一勝千金 合気の果てに夢を見る   作:喇叭吹き

3 / 3
投稿期間が開きすぎちゃった⭐︎
許してクレメンス!


放課後

放課後。

 

 皇桜女学院の新入生たちは、学校生活初日という小さな試練を終え、それぞれの形で解放感を味わっていた。

 校門の前では、早くも仲良くなった者同士が連絡先を交換している。駅前のカフェに行く約束をする者。制服姿のまま寄り道をすることに、少しだけ背徳感を覚えて頬を緩ませる者。緊張で固まっていた肩を落とし、ようやく息を吐く者。

 そんな、いかにも新学期らしい賑わいの中。

 上芝盛香と本郷姫奈は、肩を並べて歩いていた。

 向かう先は、学校から少し離れたところにあるファミレスである。

 

 初対面からまだ数時間。普通ならば、まだ互いの距離を測り合い、無難な話題を選び、踏み込みすぎないように気を遣う頃合いだ。

 しかし、この二人は違った。

 

「合気道ってね、相手が『あ、掴んだ』って思った時には、もう体勢が崩れてることがあるの」

 

 盛香は、歩きながら自分の手首を軽く握ってみせた。

 

「掴まれた瞬間に、力で引き剥がすんじゃなくて、相手の力の向きとか、重心とか、足の置き方とかを読むの。そうすると、こっちはほんの少し動いただけなのに、相手は勝手に転ぶ」

 

「へえ〜」

 

 姫奈は感心したように声を上げた。

 その瞳は、ただ話を聞いている少女のものではない。星の形をした瞳の奥で、興味が鋭く瞬いている。

 

「じゃあさ、相手が格闘技やってる人でも投げられるの?」

「相手によるかな」

「空手とか?」

「できる」

「柔道は?」

「組まれ方次第」

「ボクシングは?」

「打たれる前に入ればいい」

「MMAやってる人は?」

 

 姫奈が、少しだけ声を弾ませる。

 盛香は即答しなかった。ほんの一瞬、考えるように視線を落とす。

 けれどそれは、できるかどうかを迷ったのではない。どう説明すれば伝わるかを考えただけだった。

 

「熟練者ならできるよ」

「へえ」

「もちろん、簡単じゃないけどね。MMAの人は打撃も組みも寝技も知ってるし、変な間合いで入ったら普通に潰される。だけど、相手が強いからこそ使える崩しもある。強い人ほど、踏み込みが深い。力の方向がはっきりしてる。そこに合わせれば、投げられる」

「じゃあ、盛香ちゃんは?」

 

 姫奈が笑った。

 

「盛香ちゃんは、MMAの人にも勝てる?」

 

 その問いに、盛香は少しだけ目を細めた。

 決して大声ではない。自慢するような響きもない。その言葉には、幼い頃から積み重ねてきた時間の重みがあった。

 

「男でも、負ける気はしないね」

「おお〜」

 

 姫奈は楽しそうに拍手した。

 通学路の上で交わされる会話としては、かなり物騒である。

 二人の声色だけを聞けば、まるで好きなケーキの話でもしているようだった。

 

 多分、きっと、おそらく、メイビー、武道や格闘技を嗜む女子高生の会話とは、こういうものなのだろう。

 少なくとも、この二人にとっては。

 

「合気道って、もっとふわっとしてるものだと思ってた」

「ふわっとはしてるよ」

「そうなの?」

「うん。ふわっと近づいて、ふわっと崩して、ふわっと投げる」

「最後だけ全然ふわっとしてない気がする」

「受け身が取れればふわっと」

「取れなかったら?」

「床と仲良くなる」

「なるほど。床と親睦を深める武道なんだね!」

「いや違うよ!?」

 

 盛香が静かに否定し、姫奈が楽しそうに笑う。会話だけならば、どこにでもいる女子高生だった。

 

