雨降りの約束 ―壊した才能と、もう一度走る理由―   作:九頭T

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第三章:雨の目撃

それから二週間が過ぎた。

 

五月も下旬。空は重く、季節はすでに梅雨の気配を帯びていた。晴れ間は減り、代わりに細かな雨が学園を覆うようになっていた。

 

九頭龍介は、変わらず学園の中を漂っていた。

 

正式な担当ウマ娘はいない。トレーナーとしての仕事も実質的には失っている。肩書だけが残り、実務はどこにもない。

 

それでも籍だけが残っているのは、白根が裏で調整しているからだ。

 

その事実を、九頭自身も理解していた。

 

廊下で、別のトレーナーとすれ違う。

 

「またいるのかよ」

 

視線には露骨な拒絶が混じる。

 

「悪いかよ」

 

九頭はそれだけ返して通り過ぎる。

 

居場所は、もうどこにもない。あるのは“時間を潰す場所”だけだ。

 

窓の外では雨が降り始めていた。

 

最初は細かく、すぐに線のような強さへ変わる。

 

「梅雨か」

 

誰に向けるでもなく呟く。

 

グラウンドは空白だった。

 

通常なら、雨天時は屋内施設に切り替わる。そこに疑問はない。ないはずだった。

 

――だが。

 

視線が止まる。

 

遠く、雨の中に人影があった。

 

一人。

 

グラウンドを走っている影がある。

 

距離が遠く、顔は分からない。ただ、明確に分かるのは「走っている」という事実だけだった。

 

九頭は目を細めた。

 

「……馬鹿か」

 

そう吐き捨てるように言って、背を向ける。

 

雨の日に外を走る理由などない。合理性もない。成果にも繋がらない。

 

それでも一瞬だけ、視線は戻った。

 

その夜。

 

九頭はいつもの店にいた。

 

カウンターで、安酒を流し込む。

 

氷が溶けていく速度すら、もうどうでもいい。

 

「また荒れてんな」

 

バーテンダーの声が遠い。

 

「元からだろ」

 

九頭は短く返す。

 

酒だけが、余計ものを消す。

 

ただ、何も考えない時間だけが欲しかった。

 

翌朝。

 

頭痛とともに目が覚める。

 

最低の目覚めだが、もはや評価する意味もない。

 

水で顔を洗い、鏡を見る。

 

そこにいるのは、かつての誰かではなかった。

 

「……誰だよ」

 

答えは返ってこない。

 

そのまま学園へ向かう。

 

雨は止んでいた。

 

代わりに、湿った空気だけが残っている。

 

グラウンドでは既に練習が始まっていた。

 

声、足音、呼吸。

 

積み上げる者たちの音。

 

九頭は柵越しにそれを眺める。

 

そこにいるのは、未来を持った連中だ。

 

そして、自分はその外側にいる。

 

「九頭」

 

背後から声が落ちる。

 

振り返る必要はなかった。

 

白根秀一。

 

唯一、今も九頭に関わろうとする人間。

 

「話がある」

 

「説教ならやめろよ」

 

「違う」

 

間。

 

白根の声は、いつもより硬い。

 

「頼みがある」

 

その一言で、空気が変わる。

 

九頭はわずかに目を細めた。

 

こういう時の“頼み”は、だいたい綺麗な話では終わらない。

 

だが断る理由もない。

 

「……いいぜ」

 

九頭は歩き出す。

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