Muv-Luv OPERATION:LAST KISS 作:ババンババンバン
我々の眼下にバイドの星がある。
ここへたどり着く為に、幾多もの戦いを潜り抜けてきた。
幾多もの犠牲を払ってきた。
もうすぐだ、もうすぐで地球に帰れる。
未知の生命体群が初めて観測されたのは、銀河系ペルセウス腕中央宙域だった。
当初、人類はそれを宇宙空間に存在する未確認生命体の一種として認識しており、一部研究機関では「未知生態系発見」という楽観的な見方すら存在していた。
しかし調査が進むにつれ、その存在が既存生物の枠組みから大きく逸脱した、極めて危険なものであることが明らかとなっていく。
驚異的な生命力に、損傷を瞬時に修復する異常再生能力。
さらには周囲物質を取り込み、自らの組織へ変換しながら無限に近い勢いで膨張・増殖していく侵食性。
そして何より恐れられたのは、その増殖行動に“明確な指向性”が存在していたことである。
当初は学術的興味の対象だったその生命体群は、やがて周囲宙域の資源を貪欲に取り込みながら勢力を拡大し、まるで何かを目指しているかのように一定方向への移動を開始。
その事実が確認された瞬間、人類社会の関心は好奇心から恐怖へと変わった。
急遽行われた侵攻進路予測――その結果は、人類社会全体へ戦慄を走らせた。
観測された未知生命体群は、広大な宇宙空間に存在する無数の航路や恒星系を無視するかのように、まるで明確な意思を持っているかのような軌道で、一直線に太陽系、そして人類圏へ向かっていたのである。
やがて人々は、その凶悪かつ侵略的な生命体群を“バイド”と呼ぶようになった。
人類はこの未曾有の脅威へ対抗するため、従来兵器を遥かに凌駕する超高機動性能と、戦艦級火力すら実現した新兵器《次元戦闘機》を開発。
それはまさに、“バイドを滅ぼすため”に生み出された決戦兵器であり、各地戦線に投入された次元戦闘機群は圧倒的戦果を叩き出し、幾度となくバイドの侵攻を撃退していくこととなる。
だが、それでも戦局を覆すことはできなかった。
局地戦でいかに勝利を重ねようとも、無尽蔵に押し寄せるバイドの大攻勢を止めるには至らなかったのである。
人類は各地戦線において数多の戦術的勝利を積み重ねながらも、その裏では徐々に戦力・資源・生存圏を削られ続け、戦略的には敗北への道を歩み続けていた。
そして――ついにバイド群は太陽系外縁部へ到達する。
この報せは、人類社会へ決定的な恐怖をもたらした。
もはや“遠い宇宙の脅威”ではない。
次に侵されるのは、人類文明そのものだった。
世論は大きく二つへ割れる。
バイドとの戦争継続を断念し、太陽系外への脱出と文明保存を最優先すべきだと訴える者たち。
そして最後まで抗戦を続け、バイド殲滅による人類生存を主張する者たち。
人類社会が分裂の危機へ瀕する中、一人の司令官へ極秘命令が下される。
「残存兵力を率い、バイド殲滅作戦の指揮を執れ」
それは――
人類最後の反攻作戦、その始まりだった。
◇◇
M.C.0065.12.22
【バイド星系前宙域/宇宙戦艦ヘイムダル級艦橋内】
「もうすぐ...ですね、提督」
副官であるユウキ・イングラハム少尉が、感情を押し殺しきれない声音でそう呟いた。
「...そうだな」
私もまた、同じ気持ちだった。
これ以上言葉を重ねれば、長い間張り詰め続けていた何かが切れてしまいそうで、あえて短く返すことしか出来なかったのである。
それほどまでに、この戦いは長かった。
我々バイド討伐艦隊は、およそ一年もの歳月をかけて宇宙を渡り続け、気が遠くなるほどの距離を航行しながら幾多の死地を突破し、ただ一つ――バイド星系へ到達するためだけに戦い続けてきた。
当然、その道中で払った犠牲は決して少なくない。
若く優秀で、未来ある兵士たちが幾人も命を落とし、艦隊を、仲間を、そして私を守るために散っていった。
だが、その犠牲もようやく報われようとしていた。
メインモニターに映るのは、敵勢力の本拠地にして中核宙域――バイド星系。
惑星全体がまるで光すら呑み込む穴のように黒く染まり、その表面では蒸発にも似た閃光が断続的に脈打ち、無数の光柱が天へ向かって立ち上っている。
本来であれば不気味でしかないその光景を前に、なぜか私は説明のつかない“懐かしさ”を覚えていた。
理由は分からない。
だが今は、それを考えている場合ではない。
次の戦いに勝利すれば、我々は地球へ帰還できるのだ。
その時、若い女士官が書類の束を抱えながらこちらへ歩み寄ってきた。
エレノア・クライアント中尉。
イングラハム少尉と並び、卓越した情報処理能力によって艦隊運営を支え続けてきた有能な士官である。
...彼女がいなければ私は決裁待ちの書類へ埋もれていたに違いないと思えるほど優秀な女性だった。
「ご苦労だった、クライアント」
書類を受け取りながら声を掛けると、彼女は軽く敬礼を返し、そのまま淡々と報告を始める。
