Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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アメリカにて 
とある自警団指揮官の日誌

もしこの日誌を誰かが読んでいるなら、俺たちはこの内戦のどこかで力尽きたのかもしれない。
あるいは運良く助かったのかもしれない。
もうどちらでも良いが、ただ一つだけ確かなことがある。
俺たちはBETAに負ける前に、自分たち自身に負けたのだ。


目を背けて

AC.2004.01.20~

【アメリカ合衆国/ワシントンDC】

 

深夜のワシントンD.C.は、本来ならBETA戦争継続のため二十四時間体制で稼働しているはずの軍事中枢機能が完全に混乱へ陥っており、サイレンと怒号、そして断続的に響く銃声が夜の街へ絶え間なく木霊していた。

「こちら第3機甲部隊! 敵装甲車部隊が防衛ラインを突破した!」

「撃つな! こっちは正規軍だぞ!」

『聞くな、反乱軍だ(オルタネイティヴ5否定派)。撃て』

通信回線は怒鳴り声とノイズで完全に混線し、もはや指揮系統と呼べるものは崩壊しており、炎上する市街地の向こうでは戦車同士が砲火を撃ち交わし、低空を飛び交う戦術機の曳光弾が夜空を引き裂いていた。

それは既に国家防衛などではなく、国家そのものが自らを食い潰し始めている光景だった。

ホワイトハウス地下司令部では、巨大スクリーンへ映し出される合衆国全土の戦況図が次々と赤く染まっていき、東海岸、西海岸、中西部の各州で州軍と連邦軍の武力衝突が発生しただけでなく、一部企業の私設軍隊や武装市民組織までもが戦闘へ介入し始めたことで、事態はもはや誰にも制御不能な段階へ突入していた。

そもそもの発端は、やはり佐渡島への無断G弾投下だった。

日本政府への事前通達すら行わず強行されたあの作戦は、各国との関係へ決定的な亀裂を生み出し、同時にアメリカ国内にも深刻な混乱と不信を招くことになる。

そして――アメリカが、本格的に狂い始めたのはそこからだった。

G弾投下作戦に関する機密情報を皮切りに、それ以前から極秘裏に行われていた他国への違法妨害工作、諜報活動、政治介入。

さらには国連内部での裏取引に至るまで、膨大な音声記録、映像データ、内部文書が何者かによって一斉に民間ネットワークへ流出したのだ。

それはもはや内部告発などという生易しい規模ではなかった。

国家の暗部、その全てが世界中へ暴き出されたに等しい。

当然、合衆国内は瞬く間に混乱へ陥った。

政府はフェイク映像による情報攪乱だと発表したが、流出したデータには軍上層部しか知り得ない作戦記録や認証コード、さらには過去の極秘作戦映像まで含まれており、到底“偽物”では誤魔化し切れなかった。

加えて最悪だったのは、その情報流出がBETA戦争の最中に発生したことだった。

長期化する戦争による物資不足、徴兵、増え続ける戦死者、そしてオルタネイティヴ計画への不信によって、国民の不満は既に限界寸前まで膨れ上がっていたのである。

そこへ「政府上層部は既に逃亡準備を進めている」という噂まで広がったことで、各州政府や軍部隊は急速に連邦政府への不信感を強め、一部州軍はついに命令拒否を宣言。

それに対し連邦側が武力制圧を試みたことで決定的な一線が越えられ、戦術機部隊同士の交戦、市街戦、軍港制圧が僅か数日の内に全土へ飛び火し、アメリカ合衆国という超大国は、BETAと戦うより先に自国同士で銃を向け合う地獄へ変貌してしまった。

もはや“自由の国”の人々は本来の目的すら見失い、自らへ牙を向ける全てを排除するまで止まれなくなっていたのである。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2004.01.24

【日本帝国/国会議事堂】

 