 少し武道に詳しくて。少し喧嘩の話題に抵抗がなくて。少しだけ、笑うところがおかしい。

 

 その程度の、普通の少女たちだった。やがて二人は駅前のファミレスに着いた。

 

 入店すると、制服姿の学生たちが何組か席についている。店内には、食器の触れ合う音、ドリンクバーの機械音、店員の明るい声が混ざっていた。

 

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「はい」

 

 盛香が答えると、店員は窓際の席へ二人を案内した。

 席に着くなり、姫奈はメニューを開いた。

 

「盛香ちゃん、何食べる?」

「サイコロステーキ」

「決めるの早い!」

「肉が食べたい気分だから」

「じゃあ私はハンバーグにしよ。ドリンクバーも付ける?」

「付ける」

「よし、今日は祝・入学初日ということで、女子高生らしくファミレスで豪遊しよう♪」

「ファミレスのドリンクバーで豪遊できる姫奈は、たぶん人生が上手いね」

「えへへ、褒められた!」

「褒めてるかな、これ?」

 

 盛香はサイコロステーキを、姫奈はハンバーグを注文した。

 

 料理が届くまでの間、二人は本当に割と一般的な女子高生の会話をした。

 

 クラスにいた生徒の話。

 担任の先生の話。

 校舎が思ったより広くて迷いそうだという話。

 制服のリボンが少し結びにくいという話。

 購買に売っていたパンの種類がやけに多かったという話。

 

「皇桜って、お嬢様学校って聞いてたけど、思ったより普通だよね」

 

 姫奈がストローで氷をつつきながら言う。

 

「普通かな」

 

「普通じゃない?」

 

「姫奈が普通の基準を持ってるかどうかによる」

 

「盛香ちゃん、意外と毒吐くよね」

 

 姫奈は満足そうに笑った。その笑顔は明るく、愛嬌があり、誰が見ても可愛らしいものだった。

 けれど盛香は、入学式の日からずっと、その瞳の奥に別のものを見ていた。

 

 星。眩しい光。その光の裏側にある、濃厚な死の気配。

 初めて姫奈を見た時から、盛香の中にある何かが騒いでいた。

 この子は違う。この子は、自分がこれまで触れてきた誰とも違う。

 

 道場にやって来た大人たち。

 合気道を眉唾物だと笑った格闘技経験者。

 興味本位で技を受けたアスリート。

 自信満々に胸を張っていたボクサー。

 MMAを学び、組み技にも慣れている男。

 

 そういう相手とは、根本から違う。彼らには闘気があった。勝ちたいという意志があった。倒したいという欲があった。

 

 けれど、姫奈にはそれだけではない。

 

 もっと深い。もっと黒い。もっと冷たい。笑顔の裏に、常に刃物が置かれているような気配。

 盛香はそれを、初めて感じた。

 

 殺気。

 

 ただ強いだけではない。ただ喧嘩が好きなだけでもない。

 姫奈の中には、戦うことそのものを呼吸のように受け入れている何かがある。その何かに、盛香は惹かれていた。

 

「ねえ、盛香ちゃん」

 

 ふと、姫奈が声を変えた。先ほどまでの軽い調子ではない。

 ドリンクバーから取ってきたメロンソーダのグラスを両手で包み、姫奈は盛香を見る。

 

「どうして、そんなに試したいの?」

「試したい?」

「うん。合気道の技」

 

 姫奈は首を傾げた。

 

「合気道って、基本的に試合をしない武道なんでしょ?」

「よく知ってるね」

「ちょっとだけ。試合をする流派もあるって聞いたことはあるけど、盛香ちゃんのところは違うんだよね?」

「違う。うちは試合をしない」

「じゃあ、どうして?」

 

 姫奈の問いは、単純だった。

 

 責めているわけではない。否定しているわけでもない。

 ただ純粋に、知りたがっている。

 

 どうして、あなたはそんな目をしているのか。

 どうして、そんなに戦いたがっているのか。

 

