Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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ジェイド・ロスの航海日誌より

まさか、異世界に来てまで“化物退治”を続けることになるとは思わなかった。
正直に言えば、我々にこの世界の地球を守る義理はない。
我々は既に恒常的な宇宙航行技術を有している。
その気になれば、地球圏を捨て、別の宙域へ去ることもできるだろう。
だが、姿形が違おうと、歩んできた歴史が異なろうと地球は地球だ。
そこに生きる人々もまた、“人類”であることに変わりはない。
そして何より、我々は、人類を守るために戦ってきた。
愛する故郷である地球を、バイドの魔の手から救うために。
ならば、その地球で誰かが助けを求めているのなら、手を差し伸べるのが我々の役目だ。


希望に縋って

AD.2004.01.13

【日本帝国/横浜基地・第二西防衛ライン】

 

「あ゛あああああっ!! 痛い! 痛いぃっ!!」

「大尉ぃぃ!! 俺の腕がぁぁぁ!!」

「やめろ……! 来るな、この化物どもぉっ!!」

 

怒号、悲鳴、断末魔。

それらが絶え間なく入り混じりながら響き渡る中、横浜基地を守る第二西防衛ラインは既に戦場などという生易しい言葉では表現できない地獄へと変貌していた。

陣地の至る所には、人類とBETAの区別もつかぬほど損壊した死骸が無数に転がり、焼け焦げた土と血の臭いが充満する戦場では、生者よりも死者の方が多いのではないかと錯覚するほど凄惨な光景が広がっている。

地下からの奇襲。

現在の人類科学では完全な探知も迎撃も不可能なその攻撃によって、地下を掘り進めてきたBETA群は突如として第一防衛ラインの足元から出現し、迎撃準備すら整っていなかった守備部隊を蹂躙すると、わずか数十分の内に防衛線そのものを崩壊へ追い込んでしまったのである。

当然、その後方に構築されていた第二西防衛ラインも万全とは程遠かった。

本来ならば第一防衛ラインの崩壊を前提としていない以上、防御陣地の多くは未完成のままであり、火器配置も十分ではなく、さらには度重なる戦争による人的資源の消耗によって前線へ投入されている衛士や歩兵の大半は実戦経験に乏しい新兵たちで占められていた。

本来であれば、このような状況で万を超えるBETAの群れに襲われれば戦線など瞬く間に崩壊していても不思議ではなく、むしろ今なお持ち堪えていること自体が奇跡と言える有様だった。

それでもなお兵士たちが戦い続けているのは、決して勝算があるからではなく、自棄や怒り、恐怖や焦燥、そしてほんの僅かな希望といった感情を無理矢理燃料として心を奮い立たせているからに他ならなかった。

 

「来るぞ、撃てぇぇぇぇッ!!」

 

戦車級の群れが土煙を巻き上げながら防衛ラインへ殺到する。

誰かの絶叫にも似た号令と同時に、土煙を巻き上げながら押し寄せる戦車級の大群へ向けて要塞砲と機関砲が一斉に火を吹き、耳をつんざく轟音と共に放たれた無数の砲弾が着弾地点のBETAを吹き飛ばして肉片と体液を撒き散らしていく。

だが、それでも止まらない。

吹き飛ばされようと、押し潰されようと、焼き払われようと、BETAたちはまるで死という概念そのものを持たないかのように前進を続け、その異様な光景は兵士たちの精神を少しずつ、だが確実に削り取っていった。

 

「駄目です! 数が多すぎる!」

「左翼突破されます!!」

「増援はまだか!?」

「来るわけないだろ! 俺達がその増援なんだよ!!」

 

怒号と悲鳴が飛び交う中、混乱は既に限界へ達しており、防衛ライン各所では歩兵部隊が次々とBETAの群れへ呑み込まれ、悲鳴を上げながら引き摺られ、踏み潰され、喰い散らかされていくという悪夢のような光景が広がっていた。

 

「む、無理だ...! 勝てるわけ――」

 

その直後だった。

 

「光線級反応!!」

 