重苦しい沈黙が会議室を支配する中、スクリーンには今なお炎上を続けるアメリカ各地の映像が映し出されていた。

日本が送り込んだ諜報部員の決死な情報収集によって得られたこの映像は、見る者全てを絶句させる。

戦術機同士の市街地戦、崩壊した軍施設、州軍と内戦に巻き込まれた国連軍による砲撃戦。

それはもはや一国家そのものが崩壊し始めている光景だった。

やがて、防衛省側の軍人が静かに口を開く。

「現在、統一中華戦線からの鉄原ハイヴ攻略支援要請を受け、帝国軍戦術機部隊及び海軍戦力の大規模抽出を進めています」

「これ以上の海外派兵は、極東防衛戦力そのものへ深刻な空白を生む可能性があります」

「だが、アメリカを放置すれば――」

「仮に介入するとして、誰に加勢するのです?」

連邦政府か、州軍か、PMCか、国連軍か....あるいは徹底した中立維持か。

今のアメリカには無数の武装勢力が乱立しており、既に“誰が正義で誰が敵なのか”すら判別出来なくなりつつあった。

そして何より――この内戦には、“正解”そのものが存在しなかったのである。

「下手に介入すれば、日本が内戦へ肩入れしたと受け取られます」

「介入の仕方によっては、戦後のアメリカ政権から敵視される可能性すらある」

「今この状況で大規模介入を行えば、邦人保護どころか現地日本人そのものが報復対象になる危険性も高いかと」

「...つまり、我々に出来るのは黙ってアメリカを燃える様を見ているのみ...ということか」

「はい」

「現在予定中の鉄原ハイヴ攻略支援だけでも、帝国側の負担は限界に近い」

「ここで更にアメリカ内戦へ本格介入すれば、戦力損耗だけでなく外交・経済・安全保障全てに致命的な影響が出ます」

「最悪の場合、極東戦線そのものが瓦解しかねません」

「皮肉なものだな」

誰かがぽつりと呟く。

「人類滅亡寸前だというのに、人類同士で戦うことだけはやめられんか」

スクリーンの中では、炎に包まれた自由の女神が黒煙の向こうに立ち尽くしていた。

その姿はまるで、崩壊していくアメリカそのものを象徴しているかのようだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2004.01.25~2004.02.01

【日本帝国】

 

 

《01.27 【佐渡島極東総合研究所、建設完了】》

 

佐渡島ハイヴ攻略後、攻略作戦へ参加した第三帝国、日本帝国、統一中華、ロシアの4ヵ国と討伐艦隊による共同会談の結果、佐渡島には横浜基地をモデルとした研究所建設計画が発足し、現在急ピッチで工事が進められていた。

本来なら数か月単位を要しても不思議ではない大規模研究施設建設だったが、各国が投入した莫大な資材・人員・工業力、さらに討伐艦隊による技術支援によって現場は昼夜を問わぬデスマーチ状態となり、僅か10日という狂気じみた工期にもかかわらず、最新鋭設備を備えた巨大研究施設群が半ば強引に完成してしまった。

G元素、討伐艦隊の先進技術、そしてハイヴ構造解析によって得られる利益――その莫大な利権を前に、国家規模で欲望を剥き出しにした五ヵ国が本気を出せば、案外不可能など存在しないのかもしれない。恐ろしい話である。

そして、この《ハイヴ戦略研究所》を中核として、今後は日用品や軍需物資の生産施設、各種兵器の開発・製造工場、さらには戦術機部隊向けの訓練施設や演習場などの建設も計画されていた。

その背景には、これまで人類社会が過度に依存してきたアメリカの工業力や技術基盤から脱却し、各国がより自立した生産・研究体制を構築するという狙いがあった。

かつて人々が暮らしいた街としての佐渡島は死んだ。

だが、人類の未来を切り開き、人々を守るための拠点としての佐渡島は、新たな姿で生まれ変わろうとしていたのである。

 

 