 盛香は、しばらく黙った。店内のざわめきが、遠くなる。

 ジュースの氷が溶ける音。近くの席で笑う女子生徒たちの声。鉄板を運ぶ店員の足音。それらが全部、一枚薄い膜の向こう側にあるように感じた。

 

「私は」

 

 盛香は、静かに口を開いた。

 

「合気道家として、自分の技がどこまで通じるのか知りたい」

 

 姫奈は黙って聞いている。

 

「武道家として、自分が磨いてきたものが、本当に強いのか知りたい。子供の頃からずっと稽古してきた。五歳から、毎日。受け身も、体捌きも、入身も、転換も、崩しも、固めも、投げも。何度も何度も繰り返して、体に染み込ませた」

 

 盛香の声は淡々としていた。けれど、そこには熱があった。押し殺された熱。長い時間、胸の底で燃え続けていた火。

 

「でも、今の環境のままじゃ、自分がどれほど強いのかわからない。技は試せる。稽古もできる。相手もいる。だけど、そこには前提がある。相手は受け身を取る。怪我をしないように動く。こちらも怪我をさせないように技をかける。稽古だから。当たり前だけどね」

 

 盛香は、自分の手を見下ろした。

 細く白い指。お嬢様学校の制服に似合う、綺麗な手。

 

 その手で、人を投げてきた。関節を極めてきた。地面に叩きつけてきた。

 

「時々、道場に来る人がいるんだ。合気道なんて眉唾物だって。インチキだって。実戦じゃ使えないって。そういう人たちが、試しに技を受けに来る」

「へえ」

「アスリートもいた。ボクサーもいた。MMAをやってる人もいた。力自慢の人も、喧嘩慣れしてる人もいた。私は、そういう人たちを投げた。崩した。押さえた」

「強いね、盛香ちゃん」

「でも、違う」

 

 盛香は首を横に振った。

 

「そこにはまだ、ルールがある。相手も本気じゃない。こっちも本気じゃない。頭突きはしない。目潰しもしない。噛みつきもしない。金的も狙わない。後頭部や脊椎は攻撃しない。指を掴んで折りにいくこともない。危険な角度で落とすこともない」

 

 姫奈の星の瞳が、わずかに細くなる。その顔には、嫌悪も恐怖もなかった。

 ただ、理解があった。

 

「試せる技は限定的になる」

 

 盛香は言った。

 

「だから、使えなかった技を使ってみたい。禁止されている技が、本当にどこまで通じるのか知りたい。合気道が綺麗事だけじゃないって、私自身の体で確かめたい」

「合気道の理念は?」

 

 姫奈が尋ねた。

 盛香は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「知ったものか」

 

 その一言は、冷たかった。だが同時に、泣き出しそうなほど切実でもあった。

 

「人と争うな。相手を傷つけるな。和を尊べ。そう教えられてきた。もちろん、それが大切なことだとは思う。間違っているとは思わない」

 

 盛香は唇を引き結ぶ。

 

「でも私は、それだけじゃ足りない」

 

 その声は、小さく震えていた。

 

「私の中には、ずっとある。試したい。ぶつけたい。自分がどこまで行けるのか知りたい。綺麗な理念で蓋をしても、消えない。稽古で汗を流しても、消えない。人を投げても、押さえても、まだ足りない」

 

 姫奈は、瞬きもせずに盛香を見ていた。

 

「上芝家の敷居を、二度と踏めなくなるかもしれない」

 

 盛香は言った。

 

「神和直心合気道の破門を告げられるかもしれない。お父様にも、お爺様にも、失望されるかもしれない。合気の道を踏み外したって言われるかもしれない」

 

 それでも。

 

「それでも、構わない」

 

 盛香は姫奈の目を見た。

 星の瞳。可愛らしい少女の顔。その奥にある、死の匂い。

 盛香は確信していた。

 

