Muv-Luv OPERATION:LAST KISS 作:ババンババンバン
現在、我々は艦隊再編と損傷機器の復旧を進めている。
そんな最中、地球よりコンタクトが入った。
当初は罠や索敵行為の可能性も考慮したが、通信内容に敵対的意図は見られなかったため、限定的な交信を許可。
モニター越しでの通信を行うこととなった。
画面に現れたのは、まるで狐が白衣を着ているのではないかと思うほど、知性と狡猾さを同時に漂わせた女性博士だった。
この時点でも十分に衝撃的だったが、真に私を驚かせたのはその後である。
彼女らの所属、“日本帝国”。
我々の知る歴史に、そのような国家は存在したのは昔も昔だ。
...少なくとも、私の知る地球圏においては。
この瞬間、私は確信した。
どうやら我々は、単に太陽系へ帰還したのではないらしい。
ここは――我々の知る太陽系ではない。
AD.2004.01.12
【日本帝国/横浜基地・第二管制戦術室】
警報音が絶え間なく室内へ鳴り響く中、大型スクリーンには日本列島周辺の戦況予測図が映し出されていた。
そこに表示されているのは、関東方面へ向けて無数に伸びる赤い進行ルート。
その全てがBETA群の侵攻予測であり、推定総数およそ四万にも達する大規模群体が、一直線に横浜基地へ進路を取っていたのである。
「ほんと、多すぎだろ...」
武は思わず呟いた。
モニター上では、戦術機甲師団規模の防衛線が次々と“突破予測”へ塗り替えられていき、このまま進めば遅くとも二日以内にはBETA群が横浜基地へ到達すると分析されていた。
そんな中、武の視線は別モニターへ向けられる。
木星宙域。
そこには依然として、正体不明艦隊Xの巨大シルエット群が存在していた。
「重力反応、微増加傾向です」
オペレーターが緊張した声で報告する。
「X群、一部個体に機動変化を確認」
「こっちを観測してるわね」
腕を組んだ夕呼が低く呟いた。
その表情には隠し切れない疲労が滲んでいたが、思考だけは依然として鋭く回転し続けている。
「先生、やっぱアレ敵なんじゃ...」
「現時点では断定できないわ」
夕呼は即答した。
「でも少なくとも、“知性”はある」
「電波パターンにも規則性が見られるし、艦隊行動らしき挙動も確認されてる。つまり、完全な無秩序生命体じゃない」
「だったら、まだ交渉の余地はあるはずよ」
未知存在Xとの接触。
もし通信確立に成功すれば、それは人類側へ圧倒的な戦略的優位をもたらす可能性すらあった。
──だが
「逆に失敗したら?」
武の問いに対し、夕呼は驚くほどあっさり答える。
「諦めるわ」
「簡単に言いますね...」
「簡単じゃないわよ。だから、こうして準備してるんじゃない」
夕呼はそう言いながらコンソールを操作し、急造された通信装置の最終調整を進めていく。
複数モニターへ波形データや出力数値が次々と表示され、オペレーターたちも慌ただしく作業を続けていた。
しかし――次の瞬間
『ERROR. The position movement operation is not functioning properly.』
警告表示と共に、管制卓の一部が赤く点滅した。
「ダメです!」
オペレーターが悲鳴混じりの声を上げる。
「アンテナ制御系が正常動作しません! 指向角調整不能! 送受信ポジションの固定も不安定です!」
「...チッ。急造品じゃこんなもんか」
夕呼が舌打ちする。
今回用意された通信装置は、本来の用途を完全に無視し、未知存在Xとの超長距離広域通信を実現するためだけに無理矢理組み上げられた代物だった。
しかも現在の太陽系宙域では、次元空間歪曲現象による重力異常まで発生している。
まともに動作しているだけでも奇跡に近い状況だった。
「博士、このままでは木星宙域との安定通信は困難です!」
「分かってるわよ!」
夕呼は苛立たしげに髪を掻き上げながら、次々とエラー表示へ染まっていくコンソールを睨みつけていた。
横浜基地司令部には、迫り来るBETA大群への対応に追われる緊迫感と、木星宙域へ出現した正体不明艦隊Xに対する不気味な警戒感が入り混じり、誰もが息苦しさを覚えるほど重たい空気が漂っている。
迫り来るBETA大群。
そして、正体不明艦隊X。
横浜基地司令部には、重苦しい緊張感だけが満ちていた。
