Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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ジェイド・ロスの航海日誌

アメリカ情勢への対応と鉄原ハイヴ攻略という大きな課題を抱えてはいるものの、それらを除けば我々の計画は概ね順調に進行していると言えるだろう。
佐渡島を中心とした各種インフラ整備は着実に進み、技術交流による戦力増強も成果を上げつつある。損傷していた艦艇や兵器群のオーバーホールも順調であり、失われた戦力は少しずつではあるが確実に回復しつつある。
いずれ我々討伐艦隊も完全復活を果たせるかもしれないと考えると、未来への希望も自然と湧いてくる。
......そういえば、イングラハムとクライアントの帰りが妙に遅い。
二人とも香月夕呼博士へ資料を届けに行ったはずだが、予想していた時刻を過ぎても戻ってくる気配がない。
博士のことだ。研究の話で盛り上がっているだけなら問題ないのだが――


新たな出会いと進展

AC.2004.02.03

【日本帝国/東京・軍病院】

 

医務室には、生命維持装置や各種医療機器の電子音だけが静かに響いており、慌ただしい基地の空気とは切り離されたような静寂が広がっていた。

薄暗い照明に照らされた病室のベッドには、榊千鶴と彩峰慧の二人が横たわっている。

アメリカから漂流してきたタンカーの船倉で発見されてから数日が経過。

その間に討伐艦隊と横浜基地双方の医療スタッフによる集中的な治療が施された結果、命に関わる危険な状態こそ脱したものの、二人は未だ意識を取り戻すことなく深い眠りの中に留まり続けていた。

包帯に覆われた腕や肩、治療の痕跡が残る首筋、そして痩せた頬。

そのどれもが、彼女たちが常人では想像もできないような過酷な戦場を生き抜いてきたことを物語っていた。

 

「容態は安定しています」

「内出血もほぼ収まりましたし、生命活動に関しては問題ありません」

 

そう報告する医務官の表情は決して悲観的ではなかったが、その口調には僅かな迷いが混じっていた。

 

「ただ...」

「ただ?」

「肉体的な損傷だけを見れば、本来ならもっと早い段階で意識を取り戻していても不思議ではありません」

「ですが、極度の疲労や長期間にわたる精神的ストレスの影響が残っている可能性があります」

 

医務官は二人の寝顔へ視線を向けながら、静かに言葉を続ける。

 

「今は無理に刺激を与えず、目覚めるその時まで根気強く経過を見守るしかないでしょう」

「...分かりました」

 

武は再び二人へ視線を向ける。

千鶴は相変わらず生真面目そうな表情のまま静かに眠り続けており、慧もまた、普段と変わらない無表情に近い顔で微かな寝息を立てていた。

だが、その姿はどこか儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。

 

「...早く起きろよ」

「お前たちに聞きたいことも山ほどあるし、みんな心配してるんだからさ」

 

二人は答えない。

規則正しい電子音だけが変わらず鳴り続けていた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2004.02.05

【日本帝国/横浜基地・訓練施設内】

 

「さて、今日も今日とて戦闘データ収集を行うわけだけど...毎回同じ顔触れじゃ、さすがに面白味がないわよねぇ?」

 

どこか含みのある笑みを浮かべながらそう言った夕呼に、集まっていた面々は思わず顔を見合わせる。

 

「え、えっと...博士、それってどういう意味ですか?」

 

珠瀬が戸惑ったように首を傾げる。

その様子を見た夕呼は、ますます楽しそうに口元を吊り上げた。

 

「スペシャルゲストよ。入って頂戴」

 

夕呼が自信満々にそう言って指を鳴らすと、扉が開き、一人の男が姿を現した。

まず目を引くのは、その鍛え抜かれた体躯だった。

無駄のない筋肉に覆われた長身の身体、整えられた金髪のオールバック、そして意志の強さを感じさせる青い瞳。

その姿は、まさに“アメリカ軍人”という言葉をそのまま形にしたような男だった。

男は室内へ足を踏み入れると、迷いのない動作で敬礼を行う。

 

「陸軍第66戦術機甲大隊所属、アルフレッド・ウォーケン少佐だ」

「──もっとも、今のアメリカの情勢と私の立場を考えれば、“元”を付けた方が正確かもしれないがな」

 

