ついて来れるか?(弓兵ボイス)
数日後の放課後。
俺は自席でラノベをカバンに押し込み、今日こそは誰にもエンカウントせずに即帰宅を決め込もうと企んでいた。だが、教室内をスーッと横切ろうとしたその瞬間、制服の袖をグイッと強めに引っ張られた。
「和泉、ちょっと来て」
「……ぐえっ」
振り返ると、軽井沢がどこか気まずそうな、けれど少しだけ必死さを隠し切れていない微妙な表情で俺を見上げていた。周りの女子グループはすでに教室を出て行ったあとで、残っている生徒も数えるほどしかいない。
「……軽井沢。今日は買い物に付き合う気も、エアーホッケーの再戦に応じる気もないぞ? 俺の胃のHPはもうゼロなんだ」
「違うわよ! 別に買い物じゃないし!」
軽井沢は周囲をチラッと伺うと、声をひそめて俺の耳元に顔を寄せてきた。ほのかなシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐり、俺は思わず身体を硬くする。
「ここじゃ人目がつくから外行こ」
「わかった」
俺は短く頷き、カバンを持ち直して彼女のあとに続いた。
校舎を出て、人通りの少ない陰へと移動すると、軽井沢は誰も追ってきていないか周囲を警戒するように一度振り返った。
「で? 人目のないところまで来て、一体何の要件なんだよ…」
「……今日、放課後ヒマなら……私の部屋、来ない?」
「……は?」
素で間抜けた声が出た。
「お前、正気か!?」
「声が大きい! バカ!」
軽井沢は顔を少し赤くして俺の脇腹を小突いてきた。
「ぐふっ!?」
「別に変な意味じゃないわよ! こないだの買い物の……その、お礼っていうか。ゲームソフト関連の福袋買ったんだけど、なんかよく分からないゲーム入ってたし……あんたを呼ぼうかなって思っただけだし!」
ツンとそっぽを向く軽井沢。だが、その耳たぶがほんのり赤くなっているのを俺の無駄に目ざとい観察眼は見逃さなかった。
今までの軽井沢なら俺を呼び出す時は大抵「同盟」の打ち合わせか、堀北への言い訳作り、あるいは買い物での荷物持ちという「利用価値」がある時だけだった。
それが――純粋に「一緒にゲームをして遊びたいから」という理由で、自分の部屋に招こうとしている。
それは、彼女が俺に対して「利用する対象」や「警戒すべき相手」ではなく「ただの素の自分を見せられる居心地の良い友人」として心を許し始めている証拠に他ならなかった。
まあ、女子の部屋に行くのは恐怖で胃が爆発しそうだけど……チラリと軽井沢の顔を見る。どこか不安そうに俺の返事を待つ瞳。普段はギャルの仮面を被って強がっている彼女が俺の前でだけは見せる素朴で等身大な素顔。
「……ソフトは何があったんだ?」
俺が溜め息交じりに尋ねると、軽井沢の顔がパッと明るくなった。
「なんかのロボットゲームらしいけど、難しくて最初から詰んでるの」
そう言って、軽井沢はカバンからそのパッケージを取り出して俺に見せてくれた。
「アーマード・コア6って……またスゲーの当てたな」
思わず引きつった声が出た。俺もこのゲームは持っているし、一通り全ルートをクリア済みだ。だが、オンライン対戦はそこそこで引き上げている。だって、あの世界の上位ランカーたちがマジで化け物すぎる。あいつら全員、脳焼き切った強化人間なんじゃないかと本気で疑ったほどだ。
ネットとかでも上位ランカー同士の戦いを見たが、どう頑張っても真似出来る気がしない。画面内を光速で飛び回りながら精密射撃を叩き込んでくる姿は、もはや人間業ではなかった。
俺は親父がACシリーズをやっていたからある程度の作品はプレイしている。と言ってもPSPのやつは持ってない。
親父は結構なゲーマーで初代からプロジェクトファンタズマにマスターオブアリーナ、AC2、AC3を持ってるし、AC以外にも色んなゲームをプレイしている。俺もそれに影響を受けて、よく対戦プレイをしたものだ。大抵俺が負けるけど……多分親父は現役時代に脳を焼き切ってる。
因みにそのプレステ2は未だ現役で稼働中である。本当によく持つな。そして血は争えないというか、俺もすっかりフロム脳に侵された一味というわけだ。
シリーズの中で俺が一番好きなのは、初めて触れた『マスターオブアリーナ』と『ACV』だ。前者は言うまでもなく強烈な思い出補正もある。
セラフ倒すのにめっちゃ苦戦したが、今は懐かしい思い出だ。セラフの強さは本当に筆舌に尽くしがたいレベルで、受験終わって時間を持て余した時にやり切ると決めて高育に引っ越す2日前に要約クリアして雄叫びをあげた事が甦る。
