そもそも人と関わることが苦手で、相手が何を考えているのか分からないということがどうにも辛かった⋯⋯いや、知ろうともしていなかっただけか。
とにかくそのせいで同性とも殆ど関わりを持てず、ましてや女性と仲良くできるわけが無い。
仮に苦心して関係を構築できたとして、その相手と気が合わなければ余計な負担が増えるだけだ。取り返しのつかないところまで出会ってから相性がわかるのなら、リスク回避は正しい判断だ⋯⋯なんて言い訳をして一人で生きてきた。本当は寂しくて、人肌に飢えていて、誰かに自分の事を理解して欲しかったのに。
⋯⋯とにかく。以上がこれまでぼくの懺悔と後悔の話。
これからは、今とこれからの話をしたい。
現在のぼくは孤児院で世話を受けている平凡な高校二年生だ。
たかが生まれ変わった程度じゃ卑屈な態度と内気な性格は治らず、殆ど進歩はしていないが(逆に言えば少しは進歩しているということ。その事を評価して欲しい。)
⋯⋯できるだけ人と関わりたくないのは事実だし、目立つのも嫌なので学校では平凡な点に調整して、参考書も出さないようにしているが。
そういう施設なのだから当然と思わないこともないが、身寄りのないぼくを幼い頃から養ってくれている孤児院には感謝しているが、引け目もある。早く卒業して自立できるようになりたい。
「今日はそうだな⋯⋯窓から見える雲の形から考えて⋯⋯柳営、解いてみろ」
「⋯⋯あ、はい」
毎度癖の強い指名の仕方をする先生に呼ばれたので、授業中の暇な時間を潰すために机の下で握っていたハンドグリッパーを周りから見えないように机の中に置いてから前に出て、黒板に答えを書く。
話す度に先頭に"あ"が着いてしまう癖を早く治したいものだ。
そんなことを考えながら席に帰る際に、窓の外を見ながらどの雲からぼくを選んだんだを考察する。
⋯⋯晴天じゃねぇか
「きりーつ、れい、ありがとうございましたー」
日直の間の抜けた声に合わせて礼をし、帰りの会を終わる。この
今日は金曜日だったので図書室で借りた本を忘れずに鞄に入れ、そそくさと帰宅する。当然ながら部活なんてものは入っていない。
校舎を出てしばらく歩いたところにある橋を渡り、坂を下った辺りにぼくの家である柳営孤児院に着く。
いまいるのはどうせぼくだけだろうと思い、無言で入り洗面台で手を洗う。
洗濯機を回し、終わるのを待っている間に宿題を済ませる。
今日のは少なかったのですぐに終わってしまい手持ち無沙汰になってしまった。生まれた二十分程度の暇な時間を鏡の前で表情の練習と会話のシミュレーション、滑舌トレーニングをして過ごす。
ピーと洗濯が終わった音がしたところで切り上げ、ベランダに干していく。
「あれ、啓くんもう帰ってたの⋯⋯洗濯物も私がやるからいいのに」
「あ⋯⋯いえ、何もせずお世話になるのはし、忍びない、ので」
「まあやってくれるなら有難いけど⋯⋯あんまり私の仕事奪わないでね?」
「あ⋯⋯は、はい」
買い物から帰ってきた保母さんが話しかけてくる。そういえば点呼用の札を返すのを忘れていたな⋯⋯というか、大人になったらここから出ないといけないわけだし、こういう家事は子供にやらせて訓練するべきなのでは?言わないし、言えないけど。
「あー⋯⋯えっと⋯⋯散歩に行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
保母さんと二人きりというのも気まずいので一言声をかけてから外に出る。学校や孤児院では集団生活が基本なので、一人になれる散歩は大好きだ。
近所の脳内マッピングを開き、あまり通ったことの無い道を意識的に進んでいく。もはや三門市の地形にぼく以上に詳しい人間はいないだろう。
「あれ、こんな所に繋がってたのか⋯⋯」
意外な抜け道を見つけ、マップを更新する。
丁度近くに入ったことの無い店があったので、窓から様子を覗いて見る。どうやら駄菓子屋らしい。甘いものは大好きだ。と、なけなしのお駄賃を払いいくつか購入し、麩菓子をかじりながら散歩を続ける。
歩き続けるといつの間にか図書館の前まで来ていたので、何か借りようかと入ってみる。
いい感じに興味が引かれるタイトルの本があったのでカウンターに持って行こうとするが、そこで既に学校の図書室で借りた本があることに気づき、土日じゃ2冊あっても読み切れないなと思いこの場で軽く読んでみるだけにすることにした。
「もうこんな時間か⋯⋯」
気づけば二時間ほど熟読してしまい、半分ほど読み終わってしまった。
ここまで進めたのに途中で読むのを辞めるのは嫌だったので予定変更し、結局本を借りてそのまま帰宅した。