誰かの絶叫にも似た警告が戦場へ響き渡った瞬間、夜空を引き裂くように無数の閃光が走り、防衛ラインの上空を白く染め上げながら光線級による一斉照射が開始される。

 

「伏せろォォォッ!!」

 

しかし、その警告はあまりにも遅かった。

次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に要塞砲陣地へ複数のレーザーが直撃し、厚い装甲とコンクリートによって守られていたはずの陣地は抵抗する間もなく蒸発。

超高熱によって融解したコンクリートは真っ赤に赤熱しながら流れ落ち、そこにいた兵士たちは悲鳴を上げる暇すら与えられないまま光の中へ消え去った。

生き残った者たちの目の前に残されたのは、ほんの数秒前まで共に戦っていた仲間だった“何か”だけであり、それは既に炭化して黒く崩れた塊となっていて、もはや人間だった面影すら残していなかった。

そして、人類側最大の火力支援であった要塞砲陣地が失われたことで、防衛ラインには決定的とも言える穴が穿たれ、その隙を見逃すほどBETAは愚かではない。

土煙を巻き上げながら、その突破口へ巨大な影が突入する。

 

「要撃級だぁぁぁぁ!!」

 

兵士の悲鳴混じりの叫びが響く中、鋭利な前腕を振り上げた要撃級が防衛ラインへ躍り込み、その一撃で戦車を紙細工のように切り裂くと、次々と車両を破壊しながら周囲の兵士たちを吹き飛ばしていく。

砲火に照らされたその光景は、もはや戦場というより災害だった。

いや、災害ですらない。

そこにあったのは、人類を滅ぼすためだけに存在する異星生命体による一方的な虐殺であり、まさしく日本滅亡の最前線そのものだった。

そして――

その地獄へ向けて、一機の戦術機が猛然と加速する。

恐怖によって動けなくなっていた兵士たちへ襲い掛かろうとしていた要撃級へ向けて、超低空から接近した機体が高速機動の勢いをそのまま乗せた長刀の一撃を叩き込んだ。

 

ギィィィンッ――!!

 

金属が悲鳴を上げるような衝撃音が響き渡り、硬質な装甲に覆われた要撃級の前腕ごと胴体が斬り裂かれると、その巨体は慣性のまま数十メートル滑走した末に真っ二つとなって崩れ落ちる。

あまりにも鮮烈な一撃だった。

そして、夜空からさらに二機の戦術機が跳躍噴射の轟音を響かせながら戦場へ降下し、まるで崩壊寸前の防衛ラインへ割って入るように着地した。

 

『ゴブリン1、現着!』

『ゴブリン2、ゴブリン3、現着!』

 

通信越しに響いた若い声を耳にした瞬間、前線指揮官の表情が驚愕に染まる。

 

「お前...白銀少尉か!?」

『はい! 横浜基地司令部直轄任務より帰投! 増援二機を伴い、これより防衛ライン支援に入ります!』

 

武の駆る撃震は着地と同時に跳躍ユニットを逆噴射し、轟音と土煙を巻き上げながら長刀を構えると、その姿はまるで崩壊しかけた戦線へ差し込んだ最後の希望のように兵士たちの目へ映った。

そして武は次の瞬間、戦況報告と共に前線へ一つの情報を叩き込む。

 

『現在時刻二〇〇〇! 六時間後に増援部隊到着予定です!』

「なに...!?」

 

"六時間"、その言葉を聞いた前線指揮官の目が大きく見開かれた。

だが、決して短い時間ではない。

この絶望的な戦場において“増援が来る”という事実は、それだけで死にかけていた兵士たちの心へ再び火を灯すには十分すぎる希望だった。

次の瞬間、男は血に濡れた顔のまま怒鳴った。

 

「聞いたな、お前ら! 増援が来るぞ!」

「それまで耐え凌げ!」

「生き残った奴には、俺のへそくりのバーボンを飲ませてやる!」

「「「了解!!」」」

 

“増援”、たったそれだけの言葉、その一言だけで兵士たちの士気は目に見えて変わった。

絶望しかなかった戦場に、“まだ終わりじゃない”という希望が差し込む。

誰かが笑う。

誰かが吠える。

震えていた手で、再び銃を握り直す。

 