彼は自嘲気味に口元を歪めた。

アルフレッド・ウォーケンと名乗った男の姿を見た瞬間、武と美琴はどこかで聞き覚えがある名前だと感じた。

二人は顔を見合わせる。

記憶の片隅に引っ掛かる何か。

そして次の瞬間、武がハッとしたように声を上げた。

 

「あっ!」

「タンカーだ!」

「ああっ!」

 

美琴も同時に思い出したように声を上げる。

アメリカから漂流してきた避難民船。

あの船の調査後、避難民や負傷兵、外交官などの身元確認を行った際に作成された救助者リスト。

その中に確かに記載されていた名前だ。

 

「アルフレッド・ウォーケン少佐....あの時の名簿に載っていた人だよな?」

 

武が思い出したように呟くと、美琴もすぐに頷いた。

 

「うん、私も覚えてる」

 

タンカーで救助した避難民や軍関係者の身元確認資料。

その中に確かに記載されていた名前だった。

すると夕呼が面白そうに口元を吊り上げる。

 

「対人戦においては、この世界でも指折りの実力を持つアメリカの衛士よ」

「せっかく見つけたんだから、放っておくのは勿体ないじゃない」

「人を珍獣みたいに言わないでくれ」

 

ウォーケンが呆れたように溜息を吐く。

だが夕呼は全く気にした様子もなく続けた。

 

「ふふっ、まあ色々あって上層部の聴取も終わったし、このまま遊ばせておくのも非効率だから、こっちで引き抜かせてもらったわ」

 

「本人の意思を確認した記憶がないんだがな...」

「細かいことは気にしない」

 

流石のウォーケンも額へ手を当てる。

そして夕呼は満足そうに頷くと、改めて全員を見回した。

 

「というわけで、ウォーケン少佐には今後《TEAM R-TYPE》へ参加してもらうわ」

 

その言葉に、武たちは一斉に目を丸くした。

 

「えっ」

「本気ですか?」

「いきなりですか...?」

「ナカマ―!」

 

驚きの声が上がる中、夕呼だけは平然としている。

 

「アンタたちにとっては良い教官役になるんじゃない?」

 

対するウォーケンは肩を竦めると、小さく苦笑を浮かべた。

 

「まあ、私としても何もせずにじっとしているのは性に合わんしな」

 

そう言って一度言葉を切る。

その表情には、故国を失った軍人ならではの複雑な感情が滲んでいた。

 

「それに、共に避難してきた養わなければならない家族もいる」

「今の私にとっては、仕事があるだけでもありがたい話だ」

 

そしてウォーケンは改めて《TEAM R-TYPE》の面々へ向き直ると、軍人らしく背筋を伸ばした。

 

「...そういうことだ、これから世話になる。よろしく頼む」

 

そう告げる彼の声は落ち着いていたが、その奥には再び戦うことを決意した男の覚悟が確かに感じられた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2004.02.05~02.

【日本帝国】

 

 

《同日 02.05 【アルフレッド・ウォーケン、TEAM R-TYPEへ編入】》

 

アメリカ軍衛士であるアルフレッド・ウォーケンを、夕呼は持ち前の人脈と強引な交渉によって半ば無理やり《TEAM R-TYPE》へ編入させた。

そして、その日の戦闘データ収集任務では、ウォーケンとハンドレットが即席とは思えない連携を見せ、武たちを文字通り蹂躙。

結果として白銀たちは散々な目に遭うことになったが、その尊い犠牲によって対人戦データや武の考案した新型OS《XM3》の運用データは飛躍的に充実し、開発計画へ大きく貢献することとなったのである。

 

《02.07 【小型核融合炉及び低出力ビーム兵器の設計図を提出】》

 

討伐艦隊から極東総合研究所へ、小型核融合炉および低出力ビーム兵器の設計図が正式に提出された。

提出された技術資料には、定期的な整備さえ行えば半永久的にエネルギーを供給し続ける小型核融合炉、そして突撃級の装甲殻を容易く貫通する威力を持ちながら携行火器として運用可能な低出力ビーム兵器の設計情報が含まれていた。

設計図を目にした研究所の技術者たちは、当初こそその内容を正確に理解できず沈黙していたが、記載された理論や性能諸元の意味を把握した瞬間、誰もが言葉を失うこととなった。

