きと、それに呼応する将兵たちの咆哮、そして、それらを根底で支える国民たちの絶対的な信頼と連帯。

 

 キラ・ヤマトが掲げた一本のビームサーベルの光は、孤立無援だった島国を、いかなる教義や武力をもってしても決して砕くことのできない、完全無欠の「一つの巨大な家族」へと鍛え上げたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 オーブ本島ヤラファス島の行政府。

 

 オノゴロ島の最前線や地下の防衛司令部から少し離れたこの場所でも、国政を担う閣僚や文官たちが集まり、固唾を飲んでメインスクリーンに映し出される戦局を見守っていた。

 

 その中心に立つのは、かつて「オーブの獅子」と呼ばれ、現在は娘のカガリと若き英雄に国の未来を託して後方から支える前代表首長、ウズミ・ナラ・アスハである。

 

『僕たちは、誰かを憎んで戦っているんじゃない。誰かを傷つけるために武器を取ったわけでもない』 

 

『大切な人を、愛する国を、明日も生きるための温かい場所を……ただ、守り抜くために此処にいる。……世界の真理は、此処だ!』

 

 モニター越しに響き渡るキラ・ヤマトのその言葉を聞いた瞬間。

 

 行政府の巨大な会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。

 

 ウズミは腕を深く組み、微動だにせずスクリーンを見上げていた。

 

 彼の厳格な顔つきは、普段の威厳に満ちた表情から一変し、目元には深いシワが寄り、その双眸はわずかに潤み、熱く震えていた。

 

「……他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない」 

 

 ウズミは、誰に聞かせるでもなく、オーブの基本理念を静かに口にした。

 

「我々大人が築き上げ、しかしこの狂った世界の中で幾度も折れそうになったその理想(エゴ)を……。あの子は、あんな細い肩で、誰よりも純粋に、誰よりも力強く体現してみせたか」

 

 ウズミの脳裏に浮かぶのは、機械いじりが好きなだけの、平和な学生としてのキラの姿だ。

 

 それが今や、自分たちが守りきれなかった平和の矢面に立ち、自ら『笑顔の盾となる』と宣言して修羅の道を引き受けている。

 

 その事実に、ウズミは身を切られるような罪悪感と、それを遥かに凌駕する「途方もない誇り」を感じていた。

 

「代表……ッ」

 

 傍らに控えていたホムラや、他の閣僚たちもまた、言葉を失い、込み上げる涙を必死に堪えていた。

 

 政治家として、いかに言葉を尽くして国民を説得しようとも、あのキラ・ヤマトが戦場で放った「命懸けの真理」の重みには到底敵わない。

 

 あの少年は、オーブという国の理念をただの「言葉」から、国民と軍の魂を結びつける「絶対の真理」へと昇華させてしまったのだ。

 

「……泣くのはまだ早いぞ、お前たち」

 

 ウズミは、鼻をすする閣僚たちを一喝するように、しかしどこか優しさを孕んだ声で言った。

 

 その顔には、長年背負ってきた重圧から解放されたような、深く、静かで、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

「獅子の子は、立派な獅子となった。カガリも、そしてあの子もだ。……我々が蒔いた種は、彼らという強靭な大樹となり、今まさにこの国を嵐から守り抜こうとしている」

 

 ウズミはゆっくりと振り返り、行政府の全職員に向かって力強く頷いた。

 

「前線はカガリとキラに、そして我らが誇る国防軍に任せよ! 我々行政府の戦場はここだ! 国民の不安を取り除き、避難生活を支え、戦後の復興計画を前倒しで進めるのだ! あの若き英雄たちが、剣を収めて帰ってきた時……彼らを笑顔で迎え入れられる『温かい場所』を、何があっても死守するぞ!」

 

『『『は、はいッ!!!』』』

 

 行政府の文官や閣僚たちの声が、かつてないほどの結束力と熱を帯びてヤラファス島の会議室に響き渡った。

 

「(……頼んだぞ、カガリ。そして、キラよ)」

 

 再びスクリーンへと向き直り、黄金の輝きを放ちながら敵陣へと突撃していく白銀の機体を見つめながら、ウズミ・ナラ・アスハは静かに目を閉じた。

 

 それは、自らの時代が完全に終わりを告げ、彼方にある新しい世代が完全に国を導き始めたことを悟った、一人の父親としての、至上の安堵と喜びの瞬間であった。

 