――人類(俺たち)は、まだ戦える。

 

『ゴブリン1! 後方に戦車級!』

『見えてる!』

 

武は操縦桿を強く握り締めた。

呼吸が速い。

心臓が嫌になるほど脈打っている。

怖くないわけがない。

だが――ここで逃げれば、後ろにいる連中が死ぬ。

 

「ぉおおおおおおッ!!」

 

撃震が加速する。

長刀が閃き、先頭の戦車級をまとめて両断。

さらに36mm突撃機関砲を掃射。

砲弾の嵐がBETA群へ叩き込まれ、肉片と体液が周囲へ飛び散った。

 

「す、すげぇ...!」

 

歩兵の誰かが呆然と呟く。

だが、武に余裕はなかった。

前述マップ上には、次々と新たなBETA反応が表示されていく。

数が減らない...いや、むしろ増えている。

 

「クソッ...どこから湧いてきやがる!」

《地下反応多数! まだ掘ってきています!》

《第三坑道から戦車級出現!》

《要塞級反応接近中!!》

 

管制から怒号のような報告が飛び交う。

その瞬間、地面が大きく揺れた。

 

「っ!?」

 

武が視線を向ける。

防衛ライン前方の地面が、まるで爆発したように吹き飛んだ。

土砂が宙を舞う。

そして、その地下から現れたのは――

 

「要塞級ッ!!」

 

兵士の絶叫。

巨大な殻を持つ怪物が、土煙の中から姿を現す。

重戦車すら比較にならない圧迫感。

その巨体が前進するたび、大地が軋んだ。

 

『全車両後退! 後退しろ!!』

 

武は歯を食いしばった。

 

「チッ...!」

 

このまま突破されれば終わる。

第二防衛ラインの後方には、まだ避難しきれていない整備班やオペレーターたちもいる。

 

『ゴブリン2! 俺が正面抑える! お前らは左右から戦車級を散らせ!』

『了解!』

『了解です少尉!』

 

二機の撃震が跳躍。

左右へ散開しながら機関砲を掃射する。

武は正面の要塞級へ突撃した。

警告音が鳴り響く。

視界いっぱいに映る巨大な殻。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

撃震が跳躍ユニットを全開噴射。

加速。

加速。

限界まで加速した勢いのまま、長刀を叩き込む。

 

『まだだぁぁぁぁッ!!』

 

皆の叫びが夜を切り裂く。

そしてその頃、遥か彼方の宇宙では、異世界から来た艦隊が静かに進路を地球へ向けていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

AD.2004.01.13

【太陽系宙域】

 

時間は、横浜基地防衛戦が勃発する直前へと遡る。

通信回線からは怒号にも似た指示が絶え間なく響き渡り、オペレーターたちが慌ただしく情報を整理しながら次々と報告を飛ばしているのが聞こえた。

長年戦場を渡り歩いてきた彼の経験は、その異常な空気だけで事態の深刻さを理解する。

 

「...敵勢力による奇襲ですね?」

《...その通りです》

《現在、横浜基地西部防衛ラインにてBETA群と交戦中》

《数は不明。ただし、大規模群体反応を確認しています》

 

先程まで情報として聞いていた存在が、今まさに人類防衛線へ雪崩れ込んでいる。

 

「香月博士、可能な限り、敵性体の戦術データをこちらへ送信してください」

「映像、行動傾向、個体分類、弱点、何でも構いません」

 

ジェイドの声が低くなる。

 

「敵を知らねば、援護はできない」

《...分かりました。今お送りします》

 

通信室の空気が僅かに変わる。

夕呼はすぐにオペレーターへ指示を飛ばした。

 

《BETA種別データを優先圧縮送信》

《光線級交戦記録も添付しなさい》

《了解!》

 

コンソールを叩く音が響く。

数秒後、ヘイムダル級艦橋中央モニターへ、大量のBETAの情報ウィンドウが展開される。

 

乗員たちが息を呑んだ。

 

「なんだこれは...」

「生体兵器...?」

「地下侵攻能力まで持っているのか」

 

