昼下がり、クラウン王国の食卓では、今朝デデデたちと出会う前に繰り広げられたばかりの惨状が蘇っていた。
チャイムはガラス片の雨から机の下へ逃れ、頭を抱えて声を震わせた。
「な、な、なぜなのだ! 今までは1日に1回だけだったはず!」
風切り音が、今度は先とは反対側に回る。バンダナワドルディが四つん這いのまま叫ぶ。
「みんな、伏せてーっ!」
窓ガラスが割れて次の突風が吹き込み、一頭身の部下たちはく悲鳴を上げて宙を塵のように舞う。
続いて天井が突き破られ、室内に日光が差し込む。そこから鋭い眼が室内を覗き、巨体が地を揺らして城内へ舞い降りた。
「お、大きい……!」
黄色く輝くトサカに知性を感じさせる凛々しい瞳。巨大な翼に生え揃う、鮮やかな虹色の羽根。
鳥という言葉で片づけるにはあまりに威容のある存在が、崩れ落ちた城内に陣取っていた。
これがダイナブレイド。城を幾度となく襲った影の正体。
「キョエエエエエエエエエッ!!」
嘴から出た咆哮が、空間を突き破った。
「ひゃあああああああッ!」「うわぁーん、大王さまー!」「て、てめーらシャンとしろ! 今こそ俺たちのチカラを……あひえええ、いま睨まれたぁぁッ!」
混乱して烏合の衆と化した一頭身たちの間、マリアンは塞いだ耳から手を離すと、
「くっ……エンカウンターッ!」
自らを奮い立たせるように叫び、マシンガンを持ち上げる。
引き金に手をかけたところで、ソレは早くも気づいて床を蹴る。轟と吹いた突風に目を瞑り、次に瞼を開けた時には、怪鳥は既に城上空を旋回していた。
「マリアン、大丈夫ですか!?」
大空を見上げるマリアンへ、王と秘書が駆けつける。
「は、はい! クラウンとチャイムは?」
「問題ないのだ。今は一刻でも早く、ヤツを!」
彼女たちも既に得物を構えている。先手こそ許したが、戦意は挫かれていない。
「待て、そう焦るんじゃねぇ!」
マリアンたちを呼び止めたのは、いつのまにか目を覚まして瓦礫から這い出していたデデデだった。思わず、チャイムが傍に駆け寄る。
「デ……デデデ、大丈夫なのだ!?」
「なぁに言ってんだ、これくら……うっぷっ……問題ねぇ!」
一瞬、どこからどう見ても問題ありそうな青白い顔を見せたが、デデデ大王はなんとかこらえてバンダナワドルディへ振り向く。
「おい、バンワド。アレ持ってくるぞ!」
「は、はい!」
「テメーらは、銃撃でなるべくダイナブレイドを地上へ引き付けろ! ただ、火の玉も吐いてくると聞く。気をつけろよ!」
デデデ大王はニケたちを指さしながら、バンダナワドルディと城外へ走って行った。
「何なのだ、アレとはいったい……ええい、とにかく応戦なのだ!」
「はい!」
さっそく、天井の穴を射撃窓に変えて銃火を送る。
だが弾幕は、音速すら超える怪鳥の速度にまるで追いつけない。
やがて影が一際強く光ったと思うと、デデデの警告通り、燃え盛る火の玉が次々に落ちてきた。
「くっ、流石は怪鳥! ただ飛ぶだけじゃないんですね!」
幾つかは銃撃で撃ち落とすものの、狭い射撃窓では相手の動きをすべて捉えられない。
そのことをダイナブレイドも知ってか、射線を切りつつ手当たり次第に城の各地を爆撃していく。
「あ゛ーッ! いったい、なんで今日に限ってこの城に執着するのだー!」
「とにかく、このままでは城が壊されます!」
爆発の衝撃でチャイムとマリアンは体勢を崩しかけるが、クラウンは真っすぐ立ったまま、天井に開いた穴を見上げて言った。
「2人とも、まずは城外へ出ましょう。そこなら視野も確保できますわ」
「しょ、承知いたしました、お嬢様!」
幸いにも、ここは彼女たちの陣地そのもの。どこからなら、空を──そこを飛ぶダイナブレイドを捉えられるかは分かり切っている。
3人は急いで廊下を駆け抜けてゆき、時折見える窓から銃撃を放って注意を引きつつ、城外の広場へ飛び出した。
「さぁ、来い! ダイナブレイド!」
チャイムの叫びに応えるように、再び火球が数発放たれた。
先までの手当たり次第な撃ち方とは打って変わり、正確に狙いをつけられている。
だがクラウンの気高き表情は一切揺るがない。彼女は、槍の穂先を天上へ構えた。
「これ以上、王国に手を出させませんわ」
火球が直撃する直前、展開されたシールドの前に爆ぜて消える。
槍一本で衝撃を受け止めた腕は、微動だにしない。
