雨降りの約束 ―壊した才能と、もう一度走る理由―   作:九頭T

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第四章:白根の依頼

 

 学園の片隅にある、古い会議室。

 

 普段は使われていない、埃っぽい部屋に、九頭と白根は向かい合って座っていた。

 

「……で、話ってのは何だ?」

 

 九頭は、椅子に浅く腰掛けたまま尋ねた。白根は、いつもの冷静な表情で、九頭を見つめている。

 

「九頭。お前、今仕事してないだろ」

 

「……それがどうした」

 

「金に困ってる」

 

 図星だった。九頭は舌打ちをした。

 

「お前に関係ねぇだろ」

 

「ある」

 

 白根は、テーブルの上に封筒を置いた。茶色の、古びた封筒。

 

「これは?」

 

「30万円」

 

 九頭の目が、わずかに見開いた。

 

「……何のつもりだ」

 

「お前の借金、北川への分があるだろ。これで返せ」

 

「は?」

 

 九頭は、封筒を睨みつけた。

 

「何のつもりだよ、白根。同情か? それとも、俺を見下して楽しんでるのか?」

 

「違う」

 

 白根は、静かに首を横に振った。

 

「これは取引だ」

 

「……取引?」

 

「そうだ。この金で借金を返す。その代わり、お前には一人のウマ娘を担当してもらう」

 

 九頭は、白根の顔を凝視した。

 

「……正気かよ。俺みたいなクズに、ウマ娘を任せるのか?」

 

「それでも必要だ」

 

 白根の言葉は、冷酷なまでに率直だった。

 

「その子は、ルイテンキューという」

 

「……ルイテンキュー?」

 

「お前、二週間前の模擬レース、見てただろ」

 

「あ? ああ、見てたが」

 

「八番ゲート。三回転倒して、失格になったウマ娘だ」

 

 記憶が蘇った。

 

 あの、転倒を繰り返していたウマ娘。茶色い髪。雨の日にもグラウンドを走っていたのは、もしかしてあいつだったのか——そんな考えが、頭の端をかすめた。観客席から失笑されていた、あの——

 

「……あいつか」

 

「そうだ」

 

 白根は、テーブルに資料を広げた。ルイテンキューの成績表。見事なまでに、最下位と失格が並んでいる。

 

「こいつ、才能ないだろ」

 

「ないな」

 

「じゃあ、なんで俺が担当する必要がある?」

 

「お前以外に、引き受ける奴がいないからだ」

 

 白根の言葉は、あまりにも現実的だった。

 

「ルイテンキューは、既に三人のトレーナーに見放されている。どのチームも引き取りたがらない。このままでは、退学だ」

 

「……それで、俺に押し付けるってわけか」

 

「そういうことだ」

 

 九頭は、封筒を見た。30万円。北川への借金の一部が返せる。

 

 だが——

 

「俺はもう、トレーナーなんかじゃない。才能のないウマ娘を見たって、何もできねぇ」

 

「お前がやらなくても、誰もやらない。それだけだ」

 

「だったら、そいつは諦めればいい」

 

九頭は立ち上がった。

 

「悪いが、俺は……」

 

白根は動かないまま言った。

 

「次はない」

 

淡々とした声だった。

 

「北川は“期限を伸ばさない人間”だ。お前が今日ここで逃げた時点で、次の取り立ては“仕事”じゃなくなる」

 

九頭の喉がわずかに動く。

 

「……脅しかよ」

 

「事実だ」

 

白根は視線を外さない。

 

「お前がやるかどうかで、あの子はどうでもいい」

 

「ただし――」

 

「お前自身は、明日“消える側”に回る」

 

沈黙。

 

空気が一段重くなる。

 

九頭の指がわずかに開いて、また握られる。

 

「クソ、……分かったよ」

 

 九頭は、吐き捨てるように言った。

 

「やればいいんだろ」

 

「本当にいいのか?」

 

「いいわけねぇだろ。でも、金は必要だ」

 

 九頭は、封筒を掴んだ。

 

「これで、借金を返す。その代わり、そのルイテンキューとかいうウマ娘を担当する。それでいいんだろ?」

 

「……ああ」

 

 白根は、わずかに表情を緩めた。

 

「……すまない」

 

「俺はただ、金のためにやるだけだ」

 

 九頭は、封筒をポケットに突っ込んだ。

 

「で、いつからだ?」

 

「明日から」

 

「早ぇな」

 

「時間がない。ルイテンキューは、来月のレースにもエントリーしている」

 

「は? あのレベルで?」

 

「本人が希望した」

 

「……馬鹿だろ」

 

「そうかもな」

 

 白根は立ち上がった。

 

「じゃあ、明日、ルイテンキューを連れてくる。お前の部屋でいいか?」

 

「……部屋?」

 

 九頭は、自分の部屋を思い浮かべた。空き缶が散乱し、洗濯物が山積みになった、あの汚部屋を。

 

「……待て。ちょっと片付ける時間くれ」

 

「いや、そのままでいい」

 

「おい」

 

「お前がどんな生活をしているか、ルイテンキューに見せた方がいい」

 

 白根は、冷酷に言い放った。

 

「変に希望を持たせるな」

 

「……お前、本当に性格悪いよな」

 

「そうかもしれないな」

 

 白根は、会議室を出て行った。

 

 九頭は、一人残された部屋で、ポケットの中の封筒を握りしめた。

 

 

 

「……最悪だ」

 

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