 姫奈なら、ぶつけられる。

 姫奈なら、受け止めてくれる。

 姫奈なら、壊れない。

 姫奈なら、こちらを壊してくれるかもしれない。

 

「姫奈」

 

「うん」

 

「いつかでいい」

 

 盛香は、まっすぐに告げた。

 

「私と、試合をしてほしい」

 

 そこで一度、言葉を切る。言い直す。

 

「ううん。死合をしてほしい」

 

 姫奈の口元が、わずかに上がった。

 

「私を、強くしてほしい」

 

 店内の空気が、二人の周囲だけ変わっていた。

 

 ファミレスの明るい照明。メニュー表。ドリンクバー。呼び出しボタン。まだ届いていないサイコロステーキとハンバーグ。

 そのすべてが、ひどく場違いだった。

 盛香は熱烈な告白をした少女のように、姫奈を見つめていた。ただし、それは恋ではない。

 もっと危険で、不健全で、命に近い場所にある感情だった。

 

 姫奈は、その言葉を聞いて、沸いていた。

 胸の奥が、熱くなる。

 もしかしたら、この子は途中で諦めてしまうかもしれない。壊れてしまうかもしれない。壊してしまうかもしれない。

 それでも、試したい。

 盛香の闘気を当てられたのかもしれない。あるいは最初から自分も同じだったのかもしれない。

 

 私も、闘りたい。

 姫奈は知っている。

 不完全燃焼の気分の悪さを。思いきり踏み込めない苛立ちを。自分の中にある熱を、どこにも逃がせない息苦しさを。

 

 だから、解消させてあげたいと思った。

 それだけではない。

 私と同じくらい強くなってほしい。

 私を楽しませてほしい。

 私を追い詰めてほしい。

 私を、殺し得るところまで来てほしい。

 

 人となりは、目を見ればわかる。

 姫奈はそう思っている。

 盛香の目は、強くなりたいと燃えていた。

 その火は澄んでいる。真っ直ぐで、美しい。

 

 けれど、その奥に。

 黒く濁った塊がある。

 

 闘いたい。

 闘いたい。

 闘いたい。

 

 殺し合いたい。

 

 いや、本人はきっと、まだそこまで自覚していない。

 だから言葉を飾る。

 合気道家として。

 武道家として。

 自分の技を試したい。自分の強さを知りたい。

 

 けれど、違う。

 盛香は自分のことを合気道家だと、武道家だと言った。

 

 それは嘘ではない。けれど、全部ではない。

 

 姫奈の目には、もっと別のものが見えていた。

 私たちと同じだ。

 

 姫奈は笑った。

 

 可愛らしく。愛嬌たっぷりに。そして、どこまでも危うく。

 

「いいよ」

 

 姫奈は言った。

 

「やろう、盛香ちゃん」

 

 盛香の目が、わずかに見開かれる。

 

「本当に?」

「うん。本当に」

 

 姫奈はストローから口を離し、頬杖をついた。

 

「今週の土日、空いてる?」

「空いてる」

「じゃあ、その日にやろう」

「その日に?」

「うん。指導と試合。盛香ちゃんが知らないこと、たぶんいっぱいあると思うから。体の使い方も、壊し方も、壊され方も。あと、死なないための感覚とか」

 

 普通の女子高生は、ファミレスでこんな約束をしない。

 だが姫奈は平然としていた。

 

 まるで、休日に遊びに行く場所を決めるような軽さで。けれど、その内容は明らかに異常だった。

 

「ただし、その前に課題があります」

 

「課題?」

 

「うん。二つ」

 

 姫奈は指を二本立てた。

 

「一つ目。自分の心の内を、家族の誰かでいいからちゃんと話すこと」

 

 盛香の表情が固まった。

 

「……家族に?」

「うん」

「どうして?」

「盛香ちゃん、たぶん黙って消えるタイプでしょ」

「消えるって、そんなことは……」

「自分で勝手に決めて、勝手に覚悟して、勝手に全部捨てるタイプ」

 

