Muv-Luv OPERATION:LAST KISS 作:ババンババンバン
まさか、異世界に来てまで“化物退治”を続けることになるとは思わなかった。
正直に言えば、我々にこの世界の地球を守る義理はない。
我々は既に恒常的な宇宙航行技術を有している。
その気になれば、地球圏を捨て、別の宙域へ去ることもできるだろう。
だが、姿形が違おうと、歩んできた歴史が異なろうと地球は地球だ。
そこに生きる人々もまた、“人類”であることに変わりはない。
そして何より、我々は、人類を守るために戦ってきた。
愛する故郷である地球を、バイドの魔の手から救うために。
ならば、その地球で誰かが助けを求めているのなら、手を差し伸べるのが我々の役目だ。
AD.2004.01.13
【日本帝国/横浜基地・第二西防衛ライン】
「あ゛あああああっ!! 痛い! 痛いぃっ!!」
「大尉ぃぃ!! 俺の腕がぁぁぁ!!」
「やめろ...! 来るな、この化物どもぉっ!!」
怒号。
悲鳴。
断末魔。
横浜基地を守る第二西防衛ラインは、既に地獄と化していた。
陣地の至る所に、BETAと人類双方の死骸が転がっている。
地下からの奇襲。
それは、現在の人類科学では完全に防ぎようのない攻撃だった。
突如として地下を掘り進めてきたBETA群によって、第一防衛ラインは瞬く間に崩壊。
迎撃準備すら整わぬまま、多くの兵士たちが喰い殺されていった。
さらに、第二防衛ラインも万全とは程遠い。
防御陣地は未完成。火器配置も不十分。
加えて、度重なる戦争によって人的資源は疲弊し切っていた。
前線へ投入されている衛士や歩兵の多くは、実戦経験の浅い新兵たちである。
本来なら、とっくに戦線は瓦解していてもおかしくない。
それでもなお、彼らが万を超えるBETAの群れを押し留めていられる理由。
それは自棄や怒り。恐怖と希望。
そんな、人間が持つ複雑な感情によって、自らを無理矢理奮い立たせているからに他ならなかった。
「来るぞ、撃てぇぇぇぇッ!!」
戦車級の群れが土煙を巻き上げながら防衛ラインへ殺到する。
それに対し、要塞砲と機関砲が火を吹いた。
轟音を鳴らしながら、着弾した砲弾がBETAの肉片を周囲へ撒き散らす。
だが、それでも止まらない。
吹き飛ばされ、潰され、焼き払われながらも、BETAは狂ったように前進を続ける。
「駄目です! 数が多すぎる!」
「左翼突破されます!!」
「増援はまだか!?」
「来るわけないだろ! 俺達がその増援なんだよ!!」
混乱は既に限界へ達していた。
歩兵部隊が次々とBETA群に呑み込まれていく。
悲鳴を上げながら引き摺られ、押し潰され、喰い散らかされていく兵士たち。
「む、無理だ...! 勝てるわけ――」
直後
「光線級反応!!」
誰かの叫び。
空を裂くように、無数の閃光が走った。
光線級による一斉照射だ。
「伏せろッ!!」
轟音。
要塞砲陣地が、一瞬で蒸発した。
コンクリートは高熱で融解し、赤熱化する。
そこにいた兵士たちは、悲鳴を上げる暇すらなく消滅した。
彼らの目の前には、数秒前まで仲間だった“何か”が炭化して転がっていた。
既に、人の形すら留めていない。
そして、要塞砲による砲撃支援を失った瞬間、防衛ラインに致命的な穴が開いた。
そこへ巨大な影が、防衛ラインへ飛び込んできた。
「要撃級だぁぁぁ!!」
鋭利な前腕が、戦車を紙細工のように切り裂く。
次々と破壊される車両。吹き飛ばされる兵士たち。
見るも無残な地獄だった。
まさしく、日本滅亡の最前線。
そして――
その地獄へ向けて、一機の戦術機が加速する。
恐怖で動けなくなっていた兵士たちへ襲い掛かろうとしていた要撃級へ、高速機動を活かした長刀の一閃が叩き込まれる。
ギィンッ――!!