発電技術、材料工学、熱制御、エネルギー伝達、光学兵器技術――その全てが、現行人類の技術水準を遥かに凌駕していたためである。

しかし、その衝撃はすぐに研究者としての情熱へと変わった。

研究所の技術者たちは討伐艦隊の技術者たちと協力体制を構築し、提供された技術の解析・再現・実用化へ向けて作業を開始。年内での試作機完成を目標に掲げ、昼夜を問わず研究開発へ没頭しながら、驚異的な速度で異世界の先進技術を吸収しようとしていた。

 

《02.08 【ヘイムダル級及び次元戦闘機の一部がオーバーホール完了】》

 

長期間にわたって進められていた討伐艦隊のオーバーホール計画は順調に進展し、ついに旗艦であるヘイムダル級航宙戦艦の整備が完了した。

さらに、亜空間潜航能力を有するウォー・ヘッド、ならびに高い白兵戦能力を誇る人型次元戦闘機パトロクロスおよびネオプトレモスのオーバーホールも完了し、長期間の作戦行動によって蓄積していた損耗の大部分が解消された。

これにより討伐艦隊は失われていた戦力の一部を回復し、即応戦力および継戦能力を大きく向上させることに成功した。

また、主力艦艇および主要戦力の整備完了は乗員たちにも大きな安心感をもたらし、艦隊全体の士気と指揮効率の向上にも繋がったことが報告されている。

なお、オーバーホール完了後、夕呼は討伐艦隊が運用する人型戦闘機《パトロクロス》に強い関心を示し、新型戦術機開発の参考資料とすることを目的として機体の貸与を打診した。

しかし、パトロクロスは討伐艦隊においても貴重な主力戦力であり、機密技術の塊でもあることから、ジェイドによって即座に却下される。

代替案としてジェイドは、予備部品確保用として保管されていた人型次元戦闘機アキレウスであれば貸与可能であると提案。

夕呼は、最後まで話を聞くよりも早く二つ返事で了承し、討伐艦隊立会いの下での解析、機体の厳重管理、無断分解および複製の禁止など複数の条件を受諾した上で横浜基地への輸送が開始された。

 

《02.09 【第二次漂流事件発生】》

 

アメリカ本土から流出したと見られる多数のタンカーや小型船舶が、日本近海において相次いで発見された。

最初に確認された避難民船と異なり、それらの船舶の多くには戦闘による損傷の痕跡が色濃く残されており、船体各所には銃撃や砲撃による破壊痕、応急修理の跡が確認されていた。

日本帝国および討伐艦隊による救助活動が実施されたものの、長期間にわたる漂流の影響で多くの避難民が戦傷の悪化や栄養失調、感染症などによって命を落としており、一部の船舶では生存者よりも遺体の数が多いという痛ましい事例も報告された。

アメリカ内戦の混乱から逃れるため海へ出た人々の末路は過酷なものであり、日本へ辿り着くことなく力尽きた避難民も少なくなかった。

これらの発見は、アメリカ本土の情勢が想定以上に深刻な段階へ突入していることを示す証拠として、日本政府および関係各国へ大きな衝撃を与えることとなった。

避難民の受け入れに際し、日本帝国政府は鉄原ハイヴ攻略作戦への協力を条件として提示した。

深刻な人員不足に直面していた日本にとって、避難民は貴重な労働力であり兵員候補でもあったためである。

故郷を失い、他に頼る先も存在しない避難民たちは、その条件を受け入れざるを得ず、多くが軍や後方支援組織への参加を承諾した。

 

《2004.02.11 【XM3、完成】》

 

幾度もの模擬戦、実戦データの解析、そして技術班による昼夜を問わぬ調整作業を経て、ついに新型戦術機OS《XM3》が完成した。

完成したXM3は期待以上の性能を発揮し、模擬戦ではハンドレットとウォーケンのコンビを相打ちにまで持ち込むなど、その有効性を明確に証明してみせた。

機動性、追従性、姿勢制御能力は従来OSとは比較にならないほど向上しており、自ら発案したシステムが形となったことを目の当たりにした武も、その成果を素直に喜んだ。

最終テストにはジェイドをはじめ、副官であるクライアント、イングラハムも立ち会っており三人もまた予想以上の結果に感心した様子を見せていた。

 

「おめでとうございます、香月博士」

 

夕呼は肩を竦めた。

 

「これはスタートラインに立っただけですわ」

 

