Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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ジェイド・ロスの航海日誌より

我々の眼下にバイドの星がある。

ここへたどり着く為に、幾多もの戦いを潜り抜けてきた。

幾多もの犠牲を払ってきた。




もうすぐだ、もうすぐで地球に帰れる。


異変

未知の生命体群が、銀河系ペルセウス腕中央宙域にて観測された。

 

当初、人類はそれを未確認生命体の一種として認識していた。

 

だが調査が進むにつれ、その存在が極めて異常であることが判明する。

 

驚異的な生命力、異常とも言える再生能力。

 

そして何より、膨張と増殖に“明確な指向性”が存在していたのだ。

 

人々の関心は急速に高まった。

 

しかし、その関心はやがて恐怖へと変わる。

 

生命体群は周囲の資源を取り込みながら増殖を開始し、同時に一定方向への移動を始めたのである。

 

急遽行われた進路予測。

 

その結果は、人類社会に戦慄を走らせた。

 

生命体群は――太陽系へ向かっていた。

 

広大な宇宙には無限とも言える航路の選択肢が存在する。

 

にもかかわらず、それはまるで意思を持つかのように、一直線に人類圏へ接近していた。

 

やがて人々は、その凶悪な侵略生命体をこう呼び始める。

 

――“バイド”と。

 

バイドに対抗するため、人類は新兵器“次元戦闘機”を開発した。

 

それは従来兵器を遥かに凌駕する機動性と、戦艦級とも称される圧倒的火力を備えた決戦兵器だった。

 

次元戦闘機は各地の戦線において目覚ましい戦果を挙げ、幾度となくバイドを撃退する。

 

だが、それでも戦局を覆すことはできなかった。

 

局地戦でいかに勝利を重ねようとも、無尽蔵に押し寄せるバイドの大攻勢を止めるには至らなかったのである。

 

人類は戦術的勝利を積み重ねながら、戦略的敗北を重ね続けた。

 

そして――ついにバイドは太陽系外縁部へ到達する。

 

この報せは、人類社会に決定的な恐怖をもたらした。

 

世論は二つに割れる。

 

バイドとの戦争継続を断念し、太陽系外への脱出を優先すべきだと主張する者たち。

 

そして最後まで抗戦し、バイド打倒を訴える者たち。

 

人類が分裂の危機に瀕する中、一人の司令官へ命令が下された。

 

「残存兵力を率い、バイド殲滅作戦の指揮を執れ」

 

それは、人類最後の反攻作戦の始まりだった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

M.C.0065.12.22

【バイド星系前宙域/宇宙戦艦ヘイムダル級艦橋内】

 

「もうすぐ......ですね、提督」

 

副官であるユウキ・イングラハム少尉が、感極まったような声で呟く。

 

「......そうだな」

 

私も同じだった。

 

これ以上言葉を重ねれば、張り詰めていた何かが切れてしまいそうだった。

 

それほどまでに、この戦いは長かった。

 

我々はおよそ一年もの間、艦隊を率いて戦い続けてきたのだ。

 

気が遠くなるほどの距離を航行し、幾多の死地を越え、ただ“ここ”――バイド星系へ辿り着くためだけに。

 

払った犠牲も、決して少なくはなかった。

 

若く、優秀で、未来ある兵士たち。

 

彼らはその命を盾にし、私を、艦隊を守るため散っていった。

 

だが――ようやく、その犠牲が報われる。

 

メインモニターに映る黒き惑星。

 

バイド星系。

 

敵勢力の本拠地にして、中核宙域。

 

星全体が、まるで光そのものを呑み込む穴のように黒く染まっている。

 

その表面では、ところどころ蒸発するような閃光が脈打ち、無数の光柱が天へ向かって立ち上っていた。

 

本来ならば、不気味でしかない光景。

 

だが私は、それを見てなぜか“懐かしさ”を覚えていた。

 

......なぜだろうか。

 

理由は分からない。

 

だが今は、そんなことを考えている場合ではなかった。

 