オペレーターたちの間に動揺が走る。

特に、光線級の映像が流れた瞬間艦橋の空気が凍りついた。

超高出力レーザー。

それは、人類が誇る航空戦力を一瞬で焼き払う、まさに悪夢と呼ぶべき迎撃能力だった。

通常の光線級ですら航空機にとって致命的な脅威であるにもかかわらず、重光線級に至ってはその危険性は比較にならない。

発射条件さえ整えば、100km以上離れた目標に対しても正確な照射を行うことが可能であり、その圧倒的な射程と威力によって、人類は長らく航空優勢という概念そのものを奪われ続けてきたのである。

 

「提督」

 

イングラハムの声が硬い。

 

「この敵は危険です」

「ああ」

 

ジェイドは短く答える。

だが、その視線はモニターから逸れなかった。

 

《以上が現時点で確認されているBETA群です》

 

疲労を押し隠した声だった。

 

《特に光線級は極めて危険です》

《航空機はもちろん、宇宙空間の目標に対しても条件次第で攻撃可能》

《まともに接近すれば、まず撃ち落とされると思ってください》

「...なるほど」

「イングラハム」

「はっ」

「全艦へ通達」

 

ジェイドは静かに立ち上がる。

 

「本艦隊はこれより、対BETA戦を想定した戦闘態勢へ移行する」

「敵性体データを全搭乗員へ共有」

「各機、レーザー迎撃対策を最優先で再構築しろ」

そして、一拍置いて告げた。

「――全艦、最大戦速」

 

艦橋の空気が凍りつく。

 

「提督! それでは推力機関への負荷が限界を超えます!」

「現在の艦隊状態では危険です!」

 

だが、ジェイドは迷わなかった。

 

「遅くなればなるほど、犠牲が増える」

「国が滅びようとしている状況で、どうして悠長に進める」

「救える命があるのなら、我々は前へ出るべきだ」

 

イングラハムは数秒だけ押し黙り、やがて静かに敬礼した。

 

「...了解」

「全艦へ通達。推力機関出力を限界値まで上昇」

「対ショック固定完了後、最大戦速へ移行します」

 

オペレーターたちが一斉に動き始める。

ジェイドは通信モニター越しに、夕呼へ視線を向ける。

 

「香月博士」

《何でしょう?》

「約束通り、援護へ向かいます」

「――必ず、生き延びてください」

 

僅かな沈黙。

 

《……ええ》

 

夕呼は短く答えた。

ジェイドは小さく頷く。

そして、艦橋全体へ向けて叫んだ。

 

「全艦隊――これより人類防衛戦に介入する!」

「総員、対BETA戦闘準備!」

「最大戦速――発進!!」

 

次の瞬間、艦隊後部の主推進器が眩い蒼光を放った。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

AD.2004.01.14

【日本帝国/横浜基地・最終防衛ライン】

 

あれから五時間――夜を跨ぐほどの激戦が続いていた。

白銀たち増援部隊の参戦、そして「援軍が来る」という希望は確かに兵士たちの士気を支え、崩壊寸前だった戦線を数時間にわたって維持することに成功した。

だが、それでも限界だった。

万単位で押し寄せるBETAの物量はあまりにも圧倒的であり、第二西防衛ラインは徐々に削られ、喰い破られるように後退を重ねた末、ついには完全に崩壊する。

防衛部隊は甚大な損害を出しながら撤退を余儀なくされ、今や生き残った兵士たちは横浜基地最後の砦――最終防衛ラインへと集結していた。

至る所から黒煙が立ち上り、空気は血と硝煙、そしてBETAの体液の臭いで満ちている。

既に後方という概念は消え失せていた。

ここを抜かれれば、横浜基地は終わる。

 

「弾薬搬入急げ!」

「負傷者を後ろへ下げろ!」

「要塞砲、残弾確認!」

 

怒号が飛び交う中、整備兵たちが半壊した戦術機へ必死に補給を行っていた。

その中央。

武の撃震は、片腕を失ったまま立っていた。

装甲は至る所が焼け焦げ、跳躍ユニットも片側の推力が不安定になっている。

 

『ゴブリン1! 機体損傷率四十七パーセント! これ以上は――』

「まだ動く!」

「まだ戦える!」

『...ッ』

 

武は乱暴に通信を切った。

呼吸が荒い。

全身が痛む。

何度も死にかけた。

仲間が喰われる瞬間も見た。

叫び声も、肉の潰れる音も、もう嫌というほど聞いた。

それでも!

