「かんぱ~~~~~い!」
広間を埋め尽くしたデデデ大王の手下たちが、一斉にジュースのグラスを掲げた。
長テーブルに並んだ大皿を囲み、グラスをぶつけ合う音があちこちで弾ける。
その歓声を、チャイムは広間の隅にあるキッチンの床にへたり込んだまま聞いていた。
包丁を握り続けた腕は、もう肩より上に上がらない。山のような野菜を刻み続けた代償だ。
「……た、助かったのだ、コックカワサキ……貴様がいなければ、今頃、クラウン王国は滅んでいたのだ……」
隣では、コック帽を被った丸い料理人が鼻歌まじりに、鍋をいくつも同時に振っている。
「水くさいよぉ、チャイムさ~ん。あんたたちはオレたちの恩人なんだからさぁ~。後はオレに任せてよぉ~」
「す、すまんのだ……」
チャイムは壁を伝い、よろよろとキッチンから這い出した。
真っ先に向かう先は決まっている。
「お嬢様……ご無事で……ございますか……?」
彼女の主であるクラウンは、ワイングラス片手に玉座に座り、宴の賑わいを静かに眺めていた。チャイムに気づくと、その目元がやわらぐ。
「あら、チャイム。あなたこそ、よく働いてくれましたわね」
それだけで十分だった。
腕の痛みも足の重さも、その一言ですべて報われた気がした。
「ははぁっ」
玉座の前に膝をつき、深く頭を下げる。
さて、次は皿の補充か、空いたグラスの回収か。頭の中で段取りを組み始めたところへ、頭上から声が降ってきた。
「チャイム。私から貴女に、パーティーを楽しむことを命じます」
「お、お嬢様……?」
顔を上げると、クラウンは微笑んでいた。
王のために働くことは、チャイムにとって当たり前のことだった。言われる前に動く。ずっとそうしてきた。
こうして何かをきちんと言葉にして命じられるのは、初めての経験だった。
「か、かしこまりました。ありがたく、
チャイムは慌てて、頭を下げ直した。
*
とはいえ、楽しめと言われても勝手が分からない。
チャイムはひとまず、プププランドの者たちの中でいちばんまともだと踏んでいる相手のところへ足を向けた。
「お~、チャイムさん。お疲れ様です!」
青いバンダナを巻いたワドルディが、テーブルの端からぶんぶんと手を振る。
「バンワド……。貴様もこやつらの統率、よくやってくれた」
互いをねぎらいながら、チャイムはふと首を傾げた。
あれだけの数の手下をまとめ上げたのだ。自分と同じか、それ以上に骨の折れる仕事をこなしたばかりのはず。
なのに目の前の彼は肌がつやつやで、疲れた気配がまるでない。
プププランドの者だから、と言われればそれまでだが──
「……なぜ貴様はそんなに元気なのだ……?」
「えへへー。実はですね……コレのお陰なんです!」
差し出されたコップの中で、白っぽくどろどろした液体が、ゆっくりと傾いた。
「な……何なのだこれは」
「リンゴジュースです!」
「リンゴジュース!?」
思わず、素っ頓狂な声が彼女の喉を突いて出た。
見れば彼の手元には、同じ中身のコップがいくつも並んでいる。眺めているだけで胃の底がせり上がってくる。
「……失礼を承知で聞くが、それは、ホントにリンゴジュースなのだ?」
「はい! プロテイン:リンゴを4:1の比率にしてます!」
思わず、「げっ」と声が漏れかけた。
「それ、リンゴジュースじゃなくてリンゴ入りのプロテインなのだ。というか、なぜこの祝いの場でそんなものを……」
「そりゃ、カービィみたいに強くなりたいからですよ! いつかポップスターで一番ムッキムキになって、どんな敵でもギッタンバッタン……」
バンダナワドルディは目を輝かせ、むんっ、と短い腕に力こぶを作ろうとする。
……その瞬間、チャイムは幻視してしまった。
顔だけは今の愛らしさのまま、全身の筋肉が岩のように膨れ上がった彼の姿を。
そっと、その腕に手を置いて下ろさせる。
「悪いことは言わない、やめておくのだ。貴様は今のままでも十分に素晴らしいのだ……」
「えー、そうかなー? ほら、チャイムさんも飲んでみて下さいよ! 結構おいしいですよ?」
どろり、とコップが目の前に迫る。
