Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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とある国連軍衛士の日誌

佐渡島ハイヴの攻略は、ついに明日となった。

正直に言えば、ロクな準備期間もないまま挑むハイヴ攻略なんて、無茶にも程がある。

普通に考えれば、生還できる確率の方が低いだろう。

だから、少し前までの俺なら、きっとこう考えていた。

"――ああ、俺は明日死ぬんだろうな"、と。

だが、あの“イカれたバカ火力艦隊”に出会ってしまった。

常識外れの火力でBETAを吹き飛ばし、それでも平然としている連中。

あの艦隊の奴らがいるなら、もしかしたら、このうん十年と続いてる戦争にも本当に――


作戦前夜

AD.2004.01.16

【日本帝国/横浜基地・戦術指揮所(ブリーフィングルーム)

 

戦術指揮所では、佐渡島ハイヴ攻略戦へ向けた大規模ブリーフィングが、まさに開始されようとしていた。

 

指揮所中央の巨大スクリーンには、各国軍との戦術通信映像が次々と投影されている。

 

その背後では、大量の通信ケーブルが臨時設置された大型通信アンテナへ幾重にも接続されていた。

 

※なお、このアンテナは以前、ジェイドたちとの“ファーストコンタクト”時に使用されたものだ。「使える物は使う」――という夕呼の判断により、そのまま半ば強引に再利用されているのである。

 

これによって現在、横浜基地とロシア軍、第三帝国軍、統一中華戦線軍の各司令部とが、リアルタイムで長距離戦術通信を行っていた。

 

スクリーンの一角では、ロシア軍将校たちが険しい表情で資料を確認している。

 

別の画面には、黒を基調とした軍服を纏う第三帝国軍の高官たち。

 

さらに、統一中華戦線軍司令部では、多数の参謀が慌ただしく行き交っていた。

 

国も、思想も、軍事も違う。

 

本来ならば、こうして同じ作戦卓へ着くこと自体あり得ない面々だった。

 

だが今この場には、様々な思惑があろうと“佐渡島ハイヴを攻略する”という一点のためだけに、人類側主要戦力が集結していた。

 

戦術指揮所内部には、普段の横浜基地では考えられないほどの緊張感が漂っている。

 

大型戦況モニターへ映し出される佐渡島。

 

その地下深くには、未だ健在のハイヴ主縦坑。

 

さらに周囲には、異常増殖を続けるBETA反応群。

 

そして何より――

 

超重光線級だ。

 

あの成層圏攻撃を行った怪物の存在が、各国軍上層部へ強烈な危機感を植え付けていた。

 

指揮所後方の自動扉が開く。

 

室内の視線が、一斉にそちらへ向いた。

 

白衣姿の香月夕呼。

 

その隣にはジェイド・ロスがいる。

 

そして二人の後方には、討伐艦隊側の主要士官たちの姿もある。

 

夕呼は周囲を一瞥すると、いつもの調子で口を開いた。

 

「それじゃ、ブリーフィングを始めるわよ」

 

その言葉と同時に、巨大スクリーンへ佐渡島周辺海域の立体戦況図が投影される。

 

各国の将校たちが、固唾を呑んで画面を見つめた。

 

夕呼は指揮卓へ軽く腰を預けながら、作戦概要の説明を開始する。

 

「今回の作戦は、大きく四段階に分けて進行するわ」

 

スクリーンへ、新たな表示が浮かび上がった。

 

【フェイズ1】

 

作戦開始と同時に、日本帝国軍、第三帝国軍、ロシア軍、統一中華戦線軍、そして討伐艦隊による五軍連合艦隊が、佐渡島ハイヴへ向けAL弾による一斉砲撃を開始する。

 

さらに同時に、軌道上の国連宇宙総軍もAL弾による軌道爆撃を実施。

 

地上と宇宙、双方からの飽和攻撃によって、佐渡島一帯を重金属雲で覆い尽くし、光線級レーザーの威力を大幅に減衰させる。

 

「超重光線級が本格浮上する前に、まず“目”を遮るってわけね」

 

【フェイズ2】

 

光線級レーザーの出力低下を確認後、ジェイド率いる討伐艦隊が召集した決戦兵器を搭載する水上攻撃艦エーギル級を、輸送艦ヨルムンガンド級によって戦域へ投入する。

 