硬質の装甲が断ち切られ、要撃級の巨体が真っ二つに裂けた。
直後。
さらに二機の戦術機が跳躍噴射の轟音と共に戦場へ降り立つ。
『ゴブリン1、現着!』
『ゴブリン2・3、現着!』
通信越しに響く若い声。
それを聞いた前線指揮官が目を見開いた。
「お前、白銀少尉か!」
『はい! 横浜基地司令部直轄任務より帰投! 増援二機を伴い、これより防衛ライン支援に入ります!』
武の撃震が着地と同時に跳躍ユニットを逆噴射。
轟音と共に土煙を巻き上げながら、長刀を構える。
『現在時刻二〇〇〇より六時間後、増援到着予定です!』
「なに...!」
前線指揮官の目が見開かれる。
だが次の瞬間。
男は血に濡れた顔のまま怒鳴った。
「聞いたな、お前ら! 増援が来るぞ!」
「それまで耐え凌げ!」
「生き残った奴には、俺のへそくりのバーボンを飲ませてやる!」
「「「了解!!」」」
“増援”。
たったそれだけの言葉。
だが、その一言だけで兵士たちの士気は目に見えて変わった。
絶望しかなかった戦場に、“まだ終わりじゃない”という希望が差し込む。
誰かが笑う。
誰かが吠える。
震えていた手で、再び銃を握り直す。
――
『ゴブリン1! 後方に戦車級!』
『見えてます!』
武は操縦桿を強く握り締めた。
呼吸が速い。
心臓が嫌になるほど脈打っている。
怖くないわけがない。
だが――ここで逃げれば、後ろにいる連中が死ぬ。
「ぉおおおおおおッ!!」
撃震が加速する。
長刀が閃き、先頭の戦車級をまとめて両断。
さらに36mm突撃機関砲を掃射。
砲弾の嵐がBETA群へ叩き込まれ、肉片と体液が周囲へ飛び散った。
「す、すげぇ...!」
歩兵の誰かが呆然と呟く。
だが、武に余裕はなかった。
前述マップ上には、次々と新たなBETA反応が表示されていく。
数が減らない...いや、むしろ増えている。
「クソッ...どこから湧いてきやがる!」
《地下反応多数! まだ掘ってきています!》
《第三坑道から戦車級出現!》
《要塞級反応接近中!!》
管制から怒号のような報告が飛び交う。
その瞬間、地面が大きく揺れた。
「っ!?」
武が視線を向ける。
防衛ライン前方の地面が、まるで爆発したように吹き飛んだ。
土砂が宙を舞う。
そして、その地下から現れたのは――
「要塞級ッ!!」
兵士の絶叫。
巨大な殻を持つ怪物が、土煙の中から姿を現す。
重戦車すら比較にならない圧迫感。
その巨体が前進するたび、大地が軋んだ。
『全車両後退! 後退しろ!!』
武は歯を食いしばった。
「チッ...!」
このまま突破されれば終わる。
第二防衛ラインの後方には、まだ避難しきれていない整備班やオペレーターたちもいる。
『ゴブリン2! 俺が正面抑える! お前らは左右から戦車級を散らせ!』
『了解!』
『了解です少尉!』
二機の撃震が跳躍。
左右へ散開しながら機関砲を掃射する。
武は正面の要塞級へ突撃した。
警告音が鳴り響く。
視界いっぱいに映る巨大な殻。
「うおおおおおおッ!!」
撃震が跳躍ユニットを全開噴射。
加速。
加速。
限界まで加速した勢いのまま、長刀を叩き込む。
『まだだぁぁぁぁッ!!』
皆の叫びが夜を切り裂く。
そしてその頃。
遥か彼方の宇宙では
異世界から来た艦隊が、静かに進路を地球へ向けていた。
◇◇
AD.2004.01.13
【太陽系宙域】
時間は、横浜基地防衛戦勃発直前へと遡る。
通信越しに響く怒号。
慌ただしく飛び交うオペレーターたちの報告。
そして、突如鳴り響いた警報音。
ジェイドは、その騒然とした空気で事態を察した。
「...敵勢力による奇襲ですね?」
低く、冷静な確認。
だが、その声には既に戦場へ立つ者の緊張感が滲んでいた。
通信の向こう側で、僅かな沈黙。
