もしエウリュステウスの側近にヘラクレス並の化物がいたら 作:名無しのマネモブ
「父上、もうすぐミュケナイの国境です」
「そうか、ふぅ、ようやくか」
ミュケナイの国境近くにて、息子のヒュロスの言葉を聞いたヘラクレスはやっと目的地に近づいたと一息ついていた。
「またミュケナイに来る事になるとはな。十二の難行を終えて自由になり、神前競技に参加した後すぐに出国していたが……もう二十年近く前になるのか。色々あったものだ」
杖で身体を支えながら当時を思い返したヘラクレスはあの過酷な十二の難行を振り返りよく生きてたものだと我ながら感心していた。ヘラクレスからしても十二の難行はどれもこれも一筋縄ではいかない試練であり、途中で脱落しなかったのは奇跡だと思っていたからだ。
「やれネメアの獅子を退治しろだの、神々にも通用する猛毒を持つヒュドラを狩れだの、冥界でケルベロスを捕獲してミュケナイまで連れてこいだの無理難題がすぎる。もう二度はやりたくないぞ。今の私では到底無理だろうなぁ」
「ッ」
今の呪いや病に冒され衰弱しきった身体では到底無理だと自嘲したヘラクレスに対してヒュロスは悲しげな表情を浮かべる。尊敬する大勇士の父親がここまで衰弱した事をヒュロスは悲しみつつも、父に呪いをかけた犯人達への怒りを募らせていた。
「卑劣な連中め、真っ向勝負では父上に勝てないからって呪いや毒を盛ってくるとは。それに既婚者とわかっていながら父上に言い寄った挙げ句、断られたら逆恨みしてきた女神め!……父上、母上や御祖母様も心配しています。どうか馬に乗ってください」
「大丈夫だ、歩くだけなら問題ないさ。今の私は確かに重病人だがすぐ死ぬわけでもないし、それに奴と久々に会うのだから見栄を張らせてくれ……ほう、もう来たのか」
自分を心配して馬に乗るように勧める息子の言葉に感謝しつつも拒否したヘラクレスは、遠くから古い知り合いの大男が走って来るのを見て懐かしそうにしていた。
「おおヘラクレス殿、よくミュケナイまで来てくれた!あの巨人達との決戦以来だな!……ええと、その、元気そうにはとても見えないが、久々に会えて俺は嬉しいぞ!」
「ああ、久しぶりだなマカリオス。私と違って貴様は元気そうだな。相変わらず身体を熱心に鍛えているのか」
ミュケナイの守護者であるマカリオスと再会したヘラクレスは、前回会った時と殆ど変わっていないマカリオスを見て鍛錬を欠かさず続けているのだと察し相変わらず阿呆だが真面目な奴だと笑う。
「ううむ、無理はしないでくれよヘラクレス殿。そして君がヒュロス君か。君の事はヘラクレス殿から聞いているがこうして直接出会うのは初めてか……うん、ヘラクレス殿に似て立派な勇士だ。確かにヘラクレス殿が自慢の息子だと手紙で自慢するわけだよ」
「あ、ありがとうございます!はじめましてマカリオス殿!僕はヒュロスと申します!」
マカリオスに見られたヒュロスは緊急しつつも自己紹介する。そしてマカリオスの事を注意深く観察し内心で感嘆の声をあげていた。
(こ、これは……なるほど父上の仰っていた通りだ。この人は本当に強い!以前の壮健だった頃の父上とほぼ同等の強さがあるなんて!……今の僕では絶対に勝てないなぁ。父上から譲っていただいた剣や獅子の毛皮を持ち出しても防戦一方となるだろうし、そもそも戦いが成立するか怪しいものだ)
目の前のマカリオスがかつて元気だった頃の父親に匹敵する強さなのを瞬時に見抜いたヒュロスは、流石父親が認めた大勇士だと素直に感心する。
「スゴいですねマカリオス殿は。父上と同じくらい強い人なんて初めて見ました」
「ハハ、嬉しい事を言ってくれるな。でも俺は腕力と脚の速さしか取り柄のない阿呆だ。ヘラクレス殿には決して勝てないよ」
「謙遜するな、今の貴様に勝てる人間はこの世にはいないだろうさ。まあ阿呆なのは否定しないがな」
「そ、そうかぁ。まあそれはともかく、長旅でヘラクレス殿達も疲れただろう。今から妻に王都まで転移してもらうから少し待っててくれ」