ヨルムンガンド級は佐渡島沖へ着水後、エーギル級を戦闘海域まで曳航。

 

その間、各国艦隊は海上防衛ラインを形成し、対光線級迎撃およびBETA海上侵攻への対処を担当する。

 

第三帝国軍高官の一人が眉を顰める。

 

「決戦兵器...か」

 

「そこまで言う以上、相当な代物なのだろうな」

 

ジェイドは数秒だけ沈黙した後、静かに答えた。

 

「ええ」

 

【フェイズ3】

 

着水したエーギル級より、エーギル級に搭載された討伐艦隊の決戦兵器を展開。

 

同機による超長距離波動砲攻撃を実施し、佐渡島ハイヴ地表構造物へ直接砲撃を行う。

 

目的は、ハイヴ外殻構造および地表防衛機能の強制破壊。

 

これによって侵攻ルートを確保後、日本帝国軍、第三帝国軍、ロシア軍、統一中華戦線軍、討伐艦隊による五軍合同強襲上陸作戦を開始する。

 

各国戦術機部隊および機甲戦力は、沿岸部へ橋頭堡を構築。

 

後続侵攻部隊の展開支援と、BETA地上戦力の押し留めを担当する。

 

統一中華戦線軍の参謀が険しい表情で呟く。

 

「つまり...真正面からハイヴをぶち抜くつもりか」

 

「そういうこと」

 

夕呼が平然と返した。

 

その言葉に、指揮所の空気がさらに重くなる。

 

【フェイズ4】

 

国連宇宙総軍所属、第六軌道降下兵団が軌道上より大気圏再突入を開始。

 

同時に、討伐艦隊所属ウォー・ヘッド隊およびゴースト・タッチ隊が亜空間潜航状態でハイヴ内部へ侵入する。

 

軌道降下兵団と亜空間潜航部隊は、ハイヴ内部で合流後、地下構造解析、中枢位置特定、BETA戦力分布調査などの情報収集任務を実施。

 

なお、この段階で超重光線級が地下坑道内へ潜伏していた場合、最優先目標として索敵・撃破を行う。

 

その後、全軍による総攻撃へ移行。

 

佐渡島ハイヴの完全無力化を最終目標とする。

 

説明が終わる。

 

指揮所内は、しばし静寂に包まれていた。

 

誰もが理解していた。

 

この作戦は、成功すれば人類史上初となる“超大型ハイヴ完全制圧作戦”となる。

 

だが同時に――

 

失敗すれば、極東戦線そのものが崩壊しかねない。

 

夕呼は静かに周囲を見渡した。

 

「...以上が、今回の作戦概要よ」

 

「質問があるなら今のうちに」

 

やがて、第三帝国軍側モニターに映る将校の一人が静かに口を開く。

 

「一つ、確認したい」

 

その声に、各国将校たちの視線が集まる。

 

「貴官ら討伐艦隊は、以前の横浜基地防衛戦において、“ヘイムダル級”と呼称される大型艦艇の陽電子砲を使用していたな」

 

巨大スクリーンへ、横浜基地防衛戦時の戦闘映像が映し出される。

 

海上に展開した巨大戦艦。

 

そこから放たれた、夜空そのものを裂くような白色閃光。

 

そして、一撃で消滅するBETA群。

 

映像を見た各国将校の表情が改めて険しくなる。

 

「あの火力が存在するならば、何故今回も使用しない?」

 

「何故わざわざ“決戦兵器”などという危険性の高い兵器を投入する必要があるのだ?」

 

当然の疑問だった。

 

戦略的合理性だけを見るなら、単純火力で吹き飛ばした方が早い。

 

ジェイドは静かに首を横へ振った。

 

「理由は三つあります」

 

戦術スクリーンへ、ヘイムダル級の立体投影図が表示される。

 

「まず一つ目、ヘイムダル級は現在、度重なる戦闘とトラブルによって推力機関へ深刻なダメージを負っています」

 

「現在も修理中ですが、そんな不安定な状態で陽電子砲を発射すれば、最悪の場合、艦そのものが崩壊しかねません」

 

各国将校たちの表情が険しくなる。

 

あの規模の兵器暴走など、想像したくもない。

 

