場は再び、王城の広間。長机の上に、ひとつの星が浮いていた。
大きな星のまわりを、小さな星々がくるくると回っている。虹色の光は蝋燭とも電灯とも違う柔らかさで机上を照らしていた。まるで、絵本に描かれる「星」そのものだ。
マリアンたちは、一通りのことはすでに聞き終えた。異なる世界のこと。プププランドという彼らの国のこと。
──正直、途中までは半信半疑だった。だが、この星をテーブルに置かれた瞬間、広間の空気が変わった。
乾いた喉から、辛うじて言葉を絞り出す。
「これが……特別なチカラがあるという秘宝『きらきらぼし』」
「そのうちの1つが不届き者どもに奪われてな。そこで残り4つをオレ様と昔馴染みで分けて守り、カービィっつー頼れるヤツを見つけて渡そうと思ったんだ。だが……」
椅子にどっかりと腰かけたデデデ大王は、そこで一度言葉を切った。ガウンの中に手を差し入れると、ぴらりと一枚の紙を取り出し、机越しに差し出す。
「代わりに、こんなものが見つかった。オレ様名義の手紙だが、明らかに犯人の1人が書いたものだ。カービィは、罠にはめられてこの世界に誘い出されたのさ」
「……では、あなたたちは、そのカービィって人を探してるんですね」
「そうだ。同時に、昔馴染みの1人も犯人たちを止めに行ったはいいが音信不通になっちまってな。ソイツもいま探してるところだ」
と、大王の隣で、バンダナワドルディが短い両手をめいっぱい広げる。
「で、味方をかき集めてやってきたはいいんですが、寝る場所がないのが困ったところでして。さっき、大王さまがちょうどいいところを探してたってわけですよ」
「……お嬢様。こやつらの話、どうお受け止めに?」
チャイムがそっとクラウンに振り向くと、
「私は信じます。少なくとも、嘘をつく方たちには見えませんわ」
「じゃ、じゃあ……!」
「ええ。この城で思う存分、身体を休めてください」
クラウンがにっこり微笑むと、バンダナワドルディは高く飛び上がった。
「やったぁっ、助かりましたよ、大王さまー! ボクたち、いい人たちの近くに墜落しましたねー!」
一方、デデデ大王は見るからに不満そうだった。
「ヘンッ。オレ様は大王だぞ。誰かの民だか部下だかになるなんぞ、まっぴらゴメンだっつーの!」
そうがなったかと思うと、すぐに腕組みしてそっぽを向く。
マリアンとチャイムが同時に彼を睨んだ途端、バンダナワドルディが慌て、
「大王さま、まだ意地張ってんですか。外交みたいなもんなんですから、ここのルールに従わないと!」
「ははっ、民が2人しかいないやつのどこが王なもんか。『自称』をつけ忘れてんじゃねーのか?」
「……自分で言うかなぁーそれ……」
「ん? 何か言ったかバンワド」
「いえなんでもありません」
急いで視線を逸らす部下をどこか同情的に一瞥したあと、チャイムはこほんと咳払いをした。
「勘違いするな。我らがクラウン王国の民は現在、82名なのだ!」
「ほー。それじゃあ、残りの民はどこにいるんだ?」
「地を駆けている馬もいれば空を飛んでいる鳥も、あとは川を泳いでいる魚もいるのだ」
「……それ、民っていいます?」
「がっはっはっ、じゃあ話にならんな! 交渉決裂ってこったぁ!」
さっそく席から降りたデデデ大王がきらきらぼしを懐にしまい、その場から立ち去ろうとする。
そのガウンの裾に、バンダナワドルディが短い手で追い縋った。
「あーもういいんですか、大王さま! またボクらの拠点がダイナブレイドにフッ飛ばされますよー!」
「……ダイナブレイド?」
何とかデデデ大王の退場を小さな身体で食い止めようとするバンダナ。
その隣にマリアンも飛び込み、デデデの前に手を広げる。
「待ってください。それは、音を置き去りにするほど速く飛ぶモノですか?」
「ん、その通りだが。何で知ってんだ?」
「……クラウン」
デデデの態度は実に気に入らないものの、直感が今だけは彼を逃すなと言っている。
マリアンが呼びかけると、我らが王は頷いて口を開いた。
「デデデ。以前からこの城はあなた方と同じ被害を受けています。我々はちょうど今日、その正体を確かめようとしていたところなのですよ」
「……」
「ということは……大王さま、この方たちならきっと力になってくれますよ! こちらの世界の情報も得られますし!」
デデデ大王は難しい顔をして足踏みをしたあと、やがて舌打ちした。
「ちっ。いけ好かん連中だが、オレ様は寛大だからな」
デデデ大王は再び席にどかりと腰を下ろすと、クラウンを指さした。
「じゃあこうしよう。オレ様たちがダイナブレイド退治に力を貸す代わりに、お前らは仲間探しに協力する。まずは情報交換ってことでどうだ」
マリアンは思わず眉をひそめる。
──力を貸してほしいのはそっちでは?