やがて、夕呼が短く答える。
《...その通りです》
《現在、横浜基地西部防衛ラインにてBETA群と交戦中》
《数は不明。ただし、大規模群体反応を確認しています》
通信越しに響く報告。
だが、その声には僅かな焦りが混じっていた。
BETA。
先程まで情報として聞いていた存在が、今まさに人類防衛線へ雪崩れ込んでいる。
「香月博士、可能な限り、敵性体の戦術データをこちらへ送信してください」
「映像、行動傾向、個体分類、弱点、何でも構いません」
ジェイドの声が低くなる。
「敵を知らねば、援護はできない」
《...分かりました。今お送りします》
通信室の空気が僅かに変わる。
夕呼はすぐにオペレーターへ指示を飛ばした。
《BETA種別データを優先圧縮送信》
《光線級交戦記録も添付しなさい》
《了解!》
コンソールを叩く音が響く。
数秒後。
ヘイムダル級艦橋中央モニターへ、大量のBETAの情報ウィンドウが展開される。
乗員たちが息を呑んだ。
「なんだこれは...」
「生体兵器...?」
「地下侵攻能力まで持っているのか」
オペレーターたちの間に動揺が走る。
特に、光線級の映像が流れた瞬間艦橋の空気が凍りついた。
超高出力レーザー。
一瞬で航空戦力を焼き払う悪夢の迎撃能力。
重光線級に至っては、条件次第で100km以上の迎撃が出来る。
「提督」
イングラハムの声が硬い。
「この敵は危険です」
「ああ」
ジェイドは短く答える。
だが、その視線はモニターから逸れなかった。
《以上が現時点で確認されているBETA群です》
夕呼の声。
疲労を押し隠した声だった。
《特に光線級は極めて危険です》
《航空機はもちろん、宇宙空間の目標に対しても条件次第で攻撃可能》
《まともに接近すれば、まず撃ち落とされると思ってください》
その警告に、艦橋内が静まり返る。
しかし。
ジェイドは小さく息を吐いただけだった。
「なるほど」
静かな声。
だが、その目は既に戦術を組み立て始めている。
「イングラハム」
「はっ」
「全艦へ通達」
ジェイドは静かに立ち上がる。
「本艦隊はこれより、対BETA戦を想定した戦闘態勢へ移行する」
「敵性体データを全搭乗員へ共有」
「各機、レーザー迎撃対策を最優先で再構築しろ」
そして、一拍置いて告げた。
「――全艦、最大戦速」
艦橋の空気が凍りつく。
「提督! それでは推力機関への負荷が限界を超えます!」
「現在の艦隊状態では危険です!」
だが、ジェイドは迷わなかった。
「遅くなればなるほど、犠牲が増える」
低く。
だが、確固たる意志を込めた声。
「国が滅びようとしている状況で、どうして悠長に進める」
「救える命があるのなら、我々は前へ出るべきだ」
イングラハムは数秒だけ押し黙り、やがて静かに敬礼した。
「...了解」
「全艦へ通達。推力機関出力を限界値まで上昇」
「対ショック固定完了後、最大戦速へ移行します」
オペレーターたちが一斉に動き始める。
警告灯。
駆動音。
艦全体へ振動が走った。
ジェイドは通信モニター越しに、夕呼へ視線を向ける。
「香月博士」
《何でしょう?》
「約束通り、援護へ向かいます」
「――必ず、生き延びてください」
僅かな沈黙。
《……ええ》
夕呼は短く答えた。
ジェイドは小さく頷く。
そして、艦橋全体へ向けて叫んだ。
「全艦隊――これより人類防衛戦に介入する!」
「総員、対BETA戦闘準備!」
「最大戦速――発進!!」
次の瞬間
艦隊後部の主推進器が、眩い蒼光を放った。
◇◇
AD.2004.01.14
【日本帝国/横浜基地・最終防衛ライン】
あれから五時間。
夜を跨ぐほどの激戦が続いていた。
白銀たち増援部隊の参戦。
そして、“援軍が来る”という希望。