 姫奈の声は柔らかかった。

 けれど、その言葉は盛香の胸の奥を正確に突いた。

 

「それは駄目だよ」

「どうして?」

「あとで面倒だから⭐︎」

 

 姫奈は笑みを消さなかった。

 

「盛香ちゃんが家を捨てる覚悟をするのは自由だよ。でも、何も言わずに捨てるのは違うと思う。だって、それだと盛香ちゃんは、自分が何を捨てたのかもわからないままになる」

 

 盛香は何も言えなかった。

 

 自分で勝手に覚悟する。

 

 その言葉は、あまりにも痛かった。盛香はずっと、心のどこかでそうしようとしていたのかもしれない。

 

 誰にも言わず。誰にも相談せず。理解されないと決めつけて。失望される前に、自分から背を向けて。

 

 上芝家の娘として。

 神和直心合気道の継承に連なる者として。

 正しくあれと育てられた少女として。

 そのすべてを、自分一人で切り捨てるつもりだったのかもしれない。けれど姫奈は、それを見抜いた。

 

「ちゃんと話して、それでも選ぶならいい。怒られても、止められても、破門されるかもしれなくても、それでも来るなら私は歓迎する」

「……厳しいね」

 

 姫奈は、もう一本の指を軽く揺らした。

 

「二つ目」

「うん」

「そのうえで、自分の意思で私のところへ来ること」

 

 盛香は瞬きをした。

 

「それだけ?」

「それだけ。でも、それが一番大事なんだ」

 

 姫奈はメロンソーダのグラスを軽く揺らした。氷が、小さく音を立てる。

 

「盛香ちゃんが強くなりたいなら、私は手伝う。盛香ちゃんが試したいなら、私は受ける。盛香ちゃんが壊れそうになったら、できるだけ止める」

「できるだけ?」

「絶対とは言えないから」

 

 姫奈は、そこだけは正直だった。その正直さが、むしろ盛香には信じられた。

 

 大丈夫。絶対に安全。怪我はしない。楽しくやろう。

 

 そう言われるよりも、ずっといい。

 

 姫奈は危険を隠していない。盛香の望むものが危ういことを、わかったうえで頷いている。

 

「でもね、私が盛香ちゃんを連れていくんじゃない。盛香ちゃんが、自分で来るの」

「自分で……」

「そう。家族に話して、止められて、怒られて、それでも来るなら来ればいい。逆に、話してみて迷うなら、それもいいと思う」

「迷ったら、駄目?」

「駄目じゃないよ」

 

 姫奈は首を横に振った。

 

「迷ってもいい。怖くなってもいい。逃げてもいい。でも、盛香ちゃんには、自分で選んでほしい」

 

 その言葉は、柔らかいようでいて重かった。

 戦うことを誘っているのに。壊れるかもしれない場所へ招いているのに。姫奈は、盛香を無理やり引きずり込もうとはしなかった。

 

 ただ、扉を開けている。その先へ進むかどうかは、盛香自身に決めろと言っている。

 

「……わかった」

 

 盛香は小さく頷いた。

 

「話してみる。家族に」

「うん」

「そのうえで、私は行く」

 

 姫奈の星の瞳が、嬉しそうに細められた。

 

「待ってる」

 

 そのタイミングで、店員が料理を運んできた。

 

「お待たせいたしました。サイコロステーキのお客様」

「はい」

「ハンバーグのお客様」

「はーい♪」

 

 熱い鉄板の上で、ソースが音を立てている。肉の焼ける匂いが立ち上り、先ほどまでの危うい空気を少しだけ押し流した。

 姫奈はナイフとフォークを手に取り、目を輝かせる。

 

「わあ、美味しそう♡」

 

「さっきまで死合の話してた人の顔じゃないね」

 

「食事は大事だよ。強くなるには食べないと」

 