「帰りました」
小さく呟いて自分の名前が書かれた札をひっくり返す。
他の人たちももう帰っていたのか施設の奥の方から騒がしい声が聞こえる。覚悟を決めて奥に進み、気配を消しながら自分のベッドにたどり着く。
気付かれないようにベッドの下の籠に駄菓子を放り込み、素早く押し込む。ミッションコンプリート。
ほっと一息を着いてご飯ができるまで読書を続け、ご飯を食べて風呂に入り柔軟のあとに就寝した。
土曜日
一番早く起き、朝の支度を済ませてランニングに出る。
河川敷を走っり切って孤児院に帰ると、みんなが起きてきたので誰かに取られる前にシャワーを浴びる。
残り数ページまで読んでいた本を読み終え、学習時間までもう少しあったので昨日買った駄菓子を食べて糖分補給をしておく。
「あ、啓くんがお菓子食べてる!ずるーい!」
「あ⋯⋯いや、これは自分で買った、やつだから⋯⋯」
年下の女の子に見つかってしまいねだられる。
「ねぇ、だめ?」
上目遣いでこちらを見ながら泣きそうな顔をする。
「だ、誰にも言わないでね⋯⋯?」
「やった!ありがとう!」
根負けしたぼくは釘を刺してチョコレートの菓子を一つ握らせる。
最近はよくこんな感じでカツアゲをされているので見つかりたくなかったが、どうにもこの女の子はぼくの現行犯を見つけるのが上手いらしい。
他にすることもなく手持ち無沙汰になってしまったのでボケーっと、脳内にフラクタル構造を作り永遠にズームし続ける遊びを始める。
⋯⋯この遊びもだいぶ飽きてきちゃったな。近いうちに新しい暇つぶしを見つけないといけない。普通生まれ変わるなら未来になると思うのだが、魂に時間の不可逆性は理解できなかったらしい。娯楽が飽和していた前世出身のぼくには辛かった。
⋯⋯いや、普通、人はこういうときに誰かと世間話をするのか?
いつかチャレンジしてみよう。いつか。
チャイムが学習時間を教え、移動を始める。
決められた席につき、三十分の簡単なテストを受けて前回のテストの上位順位が表示される。当然ぼくは五十点ぴったし。目立つことはしない。採点済みの答案が返され、間違えた人が多かったところの解説を受けた後に新しい単元の授業が行われる。土曜日だからちょっとだけ長い。わかることを説明されても楽しくないので勝手に用意した暗記用用紙に書いてある花言葉を暗記する。
半分ほど覚えたところで飽きてきたので、いつも通り宿題になるであろうテストで間違えたところの直しを内職する。
内職が終わると再度暗記を初め、しばらくして授業が終わった。ささっと部屋から出て本の続きを読む。
⋯⋯あー、ゲームがしたい。漫画が読みたい⋯⋯
孤児院にはゲームなんてあったら取り合いになってしまうのでそんなものは無く、みんなは公園に行って遊んだりしている。友達のいないぼくがひとりで公園に行っても楽しいことなんてないので読書か勉強、筋トレくらいしかやることがないのだ。
本に読む集中力が切れてきたら筋トレをし、疲れてきたら勉強をし、飽きたら本を読む。その繰り返しだ。
⋯⋯ストイックすぎるな。ぼく。
たまには違うこともしてみるか。
新しいこと新しいこと⋯⋯なんだろう。
というところで今朝ふと考えていた世間話。雑談に挑戦してみようと思い至った。
さて。どうやって、誰に話しかければいいか分からないぞ?
ぼくは事務連絡くらいでしか人と話せないのである。
普通の会話をしたことがある人なんて保母さんとカツアゲ⋯⋯
あ、カツアゲ少女がいた。お菓子をカツアゲしてくるあの子だ。少し話したことがあるし、ほとんど友達みたいなものだろう。確か名前は⋯⋯えっと?
困った。どうしても出てこない。これじゃ声をかけることが出来ない。"君"とか"そこの彼女"とかで呼びかけるのはおかしいよな?これはたぶんナンパの声のかけ方だ。あくまで知り合いにする呼び方じゃない。
「啓くん、難しそうな顔してどうしたの?いつもはずっと何かしてるじゃん!」
おっと?これは僥倖、向こうから話しかけてきた。
頑張るぞ。見とけよ見とけよ~⋯⋯
「あ⋯⋯今は、ちょっと疲れちゃったから⋯⋯休憩中⋯⋯で、考え事してた」
「そうなんだ!前からもっと話しかけようと思ってたけどずっと何かに集中してたから声掛けれなかったんだよね!」
「え、前から?」
「うん。なんか、腕立てしたり本読んだり勉強したり⋯⋯ていうか!何でいつも勉強してるのに順位乗ってないの?習ってないところの問題解いてるじゃん!」
⋯⋯どうしてそんなことを知っているのだろう。もしかしてぼくが気づいていなかっただけで、結構見られていたのだろうかか?