「うむ、よろしく頼む」
その後もマカリオスとヘラクレス親子は和やかな雰囲気で雑談しつつ、妻のキルケーの魔術で王都に転移するまで呑気に待つ事にしたのであった。
「ところでヘラクレス殿、貴方に呪いをかけた犯人達について心当たりはあるのか?」
「ああそれか、心当たりは一応あるが、それ以外にも心当たりがありすぎて困っているぞ」
「えぇ……?」
「ぬぬぅ、本当に化け物がミュケナイに来おったぞ。あの化け物め、一体何が目的なのだ?まさか今頃になってミュケナイの王の座を欲したのか!?」
「もー、相変わらず王様は小心者だねー。ヘラクレスにその気はまったくないって何度も言ってるじゃないか」
マカリオス達が呑気に雑談しながら迎えを待っている頃、ミュケナイの宮殿ではエウリュステウス王が大魔女キルケーの魔術でヘラクレス親子の様子を警戒しながら観察しており、隣にいるキルケーは小心者の王に対して呆れた様子を見せていた。
「ヘラクレスがここに来たのは自分の死期を悟ったからで、死ぬ前の思い出作りとして各地を旅行するついでにミュケナイを訪れただけだよ。というか今の痩せ細ったヘラクレスが旦那様に勝てると思うのかい?」
「い、いや、以前とは比べ物にならない程に化け物が衰えているのは私でもわかるが、万が一という事があるかもしれんだろう!?」
「だから怖がりすぎだってば。確かに今の状態でも極短時間なら全盛期の力を出せるけど、ヒュドラの毒矢がないから旦那様が圧倒的に有利だし、仮に旦那様と闘う事になってもヘラクレスの勝率は、んー、一割もないよ?」
「いや勝ち目がある時点でおかしいだろうが!?……病んで衰えていても化け物は化け物なのだなぁ」
衰えきった今のヘラクレスでもマカリオスに対して極わずかだが勝ち目があると聞いて、やはりヘラクレスは化け物だとエウリュステウス王は思わず遠い目をしてしまう。
「というか化け物をあそこまで衰弱させる呪いや病とは一体なんなのだ……?」
「並の勇士が同じ呪いに冒されたら即死して身体がドロドロに溶けて死体が一欠片も残らないくらい強力な代物だよ。いやースゴいねヘラクレス!異国の女神の強力な呪いを受けた上で病に冒されても衰弱するくらいですむとか流石ヘラクレスだね!でもヘラクレスも可哀想にねー、家族と一緒に異国を旅してたらその地の女神から怪物退治を依頼されて、依頼を無事解決したら女神に惚れられて言い寄られて、既婚者だからと断ったら逆恨みされて呪いをかけられるなんてねー」
「うむ、やはりヘラクレスは化け物だな。しかしその件に関しては化け物は何も悪くないのでは?」
キルケーの説明を聞いたエウリュステウス王は神の呪いにも耐えられるとは流石化け物だなと少しだけ感心しつつ、ヘラクレスは被害者なのではないかと疑問に思う。
「うんそうだよ?この件についてはヘラクレスは被害者だよ?でもまあ神の要求を断ったら呪われるのは仕方ないし、女神を信じる魔女達から薬を盛られて病に冒される事になったのも当然だよ。まあ呑気に異国旅行なんか行ったのが悪いよね!」
「おお……うむ……化け物も気の毒にな……」
ケラケラと笑うキルケーに対してエウリュステウス王は思わずヘラクレスに同情してしまうのであった。
「異国の女神怖すぎるだろう。しかし何故オリュンポスの神々は化け物の危機に対して何もしないのだ?」
「そりゃあ巨人達との決戦も終わってヘラクレスや旦那様はもう用済みだからね。もう使わない道具なんて重要ではないし壊れたところで然程気にしないさ。まあ旦那様はまだ使い道があるみたいだし、その時まで大事に温存されるから王様は安心していいよ!ああそれとね、お師匠様から聞いたんだけど異国の女神も最初は呪いをかける事にそこまで乗り気じゃなかったんだけど、こちらの女神様の一人から熱心に後押しされてヘラクレスに呪いをかける事にしたんだって。ちなみにその女神様は誰かっていうと何とオリュンポス十二神の一人らしくてねー」