どうもこのペンギンは、どこまでも自分のメンツが大事らしい。
「なるほど。
「お、お嬢様。確かにダイナブレイドの情報は必要と存じますが、こやつを民にするというのは……ちょっとお考えになった方が」
「王は助けを乞う民を助けるものです。何者であるかなど関係ありませんわ」
クラウンはチャイムの忠告を跳ねのけるが、マリアンも今回ばかりは不安を覚えた。だが王がそうするというのならば、自分たちもその判断に従うしかないだろう。
ちらりとデデデを見てみれば、彼もチャイムに負けないくらいの仏頂面だ。
「いちいち気に入らねぇ物言いだが、とりあえず交渉成立ってことだな。じゃあまずは相手のことをざっと教えてやるから、耳の穴かっぽじってよぉーく聞け」
デデデはいったん息を吐き切ると、説明を始めた。
「ダイナブレイドは、『白き翼』とも言われてる。空を飛んで地上を切り裂いちまう、超デケェ怪鳥さ」
「なに? 生き物が、音速を超えて飛べるものなのだ?」
「ああ、オレ様たちの世界ではな。スピードで言えばヤツに敵う生き物は……いや、機械でもなかなかねぇ」
──機械、でも?
マリアンにはどうにも信じられない言葉だった。ラプチャーには音速で空を飛ぶ種がおり、それが現在この世界の空を支配している。
ソレにも撃ち落とされずにいるということはやはり、常識外の生物としか言いようがない。
「普段は大人しい奴なんだが、一度暴れ出したら真正面からはなかなか手が付けられねぇ。だからまぁ、バレねぇ程度に地上から懐に潜り込んで弱点の頭を一気に叩くのが一番いいと考えてる」
次にデデデ大王は腕組みしたまま、マリアンたちの銃をじっと見つめた。
「それにしても、ソレがありゃそんな作戦なしに遠距離から対抗できそうなもんだが……あー、たぶん対応する隙もなく急襲と即離脱を繰り返されてるってことか。この人数と城の広さじゃ、一日中見張りってのも無理だからな」
思いの外、的確に自分たちの状況を分析されていることに驚きつつ、マリアンは頷いた。
「え……ええ、それが問題です。何とかして地上に引きずりおろせればいいんですが」
「ああ。ヤツの気を引けるものでもあればいいんだが、オレ様たちもそこで悩んでるところさ」
チャイムもマリアンと同じ反応だった。デデデに対しイラつきの感情しかなかった彼女の顔に、いつの間にか真剣な色が浮かび始めている。
「なるほど、だいたいのところは分かった。詳しいことはまた後で聞かせてもらうのだ」
「それではボクたちの番ですね。単刀直入に伺います」
バンダナワドルディは、顔を引き締めてクラウンたちを見つめる。
「最近、変な流れ星を見ませんでした? たぶんそれが、仲間の一人だと思うんです。大まかな位置さえ掴めればこちらとしては大助かりなんですが」
ニケたちの間に電流が走った。
王座に座るクラウンはひとまず、ティーを一口に運んでから口を開く。
「……見ましたわ、1週間ほど前に。そして、件の嵐──ダイナブレイドは、その流れ星が落ちた日から毎日やってきています」
「おお! じゃあ、大きな前進ですね! 後で、そちらの方面に部下を配置しておきます!」
バンダナワドルディが飛び上がる一方、デデデ大王は物思わしげな表情だった。
「それで、ダイナブレイドの襲撃を……お前らは毎日、3人だけで凌いできたのか?」
「はい。その通りですわ」
デデデはクラウンの返答を聞いて、割れた窓ガラスを見上げた。
いつの間にかその顔からは、さっきまでの子どもじみた態度は消え去っていた。
「分かった。とりあえず次回の襲撃に向けて、ここの防御はしっかりしておこう」
*
集落に戻っていたデデデ大王の部下たちは、一時的な民としてクラウン王国へ移住することに決定した。
そして彼らはデデデの命令で、城を修繕してくれる運びになった。
とんてんかん。とんてんかん。
マリアンとチャイムは、小さな生き物たちが群がりトンカチを叩く音を、何とも言えない表情で聴いていた。
「……」
「やはり、マリアンも不安なのだ?」
「はい。一時的とはいえ、ここまで民が大量に増えることはありませんでしたから」
「わにゃ!」
突然かけられた声──というよりは鳴き声──に、両者は小さく肩を跳ね上げる。
振り向くと、オレンジ色の丸っこい体躯に短い手足がついた生き物『ワドルディ』たちが、頭に丸太を担いだ隊列の下からマリアンたちの顔を覗きこんでいた。
道を開けると、彼らは一糸乱れぬ動きで建材を運んでは組み立てていく。
