奏視点
修学旅行を終え、湊さんも無事に戻り、私たちはコンクールに向け練習を再開した。
「3日でこんなに鈍るんだ。」
「それな。」
「こんな演奏、緑先輩には聞かせられない。早く戻さないと。」
私たち3年生は修学旅行の間は一切吹いていなかった。そのため、まずは勘を取り戻すところから始まった。
「まずい………まずい………」
「私がやらなきゃ………っ!」
そんな中、美玲は焦り、さつきは必死になっていた。
「2人とも、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう、奏………」
「私がやらなきゃ。だって去年の戦犯は、私だもん。」
「さっちゃんだけのせいじゃないぞ!俺が怪我したから………」
「代打の私が大輝君くらい吹けてたら、全国金だった。だから私が悪いの!」
「そうか。とにかく2人とも、あんま前がかりになるなよ。俺たち3年がしっかりしてなかったら、後輩達が不安になるから。」
「うん。」
「分かってる!」
頼れる先輩が居ない。そんな中で、後輩達を引っ張っていかなきゃいけない。更には、自分たちの受験もある。これが3年生、そして副部長のプレッシャーか。今まで先輩方がどれだけ大変か、ようやく分かった気がする。
そして、今年は自由曲が何より難しい。ギルガメッシュ。2ヶ月経ってようやっと7/8拍子のリズムを違和感無く吹けるようになった。でも、府大会はあと1ヶ月半。その中で音程を整え、リズムも整え、感動的な表現をする。それが今はできていない。
「トランペットとホルン、そろそろ高音が出るようになってください!」
「「「「はい!」」」」
「オーボエとコーラングレ、もっともっと歌ってください。鎧塚先生を思い出して!」
「「はい!」」
「今年は課題曲のレベルが高いですが、反面自由曲のレベルは低いです。難しいのは分かっていますが、後1ヶ月半できちんと仕上げてください。」
「「「「はい!」」」」
果たしてそれは本当に可能なのか?そんな不安に押しつぶされそうだった。
その日の練習が終わり、自由時間となった。ここからは1時間だけ、自主練ができる。去年までなら迷えず残れたが………
「皆、お疲れ。」
「「「みっちゃん先輩、お疲れ様です!」」」」
「みっちゃん、また明日ね!」
「うん。」
今年はそうはいかなかった。まず美玲。1年の最初みたく、全く自主練に参加できなくなった。ただ、今回は理由が違う。受験のために塾に通い始めたからだ。どうやら判定があまり良くないらしく、相当焦っているみたいだった。
もちろん、その話は私だって例外じゃない。そもそもこの時期に志望校も専門分野も決まっていないのだ。なんとなく理数系が得意だから理系に来たものの、特にやりたい事が決まっていない。だからか、東京に行くとは決めたものの、具体的な志望校は未だに決まらなかった。
帰り道、私は大輝&梨々花と一緒に帰っていた。
「おばあちゃん、フルートの会に行っちゃった………しゅん。」
「安心しろ、俺がおじいちゃんになってやる。」
「それじゃあ奏がおばあちゃん?」
「「それは嫌‼︎///」」
我部長は相変わらずのおばあちゃんっ子だ。ただ小百合さんのおかげで、梨々花が前よりも過ごしやすくなったと言っていた。それは副部長の私にとって、とても助かることだった。
「それで、梨々花は最近どうよ?」
「ソロたいへ〜ん!みぞ先輩みたいに吹けないよ〜!みくちゃんの足引っ張っちゃ〜う!」
「りりりんはりりりんの音楽をやればいいんじゃないか?」
「それがなんか微妙だから困るのよ〜。」
「なるほどな。」
しかし、梨々花はソロにだいぶ苦戦してるようだった。彼女の中では、1年の時の鎧塚先輩のソロが強烈に印象に残っているのだろう。あれを直接聞いてしまっては、中々自分の演奏に自信が持てなくなるのも無理はない。
「部長だし、みんなの見本にならないといけないのに〜。」
「見本にはなってるでしょ。」
「むしろ皆はもっと苦戦してるしな。練習量も簡単には増やせねえし。」
「あれ、めちゃめちゃ口痛くなるもんね。」
「金管も大変だね〜。」
そして、それは私も同じ。久美子先輩と黒江先輩の音をこれでもかと聴いてたから、自分の音に自信が無くなる。更に、華子には負けられない上に、佳穂を育てなきゃいけない。でも、特に高音域を吹きすぎると唇が痛くなり、かえって吹けなくなる。ユーフォはまだいいけど………
