Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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ジェイド・ロスの航海日誌より

現在、我々は艦隊再編と損傷機器の復旧を進めている。

そんな最中、地球よりコンタクトが入った。

当初は罠や索敵行為の可能性も考慮したが、通信内容に敵対的意図は見られなかったため、限定的な交信を許可。

モニター越しでの通信を行うこととなった。

画面に現れたのは、まるで狐が白衣を着ているのではないかと思うほど、知性と狡猾さを同時に漂わせた女性博士だった。

この時点でも十分に衝撃的だったが、真に私を驚かせたのはその後である。

彼女らの所属、“日本帝国”。

我々の知る歴史に、そのような国家は存在したのは昔も昔だ。

...少なくとも、私の知る地球圏においては。

この瞬間、私は確信した。

どうやら我々は、単に太陽系へ帰還したのではないらしい。

ここは――我々の知る太陽系ではない。


来訪者と

AD.2004.01.12

【日本帝国/横浜基地・第二管制戦術室】

 

警報音が、絶え間なく室内へ響いていた。

 

大型スクリーンには、日本列島周辺の戦況予測図が映し出されている。

 

赤。

 

赤。

 

赤。

 

関東方面へ向かって伸びる無数の赤い進行ルート。

 

数にしておそらく4万のBETA群が一直線に横浜基地へと進路をとっていた。

 

「ほんと多すぎだろ...」

 

武が思わず呟く。

 

モニター上だけでも、戦術機甲師団規模の防衛線が次々と“突破予測”へ塗り替えられていく。

 

速度的には、あと2日もすれば横浜基地へと辿り着くだろう。

 

武の視線が別モニターへ向く。

 

木星宙域、そこには依然として、正体不明艦隊“X”のシルエット群が存在していた。

 

「重力反応、微増加傾向です」

 

オペレーターが報告する。

 

「X群、一部個体に機動変化を確認」

 

「...こっち観測してるわね」

 

夕呼が腕を組みながら呟いた。

 

その目には疲労が滲んでいる。

 

だが思考だけは鋭く回り続けていた。

 

「先生、やっぱアレ敵なんじゃ……」

 

「現時点じゃ断定できないわ」

 

夕呼は即答する。

 

「でも、少なくとも“知性”はある」

 

「電波パターンにも規則性が見られるし、艦隊行動らしき挙動も確認されてる」

 

「だったら、まだ交渉の余地はある」

 

「もしここで接触に成功すれば、人類側にとって大きく有利な状況に働くはずよ」

 

「逆に失敗したら?」

 

武の問いに。

 

夕呼はあっさり答えた。

 

「諦めるわ」

 

「簡単に言いますね...」

 

「簡単じゃないわよ。だから、こうして準備してるんじゃない」

 

夕呼はそう言いながらコンソールを操作し、通信機器の最終調整を進めていく。

 

複数のモニターへ波形データと出力数値が次々と表示される。

 

だが――次の瞬間。

 

『ERROR. The position movement operation is not functioning properly.』

 

警告表示と共に、管制卓の一部が赤く点滅した。

 

「ダメです!」

 

オペレーターが悲鳴のような声を上げる。

 

「アンテナ制御系が正常動作しません! 指向角調整不能!」

 

「送受信ポジションの固定も不安定です!」

 

夕呼が舌打ちする。

 

「...チッ。急造品じゃこんなもんか」

 

今回用意された通信装置は、本来の用途を完全に無視して無理矢理組み上げた代物だ。

 

未知存在“X”との長距離広域通信。

 

しかも、次元歪曲の影響下。

 

まともに動いているだけでも奇跡に近い。

 

「博士、このままでは木星宙域との安定通信は困難です!」

 

「分かってるわよ!」

 

夕呼は苛立たしげに髪を掻き上げる。

 

どう対処するか。

 

高速で思考を巡らせていた、その時だった。

 

ふと、整備の為使われていない撃震がハンガーに置いてあったのを思い出す。

 

彼女の視線が武へ向いた。

 

「...白銀」

 

「はい?」

 

嫌な予感がした。

 

夕呼がこういう目をする時、大抵ロクでもない。

 

「あんた、撃震乗れるわよね?」

 

「え?」

 

武は嫌な汗を流す。

 

夕呼は何事もないように続けた。

 