次の戦いに勝利すれば、我々は地球へ帰ることができるのだ。

 

「提督」

 

若い女士官が書類の束を抱え、こちらへ歩み寄ってくる。

 

エレノア・クライアント中尉。

 

イングラハム少尉と同じく極めて優秀な士官であり、その卓越した情報処理能力によって、これまで幾度となく艦隊運営を支えてくれた人物だ。

 

......彼女がいなければ、私は決裁待ちの書類に埋もれていたに違いない。

 

それほどまでに有能な女性だった。

 

「ご苦労だった、クライアント」

 

書類を受け取りながら声を掛ける。

 

彼女は軽く敬礼すると、淡々と報告を続けた。

 

「前回戦闘で損傷した艦載機および艦船の修理・点検作業は完了しています。また、周辺宙域の脅威排除も終了。しばらくは作戦立案へ戦力を集中可能です」

 

「各艦の状態は?」

 

「稼働率九〇%以上を維持。主機関にも重大な損傷はありません。ただし、第三整備ブロックは限界です。これ以上の連続戦闘が発生した場合、艦載機の稼働率低下は避けられません」

 

「つまり、“次で終わらせろ”ということか」

 

「はい。整備班からは『これ以上は神に祈れ』とのコメントが届いています」

 

「率直で結構だ」

 

艦橋に、僅かな笑いが漏れる。

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

皆、理解している。

 

勝っても、負けても――次が最後の戦いになることを。

 

静寂が艦橋を包み込む。

 

その時だった。

 

「――重力震反応!」

 

オペレーターの叫び声が響く。

 

空気が一変した。

 

「周辺宙域に高エネルギー反応多数! 空間歪曲を確認!」

 

「敵勢力数は!?」

 

「不明! ですが――反応増大中! このパターンは......次元断層破壊です!」

 

私は勢いよく立ち上がった。

 

見慣れぬ現象だった。

 

空間そのものが軋み、黒い宙域に亀裂が走る。

 

そして――裂けた。

 

まるで宇宙そのものに傷口が開いたかのように。

 

「宇宙が......裂けた......!?」

 

イングラハム少尉が息を呑む。

 

直後、警報が艦橋を埋め尽くした。

 

『警告。時空境界面の崩壊を確認』

 

『波動機関出力、不安定化』

 

艦体が激しく震動する。

 

照明が明滅し、火花が散った。

 

「各艦へ通達! 艦隊陣形を維持しつつ、直ちに宙域離脱! 偵察機も全機収容しろ、急げ!」

 

命令を受けたオペレーターたちは即座に動き出す。

 

幾多の激戦を潜り抜けてきた歴戦の艦隊だからこその反応速度だった。

 

私はメインモニターを睨む。

 

そこには次元断層崩壊の予測範囲と、巻き込まれた際のシミュレーション結果が映し出されていた。

 

結果は絶望的。

 

それ以上に、不自然だった。

 

断層崩壊の範囲が――まるで狙い澄ましたかのように、艦隊全域を綺麗に包み込んでいたのである。

 

提督としての経験が警鐘を鳴らす。

 

これは災害ではない。

 

“攻撃”だ。

 

「提督! 偵察機、全機収容完了!」

 

「各艦、波動機関正常稼働! 離脱準備完了しています!」

 

イングラハムとクライアントが叫ぶ。

 

「よし、直ちにここを――」

 

その瞬間だった。

 

次元断層の裂け目から、恒星にも匹敵する眩い閃光が放たれる。

 

(しまった......間に合わなかったか......!)