その後も火球が幾度も放たれるが、結果は同じだ。チャイムは、マリアンと頷き合った。
「さすがはお嬢様! これでは火の玉もただの花火でございます!」
これでは埒が明かないと判断したのだろう。
彼女たちを射抜くように睨み、ダイナブレイドが高度を下げる。
構えられた爪が光った。
「なっ……あやつ、直接お嬢様を狙う気か!」
「構いません。ならば、真正面から迎え撃つのみ」
クラウンが『ユア・マジェスティ』の穂先に光を溜め始めたその時──
ダイナブレイドは急停止、羽ばたくことで暴風をニケたちに叩きつけた。
「!?」
彼女たちが吹き飛ばされ転がったところを狙い、超低空を滑空する。
捕食者には、被食者の反撃の意図など見え透いていたということか。
剣のように金属質の輝きを放つ翼が広げられた。
3人まとめて撫で切りにするつもりだろう。
「ぐっ……」
「お、お嬢様!」
「クラウン!」
「お嬢ちゃんたち、待たせたなぁっ!」
そこへ叫び声とともに、城壁からダイナブレイドへめがけ地上を突っ切る影があった。
「……この声は」
排気音が、ひと際重く唸った。
滑空するダイナブレイドの背後から、一つのバイクが速度を上げて追い上げていく。
タイヤは一輪のみ。ホイールのあるべき部分からは、凛々しく鋭い目が前方を見据えている。
後方に伸びるマフラーは、噴火と見紛うほどの勢いで黒煙を噴き出していた。
「フン。この『ウィリーバイク・デデデカスタム』が、早くも日の目を見るとはな!」
「ひいいいい飛ばされるうううう!」
「バンワド、ぜってぇ離すなよ!」
その一風変わったバイクに、デデデがハンドルを握って跨っていた。バンダナワドルディは、その背中に必死に摑まっている。
倒れた柱の瓦礫を踏み台に、高く跳び上がる。
デデデはバイクからジャンプを決めて背中へ迫り、巨大な木槌で──背中を一撃。
「!?」
異質な衝撃に驚いたのか、ダイナブレイドは驚いてふらついた。
バランスを崩し、地上に墜落する。
それは即座に立ち上がって翼を広げようとするも、
「そうはさせないよ!」
デデデからダイナブレイドの背へ飛び乗っていたバンダナワドルディが、その手の槍で鋭く後頭部を目にも止まらぬ速度で乱れ突く。
完璧なタイミングで、怪鳥は再び地上をもんどりうった。
「今がチャンスだ! 頭へぶちかませ!」
「──分かりましたわ!」
クラウンたちは即座に立ち上がり、銃撃を頭へ直撃させた。
これまでのお返しとばかりに、凄まじい爆風がダイナブレイドの頭を包囲する。
「キゥエエエエエエエッ!」
爆煙に揉まれたダイナブレイドの影は、やがてその場に倒れ伏した。
「た、倒し、た?」
「煙のせいでよく見えないのだ……」
状況を把握しようと目を凝らそうとした、その時。
焼け焦げたダイナブレイドの首が煙を切り裂き、バネのようにマリアンへ飛んだ。
「え」
反応できない。マリアンは思わず目を瞑る。
だが衝撃は来ず、代わりにガキィンッ、と硬いものがぶつかり合う音が聞こえた。
彼女が恐る恐る目を開けると──
目の前に迫った刃物のように鋭い嘴という名の鋏を、交差する木槌と槍が受け止めていた。
それを持つのは、2人の王。
「!」
クラウンとデデデは、互いを驚いた顔で見つめ合う。
「デデデ、あなたは……」
やがてプププランドの王は、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、お嬢ちゃん。アンタのやってる王様ごっこ……どうも、遊んでやってるわけじゃあねぇようだ」
勢いを失ったダイナブレイドの瞳から精気が失せ、今度こそどすん、と重量のある音を立てて倒れ伏した。
「ありがとうございます、クラウン……そして、デデデ」
「んなこたぁ良いんだよ。親分が子分を守るのは当たり前のことだろうが」
マリアンに続け、チャイムも神妙な面持ちで頭を下げた。デデデは思わず肩を跳ね上げて、目を文字通り丸くした。
「……今回ばかりは私からも礼を言っておくのだ。本来であれば前に出るべきは私だったのに、お嬢様に危険な役目を背負わせてしまった。王の臣下として、あまりに不甲斐ないのだ」
「だああああー、もうなんだよ、いきなり改まって! だからいいんだってそーいうのはッ!」
チャイムからも感謝を告げられたデデデ大王はそっぽを向いた。だが、顔が紅くなっているのは誰の目から見ても明らかだ。