「前回戦闘で損傷した艦載機および艦船の修理・点検作業は完了しています。また、周辺宙域の脅威排除も終了。現在、艦隊は作戦立案へ戦力を集中可能です」
「各艦の状態は?」
「稼働率90%以上を維持。主機関にも重大な損傷はありません。ただし第三整備ブロックは限界です。これ以上の連続戦闘が発生した場合、艦載機の稼働率低下は避けられません」
「つまり、“次で終わらせろ”ということか」
「はい。整備班からは『これ以上は神に祈れ』とのコメントが届いています」
「率直で結構だ」
艦橋に小さな笑いが漏れた。
しかし、それも束の間だった。
誰もが理解していたのである。
勝っても、負けても――次が最後の戦いになることを。
そんな静寂を破ったのは、オペレーターによる鋭い叫び声だった。
「重力震反応!」
空気が一変する。
「周辺宙域に高エネルギー反応多数! 空間歪曲を確認!」
「敵勢力数は!?」
「不明! ですが反応増大中! このパターンは……次元断層崩壊です!」
私は見慣れぬ現象に大きく驚き、勢いよく立ち上がった。
宇宙空間そのものが軋むように歪み、黒い宙域へ巨大な亀裂が走り――次の瞬間、空間そのものが裂けたのである。
それは、まるで宇宙へ巨大な傷口が開いたかのような光景だった。
「宇宙が...裂けた!?」
イングラハム少尉が息を呑む。
直後、艦橋中へ警報が鳴り響いた。
『警告。時空境界面の崩壊を確認』
『波動機関出力、不安定化』
艦体が激しく震動し、照明が明滅する中で火花が散る。
「各艦へ通達! 艦隊陣形を維持したまま直ちに宙域離脱! 偵察機も全機収容しろ、急げ!」
命令を受けた乗員たちは即座に行動へ移った。
幾多の激戦を潜り抜けてきた歴戦艦隊だからこその反応速度だった。
私はメインモニターへ表示されたシミュレーション結果を睨みつける。
結果は絶望的。
それ以上に異常だったのは、断層崩壊範囲がまるで狙い澄ましたかのように艦隊全域を包み込んでいたことである。
提督としての経験が、本能的な警鐘を鳴らしていた。
これは自然災害ではない。
“攻撃”だ。
「提督! 偵察機、全機収容完了!」
「各艦、波動機関正常稼働! 離脱準備完了しています!」
イングラハムとクライアントが叫ぶ。
「よし、直ちにここを――」
だが、その瞬間。
次元断層の裂け目から、恒星にも匹敵する眩い閃光が放たれた。
(しまった……間に合わなかったか……!)
艦橋が白く染まる。
乗員たちは目を庇い、ある者は絶望に泣き崩れ、またある者は最後まで作業を続けようとしていた。
ここまで来たのに。
あと、もう少しだったのに。
私は悔しさに奥歯を噛み締め、口内へ広がる鉄の味を感じながら、迫り来る白光を見つめ続ける。
そして――
バイド討伐艦隊は、この世界から鉄片一つ残さず消失した。
◇◇
AD.2004.01.10 とある確率時空
【日本帝国/横浜基地・観測デッキ】
空は、異様なほど青かった。
まるで、人類が滅亡の淵に立たされている世界とは思えないほどに。
白銀武は、横浜基地外周区画に設置された臨時観測デッキから、その空を静かに見上げていた。
「......行っちまったんだな」
誰へ向けたわけでもない呟きが、冷たい風に溶けるように消えていく。
白銀武は観測デッキの手すりへ寄り掛かりながら、遥か頭上に広がる空を見上げていた。
脳裏に浮かぶのは、一人の少女の姿――御剣冥夜。
武にとって、誰よりも大切な存在だった。
オルタネイティヴ5。
それは、人類最初にして最後の大規模移民計画であり、地球を捨て、ごく一部の人類だけを新天地へ脱出させるための最後の希望でもあった。
選ばれた者たちは、遥か彼方のバーナード星系へ向かう。
そして冥夜もまた、その“選ばれた側”の人類として既に地球を発っていた。
もう二度と会えないかもしれない。
そう考えるたび、胸の奥が鈍く痛んだ。
「そんなに空を見上げていても、何か降ってくるわけじゃないわよ。...まあ、G弾でもない限りはね」
不謹慎極まりない冗談と共に現れたのは、香月夕呼博士だった。
「先生...」
武が振り返ると、白衣姿の夕呼はいつもの気怠げな表情のまま観測デッキへ歩み寄ってくる。
「感傷に浸るのは結構だけど、あんまりセンチになり過ぎないことね」
「分かってますよ」
武は小さく答えた。
その声音には投げやりな響きが混じっていたが、同時にどこか吹っ切れたような覚悟も滲んでいた。
夕呼はそんな武を横目で見ながら、ふっと小さく笑う。
「...いい顔するようになったじゃない」
「な、なんですか急に」
「別に。ただ、そう思っただけよ」
そう言うと、夕呼は手すりへもたれ掛かりながら銀色のスキットルを取り出し、そのまま中身を煽った。
「あんたも飲む?」
「先生ぇ...勤務中に飲酒ですか? 疲れてる時に酒なんて身体に悪いんですよ」
「うるさいわね。飲むの? 飲まないの?」