 

艦橋が白く染まる。

 

乗員たちは目を庇い、ある者は絶望に泣き崩れ、またある者は最後まで作業を続けようとしていた。

 

ここまで来たのに。

 

あと、もう少しだったのに――。

 

悔しさに奥歯を噛み締める。

 

口内に鉄の味が広がった。

 

そして――

 

バイド討伐艦隊は、この世界から鉄片一つ残さず消失した。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

AD.2004.01.10 とある確率時空

【日本帝国/横浜基地・観測デッキ】

 

空は、異様なほど青かった。

 

まるで、人類が滅亡の淵に立たされている世界とは思えないほどに。

 

白銀武は、横浜基地外周区画に設置された臨時観測デッキから、その空を静かに見上げていた。

 

「......行っちまったんだな」

 

誰に向けたものでもない呟きが、冷たい風の中へ溶けていく。

 

武の視線は、空の遥か彼方。

 

脳裏に浮かぶのは、一人の少女の姿。

 

御剣冥夜。

 

武にとって、誰よりも大切な存在だ。

 

オルタネイティヴ5。

 

それは、人類最初にして最後の移民計画。

 

地球を捨て、ごく一部の人類だけを新天地へ脱出させるための、最後の希望だった。

 

選ばれた者たちは、遥か彼方のバーナード星系へ向かう。

 

そして冥夜もまた、その“ごく一部”の人類の一人として、既に地球を発っていた。

 

もう、会うことはできないかもしれない。

 

そう思うたび、胸の奥が鈍く痛んだ。

 

「そんなに空を見上げていても、何かが降ってくるわけじゃないわよ。――まあ、G弾でもない限りはね」

 

不謹慎極まりない冗談と共に現れたのは、香月夕呼博士だった。

 

「あ、先生」

 

武は振り返る。

 

白衣姿の夕呼は、いつものように気怠げな表情を浮かべながら観測デッキへ歩み寄ってきた。

 

「感傷に浸るのは結構だけど、あんまりセンチになり過ぎないことね」

 

「分かってますよ」

 

武は小さく答える。

 

その声音には、僅かに投げやりな色が混じっていた。

 

だが同時に、どこか吹っ切れたような決意も感じられる。

 

夕呼はそんな武を横目で見ながら、ふっと笑った。

 

「......いい顔するようになったじゃない」

 

「な、なんですか急に」

 

「別に。ただ、そう思っただけよ」

 

夕呼は手すりにもたれ掛かると、懐から銀色のスキットルを取り出した。

 

蓋を開け、そのまま中身を煽る。

 

「あんたも飲む?」

 

「先生ぇ......勤務中に飲酒ですか? 疲れてる時に酒なんて、身体に悪いんですよ」

 

「うるさいわね。飲むの? 飲まないの?」

 

そう言いながら、夕呼はスキットルを武の頬へぐいぐい押し付けてくる。

 

「わ、分かりましたよ! 一口だけですからね!」

 

あまりのしつこさに根負けし、武はスキットルを受け取った。

 

(というか、この世界で酒ってかなり貴重だよな......)

 

そう思いながら、一口。

 

「......ぷはっ。って、これ水じゃないですか!」

 

武が思わず声を上げると、夕呼は堪え切れなくなったように吹き出した。

 

「あっははは! あんた、完全に引っかかったわね!」

 

「なんなんですかもう......」

 

呆れながらも、武の口元には僅かな笑みが浮かぶ。

 

そんな武の様子を見ながら、夕呼はどこか満足げに目を細めた。

 

武はふと、三年前のクリスマスを思い出す。

 

あの夜。

 

全てに絶望し、酒に酔い潰れていた夕呼の姿を。

 

普段は超然としている彼女が、珍しく感情を露わにしていた夜だった。

 

――あれ以来だ。

 

夕呼が、時折こうして妙に人間臭くなったのは。

 

「にしても、さっぱり成果が出ないのよねぇ......“アレ”」

 

夕呼は空を見上げたまま、不満げにぼやいた。

 

「ああ、あの件ですか。宇宙がどうとか歪んだとかいう......」

 

「“次元空間歪曲”よ」

 

「あー、それですそれ」

 

武は苦笑混じりに頷く。

 

「やっぱり、簡単には原因なんて分からないもんなんですね」

 

先週、太陽系宙域において正体不明の空間異常が観測された。

 

突如発生した次元空間の歪曲現象。

 

しかも、それが観測されて以降、各地のBETA群に異常な活動活性化が確認され始めていた。

 

