もしエウリュステウスの側近にヘラクレス並の化物がいたら 作:名無しのマネモブ
「……ふむ、予定通りだな」
ギリシャ各地から集結してくる膨大な数の軍勢の様子を確認した智将オデュッセウスはトロイアの包囲は予定通り完了できそうだと一安心する。
トロイアの王子パリスがメネラオスの妻ヘレネーと駆け落ちした事を受けて、【ヘレネーが他人に奪われた時は求婚者達は全員協力してヘレネーを取り返す】という誓約に従い世界中から名だたる勇士達や諸国の軍勢が集まっていた。その数はトロイア軍を完全に圧倒しておりトロイアを完全に包囲していた。
「いやぁー壮観だねぇ。彼女を取り戻す為にここまで人が集まってくるとは……あの糞野郎の尻拭いの為に集まる事になったのは気に入らないがな」
オデュッセウスの隣で集結する連合軍の様子を眺めていた勇士のピロクテーテスはこれ程の大軍勢は初めて見たと素直に感心しつつも、メネラオスの尻拭いの為に集められた事に関しては不満気な様子を見せていた。
「ピロクテーテス、口に出すな。もし他人に聞かれたら問題だぞ。そういった言葉は心の中に留めておけ」
「フン、別にいいだろうに。俺と同じ考えを持っている奴は大勢いるんだから。というか堂々と公言している奴もいるぞ。ほら、あんな風にな」
見かねたオデュッセウスが注意するもピロクテーテスは鼻で笑い雑談する勇士達を指差す。
「……メネラオスめ、あのロクデナシめ。あの美しいヘレネーを虐待するとは。彼女が可哀想で仕方ないよ。誓約さえなかったら俺はメネラオスの奴をこの手で殺してやったのに!」
「ああ、俺もお前と同じ気持ちだよ。可哀想なヘレネー……メネラオスがちゃんと愛していればヘレネーもあのパリスとかいう若造に靡く事はなかっただろうし、俺達もこうして集められていないだろうな」
「俺はメネラオスなんかの為に働く気にはなれん。誓約があるから参戦したが、ヘレネーを助けてもメネラオスの下に戻るだけではないか。奴の為に働くなどバカバカしい」
「私もだよ、あの男の為に命をかける気にはならないな。ヘレネーが気の毒だ。メネラオスがいる限り彼女は幸福にはなれないだろう」
「……なぁ、別にヘレネーの夫はメネラオスじゃなくてもいいのではないか?奴さえいなくなれば彼女は自由の身となる。そしてトロイアを滅ぼした後自由になったヘレネーにもう一度俺達の中から結婚したい男を選んでもらえば……」
「おいよせ」
「ハッハッハ、あの連中の会話を聞いたか?ヘレネーが奪還される前にメネラオスの奴が先に死にそうだぞ?死因は流れ矢?原因不明の病気?それとも背中を刺されて暗殺か?……まあこの戦争に勝っても糞野郎は妻と一緒に国へは帰れないだろうな!」
「……やるなよ?」
「ハハハ、安心しろ。俺はやらないさ。俺はな」
そう言って笑うピロクテーテスだが彼の目がまったく笑っていないのに気付いたオデュッセウスは思わず溜息をついてしまう。オデュッセウス自身としては彼等求婚者達の気持ちは少しだけ理解できたが、トロイア軍と戦う前から剣呑な連合軍の状態を見てこれで大丈夫なのかと思ってしまうのは無理もないだろう。そしてオデュッセウスを悩ませていたのはメネラオスの一件だけではなかった。
「まあ糞野郎の事はどうでもいい、そんな奴より俺には優先するべき事がある。神々から賜ったあの矢を使い怪物を打ち倒すという使命がな」
「ッ、ピロクテーテス、それは公言するな。周囲に聞かれたら面倒な事になる。その件については誰にも話すなとアガメムノン殿が厳命していたのを忘れたのか?」
「お前に言われなくてもわかってるさ。他の奴等は俺達の会話なんて聞いてないから大丈夫だよ」
先程から一転して勇士として強敵との死闘の予感に胸を高鳴らせるピロクテーテスを見たオデュッセウスは周囲を見回し、今の会話が誰にも聞かれていないのを確認する。
周囲では大勢の兵士や勇士達がいたが、彼等は自分達の勝利を確信し何処か気が抜けた様子を見せており、それを見たピロクテーテスは苦笑してしまう。