《01.28 【討伐艦隊本隊、地球圏へ降下】

ついに討伐艦隊の本隊が地球圏へと降下し、ジェイド・ロス提督率いる先行艦隊と合流。

艦隊の修理に必要なソルモナジウムを満載した艦を見て、限られた物資で血のにじむような整備をしていた整備班が涙を流して喜んだ。

鉄原ハイヴ攻略が迫っているため、エレノア・クライアント中尉は亜空間潜航と白兵戦の行える次元戦闘機を中心に艦隊のオーバーホール計画を任される。

 

 

《01.29~30 【ヨルムンガンド級の解体】》

製造支援を主任務としていたヨルムンガンド級輸送艦二隻は解体され、艦内へ搭載されていた自動製造システムは横浜基地と佐渡島極東総合研究所へそれぞれ移設されることとなった。

設計図さえ入力すれば、部品製造から組立、さらには修理までを自動で行う討伐艦隊の製造設備は、この世界の技術者たちに大きな衝撃を与え、その圧倒的な技術力に誰もが舌を巻くこととなる。

 

 

《01.30~01.31 【技術提供の議論】》

討伐艦隊内では、この世界の人類へどこまで技術を提供するべきかについて活発な議論が行われていた。

討伐艦隊の技術は、この世界の科学水準を遥かに凌駕している。

無制限に技術を開示すれば、対BETA戦において大きな力となる一方で、国家間の軍事バランスを崩壊させ、新たな戦争や混乱を引き起こす危険性もあった。

そのため、技術流出による悪影響と現地人類の技術水準の双方を慎重に考慮した結果、まずは段階的な技術提供を行う方針が決定される。

最初に開示されることになったのは、エネルギー問題の改善を目的とした小型核融合炉技術と、対BETA戦での運用を想定した低出力ビーム兵器に関する基礎技術知識だった。

いずれも人類側で再現・運用可能な範囲へ調整されたものであり、討伐艦隊はこれらを足掛かりとして、将来的な技術交流を段階的に進めていくこととなる。

 

 

AC.2004.02.01

【日本帝国】

 

日本近海では奇妙な事態が発生していた。

哨戒任務中の艦艇および沿岸監視網によって、アメリカ合衆国の国旗を掲げた一隻の大型タンカーが、日本近海を漂流しているのが確認されたのである。

船体に大きな損傷は見られないが、通信への応答は一切なく、航行灯やレーダーなどの各種機器もほとんど停止しており、その姿はまるで乗員ごと時間が止まってしまったかのような不気味さを漂わせていた。

事態を重く見た日本政府は、まず偵察による情報収集を優先する方針を決定した。

そして、その任務を担う部隊として選ばれたのが《TEAM R-TYPE》である。

本来であれば討伐艦隊の投入も検討されたが、現在は佐渡島で大規模なオーバーホール計画が進行中であり、主力艦艇や次元戦闘機の多くが整備作業に入っていたため、即応可能な戦力は限られていた。

その結果、機動力と対応力を兼ね備えた《TEAM R-TYPE》へ白羽の矢が立ったのである。

出動命令が下されると同時に準備は速やかに進められ、武たちは必要最低限の装備を整えるや否や、直ちに現場海域へ向けて出撃することとなった。

日本近海を漂流する謎のタンカー。

その正体を確かめるため、《TEAM R-TYPE》は新たな任務へと赴く。

 

 

 