ジェイドは続ける。

 

「二つ目、陽電子砲は“面制圧兵器”としての側面が強すぎるのです」

 

スクリーン表示が、佐渡島ハイヴ地下構造図へ切り替わる。

 

複雑に入り組んだ巨大坑道網。

 

そして地下深部へ続く主縦坑。

 

「確かに、地表構造物を吹き飛ばすことは可能でしょう」

 

「ですが、ハイヴは地下構造体です。地表だけを破壊しても、中枢縦坑が生き残れば意味がない」

 

「むしろ、過剰火力による地盤崩落で、侵攻ルートそのものが消滅する危険性すらあります」

 

「なるほど...」

 

第三帝国軍の参謀が低く呟く。

 

単純火力で“消し飛ばす”だけでは駄目なのだ。

 

必要なのは、侵攻可能な破壊。

 

制御された破壊だった。

 

ジェイドは静かに頷き、さらに言葉を続ける。

 

「そして三つ目。――超重光線級の存在です」

 

その瞬間、指揮所内の空気が再び張り詰めた。

 

スクリーンへ、超高高度爆撃機を撃墜した赤紫色の照射光線映像が映し出される。

 

成層圏すら貫いた、あの異常火力。

 

「通常光線級とは、出力そのものが比較にならない」

 

「ヘイムダル級が陽電子砲発射体勢へ移行した場合、敵は確実に最大優先目標として反応します」

 

「AL弾によるレーザー減衰があったとしても、完全防御は不可能です」

 

「最悪の場合、発射前に艦そのものが撃沈される」

 

ロシア軍将校が低く唸った。

 

「固定砲撃では回避が間に合わんか」

 

「ええ」

 

ジェイドは静かに頷く。

 

「陽電子砲は強力です。ですが、その分、“予備動作”も大きい」

 

そして、スクリーン表示が切り替わった。

 

そこへ映し出されたのは――

 

漆黒の機体。

 

禍々しい流線型装甲。

 

まるで生物と機械の中間のような、異形の次元戦闘機。

 

各国将校たちが息を呑む。

 

《BIDE WEAPON》

 

《B-XX1A "Jericho Trumpet"》

 

ジェイドの声音が、僅かに低くなる。

 

「【B-XX1A ジェリコ・トランペット】は、高速機動しながら波動砲発射を行えます」

 

「仮に超重光線級から照射を受けそうになった場合でも、即座に照射を中断し、照射範囲外へ離脱可能です」

 

「加えて、通常兵器では不可能なレベルでの指向性制御を行える」

 

「つまり、“必要な場所だけを破壊できる”」

 

夕呼が腕を組みながら補足する。

 

「要するに、“攻略用の穴開け兵器”ってことよ」

 

「ハイヴそのものを吹き飛ばすんじゃない。攻略するための入口を、強引にこじ開けるの」

 

その説明に、各国将校たちは静かに理解を深めていく。

 

そして同時に、この討伐艦隊という存在が自分たちとは根本的に異なる戦争を経験してきたのだという事実を、改めて痛感していた。

 

夕呼が呆れ半分に肩を竦める。

 

「...ほんっと、あんた達の世界の兵器って加減がおかしいわね」

 

「(我々の世界では、これでも"標準的"な分類なのだがな...)」

 

ジェイドは内心でそう思いながらも、表情には出さず会議を続行した。

 

「それでは、ここからは各軍配置と装備運用について────...」

 

その後も、各国将校たちとの質疑応答は淡々と続いていく。

 

AL弾の使用タイミング。

 

各艦隊の射界調整。

 

橋頭堡確保後の侵攻優先ルート。

 

光線級出現時の緊急対応手順。

 

さらには、討伐艦隊側兵器との識別信号設定に至るまで。

 

作戦会議は、細部を詰めるように長時間続けられた。

 

そして――

 

ついに、全ての確認事項が終了する。

 

ジェイドは各国司令部の映る巨大スクリーンを見渡し、静かに口を開いた。

 

「以上です」

 

「他に確認事項がなければ、これをもってブリーフィングを終了します」

 

数秒の沈黙。

 

もはや追加の質問は飛ばなかった。

 

各国の将校たちも理解しているのだ。

 