そんな状況の中で、夕呼の思考だけが凄まじい速度で回転していた。
通信装置そのものの出力には問題がない。
だが、次元空間歪曲によってアンテナ制御系統が正常動作せず、送受信ポジションの固定すらまともに行えない以上、理論上最も受信感度の高い位置へ物理的にアンテナを運ぶしか方法が残されていなかった。
ふと夕呼は、整備待ちのままハンガーへ放置されていた撃震の存在を思い出す。
そして、その視線がゆっくりと武へ向いた。
「...白銀」
「はい?」
嫌な予感がした。
夕呼がこういう目をする時、大抵ロクでもない。
「あんた、撃震乗れるわよね?」
「え?」
武は嫌な汗を流す。
夕呼は何事もないように続けた。
「今回使う通信装置、出力自体は問題ないんだけど、アンテナ制御が死んでるのよ」
「だから――」
夕呼は平然と言った。
「戦術機でアンテナ担いで、無理矢理“受信状態が一番いい位置”まで持って行ってきて」
「......は?」
武の思考が止まる。
「いや待ってください」
「聞き間違いじゃなければ今、“戦術機でアンテナ担げ”って言いませんでした?」
「言ったわよ?」
「言ったんですか!?」
夕呼は真顔のまま頷く。
「大丈夫。理論上はいける」
「その“理論上”が一番怖いんですよ!」
「第一、なんで俺なんですか! 他にも衛士いるでしょう!?」
武が全力で抗議すると、夕呼は呆れたように溜息を吐いた。
「いるにはいるわよ」
「でも、今まともに動ける部隊は迎撃準備で手一杯」
夕呼はメインスクリーンを指差す。
そこには佐渡島方面から押し寄せる大量のBETA群と、それを迎撃するため各地へ再配置されていく帝国軍戦術機部隊、さらに崩壊寸前の補給線や迎撃拠点の情報までが赤色警告付きで表示されていた。
「安心しなさい」
夕呼は軽く肩を竦める。
「別に木星まで飛んでけって話じゃないわ」
「地上通信基地からアンテナを高高度位置へ運搬・固定するだけ」
「...つまり?」
「簡単に言えば、“超巨大ラジオアンテナ持って動き回れ”ってこと」
「雑ッ!!」
張り詰めていた管制室の空気が一瞬だけ緩み、何人かのオペレーターが思わず吹き出す。
「実際そうなんだから仕方ないでしょ」
「ちなみに失敗したら?」
「通信断絶」
「最悪、Xとの接触チャンス消滅して日本帝国が滅ぶだけよ」
「プレッシャー重いなぁ!?」
その時だった。
オペレーター席から声が飛ぶ。
「木星宙域より新たな電波反応!」
室内の空気が張り詰める。
「パターン解析急げ!」
「既知通信形式との照合開始!」
慌ただしく飛び交う報告と怒号の中で、ただ一人だけ――社霞だけが静かにモニターを見つめ続けていた。
そして彼女は、小さく眉を寄せながらぽつりと呟く。
「...来ます」
ぽつり、と。
「え?」
武が振り返る。
霞は小さく眉を寄せたまま呟いた。
「“向こう”も、こっちを探してる...」
◇◇
AD.2004.01.12
【太陽系宙域】
「提督! 再びこちらへ向けた探査電波反応を観測!」
オペレーターの報告が艦橋へ響く。
私はメインモニターへ視線を向けた。
そこには、断続的に送られてくる電波パターンが波形として表示されている。
「...やはり、こちらを探しているようだな」
私がそう呟くと、艦橋内の空気が僅かに緩んだ。
乗員たちは、この探査電波を地球連合軍による救助信号だと考えたのだろう。
無理もない。
我々はバイド星系から辛うじて生還し、気付けば太陽系へと転移していたのだ。
地球側がこちらを探知し、救助活動を行っている――そう考えるのが自然だった。
「通信は可能か?」
私の問いに、通信担当官が即座に振り返る。
「いえ。先程から複数周波数帯で応答を試みていますが、反応はありません」
「現在返ってきているのは、探査用と思われる電波信号のみです」
「こちらの通信を受信していないのか...あるいは、受信できても解析できていないのか...」
イングラハムが難しい顔で呟く。
「...よし」
ジェイドは意を決したように低く呟いた。
「本来なら、バイド残党の可能性を警戒しつつ救援を待ちたいところだが...」
彼はメインモニターへ映る青い惑星――地球を見据える。
「このままでは、状況がまるで掴めん」
艦橋内へ静かな緊張が走った。
「戦闘行動に支障のない艦艇および艦載機を抽出。先行調査部隊を編成し、地球へ向かう」