──このままでは、自分まで飲む流れになる。
「て……丁重にお断りするのだ」
チャイムはじりじりと後ずさり、そのまま席を離れた。
いちばんまともだと思っていたが、やはりこいつも大概だった。
*
こうなると、他の者たちが気がかりになってくる。
チャイムは料理をかき込む手下たちの間を掻い潜り、真っ先に、いちばん不安な席へ急いだ。
「ぷっ……はぁ~~~~~~~~~~~~!!」
案の定だった。
マリアンがジョッキを一気に空け、テーブルへ叩きつける。傍らのボトルの底では、漬け込まれたヘビがとぐろを巻いていた。
すぐそばにはカウンターズが揃っている。せっかくの再会の席だというのに、そこだけ空気が冷えきっていた。原因は見るまでもない。
「あはは~。しきか~ん。このボトルの形、XXXみたいですよね~!? そうですよね~!?」
顔を真っ赤にしたマリアンが、指揮官の肩にぐでんとしなだれかかって卑猥な単語を連ねている。
「ああ……うん……すごいなぁ~……」
指揮官は苦笑いを貼りつけたまま、どこか遠くを見ていた。
チャイムは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「そういうことだろうと思っていたが……」
「ちょ、ちょっと、チャイム! あんたたち、マリアンに何をしてくれたのよ!? 私たちの可愛いマリアンを返して!」
目ざとくこちらを見つけたアニスが、マリアンを指さして詰め寄ってくる。その隣にネオンも並んだ。
「さっきなんて、蝶の羽根の揚げ物とか取り出してましたよ!? 日頃から何てもの食わせてるんですか!?」
「文句なら、パイオニアの奴らにこそ言って欲しいのだ! 私たちこそ迷惑を被っているのだ!」
立ち上がって言い返すと、黙って成り行きを見ていたラピが眉をひそめた。
「……スノーホワイトたちが? どういうこと?」
チャイムは長い溜息をついた。
「簡単なことなのだ。ここに来るまでに、1人からは悪食を、もう1人からは猥談を、またもう1人からは悪酔いを受け継いだのだ」
誰が何を、とまでは言わなかった。言わなくても、3人の顔には揃って納得の色が浮かんでいた。
その背後では、マリアンに抱きつかれた指揮官がジョッキを口元へ押しつけられ、必死に顔を背けている。
「……悪影響ばかり受けてますね」
ネオンがメガネを押し上げて呟く。アニスは拳を握りしめた。
「あの3人、恩人とはいえ、今度会ったら流石に文句言ってやるわ! よくもうちのマリアンを汚してくれたわね!」
「……勝手にしてくれなのだ」
半ば投げやりに手を振って、チャイムはそのテーブルに背を向けた。
背後で椅子が倒れる音とともに、指揮官の悲鳴じみた声が聞こえた気がした。
振り返る気力は残っていなかった。
*
キッチンでは、コックカワサキが相変わらず鍋を振り続けていた。戻ってきたチャイムを見て、おたまを持つ手が止まる。
「あんれ~? チャイムさん、だいじょ~ぶ~? 顔、青くなってるんじゃないの~?」
「いや、もう私はここにいた方が精神衛生上いいのだ……」
──楽しめという命令は、思っていたよりもずっと難しい。
空いた木箱に腰を下ろすと、目の前に湯気の立つマグカップが差し出された。
「何があったか知らないけど……はい、おまちど~。カワサキ特製、滋養強壮スープね~」
「……ありがたくいただくのだ」
一口すする。
澄んだ出汁の旨みが舌に広がり、じんわりと腹の底まで温まっていく。強張っていた肩から、ようやく力が抜けた。
「やはり、貴様の料理の腕はなかなかなのだ」
「はは~、それほどでも~」
コックカワサキは朗らかに頭を掻き、
「実はそれ、マリアンさんの料理にインスパイア受けて、芋虫と蜘蛛から取った出汁入れてんだよねぇ~」
チャイムの口から、スープが霧になって噴き出した。
「貴様!! なんてもの飲ませるのだ!?」
「あはは。ギャグだよぉ、ギャグだってばぁ~」
「まるでギャグになってないのだ!!」
*
「はむ、はむ、はむ、はむ!」
おにぎり、プリン、カレー、ピザ、かつ丼、骨付き肉、ハンバーガー、お寿司。