「間もなく目標前へ到達します!」

現在、《TEAM R-TYPE》を乗せて航行しているタンカーのオペレーターが、緊張した声で報告する。

その言葉を受け、艦橋内の空気が僅かに引き締まった。

モニターには、レーダーが捉えた一隻の大型船舶の反応が映し出されている。

「目標との距離、残り五海里」

オペレーターが続けて報告する。

漂流しているとはいえ、相手の正体は不明。

遭難船なのか、密輸船なのか、それとも何者かの罠なのか――現時点では何一つ分かっていなかった。

そんな中、不意に通信回線へ聞き慣れた声が割り込んでくる。

『いい?もしそのタンカーに敵意を持った連中が乗っていた場合――遠慮なく全力で叩き潰しなさい』

「いやいやいや、遭難船の可能性もあるんですよね!?」

『だから“敵意を持っていた場合”って言ったでしょ』

『そもそも通信にも応答しない、所属も不明、何を積んでるかも分からない船なんて、警戒して当然よ』

「それはまぁ、そうですけど...」

『安心しなさい。相手が普通の人間なら保護して終わりよ』

冗談めいた口調ではあったが、その言葉には本物の警戒心が滲んでいた。

やがて、オペレーターの声が再び艦橋へ響いた。

「偵察作戦開始位置へ到達! 戦術機、発艦準備!」

その報告と同時に、タンカー内部へ甲高いブザー音が鳴り響く。

格納スペースでは整備員たちが慌ただしく動き回り、最終点検を終えた戦術機へ次々と離脱許可が下されていく。

武たちはコックピット内で各種システムを確認しながら、発進の瞬間を待った。

『全機、通信チェック』

『白銀武、問題なし』

『鎧衣美琴、問題なしっ!』

『珠瀬壬姫、異常ありません』

『ハンドレット、ダイジョーブ!』

『今回の任務はあくまで偵察よ。まずは外部観測、それから船内への突入。何か異常を発見した場合は独断で深入りせず、必ず報告しなさい』

『『『『了解!』』』』

武たちが一斉に応答する。

「発進シーケンス開始!」

「戦術機発進準備完了!」

『最終チェック完了を確認。各機、発艦せよ』

その瞬間、《TEAM R-TYPE》の戦術機群は一斉にエンジンを唸らせた。

轟音と共に噴き出した跳躍ユニットの噴射炎が甲板を照らし出し、機体が次々と加速していく。

蒼い海原の上空へ躍り出た戦術機群は編隊を組みながら高度を上げ、その先に見える巨大な船影へ向かって進路を取る。

────巨大タンカーへ接近する《TEAM R-TYPE》。

「熱源反応...ほとんどありません」

珠瀬がセンサー情報を読み上げる。

「普通なら機関室や発電設備から相応の熱が発生しているはず...損傷がないとしたら、燃料切れで漂流したと思うね」

「なんにせよ油断しない方が良いな...」

目標タンカーの周囲を一通り偵察したものの、敵影はおろか、人の気配すら確認できなかった。

不気味なほど静まり返った海上で、漂流する巨大船だけが波に揺られている。

『...反応なし、か』

武が周囲を見回しながら呟く。

ここまで接近しても攻撃はなく、船内からの通信や活動の痕跡も確認できない。

だからといって警戒を解く理由にはならないが、これ以上は実際に船内へ入って調査するしかなかった。

『慎重に降りるぞ』

《TEAM R-TYPE》の面々は周囲への警戒を続けながら、次々と不知火をタンカー甲板へ着艦させる。

重い着地音が響くが、それに反応するものは何もない。

『よし、ここからは俺と美琴で船内を探索する』

珠瀬(たま)とハンドレットはこの場で待機。周辺警戒を続けてくれ』

『了解っ!』

『了解です!』

『リョーカイ!』

それぞれの返答を確認すると、武と美琴は不知火のコックピットを開き、甲板へ降り立った。

潮風が吹き抜け、見上げれば巨大な艦橋が二人を見下ろしていた。

「何かあったら直ぐに報告しろよ」

「はい!」

短く言葉を交わし、武と美琴は拳銃を手にタンカー内部へ続く扉へ向かう。