じゃあ後者のACVは何かと言えば――決まっている、オーバード・ウェポンに魅了されたからだ。世間ではボリューム不足だの詰めが甘いだの言われてるが、俺は気にしない。
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とか、ノイズがかかる演出も好きだし。何より
『全てを焼き尽くす暴力』
その中二病全開のコンセプトだけでもう白飯が三杯食えるほどにかっこよすぎる。そして数あるオーバード・ウェポンの中でも、俺が特に愛してやまないのは「ヒュージミサイル」だ。
戦闘の最中にガキィィンとパーツが展開して、巨大な弾頭をその場で組み上げ、弾頭に込められている反応剤に超高電圧を加え、エネルギーを蓄えて発射していくダイナミックな演出。
そして、そこから相手をロックオンできる仕様の数々は、まさにロマンの塊と言っていい。確かに発射までに死ぬほど時間がかかるし、その間は完全に無防備だから直撃を食らって痛い目をみることも少なくない。
さらにアセンやOW使用時以外の立ち回りが大きく制限されるが、そのリスクを背負いながらも隙を突いて叩き込む立ち回りをマスターすれば、そんな問題は些細なことだ。ロマンの前には多少の被弾など微塵の痛痒も感じない。俺はよく脚部をタンクに、ヒュージミサイル積んで、なんちゃってヒルドルブにしてた.....流石に詰まったらすぐにアセン変えるからね?
「ちょっと和泉? 何一人でニヤニヤしながらパッケージ見つめてるのよ。不気味なんだけど」
軽井沢の怪訝そうな声で俺は危うく現実へと引き戻された。やべ、ついフロム脳のオタク語りが内面からあふれ出てしまっていたらしい。
「あ、いや……なんでもない」
慌てて表情を引っ込め、ポーカーフェイスを作り直す。
「私がそんなハードコアなゲームやらないと思ったわけ?」
軽井沢がジロリと鋭い視線を向けてきた。
「いや、ぶっちゃけギャルがフロムゲーやってるのって都市伝説の類だと思ってたからな……で、なんでまたそんな硬派すぎる福袋を買ったんだ?」
「それがさ、この前モールに行った時、ちょっとしたゲームショップのワゴンセールで『中身が見えないお楽しみ袋』みたいなのがあってさ。なんとなくノリで買ってみたら、中に入ってたのがこれだったのよ」
軽井沢はため息をつきながら、パッケージの表紙をトントンと叩いた。
「開けた瞬間、『名前からして難しそう……』って思って。でも、せっかく手に入ったし、少しやってみたら最初のヘリコプター?に一瞬で粉砕されて詰んだっていうわけ」
「フロムの洗礼を見事に食らったわけか。つかなんで俺に頼んだ?」
「そ、それは...アンタが外村くんとこのゲームの話で盛り上がってたから。それにいきなり私が外村くんに話しかけたらクラスに変な誤解を招く事になりそうだし....」
俺に変な誤解を招くという考えは無かったわけですか、そーですか。
まぁ、俺の最近の評価は女子に振り回されてる人といった感じであり、最悪一緒にいるところを見られても「ただの雑用」で処理できるって算段なんだろう。つくづく失礼な奴だが、その割り切った扱いやすさもまた俺たちの妙な関係性のベースになっている。
確かに外村――通称・博士は、俺以上の重度なゲーマーでありオタクだ。廊下の隅で『アーマード・コア6』の機体アセンブルやパーツのフレーム特性について熱く語り合い、盛り上がっていたのは事実である。
「……で、どうするのよ? ここで口で説明されても、私の頭じゃ理解できる気がしないんだけど」
軽井沢は上目遣いで俺を見つめてきた。その瞳には「手取り足取り教えなさい」という圧が満ち満ちている。
「だからって、今から教えろってことか?」
「当たり前じゃない! 気になりすぎて今夜眠れなくなったらアンタのせいだからね? ほら、行くわよ!」
軽井沢は素早く鞄を手に取ると、俺の返事を待たずに立ち上がった。断るスキすら与えないその手際の良さは、さすがクラスの女子を仕切ってきただけはある。
女子の部屋に入るという背徳感と緊張で、またぞろ胃がキリキリと痛み出しそうになるが、目の前には『AC6』という共通の話題がある。ポケットの奥で出番を失っている胃薬に心の中で「今日はまだお預け」と告げながら、俺はその後を追って彼女の部屋の扉をくぐることになる。