これ以上机上で議論を重ねても、最後は実戦でしか分からない。

 

必要なのは覚悟だけだと。

 

ジェイドは小さく頷き、最後に告げた。

 

「────では、これをもって佐渡島ハイヴ攻略作戦」

 

流星作戦(オペレーション・シューティングスター)のブリーフィングを終了します」

 

一拍置き。

 

「...総員、作戦準備へ移行してください。解散!」

 

その瞬間。

 

各国司令部の映像が次々と切り替わり、戦術指揮所内部でも将校たちが一斉に動き出す。

 

通信士たちは怒号を飛ばしながら通信し始め、参謀たちは山のような資料を抱えて駆け出していく。

 

誰もが理解していた。

 

これより先は、人類の命運を懸けた戦争の時間なのだと。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

AD.2004.01.16

【日本帝国/横浜基地・食堂】

 

「おかわり!おかわり持ってこい!」

 

「おい軍曹!それ俺んだぞ!」

 

食堂へ足を踏み入れた瞬間、とんでもない熱気が押し寄せてきた。

 

明日の作戦へ向け、少しでも力を蓄えようとする兵士たちで、食堂内は溢れ返っている。

 

訓練帰りで疲労困憊の衛士。

 

煤と油にまみれた整備兵。

 

包帯姿のまま飯を掻き込む歩兵。

 

皆、明日も生き残るため、必死に食事を胃へ押し込んでいた。

 

「...凄い勢いですね」

 

ユウキ・イングラハムは、周囲を見回しながら小さく呟く。

 

彼は夕食と現地兵士たちとの交流を兼ね、あえてヘイムダル級ではなく横浜基地の食堂へ足を運んでいた。

 

現場レベルの空気や情報を、この場、このタイミングで直接感じ取ることができれば、後に何かしら活かせるかもしれない――そう考えての行動だった。

 

「まぁ、戦場の飯時なんてこんなもんですよ」

 

たまたま居合わせた武が、肩を竦めながら答える。

 

すると近くの兵士が、イングラハムの纏う討伐艦隊の軍服に気付き、目を丸くした。

 

「お、おい...あいつ...」

 

「例の異世界艦隊の...!」

 

一瞬で周囲の視線が集まる。

 

「兄ちゃんたち助かったぜ!」

 

「光線級吹っ飛ばしたの、アンタらなんだろ!?」

 

「マジで救世主じゃねぇか!」

 

食堂の空気が、一気に明るくなった。

 

イングラハムは少し困惑したように目を瞬かせる。

 

彼らにとっては当然の軍事行動。

 

だが、この基地の人間にとっては文字通り“救援”だったのだ。

 

この状況に困ったように、イングラハムが頭を掻く。

 

すると、厨房の奥から怒鳴り声が飛んできた。

 

「おーい! 飯まだなら食ってけ!」

 

「今ならカレー大盛りだぞ!」

 

「だそうですよ、少尉!」

 

武がニヤリと笑う。

 

イングラハムも小さく吹き出した。

 

「ふふっ...それと、敬語はなしで構いません」

 

「名前もイングラハムで」

 

「えっ、じゃあ遠慮なく...改めてよろしくな、イングラハム!」

 

「ええ、こちらこそ」

 

切り替えの早さは、白銀武という男の長所であり武器だった。

 

「では、折角ですので頂きましょう」

 

作戦決行前夜とは思えないほど活気に満ちた食堂。

 

その空気は、不思議と悪くなかった。

 

極限状態の戦場だからこそ、こうした馬鹿騒ぎが逆に人を安心させるのだ。

 

それぞれ食事を受け取った後、適当な空席を見つけて腰を下ろそうとする。

 

すると、同じくカレーの乗ったトレーを持った霞が武を見つけ、その隣へ静かに座った。

 

「お、今日はカレーだぜ~。テンション上がるよな!」

 

「...コクリ)」

 

トレーの上に並ぶのは、レーション加工されたパン。

 

栄養調整スープ。

 

そして、大量生産された合成肉入りカレー。

 

横浜基地では比較的マシな部類の食事だ。

 

だが――

 

「...」

 

イングラハムは、カレーの合成肉を一口運んだ瞬間、しょんぼりした顔になった。

 

武が不思議そうに首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「味が...しない...」

 