 

◇◇◇

 

 

 黒く濁った波濤を蹴り立てるように、大西洋連邦のイージス艦群から対空ビーム砲の乱射と、空を埋め尽くすほどの対艦ミサイルの豪雨が、白銀の機体『シロガネ』へと一斉に殺到した。

 

「准将ッ!」

 

 それまで防衛線を張っていたムラサメやアストレイの部隊が、咄嗟にシロガネを庇おうと盾を構えて割り込もうとする。

 

 しかし、シロガネは制止の通信すら発することなく、彼らのさらに前へと鋭く機体を滑らせた。

 

 回避行動すらとらず、両腕を大きく広げ、無防備とも思える姿勢でその凶悪な弾幕の真正面に立ち塞がったのだ。

 

「フハハハッ! 自ら死にに来たか、悪魔め!」

 

「これでオーブは終わりだ!!」

 

 ブルーコスモスの艦長たちが狂喜の叫びを上げ、勝利を確信して拳を握りしめた。

 

 ──だが、次の瞬間、彼らのその顔は絶望の悪夢に張り付いたように凍りつくことになる。

 

 着弾の瞬間、シロガネの白銀の装甲が太陽の如き黄金色の輝きを放った。

 

 モルゲンレーテが総力を挙げて開発した対ビーム防御装甲『ヤタノカガミ』。

 

 殺到した戦艦クラスのビームの奔流は、装甲表面で完璧に屈折・反射され、あたかも巨大な光の鏡に弾き返されたかのように、そのまま撃ち出してきたイージス艦の砲塔へと正確に逆流し、直撃した。

 

「な、なんだとォッ!?」

 

「バカな、ビームが反射された!? ぎゃあぁぁぁっ!!」

 

 自らの放った砲火で炎上するイージス艦を尻目に、シロガネは背部の『オオワシ』ストライカーの推力を全開にして空を舞う。

 

 殺到するミサイルの群れに対しては、オオワシのビーム砲と頭部バルカン、ビームライフルを向け、神がかった超精密射撃のフルバーストで一網打尽に撃ち落とす。

 

 さらに、死角から突っ込んでこようとしたスピアヘッドの編隊には、抜刀したビームサーベルの軌跡を一閃させ、すれ違いざまに機首ごと鮮やかに切り裂いた。

 

 爆炎の雲を突き抜け、シロガネはオオワシの高エネルギービーム砲を前面に展開。

 

 その銃口が向いた先には、海上に降下して防衛陣形を取ろうとしていたアークエンジェルに向けられたミサイルの群れがあった。

 

 照射したビームが、アークエンジェルを襲うはずだったミサイルを空中で次々と誘爆させていく。

 

 そして、ビームサーベルを腰のラッチに納め、高出力のビームライフルへと持ち替えたシロガネは、アークエンジェルへ群がろうとするスピアヘッドやストライクダガーを次々と撃ち落とし、やがてその巨大な白い艦のブリッジの真正面へと降下し、背中を向けて滞空した。

 

 それは、絶対に傷つけさせはしないという、圧倒的な守護者の意志であった。

 

 通信モニターが開き、二つの光景が繋がる。 

 

「こちら、オーブ連合首長国・国防軍最高軍事顧問キラ・ヤマト准将。……アークエンジェル、応答願います」

 

『……アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。……久し振りね。キラ、ヤマト准将』

 

 マリューの凛とした声が、しかし微かな安堵と親愛の情を滲ませてコックピットに響いた。

 

「はい。ラミアス艦長も、皆様もお元気そうで。……でも、どうして」

 

 キラの問いは、素朴な疑問であった。

 

 彼らが軍の命令なしに動ける立場ではないことを、彼が一番よく知っていたからだ。

 

『軍から本戦闘に対し、何の命令も受けていません』

 

 マリューがはっきりと答える。

 

 その間にも、ブリッジの背後ではナタル・バジルール副長の鋭い号令が響き渡っている。

 

『ゴットフリート、てーっ! イーゲルシュテルン、左舷弾幕展開! ウォンバット、ヘルダート、てーっ! 敵艦を近づけるな!』

 

 アークエンジェルの火線は少しの綻びも見せず、迫り来る敵機を完璧な迎撃態勢で叩き落としていく。

 

 マリューは、その砲火の轟音の中で、キラへ向けて優しく微笑みかけた。

 

『この介入は、私たち「個人」の意志よ』

 