「今回使う通信装置、出力自体は問題ないんだけど、アンテナ制御が死んでるのよ」

 

「だから――」

 

夕呼は平然と言った。

 

「戦術機でアンテナ担いで、無理矢理“受信状態が一番いい位置”まで持って行ってきて」

 

「......は?」

 

武の思考が止まる。

 

「いや待ってください」

 

「聞き間違いじゃなければ今、“戦術機でアンテナ担げ”って言いませんでした?」

 

「言ったわよ?」

 

「言ったんですか!?」

 

夕呼は真顔のまま頷く。

 

「大丈夫。理論上はいける」

 

「その“理論上”が一番怖いんですよ!」

 

「第一、なんで俺なんですか! 他にも衛士いるでしょう!?」

 

武が全力で抗議すると、夕呼は呆れたように溜息を吐いた。

 

「いるにはいるわよ」

 

「でも、今まともに動ける部隊は迎撃準備で手一杯」

 

夕呼はメインスクリーンを指差す。

 

そこには、関東防衛ラインの展開予測図が表示されていた。

 

佐渡島方面から押し寄せるBETA群。

 

各地へ再配置される帝国軍戦術機部隊。

 

補給線。

 

迎撃拠点。

 

どれも余裕など欠片もない。

 

「安心しなさい」

 

夕呼は軽く肩を竦める。

 

「別に木星まで飛んでけって話じゃないわ」

 

「地上通信基地からアンテナを高高度位置へ運搬・固定するだけ」

 

「...つまり?」

 

「簡単に言えば、“超巨大ラジオアンテナ持って動き回れ”ってこと」

 

「雑ッ!!」

 

管制室の何人かが吹き出した。

 

だが夕呼は真顔である。

 

「実際そうなんだから仕方ないでしょ」

 

「ちなみに失敗したら?」

 

「通信断絶」

 

「最悪、Xとの接触チャンス消滅して日本帝国が滅ぶだけよ」

 

「プレッシャー重いなぁ!?」

 

その時だった。

 

オペレーター席から声が飛ぶ。

 

「木星宙域より新たな電波反応!」

 

室内の空気が張り詰める。

 

「パターン解析急げ!」

 

「既知通信形式との照合開始!」

 

オペレーターたちが慌ただしく動き回る中。

 

一人、霞だけが静かにモニターを見つめていた。

 

「来るわね」

 

ぽつり、と。

 

「え?」

 

武が振り返る。

 

霞は小さく眉を寄せたまま呟いた。

 

「“向こう”も、こっちを探してる...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AD.2004.01.12

【太陽系宙域】

 

「提督! 再びこちらへ向けた探査電波反応を観測!」

 

オペレーターの報告が艦橋へ響く。

 

私はメインモニターへ視線を向けた。

 

そこには、断続的に送られてくる電波パターンが波形として表示されている。

 

「...やはり、こちらを探しているようだな」

 

私がそう呟くと、艦橋内の空気が僅かに緩んだ。

 

乗員たちは、この探査電波を地球連合軍による救助信号だと考えたのだろう。

 

無理もない。

 

我々はバイド星系から辛うじて生還し、気付けば太陽系へと転移していたのだ。

 

地球側がこちらを探知し、救助活動を行っている――そう考えるのが自然だった。

 

「通信は可能か?」

 

私の問いに、通信担当官が即座に振り返る。

 

「いえ。先程から複数周波数帯で応答を試みていますが、反応はありません」

 

「現在返ってきているのは、探査用と思われる電波信号のみです」

 

「こちらの通信を受信していないのか...あるいは、受信できても解析できていないのか...」

 

イングラハムが難しい顔で呟く。

 

「...よし」

 

ジェイドは意を決したように低く呟いた。

 

「本来なら、バイド残党の可能性を警戒しつつ救援を待ちたいところだが...」

 

彼はメインモニターへ映る青い惑星――地球を見据える。

 

「このままでは、状況がまるで掴めん」

 

艦橋内へ静かな緊張が走った。

 

「戦闘行動に支障のない艦艇および艦載機を抽出。先行調査部隊を編成し、地球へ向かう」

 

その言葉に、オペレーターたちが一斉にコンソールへ向き直る。

 

「先行部隊戦力を確認します」

 

即座に戦力リストがメインスクリーンへ投影された。

 

「旗艦として、ヘイムダル級戦艦一隻」

 