それらは確かに兵士たちの士気を支え、崩壊寸前だった戦線を数時間に渡って維持することに成功した。
だが――限界だった。
万単位で押し寄せるBETAの物量は、あまりにも圧倒的だった。
第二西防衛ラインは徐々に削られ、食い破られ、ついには完全崩壊。
防衛部隊は甚大な損害を出しながら後退を余儀なくされる。
そして今
生き残った兵士たちは、横浜基地最後の砦――最終防衛ラインへ集結していた。
至る所から黒煙が立ち上り、空気は血と硝煙、そしてBETAの体液の臭いで満ちている。
既に後方という概念は消え失せていた。
ここを抜かれれば、横浜基地は終わる。
「弾薬搬入急げ!」
「負傷者を後ろへ下げろ!」
「要塞砲、残弾確認!」
怒号が飛び交う中、整備兵たちが半壊した戦術機へ必死に補給を行っていた。
その中央。
武の撃震は、片腕を失ったまま立っていた。
装甲は至る所が焼け焦げ、跳躍ユニットも片側の推力が不安定になっている。
『ゴブリン1! 機体損傷率四十七パーセント! これ以上は――』
「まだ動く!」
「まだ戦える!」
『...ッ』
武は乱暴に通信を切った。
呼吸が荒い。
全身が痛む。
何度も死にかけた。
仲間が喰われる瞬間も見た。
叫び声も、肉の潰れる音も、もう嫌というほど聞いた。
それでも!
「まだ、終われねぇんだよォオオオ!」
武は前を見る。
最終防衛ラインの向こう。
暗闇の中で、無数のBETAが蠢いていた。
《地下反応多数!》
《戦車級群接近!》
《要撃級を確認!》
《光線級照射体勢に入ります!》
警報が鳴り響く。
兵士たちの顔が引き攣った。
逃げ場は、もうどこにもない。
武の脳裏に、あの通信が蘇る。
『約束通り、援護へ向かいます』
ジェイド・ロス。
異世界から来た艦隊。
本当に来るのかすら分からない。
だが今は、その言葉だけが唯一の希望だった。
武は長刀を握り直す。
「来いよ...!」
喉が裂けるほど叫ぶ。
「俺を殺せるもんなら、殺してみろ!!」
誰へ向けた言葉なのか、もはや自分でも分からなかった。
BETAか。
この世界へ自分を送り込んだ何者かか。
それとも、この理不尽な運命そのものか。
BETA群が迫る。
地面を埋め尽くすほどの怪物の群れ。
誰もが、“終わり”を覚悟したその瞬間だった。
次の瞬間
BETA群後方に展開していた光線級・重光線級が、突如として虚空から降り注いだ無数の光線に貫かれた。
眩い閃光。
飛来音。
光線級たちの巨体が、体液を撒き散らしながら次々と爆散していく。
「...は?」
武だけではない。
最終防衛ラインにいた全兵士が、その光景に呆然と立ち尽くした。
光線級が、一方的に撃ち抜かれている。
しかも、攻撃元が見えない。
その直後────
全周波数帯へ強制通信が割り込んだ。
『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』
低く機械的な声。
だが、その声音は不思議なほど落ち着いていた。
『地上に展開する全兵士へ告ぐ』
『これより広域砲撃支援を実施する』
『現在送信中の砲撃ポイント図を確認し、直ちに射線上から退避せよ』
『繰り返す。直ちに射線上から退避せよ』
武のモニターへ、見慣れないフォーマットの戦術マップが展開される。
そこに表示されていたのは――
BETA群のど真ん中へ叩き込まれる、無数の砲撃予測地点だった。
「っ...!」
武が息を呑む。
次の瞬間。
前線指揮官が怒鳴った。
「りょ、了解!!」
「全体後退!! 射線上から退避しろぉぉぉッ!!」
「急げ急げぇ!!」
「車両後退! 負傷者を引っ張れ!」
「射線上から離れろ!!」
最終防衛ラインが一斉に動き始める。
疲弊しきっていた兵士たちも、本能的に理解していた。
――“何か”が来る。