そう言いながらも、その表情には僅かな満足感が浮かんでいた。

そしてその日、人類初の次世代戦術機OS《XM3》は正式に完成し、後に戦術機の歴史を大きく変えることになる第一歩を刻んだのであった。

 

《同時刻 2004.02.11 【新型OS《XM3》をTEAM R-TYPEの所有機体に組み込む】》

 

完成した新型戦術機OS《XM3》は、性能評価試験の終了後、直ちに《TEAM R-TYPE》所属機への組み込み作業が開始された。

対象となったのは白銀武たちが運用する不知火をはじめとする各機体であり、整備班総出の作業によって順次換装が進められる。

これにより《TEAM R-TYPE》は、人類で初めて《XM3》を標準装備した実戦運用部隊となり、今後の戦闘において従来機を大きく上回る機動性能と戦闘能力を発揮することが期待された。

 

 

2004.02.13 【オルタネイティヴ4、進展】

【日本帝国/横浜基地・夕呼の執務室】

 

偶然にも、武、イングラハム、クライアントの3人扉の前で三人は鉢合わせることとなった。

 

「....あれ?」

 

最初に声を上げたのは武だった。

手に抱えているのは《TEAM R-TYPE》の活動報告をまとめたレポートの束である。

 

「二人とも、香月博士に用事ですか?」

 

そう尋ねると、イングラハムが軽く頷いた。

 

「はい。こちらは新型戦術機に関する提案資料を提出しに」

 

クライアントも腕に抱えたファイルを軽く持ち上げる。

 

「討伐艦隊で運用している兵器技術を参考にした設計案です。実現にはまだ課題も多いですが、博士なら何か活かせるかもしれませんので」

 

「新型戦術機かぁ...」

 

武が思わず目を瞬かせる。

討伐艦隊の技術者たちが考案した新型戦術機案。

それがどのような内容なのか、興味を抱かない方が難しかった。

 

「そちらは?」

 

武は手元のレポートを見せながら苦笑した。

 

「俺は《TEAM R-TYPE》の活動報告。博士から今日中に提出しろって言われてて...」

「なるほど」

「どちらも急ぎの案件というわけですね」

 

クライアントが小さく笑う。

その時、執務室の扉の向こうから、聞き慣れた声が響く。

 

「そこ、通路で立ち話してないで入ってきなさい」

 

どうやら中にはしっかり聞こえていたらしい。

三人は顔を見合わせると、笑って小さく肩を竦めながら執務室の扉を開いた。

 

 

 

「───はい、了解了解」

 

夕呼は三人が持ち込んだ書類へ素早く目を通しながら、必要な箇所へ指示を書き込み、承認印を押し、関係部署への転送手続きまで淀みなく処理していく。

《TEAM R-TYPE》の活動報告、新型戦術機の設計案、各種技術資料。

どれも本来ならそれなりに時間を要する案件だったが、彼女は慣れた手付きで次々と片付けていった。

やがて最後の書類を処理し終えると、夕呼は顔を上げることもなく手をひらひらと振った。

 

「それじゃあ、もう行っていいわ」

 

あまりにもあっさりした言葉だった。

武たちは思わず顔を見合わせる。

 

「え、それだけですか?」

「あるにはあるけど、今は忙しいの。もっと細かいところは追って処理するわ」

 

そう言いながら、彼女は既にデスク上のPCへ向き直っている。

画面には研究開発計画や作戦資料らしきデータが大量に表示されており、その傍らには未処理の書類が山のように積まれていた。

 

「先生~、そんなに忙しそうにして何やってるんです?」

 

武が気になって尋ねる。

すると夕呼はキーボードを叩く手を止めることなく、ぶっきらぼうに答えた。

 

「未練の清算」

「未練?」

 

武が首を傾げる。

夕呼はそこでようやく手を止めると、クライアントとイングラハムへ視線を向けた。

二人を見つめながらしばらく考え込み――やがて小さく息を吐く。

 

「...この二人になら話してもいいか」

 

突然話を振られたクライアントとイングラハムは顔を見合わせる。

 

「えっと...どういう意味です?」

「私が昔研究していた計画があるの」

「計画?」

「正確には、“研究していた”計画ね」

「《オルタネイティヴ4》...今、その研究に再着手しているところよ」

「ま、マジですか!?」

 

武が思わず声を上げる。

かつて人類の命運を左右した極秘計画。

その名前を再び聞くことになるとは思ってもいなかったのだ。

一方、事情を知らないクライアントとイングラハムは顔を見合わせる。

 

