ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
「ねぇ、石切。風紀委員会に入らない?」
「勘弁してくれ。」
「あなたが入ってくれるとかなり助かるの」
「それ体よく犠牲になってくれって言ってねーか?」
「…待遇よくするから」
「え、ちょ待てぃ何だその間は。というかその返答は俺の推測合ってるって遠回しに認めてません?あとなんで近づく必要があるんですか」
「学園内で融通利くようにするから。お願い、入って。入れ」
「おい怖ぇよとんでもない勢いで待遇が良くなイデデデデデデ力強すぎ腕折れる!!」
昼下がりのゲヘナ学園に悲鳴が上がった。
キヴォトス中を探しても、このゲヘナ学園ほど荒れた学園は無いだろう。「自由と混沌」が校風の時点で危ういが、実態は遥かにやばい。
右を見れば爆発、左を見れば爆発、後ろにはテロリスト、あとたまに化け物。この世の終わりとはまさにこのことだろう。
そんな地獄のような学園で、キヴォトスでは極めて少数派の男子高校生である、ゲヘナ学園3年生の俺こと
「お、折れるかと思った…」
締め上げられすぎて感覚がなくなった腕をさすりながら、俺は屋上の休憩スペースで横になっていた。結局あの後、「前向きに考える」と誤魔化してなんとか逃走に成功したが、あの目はまだ諦めていない目だった。末恐ろしい。
俺の頭上に浮かんでいる、菊の花を連想させる形の黒いヘイローも、疲弊したように揺れ動いているのがちらりと見えた。
さきほど、感情の読めないポーカーフェイスで俺の腕を締め上げていた白髮の少女…空崎ヒナは、ゲヘナ学園の風紀委員会の委員長を務めている。
頭は切れるわアホみたいに強いわカリスマあるわのお化けスペックで風紀委員会を統率し、ゲヘナの治安維持に日々奔走している。率いられている風紀委員も優秀だ。
ではなぜあそこまでして俺を風紀委員会に入れたいのかというと、不本意ながら俺が挙げた功績にある。
例えば、騒ぎを起こしている温泉開発部を相手に間違って単騎制圧をしてしまったり、美食研究会の暴動に巻き込まれそうになり撃退、他にも喧嘩をふっかけてきた不良集団をぶちのめしたりなど…
どれもこれも不可抗力だったのだが、その暴れっぷりが風紀委員会の耳に入り、以来しつこく勧誘されている。
「勘弁してくれ…他にも良い奴がい…ないな。いないかそんな奴。風紀委員会か…どーすっかな…」
「それでは、万魔殿などいかがでしょうか!」
視界にひょっこりと入ってきた、ゲヘナ学園指定の学生帽とこちらを覗き込む赤い瞳。俺はそれから逃れるように身をひねって起き上がった。
「腹減ったし焼きそばパンでも買いに行くかな」
「ちょ、ちょっと!無視しないで!?というか扱い雑過ぎやしませんか!?お返事も貰ってないですし─」
「入らない。」
「ひどい!この鬼!悪魔!あ、鬼だし悪魔だったこの人…」
こいつは元宮チアキ。万魔殿という、ゲヘナ学園の生徒会にあたる組織に所属している。万魔殿のトップである羽沼マコトからの命とかで、ことあるごとに俺を万魔殿に勧誘してくる。
とは言ってもそれは建前で、本音は週間万魔殿のネタにしたいだけらしい。断ったらその日はそれ以上踏み込んでくることはないが、何かしらの土産を持ってめげずにまた勧誘に来る。
耳を貸さずにさっさとその場を立ちさろうとすると、前から赤髪と黄色の髪の少女がやってきた。
「あ、石切先輩。お疲れさまです」
「石切先輩だ!こんにちは〜!」
「よお。お疲れ」
「あ、イロハにイブキ。石切先輩がつれません〜」
「あれだけつきまとってたらそうなるでしょう…」
駆け寄ってきたイブキを抱きかかえ、肩に乗せてやる。手足をジタバタさせ、キャッキャとはしゃぎご満悦の様子。
ある日イブキにこれをせがまれて以来、会ったときにはこうしてやるのが恒例となっている。
「…ところで、石切先輩。まだ『刀』を使っているんですか?」
イロハが俺の左腰に視線を落とす。
そう、銃が支配するこのキヴォトスで、俺は刀を使っている。理由は扱い慣れているのと、単純にかっこいいから。
「ああ。使い慣れた武器だからな。」
「よくそれで戦えますね…尊敬します」
「先輩!話題は変わりますが、テストどうでした?」
その話題を出された途端俺はビクリと肩を震わせ、そっぽを向いた。知らない、テストなんか知らない。
「べ、別に、可もなく不可もなく…」
「…また赤ですか」
「えっ!?でも、このテスト駄目だったら退学がかかった追試がって…」