「しかし呑気なものだ、皆この戦争が勝ち戦だと思って安心しているようだな。まあ無理もない、世界中から集結したこの大軍勢ならトロイアなどあっという間に滅ぼせると考えるのは当然だ。兵の数はこちらが圧倒しているし、その上こちらには勇士達が綺羅星の如く集まっている」
「……」
ピロクテーテスの言葉をオデュッセウスは静かに聞いていた。彼の言う通り連合軍は質と量共にトロイア軍を圧倒しており、普通に考えれば連合軍が負ける要素は一つもなかったのだが、ある情報を知っている総大将のアガメムノンやオデュッセウス達は楽観視できずにいた。
「そして何と言ってもこちらにはアキレウスまで参戦する事になっている。不死身の肉体と山を持ち上げる怪力を持ち幾多の怪物を打ち倒した大勇士アキレウス……トロイア軍では奴を殺す事はできないだろう。あの噂のヘクトールだってアキレウスには勝てないと確信できるぞ」
「……」
「そうだ、何も知らなければ連合軍の勝利を疑う事はないだろう。神々から賜ったあの
そう言って自分の得物である大弓……大勇士ヘラクレスから形見として譲ってもらった大弓を大事そうに抱えたピロクテーテスは愉快そうに笑う。
「ピロクテーテス、貴様はアレを使う時が来ると思っているのか? あのアキレウスでも手に負えない怪物が来ると?」
「ああそうだ、じゃなければ神々が俺にアレをわざわざ贈るわけないだろうに。お前だってそれがわかっているから俺を本陣に連れて来て総大将殿の傍に配置させているんだろう?」
「……」
「はてさて、一体何が来るのかねぇ?天を衝く巨人か?空を埋め尽くす竜の群れか?それとも冥界の番犬ケルベロスか?なぁオデュッセウス、お前は何が来ると思う?……ククク、ああ楽しみだなぁ!来るなら来い、ヘラクレス爺さんに譲られたこの大弓と、神々から賜った毒矢があればどんな怪物だって打ち倒せるさ!」
「……俺としてはその毒矢を使う時が来ない事を願いたいがな。貴様とアキレウスが怪物を倒すまでにどれだけの被害が出るか考えたくもないよ」
好戦的な笑みを浮かべいずれ連合軍を襲うだろう怪物の到来を待つピロクテーテスとは対照的にオデュッセウスは渋い顔をして溜息をつくのであった。
「ところでピロクテーテス、ヘラクレス殿は息災なのか?」
「あー、お前に合流する前に出会ったが爺さんは元気そうだったぞ。相変わらず呪いと病に蝕まれていたが全然死にそうになかったな!俺はもう爺さんの事はまったく心配してないよ。下手すれば俺よりも長生きするんじゃないかねハッハッハ!」
「そ、そうか……流石ヘラクレス殿だな」
その後オデュッセウス達は本陣にて雑談を続けていたが、非常に慌てた様子で本陣に駆け込んできた巫女の一人が連合軍の総大将アガメムノンに耳打ちするのを見て二人は気を引き締める事にした。
「おい、見ろよ。総大将殿が顔を真っ青にしているぞ?ははぁ、あの様子じゃとんでもない怪物が来るみたいだな!腕がなるぜ!」
「嬉しそうにするんじゃない。まずはアガメムノン殿に確認しなければ」
獰猛に笑うピロクテーテスを窘めつつオデュッセウスは状況を確認する為にアガメムノンの傍に駆け寄る。
「アガメムノン殿、一体何が?」
「……………ミュケナイの、ミュケナイの守護者が、あのマカリオスがトロイアに味方するそうだ」
「ッ」
顔面蒼白となったアガメムノンの言葉を聞いたオデュッセウス達は思わず息を呑む。先程まで騒がしかった本陣は水を打ったように静まり返っていた。
「マカリオス殿が?しかしあのエウリュステウス王がミュケナイの守護者を外に出すとは考えられませんが。今回の戦争ではミュケナイは非干渉の立場を取っていたはずです。それに今のトロイアに味方するという事は世界を敵にまわすという事。長い間ミュケナイを統治し繁栄させたあの賢王がそれを理解できないはずがない……何よりエウリュステウス王とアガメムノン殿は親戚の関係ではありませんか」
オデュッセウスは冷静な思考でミュケナイの守護者がトロイアに味方するのはおかしいと指摘するも、アガメムノンは恐怖に震え矢継ぎ早に周囲に指示を飛ばしていく。
「しかし、巫女が言うには神々がそう仰っていたと!あのマカリオスが来るから備えろと!おい!アイアスよ!化け物から私を守れ!兵達にも周囲を警戒させろ!」