その先ではクワガタがラプチャーの残骸を軽々と持ち上げ、ゴリラが手にしたハンマーで素早く釘を打ち付けていく。
やがてマリアンたちは、一通り指揮を終えて汗をぬぐったバンダナワドルディを呼び止めた。
「バンワドさん。進捗はどうですか?」
「はい! 外壁はもう修繕完了しました。この調子なら、内壁の補強もあと1時間くらいで済みますね」
「見ていて思ったが、本当にすごいスピードなのだ。一応聞くが、こちらの要望は末端にも伝えているのだ?」
「心配はごもっとも。むろん、このボクが責任をもって変なことはやらせませんから、どうぞご安心を!」
そういって、バンダナワドルディは自信ありげに胸、というか身体そのものを張る。マリアンたちは、駆けていく小さな背中を見送った。
「意外にトラブルはないですね。私も見て回りましたが、不審な点はありませんでしたし」
「うむ。正直なところ、むしろこちらが助かる面も大きいのだ」
彼女たちは、バンダナワドルディを含めたデデデの部下たちについては好印象を抱いている。
彼らは純粋かつ誠実で働き者だった。ニケよりずっと小さく愛嬌のある姿も、警戒心を解くのに一役買っているのかもしれない。
「とはいえ、油断はするでない。あやつらも、デデデの命令一つでどう動くか分からんのだ」
「……そうですね。クラウンも、どうか気をつけてください」
王は、依然として凛とした佇まいで考え込むように目を閉じていた。
「あの、クラウン」
「……」
「クラウン、どうしましたか?」
「…………はっ。な、なんでしょうか、マリアン」
──もしかして、立ち寝?
その疑問は脇に置いておき、マリアンはもう一度クラウンに呼びかける。
「あの、本当にデデデには気をつけてくださいね」
「そのことでしたか。それなら、あなた方が気に病む必要はありません」
不安がる2人の民にクラウンが返したのは、やはり微笑みだった。
「いざというときは私が全てを受け止め、あなた方とこの王国を護ります。なぜなら、私はあなた方の王だからです」
クラウンは傷を塞がれ新築のようになっていく自分の城を、愛おしさすら混じった視線で見つめた。
「ですが、2人とも。いまは我々のために何人もが働いてくれているのは事実。そのことには感謝を伝えなければならないと考えますが、あなた方はどう思いますか?」
──そうだ。我らが王は、いつもこうだ。
理由も言わず、王国の名のもとに他者を助ける。それが如何なる相手だろうと、たとえ自らを拒絶しようと、いつでも隣に寄り添おうとする。
その無条件の優しさに、マリアンは喪失感の底から救われた。
思えば、今のデデデの自由奔放な振る舞いは、少しだけ──ほんの少しだけだが、かつてのマリアンを感じさせた。だからこそ、彼のことを苦手に思ったのかもしれなかった。
「お嬢様……やはり、あなた様の御心は大海のように広うございます! 確かに、我々が目の前で働く者に褒美もとらせず上から見下すのでは、クラウン王国の名が廃れます!」
チャイムが瞳に感動の涙を浮かべ始めるのを見て、マリアンも心に決めた。
デデデを完全に信じるわけではないが、自分は、彼らの行動そのものに報いよう。
「……そうですね。では、私もなにか」
青空を見上げればもうお昼時だ。マリアンは「あ」と声を上げた。
「2人とも。私、いいこと思いつきました!」
「……いい、こと?」「なのだ?」
疑問符を浮かべる2人をよそに、マリアンは丘の下へ走っていく。
*
しばらくしてから、マリアンは近くにいた一頭身の部下たちに呼びかけた。
「あの、皆さん。たぶん、ここに来てからちゃんとしたもの食べれてないですよね。朝の作り置きが残っているんですけど、休憩のついでにいかがですか?」
マリアンが、特製料理の入った鍋を持ち上げてみせる。振り向いた部下たちは誰もが目を輝かせた。
「え、いいんですか!?」
「はい。バンワドさん、よろしければ一口味見してみますか?」
「ありがとうございます! それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「ストーップ! マリアーンッ!」
駆けてきたチャイムが、鍋蓋を掴んだマリアンの手を必死の形相で押さえる。
「え、どうしたんですか?」
「お前の気持ちは素晴らしいが、その、それだけは……!」
「おう、なんだなんだ。そいつぁご馳走かー?」
どこから現れたか、ずいと顔を寄せてきたのは、よりにもよってあのデデデ大王。マリアンは反射的に、彼から鍋をサッと引き離した。