「オルタネイティヴ4...?」

「なんだか相当重要な計画だったようですが...」

「重要なんてもんじゃないわよ」

「昔の私が、人類を救うために人生を賭けた研究なんだから」

 

夕呼の言葉を聞き、イングラハムは静かに腕を組んだ。

 

「....なるほど。では、なぜ今になってその計画へ再着手しようと?」

 

その問いに、夕呼は小さく鼻を鳴らす。

 

「ふん。貴方たちのおかげ――と言うべきかしらね」

「私たちの?」

 

クライアントが首を傾げる。

夕呼は椅子にもたれながら続けた。

 

「少し前までの人類は、滅亡まで秒読み段階だったのよ」

「戦力は不足、国同士は足を引っ張り合い、BETAは増え続ける。正直、未来なんて見えなかったわ」

「でも、そこへ貴方たちが現れた」

「圧倒的な戦力と技術を持って現れて、今までの常識も前提も全部ひっくり返そうとしている」

 

夕呼は僅かに笑みを浮かべた。

 

「だからかしらね」

「私も少しくらいは、“ワンチャンス”を期待してみようって気になったのよ」

 

かつては絶望的な状況ゆえに切り捨てざるを得なかった研究。

だが今は違う。

討伐艦隊という予想外の要素が加わったことで、かつて不可能だった未来へ手を伸ばせるかもしれない。

そんな可能性が、夕呼に再び《オルタネイティヴ4》へ向き合う決意をさせていたのだ。

 

「...そうだ先生! その計画、討伐艦隊にも協力を呼びかければいいんじゃないですか!?」

 

武が勢いよく提案する。

その言葉に、夕呼は一瞬だけ押し黙った。

モニターへ向けていた視線を落とし、何かを考え込むように指先でデスクを軽く叩く。

 

「...そうね」

 

しばらくして、彼女は小さく息を吐いた。

 

「私の変なエゴやプライドで計画を遅らせたところで、得をする人間なんて誰もいないわ」

 

その口調には僅かな迷いが滲んでいたが、それでも夕呼は承諾した。

かつては誰にも踏み込ませなかった研究領域へ、他者の力を借りる。

それは彼女にとって決して簡単な決断ではなかったのだろう。

武はそんな夕呼の様子にどこか引っ掛かるものを覚えながらも、それ以上追及することなくクライアントとイングラハムへ向き直った。

そして、勢いそのままに頭を下げる。

 

「すんません! 突然で悪いんだけど、協力してもらえないか!?」

 

真っ直ぐな視線と共に放たれたその言葉に、クライアントとイングラハムは思わず顔を見合わせた。

 

「...それがこの世界の人類を救う手立てになるというのなら、私たちは協力を惜しみません」

 

その隣で、イングラハムも静かに腕を組んだまま続ける。

 

「同感です。討伐艦隊がこの世界へ来た理由も、人類の生存に協力するためですからね」

「計画の内容次第ではありますが、少なくとも話を聞く価値は十分にあるでしょう」

 

二人の返答を聞いた武は、ほっとしたように肩の力を抜く。

一方、夕呼はそんなやり取りを見ながら小さく鼻を鳴らした。

 

「決まりね」

 

そう呟く彼女の表情には、また複雑な色が浮かんでいた。

 

「それで、一度中断された計画だということは、どこかで解決困難な問題に直面したということですよね?」

 

イングラハムはそう言いながら、机上に置かれた資料へ視線を向ける。

 

「もし差し支えなければ、その箇所を見せていただけないでしょうか」

「問題点が分かれば、私たちの技術や知識で何らかの助力ができるかもしれません」

 

夕呼は少し考えた後、デスク脇の端末へ手を伸ばした。

 

「そうね...だったら、まずは何が問題だったのかを説明してあげるわ」

 

そう言うと、彼女は資料のデータを呼び出し始めた。

スクリーンに《オルタネイティヴ4》の研究資料が次々と表示されていく。

そこに並ぶのは複雑怪奇な数式群。

並列処理装置に関する膨大な研究データ。

クライアントとイングラハムが真剣な表情で資料へ目を通す中――武はあるページを見た瞬間、動きを止めた。

 

「...ん?」

 