武と美琴が警戒しながら船内へ足を踏み入れる。

船内は薄暗く、非常灯だけがかろうじて通路を照らしていた。

「...誰もいないな」

「生活の痕跡はあるけどね」

美琴が足元へ転がる空の水ボトルや毛布を見ながら答える。

通路の隅には簡易寝床が作られており、誰かが最近までここで生活していたことは明らかだった。

────ガタン。

武と美琴は即座に銃を構えた。

「誰だ!」

その声に反応するように、暗闇の向こうから数人の人影がゆっくりと姿を現す。

しかし、その姿を見た瞬間、二人は思わず目を見開いた。

現れたのは武装勢力ではなく、疲労と飢えの色を濃く浮かべた一般人たちだった。

だが、彼らにとって武たちの姿は救助隊には見えなかったのだろう。

不意に現れた武装した二人組。

しかも見慣れない軍装と銃を携えている。

極度の緊張状態にあった彼らが警戒するのも無理はなかった。

「ひっ、ひィッ!」

悲鳴にも近い声を上げると、その場にいた数人が慌てて身を翻し、武たちから逃げるように通路の奥へ駆け出した。

「あっ、待って!」

美琴が咄嗟に呼び止めるが、心にまでは届かなかったようだ。

「くそっ!」

武が舌打ちする。

このままでは誤解が広がり、船内全体がパニックになるかもしれない。

「追うぞ!」

「うん!」

薄暗い通路に、二人の足音が慌ただしく響く。

逃げた人々を追って進んだ先で、武と美琴はタンカー奥部にある巨大な船倉前へと辿り着いた。

重厚な鋼鉄製の扉は完全には閉じられておらず、わずかに隙間を残したまま半開きになっている。

どうやら、先ほど逃げた者はこの中へ逃げ込んだらしい。

武は扉の脇へ身を寄せると、慎重に内部の気配を探った。

なんと、中からは小さな話し声や物音が聞こえてくる。

何を話しているかは分からなかったが、恐怖が滲んていることだけは分かった。

油断は禁物、武器を持った人間が潜んでいれば、不用意な侵入は危険である。

『...三つ数えたら突入するぞ』

『OK』

ハンドサインで短いやり取りを行った後、二人はそれぞれ武器を構えながら位置につく。

3

 

2

 

1

 

最後のカウントと同時に、二人は一気に扉を押し開き、船倉の中へ飛び込んだ。

そして、そこで目にした光景に、武と美琴は思わず言葉を失った。

船倉の中にいたのは、先ほど逃げ込んだ人々だけではなかった。

老若男女、高価そうなスーツへ身を包んだ裕福層と思われる男女や、包帯を巻いた軍人たちの姿まである。

彼らは簡易ベッドや毛布、木箱などを寄せ集めて生活空間を作り上げており、その様子から、この場所でかなり長い時間を過ごしていたことが窺えた。

しかし突然武装した二人が飛び込んできたことで、船倉内は一瞬にして緊張に包まれる。

子供たちは親へしがみつき、女性たちは不安そうな表情で身を寄せ合う。

負傷者の中には反射的に身構える者もいた。

そして、一人の初老の男性が震える声で口を開いた。

「こ、殺さないでくれ...!」

その言葉を皮切りに、あちこちから怯えた声が上がる。

「頼む...撃たないでくれ...」

「私たちは戦う気なんてない...」

「お願いだ...子供だけは...」

極度の恐怖と疲労が入り混じった表情。

武たちはようやく理解した。

彼らは自分たちを追っ手か何かだと思っているのだ。

武は慌てて銃口を床へ向ける。

「ち、違います!俺たちは日本帝国の国連軍で────」

「私たちは救助のために来たんです」

美琴もヘルメットを外し、一歩前へ出た。

信じられないものを見るような視線が集まる。

その中で一人の少女が恐る恐る前へ出る。

「...ほんとうに?」

それを聞いた武は、できるだけ穏やかな表情を作って頷く。

「ああ。本当だ」

まるで長い悪夢の中で、ようやく希望の欠片を見つけたかのように、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