 命令でもなく、義務でもない。

 

 ただ、かつて同じ船で笑い、命を懸けて共に戦った『一人の優しい少年』の背中を守るためだけに、彼らはすべてを投げ打ってここへやってきたのだ。

 

「…………ありがとうございます」

 

 キラは深く目を伏せ、その重く温かい想いを魂の底に刻み込んだ。

 

 そして再び目を開いた時、彼の双眸には、もはや迷いも弱さも一切存在していなかった。意識を眼前の敵──無数のスピアヘッドやアヘッドが飛び交う空へと向ける。

 

 しかし、その静寂を切り裂くように、全オープンチャンネルからブルーコスモス将兵たちの醜悪な罵声が響き渡った。

 

『おのれぇ、悪魔に与する堕天使の売女がっ!! その艦ごと沈んで死ねぇ!!』

 

『悪魔の手先共々、青き清浄なる世界から地獄へと送ってやる!』

 

『悪魔と手を組む魔女の国を根絶やしにしろ!!』

 

『魔女の国に住まうナチュラルを裏切った汚れた者どもも、一人残らずすべて焼き払え!!』

 

 その狂気に満ちた言葉が響いた瞬間。

 

 極東の海に、ぞっとするような冷たい静寂が降りた。

 

「────貴方たちは」

 

 シロガネのコックピットで、キラ・ヤマトは異常なほど静かに呟いた。

 

「──言っちゃいけないことを、言ったな」

 

 ビームライフルとオオワシのビーム砲の銃口が、精密機械のような冷酷さで敵機をロックオンしていく。

 

 次々と放たれる光の矢が、罵声を浴びせていたスピアヘッドを容赦なく撃ち落としていく。

 

 オーブを愛し、守りたい人たちのいる世界のために、己の手を血で染める覚悟を決めた男の前で。

 

 彼がすべてを懸けて愛する双子の姉を『魔女』と呼び、

己の身の危険も顧みず馳せ参じてくれた優しい戦友たちを『売女』と蔑み、

 

 彼が何よりも守り抜きたいと願う無辜の民草までをも『すべて焼き払う』と叫んだ。

 

 それは、どんな戦術的敗北よりも重く、どんな戦略兵器よりも致命的な、『キラ・ヤマトの逆鱗を完膚なきまでに踏み抜く』という、宇宙空間でヘルメットを脱ぐに等しい自殺行為であった。

 

 もちろん、ブルーコスモスの狂信的な暴言は、防衛線の海岸線に陣取っていた開戦の初日から、嫌というほど耳にしてきた。

 

 その度に心を痛め、やりきれない思いを噛み殺してきた。

だが、しかし。

 

 限界まで張り詰めていた彼の中で、今、何かが決定的に「切れた」。

 

 いや、切れたのではなく、全く新しい強靭な『鋼の概念』として鋳造されたのだ。

 

「お前たちが命を懸けた程度で、この国が崩れると思ったか? ──抜かせッ!!」

 

 怒号と共に、シロガネのスラスターが限界を超えた出力を叩き出す。

 

 さらに苛烈に弾幕を張りつつ、残存するスピアヘッドを紙屑のように撃ち落とし、シロガネは敵の本隊であるアヘッド部隊の只中へと単騎で突撃した。

 

 右手のビームライフルにビームサーベルの基部を連結させ、『銃剣』へと変貌させる。

 

 左手にはもう一本のビームサーベルを逆手に構えた、鬼神の如き二刀流。

 

 ストライクダガーのコックピットを銃剣で貫き、振り返りざまにアヘッドの胴体を切り飛ばし、海面スレスレを滑空しながらイージス艦の艦橋を一刀で両断し、揚陸艦や空母の甲板を次々と細切れに変えていく。

 

「僕が誇るべき部下たちを! 慈しむべき民草を! オーブ連合首長国を!!」

 

 シロガネの圧倒的な機動と殺戮の舞は、もはやモビルスーツの動きを超越していた。

 

「貴様らごときが滅ぼすことなど、断じて許されないと知れッ!!」

 

 コックピットの中で、キラ・ヤマトの瞳からは、ハイライトが完全に消え失せていた。

 

 そこに宿っているのは、絶対的な暴力と、それを行使することへの一切の躊躇いを捨て去った『冷徹なる守護者』の目だ。

 

 彼の思考の奥を、とある『鋼の英雄』の姿がフラッシュバックしていた。

 

