一勝千金 合気の果てに夢を見る   作:喇叭吹き

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どうも初めましてみなさん。
喇叭(ホラ)吹きです。
ちょこちょこ作品投稿したり、アカウント消えたり、作品消したりしている私です。
大体2年前ぐらいから『一勝千金』を読んでいるわけですが、色んな闘い方が出てくる中「合気道ねぇな」と思いました。

だから作っちゃった⭐︎
投稿ペースは未定なのでどうか気長にお待ちください。


第一話 夜空の雲

冬の寒さで冷え切った道場に、稽古の終わりを告げる声が響いた。

 

「本日の稽古、これまで」

 

正面に座る初老の男性――上芝公大の低く通る声に、稽古生たちは一斉に動きを止めた。荒い息を整え、乱れた道着の襟を直し、畳の上に正座する。

 

「正面に、礼」

 

乾いた畳の匂いと、冷えた空気。そこに汗の熱だけが薄く残っていた。

 

上芝公大は、ひとりひとりの顔を見渡すようにゆっくりと視線を動かした。白髪混じりの髪。皺の刻まれた顔。だが背筋は少しも曲がっていない。老いてなお、そこにあるだけで道場の空気を締める男だった。

 

「次の稽古日は予定通りだ。学生は春休みが明ける者も多いだろう。生活が変われば、心も浮く。浮いた心では、怪我をする。稽古場の外でも、気を緩めすぎぬように」

 

「はい!」

 

稽古生たちの声が揃う。

 

「互いに、礼」

 

礼が終わると、それまで張り詰めていた空気が少しだけほどけた。談笑しながら帰り支度をする者。箒を手に取って畳の隅を掃き始める者。雑巾を絞り、板の間を拭く者。それぞれが道場の終わりを日常へと戻していく。

 

その中で、ひとりの少女だけがすぐに帰ろうとはしなかった。

 

上芝盛香。

 

今年で高校一年になる少女であり、上芝公大の孫。そして、この「神和直心合気道」の門下生である。

 

彼女は雑巾を手に取ったまま、しばらく祖父の背中を見ていた。白い道着の背。年老いてなお揺らがない中心。あの背中を追いかけて、彼女は十二年を過ごしてきた。

 

四歳から合気を始めた。転ぶことを覚える前に受け身を覚えた。走ることを覚える前に足捌きを覚えた。怒ることより先に、力を流すことを教えられた。けれど、今の盛香の胸には、稽古の教えだけでは鎮めきれないものがあった。

 

試合をしたい。

ただ、それだけだった。

 

「お爺様」

 

盛香が声をかけると、公大は振り返った。

 

「どうした、盛香」

「……ひとつ、聞いてもよろしいでしょうか」

「改まるな。お前がそういう言い方をするときは、大抵ろくなことを考えておらん」

「失礼ですね。私はいつも真面目です」

「真面目に危ないことを考えるから困っておる」

 

盛香は少しだけ唇を尖らせた。だがすぐに表情を戻す。

 

「乱取りは、もう行わないのですか」

 

公大の目が、わずかに細くなった。

周囲ではまだ稽古生たちが片付けをしている。だが二人の間だけ、空気が一段冷えたようだった。

 

「行わん」

 

短い答えだった。

盛香は、予想していた返事だと分かっていた。それでも胸の奥に沈んでいた不満が、また熱を持つ。

 

「昔は、あったと聞きました」

「昔は昔だ」

「神和直心合気道は、ただの健康体操ではありません。護身術として形だけ残すには、あまりに――」

「盛香」

 

祖父の声が、鋭く遮った。大きな声ではない。怒鳴ったわけでもない。けれどその一言で、道場の温度が変わる。

 

「合気は、人を壊すためのものではない」

「分かっています」

「分かっておらん」

「分かっています。分かっているから、不満なんです」

 

盛香は祖父から目を逸らさなかった。

 

「相手を尊重すること。争わず、傷つけず、心身を練ること。それが今の神和直心合気道の在り方だということは理解しています。けれど、武である以上、技には意味があります。崩しにも、投げにも、固めにも。全部、相手に通じて初めて技です」