半ばパニック状態になったアガメムノンを見つつオデュッセウス達は顔を見合わせどう対策するべきか話し合う事にした。
「あのミュケナイの守護者が敵にまわるのか。かつてミュケナイで行われた神前競技ではヘラクレス殿に負けていたというが、力と脚の速さはヘラクレス殿を超えていたとか」
「ああ、そうだ。私は若い頃ミュケナイまで行って見に行ったのを思い出すよ。あの半神の凄まじい力をな……山を軽々と持ち上げ、稲妻の如き速さで走るあの姿は今でもはっきりと覚えている。あれが私達に向けられると思うとゾッとするよ。アガメムノン殿があれ程怯えるのも無理はない」
「しかしマカリオス殿も年老いている。昔よりも確実に衰えているはずだが」
「貴様は知らんのか?あの半神は鍛錬を毎日欠かさず続けていて、今も簡単に大山を持ち上げる事ができると聞いているぞ」
「だがここには世界中から腕におぼえがある勇士達が集まっている。いくらミュケナイの守護者とはいえ我々なら彼にも勝てるはずだ。アキレウスだけに活躍させてたまるものか」
「そうだな、そう思いたいものだ……とにかく何処から来るかわからない以上警戒を怠らないようにせねば」
かのヘラクレスと渡り合える力を持ったマカリオスが来ると知った勇士達は深刻な表情を浮かべつつも、自分達ならミュケナイの守護者にも対抗できるはずだと信じていた。そんな勇士達を眺めつつオデュッセウスは自軍が勝つ為にどうするべきか考えながらピロクテーテスに話し掛ける事にした。
「おいピロクテーテス、マカリオス殿が戦場にやって来る前に迎撃の準備を。貴様の毒矢があればいくらミュケナイの守護者でも確実に……」
「もう遅い。ミュケナイの守護者殿はあそこにいるよ」
「ッ!?」
ピロクテーテスが真剣な表情を浮かべて遥か遠くの地平線を睨むのを見てオデュッセウスは慌てて視線を向ける。その直後に大地が揺れ始め、それに気付いた歴戦の勇士達は瞬時に迎撃態勢を取っていた。
「おいオデュッセウス、アキレウスは何時俺達と合流する事になっているんだ?」
「……予定では三日後に来るはずだ。これでも相当急がせていたのだが」
「そうか、そうか……それまでに連合軍が残っていればいいなぁ?」
出鱈目な光景を見たピロクテーテスが思わず乾いた笑みを浮かべると同時に、遥か彼方から
オデュッセウス:巨大ロボットを扱う妻が大好きな愛妻家。メネラオスについてはいい感情を抱いていないようだ。この世界ではキルケーも彼に興味を持つ事はないのでハッピーハッピーである。ピロクテーテスがこの戦争に必要だと確信し直接出迎え本陣まで連れて来た模様。
ピロクテーテス:凄腕の弓矢使い。ヘラクレスから色々あって譲ってもらった大弓を大事に持っている。ヒュロスとは友人関係。衰弱しきったヘラクレスを見て最初は心を痛めて嘆き悲しむも、ヘラクレスが全然死にそうにないので最近はまったく心配しなくなったようだ。神々から一撃必殺の毒矢を賜りやる気MAXでトロイア戦争に臨んでいる。メネラオス?アイツ死なねーかなとは考えているが自分から手を出すつもりはない。
メネラオス:ヘレネーを虐待していた件で求婚者達から白い目で見られて居心地が悪いようだ。トロイア軍よりも味方の方が怖いと警戒している。
マカリオス:ミュケナイからトロイアまで走ってきた。とりあえず牽制として山を投げる事にした模様。トロイアに加勢した経緯は次話で書きます。
山:何の変哲もない山である。マカリオスが連合軍に投げつけてきたがアガメムノンは大アイアスに守られているので死なないから大丈夫だ、問題ない。歴戦の勇士達も当然回避するので大丈夫だ、問題ない。精々兵士達が一万人程プチッと潰れるだけなので大丈夫だ、問題ない。ちなみに山は武器じゃないのでマカリオスがアーチャーで呼ばれる事はないはずである。
というわけで最終章となりました。今後も毎日投稿できるよう頑張ります。
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