「う、うるせぇ!テスト如きに人生どうこうされてたまるか!」
苦し紛れの叫びに、2人は哀れみの視線を向けてくる。そんなやり取りをよそに、イブキは何かを思い出したかのように「あ!」と声を上げた。
「イロハ先輩、さっきスイーツ屋さんのキッチンカーが来てたよ!まだやってるかな〜、イブキ行きたい!」
「キッチンカー…ああ、来ていましたね。時々回ってくるやつ。まだ時間に余裕はありますし、行ってみますか。」
「やった〜♪」
肩からイブキをおろしてやると、「石切先輩遊んでくれてありがとう!」と言ってそのまま駆け出していった。
チアキとイロハがその背を追って走っていくのを見送っていると、突然イロハが「あっ」と声を漏らし、こちらを振り返った。
「…あと、万魔殿はいつでも石切先輩を歓迎する…とマコト先輩から。」
「万魔殿一同、心よりお待ちしてます!」
「いつでも遊びに来てね、石切先輩!またイブキと遊ぼうね!」
「…善処する」
軽く手を振って別れを告げると、俺もその場を後にした。
□■□
学校も終わり、放課後。俺は特にすることもなく、部屋を借りているマンションへと足を運んでいた。
校舎にいても風紀委員の人間…特に行政官や血の気の多い切り込み隊長に遭遇すると面倒なので、さっさと帰るに限る。
だが、現実はそう上手くいかないもので。
ドオオオオオン!!!
距離にして約50m先。黒煙がもうもうと上がり、火が起こっているのも確認できた。
こちらに向けて逃げ惑う人々が押し寄せてくる。人の波の向こう側には、温泉開発部の部員がちらほら見える。
「……面倒だな」
さっさと回れ右して、遠回りしてでも避けるのが無難と判断し、踵を返そうとするも、一手遅かったか。不幸にも哨兵に見つかってしまった。
「あっ、あいつだ!刀男だ!また邪魔されるぞ、迎撃態勢!」
あっというまに部員が集まり、こちらに向けて一斉に撃ってきた。
「ちっ、マジかよ」
間一髪、家の影に隠れたが一部の隙もない弾幕の嵐は止まず、部員たちは段々と距離を詰めてきた。
「近接特化なら、近づかせなければいい。これでは君の自慢の刀も振るえない!さあ、今のうちに温泉を掘るとしよう!」
弾丸の嵐に紛れて聞こえてくる、癪に障る高笑いにまた舌打ちをする。確か温泉開発部部長の…カスミとか言っていたか。
「手榴弾でもありゃよかったが…まぁ、ないよな。この上銃もないと来た。さっさと逃げたいが、この弾幕だとそれも厳しそうだ。」
だが、それならそれで戦り方はある。
隠れていた家のベランダに飛び上がって入り込み、一息に屋根へと登った。そのまま弾幕を張っている温泉開発部の死角へと家の屋根をつたって回り込んだ。
「このまま撃ち続けて刀男を抑え─」
言い終わらない内に、悲鳴と共に隊長と思わしき人物が地面に倒れ伏した。同時に、何かが着地したような音が響く。
「えっ!?隊長─」
異常事態の発生にいち早く気づいた部員が振り向くが、風切り音と共に倒れた。
「き、奇襲だ!」
「なっ、どこから─」
その声に気づき、温泉開発部の部員達が銃口を向ける前に、一人残らず地面に頬擦りするはめになった。
「片付いたか。」
地面に転がる、うめき声を上げる死屍累々の有様の部員達を見ながら静かに納刀。
「窮地は脱した、このまま本隊に気づかれる前に─」
「おっと、そうはいかないな。」
刹那、足元に銃弾が撃ち込まれた。足を出していたら、間違いなく当たっていただろう。ため息をついた後、俺は再び抜刀し撃った相手と対峙した。
「前衛部隊を葬り去った手腕は実に鮮やかだったが、こうなってしまえば最早打つ手はあるまい!」
そこには、先ほどの倍以上の部員が銃を構えてこちらを狙っていた。その中には閃光弾や催涙弾の類や、どこから調達してきたのかロケットランチャーを担いでいる部員もいた。
迂闊。
その用意周到さから、誘い出されたと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「ここに遮蔽物は無い。このまま蜂の巣になるか、大人しく投降するか…賢い選択をすることだな!」
耳に障る高笑いと共に、部員たちが引き金に指を添えた。
周りを見渡すも、カスミの言った通り、周辺に遮蔽物の姿は無い。道のド真ん中のため射線がこれ以上無いほど良く通る。
(被弾覚悟で突っ込むか。)
腹を決めて刀を握り直し、グッと身体を地面に沈み込ませて突っ込む体勢になる。
「……え、ええ?ちょっ─」
ズダダダダダダ!!