 

「まだ、終われねぇんだよォオオオ!」

 

武は前を見る。

最終防衛ラインの向こう。

暗闇の中で、無数のBETAが蠢いていた。

 

《地下反応多数!戦車級群および要撃級の接近を確認!》

《光線級群、照射体勢に入ります!》

 

警報が鳴り響く。

兵士たちの顔が引き攣った。

逃げ場は、もうどこにもない。

武の脳裏に、あの通信が蘇る。

 

『約束通り、援護へ向かいます』

 

ジェイド・ロス。

異世界から来たという艦隊。

それが本当に到着するのか、そもそも間に合うのか、その保証はどこにもなかった。

だが今の兵士たちにとって、その存在は絶望の中で辛うじて掴める唯一の希望だった。

武は荒い呼吸を整えながら、強く長刀を握り直す。

 

「来いよ...!」

 

喉が裂けるほど叫ぶ。

 

「俺を殺せるもんなら、殺してみろ!!」

 

誰へ向けた言葉なのか、もはや自分でも分からなかった。

BETAか。

この世界へ自分を送り込んだ何者かか。

それとも、この理不尽な運命そのものか。

BETA群が迫る。

地面を埋め尽くすほどの怪物の群れ。

誰もが、“終わり”を覚悟したその瞬間だった。

 

次の瞬間、BETA群後方に展開していた光線級・重光線級が、突如として虚空から降り注いだ無数の光線に貫かれた。

眩い閃光。

飛来音。

光線級たちの巨体が、体液を撒き散らしながら次々と爆散していく。

 

「...は?」

 

武だけではない。

最終防衛ラインにいた全兵士が、その光景に呆然と立ち尽くした。

光線級が、一方的に撃ち抜かれている。

しかも、攻撃元が見えない。

その直後───全周波数帯へ強制通信が割り込んだ。

 

『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』

 

低く機械的な声。

だが、その声音は不思議なほど落ち着いていた。

 

『地上に展開する全兵士へ告ぐ』

『これより広域砲撃支援を実施する』

『現在送信中の砲撃ポイント図を確認し、直ちに射線上から退避せよ』

『繰り返す。直ちに射線上から退避せよ』

 

武のモニターへ、見慣れないフォーマットの戦術マップが展開される。

そこに表示されていたのは――

BETA群のど真ん中へ叩き込まれる、無数の砲撃予測地点だった。

これを見た前線指揮官が怒鳴る。

 

「りょ、了解!!」

「全体後退!! 射線上から退避しろぉぉぉッ!!」

「急げ急げぇ!!」

「車両後退! 負傷者を引っ張れ!」

「射線上から離れろ!!」

 

最終防衛ラインが一斉に動き始める。

疲弊しきっていた兵士たちも、本能的に理解していた。

――“何か”が来る。

武も撃震を反転させ、全力で後退する。

その最中、夜空を見上げた誰かが、震える声を漏らした。

 

「...おいなんだ、あれ...!」

 

遥か上空、雲の向こう側に、巨大な“光”が浮かび上がっていた。

まるで第二の月。

あるいは、神の目。

青白い閃光が幾筋も収束し、一点へ集まっていく。

空気が震え、大地が唸る。

そして――

 

『陽電子反応、収束臨界到達』

『発射シークエンス開始』

 

通信越しに、冷静なオペレーターの声が響いた。

武の背筋を冷たいものが走る。

 

『砲撃開始』

 

次の瞬間、夜が消し飛んだ。

極太の蒼白い奔流が天から降り注ぐ。

ただ純粋な破壊の光。

それは一直線に地表へ叩き込まれ――

光に呑まれたBETA群が、蒸発し消えていく。

音は、遅れてやって来た。

世界そのものが裂けたかのような轟音。

衝撃波が大地を薙ぎ払う。

武の撃震すら吹き飛ばされかけた。

 

