アイツのせいで胃が痛い   作:レゾリューション

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今回は短めです。先に言っておくと特別試験の描写は大体カットします。


『綾小路君撃破同盟』結成

3年生になって最初の1週間が過ぎた頃、ついに新しい特別試験の概要が発表された。その名も『全体、少数戦学力総合テスト』。

 

ルールはこうだ。クラス全員の総合点を競う「全体戦」と、クラス代表5名が挑む「少数戦(全5回戦)」の勝利数を奪い合う形式。 全体戦での勝利は1回で「2勝分」に換算され少数戦の5勝分と合わせて計7勝を争う。

 

報酬とペナルティもエグい。 勝利クラスには100クラスポイント。引き分けなら両クラスに50cp。 さらに7勝すべてを掠め取る「完全勝利」を収めれば追加で50cp(計150cp)を獲得できるが、逆に「完敗」したクラスはマイナス50cpという容赦のない没収ペナルティが課せられる。

 

対戦カードは、俺たちAクラス vs 一之瀬率いるDクラス。 そして、綾小路が移籍したCクラス vs 龍園のBクラス。さらに茶柱先生から「今回の筆記試験は、OAAで学力A判定の生徒でも90点を超えることは極めて難しい」という地獄のような難易度が告げられた。

 

本来ならリーダーの堀北が陣頭指揮を執るべき場面だったが……あいにく今の堀北は、綾小路の移籍ショックから立ち直れず、あからさまに本調子ではない。結局、今回の試験は平田を中心にまとまって挑むことになった。

 

――そして、2週間後。

 

叩き出された試験結果は、俺たちの甘い希望を無慈悲に打ち砕くものだった。一之瀬クラス、そして綾小路クラスが、それぞれ6勝1敗という圧倒的な大戦果を挙げて完全勝利。 綾小路清隆を失った俺達Aクラスは、一之瀬の底知れない戦略の前に見事なまでに惨敗を喫したのだった。

 

さらに教室を冷や汗で凍りつかせたのは、軽井沢の一言だった。 『少数戦でうちのクラスにペナルティを付与する先を的確に予測してきたのは、一之瀬さんじゃない。――綾小路くんだよ』

 

Cクラスに移籍した綾小路が、影でDクラスの一之瀬に知恵を貸し、Aクラスの手の内を完璧に潰しにきていたという事実。教室中が言葉を失い、騒然となったのは言うまでもない。

 

(……マジで容赦ねぇな、あの男)

 

◇

 

俺は重い足取りで、今日行われた残酷な試験結果をじっくりと噛み締めながら、男子寮へ向かって一人トボトボと歩いていた。

 

「これからAクラスのポイント、どんどん削られていくんじゃないだろうな……」

 

そんな独り言を漏らしながら歩いていたらその時だった。敷地の脇にある植え込みの近くで、人影が力尽きたように倒れていた。

 

「……え、どゆこと?」

 

思わず足が止まる。 見覚えがありすぎるその姿は、俺たちAクラスのリーダー・堀北鈴音だった。

 

「事件か!?」

 

焦って駆け寄ろうとした瞬間、タイミングが良いのか悪いのか、向こうから歩いてきた軽井沢と鉢合わせた。

 

「ちょっと和泉くん!? 堀北さんが倒れてるんだけど!?」

 

「俺も今来たところだ、とりあえず起こすぞ!」

 

俺と軽井沢は二人で顔を見合わせながら、力なく地面に伏していた堀北を抱え上げ、近くの木製ベンチにゆっくりと座らせた。

 

「……う、く……っ」

 

顔色を蒼白にさせた堀北が、苦しそうに眉をひそめながら薄目を開ける。

 

「堀北大丈夫か、 一体何があったんだ!?」

 

「堀北さん!大丈夫!?」

 

「……伊吹さんに……」

 

「は?」

 

「……背後から……突然、飛び蹴りを食らったわ……」

 

「え、怖」

 

思わず心の声が素で漏れた。飛び蹴りってなんだよ。ここは高度育成高等学校であって、格闘技のリングじゃないんだぞ。堀北の掠れた説明によれば、あまりにも失意の底で腑抜けていた堀北の姿に苛立ったBクラスの伊吹が、「しゃっきりしなさいよ!」と言わんばかりに不意打ちで飛び蹴りをぶち込み、そのまま怒り気味に去っていったらしい。暴力性が高すぎるだろ、あの女……。

 

ベンチの端で痛そうに背中を押さえる堀北。 その横で、軽井沢はすべてを察したような眼差しで堀北を見つめていた。

 

「……堀北さん」

 

軽井沢の静かな声に、堀北がゆっくりと顔を上げる。 今の堀北のボロボロな姿。勘の鋭い軽井沢なら、とっくに気づいていたのだろう。

 

「……もしかして堀北さんも……綾小路くんが好きだった?」

 

「っ……!」

 