「言っておきますが、あなただけの分ではありませんからね」
「分かってるって、分かってるってー!」
そう笑顔で言うデデデの口端からは明らかに涎が見えている。
意地汚いのはもちろん、視覚的にも汚い。
「デデデ、いったいどこで何をしていたのだ!」
「そりゃ、ダイナブレイド退治の準備をしてたのさ。あったりめーだろ!」
「だからどういう準備をしていたのかを……って貴様、人の話聞いてるのだ!?」
「すぐ話してやるよ。コイツを味見させてもらってから、なッ!」
チャイムが引き留めるよりも、デデデの手がマリアンから鍋をひったくるのが先だった。
蓋が開けられ、その中にあるものを見た瞬間。
「ぎょえーーーーーーーッ!?」
異世界からの旅人たちは、目を剥いてひっくり返ったのだった。
*
昼時の食卓は100人以上がいるにもかかわらず、普段と同じくらい静まり返っていた。
皿から立ち上る虫と草の香りが、室内に充満している。
「皆さん、遠慮せず食べてくださいね。ちょうど今回は芋虫と蜘蛛、それに雑草もたくさん採れたんです!」
部下たちの顔は、なぜかいずれも青ざめている。
デデデ大王は料理を前に肩を震わせ、傍らのバンダナワドルディへ顔を寄せた。
「アイツら、日頃からなんてモン食ってんだ! カルチャーショックもいいとこだぜ!」
「大王さま、あんだけ食い意地見せたんですから食べて下さいよ。カービィならあの毛虫の佃煮はともかく、ここにあるもの全部平らげますよ!」
「ずりぃぞバンワド! そこでアイツの名前を出すなよ!」
「お二人ともどうしたんですか?」
「「いいや何にも!」」
背後からマリアンが呼びかけると、2人は同時に首を振った。
「だ、大王さま」「大王さまっ!」
次にデデデの背中に、部下たちの縋るような視線が集中する。
彼は、しばらく苦渋に満ちた声で唸っていたが。
「……しゃーねぇ、これも役目ってやつか」
やがてデデデは一旦、胸から空気を吐き出して。
「突然だがお前ら、それ全部オレ様によこせっ! うおおおおおおおおおおおおおお!」
デデデが口を大きく開けると、そこを中心として突風が巻き起こった。
部下たちの皿から料理が次々に浮かび上がり、ニケたちが呆然としている間にすべて口の中へ吸い込まれていく。
「あ、あいつ、あんなことが出来るのだ!?」
「なんという吸引力、まるで
チャイムが三つ編みを押さえ、クラウンが椅子にしがみつきながら叫んでいるうちに、吸い込みは終わった。
デデデの腹は風船の如くまん丸に膨らみ、顔面は蒼白に。
彼は溜め込んだ料理を──そのまま、飲み込んだ。
「デデデ、なんてことするんですか! 皆さんが楽しみにしてたのに!」
「へへ、わりぃ。あまりに美味そうなもんで独り占めしちまった」
マリアンは憤慨してデデデに詰め寄るが、そこに部下たちがまるで壁となるようにして続々集まってくる。
「マリアンさん、気にすることないです! ボクたち、ぜーんぜんお腹空いてなかったし!」
「大王さまに食べ物奪われるなんて慣れっこですよー!」
「そ、そうなんですか?」
なんだか腑に落ちずにいるところ、チャイムが、背中からデデデの肩を叩いた。
「……貴様のこと、ちょっとだけ見直したのだ」
小さく何か呟いたが、マリアンの耳には届かなかった。
とにかくこのままでは、せっかく働いてくれたデデデの部下たちが腹を空かせたままになってしまう。
「仕方ありませんね。それでは」
「それでは?」
きょとんとするデデデの眼前に、マリアンは、まだ大量に残っていた料理の鍋を置いた。
「まだ残ってますから皆さん、安心して食べて下さいね!」
「お……おごぉぉ……」
デデデは白目をむいたと思うと泡を吹いて、その場に倒れ込んだ。
「だ、大王さまーッ!?」
バンダナワドルディが慌ててデデデ大王を揺さぶるが起きる気配がない。
たぶん美味しすぎて気絶したのだろう、足が痙攣するほどに。
「うわあああん、もうおしまいだーッ」
「お助けーッ」
──なんでみんな、この世の終わりみたいな顔をしているのだろう?
マリアンがそう思った、その時──
「!?」
疾風が、修繕された窓ガラスを再び割って吹き込んだ。
かの嵐が、いや、白き翼が、再びクラウン王国の王城を襲撃したのだ。
ダイナブレイド登場!最初挑んだ時はわけもわからず何度も頭を掴まれてた記憶が……。
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