築地には10年以上前に一度行ったきりです。
「いろははさぁ、そろそろ責任とるべきだと思うんだよねぇ」
夜の九時。アルバイトから帰ってきた彩葉と一緒に遅めの夜ごはん、そして食後のごろ寝タイム。
彩葉ってば学校では完璧超人優等生らしいけど、ボロアパートでは割とだらしないとこある。床にダイレクトで寝たり、食事をエナドリで済ませたり。いや割とどころじゃないな?
そんで今もお腹いっぱいになったのか、かぐやの反対側でごろんと仰向けに転がってる。なんか食べてすぐ横になると太りやすいらしいけど、彩葉は細っこいから多少ふっくらしたほうがいいよねってかぐやは思うわけ。腕とか超細いもんね。最近体重気にしてるっぽいけどまだまだ全然軽いからね?
まあそんなだらしない姿を見せてくれるのはそれだけリラックスしてくれてるのかなー、なんて。
ちなみに今日の献立はかぐやちゃん特製スタミナ牛丼とお味噌汁! デザートはうさりんご!
「……これ以上ないくらい取ってると思うんですけど?」
仰向けに転がったまま視線だけこっちに向けた彩葉とバッチリ目が合う。なんだっけ? エメ……エメ、エメラルダスだっけ? そういう色。きれーな色。かぐやの好きな色。
まあ超ジト目なんだけど。んふ、こういう顔も学校じゃ見せないんだろうなーと思うとそれはそれで嬉しくなっちゃう。見せるとしたら芦花と真実くらいかな?
「そーいうことじゃなくてぇ、いやま多少はそうでもあるんだけど」
「何よ、ハッキリしなさいよ」
まだ何についてか言ってないのにね。それでもかぐやのことって分かってくれるのはラブだよね。言葉よりも行動ってやつ? まあかぐや的には言葉もくれたらハッピーセットなんだけどそれはまた追々。
「んじゃ被告人酒寄彩葉さん。築地という単語に覚えは?」
「誰が被告人よ……築地、築地ねぇ。うぅん?」
およよ、この反応は全くもって心当たりがないって感じ。こっちの苦労も知らないでさあ。
「彩葉〜、さては忘れてるね? 彩葉がさぁ、かぐやが築地から来たって言ったせいで地味に苦労してんだけど?」
「あ? あー……あぁ」
「うわ本気で忘れてた反応!!」
「その後のかぐやの使い込み発覚のほうが衝撃的すぎて」
「おぅ、それはその……へへ、すいやせんでした……まあその、真実に話合わせるの大変なんだかんね!」
やびやび、いきなり逆転裁判されかけたので仰向けに転がったまんま誤魔化すようにびたんびたん跳ねる。気分は打ち上げられたエビ。いや誤魔化せてないな。ざくざく刺さる視線が痛い。
でもね、真実にオススメのお店とか聞かれてもね、ネットの口コミでしか分からないからね。そのへんで困ってるのは本当! 芦花はそのわりには肌白いねーとかでまだいいんだけどさ。食にうるさい真実の追求を躱し続けるのもそろそろ限界なわけですよ。かといってテキトーなウソをつきたくないし。一人で食べに行くとかもっとヤだし。
ということで彩葉には責任をとってもらわないとね。
「いやあれはあんたが月から来たとか言うからでしょ」
おっと被告人、まだ罪を認めない様子。はーこれはダメですね、だめだめ。罪が重くなりました。陪審員のかぐやちゃんも首を振っています。検察かぐやちゃんは呆れ顔。
「だってほんとのことじゃん! てか今度みんなで海水浴行くっしょ? そこで話できないと彩葉も困るんじゃないかな〜?」
「ぐ……まぁ、確かに一理ある……」
宇宙人の故郷は築地なんてトンチキ学説を提唱したのは彩葉だかんね。しかも海に行って魚の話をしないとかありえないから! てことで刑務執行〜!!