よくお菓子を買ってくるぼくのカツアゲのタネを探していたのだろうか。なんてやつだと心の中で非難しながらなんとか言い訳の言葉を紡ぐ
「⋯⋯あれは⋯⋯⋯⋯ぅ⋯⋯」
困ったぞ。ぼくの灰色の脳みそは何も案を出してくれない。
言葉に詰まっていると彼女はさらに追撃をしてくる。
「それとももしかして、テストで手を抜いているとか?でもどうして?いい順位を取ったら先生にも褒めて貰えるし、人気者になれるじゃん!」
「そ、そうだね⋯⋯でも、ぼくは別に⋯⋯人気者になりたい。とか、頼りにされたい。とかは、思っていないんだ⋯⋯むしろ、なるべく目立ちたくない⋯⋯たぶん、君が言う通りちゃんと受ければ、もっと良い点は取れるだろうけど⋯⋯」
「⋯⋯そっか、でもどうして?友達作ったり、彼女作ったりしたくないの?」
途端に真面目そうな、難しい顔をして、普段の溌剌さが抜けた彼女が訊ねる。
もしかして、こっちの方が素なのだろうか?考えてみれば、お菓子をねだる時の上目遣いや震えた声も少し演技くさいものを感じた。普段は計算してキャラを演じている?
「あ⋯⋯いや、欲しい⋯⋯けど、ぼくは⋯⋯話すことが苦手だし、それで苦労して関係を作ったとして⋯⋯その相手の性格とか、考え方と相性がいいか分からない⋯⋯もし、中途半端に知り合って⋯⋯途中でその事に気づいても、お互いに虚しいだけじゃないか⋯⋯そう思って⋯⋯」
「⋯⋯でも、そんなこと言っていたらいつまで経っても何も出来なくない?欲しいなら行動しないといけないけど、行動してみないと分からないことを行動しない理由にしたらどうしようもないじゃん」
「それは⋯⋯そう。なんだけど⋯⋯」
この子はどうしてこうも上手くぼくの考えていることを理解するのだろうか。たしかにこれは、前回のぼくが人と関われないことを正当化する為に考えた、酸っぱいブドウ理論的な屁理屈だ。
「完璧にピースがハマるような人と出会える確率なんてほとんどないし、そういう難しさと向き合うのが人間関係なんじゃないの?」
やっぱり、この子はぼくより生きた年月が短いはずなのに、ぼくより賢いんじゃないだろうか。ぼくが逃げて来たことから、この子は真面目に向き合っているんだ。
「だからさ、私が手伝ってあげるから!友達作ろうと頑張ってみない?」
「え⋯⋯⋯⋯う、うん!ありがとう。そうだよね、頑張ってみるよ⋯⋯!」
ぼくはもうほとんど泣きそうだった。心を見透かされて、ぼくの一番ダメなところを理解しても、ぼくのために行動してくれる。この子はぼくなんかよりもずっと価値のある素敵な人だ。
「君は⋯⋯その、素敵な人だね」
「えっ!きゅ、急にどうしたの?私、口説かれてる?」
「あ、いや⋯⋯そ、そういうのじゃないんだ⋯⋯⋯⋯えっと⋯⋯これは、ぼくが話すことが、苦手な理由にも繋がるんだけど⋯⋯相手が考えていることが分からなくて⋯⋯裏でどう思われてるか、とか、どれが本音で、どれが建前かが分からなくて⋯⋯それが怖くて辛かったんだ⋯⋯だから、ぼくはせめて、ぼくだけは正直であろうと⋯⋯思ったことは、なるべく伝えるようにしているんだ⋯⋯⋯⋯」
「そっ、そっか!いい心がけだとは思うけど⋯⋯あんまり正直過ぎても良くないんじゃないかな?」
「そう、かな⋯⋯?」
「まあでも、褒められて嫌な人はいないだろうし、褒める言葉はいっぱい使っていいと思うよ!」
「うん⋯⋯そうだよね」
「それじゃっ!今日から私のコミュニケーション講座やるからね!」
「う、うん。じゃあ、ちょっと⋯⋯水と、クッション持ってくるね」
彼女はそれから晩御飯の時間までぼくに付き合ってくれた。やっぱりいい人だ。お陰でぼくは人間関係のいろはや、考え方を理解できたし、上手くやれば友達もできるんじゃないかとすら思えるようになった。
だから、この日は興奮で上手く寝付けなかった。