「うわああああ!?」
銃声が鳴り響き部員達が倒れた。どうやら音の出処は、温泉開発部の後方からのようだ。続けざまに、小銃とアサルトライフルの銃声も聞こえた。
「…この銃声は。」
「ひ、ひえええええ!!」
間髪入れずに、ザッザッザッと軍隊のように規則正しく重々しい無数の足音が近づいてきた。温泉開発部の部員達が慌てて撤退を始め、カスミを担いで嵐の如く逃げおおせた。
「温泉開発部が暴れてるって通報を受けて来たのだけれど…危なかったわね、石切。」
「ああ、助かった。」
刀を鞘に納め、ようやく一息ついた。どうやら近隣住民が風紀委員会に通報していたようだ。いつもながら対応が早い。
俺が伸した温泉開発部部員が拘束されていくのを横目に見ていると、銀髪ツインテールの少女が近づいてきた。
「あれだけ目に見えた戦力差があるのに戦おうとするなんてバカじゃないの?」
「投降するくらいなら敵と差し違える…武士の誇りさね。」
その答えに呆れたように息を吐き出し、排莢した。空薬莢が地面に転がり落ちる音がやけに響く。
「そのうちほんとに死んじゃうんじゃないの?」
「なんだ、心配してくれんのかよイオリ。」
「ち、違う!いつも顔合わせてるヤツに死なれたら目覚め悪いだけ!勘違いするな!死ね!」
生きてほしいんだか死んでほしいんだか。
ちなみに、こいつは
「まぁ、とにかく助かった。ありがとな。この礼はいつか…」
「待って。」
凛として、しかしこの場を離れることを許さないという確かな威圧感を持って呼び止められた。俺は出した足を止めてヒナを振り返った。
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「お礼と言うなら、風紀委員会に来なさい」
「まだ言ってんのかよそれ」
「あなた、成績危ないんでしょう?知ってるわよ、次のテスト落ちたら退学だって。」
「…」
「ッ!」
思わず刀に手をかけた。それに反応してイオリと周囲の風紀委員が銃を手にかけたが、ヒナが片手で制した。
なんでそんなこと知ってんだ?テストの話はイロハ達だけにしかしていないはず…いや、相手は天下の風紀委員会。一人の生徒の成績を把握することなど朝飯前なのかもしれない。どうせ変態行政官あたりの仕業だろう。
個人情報を知られているとあって反射的に刀に手をかけてしまったが、ひょっとして風紀委員会の権力で何とかしてくれるのだろうか?
「風紀委員会に入って仕事を手伝ってくれれば私達も余裕ができる。勉強の面倒見てあげられるわよ」
「ああ、そういうこと…」
てっきり権力で俺の成績をどうにかできるのかと思ったが…いや、規律に厳しいヒナがそんなことするはずもないか。
「…逆になんだと思ったの。」
「何でもない。」
妙に納得した雰囲気を出し過ぎたのか、怪訝そうな顔をされた。刀にかけていた手を引いてあごをポリポリと引っかき思案する。
「…まぁ、俺もこのままだとやばいし、悪い話じゃないからな。」
あごから手を離し、ポッケに突っ込む。
「乗った。入るぜ、風紀委員会。」
その返答を聞いたヒナは頬を緩め、小さく笑った。何気にこんな顔したヒナは初めてかもしれない。
「決まりね。手続きはこちらの方で済ませておくから。明日からよろしくね」
やけに満足そうに笑いながらヒナは、何かをまくしたてているイオリと風紀委員達を連れて引き上げていった。
その日の夜、風呂から上がってベッドに横になっているとヒナからモモトークが来た。
『明日から、よろしく』
どこかたどたどしさがありながらも、普通の女子高校生らしい文面で僅かに面食らった。もっと事務的で固い文面にかと思っていたが…
『こっちこそよろしく』
とだけ返すと、急に眠気が襲ってきたのでスマホをベッド備え付けの小テーブルに放り、明かりを消した。
□■□
そして翌日。
「風紀委員会に入って早々、一分も遅刻するとは良い度胸をしてますね石切さん?遅れた理由を懇切丁寧に説明してもらいましょうか。」
俺風紀委員会やめようかな。