普段恋人にしか見せないクッソ恥ずかしい姿を上映する怪奇現象 作:東頭鎖国
そして数日後、彼女たちはまた白い空間にいた。
何の前触れもなかった。
学校帰りの道を歩いていたはずの五人は、気づけばいつもの椅子に座らされ、正面には例のスクリーンが浮かんでいる。
さやかは自分の身体を見下ろし、次にまどかを見た。
まどかはすでに嫌な予感を察したように、膝の上で手を握っている。
「いや、まどかはそんな……ねえ? ほら、まどかだし。
甘え方も普通に可愛い感じで、むしろ被害少なそうじゃん?」
「そういう問題じゃないよぉ……」
スクリーンが光った。
さやかの言葉は、その光に飲まれた。
浮かび上がった題名は、これまでのものとは少し違っていた。
『鹿目まどか・甘やかし記録』。
全員が一瞬、意味を取り損ねた。
「甘え方記録、じゃない……?」
マミが小さく呟いた。
ほむらの目が細くなる。
杏子も首を傾げた。
まどかは真っ赤になり、両手を胸の前でぎゅっと握る。
さやかは、ようやく自分の油断が別方向へ裏切られたことに気づき始めた。
映像が始まった。
そこに映ったのは、見滝原中学校の放課後の教室だった。
夕方の光が窓から差し込み、机の影が長く伸びている。
数人の生徒が帰った後の静かな教室に、鹿目まどかと、彼女のクラスメイトである男子生徒が残っていた。
さやかもほむらも知っている顔だった。
彼は机に突っ伏しており、少し疲れた顔でノートを開いている。
「あ……あいつじゃん」
さやかが声を漏らした。
その声には、知り合いの意外な一面を見る前の妙な緊張があった。
ほむらも画面の中の男子を見つめた。
確かに、まどかのクラスメイトだ。
穏やかで、少し不器用で、柔かい雰囲気を持った少年。
だが今は、まどかに甘える前の犬猫赤ちゃんやおにいちゃん案件とは違い、どう見ても疲れている側だった。
画面の中のまどかは、彼の隣に腰を下ろしていた。
その表情は、普段と変わらないようで少し違う。
優しさは同じだが、目元が妙に甘い。
困っている人を見る時のまどかの顔に、恋人への特別な温度が重なっている。
「大丈夫? 今日、ずっと眠そうだったよね」
「ん……大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」
彼はそう答えた。
まどかはすぐには返さなかった。
微笑んだまま、けれど目は少しだけ心配そうに細くなる。
その表情を見た瞬間、白い空間のほむらは察した。
これは、まどかが甘える映像ではない。
まどかが、彼氏を徹底的に甘やかす映像だ。
「寝不足なのに、大丈夫って言っちゃうのはだめだよ」
画面の中のまどかは、柔らかい声で言った。
責めてはいない。
けれど、逃がさない。
男子生徒が視線を泳がせると、まどかは鞄から小さな包みを取り出した。
中身は、手作りらしい小さなおにぎりだった。
「お昼、あんまり食べてなかったでしょ? だから、よかったら食べてほしいなって」
「鹿目さん、そういうところ見てたの?」
「見てたよ。だって、きみのことだもん」
白い空間で、さやかが口元を押さえた。
まどか本人は顔を真っ赤にして、スクリーンを見つめている。
ほむらは静かに息を呑んだ。
まどかは優しい。
それは知っている。
だが、恋人に向けるその優しさは、ただの善意ではなく、相手の弱り方を見逃さない甘やかしの圧になっていた。
「まどか、強ェな……」
杏子がぼそりと言った。
そこには茶化しではなく、実感があった。
自分は世話を焼くタイプだ。
だが、まどかの甘やかしは、叱るより先に包む。
逃げようとする相手を、優しい声と温かい手でじわじわ捕まえる種類のものだった。
「でも、鹿目さんの分じゃないの?」
「ううん。これは、きみの分。
ちゃんと食べてくれると、私が嬉しいの」
その言い方は反則だった。
彼は断れない。
まどかはそれを分かっているのか、分かっていないのか、にこにこと彼を見ている。
彼がひと口食べると、まどかの表情がぱっと明るくなった。
まるで自分が食べたかのように嬉しそうだった。
「おいしい?」
「うん。すごくおいしい」
「よかったぁ……」
画面の中のまどかは、胸に手を当ててほっと息を吐いた。
その顔は、これまで見てきたどの甘え映像とも違う方向で甘かった。
自分が撫でられるのではない。
自分が抱きしめられるのでもない。
彼が自分の作ったものを食べて、少し元気になる。
それだけで、まどかは頬をゆるませて幸せそうにしていた。
「……これはこれで、すごいわね」