「あーあー聞こえない聞こえない!おい貴様!貴様が好き勝手に喋るのはもう諦めているが、私が知ってはいけない情報をペチャクチャ喋るんじゃない!私を殺したいのか!?すぐに私の記憶を消してくれ!早く消せ!」
「あ、ごめんね」
その後記憶処理を受けたエウリュステウス王は何事もなかった様子でキルケーと会話を続けていた。
「……なるほど、貴様は化け物の呪いを解くつもりはないのだな?」
「そうだね、良妻賢母な大魔女である私なら時間をかければ呪いを解く事ができるかもしれないけど、ヘラクレスにそこまでしてやる義理はないし、というか呪いを解いたら異国の女神ともう一柱の御方も余計な事した私を許さないだろうから絶対に手は出さないよ」
「そうかそうか、ならば化け物はもう緩やかに死ぬしかないというわけか……それならよい」
ヘラクレスはこのまま死ぬしかなく、もう自分を脅かす事は絶対にないと確信したエウリュステウス王は肩の力を抜きリラックスする。若き頃のエウリュステウス王なら思わずガッツポーズを取って狂喜乱舞していただろうが、年を取り多少は性格が丸くなった王は思う所があるのか少し考え込む素振りを見せていた。
「ふーむ、そういう事なら化け物の最後の思い出作りを邪魔する気はないし好きにさせてやるか」
「おや、意外だね。拍手喝采して喜ぶかと思ったのに」
「フン、私とて死にかけの男を見れば憐れむ気持ちは起きるしミュケナイの王として寛大な精神で対応してやるさ。それにだな……」
「グッ、グググッ、グズゥッ、ウアアァァ……………わっ、私はっ、俺はっ、あんな、あんなっ、あんなヘラクレス見たくなかったぁっ……アアアア゛ア゛ア゛ァァ……!」
「ねえお母様、お父様大丈夫なのかなぁ?」
「全然大丈夫じゃないわね、そっとしてあげなさい。後で私が慰めておくから貴方は安心していいわよ」
「あんなに嘆き悲しむ客人の前で空気を読まず喜ぶつもりはないぞ?」
「まあそうだよねー、流石に王様も空気を読むよねー」
宮殿に招いた客人が人目を憚らず号泣し泣き喚くのを見たエウリュステウス王とキルケーはそこまで泣くほどなのだろうかと思いつつも空気を読んでそっとしておく事にしたのであった。
「あのアルゴノーツを率いた伝説の船長があそこまで嘆き悲しむとは。今の化け物の姿の何があそこまで客人の心をかき乱したのだ……?」
「そりゃあ昔のヘラクレスを知っていたら今の姿を見てショックを受けるさ。見る影もない程ガリガリに痩せ細っているからねー。まあ、あそこまで泣き喚く気持ちはわからないけどさ。船長君の対応は私の姪っ子に任せようか」
ヘラクレス:家族と一緒に異国へ旅行に行ったらトラブルに巻き込まれ呪いをかけられ病に冒された結果余命三年となった。多少思う所があるようだが、今まで散々恨みを買ってきたしもう十分に生きたのでまあいいかと運命を受け入れ終活している。昔に比べて見る影もない程痩せ細ったがスピードと類稀な戦闘技術は健在であり、舐めてかかれば手に持った杖で瞬時に殺してくるパワフルな病人である。たとえ死にかけの病人でもヘラクレスはヘラクレスなのだ。この世界ではミュケナイの阿呆に影響されたのか再婚してからは浮気する事なく妻と子供達を愛するよき夫であり、とある女神もそこについては苦い顔で評価している。
女神の呪い:滅茶苦茶強力な呪い。本来は女神もここまでするつもりはなかったが、とある女神に脅されもとい後押しされた結果ヘラクレスに呪いをかける事にした。呪いを解く方法は女神の愛を受け入れる事だが、それをしたらオリュンポス十二神のとある女神がシュバってきてヘラクレスを制裁するので詰んでいる模様。とある女神も鬼ではないので黙って受け入れるのなら苦しめる事なく死なせてあげるつもりのようだ。
船長:一体誰ソンなんだ……この世界では妻のお陰で野垂れ死ぬ事なく生きている。詳しくは次話で書きます。
というわけで最終章となりました。今後も毎日投稿できるよう頑張ります。
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