武も撃震を反転させ、全力で後退する。
その最中
夜空を見上げた誰かが、震える声を漏らした。
「...おい」
「なんだ、あれ...!」
空。
遥か上空。
雲の向こう側に、巨大な“光”が浮かび上がっていた。
まるで第二の月。
あるいは、神の目。
青白い閃光が幾筋も収束し、一点へ集まっていく。
空気が震え、大地が唸る。
そして――
『陽電子反応、収束臨界到達』
『発射シークエンス開始』
通信越しに、冷静なオペレーターの声が響いた。
武の背筋を冷たいものが走る。
『砲撃開始』
次の瞬間、夜が消し飛んだ。
極太の蒼白い奔流が天から降り注ぐ。
ただ純粋な破壊の光。
それは一直線に地表へ叩き込まれ――
光に呑まれたBETA群が、蒸発し消えていく。
音は、遅れてやって来た。
世界そのものが裂けたかのような轟音。
衝撃波が大地を薙ぎ払う。
武の撃震すら吹き飛ばされかけた。
「ぐぅッ!?」
コックピットが激しく揺れる。
戦車級も。
要撃級も。
突撃級も。
要塞級すら。
触れた瞬間、存在そのものが掻き消えていく。
数万単位で押し寄せていたBETA群が、一瞬で“空白地帯”へと変わっていった。
地面が抉れ、土砂が融解する。
高熱で大気が歪み、夜空すら白く染まった。
兵士たちは誰一人として声を出せなかった。
ただ立ち尽くしていた。
自分たちが今、何を見せられているのか理解できずに。
やがて、通信回線が再び開く。
《こちら地球連合軍バイド討伐艦隊》
《横浜基地防衛ライン上空へ到達した》
低く、静かな声。
ジェイド・ロスだった。
《これより横浜基地防衛戦へ介入する》
一拍置き。
どこか僅かに笑みを含んだ声音で、彼は続ける。
《なお、私はバーボンよりもホップの効いたビールが好みでね》
《もしへそくりにビールがあるなら、ぜひ奢ってほしい》
一瞬。
誰もが呆然とした。
そして次の瞬間――
「...はははは」
誰かが吹き出した。
それを皮切りに、前線のあちこちで笑い声が漏れ始める。
乾き切った、だが確かな笑いだった。
絶望しかなかった戦場に。
ようやく、“援軍”が到着したのだ。
笑い声は、すぐに怒号へと変わった。
「ぼさっとすんな! まだ終わってねぇぞ!!」
「歩兵隊、前進準備!」
「戦術機部隊は砲撃跡地の残存BETA掃討へ移れ!」
絶望寸前だった最終防衛ラインが、一気に息を吹き返す。
武も乱れた呼吸を整えながら、空を見上げた。
雲海の向こう。
そこには、巨大な影があった。
月明かりを遮るほどの鋼鉄の艦影。
人類の常識を遥かに超えた巨大戦艦群が、ゆっくりと大気圏上層を航行している。
その圧巻さには思わずため息すら出るほどだ。
その艦隊は、まるで空そのものを支配していた。
艦体各所から青白い推進光が噴き出し、周囲には無数の艦載機が展開している。
それらは地球製航空機とはまるで異なる形状だった。
鋭角的で、生物じみた不気味さすら感じさせる機影。
『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』
『地下坑道出口より、新たなBETA群反応を検知』
『推定数、およそ七千』
『ウォー・ヘッド隊カウボーイへ通達。BETA出現口を破壊せよ』
即座に、陽気な男の声が返ってくる。
『了解! ウォー・ヘッド隊カウボーイ1から5!』
『害虫駆除のご依頼だ。派手に行くぞ!』
高速飛行していた数機が編隊を崩し、凄まじい速度で地下坑道出口へ向かう。
その出現口では、なおも数千単位のBETAが地中から吐き出され続けていた。
まるで地獄そのものが溢れ出しているかのような光景。
『...すげぇ物量だ』
カウボーイ2が呆れたように呟く。
『こりゃあ戦線が崩壊するわけだぜ』
『ぼやくな。今から俺たちが止める』
