弥生視点
先輩方が帰ってくるその日の練習のこと。
「上石先輩。私辞めます。」
なんと杏奈が急に退部届を出してきたので。
「えっ、ちょっ、ジョークでしょ⁉︎」
「いや、本気です。やる気なくなったんで。それじゃあ。」
「ちょちょちょ!何があったの⁉︎私に話してみてよ!」
「さっき言った通りです。それではさよなら。」
「ちょっと‼︎」
やる気が無くなった⁉︎あんなに一生懸命練習してたのに⁉︎何があったの⁉︎もしかして私、何かした⁉︎
「湊、どういうことだ⁉︎」
「杏奈ちゃん、何があったの?」
「私たちに聞かせてよ!」
「だからさっき、上石先輩にも言ったでしょう?もう関係ないんで、話しかけないでください。」
石神井に佳穂にすずめが来ても、その態度は変わらない。昨日まであんなに真面目に練習してたのに、一体どうしたんだ?
「なになに、新手の反抗期?そういうの、マジあり得ないんだけど〜。」
「華子も話聞いてなかった?もう私たち、何の関係もないから。」
「関係ないわけないでしょ‼︎」
「関係ねえから言ってんだ‼︎ここまで言わねえと分かんねえか、あぁ⁉︎」
「ちょっ………!怒鳴んないでよ‼︎」
「そうか。ごめん………あと、じゃあな‼︎先輩方も、追ってこないで下さいね‼︎」
同級生の華子でも対処できない。どうしよう………?このままだと、杏奈が本当に居なくなっちゃうよ‼︎
「弥生、先輩方に言おう。ちょうど今日帰ってくるし。」
「………そうだね、すずめ。」
こんな時先輩方が居たら、すぐに解決出来たのかな?杏奈の悩みも聞けたのかな?そんな事を思いながら、私たちは先輩方の帰りを待った。
奏視点
湊さんの急な退部。本当に何があったんだろう?
「彼女、何か言ってた?」
「いや、私たちには関係無いと言って何も………」
「そう。」
練習についてこれなかった?あるいは本当は、私たちが嫌いだった?華子と違ってあんまり口数が多いタイプじゃないから、全然分からない。
「絶対何かあったよ。本人も退部したくて退部したわけじゃない。」
そんな中、さつきが真剣な目つきで、そして確信を持って話し始めた。
「何か知ってるのか?」
「杏奈ちゃん、本気で音楽をやれてとても楽しそうだった。私一緒に帰ってたから分かるし。」
さつきは美玲が塾に通い始めてから、よく湊さんと帰っていた。もちろん家の方向が違うので、途中までだけど。そんな風に仲良くしてくれたさつきに、湊さんも一番懐いていたと思う。
「多分、同じ中学の人たち………ヤンキー達に絡まれたんだと思う。」
そして、さつきは湊さんが元ヤンだと知ってるみたいだった。どうやら私と大輝が鴨川の河川敷で見た彼女は幻覚ではなかったらしい。まさか、喧嘩で全国制覇するために吹部を辞めたのか………?
「なら、あそこ行ってみるか。」
「あそこって………?」
「俺と久石が杏奈ちゃんを見かけた場所。」
「そうだね。」
「ありがとう、大輝君!」
「助かる。」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
とりあえず、本人に聞かないことには分からない。あの河川敷にいるかは不明だけど、行ってみる価値はある。ということで、私たちはその場所へと行くことにした。
そして、例のヤンキースポットに着くと………
「テメェら、吹部辞めてきてやったよ。」
予想通り、湊さんが他のヤンキー達と話してる姿を目撃した。とりあえず私たちは様子を見るべく、橋の陰に隠れることにした。
「本当に元ヤンだったんですね………」
「知らなかった………」
どうやら元ヤンなのを知ってたのは、偶然見かけた私と大輝、それから話してくれたさつきだけだった。
「流石杏奈!これでアタシらと全国制覇する気になったんだな‼︎」
「やっぱりテメェに日向は似合わねえ‼︎」
「その腕っぷしで、色んな奴をぶっ飛ばしてくれよな‼︎」
そして、湊さんはヤンキー連中と喧嘩で全国制覇するみたいだった。完全に予想通りだ。なにバカな事をやってるんだと、心底呆れた。そんなしょうもない事、吹部辞めてまでやる必要あるのかな?本人がやりたいって言うなら、止める義理も無いけど。
それにしても、あの練習を真面目にやってる姿は嘘だったんだなぁ。なんだか騙された気分だった…………
「テメェら。前に言った通り、私の先輩には手を出さないんだよな⁉︎」
そう思っていたのが、一変した。
「
「杏奈がこっちに来れば、アタシらは満足だよ!」
「そうか。」
湊さんはさつきを庇って吹部を辞めたのだった。恐らく一緒に下校しているところを写真に撮られたのだろう。そして、こう脅された。うちらの仲間にならなかったらさつきに手を出すぞ、って。だから湊さんはさっきを庇うために、やる気が無くなったと嘘をついてまで、やりたかった吹部を辞めたのだった。
「「「「へぇ…………」」」」
そして、大切な後輩を取られて、皆の怒りのボルテージが上がる中………
「おい、おめえらナメた真似しとんちゃうぞ‼︎」
「さつき先輩⁉︎」
なんとさつきが既にカチコミしてた。というか、さつきも元ヤンだったの⁉︎めちゃくちゃ怖いんだけど⁉︎
「「「えっ⁉︎」」」
本職がめちゃくちゃビビってるじゃん!そりゃ、こんな怖い人だと思わないって!だってキャピキャピふわふわ系女子だよ⁉︎見た目通りの子だよ⁉︎
「ちょっと、なんでここに居るんですか⁉︎先輩には関係無いって………」
「杏奈ちゃん、練習するよ。」
「いや、だから、私は辞めたって‼︎というか、危ないから下がってください‼︎」
「大丈夫だから。」
そして、さつきが出てきて湊さんは焦り始めた。そりゃそうだ。人質にされた人が1人でヤンキー3人の前に出てきたのだから。
杏奈視点
私は元々目つきが悪かった。おまけに地毛が金髪。そのため、よくヤンキーと勘違いされた。
「ねえ、湊さんって………」
「あんまり近づかない方がいいよ!」
「だよね!」
普通の人は距離を取り、
「あぁ⁉︎なんだテメェ⁉︎こっち見てるんじゃねえぞ‼︎」
ヤンキーからは絡まれる。
「ごめん………なさい………」
「声小せえんだよ⁉︎ナメてんのか⁉︎」
「すいません………」
そして私自身、人と話すのが得意ではない。声も小さいし、何より人見知りで緊張しちゃう。だからか、よくヤンキーに絡まれては、いじめられていた。
そんな中で、唯一楽しかった時間があった。それは………
「杏奈ちゃん、上手いね!」
「杏奈先輩、流石です!」
「ありがとう………ございます………」
部活の時間だった。元々音楽が好きだった私は中学の吹奏楽部に入り、チューバ担当になった。練習中は日頃のことを忘れられたし、なにより皆と一緒に演奏するのはすごい楽しかった。その時間のおかげで、私は病まずに済んだ。裏でどれだけ殴られても、そのアザを隠して練習に参加するほどだった。
だけど、そんな時間も続かなかった。