その言葉に、オペレーターたちが一斉にコンソールへ向き直る。
「先行部隊戦力を確認します」
即座に戦力リストがメインスクリーンへ投影された。
「旗艦として、ヘイムダル級戦艦一隻」
「支援艦艇として、ヨルムンガンド級輸送艦二隻」
「艦載戦力は、ウォー・ヘッド戦闘機隊」
「パトロクロス可変人型兵器部隊」
「POWアーマー補給支援機」
「工作機群」
「加えて、長距離索敵支援用にゴースト・タッチ早期警戒機を随伴」
「各機には対応フォースデバイスを装備済みです」
報告を聞きながら、ジェイドは静かに目を細める。
艦隊戦力は決して万全とは言えなかった。
次元断層通過時に発生した電子機器損傷、長期遠征によって蓄積した各艦の消耗、慢性的な補給不足――本来であれば、まず優先すべきは戦闘ではなく艦隊再建と戦力回復である。
だが――
「未知の宙域で、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない」
ジェイドは静かに席を立つ。
「我々は、生きて帰るために戦ってきたのだ」
ジェイドは鋭い視線をオペレーター席へ向けた。
「オペレーター! 地球への到達予測時間は!」
即座にコンソール操作音が響く。
数秒後、若いオペレーターが振り返った。
「現在座標より通常亜光速航行を行った場合、およそ六時間!」
「ただし、艦隊各艦の損傷状況を考慮した場合、機関負荷軽減のため最大船速維持は推奨できません!」
「では、全艦、機関出力を七十パーセントに制限。索敵範囲を最大まで拡大しつつ前進する」
ジェイドの命令が下されると、艦橋要員たちは即座に動き出した。
「了解!」
慌ただしく飛び交う報告と操作音。
ジェイドは静かにメインモニターへ目を向ける。
そこには、青く輝く惑星――地球。
その姿は彼の知る故郷とは微妙に異なって見えた。
(......何が起きているのか、確かめねばならん)
バイド星系で発生した次元断層。
突如として発生した艦隊転移。
そして、辿り着いたこの未知の太陽系。
あまりにも出来過ぎていた。
単なる偶然で片付けるには不自然過ぎる。
まるで何者かの意思によって導かれたかのように、全てが一本の線で繋がっているようにすら感じられた。
ジェイドは険しい表情のまま、無意識に拳を強く握り締める。
(もしここが、本当に我々の知る世界ではないのなら――)
その先の言葉を、彼は口にしなかった。
◇◇
AD.2004.01.13
【日本帝国/横浜基地周辺】
冬の空気は鋭く、肌を刺すように冷たかった。
横浜基地周辺では、慌ただしく車両や戦術機が行き交っている。
そしてその一角――
設けられた簡易通信実験区画では、異様な光景が広がっている。
「おい! そっち固定しろ!」
「ケーブル引っ掛けるな! 断線したら終わりだぞ!」
「出力安定しません!」
「安定しなくても動かせ! 今は一秒でも惜しい!」
突貫工事で組み上げられた巨大通信装置。
本来宇宙通信用途ではない設備を、夕呼主導で無理矢理改造した代物だ。
その中心では
『だからなんで俺がこんなの持つんですかぁ!?』
武が叫んでいた。
撃震の背部ハードポイントには、通常兵装ではなく巨大通信アンテナが固定されている。
もはや戦術機というより、“歩く電波塔”だった。
『うるさいわね』
通信越しに夕呼の声が飛ぶ。
『そのアンテナ、繊細なんだから丁寧に扱いなさい』
『絶対戦術機の使い方じゃないですよねこれ!?』
『でも他に運べる奴いないでしょ?』
『反論できないのが悔しい...!』
周囲では整備兵たちが半笑いで見守っていた。
『さあ、準備できたならさっさと動きなさい』
夕呼の声が通信越しに飛んでくる。
『受信感度が一番安定する位置を探るのよ』
『人使い荒すぎるだろ、ほんと...』
武はぼやきながらも、撃震をゆっくり前進させた。
重いアンテナのせいで機体バランスが微妙に狂っている。
少し動くだけでも、背部フレームがぎしりと軋んだ。
『白銀、右へ三メートル』
『了解』
『そこで停止...いやダメ、感度低下。もう少し前』
『どっちなんだよ!』
武は文句を言いながらも、夕呼と整備班の誘導に従って位置調整を続ける。
基地周辺を撃震がのそのそ歩き回る光景は、どこか間抜けだった。
その光景を、整備兵たちは笑いながら見つめていた。
だが、その目には確かな希望が宿っている。