マミが小さく言った。
映像は切り替わった。
今度はまどかの部屋だった。
可愛らしく整えられた部屋で、彼氏はクッションを抱えて座っている。
まどかは隣に座り、彼の髪をそっと撫でていた。
彼は恥ずかしそうにしているが、逃げない。
むしろ、疲れが抜けるように少しずつ肩の力を落としている。
「今日は、いっぱい頑張ったね」
まどかの声は、柔らかく、甘く、胸の奥まで染みるようだった。
「別に、そんなに頑張ってないよ」
「頑張ってたよ。授業中も眠そうなのにちゃんと起きてたし、係の仕事も手伝ってたし、私が落としたプリントも拾ってくれたでしょ」
「それは普通のことじゃない?」
「普通のことをちゃんとするのって、えらいことだよ」
まどかはそう言って、彼の頭をまた撫でた。
彼は何か反論しようとして、結局黙った。
まどかの褒め方は、逃げ場がない。
大げさな賛辞ではなく、相手が見落としている小さな頑張りを拾い上げて、丁寧に手のひらへ乗せてくる。
それを向けられた彼は、照れながらも少しずつ表情をほどいていった。
「まどか、これ……彼氏を溶かしてない?」
さやかが震える声で言った。
まどかは白い空間で顔を真っ赤にし、膝の上の手を握り込む。
画面の中のまどかはますます甘やかしを深めていく。
彼の手を両手で包み、指先の冷たさを確かめるように軽く握った。
「手、冷たいね。寒かった?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ、あっためるね」
まどかはそう言って、彼の手を自分の頬へそっと当てた。
白い空間で、杏子が菓子を噛むのを忘れた。
マミは頬を赤くし、ほむらは反射的に目を細めた。
彼氏は完全に固まっている。
まどかはそんな彼に向かって、恥ずかしそうではあるが、逃げない笑みを浮かべていた。
「ほら、あったかいでしょ?」
「……鹿目さんの方が、冷たくならない?」
「私は大丈夫。きみがあったかくなる方が嬉しいから」
その言葉に、彼は目を逸らした。
耳まで赤くなっている。
さやかは白い空間で両手を頭に置いた。
自分の親友が、彼氏をここまで甘やかしている。
しかも、それが特別なイベントではなく日常の顔をしている。
この事実は、なかなか脳に馴染まなかった。
「まどか。
あなた、彼を甘やかす時に随分グイグイいくのね」
ほむらが静かに言った。
まどかはびくっと肩を跳ねさせる。
その顔は、隠し事を見つかった子どものように赤い。
しかし、ほむらの声に責める響きはなかった。
「だ、だって……彼、すぐ大丈夫って言うから。
本当に大丈夫な時もあるけど、そうじゃない時もあるし……」
「だから、逃げられないように甘やかすのね」
「逃げられないようにって言われると、ちょっと違う気がするよぉ……」
画面の中の彼が、少し休んだら帰ると言いかけた瞬間、まどかは彼の手をそっと掴んだ。
強くはない。
でも、その掴み方はとてもまどかだった。
相手が断ると罪悪感を覚えるくらい優しく、しかし願いははっきり伝わる力加減だった。
「もう少しだけ、休んでいって。
帰り道でふらふらしたら心配だよ」
「でも、迷惑じゃない?」
「迷惑じゃないよ。私が、もう少し一緒にいたいの」
彼は完全に沈んだ。
白い空間のさやかも沈んだ。
まどかは自分の発言を聞いて、顔を両手で覆いかける。
だが、画面の中のまどかは止まらない。
「ね? 今日は、私に甘やかされて?」
その一言で、白い空間が一斉に静かになった。
ほむらの身体は石のように動かなかった。
さやかは声もなく悶絶していた。
杏子も茶化さなかった。
マミは静かに目を伏せた。
まどかの甘やかしは、優しさで包んでいるようでいて、最後の一歩はかなり強い。
彼氏が「うん」と頷くまで、まどかは笑顔で待っている。
それは彼女なりの独占欲にも見えた。
「じゃあ、こっち。
今日はぎゅってして、休も?」
「えっ」
「眠いんでしょ? でも一人で寝ると、また大丈夫って言って無理しちゃうから」
白い空間のさやかが、完全に顔を赤くした。
まどかが彼氏を抱きしめて休ませるつもりなのだと分かった瞬間、彼女は両手で目を覆った。
ほむらもまた、まどかが誰かを抱きしめる側に回る光景を想像しただけで顔を真っ赤にし、視線を斜め下へ落とした。
画面の中のまどかが、先に彼を抱きしめた。
包み込むように腕を回し、彼の頭を自分の肩口へそっと寄せる。
彼は最初こそ固まっていたが、まどかの手が後頭部を優しく撫で始めると、少しずつ力を抜いていった。
