「まあ、私は君が薬指に入ると言う選択をする以外許すつもりはなかったのだがね。」
エンラスは当たり前かのように真面目な顔でふざけたことを言う。
「じゃあ他の選択肢を示した意味ないですか!!それに、僕が危険を犯してでも帰りますとか言ったらどうするつもりだったんですか!?」
僕は思った事をそのまま口に出してしまった。…下手したら殺されるかもしれないというのに……
「もしそうであったら三番目の選択肢を選んだことにするつもりであった。」
…逃げたら芸術品にするつもりだったのかこの人…
「…まあ選択肢が一つしかないと言われるより三つあると言われた方が多少聞こえは良いであろう?本質としては今回の場合殆ど変わらないのだがね……」
エンラスは悪びれる様子もなく笑いを少し堪えたかのような表情で語る。
この人に果たして良心はあるのか……
「本質は同じでも上辺の印象を変えることの大切さをあの者に教えてもらったのだよ。便利屋からすれば、私が思っているより遥かに重要に考えているのだとか。」
エンラスはそう言いながら金属を軋ませるような不快感のある音を立てる右手で指を指した。
指を指した先を見ると、串刺しにされ目の焦点が合っていない、頭を抱え歯を剥き出しにして狂ったような笑顔のスーツ姿の人間が居た。
「まあ、学んだ事は活用せねば勿体無い故、早速君で試した、と言う訳だ。」
エンラスはその異常と言うべき物を施設の調度品であるかのように扱っているのか、特に何を付け加える事もせずに先程までの話を続ける。
「ちょっと待ってください…串刺しにされた人間が飾られてるのはどういうことなんですか…!?」
僕はこの倫理観がない男に異常を素通りさせないように言う。
こんなことをわざわざ言わなくてはいけないこの空間が怖くてならない…
「………?別にここでは珍しい物でもな…君にとっては珍しいものか。」
エンラスは今更気がついたかのように頭を抱える
「そうであるな…この際慣れる為にもユート君には作品に触れて貰おうか!」
エンラスは人差し指を立て朗らかな表情で言う。
この人は…なんというか、思ったより表情豊かだな……
「さあさあ、こちらへ来たまえー」
いつの間にか少し離れた作品の隣に移動していたエンラスは手招く。
僕はそれに抵抗感が足枷となり重い足取りで近づいた。
「あは…あははは…」
そう狂った笑いを微かにこぼす作品…いや、人間がそこには居た
「生きてはいるんだが……うーむ、今日は反応が悪いようだ。残念だ……君に面白い対話が見せれそうであったと言うのに。」
エンラスはそう言い呆れたようにため息をつく。
「普段であれば、知っている事ならばなんでも喋ってくれる作品なのだが…」
エンラスは片目だけを細め、やや不機嫌そうに口を開く。僅かに、肉食獣のような鋭い歯が見えた。
「…これが…作品…?」
僕はただそう呟いた。信じられない。これが…芸術の一つ?
いや、今更か……
「ああ、立派な作品の一つである。…まあ、招かねざる客をただ生命活動が停止しないように串刺しにし、知っている事ならば全て回答するように少し"改造"だけである。私の作品の中では駄作となってしまうだろうな」
エンラスは時折"作品"の方に首を向けながら語る。
作品の串のような部分は確かに致命傷になり得る場所を避けて刺されているようにも見えた。…やっぱ身体中心を刺されているような。
「時折言う招かねざる客ってなんですか?」
僕はずっと頭の片隅に残っていた素朴な疑問をエンラスに投げ掛けた。
「そーであるな…言葉通りに招待していない客と言う意味もあるが、主に芸術品の鑑賞をせずに私や私の弟子達を害そうとする者を指している言葉であるな。敵だ!とか言うと逃げられる事が多かった故…最初は招かねざる客と呼んで警戒を強められないようにしているのだよ」
「はへぇ」
きっとこの"作品"も黒雲会達のように斬りかかって返り討ちにあったのだろう。
…この作品と呼ばれてる人…来てる服の生地も昔見た巨大企業傘下のフィクサー…言わば便利屋とかと遜色ない高級品のように見えるし…相当な実力者だと思うのだけど…
エンラスにとっては作品にする為に気を配りながら倒す事も出来るほど、弱いのだろうか…?
「あと気になったんですけど…なんで腕から金属音がしてるんですか?」
「ああ、私の右腕か…まあ話すより、見せた方が速いだろうな。」
エンラスはそう言うと黒い手袋を丁寧な手つきで外し…袖を捲った。
そこには、明らかに人体ではない、光沢を纏った銀色の腕があった。
「義手である。同期の…"元"マエストロに作ってもらったものだ。」
エンラスは謎の迷いを言葉にしながら語る
友人までマエストロなのか…この人。でも、元?
「どうして、義手なんかをつける羽目になったんですか。」
「作品にしたのだよ。同居人に贈るために。」
僕の問いにエンラスは、斜め上の回答をした。自分の右腕を作品にしてプレゼントするなんて…おかしいって気づかないのか?