「それは、そうだね」

 

「盛香ちゃん、いただきますは?」

 

「お母さんかよ……いただきます」

 

「いただきまーす」

 

 二人は手を合わせ、料理を食べ始めた。

 

 それからは、本当に普通に女子高生として、真っ当な会話を楽しんだ。

 

「このハンバーグ、普通に美味しい」

「サイコロステーキも悪くない」

「今度はパフェも頼もうよ」

「今日?」

「今日でもいいよ」

「夕食が入らなくなる」

「そこは成長期ということで」

「便利な言葉だね、成長期」

「盛香ちゃん、甘いもの好き?」

「嫌いじゃない」

「じゃあ今度、ケーキ食べに行こう」

「稽古の後なら」

「稽古の後にケーキって、なんか罪悪感減るよね」

「消費した分を戻してるだけだから」

 

 さっきまでの会話が嘘のように、二人は笑い合った。

 

 学校のこと。好きな食べ物のこと。休日の過ごし方のこと。制服に合う髪型のこと。

 クラスの誰が話しかけやすそうだったかということ。

 本当に、普通の女子高生の会話だった。

 

 ただ一つ違うのは。その普通の会話の下で、確かに約束が結ばれていたこと。

 

 土日。指導と試合。

 家族への告白。自分の意思で、姫奈のところへ行くこと。

 

 そして、いつか行われるかもしれない、試合という名の死合。

 盛香はステーキを口に運びながら、ちらりと姫奈を見た。

 姫奈はハンバーグを頬張り、幸せそうに笑っている。

 その姿だけを見れば、どこにでもいる可愛い少女だった。けれど盛香には、もうわかっている。

 

 自分は星を見つけたのだ。夜空に浮かぶ、美しく眩しい星。

 近づけば焼かれるかもしれない。手を伸ばせば墜ちるかもしれない。

 それでも目を逸らせない、危険な光。

 

 姫奈もまた、盛香を見ていた。

 

 この子は強くなる。

 

 まだ足りない。まだ知らない。

 まだ、自分の中にある黒いものの名前すら知らない。

 

 けれど、燃えている。

 ならば、火をくべればいい。風を送ればいい。

 

 折れないように。壊れすぎないように。

 でも、確かに壊しながら。

 

 強くする。私を殺し得るところまで。

 

「ねえ、盛香ちゃん」

「何?」

「土日、楽しみだね」

 

 姫奈は笑った。盛香も、静かに笑い返す。

 

「うん」

 

 その笑みは、上品で、穏やかで、皇桜女学院の生徒に相応しいものだった。けれどその奥で、二人の少女は同じ熱を抱いていた。

 

 闘いたい。

 強くなりたい。

 壊したい。

 壊されたい。

 

 それをまだ、誰も知らない。

 ファミレスの明るい照明の下で、二人はドリンクバーのジュースを飲みながら、他愛のない話を続けた。

 

 あまりにも普通で。

 あまりにも平和で。

 だからこそ、どこか不気味な放課後だった。




だーいぶ長い文になったよね。
ちょこちょこお気に入りが増えてて普通に嬉しい!
忙しくなったり、熱が冷めたりしないうちに、投稿していきたい也。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

禪院全「全ては僕の為に」(作者:羂索ハードモード)(原作:呪術廻戦)

一九七七年、冬。▼呪術御三家が一つ、禪院家に、一人の『化け物』が産声を上げた。▼その名は禪院全。生まれながらにして規格外の呪力を宿し、父の歪んだ野心という名の呪いを背負わされた少年。▼彼が与えられた生得術式は、他者の術式を根こそぎ奪い取り、己の糧とする禁忌の力――【簒奪呪法】。▼奪うも与えるも思いのまま。才能に恵まれず虐げられる者たちに術式を『禅譲』しては狂…


総合評価:25049/評価:9.04/連載:32話/更新日時:2026年05月29日(金) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>