カービィは食欲に忠実に従い、目の前にそびえる食べ物の山へひたすらかぶりついていた。
「がつ、がつ、がつ、がつ!」
隣に並んだもうひとつの山には、デデデ大王がかじりついている。
ふたつの山はみるみる低くなり、やがて大皿だけが残った。
「「おかわり!」」
からっぽの皿が、同時に高々と掲げられる。
「はいよ~、ちょっと待ってね~! ほっ、ほっ、ほっ!」
厨房から顔を出したコックカワサキは、出来上がった料理を次々と皿に盛り、そのまま広間へ放り投げていく。
皿は一枚も割れることなく、吸い寄せられるようにテーブルへ着地した。
「わぁいっ!」
カービィが嬉々として、ケーキに飛びつこうとした瞬間──
「いっただきー!」
横からデデデ大王が割り込んだ。大口を開けて、ちょうど目の前にあったケーキを吸い込んでしまった。
カービィは、即座に眉を吊り上げてデデデ大王に抗議した。
「ぷいっ! よこどり、だーめっ!」
「甘いな、カービィ。もう、決戦第二ラウンドは既に始まってるんだぜ。ん~、うめぇ~!」
これ見よがしにケーキを頬張る彼を前に、カービィの底なしのおなかは容赦なしに「ぐぅ~」と鳴る。
「むぅ~……」
仕方なく、カービィはきょろきょろと辺りを見回した。
──どうにかしてデデデに邪魔されず、しかもお腹いっぱい食べたい。
ちょうどその時、視界に入ったリック、カイン、クーのテーブル。
「う~。もう食べられないよ~」
「カ、カワサキのやつ、いくら何でも作りすぎだろ……」
彼らは既にまんぷくなようで、苦しそうに机に伏せている。
特にリックは、大きくなった腹をさすって寝転びながら手を振っている。
「おーおー、カービィ。すまねぇけど、こっちのシチューは空だぜー」
だが、カービィの目に留まったのはまさに、その空になった大鍋だった。
「わぁいっ!」
カービィの目が、きらりと輝いた。
──そっか! 自分で作っちゃえばいいんだ!
*
チャイムは、おそるおそるスープをすすりながら広間を見渡した。
あちらでは手下たちが皿を取り合い、こちらではカービィとデデデが料理の山を崩している。どこで何が起きても不思議ではなかった。
そんな状況に一々気忙しく視線を巡らせる自分自身が嫌になってきて、彼女は肩を落とした。
「うう……出来れば、もう5人くらい私が欲しいのだ……」
「大変そうだね~。やっぱし、前の方がよかった~?」
鍋を振る手を止めず、カワサキがのんびりと尋ねてくる。
チャイムは答えに詰まり、もう一度広間へ目をやった。
笑い声が、あちこちで飛び交っている。その賑わいの中を、玉座を離れたクラウンが自ら歩いていた。手下たちのテーブルに顔を出しては、楽しそうに言葉を交わしている。
チャイムはカワサキから、少しだけ視線を逸らした。
「……別に、比べるようなものじゃないのだ」
そう呟いたチャイムは、足元に積まれた空箱を見つめた。
「それにしても、物凄い減り方なのだ。私が離れる前は山積みだったと思うが……」
「やっぱしあの2人がいるからか、材料の減りが早いね~」
困ったように首を唸ったコックカワサキの視線が、ふと広間のカウンターズへ流れる。
その口の端から、じゅるり、と涎が垂れた。
「そういえばニケの人たちって、肉付きいいよねぇ~。あのいつもぶら下げてるお肉、ちょっと分けてくれないかなぁ~?」
チャイムの顔から血の気が引いた。サッと両腕で自分の身体を隠す。
「カ、カワサキッ! 冗談にも限度というものがあるのだ!」
「え~? トモダチを鍋に突っ込むのって常識じゃないのぉ~?」
「お前にとってトモダチとは何なのだ!? 普通に怖いのだ!!」
コックカワサキは答える代わりに、おたまで広間の一角を指し示した。
「だってほら~。カービィも、同じことやるつもりだよ~」
「……は?」
おたまの先では、カービィがちょうどシチューの空鍋を丸ごと吸い込んだところだった。
リックたちが驚いて、一緒に吸い込まれまいと床に這いつくばっている。
気づいたラピが、指揮官を介抱する手を止めて振り向く。
「カービィ、それは食べ物じゃないわよ!」