「支援艦艇として、ヨルムンガンド級輸送艦二隻」

 

「艦載戦力は、ウォー・ヘッド戦闘機隊」

 

「パトロクロス可変人型兵器部隊」

 

「POWアーマー補給支援機」

 

「工作機群」

 

「加えて、長距離索敵支援用にゴースト・タッチ早期警戒機を随伴」

 

「各機には対応フォースデバイスを装備済みです」

 

報告を聞きながら、ジェイドは静かに目を細めた。

 

決して万全の戦力ではない。

 

電子機器損傷。

 

長期遠征による消耗。

 

補給不足。

 

本来なら、艦隊再建を優先すべき状況だ。

 

だが――

 

「未知の宙域で、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない」

 

ジェイドは静かに席を立つ。

 

「我々は、生きて帰るために戦ってきたのだ」

 

その言葉に、艦橋の乗員たちは深く頷いた。

 

誰もが同じ想いを抱いている。

 

長き遠征。

 

数え切れぬ犠牲。

 

絶望的な戦場。

 

それでも彼らは、生還するために戦い続けてきたのだ。

 

だからこそ――立ち止まるわけにはいかない。

 

ジェイドは鋭い視線をオペレーター席へ向けた。

 

「オペレーター! 地球への到達予測時間は!」

 

即座にコンソール操作音が響く。

 

数秒後、若いオペレーターが振り返った。

 

「現在座標より通常亜光速航行を行った場合、およそ六時間!」

 

「ただし、艦隊各艦の損傷状況を考慮した場合、機関負荷軽減のため最大船速維持は推奨できません!」

 

「では、全艦、機関出力を七十パーセントに制限。索敵範囲を最大まで拡大しつつ前進する」

 

ジェイドの命令が下されると、艦橋要員たちは即座に動き出した。

 

「了解!」

 

慌ただしく飛び交う報告と操作音。

 

ジェイドは静かにメインモニターへ目を向ける。

 

そこには、青く輝く惑星――地球。

 

その姿は彼の知る故郷とは微妙に異なって見えた。

 

「(……何が起きているのか、確かめねばならん)」

 

バイド星系で発生した次元断層。

 

突如として行われた転移。

 

そして、この未知の太陽系。

 

偶然とは思えない。

 

何者かの意思すら感じるほどに、全てが出来過ぎていた。

 

ジェイドは無意識に拳を握り締める。

 

「(もしここが、本当に我々の知る世界ではないのなら――)」

 

その先の言葉を、彼は口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AD.2004.01.13

【日本帝国/横浜基地周辺】

 

冬の空気は鋭く、肌を刺すように冷たかった。

 

横浜基地周辺では、慌ただしく車両や戦術機が行き交っている。

 

そしてその一角――

 

設けられた簡易通信実験区画では、異様な光景が広がっている。

 

「おい! そっち固定しろ!」

 

「ケーブル引っ掛けるな! 断線したら終わりだぞ!」

 

「出力安定しません!」

 

「安定しなくても動かせ! 今は一秒でも惜しい!」

 

突貫工事で組み上げられた巨大通信装置。

 

本来宇宙通信用途ではない設備を、夕呼主導で無理矢理改造した代物だ。

 

その中心では

 

『だからなんで俺がこんなの持つんですかぁ!?』

 

武が叫んでいた。

 

撃震の背部ハードポイントには、通常兵装ではなく巨大通信アンテナが固定されている。

 

もはや戦術機というより、“歩く電波塔”だった。

 

『うるさいわね』

 

通信越しに夕呼の声が飛ぶ。

 

『そのアンテナ、繊細なんだから丁寧に扱いなさい』

 

『絶対戦術機の使い方じゃないですよねこれ!?』

 

『でも他に運べる奴いないでしょ?』

 

『反論できないのが悔しい...!』

 

周囲では整備兵たちが半笑いで見守っていた。

 

『さあ、準備できたならさっさと動きなさい』

 

夕呼の声が通信越しに飛んでくる。

 

『受信感度が一番安定する位置を探るのよ』

 

『人使い荒すぎるだろ、ほんと...』

 

武はぼやきながらも、撃震をゆっくり前進させた。

 

重いアンテナのせいで機体バランスが微妙に狂っている。

 

少し動くだけでも、背部フレームがぎしりと軋んだ。

 