カウボーイ1が短く返す。
『各機、波動砲チャージ開始』
『パトロクロス隊ガーゴイル、対空援護と露払いを頼む』
『了解した』
低い通信と共に、後方を飛行していたパトロクロス部隊が前進する。
両腕部兵装が展開。
次の瞬間。
無数の光弾が雨のように降り注ぎ、出現口周辺のBETA群を次々と吹き飛ばした。
さらに、出現口から新たに湧き出し、ウォー・ヘッド隊へ光線照射を行おうとした光線級へ、パトロクロスが凄まじい速度で肉薄。
振るわれたビームソードが閃き、光線級の巨体を一瞬で細切れにしていく。
『チャージ完了! 射線からどきな! 一緒にBBQにしちまうぜ!』
『了解。ガーゴイル各機、射線上より離脱する』
低い通信の後ガーゴイル各機は素早く退避。
『全機、撃てぇッ!!』
瞬間、五条の光が解き放たれた。
それは砲撃というより、“災害”だった。
極太の奔流が地表を抉りながら突き進む。
BETA群が触れた端から消滅。
地面ごと蒸発し、地下坑道そのものが崩壊していく。
地下から這い出ようとしていたBETA群が、土砂と高熱に呑まれて消えていった。
『着弾確認』
『地下反応急減』
『BETA出現口、完全沈黙』
メジェド1の冷静な報告。
その言葉と同時に、最終防衛ラインの各所から歓声が上がった。
「止まった...!」
「BETAの湧出が止まったぞ!!」
「うぉおおおおおッ!!」
誰かが叫び、誰かが泣いていた。
この地獄のような戦場で。
その一方で
上空のウォー・ヘッド隊は、なおも煙を上げる大地を見下ろしていた。
『...これでもまだ湧いてくるなら、本当に化物だな』
カウボーイ2が苦笑混じりに呟く。
すると、通信回線へジェイドの低い声が割り込んだ。
《油断するな》
《敵の総数も、生態も、まだ未知数だ》
短い沈黙。
そして
《だが――よくやった》
その言葉に、ウォー・ヘッド隊の誰かが小さく笑った。
『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』
淡々としていた通信音声に、僅かな緩みが混じる。
『地下坑道内BETA反応、完全消失を確認』
『周辺及び地表索敵結果を統合』
『横浜基地周辺における大規模BETA群反応の消失を確認した』
一拍置き
『――ミッション終了』
防衛ライン各所から、安堵の息が漏れた。
誰もが疲弊し切っていた。
武も撃震のシートへ深く身体を預ける。
全身が鉛のように重い。
だが、生きている。
周囲を見れば、兵士たちが呆然と空を見上げていた。
そして――夜空が、揺らいだ。
皆は目を見開く。
何も存在しなかったはずの空間が、まるで水面のように波打っている。
空間そのものが歪み、光が曲がる。
やがて、“そこに居た”ものが姿を現した。
漆黒の鋼鉄で構成された異形の機体。
細長い機体中央部から伸びる巨大レドーム。
複数のセンサーアイが青白く明滅し、機体各所から淡い燐光が漏れている。
『う、嘘だろ...』
衛士の誰かが震える声を漏らす。
誰も、その戦闘機を“いつからそこにいたのか”理解できなかった。
ゴースト・タッチ。
あの早期警戒機は、ずっと戦場上空に“潜んでいた”のだ。
『亜空間潜航状態解除』
『正常終了確認』
メジェド1の通信が静かに流れる。
すると、メジェド1後方の空間も次々と歪み始め、複数のゴースト・タッチが同じように出現する。
まるで幽霊。
虚空そのものから出現したようにしか見えなかった。
武は乾いた笑みを浮かべる。
「...なんだよ、それ」
「反則だろ...」
だが、その“反則”じみた力に今、自分たちは救われたのだ。
◇◇
AD.2004.01.14
【アメリカ合衆国/ペンタゴン】
薄暗い会議室。
巨大モニターには、日本列島と極東戦線の戦況図が映し出されていた。