彼女の呼びかけも届かず、鍋はカービィの口の中へ。
ごくんと飲み込んだ、次の瞬間──
その頭には、真っ白なコック帽が乗っていた。
「コック!」
その声に、近くのテーブルからアニスが立ち上がる。
「えっ! カービィって、料理もできるの? スイーツとかできる?」
「カービィのコピー能力となれば、相当美味しいものに違いありませんね! 俄然興味が湧いてきました!」
ネオンまで、メガネを光らせて身を乗り出した。
いわゆる、別腹というやつである。
一方、デデデ及びその手下たちは違った。
「お、おい……やべぇぞ、こりゃ……」「そっと、そ~っと……」
皿を置き、じりじりと後ずさりを始めている。
チャイムの背筋を、嫌な予感が這い上がった。
「さいごのばんさん!」
カービィは、笑顔のままそう叫んだ。
いつの間にか握られていたおたまとフライパンを頭上に掲げ、かーん、かーん、かーん、と打ち鳴らす。
その瞬間、広間の中央に据えられた大鍋が、ごうっと唸りを上げた。
テーブルクロスがはためき、皿が滑り、椅子が傾く。
カウンターズも、デデデも、逃げ遅れた手下たちも、見えないチカラに掴まれたように大鍋へ吸い込まれていった。
「「ぎゃーっ!?」」
悲鳴が城じゅうに響き渡る。
ついさっきまで和やかだったパーティー会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の図に塗り替えられた。
「な、なななな、何をしているのだ!?」
「お~。カービィ、今回はやけに張り切ってるねぇ~」
引力は、キッチンにまで届いていた。
チャイムは厨房の角に、セミのように両手両足でしがみついた。その隣では、コックカワサキが同じ格好でのんきに感心している。
視界の端を、見慣れた顔がよぎった。
「あ、あ~~れ~~!」
「お嬢様~~!」
チャイムは、主へ必死に片手を伸ばした。
届くはずもない。指先のはるか先でクラウンはくるくると回りながら、あえなく鍋の具材となった。
ぐつぐつと煮え立つ湯気の向こうで、カービィはごきげんにおたまを回し始めた。
「ふっふふーん♪ ふっふふーん♪」
「あちあちあちあち!!」「ごぼごぼごぼごぼ!!」
やがて、鍋が噴火した。中からは出来たての料理が次から次へと噴き上がり、テーブルの上に山と積み重なっていく。
続いて、煮込まれていた一同がポップコーンのように弾き出された。
ニケが、1頭身たちが、広間じゅうを跳ね回る。そのたびに、修繕を終えたばかりの内装が景気よく砕けていった。
当然のように、誰の身体にも火傷ひとつない。ただし全員、目を回して床に転がっている。
「……きゅう」
惨状を前にチャイムは泡を吹き、仰向けに倒れたまま動かなくなった。
その顔を上からコックカワサキが覗き込み、手を振った。
「お~い、チャイムさ~ん。起きてるぅ~?」
*
目を開けると、煉瓦で出来た天井があった。
柔らかなベッドの感触。窓から差し込む、青白い光。どうやら城の一室に寝かされているらしい。
指揮官はゆっくりと身を起こし、自分の掌を見下ろした。
途端に、先ほどの悪夢が蘇る。指揮官は溜息まじりに、頭を押さえた。
「はぁ。まさか、カービィに料理されるとは……」
掌にも腕にも、火傷どころか赤みひとつない。
そのことにもはや大して驚かなくなりつつある自分が、ちょっと怖い。
「指揮官、起きましたか?」
すぐ傍から、控えめな声がした。
「……マリアン」
銀髪に包帯を巻いた少女が、そこにいた。
頬の赤みはすっかり引いている。酔いは醒めたようだ。
部屋の奥では、ラピ、アニス、ネオンの3人が、揃って安らかな寝息を立てていた。
マリアンが、そっとベッドの縁に腰を下ろす。指揮官もその隣に並び、2人で窓の外を見上げた。
雲ひとつない星空が広がっている。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
「指揮官、もう明日には行っちゃうんですか?」
「……寂しいか?」
「……はい。寂しいといえば、寂しいです」