堀北の身体が弾かれたように強張った。 あの冷静沈着な堀北鈴音が、まるで図星を突かれた子供のように動揺し視線を泳がせている。俺は心の中で、そっと目を開けたまま遠くを見た。 堀北に恋愛云々なんてイメージはこれっぽっちもなかったが、彼女が綾小路に抱いていた感情が単なる「クラスメイト」や「相棒」を超えた特別なものであったことは、今の反応が何よりの証拠だった。

 

頼れる存在の離脱。そして、自分に向けられていたはずの関心が最初から別の場所にあったという絶望。あまりにもショックが大きすぎたのだ。そこから、軽井沢は静かに語り始めた。

 

堀北の気持ちを受け止めた上で、自分が中学時代に受けていた壮絶ないじめの過去、そしてそれを隠すために平田の寄生虫となり、最終的に綾小路に救われ、そして惹かれていった経緯のすべてを。話のスケールが重すぎる。俺は冷や汗を流しながら、徐々に背後にフェードアウトしようと足を一歩引いた。

 

だって、俺要らないよね? この状況で俺がいる必要、絶望的にないよね?

 

確かに、俺は以前コンビニで軽井沢から過去のいじめについての話を聞かされていた。だが、今ここで展開されているのは、綾小路清隆という一人の男に心を狂わされた二人による、極限のデリケートゾーンな対話だ。

 

察した堀北が、どこか辛そうで鋭い目を俺に向けてきた。

 

「……和泉くん。悪いけれど、席を外してもらえるかしら。これは……その、私たちのプライベートな……」

 

当然の反応だ。堀北からすれば、軽井沢の秘密や自分たちの醜い内面を、男子生徒に見られる筋合いはない。

 

「あ、ああ! そうだよな」

 

「ううん、和泉くんは居ていいよ」

 

俺がダッシュで逃げ出そうとした瞬間、軽井沢が腕を掴んで引き留めてきた。

 

「いやいや軽井沢、堀北は嫌がってるし、俺も居づらいんだが?」

 

「大丈夫だって。和泉くんにはもう、あたしの過去のこと話してあるし。隠すことなんて何もないもん」

 

「いや、軽井沢は良くても堀北は別だろうが!」

 

俺が必死に反論すると、意外にも堀北が深々と溜め息をつき諦めたように首を振った。

 

「……いいわ、軽井沢さんが構わないと言うなら……和泉君『なら』、口が堅そうだから平気でしょうし」

 

「……」

 

なんで変なところで無駄な信頼を勝ち取っちゃってんだよ俺は。 軽井沢といい、堀北といい、なんで全員そろって俺の「口の堅さ」に太鼓判を押してくるんだ。そんな評価いらないから帰らせてくれ。

 

俺の心の悲鳴も虚しく、二人の空気感は次第に熱を帯びていった。綾小路に振られ、絶望の底にいた軽井沢。 綾小路に置き去りにされ、己の無力を思い知らされた堀北。傷を舐め合うのではなく、互いの痛みを共有した二人の瞳に、宿っていた不調の陰りが消え、激しい「炎」が灯っていく。

 

「……一緒にお礼を……ううん、後悔させてあげようよ。あたしたちのクラスから移籍したこと」

 

軽井沢が、力強く拳を握りしめて言った。

 

「……ええ。絶対に後悔させてやりましょう。私たちが、このAクラスで彼を迎え撃って、打ち負かすのよ」

 

堀北がまっすぐに前を見据え、毅然とした声で応える。失恋の痛みを糧にして覚醒する二人の少女。 少年漫画なら間違いなくクライマックスの熱いシーンだ。俺は心の中で拍手を送りつつ、もう一度そっと足を踏み出そうとした。何度も言うけど……やっぱり俺要らないよね?

 

だが。

 

「――和泉くんも、だよ?」

 

ふっと顔を上げた軽井沢が、ニコリと完璧な笑顔で俺を指さした。

 

「……俺も?」

 

「当たり前じゃない。この会話を聞いた時点で、和泉くんも『綾小路君撃破同盟』結成メンバーだからね?」

 

「待て、なんで俺が自動加入になってんだよ?」

 

「異論はないわ、和泉くん」

 

堀北までが、いつになく凛々しい表情で俺を見つめてくる。

 

「あなたが優秀な観察眼を持っていることはもう分かっているわ。これからのAクラスの戦い、あなたにもしっかり働いてもらうわよ。断ったら……分かっているわね?」

 

「……」

 

軽井沢の逃がさない圧と堀北の容赦ない目力。断れば堀北からペナルティを食らい、軽井沢からは一生引きずられる。受け入れれば、Cクラスのモンスター・綾小路清隆と正面切って殺し合う羽目になる。

 

おい綾小路……マジでいい加減にしろよ……

 

俺は心の中で、遠くのクラスにいる元凶の男へ向かって、何度目になるかわからない苛烈な呪詛を吐き捨てた。こうして、俺は女子二人の力強い同盟結成とともに、完全に息の根を止められた。

 




次回は灼に見せ場という名のピンチが訪れます。
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