船倉内で多数の避難民を発見した武は、すぐさま通信回線を開いた。

「こちら白銀!」

緊張を含んだ声が船内へ響く。

「タンカー内部で多数の生存者を確認!」

「繰り返す、多数の生存者を確認した!」

通信の向こうで一瞬だけ沈黙が流れる。

やがて夕呼の声が返ってきた。

『詳しく報告しなさい』

「現時点で武装勢力は確認できません。船内にいるのは民間人が大半です」

武は周囲を見回しながら報告を続ける。

「議員と思わしい男女、負傷した軍人らしき人員も確認しました」

『...避難民船、ってことかしら?』

「その可能性が高いと思います」

「船内設備や生活状況を見る限り、長期間漂流していたみたいです」

『珠瀬、そっちのセンサー情報は?』

『はい!』

珠瀬が即座に応答する。

『外部からの敵性反応はありません!』

『周辺海域にも不審艦艇や航空機の反応は確認できません!』

『了解したわ』

『状況を救助案件へ変更、《TEAM R-TYPE》は船内の安全確保を実施』

『その後、生存者の人数確認、負傷者の選別、重要人物の身元確認を行いなさい』

「了解!」

『ただし』

夕呼の声が僅かに低くなる。

『アメリカは現在内戦中よ』

『避難民に紛れて工作員や武装勢力が潜伏している可能性は否定できないわ』

『警戒は絶対に解かないこと』

美琴も真剣な表情で頷く。

その頃には、避難民たちも武たちが敵ではないと理解し始めていた。

それでも長い逃避行による疲労と恐怖は簡単には消えない。

子供たちは親の後ろへ隠れ、大人たちも不安げな視線を向けている。

武はそんな人々を見回した。

彼らの顔には戦争に疲れ切った人間特有の表情が浮かんでいる。

ここにいるのは敵ではなく、故郷を失い、生き延びるために海を渡ってきた人々だ。

武は通信を切ると、美琴へ視線を向けた。

「まずは怪我人の確認だな」

「うん」

「それから食料と水の配布、それと身元確認だ」

「忙しくなりそうだね」

そう言いながら、美琴は小さく笑う。

こうして《TEAM R-TYPE》は、偵察任務から一転して大規模な救助活動を開始することとなった。

救出作業が本格的に始まると、武と美琴は避難民たちの名簿作成や負傷者の確認を行うため、船倉内を回っていた。

「負傷者は優先的に搬送だ!」

「医療班との連絡も頼む!」

『了解です!』

『リョーカイ』

通信越しに珠瀬やハンドレットたちの声が飛び交う。

船倉のあちこちには応急処置を受けた負傷者が横たわっており、長期間にわたる漂流生活の過酷さが嫌でも伝わってきた。

そんな中、武は船倉の奥まった区画に並べられた簡易ベッドへ視線を向ける。

「...ん?」

そこだけ妙に人が集まっており、避難民たちが心配そうな表情で見守っている。

武は近付いていき、ベッドに横たわる二人の姿を見た。

──そして

「...は?」

思考が止まった。

そこにいたのは見知らぬ人間ではない。

包帯を巻かれ、静かに眠っている二人の少女。

千鶴(委員長)...?...慧...?」

本来なら、この世界のどこかで戦っているはずの二人が、なぜかアメリカから漂流してきたタンカーの中で眠っていた。

「武?」

異変に気付いた美琴が近付いてくる。

だが、ベッドの上に横たわる二人の姿を目にした瞬間、彼女もまた足を止めた。

「えっ...!?」

驚愕のあまり、それ以上の言葉が続かない。

周囲の避難民たちは、そんな二人の反応を不思議そうに見つめていた。

その中の一人が、静かに口を開く。

「彼女たちは...俺たちを守るために戦ってくれたんだ」

「脱出の時に重傷を負ってな...それからずっと眠ったままなんだ」

武はゆっくりと二人の傍らへ膝をつく。

そして震える手で、それぞれの脈を確かめた。

微かだが、確かに伝わってくる脈動。

まだ生きている...それが何よりの救いだった。

「...なんでだよ」

掠れた声が漏れる。

「なんで、お前たちがここにいるんだよ...」

答える者はいない。

眠り続ける榊千鶴と彩峰慧は、ただ静かに呼吸を繰り返しているだけだった。

なぜ彼女たちはアメリカへ渡ったのか。

なぜ避難民たちを守るために戦っていたのか。

そして、いったいどれほど過酷な戦いを潜り抜けてきたのか。

その全ての答えは、今なお深い眠りの中へ閉ざされたままだった。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。


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・「この描写は少し不自然かもしれない」
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など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
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