『白銀、右へ三メートル』

 

『了解』

 

『そこで停止...いやダメ、感度低下。もう少し前』

 

『どっちなんだよ!』

 

武は文句を言いながらも、夕呼と整備班の誘導に従って位置調整を続ける。

 

基地周辺を撃震がのそのそ歩き回る光景は、どこか間抜けだった。

 

その光景を、整備兵たちは笑いながら見つめていた。

 

だが、その目には確かな希望が宿っている。

 

ふざけたような光景だ。

 

戦術機に巨大アンテナを背負わせ、基地の周囲をうろつかせるなど、本来なら冗談にしか見えない。

 

それでも誰一人として、本気で馬鹿にしている者はいなかった。

 

この通信が、未知存在“X”との接触に繋がるかもしれない。

 

そしてそれは――

 

人類を、この絶望的な戦争から救うための突破口になる可能性すらあったのだから。

 

 

 

◇◇

 

 

 

───あれから6時間経過した。

 

横浜基地は、未だ慌ただしさの只中にあった。

 

佐渡島ハイヴより南下を続けるBETA群への対応。

 

各戦線への増援調整。

 

基地中の人員が休む暇もなく動き回っている。

 

『白銀、左!』

 

『了解了解……!』

 

武の撃震は、相変わらず巨大アンテナを背負ったまま基地周辺を歩き回っていた。

 

流石に六時間も同じ作業を続けているせいで、声には疲労が滲んでいる。

 

『今のでどうです?』

 

『ダメ。感度変化なし』

 

「ですよねぇ...」

 

武は撃震のコックピット内でぐったりと肩を落とした。

 

その時だった。

 

『...待って』

 

突然、夕呼の声色が変わる。

 

武の表情も引き締まった。

 

『感度上昇...』

 

『え?』

 

『通信波形、安定し始めてる...』

 

管制室側が一気に騒がしくなる。

 

オペレーターたちの声。

 

高速で打鍵されるコンソール音。

 

緊張が通信越しにも伝わってきた。

 

『白銀、その位置固定! 絶対動かないで!』

 

『りょ、了解!』

 

武は慌てて撃震を停止させる。

 

すると。

 

――ザザッ。

 

ノイズが鳴る。

 

《………………》

 

誰も喋らない。

 

基地中が息を呑んでいた。

 

そして次の瞬間。

 

《――こちらは……地球……連……軍……》

 

途切れ途切れながら。

 

確かに、“声”が返ってきた。

 

その瞬間、管制室の空気が一変する。

 

『入った! 通信入ってます!』

 

『波形安定率上昇!』

 

『論理翻訳システム接続急げ!』

 

怒号のような報告が飛び交う。

 

武も思わず息を呑んだ。

 

『ほ、本当に繋がったのか...!?』

 

『静かにしなさい白銀! 今ノイズ除去してる!』

 

夕呼の怒鳴り声が飛ぶ。

 

だが、その声音には隠し切れない興奮が混じっていた。

 

未知存在“X”。

 

その正体不明の艦隊と、今初めて接触しようとしている。

 

数秒後。

 

ノイズが徐々に減衰していく。

 

そして――

 

通信モニターにこちらの人類と似た軍服らしきものを着た人間が映る。

 

《――こちらは地球連合軍所属、バイド討伐艦隊司令官。宇宙戦艦ヘイムダル級艦長、ジェイド・ロスだ》

 

低く、落ち着いた男の声が通信越しに響く。

 

まず、翻訳可能な範囲で言語が通じたこと。ESP能力を利用した、直接的精神感応でのコンタクトをメインとして使わずに済んだ(本人の負担が大きい為)に、その場の全員が僅かな安堵を覚えた。

 

だが次の瞬間。

 

横浜基地側の人員たちの脳裏に、一斉に疑問が浮かぶ。

 

「...地球、連合軍?」

 

誰かが呟いた。

 

武も眉をひそめる。

 

“地球連合軍”。

 

それは、この世界には存在しない名称だった。

 

そして――“宇宙戦艦”。

 

その単語の意味を理解した瞬間、オペレーターたちの顔色が変わる。

 

人類は未だ、恒常的な宇宙艦隊戦力など保有していない。

 

オルタネイティヴ5ですら、宇宙移民船が限界だったのだ。

 

にもかかわらず。

 