「ほぅらほ〜ら!! なので明日のお昼は築地!!」
「はぁ明日!?」
「そうそう善は急げっていうし〜」
「私にとっちゃ何も良かないんだが」
「思い立ったら大吉ともいいますし〜」
「吉日ね」
「まあいいじゃん細かいことは。罪滅ぼし、しよ?」
「はぁ……まあ、築地ならいけなくもないけどさ……」
「よしゃ! ふふん、彩葉、いま魚もいいなぁって考えてるね?」
「かぐや、まさかこのために今晩牛丼にしたわけ?」
「うひひ、せいかーい! でも美味しかったでしょ?」
「どうりでやたら重たいメニューなわけだ……。まあ、うん、美味しかったけどさ」
「どやぁ〜〜」
うはは、作戦成功〜。彩葉は明日は学校はお昼まで、アルバイトは夜から。ならいけるはずと計算したかぐやちゃんてば宇宙的天才! ついでに今日は勉強が進むように大人しくしといたからね。かぐや比で。これでオーケーくんなきゃ地団駄エビ反りブレイクダンスしてたとこだよ。
それはさておき彩葉ってがんばりすぎだと思う。がんばる彩葉は好きだけど、がんばりすぎはダメ。そのうち倒れちゃうよ。
「じゃあかぐや後片付けすっから! 彩葉は明日の準備ね!」
華麗な反転エビ反りジャンプを決めて立ち上がるとちゃっちゃかと片付けを始める。このまともにクーラーもつけてくれないボロアパートだと食器はすぐ洗わないと臭いとか虫とかやべーからな。やばかった。
そんで彩葉はというとぶつぶつ言いながらもルート調べたり荷物用意したり。まあだらしないと言いつつスイッチ入るとテキパキしだして、そういうキリッとした顔もまた好きだったり。
でも「電車で片道一時間、リスニングと単語の勉強なら移動中でもできるか……」はマジどうかと思うよ!?
「──着いたー! うはー、海と魚の匂いやば!」
築地!
彩葉の学校が終わって即電車でガタゴト揺られること一時間くらい。いまはお昼の二時過ぎ。
市場が盛況なのはお昼過ぎまでだから結構微妙だったけど、まだ半分くらいやってるからギリセーフ!
「うわ、結構人いるね」
「いこっ、いこっ」
「あっこら! 引っ張んな!」
パーカー姿の彩葉の腕を引いてぐいぐい進んでいく。 まずはお目当てのおにぎり屋さん!
「彩葉! ここ! ここ!」
「ちょ、声がでかいっての……」
「にしし、ごめんね〜? でも我慢できないから!」
なんか一番人気はまぐろ巻きらしいけど、流石にこの時間だから売り切れみたい。来るなら朝、せめて午前中かな? これも真実向け情報!
それでもおにぎりはまだいくらか残ってて、ばくだんおにぎりを二個ゲット! 中身は煮卵だって。おもろ〜。他にもあったけど、一個がでかいからすぐお腹いっぱいなりそう。がまんがまん……!
お店のキャッチフレーズはでかくてびっくり、うまくてにっこり! いいな、かぐやもそういうの目指したいな。
「うわ、でっか」
「あとで公園で食べよ!! 次つぎ〜!」
「はいはい……ねえそんなに楽しい?」
「彩葉と一緒だかんね! ちょ〜楽しい!!」
「……そう、良かったじゃん」
うは、彩葉照れてる。口先もにょもにょさせながらそっぽ向いてるのちょ〜かわいい。もうちょっと素直になってくれたら嬉しいな〜って思うけどこれはこれでかわいいから好き。やば、かぐや、彩葉のことならなんでも好きかも?