「え?」

 

「いや、正確には味はあるんです」

 

「ですが、こう...何と言えばいいのか...」

 

あまりにもふわっとした感想だった。

 

今度は口直しとばかりにスープを啜る。

 

数秒沈黙。

 

そして。

 

「...薄いですね」

 

討伐艦隊側の食文化は、長期宇宙航行に合わせて異様な進化を遂げている。

 

栄養不足や逆に栄養過多を防ぐため、人工栽培、分子調理、栄養最適化など、あらゆる工夫が施されていた。

 

そして何より、“食事”は兵士の士気とパフォーマンスへ直結する。

 

そのため、“味”への拘りも極めて強かった。

 

対して、この世界。

 

BETA戦争による慢性的な物資不足の影響で、食事はとにかく“腹を満たすこと”が最優先されている。

 

さらに、長時間戦闘における排泄管理の都合上、消化吸収率の高い合成食品と特殊薬剤の併用が基本だ。

 

結果として、食卓から“豊かさ”は失われていた。

 

もちろん、食堂のおばちゃん達の努力によって、合成食品としてはかなりマシな味に仕上がっている。

 

だが、肥えた舌を持つイングラハムには、どうしても物足りなかった。

 

しょんぼりした顔のまま食事を続ける彼を見て、武は苦笑する。

 

気持ちは分からなくもない。

 

武自身も、この世界へ飛ばされてきた当初、合成食品の味には悪い意味で衝撃を受けたものだ。

 

すると霞が、小さく首を傾げた。

 

「...おいしくない?」

 

「いや、不味くはないんだ」

 

「不味くはないんだけど...こう...」

 

イングラハムは少し悩みながら言葉を探し、

 

「...“生きるための食事”ですね」

 

と、静かに呟いた。

 

この世界では、“美味い飯”そのものが贅沢品だ。

 

生き残るだけで精一杯。

 

味を追求する余裕など、とうの昔に失われている。

 

ふと、イングラハムは周囲へ視線を向ける。

 

活気のある食堂。

 

だが、その中にも確かに見えてしまう。

 

疲弊しきった兵士たち。

 

死んだような目でスプーンを動かす若い衛士。

 

栄養剤を水で流し込むだけの整備兵。

 

皆、“食事”ではなく、“補給”として口へ運んでいた。

 

その光景に、イングラハムは小さく目を伏せる。

 

「...佐渡島ハイヴ攻略後、“交流会”のようなものを提督へ提案しようかと思っています」

 

「交流会?」

 

武が聞き返す。

 

「はい」

 

「食文化、技術、娯楽...何でも構いません」

 

「我々は軍事協力だけでなく、“人間同士”として関係を築く必要がある」

 

「それに何より、これだけ頑張っている方々へ、合成食品だけを食べ続けろというのは、少々酷でしょう」

 

武は少し驚いた顔をした。

 

「...いいんすか?」

 

「問題ありません」

 

「むしろ、提督なら恐らく同じ判断をされます」

 

霞が小さく首を傾げる。

 

「...お祭り?」

 

「近いかもしれません」

 

イングラハムは、柔らかく微笑んだ。

 

その表情を見て、武もつられるように笑う。

 

「いいっすね、それ」

 

「こんな世界だからこそ、そういうのが必要なんだ...」

 

戦争。

 

絶望。

 

死。

 

そんなものばかりが続く世界。

 

だからこそ――

 

人が笑う理由が、必要なのだ。

 

その後も二人は軽い雑談を交わしながら食事を進め、やがて粗方食べ終える頃になると、霞が静かに立ち上がった。

 

トレーを両手で持ち、小さく頭を下げる。

 

「...ごちそうさまでした」

 

「交流会、楽しみにしています」

 

「ええ、楽しみに待っていてください」

 

イングラハムは柔らかく微笑みながら答える。

 

「討伐艦隊特製のアイスクリームは、とても美味しいですよ」

 

「...!アイスクリーム...!」

 

その瞬間

 

霞のうさ耳(ヘッドセット)が、まるで感情を持ったかのようにぴくりと動いた。

 

武から話だけは聞いていた、まだ食べたことのない未知の菓子。

 

その未知の味への探究心が、霞の内側に小さな興奮を生み出していた。

 