モニターの片隅には、“所属不明宇宙艦隊”の文字。
「...日本に潜伏させた工作員からの報告は以上か?」
米国統合参謀本部議長が低く問う。
オペレーターが頷いた。
「はい」
「横浜基地上空に未確認飛行戦力が出現」
「BETA群へ極めて高威力の攻撃を実施したとのことです」
会議室の空気が冷え込む。
誰も即座には口を開かなかった。
「ふざけている」
別の男が腕を組みながら続ける。
「正体不明の超技術武装勢力など、BETA以上の脅威になり得る」
その言葉に、会議室の何人かが頷いた。
だが、別のモニターへ映し出された映像が、空気を変える。
横浜基地周辺。
そこに映っていたのは――
“蒸発したBETA群”だった。
衛星映像ですら解析不能な高熱反応。
数万単位のBETA群が、一撃で消失している。
「...」
沈黙。
やがて、統合参謀本部議長が静かに言った。
「どのみち、佐渡島ハイヴを放置する選択肢はない」
「極東戦線が完全崩壊すれば、ユーラシア戦線全体へ影響が波及する」
男は机へ指を組む。
「確認する」
「G弾使用による周辺被害予測は」
即座にデータが表示された。
「二発で佐渡島ハイヴ地上構造物の大半を消滅可能」
「三発投入なら地下深部への打撃も期待できます」
「ただし、日本本土沿岸部への重力震被害が発生する可能性あり」
「許容範囲だ」
即答だった。
誰も反論しない。
既に、通常戦力のみでハイヴを止められる段階ではない。
一拍。
「戦略兵器使用権限を承認する」
同時刻。
【アメリカ合衆国/アラスカ州・G弾戦略航空基地】
重々しい警報が基地内へ響き渡る。
地下格納庫。
そこには、人類史上最悪の兵器が鎮座していた。
G弾。
重力制御理論を応用した、対BETA用戦略兵器。
あらゆる物理法則を捻じ曲げ、着弾地点一帯を消滅させる禁忌の兵器。
「発射シークエンス開始」
整備員たちが慌ただしく動き回る。
巨大輸送機へ搭載される三発のG弾。
その異様な黒い弾頭を見上げ、一人の兵士が小さく呟いた。
「...神よ」
やがて、夜空へ三機の超高高度戦略爆撃機が飛び立つ。
その進路はただ一つ。
――佐渡島ハイヴへ。
この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
改めて光線級のスペックを見返してみると、その性能があまりにもチート級で「あんなものを相手にしていたのか...」と、人類側の絶望感を再認識しちゃいました。
もし
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
◇◇
早期警戒機 R-E2A【ゴースト・タッチ】
ゴースト・タッチは、地球連合軍が運用する超長距離早期警戒機である。
超広域索敵、電子戦、通信中継、亜空間潜航監視を単機で担うことが可能であり、艦隊の“目”そのものと言える存在だ。
本機は、同系統機である早期警戒機 R-E1【ミッドナイト・アイ】の発展強化型にあたり、特に索敵性能と機動速度が大幅に向上している。
中でも特筆すべきは、短時間であれば“亜空間潜航状態のまま攻撃行動を行える”という点である。
通常、亜空間潜航中は各種干渉の問題から攻撃行為が困難とされているが、ゴースト・タッチは限定的ながらそれを可能としている。
一方で、本機は極めて高度かつ複雑なシステム構成を採用しているため、その莫大な開発・運用コストが要因となり、配備数も極めて少ない。
異常とも言える索敵・攻撃能力から、“
という戦場での特性から、【ゴースト・タッチ】の名を与えられた。
搭載武装:
光子バルカン×1門
本来は自衛目的の装備だが、出力調整によっては軽装甲目標に対して高い制圧力を発揮する。