マリアンは胸に手を当て、気丈に笑顔を作ってみせた。
「でも、私だってもう分かってます。指揮官が急がなきゃいけないってことくらい」
けれどその笑顔の端には、隠しきれない悲しみが滲んでいる。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
指揮官は、窓の向こうに浮かぶ月を見上げた。
「……実はな。この前、平和になった世界で君と話す夢を見たんだ」
「私と、ですか?」
「ああ。ぼーっとしてた私を君は叱って、パフェの3分の1をねだってきた」
「わ、私、そんな風に思われてたんですか!?」
マリアンが、むっと口を尖らせる。
髪の色こそ違う。それでもその顔は、あの昼下がりのカフェで頬を膨らませていた彼女と瓜二つだった。
指揮官は思わず苦笑した。
「──そんな夢を見るくらい、私も寂しかったみたいだ」
マリアンが、はっと息を呑む。
夢には2つの意味がある、とカービィの友リックは教えてくれた。
眠っている間に見る夢と、現実にしたいと願う夢。あの夢を、眠りの中だけのものにしておくつもりはなかった。
「必ず、この夢を現実にしてみせる。二度と君がそんな顔をしなくてよくなる、いつでもわがままを言えるような世界に」
真っ直ぐに見つめて告げると、マリアンは静かに頷いた。
そして微笑んで、小指を差し出す。
「約束、ですよ」
「ああ」
月明かりの中、2人の小指が絡んだ。
指切りげんまん。子どもじみた誓いの形が、今はどんな契約よりも確かなものに思えた。
「……おほん」
咳払いがひとつ。
指揮官とマリアンは、弾かれたように振り向いた。
いつの間にか開いていた扉の前に、小柄な三つ編みのニケが立っている。
「チャ、チャイム、聞いてましたか!?」
マリアンが耳まで赤くして、ぱっと小指を引っ込める。
チャイムは気まずそうに、ぽりぽりと頬を掻いた。
「えーと……明日は早朝の出発らしいから、今の内に言っておこうと思って来たのだがー……」
言い淀んだあと、彼女は小さく咳払いして、息を吸い直した。
「……此度の事件で、お嬢様は少し変わられた」
チャイムはそこで言葉を切り、視線を落とす。
「さっき、貴様はわがままを言える世界、と言ったか。お嬢様は今日、それを、ほんの少しだけ見せてくださったのだ。もしかすると貴様の夢は、今この時──現実となりつつあるのかも知れん」
指揮官は目を見開いた。
チャイムは視線を戻すと一歩踏み出し、びしりとこちらを指さした。
「我々はマリアンを、責任を持って預かる。だから貴様はその途方もない夢を、民の一員として必ずや現実にしてみせるのだ」
ああ、頼む──と頷きかけて、指揮官は首を傾げた。
「……ん? いつの間に私たちは王国の一員になったんだ?」
チャイムは、信じられないものを見たという顔で目を剥いた。
「何を言う! 貴様らはこの城で恩恵を受けた! これから貴様らは、どこへ行こうとクラウン王国の民なのだ!」
部屋の奥で、誰かが「うぅん」と寝返りを打つ。
これ以上突っ込めば、3人とも起こしてしまいかねない。指揮官は降参の印に、両手を挙げた。
「わ、分かった。分かったから」
「む~……なんだか不満げに見えるが、まぁいいのだ。では2人とも、早く寝るのだ」
チャイムはふんと鼻を鳴らし、踵を返す。
扉が閉まり、小さな足音が廊下の向こうへ遠ざかっていった。
静けさの戻った部屋で、マリアンがくすくすと肩を揺らした。
「指揮官も、立派な民になっちゃいましたね」
「……そのようだ」
つまりは、どこへ行こうと帰ってきていい場所がある、ということなのだろう。彼女が待つ、この城に。
──悪くない。そう、指揮官は思った。
窓の外では、月が静かに城を照らしている。
夜が明ければ、また旅が始まる。
夢を、夢のままで終わらせないための旅が。
本作のコックカワサキはゲーム設定だけど、作者の好みでアニカビ版に近い性格になってしまった。面白すぎるんだよ、あの裸エプロン……。
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