半ば強引にスキットルを押し付けられ、武は観念したように受け取る。
このご時世、酒など極めて貴重品だ。
そんなことを考えながら一口飲み――
「...ぷはっ。って、これ水じゃないですか!」
思わず声を上げる武を見て、夕呼は堪えきれなくなったように吹き出した。
「あっははは! 完全に引っかかったわね!」
「なんなんですかもう...」
呆れながらも、武の口元には自然と小さな笑みが浮かんでいた。
そんな様子を見ながら、夕呼はどこか満足そうに目を細める。
武はふと、三年前のクリスマスを思い出していた。
全てに絶望し、酒へ逃げるように酔い潰れていた夕呼の姿。
普段は超然としている彼女が、珍しく感情を露わにしていた夜だった。
――あれ以来だ。
夕呼が時折、こんな風に妙に人間臭い表情を見せるようになったのは。
「にしても、さっぱり成果が出ないのよねぇ...“アレ”」
夕呼は空を見上げたまま、不満げに呟いた。
「ああ、あの件ですか。宇宙が歪んだとかいう...」
「“次元空間歪曲”よ」
「あー、それですそれ」
武は苦笑混じりに頷く。
先週、太陽系宙域において突如発生した正体不明の空間異常。
原因不明の次元歪曲現象は各地で観測されており、それ以降、BETA群にも異常な活性化反応が確認され始めていた。
一部ハイヴでは、まるで何かへ呼応するかのように大量のBETAが地上へ溢れ出し、前線は混乱状態に陥っている。
当然ながら、人類は未だ現象の正体を掴めていなかった。
そして、その解析任務を押し付けられたのが香月夕呼だった。
「基地が私の手を離れてから、使える設備も人員も激減してるのよ」
夕呼は忌々しげに肩を竦める。
「回されてくるのは型落ち機材と融通の利かない連中ばっかり。天下の香月夕呼サマを
誰だと思ってるのかしら」
「自分で天才って言うんですね...」
「事実でしょ?」
即答だったことに、武は思わず苦笑する。
だが、その軽口とは裏腹に、夕呼の表情には僅かな焦りが浮かんでいた。
おそらく彼女自身も、休息と気分転換を兼ねてここへ来ていたのだろう。
その時、背後で扉の開く音が響いた。
振り返ると、そこには社霞が立っていた。
「あら、霞じゃない」
感情表現に乏しい少女は、無言のままこちらを見つめている。
「よう、霞!こっち来いよ!今日の空、すっげー綺麗だぞ」
「...(コクリ)」
小さく頷き、霞はとことこと武たちの方へ歩み寄ってきた。
その様子を見届けると、夕呼は軽く手を振る。
「私はそろそろ戻るわ。あんたも気分転換が済んだら、機体整備でも終わらせなさい」
「あ、はい。もし“次元なんとか”の正体が分かったら教えてください」
「次元空間歪曲よ、バカ」
呆れたように言い残し、夕呼は観測デッキを後にした。
静寂が戻り、武は再び空を見上げた。
「ほら、いい空だろ? 雲一つない」
「......はい」
霞もまた、静かに空を見上げる。
束の間の平穏。
まるで戦争など存在しないかのような、穏やかな時間だった。
――だが
「あ...」
霞が小さく声を漏らす。
「ん? どうした? 何か見つけたか?」
「違います...あそこ...光っ――」
言葉の途中で、霞の身体から力が抜けた。
「霞!?」
糸が切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、武は慌てて支える。
「お、おい! 霞! しっかりしろ!」
反応はない。
それどころか、霞の口元からは泡と涎が溢れ始めていた。
明らかに異常だった。
「くそっ...どうなってやがる!?」
武は霞の視線の先を追い、再び空を見上げる。
そこには、昼空の中で星のように輝く光が浮かんでいた。
「なんだあれ...?」
その次の瞬間、武の世界が反転した。
視界がぐるりと回転し、平衡感覚が消し飛ぶ。
「な、んだ...!? 身体に...力が...!」
呼吸が出来ない。
喉が締め付けられ、肺が空気を拒絶する。
耳鳴り。
激しい吐き気。
明滅する視界。
武は苦しげに首元を掻き毟りながら、その場へ膝をついた。
そして――
白銀武の意識は、そこで途切れた。
この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
この作品を執筆しようと思った理由は、とてもシンプルで、私自身が『マブラヴ』と『R-TYPE』の両方が好きだったからです。
とはいえ、まだまだ知識は浅く、両作品について調べながら執筆している部分も多くあります。
また、小説を本格的に執筆すること自体が今作が初めてとなるため、設定面や描写、文章構成などに粗い部分も多々あるかと思います。
もし
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
少しでも『マブラヴ』と『R-TYPE』、両作品への好きが伝わる物語になっていれば幸いです。