その変化を見て、まどかの顔がふわりと甘く緩む。
「よしよし。今日はいっぱい頑張ったね」
「鹿目さん……近い」
「近くしてるの。こうした方が、ちゃんと休めるかなって」
まどかの声は、恥ずかしさを含みながらも迷っていなかった。
彼の頭を胸元ではなく肩へ寄せ、髪を何度もゆっくり撫でる。
子ども扱いというより、疲れた心を両腕で受け止めるような抱きしめ方だった。
白い空間のさやかは目を覆ったまま、肩を震わせている。
「無理。まどかがあいつを、抱きしめて、頭撫でてる。
クラスで普通に見る顔なのに、情報量が多すぎる……!」
「美樹さやか、実況しないで。
私も直視できていないの」
ほむらは顔を真っ赤にしたまま言った。
まどかが誰かを甘やかす姿は眩しい。
しかし、彼女が彼氏を抱きしめて頭を撫で、優しい声で溶かしている映像は、まどかを特別視しているほむらには刺激が強すぎた。
「安心していいよ。ここにいる間は、何も頑張らなくていいからね……♡」
画面の中のまどかは、彼の背中を片手で支え、もう片方の手で頭を撫で続けた。
彼は少しだけためらったあと、まどかの肩へ体重を預ける。
その瞬間、まどかの表情がさらにとろけた。
甘えられることが嬉しい。
頼ってもらえることが嬉しい。
相手の力が抜けていくのを腕の中で感じることが、彼女にとってこの上なく幸せなのだと、表情だけで分かってしまった。
映像はさらに切り替わった。
今度は休日の公園だった。
まどかと彼氏がベンチに並んで座っている。
彼は何か悩み事を抱えているのか、手元の缶飲料を見つめたまま言葉少なだった。
まどかは急かさず、隣で同じ方向を見ている。
その沈黙の寄り添い方が、すでに甘かった。
「話したくなったらでいいよ」
まどかは静かに言った。
彼は少しだけ目を伏せる。
その横顔に、学校で見せる普段の雰囲気とは違う弱さが出ていた。
「俺、たまに鹿目さんに甘えすぎてる気がする」
彼がそう言った。
白い空間の全員が、まどかを見た。
まどかは真っ赤になっている。
画面の中のまどかは、少しだけ驚いた顔をしてから、やわらかく笑った。
「私は、甘えてもらえるの嬉しいよ」
「でも、負担じゃない?」
「負担だったら、ちゃんと言うよ。
でも今は、私が甘やかしたいの」
まどかはそう言って、彼の手を取った。
彼の指が少しだけ強張る。
まどかはそれを両手で包み、目を見て言う。
小さな身体で、柔らかい声で、それでも一歩も引かない強さがあった。
「きみが私に甘えてくれると、私は、信じてもらえてるんだって思えるの。
だからね、無理に一人で大丈夫にしなくていいよ」
彼は言葉を失った。
白い空間のさやかも、もう何も言えなかった。
まどかの甘やかしは、ただ可愛いだけではない。
相手の心の奥へ入っていき、そこにある不安ごと抱きしめる。
その深さに触れた彼は、逃げるより先に目元を熱くしてしまっていた。
「……じゃあ、少しだけ」
「うん」
「手、握ってて」
「うん。ずっと握ってる」
画面の中のまどかは、彼の手をぎゅっと握った。
彼は少しだけ肩の力を抜き、まどかの方へ寄りかかる。
大きな甘えではない。
けれど、普段は自分で立とうとする男子が、まどかの横で少しだけ体重を預けている。
それだけで、まどかの表情はとろけるほど幸せそうになった。
「……まどかって、甘やかされる側じゃなくて、甘やかす側でこうなるんだ」
さやかがようやく呟いた。
その声には、親友の知らない顔を見た衝撃が濃く滲んでいた。
まどかは恥ずかしそうに俯く。
しかし否定はしなかった。
「私、彼が弱いところを見せてくれると……嬉しいんだと思う。
もちろん、つらいのは嫌だけど。
でも、隠さないでくれるのが、すごく嬉しくて……」
まどかは膝の上で手を重ねながら言った。
声は小さいが、正直だった。
ほむらはその横顔を見て、まどかという少女の強さを改めて思う。
彼女は守られるだけの存在ではない。
誰かが弱さを差し出した時、それを受け止めたいと本気で願う少女なのだ。
「……まどからしいわ」
ほむらは静かに言った。
まどかが顔を上げる。
ほむらの表情は穏やかだった。
そこには嫉妬も戸惑いも少しはあったが、それ以上に、まどかが自分の大切な人を大切にしていることへの安心があった。
こうしてスクリーンは暗くなり、五人は解放された。
「これ……ある意味まどかが、みんなの中で一番すごくない?」
そんなさやかの言葉に、誰も何も言えなかった。
当事者であるまどかは顔を真っ赤にして、ただただ恥ずかしがっていた。