俺は少し時間をずらして女軽井沢の部屋へと向かった。女子部屋に足を踏み入れるだけでも心臓が口から飛び出しそうな緊張感があったが、軽井沢の手際よい誘導のおかげで誰にも見つかることなく、彼女の部屋のドアをくぐることができた。
「はい、入って入って。鍵閉めるから」
「お邪魔します……」
部屋の中は、ほのかに甘いシャンプーとフローラルの香りが漂っていた。白とピンクを基調としたインテリア、ベッドの上に置かれたたくさんのぬいぐるみ、整然と並べられたコスメ。ぬいぐるみの中に俺が取ったペンギンもあった。
まさに「ギャルの部屋」そのもので、俺は居心地の悪さと緊張で直立不動になってしまう。
「何固まってんの? 適当に座りなよ。あ、紅茶でいい?」
「あ、おう……サンキュ」
軽井沢がマグカップに淹れてくれた市販の甘いミルクティーを口にし、ふうと息を吐く。一口飲むと、胃のあたりに溜まっていた緊張が少しだけほぐれていくのが分かった。
「よしっ、じゃあさっそくやろう! このヘリコプター、マジで倒せないんだけど!」
軽井沢がモニターの電源を入れ、コントローラーを俺に押し付けてくる。画面には、惑星封鎖機構大型武装ヘリ、通称『ルビコプター』の前で、初期アセンのACが破砕されている画面が映し出されていた。
「これさ、離れて撃ってても全然ダメージ通らないし、向こうのミサイルはドッカンドッカン飛んでくるし、どうすればいいの!?」
「あー……これは『とっとと衝撃値を溜めてスタッガーを入れること』なんだよ。特にこの最初のボスは、ブレードで斬り込みに行くのが正解なんだ」
「えっ!? あんなでかいヘリに近付くの!? 怖すぎなんだけど!」
「遠距離で撃ち合ってたら弾切れするかミサイルで蜂の巣にされるぞ。だからアサルトブーストで一気に距離詰めてブレードを振る」
俺が手本を見せるようにコントローラーを操作すると、画面の中のACがブーストを吹かして上昇し、ルビコプターの至近距離で光刃を叩き込んだ。ドカンと派手な爆発音とともにヘリのHPがゴリッと削れる。それを数回繰り返すうちに
「これでクリアだな」
「すごーい! 和泉、マジで一発で倒しちゃったじゃん!」
画面に映し出された『MISSION COMPLETE』の文字を見て、軽井沢は目を輝かせながらパチパチと手を叩いた。その後は軽井沢コントローラを渡し苦戦しながらも『壁越え』までやってきた。
「和泉、アンタがあのヘリ倒しちゃったけど、今の私でも倒せるの?」
「大丈夫だ。一度クリアすれば距離感とかは簡単に掴める」
ゲームに集中しているうちに外はすっかり暗くなっており時計の針はそろそろ夕食の時間を指していた。女子の部屋に長居しすぎるのも色々と危険だし、俺の胃のキャパシティ的にもそろそろ限界だ。
「……じゃ、俺はそろそろ帰るわ。遅くなるとまた変な噂が立ちかねないし」
俺が軽井沢の前で腰を上げ、カバンを肩に掛けようとしたその時――
「あ、今日の夕食どうするの?」
「え? いや、部屋に戻って昨日の残り物....あ、無かったな適当にカップ麺でも買って帰る」
俺がそう答えると、軽井沢は少しだけ誇らしげに胸を張り、ニッコリと笑った。
「じゃあさ、今日は私が夕食作ってあげる。今日ゲーム付き合ってくれたし、あのヘリ倒してくれたお礼」
「えっ……軽井沢が作んの? 俺に?」
思わず目を見張った。あのクラスのギャルのトップである軽井沢が男子のために手料理を振る舞うなんて、クラスの誰が想像できるだろうか。
「なによその顔! 私だって手料理くらい作れるんだからね! ほら、そこに座って待ってなささい!」
軽井沢はエプロンを身につけると、少し照れくさそうに厨房へと向かった。 トントンと軽快にまな板を叩く音や、ジュージューとおいしそうな音が部屋の中に響き始める。マジかよ。女子の部屋で手料理を待つなんて、俺には刺激が強すぎるんだが……そわそわと居心地悪く、どこか浮き足立った落ち着かない気分のまま過ごした。
しかし、改めて思うと……ギャルがフロムゲーをやるなんて信じられん。クラスの頂点に君臨し、流行のファッションやコスメの話ばかりしていたはずの軽井沢恵が、今や目を三角にし、コントローラーのボタンを必死にガチャガチャと叩いていた。あの光景をクラスの連中が見たら、間違いなく眼球が飛び出るほどの衝撃を受けるだろうな。
だが、俺の隣でアドバイスを受けながら指を懸命に動かして機体を操作していたのは紛れもない事実だ。そんな俺の頭の中にひとつの突飛な思考が浮かび上がった。もし、このまま俺の手で軽井沢を育成していったらどうなる?