一部ハイヴでは、まるで何かに呼応するかのように大量のBETAが地上へ溢れ出し、前線司令部は対応に追われている。

 

原因は不明、前例もない。

 

当然ながら、人類は未だこの現象を正確に把握できていなかった。

 

そして、その解析任務を押し付けられたのが――香月夕呼だった。

 

「基地が私の手を離れてから、使える設備も人員も激減してるのよ」

 

夕呼は忌々しげに肩を竦める。

 

「こっちは天下の香月夕呼サマだっていうのに、回されてくるのは型落ち機材と融通の利かない連中ばっかり。私の天才的頭脳をもってしても、流石に限度ってものがあるわ」

 

「自分で天才って言うんですね......」

 

「事実でしょ?」

 

即答だった。

 

武は思わず苦笑する。

 

だが、その軽口とは裏腹に、夕呼の表情には僅かな焦りが滲んでいた。

 

ここへ来たのも、恐らくは休息と気分転換を兼ねてのことなのだろう。

 

――カチャリ。

 

ふと、背後の扉が開く音がした。

 

振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 

「あら、霞じゃない」

 

相変わらず感情表現に乏しい少女社霞は、無言のままこちらを見つめている。

 

「よう、霞。こっち来いよ。今日の空、すっげー綺麗だぞ」

 

「......(コクリ)」

 

小さく頷くと、霞はとことこと武たちの方へ歩み寄ってくる。

 

その様子を見届けると、夕呼は軽く手を振った。

 

「私はそろそろ部屋に戻るわ。あんたも気分転換が済んだら、機体整備でもちゃっちゃと終わらせなさい」

 

「あ、はい。もし“次元なんとか”の正体が分かったら教えてください」

 

「次元空間歪曲よ、バカ」

 

呆れたように言い残し、夕呼は観測デッキを後にする。

 

静寂が戻った。

 

武は改めて空を見上げる。

 

「ほら、いい空だろ? 雲一つない、綺麗な空だ」

 

「......はい」

 

霞もまた、空を見上げる。

 

束の間の平穏。

 

まるで戦争など存在しないかのような、穏やかな時間。

 

――だが

 

「あ......」

 

霞が小さく声を漏らした。

 

「ん? どうした? 何か見つけたか? もしかしてUFOとか?」

 

「違います......あそこ......光っ――」

 

言葉の途中で、霞の身体から力が抜けた。

 

「霞!?」

 

糸が切れた人形のように、その場へ崩れ落ちる。

 

武は慌てて駆け寄った。

 

「お、おい! 霞! しっかりしろ!」

 

反応はない。

 

それどころか、霞の口元から泡と涎が溢れ始めていた。

 

明らかに異常だった。

 

「くそっ......どうなってやがる!?」

 

武は霞の視線の先を追い、再び空を見上げる。

 

そこには――

 

昼空の中で、星のように輝く光が浮かんでいた。

 

「なんだあれ......まさか、本当にUFO――うっ!?」

 

次の瞬間。

 

世界が反転した。

 

視界が、ぐるりと百八十度回転する。

 

「な、んだ......!? 身体に......力が......!」

 

呼吸ができない。喉が締め付けられる。

 

武は苦しげに首元を掻き毟った。

 

肺が、空気を拒絶している。

 

視界が明滅する。耳鳴り。激しい吐き気。

 

そして――白銀武の意識は、そこで途切れた。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
この作品を執筆しようと思った理由は、とてもシンプルで、私自身が『マブラヴ』と『R-TYPE』の両方が好きだったからです。
とはいえ、まだまだ知識は浅く、両作品について調べながら執筆している部分も多くあります。
また、小説を本格的に執筆すること自体が今作が初めてとなるため、設定面や描写、文章構成などに粗い部分も多々あるかと思います。
もし

・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」

など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
少しでも『マブラヴ』と『R-TYPE』、両作品への好きが伝わる物語になっていれば幸いです。


2026/05/11
抜けていた描写と台詞があったので修正しました。
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