「ぐぅッ!?」

 

コックピットが激しく揺れる。

戦車級も。

要撃級も。

突撃級も。

要塞級すら。

触れた瞬間、存在そのものが掻き消えていく。

数万単位で押し寄せていたBETA群が、一瞬で“空白地帯”へと変わっていった。

地面が抉れ、土砂が融解する。

高熱で大気が歪み、夜空すら白く染まった。

兵士たちは誰一人として声を出せなかった。

ただ立ち尽くしていた。

自分たちが今、何を見せられているのか理解できずに。

やがて、通信回線が再び開く。

 

《こちら地球連合軍バイド討伐艦隊》

《横浜基地防衛ライン上空へ到達した》

 

低く、静かな声。

ジェイド・ロスだった。

 

《これより横浜基地防衛戦へ介入する》

 

一拍置き、どこか僅かに笑みを含んだ声音で、彼は続ける。

 

《なお、私はバーボンよりもホップの効いたビールが好みでね》

《もしへそくりにビールがあるなら、ぜひ奢ってほしい》

「...はははは」

 

誰かが吹き出した。

それを皮切りに、前線のあちこちで笑い声が漏れ始める。

乾き切った、だが確かな笑いだった。

絶望しかなかった戦場に。

ようやく、“援軍”が到着したのだ。

笑い声は、すぐに怒号へと変わった。

 

「ぼさっとすんな! まだ終わってねぇぞ!!」

「歩兵隊、前進準備!」

「戦術機部隊は砲撃跡地の残存BETA掃討へ移れ!」

 

絶望寸前だった最終防衛ラインが、一気に息を吹き返す。

武も乱れた呼吸を整えながら、空を見上げた。

雲海の向こう──そこには、月明かりを遮るほどの鋼鉄の艦影。

人類の常識を遥かに超えた巨大戦艦群が、ゆっくりと大気圏上層を航行している。

その圧巻さには思わずため息すら出るほどだ。

その艦は、まるで空そのものを支配していた。

艦体各所から青白い推進光が噴き出し、周囲には無数の艦載機が展開している。

それらは地球製航空機とはまるで異なる形状だった。

鋭角的で、生物じみた不気味さすら感じさせる機影。

 

『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』

『地下坑道出口より、新たなBETA群反応を検知』

『推定数、およそ七千』

『ウォー・ヘッド隊カウボーイへ通達。BETA出現口を破壊せよ』

 

即座に、陽気な男の声が返ってくる。

 

『了解! ウォー・ヘッド隊カウボーイ1から5!』

『害虫駆除のご依頼だ。派手に行くぞ!』

 

高速飛行していた数機が編隊を崩し、凄まじい速度で地下坑道出口へ向かう。

その出現口では、なおも数千単位のBETAが地中から吐き出され続けていた。

まるで地獄そのものが溢れ出しているかのような光景。

 

『...すげぇ物量だ』

 

カウボーイ2が呆れたように呟く。

 

『こりゃあ戦線が崩壊するわけだぜ』

『ぼやくな。今から俺たちが止める』

 

カウボーイ1が短く返す。

 

『各機、波動砲チャージ開始』

『パトロクロス隊ガーゴイル、対空援護と露払いを頼む』

『了解した』

 

低い通信と共に、後方を飛行していたパトロクロス部隊が前進する。

両腕部兵装が展開。

瞬間的に無数の光弾が雨のように降り注ぎ、出現口周辺のBETA群を次々と吹き飛ばした。

さらに、出現口から新たに湧き出し、ウォー・ヘッド隊へ光線照射を行おうとした光線級へ、パトロクロスが凄まじい速度で肉薄。

振るわれたビームソードが閃き、光線級の巨体を一瞬で細切れにしていく。

 

『チャージ完了! 射線からどきな! 一緒にBBQにしちまうぜ!』

『了解。ガーゴイル各機、射線上より離脱する』

 

低い通信の後ガーゴイル各機は素早く退避。

 

『全機、撃てぇッ!!』

 