見覚えがある...いや、見たことがあるどころではない。

武の脳裏に、かつての記憶が蘇る。

BETAのいない武の元いた世界の、夕呼が武に見せた壁一面を埋め尽くしていた数式。

武は資料へ駆け寄った。

 

「先生、この式!」

「あ?」

 

夕呼が怪訝そうに振り返る。

 

「これ、もっと先があったはずだ!」

 

その言葉に、夕呼の眉がぴくりと動いた。

 

「俺も詳しくは覚えてないんですけど、前に見たことがあるんですよ!」

 

武はホログラム上の数式を指差しながら必死に記憶を掘り起こす。

 

「確か、ここにバッテンが付いてて...『この数式は古い!』とか何とか言って...」

「もっと長かったんです! ここから先に続いてた!」

 

興奮した様子でまくし立てる武。

 

「白銀」

「はい?」

 

次の瞬間、いつの間にか武の背後へ回り込んでいた夕呼が、その首へ腕を回した。

 

ガシッ!

 

「へ?」

 

ヘッドロック。

プロレスラーも唸る完璧な形だった。

 

「バッテンがついてたぁ!?これがバツになるってどういうことか分かってる!?」

 

ギチギチギチギチギチッ!

 

「いだだだだだだだっ!!先生、マジ痛いっす!」

「その数式の続きを知ってるってこと!?いいから説明しなさい!ほら早く!」

「俺が元いた世界の先生がこの数式を解いてて痛い痛い痛い!」

 

武は必死にタップするように夕呼の腕を叩く。

 

「その世界の私が何て言ってたの!?」

「えーっと...!」

武は涙目になりながら記憶を探る。

 

「確か、『これは旧理論だから使わない』とか!」

「あと赤ペンで色々書き込んでて!」

「それで!?」

「それ以上は覚えてません!」

「役立たず!」

「理不尽だぁぁぁ!!」

 

流石にこのままでは武の頭部が不可逆的な損傷を受けかねないと判断したのか、クライアントとイングラハムが慌てて仲裁に入った。

 

「は、博士...!それ以上は武さんの頭が現代アートのような形状になってしまいます...!」

「博士、その辺りで。これ以上締め上げても新たな記憶が出てくるとは思えません」

「チッ...しょうがないわね」

 

夕呼は不満そうに舌打ちすると、ようやく武を解放した。

解放された武はその場へ崩れ落ちる。

 

「グォォっ...し、死ぬかと思った...!」

 

ようやく解放された武は床へ膝をつき、頭をさすりながら苦しそうに呻く。

 

「と、とりあえず...武さんが忘れている数式を思い出せればいいのですよね?」

 

クライアントが心配そうに武を見ながら確認する。

その隣で、イングラハムは腕を組みながら思考を巡らせていた。

――元いた世界。

武が何気なく口にしたその言葉は気になったが、今はそれを追及する場面ではない。

まずは目の前の問題を解決する方が先だった。

 

「そうよ。何かないの?このバカの頭から記憶を一つ残らず引きずり出す方法」

「ひ、酷い...」

 

しばらく考え込んでいたイングラハムは、やがて静かに口を開いた。

 

「...無いわけではありません」

 

その言葉に、武と夕呼の視線が集まる。

 

「...本当?」

「はい。記憶領域へ直接アクセスし、埋もれた情報を強制的に再現する技術があります」

「ただし――」

 

そこで言葉を切る。

 

「武さんには少々きつい思いをしてもらうことになりますが」

 

武の表情が引き攣った。

 

「ち、ちなみにその“少々”ってどのくらいですか?」

「個人差はありますが、頭痛、吐き気、平衡感覚の異常、強烈な精神的負荷などが報告されています」

「少々じゃねぇ!」

 

だが夕呼は全く気にした様子もなく、むしろ興味深そうに身を乗り出した。

 

「構わないわ。できるなら何でもやってちょうだい」

「俺の人権は!?」

「あら、あると思ってたの?」

 

武は助けを求めるようにクライアントを見る。

しかし彼女も困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 

「えっと...頑張ってください?」

「味方が...味方がいない...!」

 

研究室に武の悲鳴が響く中、イングラハムは既に必要な手順を頭の中で組み立て始めていた。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回、ウォーケン少佐を登場させた理由は至ってシンプルです。
私がウォーケン少佐を好きだからです...格好いいじゃないですか、あの人。



もし、
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
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