「特にトランペットとホルンがキツイな。ペットは夢ちゃんくらいしか高音出ないし、ホルンはさなえちゃん&愛音ちゃん&美乃ちゃん&大河*1の上手なカルテットでさえ苦戦してる。前半部がクソむずいのに、後半部にコーラングレとのソリもあるしな。」
「皆、上手いんだけどね〜。」
「元々ギルガメッシュはこの2パートが特に難しい。奏者が全員麗奈先輩だったら………とは言わないまでも、3人くらい麗奈先輩が居てくれたらいいんだが………」
「なんかすごい喧嘩起きそう。」
トランペットとホルンの2パートがヤバい。一年の詩より半オクターブ近く高い音域が登場する上、曲中のほとんどがメロディーでとても目立つ。だからこの2パートはミスりやすい上に、ミスったら目立つという地獄だ。
「とりあえず、無いもんを妬んでも仕方ねえ。俺が夢ちゃんやさなえちゃんとデートして、練習方法を模索するわ。」
「デートは余計。」
「奏も添えて、頼みました〜!」
「私はデートじゃないなら行くよ。」
そして、他のパートのことまで目を光らせなきゃいけない。もちろん、人間関係の悩みも察して上手いことやらなきゃいけない。幹部というのはとても大変だと、改めて実感した。もしかしたら、久美子先輩は部長じゃなかったら、ソリ吹けてたのかな………?つい、そんな事を思ってしまった。
「話変わるけどさ〜。」
そんな事思っていると、梨々花が話題を変えた。
「奏は志望校決まったの〜?」
3年生あるあるの、進路の話題だ。
「いや、全然。東京で大輝のナンパを阻止するくらいしか思いつかない。」
「大輝君のこと、好きだね〜♪」
「違うから!///」
「それは意味ないぞ。この前誓っただろ。お前といる時しかナンパしないって。」
「何誓ってるの〜⁉︎意味分かんな〜い!」
「一応居た方がいいかなって思って。一応。」
東京の中堅の大学に進学すると決めたものの、どの大学、どの学部にするかは全然決めてない。一口に理系といっても、様々な学部があるからだ。
「それより、大学どこにしよう?」
「理系はまず、やりたい事からじゃな〜い?」
「やりたい事、ねぇ………」
「とりあえずぅ〜、どこの学部行くかから決めたら〜?」
「そうだね。」
とりあえず、いろんな学部を洗い出すか…………
「よし、理系には………何の学部があるんだ?」
「大輝は一旦黙ってて。梨々花、とりあえず好きな科目から考えてみるよ。」
「お〜、いいね〜。」
最初は好きな科目から。数学、物理、化学、生物、地学から、好きな科目、あるいは興味ある科目といえば………
「う〜ん………」
特に思いつかない。
「奏は物理&化学選択だよね〜。なら、医療系は選択肢から外れるんじゃないの〜?」
「いや、無難だからその2つを選んだだけ。一応物理&化学受験でもいけるらしい。まあ、あんまり医療・生物系は興味ないけど。」
「お前に診察とかされたら怖いしな。毒混ぜられそうで。」
「混ぜてあげようか?」
まあ、少なくとも医療系は行かなくていいかな。あんまり医療従事者やってる自分が想像つかないし。これで学部の選択肢から医学部・歯学部・農学部・理学部と工学部の生物系が一気に消えた。薬学部は化学メインだし、ギリギリ残っている。
「次は〜、数学か物理か化学か〜。」
「う〜ん。強いて言えば、化学が得意かな?」
「お〜!じゃあ化学系から探してみよう〜!」
そして、残った科目の中で選ぶなら化学だけど………
「理学部と工学部に化学系ありがちだよね。」
「理論か応用か、どっちにするかだよね〜。」
理学部と工学部で迷う。この2つ、正直似ていてあんまり違い分かんないし。とりあえず、工学部選んだ梨々花に聞いてみるか。
「梨々花はなんで工学部選んだの?」
「そりゃ、潰しが効くからね〜。」
「なんと現実的な………」
正直、それで選ぶのもありだと思う。でも、やっぱり心のどこかで迷ってしまう。進路をこんなに簡単に決めていいのか、って思っちゃうし。
「とりあえず、今日は化学系に絞るところまででいいんじゃないか?焦って決めなくてもいいだろうし。」
確かに、大輝の言う通りだ。この続きはまた後で考えよう。
「わかった。そうするよ。」
「お〜!」
「また相談乗るぜ!理系のこと、俺が教えてやる!」
「大輝は何も知らないでしょ。」
そう思った1日だった。