エンラスが何処かへと向かってしまった後、僕は眼を瞑り母の忠告を思い返した。
…………
『いいかい、ユート。親指の奴らに会っちまった時はな……』
力強い母の声が木霊する。
『人差し指にあっちまったら……』
『中指に会っちまったら……』
勉強と稽古の合間に煙草を吹かしながら教えてくれた、親指…人差し指…中指…薬指…四本の指への対処法。小指はないんだろうか、なんて思いながら僕はその中の、"薬指"についてを…強く頭に浮かべた。
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『息切らしちまったか?…しょうがないね。私が煙草一本吸い終わるまでに息整えろ!』
稽古の途中に倒れた僕に荒々しく言い、煙草とライターを取り出す母。
『クソッ…このままじゃコイツは…外に出たらいずれ死んじまう…でもこのまま追い詰めても身体がブチ壊れる方が先か……チッ…考えることが多い…』
母はずっと、文句を呟いていた。
『…一服の時間分休憩やったのに治らねえのか?軟弱な身体しやがっ…!!……軟弱なのは私のせいか…だとしても…チッ…!』
母は振り上げた拳を僕へと振り下ろす事はなく、ゆっくりとポケットとへと入れた。
『ハァ、体動かさなくていいからその分よく聞け。前に路地裏にいる薬指の話したろ?覚えてるか?」
母の問いかけに僕は無言で頷いた。
『いいか、ユート。薬指の奴に会っちまって逃げられねぇ時。敵意がない奴なら自分から作品がこう見えるって解釈をぶつけるんだ。そうしたらあの承認欲求の塊どもは喜ぶし、すぐには殺してくる事もなくなるからな。それから…
「ユート君!中央へと向きたまえ!!」
思い返している最中に、最早聞き慣れてきてきたような気さえする不愉快な声が聞こえ僕は目を開いた。
目を閉じていた間に照明は消されたらしく、ほぼ視界が得られず、何かが動く音だけが脳へと伝達された。
「見せてあげよう…我が傑作を!!」
そうエンラスが叫ぶと、照明が一部のみ点灯し、彼を照らした。
片腕を真上へと掲げるエンラスの手には、傑作と思わしき巨大な斧が握られていた。
…それは、明らかに金属や木材といった、一般的な材料で作られたものではなかった。
何かしらの、怪物から出来た……なんなら斧が怪物そのものである気さえした。
頭に…何かを流し込まれているような…?
「ユート君。君にはこの作品がどう見える。…あ、今回は全力で考えてほしい。私の数少ない立体作品の一つ且つ傑作であるから…」
エンラスはその巨大な斧を両手で持って此方に歩みながら問う。
「……怪物の何かしら、もしくは怪物そのものである斧に見えます。」
僕はただ静かに答えた。
「おや、まさかそんな事に気づくとはね。やはり才能があるのではないか…?」
エンラスは喜びの笑みを溢していた。
「ふっふっふ、まあ"怪物から作った斧"…と言う解釈で今は良いだろう。この作品の真価は、まあそのうち見せてあげよう。作品名も、その時に。」
エンラスは上機嫌にその斧を背負いながら話す。
…なんとか切り抜けられたかな?まあ、実際四肢と頭が身体に繋がってるんだし…無事か。
「…ト君?ユート君?」
…なんだが大型犬のように見えてきた……
「あ、はい。なんですか」
僕は犬のように見えるエンラスに答えた。エンラスが犬だとしたら僕は飼い主なのかな。首輪をつけられてるのは僕な気がするんだけど…
「……反応的にさっきまでの話全て聞いていなさそうであるな。まあ……いい……さっきまでの話をまとめて言うと、私の"ギャラリー"へ向かおうという話だ」
エンラスは明らかにショックを受けている表情で提案をする
ギャラリー。薬指のマエストロが持つ美術館のようなもの、と母親が言っていた気がする。…ここはギャラリーじゃないの?
「ここはギャラリーじゃないんですか?作品も多くあるし、美術館みたいに見えますけど…」
僕はエンラスに聞く
「ああ、ここは身内のみが入れることとしている場所でね。故にギャラリーではなくアトリエと呼んでいる。」
エンラスは教師のように答える
身内?どういうことだろう。
「何か不思議そうにしているみたいだが……あ、もしかして私に家族がいる事がそんなに意外だったのかい?」
身内ってそういう意味かよ……
「私の父も母もすでに他界してしまっているから、今や妻子しかいないのだけれどね。」
…妻子…居るんだ…
僕は頭を金属で殴りつけられたくらいの衝撃を受けた。
「そんな驚いた表情するか?私にだって妻子くらいは居るさ。」
………まあ……確かに顔は美形だし、身長はみるに190はあるみたいだし惚れる人も居るか。でもこんな奴と結婚する人が?
「おっと、時間時間。さっさとギャラリーに向かうよ。」
腕時計を見たエンラスはそう言うと、速足で扉へと向かってしまった。
暇が 足りません