 こんな不器用な自分を信じて「英雄」と呼び、命を懸けて戦ってくれる将兵たちがいる。

 

 地下シェルターで、恐怖に耐えながら自分を信じてくれている祖国の人々の想いがある。

 

 この国を導くために立ち上がった、愛する双子の姉がいる。

 

 そして、自分という存在がどれほど世界から忌み嫌われようとも、窮地に駆けつけてくれたかけがえのない仲間たちがいる。

 

 それらの尊い想いを、ただの狂信で蔑み、あまつさえ根絶やしにしようとするなど──神が許しても、僕が絶対に許さない。

 

「僕は、オーブ連合首長国国防軍最高軍事顧問、キラ・ヤマト准将────!!」

 

 シロガネが、燃え盛るブルーコスモス艦隊の残骸を眼下に、再び天空へと舞い上がる。

 

「あらゆる邪悪()を打ち砕く……笑顔の盾と成る者だっ!!」

 

 雲の切れ間から差し込んだ強烈な太陽の光が、ヤタノカガミの装甲に反射し、シロガネを神々しいまでの銀色のオーラで包み込んだ。

 

 それは、自らの優しさを封印し、愛する世界を守るための修羅となることを選んだ男の怒りと想いを完璧に体現する、まさしく無敵の『白銀の英雄』の誕生の瞬間であった。

 

 

◇◇◇

 

 

オノゴロ島の遥か後方、オーブ本島たるヤラファス島の防衛線。

 

 前線の凄惨な状況とは打って変わり、ここには冷酷なまでの「死の静寂」が支配していた。

 

 前衛のティエレンやアストレイの網目を掻い潜り、あるいは狂信的な突撃によって本島への上陸を試みたブルーコスモスの別働隊は、上陸地点の砂浜で、文字通り「一歩も進めぬまま」スクラップの山と化していた。

 

 その防衛線の中央で、紫電のスパークを纏いながら悠然と立ち尽くす二機の異形のモビルスーツ。

 

 漆黒の装甲に黄金の骨格を輝かせる双子の魔神──ロンド・ミナ・サハクの駆る『ゴールドフレーム天ミナ』と、ロンド・ギナ・サハクの駆る『ゴールドフレーム天』である。

 

 オノゴロ沖の暗雲を突き抜け、天空へと立ち昇った『シロガネ』の長大なピンク色の光刃は、ヤラファス島からも見えていた。

 

 そして、全オープンチャンネルを通じて響き渡ったキラ・ヤマトの宣言。

 

『あらゆる邪悪を打ち砕く、笑顔の盾と成る者だっ!!』

 

 その途方もない熱量と、一国の命運を完全に掌握した絶対者の言葉を聞き、天ミナのコックピットで、ロンド・ミナ・サハクは妖艶な唇に深い、あまりにも深い弧を描いた。

 

「……フッ、フフフ……。全く、恐ろしい少年だ。ここまで完璧に、そして残酷なまでに『王』の顔を完成させてみせるとは」

 

 ミナの瞳には、かつての覇道への執着はすでにない。

 

 あるのは、自らが「一蓮托生の共犯者」として選んだ才物が、ついにその神算鬼謀と圧倒的な武力を、一切の躊躇なく世界に向けて牙を剥いたことへの至上の悦びであった。

 

 彼女は政治家として、そして軍略家として、今のキラの演説がどれほどの価値を持つかを正確に理解していた。

 

 あれは単なる兵士の鼓舞ではない。

 

 国を護るという大義名分のもと、一切の迷いを捨てて敵を「殲滅」するための、最も美しく、最も恐ろしい『免罪符』の提示である。

 

 優しすぎる悪魔が、その優しさ故に修羅の道を選んだ。

 

 ならば、影の氏族たるサハクの務めは一つしかない。

 

 一方で、隣に立つ天のコックピットでは、ロンド・ギナ・サハクが歓喜のままに肩を震わせ、やがて高らかな哄笑をヤラファス島の空に響き渡らせていた。

 

「ハハハハハッ! アハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、キラ・ヤマト!!」

 

 ギナの笑い声には、力を絶対の正義と信じて疑わない彼特有の、強烈な共鳴と興奮が入り混じっていた。

 

