「やめっ」
ただ逃れようのない死の恐怖を感じるよりも速くただ反射的に目を瞑り目の前の光景から目を背けようとした。
死の恐怖が段々と身体を満たしていく感覚がする。
ああ、死ぬんだ。
その時、扉が横の壁に叩きつけられるほど強く開かれた音がした。
「居たぞ お頭ぁ!あいつです!」
「通行料払わずにとんずらしようとしたカスっすよ!」
聞き覚えがある荒々しく心臓に響く野太い声が耳を貫く
とうとう追手達が入ってきてしまったみたいだ…
「おやぁ?黒雲会…?何故ここに?」
目を開くとエンラスは追手と僕を、交互に見ながら首を傾げていた。
そして、今にでも噛み殺しに来そうな歯を見せて笑う。
「あっはっはっは!いやあ面白いものだ」
「ユート君が迷い込んだのはそういう事だったのか。」
「これからは材料自ら我がアトリエにやって来てくれるようになるのかい?いやあ、手間が省けて良いねぇ?」
「ユート君!下がっておきたまえ。」
「今から、定期的に公演されるであろう演劇を披露する故な。」
「君は観客として…最期まで目に焼き付けておきたまえ。」
「そこにいるステューデントも…ユート君の隣で見学するがいい。」
そう言うと演者は私が主役だ、と言わんばかりに腕を広げる。
「なんなんだ気味悪い!誰だお前は!失せろ!」
「さっさとその後ろの奴をこっちに寄越せ!それさえしたら話は終わりだ!」
追手のお頭らしき人が喚き散らし刀を鞘から抜き演者へと差し向ける。
刀を強く握る手は、震えていた。
「私はアトリエの管理人。マエストロのエンラスと言う者だ。
彼は渡せない。彼には利用価値も、芸術としての価値もある故なぁ…」
「ああ、センスの欠片もない其方らには理解し難い価値かもしれぬがなぁ。」
「だが、そんな其方らも観客としては一人前の感想を残してくれる。そう私は信じている。」
エンラスの翡翠色の瞳が光る。
まるで、獲物を見つけ狩りをする獣のように。
「ちっ!交渉決裂だ!お前ら!掛かれ!」
お頭の号令で、黒雲会?とやらは一斉にエンラスに斬りかかった。
「ふぅむ、作品を見ようともしない。」
「残念残念。解釈すら見せず、ただ芸術価値のある物をを破壊しようとする観客など、置物以下ではないか。」
エンラスが上着から手を抜いたかと思うと、姿を消した。
「うりゃあああああああ!!」
刀を頭の上に掲げ此方へと突撃する一人がいた。
僕は恐怖で咄嗟に目を瞑った。
熱を帯びた何かが前面から身体に飛び散り、恐る恐る目を開くと
その男の首から上が無くなっていた。
首は、少し離れた位置に立つ後ろ姿の手に握られていた。
首からは綺麗とは言い難い真紅の液が零れ落ち、人体模型で見た何か背骨…?のようなものが揺れていた。
咄嗟に目を手で覆いたかったが、
隣の「ステューデント」と呼ばれる人に手を抑えつけられた。
「マエストロ様の演劇から目を背けないでください。」
ステューデント?と呼ばれた作業服を身に纏った黒髪の男は冷ややかに言う。
「こ、こいつ…化け物…だ…」
黒雲会の接近していた二人は恐怖で震え、一人は刀を落とした。
もう一人は後退りし、逃げようとさえしていた
「うっ、うわあああああああ!!」
後退りしていた一人が絶叫しながら仲間の首を持つエンラスへと走り出していく。
「芸術の破壊はナンセンスである……」
エンラスはその者の首を鷲掴みにし宙にへと持ち上げる。
「そうだな…我が同期ならばこう言うであろうな。」
「"ヴァンダリズムはお断りです"とね。」
エンラスはそう呟きながら持っていた首を握り潰した。
身体だけがエンラスの足元へと落ち、苦悶に満ちた表情の生首だけが手元に残されていた。
「に、逃げ」
刀を落とした黒雲会の1人は言い終える前に、拳で体を貫かれ断末魔を上げる暇もなく絶命した。
「…ふむ………この入れ墨は衝撃の方向へ動くのか」
「面白いな。」
エンラスは先程の首を目線に持ち上げ、観察し始めた。