「私としては義手なんか要らなかったのだが…その同期がな…『貴方の片腕がない姿を見ているとあの野蛮人を思い出して不愉快です。義手を作って差し上げますから私のアトリエに来てください』とか言い出してな……私は断ったんだが、無理矢理引き摺られてゆき、されるがままにしていたら新たな右腕が付いていたんだ。」
エンラスは懐かしむように腕を見つめ、誰かの声真似を入れながら話す。
「同期って、どういう人だったんですか…?」
「そんなものに興味あるのかい…?まあ話しても良いか…私の同期は身長が私よりも高い細身で白髪の美人な青年だよ。ああ、名をカリストと言う。」
エンラスの頬が緩んでいるように見える。相当仲良かったのだろうか
「彼は怒りは退屈な感情とか言いながら結構怒る故…面白いものだよ。ああ、面倒見は良いし教育者としては優秀であるから…良い者であることは間違いない」
……結構喋るな…
「…私としたことが語りすぎてしまったな。彼についての発言はあまり良いものとされないと言うのに。アトリエを案内すると言ったというのに…こほん、仕切り直して…他に知りたい場所はあるかい?ユート君?」
エンラスは一度手を叩き、再び元の表情へと戻った。
…『カリスト』と言う人が気になるけど…これ以上触れるのは得策じゃなさそう…
「それじゃあ……この音楽の正体について教えてください」
アトリエにずっと流れているピアノ?オルガン?のような音の正体はなんなのか……
「音楽…ああ"オルガン"のことか。あれは私の自信作から流れ出している音楽であるな。誰かが弾かなくても勝手に演奏してくれるのだよ。」
エンラスは自信を含ませた微笑みで言う。コイツの自信作とか碌なものじゃない気がするんだけど……ま、まさか骨でオルガン作りました!とか…
「あの部屋にあるから、見てみるかい?」
エンラスは赤黒いながら禍々しさはない扉を指差した。
「……はい」
恐怖心もあったが、やはり好奇心には逆らえない……くっ…
…遠くもなかった扉の前まで二人で行くとエンラスはは案内するかのように扉に手を掛けた
「心の準備は良いだろうか。…3…2…フッ!」
エンラスは裏切るかのようにカウントダウン途中に扉を開く。
「なっ」
驚いて僅かに声が漏れた直後、視界にその"音楽"の正体が映し出された。
それは、音楽と一体化した…オルガンそのものとなった人間の姿だった。自身の切り開かれ組み換えられた骨…?を、自らの腕で叩き音を奏でる、人間の姿。虚な目でただ最高級の音楽を奏でる、二人の姿。
「うわあああああああああああ!?」
僕はただ叫んだ。何故叫んだのかは分からない。目の前の惨状から少しでも目を逸らす為?正気を保つ為?わからない。ワカラナイ。
「はっはっは、大丈夫かい?いやあ、すまないね…人は待ち構える前に見せられた方が印象に残ると言うからどうしてもな。……これは見ての通り、人間の
エンラスはそれが何の不思議もない、珍しくもないものかのように語る。
「どうして…どうしてこんなものを作ったんですか!?」
「ふむ、ならば特別にいきさつを教えてあげよう」
エンラスは、僕の怒りを質問として受け取り噛み砕いた。
「ある劇場に、私が大好きだった演奏者二人が居たのだ。彼らが出る演劇や演奏の殆どに行くほどね。そして私は思ったのだ、この素晴らしい音楽を永遠に楽しみたいと。…だが人は老いる。そしてその美麗な旋律は朽ちていく。私はそれが酷く悲しかった。美しき物が朽ちてゆくのを見ていられなかった。…だから私はその美しい旋律を永遠の物にするが為に彼らをオルガンにする事としたのだ。ああ、勿論のこと許可は取ったぞ?"其方らの奏でる美しい旋律を皆が永遠に楽しめるようにしたいが故、身体をお預かりしたい"と言ってね。」
エンラスは、それが悪ではないかのように語る。
「了承されたんですか…?」
「勿論、されてない。今考えると非道な行動であったな。」
エンラスは、僕の怒りを含んだ問いに最悪な形で答えた。
この、クソッ!!
「確かに了承を得ずに芸術品にしたのは悪かも知れない…だが、美しい音楽だろう…?結果論とは言えだ、私はこの素晴らしき旋律を…保存する事に成功しているのだ。それは賞賛に値すると思わないかい?」
エンラスは微笑み言う。それが、善であるかのように
「どうして…どうしてそんな真似ができるんですか!!勝手に自分の嗜好で人を殺して!!勝手に改造して!!成功したから賞賛されるべき?馬鹿な事…言わないでくださいよ!!」
僕は叫んだ。これは明らかな悪だったから。死ぬとしても、人の命を軽く見て踏みにじるのだけは許せなかった。
「ふむ…。」
エンラスは目を閉じ考え込む。今度こそ僕は死んでしまうのか。ああ…言うんじゃなかった。
「…確かにな。私も、身近な者が殺され…その遺体を素材とした芸術品を傑作と言われながら見せられたら怒りに支配されるだろうな。」
エンラスは納得したかのように落ち着いて目を開いた
「そう思うなら、もうこんな非道な行いはやめ」
「待てユート君。もし私が非道な行いを"やめた"としても、終わりはいずれ来るのだろう?人はどうしようといずれ訪れる結末からは逃れられない。聖者のように他者を慈しみ善行をしたとしても、名声の為に非道な行いをしたとしても…私の結末は変わらないのではないか?」
僕は差し伸べた手を振り払われた気分だった。エンラスの発言も、一理ある。確かに、今何かをしたとて、未来起こる事が変わるとは限らない。でも…でも…!!!!
「もしかしたら変わるかも知れないじゃないですか…!!」
「……私の全てを知った時…君は同じ事を言えるだろうか…」
エンラスの言葉に対して僕はもう言葉は、出なかった。正確には、出せなかった。
エンラスの目に、悲惨な何かが映っているような気がして。
「……黙ってしまったか。……君の解釈や考えは他の者にはない刺激がある故、これからも話してくれるとありがたいな。」
そう言うエンラスを、僕はただ睨むことしかできなかった。
「はは、顔が怖いぞ?気分を害してしまったかな。気分転換に我が最高傑作でも見てもらおうか。」
エンラスは、そう言うと、どこかへと歩いて去っていった。
僕は、何も言うことは出来なかった。