「常にウジウジと悩み、その圧倒的な力を出し惜しみしていた小娘のような貴様が、ついに世界の理不尽を自らの暴力でねじ伏せる覚悟を決めたか! そうだ、それでこそ我らがオーブの最高軍事顧問! 己の正義を信じ、力無き愚物どもを力で蹂躙し尽くす……その圧倒的な覇気こそが、上に立つ者に必要な唯一の真理なのだ!!」

 

 かつてはキラの甘さを嘲笑し、オーブの支配権を巡って対立すら辞さなかったギナであったが、今の彼は完全にキラの『力』を認めていた。

 

 これほどまでに美しく、これほどまでに暴力的な光を放つ絶対者が前に立つというのなら、己はその比類なき光を際立たせるための『最強の影』として、思う存分に敵を屠ってやろうという血の昂りを感じていた。

 

 通信回線が開き、ミナの冷徹で美しい声がギナの耳に届く。

 

『ギナ。我らが司令は、ああしてすべてを背負って前へ出た。……ならば、影で国を支える我らサハクの双星が為すべきことは、分かっているな?』

 

『当然だ、ミナ! あの眩しすぎる光の背後に、一匹のネズミすら通すわけにはいかん! このヤラファス島に足を踏み入れた汚らわしきブルーコスモスの塵芥どもは、すべてこの私が、絶望と恐怖の底へ叩き落としてやる!!』

 

 二機の漆黒の魔神が、同時にその背に備えられた巨大な翼──特殊兵装『マガノイクタチ』を禍々しく展開させた。

ミラージュコロイドの粒子が空間を歪め、ヤラファス島の防衛線を守るオーブ将兵たちの頭上に、黄金の粒子が舞い散る。

 

「全軍、よく聞け!」

 

 ミナの凛烈たる号令が、本島の守備隊全体に響き渡った。

 

「光あるところに影がある。ヤマト准将が放つあの白銀の輝きこそがオーブの『光』であるならば、我々はこの国を底辺から支え、敵を闇から食い破る『影』である! 獅子が前線の敵を食い千切る間、我らはこの本島を絶対の聖域として死守する!」

 

「見せてやろう! 我らサハクの力と、オーブの真の恐ろしさをな!!」

 

 本島へ向けて海から強襲を掛けてきた増援のストライクダガー部隊が、海岸線に上陸しようとしたその瞬間。

 

 二機のゴールドフレームは、まるで影そのものが実体化したかのような神速の機動で敵陣の中央へ舞い降りた。

 

『マガノイクタチ』が展開され、挟み込まれたストライクダガーのバッテリーから、ごっそりとエネルギーが奪い取られていく。

 

 機能不全に陥り、動きを止めたダガーの頭部を、ミナの『トツカノツルギ』の鋭いランスが容赦なく貫く。同時に、ギナの『トリケロス改』が旋風のように舞い、一閃の元に敵機の胴体を両断していく。

 

「ヒィィッ!? なんだ、こいつら……バケモノか!!」

 

「エネルギーが……吸い取られ……ッ!?」

 

 前線には白銀の神剣が立ち塞がり、後方にはエネルギーを吸い尽くす漆黒の魔神が待ち構えている。

 

 ブルーコスモスの別働隊は、悲鳴を上げる間もなく、ヤラファスの砂浜で次々と沈黙していった。

 

「……見たか、あれがサハク様のお力だ!」

 

「准将殿だけじゃない……! 俺たちには、あの双星がいらっしゃるんだ!」

 

 前線の熱狂とはまた違う、冷徹でありながらも絶対に揺るがない「安心感」が、ヤラファス島を守る将兵たちの間に広がっていく。

 

 光のヤマト。影のサハク。

 

 そして、その両者を中央で結びつける獅子の娘、カガリ・ユラ・アスハ。

 

 オーブという国家は今、この狂信者の業火に焼かれることで、かつてウズミが夢見た「理念」を超越し、いかなる強国も手出しができないほどの武力と結束を持った『鋼の要塞』へと、真の完成を見ようとしていたのである。

 

 

◇◇◇

 

 

『あらゆる邪悪()を打ち砕く……笑顔の盾と成る者だっ!!』

 

 通信回線を通じて響き渡ったその宣言は、ヤタノカガミの輝きと共に、オーブ全土のモニターというモニターを白銀の光で埋め尽くした。

 

 オーブ国防軍中央官制センター、その最深部に位置する最高司令室。

 