「もう、大王さまったら相変わらずですねぇ。素直に受けとればいいのに」
バンダナワドルディはそう溢すと、動かなくなった巨鳥のあちこちを見て回り始めた。
「バンワド。いったい何をしているのですか?」
「ダイナブレイドの身体を調べてるんですよ。クラウンさんたちも、なんでこんなことが起こったか気になりません?」
「なるほど。いわゆる
「さ、さすがはお嬢様! 『検分』にそこまで同音異義語があるとはこのチャイム、全く存じ上げませんでした! さぁバンワド、私たちも協力させてもらうのだ!」
「……なんていうか、どうにも空気が締まらないなぁ……。あのー、マリアンさん。そちらから見て何かおかしいところないですか?」
「え、えーと……あ! 翼を見てください!」
マリアンが不自然に焦げた箇所を指さすと、チャイムが慌てて顔を引き締めて頷く。
「……んむ。戦っている時は見えなかったが、ずいぶん酷いやけどなのだ。おそらく、今回の戦闘によるものではないのだ」
同時にバンダナワドルディは、背の低さを生かしてダイナブレイドの腹側を探っていた。
「こっちは……あっ、お腹がすごく凹んでます。よっぽど長い間、何も食べてないみたいですね」
「食べて、ない?」
マリアンは首を傾げる。
これまでを振り返る限り、ダイナブレイドの進撃を止められる者など滅多にいない。よほどのことがない限り餌にも困らないはずだ。
そんな怪物が、餌も取らず何かと戦い続けている。
「まさか……」
直後、後ろで何かに気づいたように呟いたデデデに振り返る。
「心当たりがあるんですか、デデデ」
「ああ。話すと長くなるんだが、実はな──」
そこで話は遮られた。
なんと、ダイナブレイドが再びゆっくりと目を開け始めたのだ。
チャイムが、即座にクラウンの前に出て銃を構える。
「こ、こやつ、まだ息が!」
しかし、それをデデデの手が制した。
「待て。もう戦う必要はねぇ」
ここに来て、突然の掌返し。チャイムは当然、マリアンも驚く。
「き、貴様、何を言っているのだ。こやつは散々今まで王国を……」
「■■■■■■■■■■■■■■■■……」
聞き覚えのある音にはっと振り向くと、赤い光を纏う黒い影の集まりが、空の左方から続々と列をなしていた。
それはまるで川で群れを成す小魚のようでもあり、風に流される雲のようでもあった。
「あれは、ラプチャーの大編隊!?」
城に興味はないように思えた。どこか、別の方角へ呼ばれたかのように真っすぐに向かっている。
「グゥルルルル」
ダイナブレイドが唸る。その関心は、既にニケたちには向けられていない。他でもない、ラプチャーたちだ。
「キェアアアアアアアッ!! ギィィヤァアアアアアッ!!」
突然、クラウンたちと対峙した時よりずっと激しい怒声が、空気をつんざき始めた。
そこへデデデ大王が、そっとダイナブレイドの頬に手を当てる。
「ダイナブレイド、テメーの事情は分かった。オレ様たちもそっちの戦いに混ぜてくれねぇか?」
「……」
怪鳥はしばらくデデデを見つめると静かに頷いてみせ、傷だらけの背中を差し出す。
「い、言うことを聞いた……!?」
「説明してる暇はねぇ、お前らも乗り込め!」
「はいっ。城に残るみんなは、補修よろしくねー!」
バンダナワドルディがデデデに続いてダイナブレイドに登る途中、続々集まってきていた部下たちに槍を振って声をかけた。彼らは「おー!」と威勢のいい声で答え、さっそく作業に取り掛かり始める。
やがて、その様子を見ていたクラウンはマリアンたちに振り向いた。
「マリアン、チャイム、行きましょう。きっと、私たちにとっても重要なことですわ」
「お、お嬢様!?」
先に歩み出した王に慌ててついていく形で、王国の民たちも数分前に戦ったばかりの相手の背に乗る。
怪鳥が虹煌めく翼を広げて脚を蹴り出すと、あっという間に大地が遠ざかった。
*
やはりというべきか、ダイナブレイドのスピードは凄まじかった。
飛び上がってからものの数十秒で、粒にしか見えなかったラプチャーの大群が個々の姿形を見分けられるほど近くなる。
「とにかく秒単位で時間がねぇから手短に伝える。あの向こうにある山を、あいつらから守り切る。分かったな!」
「向こうにある、山……?」
「ほぉら、さっそくこっち向きやがったぜ! あれ、お前らの敵なんだろ!?」