「だから試したいと?」

「はい」

 

公大はしばらく黙っていた。その沈黙が、盛香には何よりも重かった。否定されるよりも、叱られるよりも、祖父の沈黙は彼女の内側を見透かしているようで嫌だった。

 

「お前は強い」

 

やがて公大は言った。

 

「同年代で、お前に技で並ぶ者はそうおらん。大人相手でも、油断すればお前に持っていかれる者はいるだろう」

「なら――」

「だからこそ禁じる」

 

盛香の言葉は、続かなかった。

 

「強さを試したいという欲は、武を学ぶ者なら誰しも一度は持つ。だが、その欲に呑まれれば、武はただの暴力になる。お前はまだ若い。技を使いたいという心の熱さに、技そのものが引きずられている」

「私は、暴力がしたいわけではありません」

「ならばなぜ、相手が必要なのだ」

 

盛香は答えられなかった。

 

答えならある。知りたいから。

自分の技が、空手に通じるのか。柔道に通じるのか。剣道に通じるのか。ボクシングに、総合格闘技に、ナイフに、刀に、銃にさえ対抗し得るのか。

だがそれを口に出せば、祖父はさらに深い顔をするだろう。だから盛香は、ほんの少しだけ笑った。

 

「お嬢様学校に入れば、少しは大人しくなると思っていますか」

 

公大はため息をついた。

 

「思っている」

「正直ですね」

「期待している、と言った方がいいかもしれん」

「皇桜女学院は、そんなにお淑やかな学校なのですか」

「少なくとも、道場で殺気を飛ばす孫よりは穏やかな娘が多いはずだ」

「私は殺気なんて飛ばしていません。闘気です」

「もっと悪い」

 

公大の言葉に、近くで掃除をしていた門下生が小さく吹き出した。盛香は少し頬を赤くする。

 

「……とにかく、私は普通に学校生活を送ります」

「それが一番だ」

「友達も作ります」

「それはいい」

「武術をやっている子がいたら、少しだけ手合わせを――」

「盛香」

「冗談です」

「本当に冗談ならいいがな」

 

盛香は曖昧に笑った。

 

神和直心合気道。

 

それは本来であれば、実戦形式の稽古を持つ流派だった。

だがそれはもう五十年前までの話だ。今では「護身術」という言葉の下に穏やかに整えられ、相手を傷つける危険な技は、古い紙切れの中にだけ残されている。

その紙切れを見つけたのは、当時十歳の上芝盛香だった。

道場の奥にある古い倉庫。埃を被った木箱。黄ばんだ巻物と、虫食いだらけの書物。そこに記されていたものは、現代の稽古では決して教えられない神和直心合気道の影だった。

骨を折る角度。呼吸を奪う締め。関節を砕く崩し。投げではなく、落とす技。制するのではなく、壊す技。盛香は、それを見てしまった。そして見てしまった以上、忘れることはできなかった。

その日から彼女は、誰にも見せず、誰にも問わず、紙に残された技を己の脳に、体に、骨に取り込んでいった。祖父にも、父にも見せることができない技の数々を。

公大はおそらく、盛香が何かを知っていることに気づいている。だが問い詰めない。盛香もまた、自分からは言わない。二人の間には、言葉にされないままの技が横たわっていた。

そして祖父である上芝公大は、盛香が試合をすることを固く禁じた。

それに、彼女が入学する高校は皇桜女学院である。名家の娘も多く通う、お嬢様学校。所作、品位、礼節。そういった言葉が似合う場所だ。お淑やかな人間が多い女学院に、戦闘狂を放り込むのは憚られた。だが公大は、これを機に盛香が少しでも大人しくなってくれればと考えていた。

 

もっとも。その皇桜女学院で、盛香が“日本一危険な女子”と出会うことになるとは、誰ひとりとして思っていなかった。

 

雲は、夜空を隠す。けれど星が消えるわけではない。

 

ただ、見えないだけだ。




合気道の技。
あれ嘘やと思うやろ?
俺も嘘やと思っとった。
植芝盛平さんや塩田剛三さんみたいなやつはこの目で見たことないからわからないけど、投げ技や当て身はマジよ。
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