通信の向こうの男は、“宇宙戦艦”という存在を当然のように口にした。

 

夕呼が静かにマイクを取る。

 

『...こちら、日本帝国横浜基地所属、香月夕呼博士です』

 

『貴官らの所属、および現在状況の詳細説明を要求します』

 

僅かな沈黙。

 

やがて。

 

《...日本帝国?》

 

ジェイドの声に、明確な困惑が混じった。

 

その反応に、今度は横浜基地側が顔を見合わせる。

 

《失礼。しかし、“日本帝国”という国家は、我々の知る歴史には“既に”存在していない》

 

「は?」

 

武が思わず声を漏らす。

 

《こちらの記録に存在するのは、“日本共和国”だ》

 

武の背筋に、冷たいものが走った。

 

一方、通信の向こう側でもざわめきが起きている。

 

《提督、やはり地球連合軍の識別データと一致しません》

 

《使用言語は同系統ですが、国家体系が異なります》

 

《軍用暗号規格も完全不一致です》

 

副官らしき人物の報告が、混線気味に聞こえてきた。

 

ジェイドは数秒沈黙した後、静かに口を開く。

 

《...確認する》

 

《現在時刻と西暦を教えてほしい》

 

その問いに、夕呼の目が細められる。

 

『西暦2004年1月13日』

 

通信の向こう側が静まり返った。

 

やがて、低い声が返ってくる。

 

《...こちらの記録では、現在はM.C.0065年だ》

 

聞き慣れない年号。

 

武は困惑しながら夕呼を見る。

 

だが、夕呼の表情は、先ほどまでとは別物だった。

 

科学者としての直感が、何かを掴み始めている。

 

『...なるほどね』

 

彼女は小さく呟く。

 

『次元空間歪曲...』

 

『ただの空間断層じゃなかったってわけだ』

 

武が息を呑む。

 

『せ、先生...』

 

夕呼はモニターを睨みつけたまま、ゆっくりと武に言った。

 

『連中――あんた(白銀)と同じで、“別の世界”から来た可能性があるわ』

 

『俺と、同じ...』

 

武は呆然と呟く。

 

別世界から来た存在。

 

それは、自身だけの特異な現象ではなかったのかもしれない。

 

『ジェイド・ロス艦長』

 

夕呼は思考を巡らせながら、再び通信回線へ向き直った。

 

《聞いている》

 

夕呼の声音が、僅かに硬くなる。

 

「(色々と聞きたいことが山積みだけど────)」

 

『単刀直入に言います』

 

『こちらの世界は現在、“BETA”という生命体によって追い詰められています』

 

『人類の生存圏は大幅に縮小。各地の戦線も崩壊寸前』

 

その説明に誇張はない。

 

むしろ、現実はそれ以上に悲惨だった。

 

《...》

 

ジェイドは無言のまま、続きを促す。

 

『そして今、佐渡島ハイヴから大規模なBETA群が南下を開始している』

 

『通信しているこの横浜基地にも、いずれ到達するでしょう』

 

夕呼は一度言葉を切り、静かに続けた。

 

『正直に言えば、現在の戦力だけで被害を完全に抑え切れる保証はありません』

 

それは、人類の弱さを曝け出す言葉であった。

 

だが夕呼は迷わない。

 

『だから提案をします』

 

《提案?》

 

『情報交換と相互協力』

 

夕呼の瞳が鋭く細められる。

 

『あなた達は、この世界について何も知らない』

 

『加えて、転移の影響で少なからぬ損害を受けているはずです』

 

武は思わず夕呼を見る。

 

その言葉に、通信の向こう側で僅かなざわめきが走った。

 

《...》

 

夕呼は構わず続ける。

 

『このままでは、あなた達は孤立したまま宇宙を彷徨うことになる』

 

『だから、こちらの防衛戦に協力して』

 

『その代わり、私たちは物資と情報を提供します』

 

実際のところ、夕呼は敵艦隊の損害状況を正確に把握しているわけではない。

 

だが。

 

次元断層発生時の観測データ。

 

通信越しに聞こえる微かな喧騒。

 

そして、ジェイドの軍服の隙間から覗く包帯。

 

それらを総合して導き出した、“推測”だった。

 

――いわば、ハッタリである。

 

艦橋側でもざわめきが起きる。

 

《提督、危険です》

 

《相手戦力は未確認。敵対の可能性も――》

 

