「うわ、MVのプレ版もう出来てたの? さすがプロ……」
ヤチヨカップ優勝からのタワーマンションへの引っ越し。新居へ移ろうとドタバタと騒々しい毎日は変わらず、むしろ引っ越しという期間限定イベントまで開催されてしまい騒がしさはアップデートされてしまった。
その限定イベントもようやく荷解きに終わりが見えて来て前半終了。後半戦として今度はデジタルの方の荷解きに取り掛かっている最中。
ライバーとしてデビューしたかぐやはヤチヨカップ開催中からコラボカフェの依頼など、いわゆる案件と呼ばれるものがいくらか来ていたが、優勝後はその数が数倍に跳ね上がった。一応かぐやのプロデューサーを名乗らせてもらってる以上、それらを捌いていくのも仕事。アルバイトや勉強の隙間を縫ってチェックしていく中、溜まりに溜まったメールの中にその一通はあった。
きっかけは突然。
ヤチヨカップの開幕が盛大に告げられてから二週間、素人から見ても快進撃を続けるかぐやの元に届いた一本のメッセージ。
その内容は無償でMVを作製させてもらえないか、というシンプル極まりないもの。
無駄な修飾や時節の挨拶を省いたそれは、いかにもかぐや好みの150km/hストレート。気持ちのいい直球は一切減速することなく、見事かぐやのキャッチャーミットにスパァンと乾いた音を立てて収まった。
「ミュージックビデオ!? やるやる!!」
とキャッチャーかぐやはガッツポーズを決めて大興奮。あからさまに舞い上がって物理的にも浮かび上がる勢い。
が、アンパイア兼プロデューサーでもある私としては安易にゲームセットのコールを挙げるわけにもいかない。すぐさまビデオ判定に持ち込んだ。
「ちょい待ち、これ本物なの……?」
さすがに二つ返事ではいお願いします、とはいかない。駆け出しのクリエイター志望が無償で作ることで実績アピール!というケースはよくあること。
しかも文末に据えられたクリエイターネームは私でも目にしたことがある。すでにいくつもの有名MVを手掛けたことのあるプロクリエイターだ。だからこそ余計に心配になる。詐欺とかの。
「え〜〜任せちゃってよくない? 作ってくれるって言ってんだよ?」
「タダより怖いもんはないの! 大体、こんな都合のいい話があるわけが……ってもう返信。早」
プロとなればレスポンスも早いのか、こちらからの問い合わせにすぐさま返信。騙りの可能性もあったので本人のオフィシャルサイトから直接メッセージを送ったのに、間違いありませんと回答。本物だ。そして続く文面にあったのは、制作理由はかぐやの姿を見て作らずにいられないと衝動が湧いたこと、ゆえに費用は一切気にしなくていいとのこと。
ちら、と横目にかぐやの顔を見る。そこにはトランペットを欲しがる少年のように目をかがやかせる金色の宇宙人がいた。作られずにはいられない、これはかぐや特効のキラーワードすぎた。
「ねぇ彩葉〜〜!!」
そのかがやきのまま見上げられて、抵抗できるわけもない。まあ、クライアントとクリエイター間でとっくに合意が成立しているのだ。いまさら私がどうこう言ったところで判定が変わるわけもなく。結局ゲームセットがコールされた。
「あれから色々ありすぎたからなぁ」
そうぼやきながら添付されていたファイルをタップする。かぐや本人は上階の自室を大改造中。
自分の作った曲にアニメーションが付く、と先月はおろか子供の頃すら想像もしなかったような現実離れした状況に、どこか思考がふわふわしながらも動画をチェックしていく。
せっかくだからとフルスクリーンで表示されたパソコンのウインドウに流れ出すMV。のっけから軽快なミュージックとポップな歌声と共に小さなかぐやが縦横無尽に踊り出す。
「なによ、むちゃくちゃかわいいじゃん……」
かわいすぎて顔が歪む。先に一人で見ていて良かった。一緒に見てたら絶対我慢できないし、それをかぐやに見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
およそ90秒あったMVはプレビュー版といいながらも、素人からすれば既にどこに出しても恥ずかしくないような、むしろ作曲者が自分でいいのか、とこちらが恥ずかしくなるような凄まじい出来で。
やはりプロと違って自分は中途半端なんだなぁと自己嫌悪の気配が鎌首をもたげてしまう始末。
しかし、そんなプロの作品でもどうしても気になる箇所がある。
制作中のやり取りは基本的にかぐや側で対応していたので私はタッチしていない。ただでさえ忙しいのに監修までする余裕なんかない。なので情報提供やコンセプトの擦り合わせなんかもかぐやの担当だけれど、どうしても見過ごせない点が一つだけある。