 無数の計器が明滅し、オペレーターたちの緊迫した報告が飛び交う中、防空指令を出すためにメインスクリーンを見上げていたオーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハの動きが、完全に停止した。

 

「……ッ」

 

 彼女の瞳に映っているのは、圧倒的な暴力の権化と化し、一切の慈悲もなくブルーコスモスの艦隊を解体していくシロガネの姿だ。

 

 右手の銃剣でアヘッドの急所を的確に穿ち、左手の逆手持ちのサーベルでイージス艦のブリッジを熔断する。

 

 その動きには、「敵の命を奪うことへの迷い」や「不殺の矜持」など微塵も存在しなかった。

 

 完全に敵を「殺す」ための、無駄を削ぎ落とした純粋な殺戮の舞。

 

 そして、その冷徹な蹂躙を駆動させているのは、他でもない──自分たちを侮辱されたことへの、絶対零度の怒りだった。

 

「……馬鹿野郎が。あんな、見え透いたカッコつけやがって」

 

 カガリの口から、震えるような憎まれ口がこぼれた。

 

 言葉とは裏腹に、彼女の視界は急激に滲んでいた。歯を食いしばり、必死に涙を堪えようとするが、頬を伝う熱い雫を止めることはできなかった。

 

 数時間前。

 

 この同じ施設の個室で、世界の重圧に耐えきれず、心が折れて泣きじゃくっていた気弱な弟。

 

 『もう嫌だ』と縋り付いてきた彼を、自分はただ抱きしめ、肌を重ね、その冷え切った魂を温めることしかできなかった。

 

 あんなにも脆く、不器用で、誰よりも戦うことを嫌っていた彼が。

 

 今、自らの魂に『鋼の概念』を打ち込み、愛する者たちを罵る狂信者たちを絶滅させるため、自ら修羅の道へとその身を投げ打ったのだ。

 

 『魔女』と呼ばれた自分を守るために。

 

 『売女』と蔑まれたマリューたちを守るために。

 

 『焼き払え』と呪われたオーブの民を守るために。

 

 彼は、自らの純粋な優しさを巨大な刃に変え、世界の悪意のすべてをたった一人で断ち切ろうとしている。

 

「キラ……」

 

 その光景は、カガリにとって胸が張り裂けるほど痛ましく、同時に──女として、これ以上ないほどに誇らしかった。

 

 今まで、どれほど彼が神がかった力を持っていようとも、彼女にとってのキラ・ヤマトは「守ってやらなければ潰れてしまう弟」であった。

 

 だが、今スクリーンの中で圧倒的な輝きを放ち、一国の全軍を束ね上げているあの男は、もう迷える少年ではない。

 

 すべてを背負い、すべてを護り抜く覚悟を決めた、紛れもない『オーブの最高司令官』であり、彼女が心から愛した、絶対無敵の『男』の姿だった。

 

「(……私を魔女と呼ぶなら、お前はその魔女に魂を売った悪魔か。……上等だッ)」

 

 カガリは、袖で乱暴に涙を拭い去った。

 

 その瞳に、かつての獅子の覇気が、かつてないほどの熱量を持って蘇る。

 

 弟が自ら血を被り、この国を守る最凶の盾となったのだ。

 

 ならば、自分は彼が帰ってくるこの国を、何があっても絶対に崩壊させない最強の砦としなければならない。

 

 彼がどれほど手を汚そうとも、彼が護ったこの場所だけは、常に清らかで温かい『笑顔の場所』であり続けなければならない。

 

「全軍に告ぐ!!」

 

 カガリ・ユラ・アスハの声が、司令室の空気をビリビリと震わせた。

 

 その声はマイクを通じて、オノゴロの前線、ヤラファスの防衛線、そして地下シェルターの隅々にまで轟き渡る。

 

「我らが最高軍事顧問、キラ・ヤマト准将が切り開いた道に続け! 敵は、我らの尊厳と理念を土足で踏みにじろうとする侵略者だ! 奴らの狂信など、我らの結束の前には紙屑に等しいと教えてやれ!!」

 

 彼女は、メインスクリーンに映る白銀の英雄の背中に向けて、総員に響き渡る声で咆哮した。

 

「一隻たりとも、一人たりとも、このオノゴロの海から生かして帰すな! オーブの怒りを、その身に刻み込んで沈めてやれェェッ!!」

 

『『『『『了解ィィィィィッ!!!』』』』』

 