瞬間、五条の光が解き放たれた。

それは砲撃というより、“災害”だった。

極太の奔流が地表を抉りながら突き進む。

BETA群が触れた端から消滅。

地面ごと蒸発し、地下坑道そのものが崩壊していく。

地下から這い出ようとしていたBETA群が、土砂と高熱に呑まれて消えていった。

 

『着弾確認』

『地下反応急減』

『BETA出現口、完全沈黙』

 

メジェド1の冷静な報告。

 

その言葉と同時に、最終防衛ラインの各所から歓声が上がった。

 

「止まった...!」

「BETAの湧出が止まったぞ!!」

「うぉおおおおおッ!!」

 

この地獄のような戦場で皆が叫び、泣いていた。

 

その一方で、上空のウォー・ヘッド隊はなおも煙を上げる大地を見下ろしていた。

 

『...これでもまだ湧いてくるなら、本当に化物だな』

 

カウボーイ2が苦笑混じりに呟く。

すると、通信回線へジェイドの低い声が割り込んだ。

 

《油断するな》

《敵の総数も、生態も、まだ未知数だ》

 

短い沈黙。

 

《だが――よくやった》

 

その言葉に、ウォー・ヘッド隊の誰かが小さく笑った。

 

『こちら、ゴースト・タッチ隊メジェド1』

 

淡々としていた通信音声に、僅かな緩みが混じる。

 

『地下坑道内BETA反応、完全消失を確認』

『周辺及び地表索敵結果を統合』

『横浜基地周辺における大規模BETA群反応の消失を確認した』

 

一拍置き

 

『――ミッション終了』

 

防衛ライン各所から、安堵の息が漏れた。

誰もが疲弊し切っていた。

武も撃震のシートへ深く身体を預ける。

全身が鉛のように重い。

だが、生きている。

周囲を見れば、兵士たちは戦うことすら忘れたかのように呆然と夜空を見上げていた。

そして――夜空が揺らぐ。

その異様な光景に、誰もが思わず目を見開く。

何も存在しなかったはずの空間が、まるで風のない湖面へ石を投げ込んだかのように静かに波打ち始め、その周囲では空間そのものが歪み、光が不自然に屈折していく。

それは、この世界の常識では到底説明のつかない現象だった。

やがて、その歪みが限界へ達した瞬間。

――“そこに居た”ものが姿を現す。

漆黒の鋼鉄によって構成された異形の機体。

細長く伸びた機体中央部からは巨大なレドームが突き出し、その姿は戦闘機とも戦術機とも異なる異様なシルエットを形作っている。

複数のセンサーアイが青白い光を明滅させながら周囲を走査し、装甲の継ぎ目や各部ユニットからは淡い燐光が漏れ出していた。

まるで機械でありながら生物のような、不気味な存在感。

それは確かに人類が造り上げた兵器でありながら、この世界の誰も知らない技術によって生み出された異世界の兵器だった。

『う、嘘だろ...』

衛士の誰かが震える声を漏らす。

誰も、その戦闘機を“いつからそこにいたのか”理解できなかった。

ゴースト・タッチ。

あの早期警戒機は、ずっと戦場上空に“潜んでいた”のだ。

 

『亜空間潜航状態解除』

『正常終了確認』

 

メジェド1の通信が静かに流れる。

すると、メジェド1後方の空間も次々と歪み始め、複数のゴースト・タッチが同じように出現する。

虚空そのものから出現したようにしか見えなかった。

武は乾いた笑みを浮かべる。

 

「...なんだよ、それ...反則だろ...」

だが、その“反則”じみた力に今、自分たちは救われたのだ。

 

 

AD.2004.01.14

【アメリカ合衆国/ペンタゴン】

 

薄暗い会議室。

巨大モニターには、日本列島と極東戦線の戦況図が映し出されていた。

モニターの片隅には、“所属不明宇宙艦隊”の文字。

 

「...日本に潜伏させた工作員からの報告は以上か?」

 

米国統合参謀本部議長が低く問う。

オペレーターが頷いた。

 