「良かったな! そん時は一緒に食おうぜ!」

 

「...はい」

 

今度は、うさ耳がサムズアップでもしたかのように見えた。

 

霞は小さく会釈すると、そのままトレーを持って片付けへ向かっていく。

 

その背中を見送りながら、イングラハムはふっと笑みを漏らした。

 

そして、残った武へ視線を向ける。

 

「いい子でしたね」

 

「つい、自然に話しかけてしまいましたが、あの子は?」

 

「ああ、社霞っていうんす」

 

武は少し笑いながら答える。

 

「静かなところあるけど、可愛いとこもあるんだぜ?」

 

「へぇ...」

 

イングラハムは興味深そうに頷いた。

 

「彼女も制服を着ていますが、こちらの隊員なのですか?」

 

「えっ、あー...まぁ、そうっすね...」

 

武は曖昧に笑う。

 

隊員と言えば隊員だが、その立場はかなり特殊だ。

 

説明しようとすると色々ややこしい。

 

結果、なんとなく誤魔化す形になった。

 

すると今度は、イングラハムが少し真面目な表情になる。

 

「そういえば、武さんは戦術機の操縦が非常に優れていますね」

 

「相当な修羅場を潜ってきたのでしょう?」

 

「あ~...いや、まぁ、確かに潜ったっちゃ潜ったんだけど...」

 

武は頬を掻く。

 

「そこにはちょっと訳がありましてね~...」

 

「...?」

 

武は、この世界へ来る以前、“バルジャーノン”というゲームへ熱中していた。

 

そのゲームで培った感覚は、驚くほど戦術機操縦へ通じていたのだ。

 

柔軟な思考。

 

反射的な機動判断。

 

立体的な空間認識。

 

それら全てが、戦術機適性として噛み合っていた。

 

そして何より――

 

「訓練兵時代に、良い仲間と会えたのも大きかったんすよ」

 

武は少し遠くを見るような目で言う。

 

「一緒に訓練して、競い合って...そうやって鍛えられたというか」

 

「なるほど」

 

イングラハムは静かに頷いた。

 

「つまり、戦友のような方々がいたのですね」

 

「そうそう」

 

武は苦笑しながら肩を竦める。

 

「今は色々あって、それぞれ別の国連軍基地に飛ばされちまったんだけどな」

 

御剣冥夜。

 

榊千鶴。

 

珠瀬壬姫。

 

彩峰慧。

 

鎧衣美琴。

 

かつて共に汗を流し、死ぬ気で訓練へ打ち込んだ仲間たち。

 

「最近はどこも大騒ぎでさ、全然情報入ってこねぇんだよな...」

 

イングラハムは、そんな武の表情を見ながら静かに言う。

 

「...また、会えるといいですね」

 

「そうだなぁ...」

 

武はぽつりと呟く。

少しだけ視線を落とし。

 

そして、どこか願うように笑った。

 

「...また、会いてぇな」

 

「そんなに想ってくれてるだなんて、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいなぁ」

 

「確かに、少し照れくさいね」

 

「────えっ?」

 

その瞬間。

 

背後から、かつて何度も聞いた、聞き慣れた二つの声が響いた。

 

武は反射的に勢いよく振り返る。

 

そして――目を見開いた。

 

「やっ、久しぶり! タケルっ!」

 

「お、お久しぶりです、たけるさん!」

 

そこに立っていたのは。

 

珠瀬壬姫。

 

そして、鎧衣美琴。

 

間違いなく、かつて共に訓練校で日々を過ごした仲間たちだった。

 

「な、何でここに!?」

 

武が思わず声を上げる。

 

すると、美琴が呆れたように肩を竦めた。

 

「なんでって、明日の作戦のために決まってんじゃん!」

 

壬姫も、どこか嬉しそうに微笑みながら続ける。

 

「えへへ、私たち、上陸部隊の援護任務で参加することになって....」

 

「それで...食堂の方から、たけるさんによく似た声が聞こえたので...」

 

「あ、あと“ちょっと探しに行こう!”って言い出したのは美琴だから」

 

「ちょっと、余計なこと言わないでって!恥ずかしい!」

 

美琴が慌てて抗議する。

 

「そ、そうか...」

 

武は小さく頷いた。

 

胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 

少し油断すれば、今にも目から溢れてしまいそうだった。

 

だが、流石にこの場で泣くのは恥ずかしい。

 

武は何とか誤魔化すように鼻を擦る。

 

死んだと思っていたわけではない。

 

だが、この戦争だ。

 

もう二度と会えない可能性だって、十分にあった。

 

それが今、こうして目の前にいる。

 

その事実だけで、胸がいっぱいになる。

 

「...ふむ」

 

その様子を見ていたイングラハムが、小さく頷いた。

 

「この方たちが、武さんの言っていた“戦友”なのですね?」

 

「あ、おう!」

 

武は勢いよく頷く。

 

「紹介するぜ! こっちが珠瀬壬姫(たま)、んでこっちが鎧衣美琴だ!」

 

「どうも!」

 

美琴が軽く手を上げる。

 

そして次の瞬間、イングラハムの存在を改めて認識したのか、目をぱちくりさせた。

 

「...って、タケル。この人は?」

 

「どうも、初めまして」

 

イングラハムは静かに立ち上がり、一礼する。

 

「地球連合軍バイド討伐艦隊所属、ユウキ・イングラハム少尉です」

 

その名前を聞いた瞬間。

 

壬姫がびくりと肩を震わせた。

 

「と、討伐艦隊ってあの!?」

 

「そうそう! あの討伐艦隊の!」

 

何故か武が誇らしげに胸を張る。

 

「何でタケルが自慢げなの」

 

美琴が即座にツッコミを入れた。

 

イングラハムは少し困ったように苦笑する。

 

「ええと...よく驚かれますが、私たちはただ戦っただけに過ぎませんので...」

 

「いやいやいや、“ただ戦った”で万のBETAを丸ごと消し飛ばすのおかしいからな!?」

 

全力ツッコミが、食堂へ響いた。

 

武はその後も、久しぶりに再会した仲間たちと、もっと色々な話を続けようとしていた。

 

訓練兵時代の思い出。

 

それぞれ別の基地や部隊へ配属された後の出来事。

 

だが――

 

ピピピピッ。

 

不意に、武の電子腕時計から乾いたアラーム音が鳴り響く。

 

それは、休憩時間を必要以上に引き延ばさないよう、自分で設定していた時間通知だった。

 

明日に控えた佐渡島ハイヴ攻略戦。

 

少しでもコンディションを整えるため、睡眠時間や整備確認の時間は削れない。

 

その現実を思い出した武は、小さく息を吐きながら、どこか名残惜しそうに席を立ち上がった。

 

「悪ぃ」

 

そう言って、少し困ったように頭を掻く。

 

「ほんとはもっと話してたかったんだけどさ、これ以上ダラダラしてっと、明日の作戦に響いちまうからな」

 

すると、美琴が少しだけ寂しそうに笑いながら肩を竦めた。

 

「そっか~...まぁそうだよね」

 

だが、その表情はすぐに前向きなものへ変わる。

 

「それじゃ、また明日!」

 

ぐっと拳を握り締め、美琴は武へ向かって笑った。

 

「うん、明日は頑張ろうね!」

 

その隣では、壬姫も小さく胸の前で手を握りながら、真っ直ぐ武を見つめている。

 

「絶対に無事で、作戦を成功させましょう!」

 

イングラハムも混ざって鼓舞する。

 

武はそんな三人の顔を見つめ、力強く頷き返す。

 

「ああ――絶対にな!」

 

こうして束の間の再会を終え、それぞれが自分の持ち場へと戻っていく。

 

明日行われるのは、人類史そのものを左右しかねない、佐渡島ハイヴ攻略戦。

 

生きて帰れる保証など、どこにもない。

 

それでも、人類は前へ進かなければならないのだ。

 

────そして

 

AD.2004.01.17

 

ついに運命の時(佐渡島ハイヴ攻略)が訪れる。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
改めて考えると、この世界の食事情って本当に悲惨ですよね...。
“美味しく食べる”ではなく、“生きるために食べる”が優先されている辺りに、BETA戦争の過酷さが滲み出ている気がします。
そして、そんなこんなで次はいよいよ佐渡島ハイヴ攻略戦!しっかり熱く書き切れたらいいなと思っています。


もし、

・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」

など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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