「やっぱ築地なら魚っしょ!!」
「この時間で残ってるの?」
「行かなきゃわかんないじゃん!」
次なるミッションである海鮮丼のお店を探す。目立つとこにあるお店はだいたい閉まっちゃってるけど、メニューは見れちゃうから真実用にチェック。
「海鮮丼かぁ……こういうとこのって高いんだよなぁ。うげ、一杯5300円!?」
彩葉もチェックしてるみたいだけどまず値段を見るのは悪いクセだよね。そんなんじゃ楽しめないよ! まあその値段は流石にかぐやもないわーってなるけど。
「こーいうとこは道を一本入ったくらいのお店がいいの! ほらぁ、あったじゃーん!」
「あんたその知恵はどこから……あ、ほんとだ」
大通りの一本奥、ちょい隠れたとこでまだやってるお店を発見。席数は少ないけどテイクアウトできるみたい。てことでまぐろ三種丼と季節の海鮮丼をチョイス! ごはんとネタを別々にパックしてくれるのいいね! あとでシェアしちゃお〜〜。
「あとはぁ、ちょっと油物が欲しくありやせんか酒寄さん」
「なにその口調」
「いいからいいから、ね?」
「どうせなんかアテがあるんでしょ? いいよ」
「やりぃ〜! ほいならマグロメンチカツね!」
って危な! お店に着いたらちょうど終了間際でシャッター下ろそとしてるとこだった。
「あ〜〜待ってまって! マグロメンチカツ〜!!」
「すみません、まだ買えますか?」
「いいよいいよ、はいマグロメンチね。二個でいい?」
「やた! ありがとうございま〜す!」
駆け込みギリセーフでメンチカツを二個ゲット。ふぃ〜あぶね。一瞬で心拍数爆上がり。
そのまま二人で並んで食べ歩き。ソースが染み込んだ衣はサクサクじゅわじゅわで、マグロの脂と玉ねぎの甘さがぎゅぎゅって詰め込まれてて、夏の暑さもあって溶けるようになくなっちゃう。
「うまっ」
「脂やばぁ〜」
「さすがのかぐやさんでもこれ作るのは無理?」
「まずマグロの仕入れからやらないと…」
「いやそこまでは求めてないから」
「解体ショーやっていい?」
「やらんでよろしい」
「ゔー」
まあさすがにボロアパートのキッチンじゃ無理だけどさ。もっと広いキッチンならいけんじゃね? マグロはダメでもブリとか。あ、鯛もいいよね。
「あっ、神社ある! お参りしとこ!」
「波除神社……いかにも築地っぽいね」
「ね〜、うわでっか! これなんて読むの?」
「ししでん、だね。獅子舞に使う獅子の頭かな」
「ししまい?」
「神楽の一つ。お祭りとかお正月とか、節目のときに舞って人に憑いた悪いやつを食べてもらう」
「えっ、これでがぶーってやるの!?」
「悪童なかぐやなら丸呑みにされちゃうかもね?」
「やだぁ! いろはたすけてぇ!!」
「いい子かぐやになるならまあ別にそのまま食べられても……」
「ちょっとぉ!」
賽銭箱に小銭ぽいしてお参り。願いごとはもちろん彩葉とヤチヨカップ優勝! するから見てろよな! って感じ。
彩葉の願いごとはなんだろ。勉強ができますように、はなんか違う。彩葉そういうのは自分でやるもんね。お金がほしい? 今けっこーそれなりに叶ってるよね。かぐやのおかげで。どや。
「彩葉はなに願ったの?」
「かぐやのお迎えが早くきますよーにって」
「なんでぇ!?」
「ぬはは、反応が必死すぎてウケる。ま、別に大したことじゃないよ」
ゆっくり進む彩葉の周りをくるくる回りながら歩く。なんてことない疑問だったけど、はぐらかすように答えた彩葉の横顔はちょっぴり寂しそうな感じがして、なんだかその顔はあんまり好きじゃなかった。
「あ、お寿司屋さんめっけ!」
「うわ〜高そ……。てか時価じゃん時価。絶対無理!」
「えぇ〜? じゃあさ、ヤチヨカップ優勝したら! 祝勝会!」
「ほんとに優勝するつもり?」
「もち! 彩葉はやりたくないの〜? ヤチヨとコラボライブ!」
「いや私なんかがやるのは烏滸がましいって」
「まぁだそんなこと言ってる〜」
たぶんヤチヨは嫌がらないんじゃないかな。てか喜びそう。なんとなくだけど。
「ここ! ここで食べられるんだって!」
「へぇ、河岸公園。他にも食べてる人いるね」
「ね。おっベンチ発見! かぐや一番のり〜!」
「二人だけで一番も何もないでしょ……」
「やーい彩葉ビリ」
「なんだとこら」
川沿いの公園に並んで座って、間に広げたのは彩葉が持って来てくれたランチョンマットとウエットティッシュ。その隣にお店で買ったおにぎりと海鮮丼。海鮮丼は具材をシェアしてはんぶんこ!
