逃げ込んだ先は
路地裏のどこかで…
「はあっ…!!はあっ…!!」
……どこまでこの逃走劇が続くんだろうか…
「待てゴラァ!!」
「…!小道があった…ここなら、
追手から身を隠せるかも知れない…」
素早く身体を道に寄せ、姿を隠す。
「どこ行きやがったあの野郎!見つけたら…
この刀でドタマぶち抜いてやる!!」
ふぅ……助かっ…た?
本当になんで僕はあんな怖い人達に追われてるんだ…
「僕が何をしたっていうんだ……!」
ただ道を歩いていただけだったのに
規則違反とか言い出して
カツアゲしてきて…
断ったら刀持って追っかけて来て……
そんな今考えても無駄な事を心で叫んでいた。
「居たぞ!こっちだ!」
やばい…あの人達の声だ…ど、どうしよう!?
逃げないと……
「い"っ…行き止まり………」
あの人達はもうすぐそこまで来てるのに!
「ああ…人生ここまでかあ……」
へたり込んで諦めをつけようとすら考えた時、
白い扉を見つけた。
薄汚いビル群の中に、誰かか置き違えたかのような、
真っ白い芸術価値さえもありそうな扉が
視界の端から呼んでいた。
気味悪さ、状況がより悪化するんじゃないかという不安からか、目は入ることを拒んだけど…
「もう逃げられないぞテメェ!!」
刀を構えて突進する追手達を見て
生存本能が、体を扉へと押しやっていた。
……
急いで中から扉を閉じ扉の先に目を向けると
天井にも床にも壁にも扉がある、真っ白な…廊下…?
通路だった。
「異世界に迷い込んでしまった…のかな…」
取り付けられた扉を開けていくと、寂れた街に繋がっていた。別の路地裏かも知れない。
…大体の扉を開けてみたけど…同じような感じだった。
そして、最後の奥の扉に手を掛けた時、
入った扉のノブが下がったように見え、
最後の扉の先へと慌てて飛び込んだ。
外れた眼鏡を拾い、顔を上げると…
其処は美術館のように何かが展示されている空間であった。
遠くに絵の具のようなもので汚れた人が話している。
作品?に近づこうとした時、
何処からか流れ出すオルガンの旋律の裏から
コツ…コツ…とタイルを踏み締める足音が聞こえた。
なんとか隠れ場所を見つけようとした時には既に、自分の真後ろに気配があった。
「…おや、見学希望者だろうか。」
無愛想の中に優しく、慈愛を孕んだ声が耳元に届く。しかしそれは決して安心できるものではなく追われていた時と同等かそれ以上の危険信号を、身体が発していた。
死ぬ
殺される
逃げろ
それでも、動けなかった。
動いたらその前に死ぬ、そんな気がしたから。
「ああ…怖いのか。…安心したまえ。"まだ"傷つけるつもりも、殺すつもりもないのでな。」
「こちらを向きたまえ。」
人ならざる何かが居るんじゃないか、既に凶器を振りかぶってるのではないか
恐る恐る振り向くと、
翡翠色の瞳をした片眼鏡で長身の男が立っていた。
武器は手には無く、今はまだ人ならざる何かでもない
目が死の危険が無いことを脳に伝えるまで、何故か長かったような気がしてならない
白いコートを羽織り、中の服すらも白いというのに、決して壁や床に同化することがない、
独自の雰囲気を保っていた。
「……素晴らしく端正な顔であるな。…君はやり方次第で美しく"なれる"だろう。」
「名前はなんと言う?」
そう問いかけながら、こちらの頬へと手を伸ばして来た。
暖かいその手には、僕が飢えていた何かがあるような…
いやただ材料に最後の慈しみを与えているだけでは…?