 中央官制センターのオペレーターたち、そして全軍の将兵たちの絶叫が重なり合い、巨大な一つの波となって極東の海を揺るがした。

 

 カガリのその決然たる姿は、キラが放つ強烈な光を、国家という強固な器へと激しく流し込む作業だった。

 

 前線で暴れ狂う白銀の英雄。

 

 それを後方から制御し、国家の怒りとして統率する黄金の獅子。

 

 この瞬間、双子の姉弟の魂は完全にシンクロし、オーブ連合首長国は、いかなる超大国も、いかなる狂信の波も絶対に打ち砕く、世界で最も強靭で恐ろしい『鋼の要塞』として、その真の完成を迎えたのであった。

 

 全軍へ向けて苛烈な号令を放ち、シロガネの戦いをスクリーン越しに見守っていたカガリの脳裏に、突如として『強烈なノイズ』が走った。 

 

「……ッ、ぁ……?」 

 

 カガリは咄嗟に目眩を覚え、コンソールに手をついた。周囲のオペレーターたちが心配そうに振り向くが、彼女は片手でそれを制し、荒い息を吐きながら己の内側に渦巻く「異物」の正体を探ろうとした。

 

 それは、記憶だった。

 

 しかし、彼女が経験したはずのない、全く別の世界の記憶。

 

 燃え落ちるカグヤのマスドライバーと共に炎に消える父ウズミの姿。

 

アスラン・ザラとの出会いと、すれ違いの果てにある別離。

 

 セイラン家の傀儡として、無力な代表首長として涙を流し続ける己の不甲斐なさ。

 

 デスティニープランの狂気と、レクイエムの凶悪な光。

 

 そして、コンパスの総裁となったラクス・クラインの傍らで、どこか遠くへ行ってしまったかのような、悟りきった顔で戦い続けるキラの背中──。

 

(なんだ……これは……。私が歩むはずだった、もう一つの『歴史』……?)

 

 その途方もない情報量と感情の波が、なぜ今になって自分の精神を揺さぶったのか。

 

 理由は、小難しいことを考えずとも本能で理解できた。

 

 キラがアコードとして完全に覚醒していたこと。

 

 彼が日頃からラクスとクロッシングを行っていたように、今の彼と自分との間には、いかなる物理的・精神的障壁も存在しないこと。

 

 双子という、元より同じ魂の出どころを持つ半身であること。

 

 そして何より──数時間前、あの薄暗い個室のベッドの上で、互いのすべてを曝け出し、身も心も溶け合うほどに肌を重ね合わせ、今まさに自分の内に『キラ』が確かに渦巻いているからだ。

 

 精神の奥底から身体の骨の髄まで、キラ・ヤマトという存在をあまりにも深く、強烈に受け入れてしまった結果。

 

 彼が抱え込んでいた『本来の運命』が、クロッシングを通じてカガリの中へと流れ込んできたのである。

 

「……ははっ」

 

 カガリは、額に滲んだ汗を拭いながら、誰にも聞こえない声で力なく笑った。

 

(なんだよ、それ。……お前、一人でこんな『正解』を知りながら、ずっと戦ってたのか)

 

 記憶の中の世界と比べれば、今自分が生きているこの世界は、端的に言って滅茶苦茶だ。

 

 ユーラシア連邦は真っ二つに割れて「人革連」と「AEU」になり、大西洋連邦の死の商人ムルタ・アズラエルとは裏で手を組み、サハク家やカナード・パルス、果てはイングリット・トラドールまでが味方として自軍に居座っている。

 

 本来ならキラと結ばれるはずだったラクスは同志であり、アスランに至っては「弟の親友」という繋がりだけで、カガリ自身とはほとんどまともな会話すらしていない。

 

 そして何よりも違うのは。

 

「……おとうさまは生きていて、私に『アカツキ』を託してくれている」

 

 その事実が、カガリの胸を最も熱く締め付けた。

 

 記憶の通りであれば、キラはウズミの死を見届け、オーブが焼かれる様をただ見ていることしかできなかったはずだ。

だが、今のキラは違う。

 

 彼はこの狂った歴史を、自らの頭脳と力で強引に組み上げ、泥を被り、悪魔と罵られながらも、カガリから『ウズミの死』という悲劇を奪い取ってくれた。

 

 自分が無力な代表として泣くことがないように、背負いきれない重圧で潰されないように、矢面に立って自分を支え導いてくれている。

 