ふざけたような光景だ。
戦術機に巨大アンテナを背負わせ、基地の周囲をうろつかせるなど、本来なら冗談にしか見えない。
それでも誰一人として、本気で馬鹿にしている者はいなかった。
この通信が、未知存在“X”との接触に繋がるかもしれない。
そしてそれは――
人類を、この絶望的な戦争から救うための突破口になる可能性すらあったのだから。
◇◇
───あれから6時間経過した。
横浜基地は、未だ慌ただしさの只中にあった。
佐渡島ハイヴより南下を続けるBETA群への対応。
各戦線への増援調整。
基地中の人員が休む暇もなく動き回っている。
『白銀、左!』
『了解了解...!』
武の撃震は、相変わらず巨大アンテナを背負ったまま基地周辺を歩き回っていた。
流石に六時間も同じ作業を続けているせいで、声には疲労が滲んでいる。
『今のでどうです?』
『ダメ。感度変化なし』
「ですよねぇ...」
武は撃震のコックピット内でぐったりと肩を落とした。
その時だった。
『...待って』
突然、夕呼の声色が変わる。
武の表情も引き締まった。
『感度上昇...』
『え?』
『通信波形、安定し始めてる...』
管制室側が一気に騒がしくなる。
オペレーターたちの声。
高速で打鍵されるコンソール音。
緊張が通信越しにも伝わってきた。
『白銀、その位置固定! 絶対動かないで!』
『りょ、了解!』
武は慌てて撃震を停止させる。
すると。
――ザザッ。
ノイズが鳴る。
《………………》
誰も喋らない。
基地中が息を呑んでいた。
そして次の瞬間。
《――こちらは……地球……連……軍……》
途切れ途切れながら。
確かに、“声”が返ってきた。
その瞬間、管制室の空気が一変する。
『入った! 通信入ってます!』
『波形安定率上昇!』
『論理翻訳システム接続急げ!』
怒号のような報告が飛び交う。
武も思わず息を呑んだ。
『ほ、本当に繋がったのか!?』
『静かにしなさい白銀! 今ノイズ除去してる!』
夕呼の怒鳴り声が飛ぶが、その声音には未知存在《X》との接触成功を前にした科学者としての興奮が隠し切れずに滲んでいた。
数秒後、耳障りだったノイズが徐々に減衰し、乱れていた映像信号もゆっくり安定していく。
そして通信モニターへ映し出されたのは、こちらの人類とよく似た軍服を纏い、疲労を滲ませながらも鋭い眼光を失っていない壮年の男だった。
《――こちらは地球連合軍所属、バイド討伐艦隊司令官。宇宙戦艦ヘイムダル級艦長、ジェイド・ロスだ》
低く落ち着いた声が横浜基地司令部へ響き、その場の全員はまず“言語が通じた”ことに安堵する。
ESP能力による強制的精神感応を主手段にせず済んだことは大きく、特にその負担を知る夕呼たちは僅かに表情を緩めた。
だが次の瞬間。
「...地球、連合軍?」
誰かの呟きによって空気が変わる。
“地球連合軍”という名称は、この世界には存在しない。
さらに、“宇宙戦艦”という単語を当然のように口にした事実が、オペレーターたちの顔色を変えた。
人類は未だ恒常的宇宙艦隊など保有しておらず、オルタネイティヴ5ですら宇宙移民船建造が限界だったのだ。
夕呼は静かにマイクを取る。
『...こちら、日本帝国横浜基地所属、香月夕呼博士です』
『所属、および現在状況の詳細説明を要求します』
短い沈黙。
やがて通信の向こうから、困惑を滲ませた声が返ってきた。
《……日本帝国?》
今度は横浜基地側が顔を見合わせる。
《失礼。しかし、“日本帝国”という国家は、我々の知る歴史には既に存在していない》
「は?」
武が間の抜けた声を漏らす。
《こちらの記録に存在するのは、“日本共和国”だ》
その言葉に武の背筋へ冷たいものが走った。
通信の向こうでもざわめきが広がる。
《提督、識別データ不一致》
《使用言語は同系統ですが、国家体系が異なります》
《軍用暗号規格も完全不一致》
副官らしき人物の報告を聞いた後、ジェイドは静かに口を開く。
《……確認する。現在時刻と西暦を教えてほしい》
『西暦2004年1月13日』
通信の向こう側が静まり返った。
《……こちらの記録では、現在はM.C.0065年だ》
聞き慣れない年号。
武が夕呼を見ると、彼女は科学者として何かを掴み始めたように目を細めていた。
『...なるほどね。次元空間歪曲...ただの空間断層じゃなかったってわけだ』