「本人に問いただすとしますかね」
螺旋階段を上がり、ドアをノックする。中から物取りでも入ったのかってくらいガタゴト音がするから聞こえてやしないだろうけど。
「かぐや、開けるよ」
まあそれでも同居人に一応の気を使ってそっと開ける。果たして隙間から覗き込むとそこにはうりゃぁ!と奇声を上げながらぬいぐるみをピラミッドのように積み上げていくかぐやの姿が。今ちょうどてっぺんが完成したところ。見なかったことにしたい。何やってんだこのバカ。
「……かぐや」
「あ、彩葉! みてみて! ふかふか山!」
「何やってんの……」
「これ飛び込んでみたくない!?」
「ならない」
「え〜〜? 絶対気持ちいいよ?」
あれか、枯葉の山に突っ込む犬か。確かそんな動画を見てた気がする。秋にならない無理と分かって諦めたと思いきやぬいぐるみで再現するとは。……ちょっと気持ち良さそうだな、と思ってしまったのは秘密。
「てかあんた、どこで寝るつもりよ」
本来ベッドであったはずのそれはふかふか山に埋もれていた。というか山の基礎にされている。
「? 彩葉の部屋」
「おい」
寝室を分けた意味とは一体。まあ、どっちみちそうなる予感はしてたけどさ。まあもういいや。それより。
「かぐや、MVが届いたんだけど」
「え!? 見る見る!!」
ぬいぐるみを抱えたまま駆け寄ってくるかぐや。その切り替えの早さに呆れながらふかふか山の麓に座り動画を再生する。
うん、やっぱりかわいい。キュートでポップにデフォルメされたかぐやが動き回り踊り回る動画はめちゃくちゃ可愛い。やっぱり先に見ておいてよかった。今ですら大変なのに、もし一緒に見てたら顔が緩むのを我慢できなかったに違いない。
「やっば〜〜〜〜! わたしちょっと可愛いすぎね!?」
動画の中と全く同じ反応をする本人に小さく笑いながら二周目に入ったところで一時停止させる。場面はちょうどかぐやのキラキラプロフィール帳が表示されたところ。そう、問題の箇所。
「いろは? どったの?」
当のかぐや本人はまったく気付いてない。てことは無自覚か。
「ほら、ここ。あんたの誕生日」
「そだよ! キラキラコズミックプリンセスかぐやちゃんの誕生日!」
「プリンセスってガラじゃないでしょうがよ」
「ちょっとぉ! 聞き捨てならないんだけど!?」
「どうでもいいから。それより、十二日でしょ。誕生日」
「かぐや的にどうでもよかないんだが! ……いや、えっ、マジ?」
「そう、七月十二日が誕生日。むしろなんで五日なのよ」
忘れたくても忘れられない、間違えられるわけもない三連休の前夜。カレンダーを確認するまでもない強烈な一夜。なんなら急に治安が悪くなった酔っ払いのヤケクソな声や謎の遠吠えまで思い出せる。
「いやほら、ブッダだかは一週間でニンゲンを作ったってなんかネットで見たからかぐやなりに?地球文化に合わせとこうかなって」
「ブッダじゃなくて神様ね。起源はまあ色々あるけど、それ七日目って意味だから。てかそんな文化どこにもないわ」
産まれる一週間前を誕生日にする風習とか聞いたことない。いやまあ、ユダヤ教もキリスト教も版図は広大だから、世界のどこかにそういう宗派はあるかもしれないけど。少なくとも一般的ではない。
「十二日がそういう日ってのは覚えてたんだ」
「彩葉が教えてくれたじゃん! 忘れるわけないよぉ」
「え、あ、うん。どういたしまして」
「んひ、へんな彩葉」
「へんなは余計!」
かぐやがやって来て間もない頃、ネットニュースを見て起きた私の誕生日騒動。あまりに密度が濃すぎて、たった一ヶ月やそこらが一年前に感じられる。
いやしかし発生起源を誕生日カウントするとかこいつ変なとこで宇宙人的な考えが残ってるな。あの時ちゃんと教えていればよかった。
「誕生日ってのはそういうものじゃなくて、なんて言えばいいかな……」
産まれた日。言葉にすれば単純だけど、かぐやは電柱から出てきた時からすでにある程度の大きさがあった。だから本人が変な思い込みをするのも仕方ないかもしれない。無論、生後一週間の新生児ベイビーでございって感じではなかったけど。
「誕生日はね、特別な日。かぐやが、初めて産声を上げた日」
「はじめて……」
「そう。まあお隣さんから壁ドンされるくらいやかましかったけど」
「彩葉も、そうだったの?」
「えっ私? ……どうだろ、覚えてないや」
私が生まれたとき。どうだったんだろ。
お母さんは笑ってたのかな。それとも痩せ我慢してたのかな。
お父さんは笑ってたかな。それとも安心したのかな。
お兄ちゃんは喜んでくれたかな。それとも自慢してた?