 スクリーンの中では、白銀の英雄が、自分たちを侮辱した狂信者どもを一切の容赦なく惨殺している。

 

 記憶の中の、不殺を貫き、達観した顔で天空を舞っていたあの「キラ・ヤマト」はどこにもいない。

 

 ここにいるのは、自分の袖を摘んで甘え、自分の腕の中でボロボロと涙をこぼし、そして自分を傷つける者を絶対に許さないという、どうしようもなく不器用で、我儘で、人間臭い『カガリだけの弟』だった。

 

「……馬鹿な奴だ。本当に……世話の焼ける、甘ったれめ」

 

 カガリは、腹部にそっと手を当てた。

 

 まだ形すら成していないかもしれない。それでも、そこに確実に残る生々しい熱と痺れが、彼女に「お前はもう、ただの姉でも、ただの代表でもないのだ」と告げていた。

 

 何もかもが異なりつつある、この歪な世界。

 

 いつ破滅してもおかしくない綱渡りの日々。

 

 それでも。いや、『だからこそ』。

「……あぁ、ダメだ。私……お前のことが、好きで好きでたまらないよ」

 

 カガリの口から零れたのは、代表としての建前でもなく、姉としての義務感でもない。

 

 一人の女として、そして一つの命を宿した(かもしれない)母としての、狂おしいほどの深い愛おしさだった。

 

 キラが自分を狂おしいほどに愛してくれたように。

 

 自分もまた、彼を狂おしいほどに愛している。

 

 彼が自分のために歴史を捻じ曲げてでもこの国と命を守ってくれたのなら、自分は彼が帰ってくるこの世界を、何があろうと絶対に肯定し、守り抜いてみせる。

 

「……通信手! 前線のシロガネへ、暗号化なしのオープンチャンネルで繋げ!」

 

 カガリはバッと顔を上げ、司令室に響き渡る声で命じた。

オペレーターが驚きながらも回線を開く。

 

『……カガリ? どうしたの、防空網なら問題なく──』

 

 シロガネのコックピットから、先ほどまでの冷徹な修羅の顔とは打って変わった、少し不安げなキラの声が響く。

 

 カガリは、モニター越しの愛しい男へ向けて、太陽のように力強く、そしてこの上なく優しい笑みを向けた。

 

「キラ! ……愛してるぞ。誰がなんと言おうと、お前は私の誇りだ!」

 

『……えっ? ええっ!?!?』

 

 突然の、しかも全軍にダダ漏れの愛の告白に、絶対無敵の白銀の英雄が、一瞬で素の少年のように声を裏返らせた。

 

「早くそのゴミどもを片付けて、私のところに帰ってこい! お前の大好きなハンバーグを作って、一緒に飯を食うぞ!!」

 

 カガリの言葉に、管制センターのオペレーターたちも、通信を聞いていた前線の将兵たちも、一瞬の呆然のあとにドッと温かい笑い声を上げた。

 

 狂信者どもの呪いなど、一発で吹き飛ばしてしまうほどの明るく強靭な生命力。

 

『……っ! うん……! すぐに終わらせて、帰るよ、カガリ!』

 

 キラの弾んだ声と共に、シロガネの動きがさらに加速し、ブルーコスモスの残党を文字通り「一掃」していく。

 

 カガリは再び下腹部にそっと手を触れ、己の内に芽生えたかもしれない確かな未来の気配を感じながら、誇り高く胸を張った。

 

 もう、記憶に惑わされることはない。

 

 二人が愛し合い、肌を重ね、共に罪を背負って歩むこの歪で美しい世界こそが、彼らにとっての唯一絶対の『真実』なのだから。

 

 

 




やりたいこと全部ぶち込んだらこうなった。

感想欄でジガンスパーダとティエレンダーフォンに核融合積んでるけどNJC積んでるのかけっこうチラホラ見かけたので。

NJCは核分裂を抑制します。ただ核融合には効果がありません。

そしてコズミック・イラでは艦船用とかで大型の核融合は普及していますが、MSサイズにはなっていないので、普通のMSには積めません。

ただ戦艦並みに大きければ積めると思ったのは、グルンガスト零式も艦船用核融合を積んでるので行けると思ったからです。

記憶が曖昧ですけど、瞬間的な爆発力とかコントロールのしやすさは核分裂炉が上で、扱いは難しいけど安定的なのが核融合炉だったけなぁ?
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