『せ、先生...』
夕呼はモニターを睨んだまま告げる。
『連中――
『俺と、同じ...』
武は呆然と呟いた。
別世界から来た存在。
それは、自分だけの特異現象ではなかったのかもしれない。
『ジェイド・ロス艦長』
《聞いている》
夕呼は思考を巡らせながら続ける。
『単刀直入に言います。こちらの世界は現在、“BETA”という生命体によって追い詰められています』
『人類の生存圏は大幅に縮小。各地戦線も崩壊寸前です』
ジェイドは無言のまま続きを促した。
『そして今、佐渡島ハイヴから大規模BETA群が南下を開始している』
『この横浜基地にも、いずれ到達するでしょう』
夕呼は一度言葉を切る。
『正直に言えば、現在戦力だけで被害を完全に抑え切れる保証はありません』
それは、人類の弱さを曝け出す言葉だった。
だが夕呼は迷わない。
『だから提案をします』
《提案?》
『情報交換と相互協力です』
夕呼の瞳が鋭く細められる。
『あなた達は、この世界について何も知らない』
『加えて、転移の影響で少なからぬ損害を受けているはずです』
その言葉に通信の向こうで僅かなざわめきが起きた。
夕呼は構わず続ける。
『このままでは、あなた達は孤立したまま宇宙を彷徨うことになる』
『だから、こちらの防衛戦に協力して』
『その代わり、私たちは物資と情報を提供します』
次元断層発生時の観測データ、通信越しの喧騒、ジェイドの軍服から覗く包帯。
夕呼はそれらから艦隊損害を半ばハッタリ同然に推測していた。
《提督、危険です》
《敵対の可能性も――》
副官らしき人物の進言を、ジェイドは静かに制する。
《...香月博士》
『何でしょう?』
《貴官らは、我々を“敵”とは見なさないのか?》
その問いに、夕呼はふっと鼻で笑った。
『宇宙戦艦を持ち込んだ異世界人なんて、本来なら即座に解剖対象よ』
「先生!?」
武が叫ぶが、夕呼は平然と続ける。
『でも今の人類に、そんな余裕は無いの』
『敵が増えるより、利用できる味方が増える方がマシよ』
通信越しに、低く疲れた男の笑い声が漏れた。
《合理的だな》
『褒め言葉として受け取っておくわ』
短い沈黙。
やがて――
《了解した》
ジェイドの声がはっきりと響く。
《地球連合軍バイド討伐艦隊は、貴官らとの限定的協力体制構築を承認する》
その瞬間、横浜基地側の空気が僅かに変わった。
安堵。驚愕。そして、希望。
武は深く息を吐く。
少なくとも、“敵”ではなかった。
《こちらは現在、木星宙域付近に位置している》
《艦隊損傷の影響で大規模跳躍は不可能。通常航行で地球圏へ向かう》
『到着時間は?』
数秒後、返答が来る。
《最短で――一日だ》
『一日!?』
損傷状態にもかかわらず、木星圏から地球までたった一日。
その異常な航行性能に、司令部全員が驚愕した。
《本来なら六時間で到達可能だが、現在加速すれば航行不能となる危険性がある》
『十分ですわ』
夕呼が静かに答えた、その時だった。
通信室の隅で待機していた社霞の肩が、小さく震える。
「...来る」
次の瞬間、基地全域へ警報が鳴り響いた。
《緊急警報!! 横浜基地西方地下より大規模BETA群反応!!》
《地下震動急速接近!!》
オペレーターたちが一斉にコンソールへ飛びつき、表示された戦術マップを見た瞬間、その場の全員の表情が強張る。
BETA群は地下へ巨大トンネルを掘削し、防衛線を迂回して横浜基地地下へ直接侵攻してきていたのだ。
「────奇襲!?」
基地全体が激しく揺れ、照明が明滅する。
《第一西防衛ライン崩壊!!》
《BETA群、第二防衛ライン接近!》
《光線級照射来ます!!》
悲鳴のような報告が飛び交う中、武は歯を食いしばる。
こうして、地獄の横浜基地防衛戦が幕を開けた。
この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
描写を書いていると、つい長くなってしまい、毎回なかなか苦戦しています...。
ちなみに、途中で言及されていた早期警戒機【ゴースト・タッチ】は私の創作した架空機体です(スペックは後の話で)。
次回からはいよいよ戦闘パートに入る予定です(うまく書けるといいのですが...!)。
もし
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。