でも。
──無事生まれて、おめでとう。
──生まれてきてくれて、ありがとう。
うん。そうだ。
誕生日は、祝福と感謝の日。
それだけは間違いようのない、特別な日。
「──きっと、周りの人達から祝われてたと思うよ」
誕生日は、自分以外の誰かがいて初めて成り立つ特別な日。
誰かが記録してくれるから、産まれた日を記憶できる。
あなたはひとりぼっちじゃないよ、と愛と祝福を授けてくれる日。
「──だから、かぐやの誕生日は七月十二日」
そう言い切ると、妙に大人しくなったかぐやの目の前の星を散りばめたような瞳から、ぽろぽろと涙が落ち始めた。
「うわ、どうしたの急に!?」
まさか泣かれるとは思わなくて、思わず抱き寄せる。
「……わかんない、急になんか」
「どっか痛い?」
「違う、ちがうよいろは。なんかね、胸がきゅーってなって、止まらなくなっちゃって」
「いいよ、落ち着くまでそうしてな」
そのまま泣き止まないかぐやの背中をさする。いつぞやの光景の焼き直し。
歌うのは子守り歌ではなくて、時期はずれのバースデーソングだけど。
「ね、せっかくだしさ。パーティーやろっか」
かぐや座流星群が落ち着いた頃合いを見計らって一つ提案をする。前からやろうとは思っていたから、むしろ丁度いいくらい。
「……パーティー?」
「そ。誕生日会には遅すぎるから、名目は引越し記念? 真実と芦花も呼んでさ」
「んじゃ、今度こそご馳走作る!!」
「ふふ、あの時のリベンジ?」
「もち! ケーキも焼くよ!」
「ほどほどにね。まず人を呼べるくらいには片付けないと」
「え〜〜このままでよくない? ふかふか沢山あるよ?」
「基準が謎すぎる。……でもそうね、もうそれでいいか」
「彩葉が素直だ! どったの!?」
「おい」
急に調子を取り戻したかぐやに呆気を取られる。
仮にも誕生日会を兼ねてるんだからそりゃ多少のわがままは聞いてあげるわよ。まあ、普段からかぐやのわがままを断れた試しはないんだけど。
「あっそだ! これどうする?」
かぐやが指差す先には一時停止したままのMVの画面。そうか忘れてた。修正するか、このままにするか。
「……このまま流そうか」
「えっ、いいの?」
「もちろん、相手に正確な情報は伝えるけどね。公開はそのまま」
先方には問題なしのメールに注釈を付けたものを送信して、プレビュー版はダウンロード保存する。
パーティで流すにはこのくらい遮二無二に明るいくらいが丁度いい。もう作曲が私という恥は捨てた。楽しめればオーケー。
「来年の七月になってから、実は十二日でしたってバラしたほうが楽しそうじゃない?」
「うはは、悪童いろはだ」
その時に巻き起こるであろう騒動を考えると悪い笑みが浮かぶ。かぐやがろくでもないことを言い出すのと同じ形。それが誰のせいでそうなったかは、もはや言うまでもない。
「それに」
「んぇ?」
「かぐやの勘違いって面白イベント、私だけで独り占めはもったいないから」
「ちょっとーー!? かぐやちゃんの扱いがなってないが!?」
「ぬはははは」
まだ頬を濡らしたまま、それでもすっかり調子を取り戻したかぐやと一緒にしばらく笑い合った。
──ハッピーバースデイ、かぐや。