「はい」

「横浜基地上空に未確認飛行戦力が出現」

「BETA群へ極めて高威力の攻撃を実施したとのことです」

 

会議室の空気が冷え込む。

誰も即座には口を開かなかった。

 

「ふざけている」

 

別の男が腕を組みながら続ける。

 

「正体不明の超技術武装勢力など、BETA以上の脅威になり得る」

 

その言葉に、会議室の何人かが頷いた。

だが、別のモニターへ映し出された映像が、空気を変える。

横浜基地周辺。

そこに映っていたのは―───“蒸発したBETA群”だった。

衛星映像ですら解析不能な高熱反応。

数万単位のBETA群が、一撃で消失している。

 

「...」

 

沈黙。

やがて、統合参謀本部議長が静かに言った。

 

「どのみち、佐渡島ハイヴを放置する選択肢はない」

「極東戦線が完全崩壊すれば、ユーラシア戦線全体へ影響が波及する」

 

男は机へ指を組む。

 

「確認する」

「G弾使用による周辺被害予測は」

 

即座にデータが表示された。

 

「二発で佐渡島ハイヴ地上構造物の大半を消滅可能」

「三発投入なら地下深部への打撃も期待できます」

「ただし、日本本土沿岸部への重力震被害が発生する可能性あり」

「許容範囲だ」

 

即答だった。

誰も反論しない。

既に、通常戦力のみでハイヴを止められる段階ではない。

────一拍。

「戦略兵器使用権限を承認する」

 

 

同時刻。

【アメリカ合衆国/アラスカ州・G弾戦略航空基地】

 

重々しい警報が基地内へ響き渡る地下格納庫。

そこには、人類史上最悪にして最後の切り札とも呼ぶべき兵器が静かに鎮座していた。

 

――G弾。

 

重力制御理論を応用して生み出された対BETA用戦略兵器であり、一度使用されれば周囲のあらゆる物理法則を捻じ曲げ、着弾地点一帯を文字通り消滅させる禁忌の兵器だった。

 

「発射シークエンス開始」

 

管制官の声と同時に、格納庫内では整備員たちが慌ただしく動き回り始める。

巨大な搬送設備によって運ばれる三発のG弾。

黒く鈍い光を放つ弾頭は、まるで人類自身が生み出した災厄の象徴のような存在感を放っていた。

その異様な姿を見上げながら、一人の兵士が誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「...神よ」

 

それは祈りだったのか、それとも懺悔だったのか。

誰にも分からない。

やがて準備を終えた三機の超高高度戦略爆撃機が轟音と共に滑走路を駆け抜け、夜空へ向けて次々と飛び立っていく。

その進路はただ一つ。

 

 

――佐渡島ハイヴへ。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
改めて光線級のスペックを見返してみると、その性能があまりにもチート級で「あんなものを相手にしていたのか...」と、人類側の絶望感を再認識しちゃいました。

もし

・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」

など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 

 

◇◇

 

 
早期警戒機 R-E2A【ゴースト・タッチ】

ゴースト・タッチは、地球連合軍が運用する超長距離早期警戒機である。

超広域索敵、電子戦、通信中継、亜空間潜航監視を単機で担うことが可能であり、艦隊の“目”そのものと言える存在だ。

本機は、同系統機である早期警戒機 R-E1【ミッドナイト・アイ】の発展強化型にあたり、特に索敵性能と機動速度が大幅に向上している。

中でも特筆すべきは、短時間であれば“亜空間潜航状態のまま攻撃行動を行える”という点である。

通常、亜空間潜航中は各種干渉の問題から攻撃行為が困難とされているが、ゴースト・タッチは限定的ながらそれを可能としている。

一方で、本機は極めて高度かつ複雑なシステム構成を採用しているため、その莫大な開発・運用コストが要因となり、配備数も極めて少ない。

異常とも言える索敵・攻撃能力から、“攻撃される(触れられる)まで存在に気付けない”

という戦場での特性から、【ゴースト・タッチ】の名を与えられた。


搭載武装:
光子バルカン×1門

本来は自衛目的の装備だが、出力調整によっては軽装甲目標に対して高い制圧力を発揮する。
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