「ふむ…ある程度の衝撃であれば体の組織を保護できるようにしているようだな…」
「最も、私の前では無意味であったようだが……」
独り言の多い人だ。
「くっ…よくも…よくも!!私の部下を!!」
激昂したお頭が無防備に見えるエンラスに斬りかかった瞬間…
「がはっ……」
床から突き出した何かに、串刺しにされていた。
突き出した何かは……形容し難いグロテスクなものだった。
人の骨と筋肉のような……何かだった
「ああお頭が…!?」
「バケモンだ!逃げろ!!」
「死にたくない!!」
黒雲会は、一目散に扉から逃げていった。
「……閉幕。どうであったか?ユート君?」
「そこのステューデントは元に戻ってよし。私は彼と"お話"があるのでね」
「素晴らしい演劇でした、マエストロ様。」
ただそう言い残してまた持ち場へと歩き出していった。
返り血を浴びたエンラスが無言の笑顔で問いかけ手を差し伸べてくる。
「怖い……怖くて…ひっ…殺さないでッ!!」
嫌だ。死にたくない
怖い。嫌だ…嫌だ…
けどこの鬼は罪悪感も何もない……終わった…
「血まみれではないか……」
「大丈夫であるぞ?ユート君。"もう"君を殺すつもりもないからな」
「たしか君はー…家に帰りたい と言っていたな。」
エンラスは何か悪意を含んだ笑みを隠しきれない声色で問う。
「帰りたい…もう嫌です…」
ただ正直な言葉を紡ぐ。
エンラスが、またしても獣のような…鋭い歯を見せて笑った
「じゃあ、帰ればいい」
「もっとも、黒雲会に目をつけられた君は五体満足で帰れるとは思えないが。」
「死にたくないなら、ここから出ない方がいいぞ?」
「ああ、頭が恐怖に満たされて声が出せないのかい?」
「可愛いらしい…ああ…もっとその表情を…」
「こほん。君には選択肢が3つある。」
「ああ、選択肢の番号を指で示してもらうだけで平気である。声なんて出せないだろうからな」
エンラスは動悸の止まらない僕を見て、優しく微笑みながら目線まで腰を下ろす。
そして、返り血の滴る顔を向けた。
「一つ ここを出ていく。」
「まあ恐らく黒雲会に捕まるであろうな」
「無事では済まないだろう」
「価値を理解できない者らがむやみやたらと君を破壊する、なんてことが起こると思うと、悲しいものだ…」
エンラスは演技じみた大きなため息をつく
ただ、僕は首をふるふると横に振った
それを見てエンラスは笑みを溢す
「二つ、ここで芸術を学ぶ」
「選ぶなら安全は保障しよう。」
「君はまだ死体や内臓を見慣れていないから苦手なだけのように思える。見慣れたら中々良いセンスをしている気がするのだよ……」
何処かに目を向けながらエンラスは最悪の選択肢を口にする。
「……」
僕はただ黙る。ただより良い選択が来る事を祈って。
「三つ、材料となること。」
「ああ、死ぬわけではない。作品として永遠に生きていられるぞ?」
「勿論、人の形を保ったまま生きていられるわけではないが…」
より最悪な選択肢を口にする。
「それは…嫌だ……」
ただ震えた
「やっと口が開けるようになったようだな。」
「なら…芸術を学ぶ、という選択肢しか残らないが?」
エンラスが目を細め首を傾ける
道化の仮面のように悪意に満ちた笑顔だった。
「どうする?」
また、肉食獣のように歯を見せる。
「それしか無いのなら…」
死にたくないから…生きるため…これは生きるためッ!!
そう自分に言い聞かせないと何かがおかしくなってしまうような気がする。
母の言い付けを破ったばかりか、異常者の組織に仮とは言え、所属してしまうことになるのだから。
「はっはっは!では、決まりであるな。」
「改めて……」
「ようこそ、我がアトリエへ!」
アトリエの館長はただ僕に公演の閉幕のように、お辞儀をする。
「アトリエの中であればどこでもお連れしよう。」
返り血に塗れた館長…エンラスは、誰かの血を滴らせる手を差し出す。
…人の形をした化け物だ…この人は……
……ああ…逃げた方が良かったかも………