デデデの発言の通り、早くも複数の飛行型ラプチャーがこちらへ赤い目を光らせる。
本当に準備の時間すらないと悟ったマリアンは、すぐさま銃を構える。
だが。
「……ッ」
「おい、マリアン。早くしなきゃまとめて──」
「代わりにやるのだ!」
一瞬だけ、引き金にかけた指が動かなかった。
見かねたチャイムが分け入って、ビームを放とうとしたラプチャーたちを全て撃ち抜いた。
「ふん、やるじゃねぇか」
「で、次はどうするつもりなのだ?」
「一々こんなところにかまってらんねぇ。ダイナブレイド、テメーはもっとアタマに回り込みてぇんだろ?」
「キェッ」
「よーし。そんなら、遠慮なくかっ飛ばしちまいな! みんな、しっかり掴まれ!」
マリアンたちが慌てて姿勢を屈めた直後、凄まじい風圧が塊になって吹き寄せた。
ラプチャーたちから殺到するビームの雨を翼で弾きつつ、軽々と彼らを追い抜いていく。
そうしているうちに、空にインクを垂らしたような──妙なモノがぽつんと見えた。
「あ……穴ッ!?」
チャイムがいつもより一段階高い、素っ頓狂な声を上げた。
そうとしか形容しようがない。空に、黒紫色で星型の穴が実際に渦巻いているのだから。
バンダナワドルディは薄く目を開けつつ、デデデと確信を得たように頷きあった。
「やっぱり、ディメンションホール!」
「このまま隊列の前に出るぜ!」
デデデが告げると、ダイナブレイドは勢いのまま穴に突っ込んだ。
通ったのは一瞬。
マリアンが、ゆっくりと瞼を開ける。
眼下に、丸い雲に囲まれて聳え立つ高山が見えた。
地上には、丸くカラフルな大木がいくつも立っている。
自分たちの城がある平原と一見は似通いつつも、あらゆるところが決定的に違った。
「ここが……デデデたちの世界」
異世界への感嘆も、二度目の風圧が来るまでだった。
ダイナブレイドが急旋回、生きた防壁としてラプチャーたちの前に立ちはだかる。
「護るのはあの山だ。さぁ、お前らも約束通り、協力してくれよ……なぁッ!」
デデデは、前方にいた一体のラプチャーが放ったビームを『吸い込んだ』。
それを吐き返して、いくつものラプチャーを撃ち抜いていく。
「まぁ、なんと。デデデは何でも入る胃袋を持っているのですわね」
「へっへーん。どうってもんだい。壁役は任せてもらって構わねぇぞ」
クラウンはさっそくマシンガンで的確に撃ち抜きつつ、感心する。
デデデは自慢げに太鼓腹を叩いてみせるも、すぐに虫のように後から続いてくる機械たちを睨んだ。
「コイツらがラプチャー……。フン、無愛想な奴らだぜ」
隣で同じくマシンガンを持ち上げラプチャーを静かに見つめていたマリアンは、その言葉にぴくりと肩を震わせた。
「ん? どした」
「……いえ、なんでも。なぜかどうしようもなく、怖気ついちゃっただけです」
「ったく、頼むぜ。遠距離攻撃はお前ら頼みなんだからよー」
マリアンは正直に伝えることを諦めた。
こんな状況で逐一説明している暇はない。
たとえ理由を説明しても、この人たちには──いや、クラウンたちにだって理解されないし、失望されるだろうと直感したから。
──そんな思考を、前方に落ちた紫電が強制的に遮る。
「!?」
元凶は、すぐ目の前に現れた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
ラプチャーの群れの直上に君臨し、翼を広げる巨影。
それが稲光る黒雲を背景に、ダイナブレイドたちを待っていたかのように見下ろしていた。
「き、キカイの鳥ですよ、大王さま! たぶん、ダイナブレイドよりおっきいです!」
バンダナワドルディの言葉に、デデデは口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「ストームブリンガー……! まさかこんなところで!」
「なな、なんだよ、そいつは!?」
デデデの問いに、チャイムは、ぎりと歯を嚙み締めて言った。
「音を超えて飛び、嵐をもたらす……人類から空を奪った天敵なのだ!」
城を襲ったことに何やら訳があるらしいダイナブレイド。しかしどうも、マリアンまでも人に言えない訳がおありなようで……?
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