「おにぎりうまぁ! ボリュームすげ!」
「海鮮丼も中々……二人で分け合うのいいね」
「どうよかぐやの天才的発想!」
「いや結構みんな普通にやるんじゃないかな」
「ちょっとぉ! そこは褒めるとこ!」
「はいはい、えらいえらい」
「うわ雑!」
ふたりでシェアしたご飯はあっという間に食べ終えて、ぼちぼち腹七分目くらい。あとはそう!
「最後は甘いやついこ!」
「んー、まあそのくらいなら……」
デザートで決まり!
「あ、あった! 芦花みたいな名前のお店!」
「へえ、シュークリームが看板メニュー」
「かぐやはこれ! ウルトラバニラ!」
「うわ、いかにもかぐや」
「彩葉はどれにする? いろはっぽいやつあるかな」
「どんなのよそれ。同じのでいいよ」
「ダメダメそんなんじゃ。食べたいやつ選んで!」
そう、彩葉はおにぎりも海鮮丼もかぐやに任せっきり。そりゃ誘ったのはかぐやだけどさぁ、もうちょいね? ワガママ言ってほしいなって。
「……じゃあこれ、無上バターシューで」
「もう一言欲しいな〜?」
「えぇ……? 無上バターシューが食べたい、です」
「うけたまかしこまり〜!」
うへ、照れ彩葉だ。まだぎこちないけどその顔に免じて許してあげる!
「んひ、よーやく言ったね?」
「なに」
「なになにしたい〜〜って! 彩葉さぁ、いっつも何かしなきゃ、やらなきゃばっかじゃん!」
「そんなことは……一応、あるし。やりたいこと」
ない、と言いかけて詰まっちゃう彩葉。ちょっとは自分がやばいって気付いた? それならかぐやも嬉しいな。
「ふぅん? ちなみにどんな?」
「ヤチヨのライブ行きたいとか、ヤチヨの配信聞きたいとか」
「ぬぁ〜〜ヤチヨばっかじゃんずるい! かぐやが言わせたいの!」
「ずるいって何。いいでしょ別に」
よくない。
かぐやは一杯あるよ? 彩葉とやりたいこと。
ヤチヨカップ優勝したいし、美味しいごはん作ってあげたいし、たくさん遊びたいし。
なにより、彩葉にもっと笑ってほしい。
私の中は、彩葉のことばっかりなんだから。
「ずるいので、そっちのシュークリーム一口ちょーだい!」
「どんな理屈よそれ」
「かぐやのもあげるから!」
お店の人から受け取ったシュークリームを食べながら地下鉄の駅に向かって並んで歩く。彩葉が頼んだやつはバターの香りがめちゃ豊富でほんとこの上無いって感じ。ほんのり塩気もあって甘じょっぱい。
「そっちはどう?」
「バニラビーンズの香りやばいね。あと思ったより軽いかも」
「ほうほう、ならはい! 元通り!」
「はいはい。うわ、こっちはこっちでバターすご」
「それな、あまじょっぱさいいよね」
いつか、彩葉が。
なんでもいいから、かぐやと一緒にやりたいって言ってくれたらいいなぁって。
まあ今日はね、ワガママいっこ言わせたから。
これはかぐやの勝ちってことでいいっしょ。
だよね?
【おまけ情報】
彩葉の願いごとは、願いが見つかりますように。