「ユートです。」
バラバラにされユートと作品札がつけられた自分の姿が見えるような気がして恐怖に駆られつつも、答えた。
「ユート…か…………良い名前であるな。ふっ。」
「おっと……すまない。私とした事が。許可なしに人の顔に触れていたとは…」
そう言うと男は名残惜しそうにこちらの頬から手を離し、
悲しげな顔をして、ゆっくりと手を下ろした。
「自己紹介をしていなかったね。」
「私の名前はエンラス・ハルディノート。」
「このアトリエの総支配人にして」
「薬指のマエストロだ。」
オルガンの音が全て不協和音となって聞こえ始める。
薬指。それは母に絶対に関わってはいけないと言い聞かされた組織の一つだ。
関わったら、身体を材料にされると。
生きては帰って来れないと。
気がつけば、体はひとりでに後ずさりしていた
「………はは、随分と動揺しているようだね?」
「面白い、面白い」
「私に恐怖する者を久しぶりに見たな。」
「まあ少し、このアトリエを見て回るがいいさ。」
この隙に出て行こうと考えた矢先、エンラスは心を読んだように語りかけてきた。
「…退館することは良い結果にならないとだけ言っておこう。」
「……具体的には……そうであるな」
エンラスは何かに串刺しにされた人間を指さした。
「まあ、あのようになる。」
「はは、体がこわばりすぎではないか?」
「そうなっては肉が固まってしまうだろう、リラックスしたまえ」
そう言い残したきり、エンラスはどこかへと行ってしまった。まるで床に溶け込んだみたいに。
「……ごめんなさいお母さん……芸術品にされちゃうかも………」
嘆いていても何も変わらない…けど…怖い……
頭を抱え目を瞑れば夢から醒めるんじゃ…!?
頭を上げても、そこは変わらず悪夢のままだった
─アトリエを見て回るがいい
エンラスが呟いた言葉を思い出した。
…もしかしたら、作品の感想を言ったら出してもらえるかも知れない。
そんな一抹の希望を持って、アトリエを歩き、
情報を集めることにした。
震える足をなんとか前に運び…
額縁に飾られた絵を見た。
冠を被った老人が頭を掻き困った様子をしていて……小さな冠を被った少年が隣に居る…
……よく見ると、部屋の開いた扉から使用人が顔を出している…そんな絵。
「おや?どうやら君は見る目がいいらしい。」
「最初にその絵を見つけるとはね、流石流石。」
エンラスが拍手をしながら、
視界の目の前に頭を出し現れた
「ひゃ」
僕は裏返った、素っ頓狂な声を出してしまった。
後ろに倒れ込みかけた時、忌々しくも暖かい手が支えてくれた。
「はは、可愛らしい声じゃないか。…もっと聞きたい…と言いたいところだが。よいせ…君にはこの絵がどう見えるかな?」
エンラスは姿勢を戻しながら、目線で絵を示した。
……
「…王のような人が、自分の子供の躾に悩んでいる。そして、それを使用人達が覗いている…とかでしょうか。」
恐る恐る口を開いた
手が震える。 逃げたい。
回答に不満があったら僕は殺されて…
身体を何かの材料にされてしまうんじゃ…!!
「うんー…模範回答だな。素晴らしい。今回は満点をあげることにしよう。」
拍手をしながらエンラスが微笑む
「恐怖で口を開く事も、頭を回すことも容易ではないだろうに、そんな最中しっかりと模範回答を出す事が出来るとはね。」
「ああ…やはり欲しい…どんな形であれ欲しい…ますます君を逃す訳にはいかなくなってしまった。」
「ここに残ってみないかい?ユート君?」
エンラスはこちらに手を差し伸べた。
「嫌ですッ!!」
「僕には帰りを待つ母が居ます……」
「だから、早く帰らないと」
勇気を振り絞って、提案を拒んだ。
「母ねぇ。まあそうか……残念残念。」
エンラスは肩を落としため息をついた
これで帰れる…!と思ったのも束の間
「…そうか。ならば、君の思考を維持できないのは惜しいが、実力行使で君の体を手に入れることとしよう」
エンラスは金属音を溢す腕を懐から抜き眼前へと迫った。