副官らしき人物の声。

 

だが、ジェイドは静かにそれを制した。

 

《...香月博士》

 

『何かしら?』

 

《確認したい》

 

ジェイドの声が低く響く。

 

《貴官らは、我々を“敵”とは見なさないのか?》

 

その問いに、夕呼はふっと鼻で笑った。

 

『宇宙戦艦を持ち込んだ異世界人なんて、本来なら即座に解剖対象よ』

 

武が「先生!?」と素っ頓狂な声を上げる。

 

だが夕呼は構わず続けた。

 

『でも今の人類に、そんな余裕は無いの』

 

『敵が増えるより、利用できる味方が増える方がマシよ』

 

《...》

 

通信越しに、小さな笑い声が聞こえた。

 

低く、疲れた男の笑い。

 

《合理的だな》

 

『褒め言葉として受け取っておくわ』

 

再び短い沈黙。

 

やがて。

 

《了解した》

 

ジェイドの声が、はっきりと響く。

 

《地球連合軍バイド討伐艦隊は、貴官らとの限定的協力体制構築を承認する》

 

その瞬間、横浜基地側の空気が一変した。

 

安堵。

 

驚愕。

 

そして、僅かな希望。

 

武は思わず息を吐く。

 

状況はあまりにも異常だった。

 

だが少なくとも、“敵”ではなかった。

 

夕呼もまた、小さく息を吐く。

 

『助かります』

 

《こちらとしても、補給と情報は必要だ》

 

ジェイドは淡々と答える。

 

《こちらは現在、木星宙域付近に位置している》

 

《艦隊損傷の影響で大規模跳躍は不可能。通常航行で地球圏へ向かう》

 

夕呼の表情が僅かに引き締まる。

 

『到着までどれくらいでしょうか?』

 

数秒の間。

 

艦橋側で何らかの計算が行われているらしい。

 

やがて返答が来た。

 

《最短で―― 一日かかる》

 

『一日!?』

 

速い。あまりにも速過ぎる。

 

先ほどのジェイドの言動から見て艦が損傷しているのは確かだ。

 

しかし、その状態でも1日の航行で地球へと辿り着くことに、皆は驚愕する。

 

《こちらも可能な限り急行する》

 

《本来なら六時間で着くのだが、現在の艦隊状態で無理な加速を行えば、航行不能となる危険性がある。申し訳ないがそれまで耐えてほしい》

 

『...十分よ』

 

夕呼が静かに答える。

 

『少なくとも、“援軍が来る”って事実だけで士気は変わります』

 

その時だった。

 

――ピクリ。

 

通信室の隅。

 

これまで静かに座って待機していた社霞の肩が、小さく震えた。

 

「...?」

 

一人のオペレーターが霞の様子に気付く。

 

霞は虚空を見つめたまま、か細い声を漏らす。

 

「...来る」

 

基地全域に警報が鳴り響いた。

 

《緊急警報!!》

 

《横浜基地西方地下より大規模BETA群反応!!》

 

《地下震動急速接近!!》

 

オペレーターたちが一斉にコンソールへ飛びついた。

 

武の背筋が凍る。

 

『なっ――早すぎるだろ!?』

 

『っ!』

 

夕呼、武、そしてその場にいた全員が、表示された戦術マップを見た瞬間、表情を強張らせた。

 

BETA群は地下深くに巨大トンネルを掘削。

 

防衛線を正面突破するのではなく、直接横浜基地地下へ侵攻してきたのだ。

 

「────奇襲!?」

 

基地全体が激しく揺れ、周囲に積まれていた資材や機材が次々と倒れ、照明が明滅する。

 

《第一西防衛ライン崩壊!!》

 

《BETA群、第二防衛ラインに接近!》

 

《光線級照、射来ます!!》

 

悲鳴のような報告が飛び交う。

 

武は思わず歯を食いしばった。

 

――始まった。

 

 

こうして、地獄の横浜基地防衛戦が幕を開けた。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
描写を書いていると、つい長くなってしまい、毎回なかなか苦戦しています...。

ちなみに、途中で言及されていた早期警戒機【ゴースト・タッチ】は私の創作した架空機体です(スペックは後の話で)。

次回からはいよいよ戦闘パートに入る予定です(うまく書けるといいのですが...!)。

もし

・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」

など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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