AC6をクリアさせた後、間髪入れずに『ブラッドボーン』の不気味な獣の世界に叩き込み、脳に瞳を宿すくらいに成長した後『エルデンリング』の広大な狭間の地で理不尽な死の洗礼を受けさせ王になり、仕上げに『SEKIRO』で死にゲーの極致である弾きの快感に...修羅に目覚めさせたら――
軽井沢に『隠れオタクギャル』という新たな属性を付与できるのでは?スクールカーストのトップに位置するギャルでありながら、裏では死にゲーの難易度に悦びを見出すフロム信者。
ギャップ萌えなんてレベルじゃない。属性の重力過多だ。
素晴らしい。
そんな事を思ってると「出来たよー!」と軽井沢が料理の載ったお皿をローテーブルに運んできた。
テーブルの上に並べられたのは、綺麗に包まれたオムライスとスープだった。チキンライスを包み込む黄色い卵の表面には、薄っすらと湯気が立ち上り、ケチャップで可愛らしい模様を描こうとして少し失敗したような痕跡が残っている。横に添えられたコンソメスープからは、香ばしい野菜の香りが漂っていた。
「……すっご」
「ふふん、当然でしょ! 料理くらいこれでもちゃんと練習してるんだから! ほら、冷めないうちに温かいうちに食べなよ」
照れくささを隠すように、少し誇らしげに顎を突き出す軽井沢。 あのクラスのカースト最上位に君臨するギャルが、自分の手でオムライスを作り、俺のためにテーブルに運んできてくれたという事実。
そのギャップとシチュエーションの過剰な眩しさに、俺の心臓はさっきのルビコプター戦以上の跳ね上がりを見せていた。
女子の部屋で手料理を振る舞われるなんて、俺には刺激どころの騒ぎじゃないんだが……
「じゃあ……いただきます」
スプーンを取り、卵とチキンライスを崩さないようすくって口へと運ぶ。 ふんわりとした卵の甘みと、甘酸っぱいケチャップライス、そして隠し味のバタ香る香ばしさが口いっぱいに広がった。
「……うまっ。マジで美味いな、これ」
「本当!? よかったぁ~! 和泉の舌に合わなかったらどうしようかと思った」
俺の飾らない素直な感想を聞いた瞬間、軽井沢はホッとしたように胸を撫でおろし、パッと花が咲いたような弾ける笑顔を見せた。権謀術数や暗黙の査定、腹の探り合いが渦巻くこの学校の中で、誰の目も警戒することなく、温かな家庭的料理を二人で囲む時間。 ポケットの奥深くに押し込まれた胃薬は、今日も静かに眠りについたままだ。
この学校に来てから、一番平和で、一番胃に優しい夕食かもしれない。
俺は心の中で静かに噛み締めながら、目の前で嬉しそうに自慢げな笑みを浮かべる彼女と一緒に、穏やかで温かな夕食の時間を楽しむのだった。
因みに作者の実話は実家のプレステ2で初代アーマードコア三部作が今でもプレイ出来ること。フロムゲーやるギャルは残念ながら私の周りにはいませんでした。
いたら教えてください。