ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
目が覚めてから、早くも1週間が経過した。
左目の喪失以外にも、どうやら全身にアザや切傷を負っており、ところどころ骨にヒビも入っているようだった。
特に青髪の少女から額と後頭部に一発ずつもらったのが効いており、中々痛みが引かない。
しかしそれらも、俺の担当医である鷲見セリナの献身によってこの1週間で大分よくなってきた。
彼女曰く、俺の回復力は常人と比べて遥かに高いのだそう。本来ならば一ヶ月入院は固いところを、1〜2週間で退院できるとのこと。
君の献身が無かったらこうは行かなかったと頭を下げると、「救護騎士団として当然のことですので!」と言うので、偉いと褒めたら赤面してどこかへ走り去ってしまった。また褒めようと思う。
一方トリニティ内部は未だにエデン条約の騒動が尾を引いており、外から見ていても分かるくらいには治安が乱れていた。
一連の騒動に深く関わっているらしいティーパーティーの聖園ミカが糾弾されていたり、銃声や砲撃音がいつも以上に増えていたり、と。
そんな状況でよく目にするのが、トリニティの治安組織である正義実現委員会だ。
一般的なトリニティ生の制服が白を基調としたセーラー服であるのに対し、彼女達正実は黒を基調としたセーラー服を纏っているのが特徴的ですぐ見つけられる。
さて、なぜ俺が誰に言うでもなくダラダラと背景を説明しているのかと。
「……」
「…なぁ」
「キィアアアアアアアア!?」
「!?」
「ツルギ、落ち着いてください」
「あの〜ツルギ先輩、そろそろ入りません?もうかれこれ20分はこうしてるっすよね」
「…わぁ。本当に男の子だ。」
病室の隙間から、その正義実現委員会の幹部たちがこぞって覗いてきているからである。
実を言うと、剣先ツルギはこの1週間で何回か俺の病室を訪れている。が、俺が声をかけるたんびに奇声を上げて病室を逃げ出してしまうのだ。
ついでに言うと、1週間の内に、ここにお見舞いに来てくれたのは剣先ツルギだけではなかった。
シャーレの先生や、風紀委員のみんな、桐藤ナギサを救出する際に居合わせた正義実現委員会の子達、それ以外の救出したトリニティの子達。更には万魔殿のイロハも来てくれた。
ここまで多くの人達に気にかけてもらえていたのかと思わず目頭が熱くなったものだ。
(…ただ、みんなの様子が何か怖かった気がする。)
例えば先生。
“やっほ、調子はどう?達也。…ごめんね。私を庇って、左目が…。大丈夫、達也には私がいるよ。今度は必ず、私が達也を守るからね。私が、喪った達也の左目になる。困ったらいつでもシャーレにおいで?ううん、困ってなくてもいつでも来ていいからね。”
“うん?この花の名前?……ふふ、カランコエって言うんだ。綺麗でしょ?”
例えばイロハ。
『失礼します〜、石切先輩?いらっしゃいます…か…。…その包帯は?』
『……そう、ですか。左目が…』
『…ええ。みんな無事ですよ。もう現場復帰を果たしてます。』
『マコト先輩ですか?あの人はエデン条約の事後処理で三徹してバッタリです。イブキはチアキとプリンデートしてます。…私、ですか?…私はサボりついでに様子を見に来ただけですよ。』
『……退院したら、虎丸に乗って一緒に学校サボりましょう。あと、これ。私イチオシの本です。必ず先輩の手で返しに来て下さい。約束、ですよ。』
例えば桐藤ナギサを一緒に救出した正義実現委員会の子たち。
『そんな…石切さん、左目が…』
『私たちにできることがあれば、いつでも私たちに連絡してくださいね!』
『…許せない、アリウス。』
例えばヒナ。
『………まだ、こうしてたい。だめ?』
彼女は病室に入ってくるなり、ベッドに潜って俺の左側にぴったりと寄り添い永遠に出てこない。
やんわりとベッドから追い出そうとすると、潤んだ瞳でこちらを見上げてからのこのセリフ。断れるわけがない。左目を失ってからというもの、ヒナの俺に対する遠慮がどんどんなくなってきている気がする。
結局、アコやイオリ、チナツが引っ剥がして帰っている。
…3人から向けられる視線に湿度を感じるのは気のせいだろうか?
とまぁ、こんな感じでみんな俺のことをすごく心配してくれているわけだ。いっそ怖くなるくらいに。
そんな中、俺とはほぼ面識のない正義実現委員会の人たちは、変な言い方だが普通にお見舞いに来てくれたのではないか?と淡い期待をしていた。
もちろん、みんなお見舞いに来てくれるのは嬉しいのだが。
「し、失礼…します」
(!?)
ついに意を決して入ってきた剣先ツルギ。しかし、その様子は調印式の時に見た姿と大分異なっていた。
調印式の時は爆発寸前の爆弾だったが、今は年相応の少女らしく頬を赤らめている。なんなら丁寧な口調で話している。あのオラオラ口調はどこ行ったんだ。
(印象が違い過ぎる…こっちが本来の性格なのか!?これが!?普段あれなのにか!?)
本当に調印式の時と同じ人物なのかと脳が理解を拒んでいるが、そんなことが伝わるはずもなく。正義実現委員会の面々は剣先ツルギを先頭に病室へ入ってきた。
「お久しぶりです、石切達也さん。こうして会うのは、あの古聖堂の戦い以来ですね。」
「あ、あぅ…その、久しぶり、です。…石切さん」
「!?」
(久しぶり…)
「あはは、石切さん本音建前ひっくり返ってるっすよ〜」
「……ツルギ先輩がここまで乙女になってるの、先生以外では初めてかも…」
理路整然とした口調の羽川ハスミと対照的に、剣先ツルギは口籠り、赤面した顔を見られまいと俯きがちで目を合わせようとしない。
困惑を隠せないでいると、羽川ハスミが困ったように眉を寄せ、事情を説明してくれた。
曰く、調印式の時は先生を守るべく戦闘モードのスイッチが入って冷静でいられただけで、元に戻った途端、初めて目にする同い年の男子相手にどう接すればいいか分からずこうなってしまったのだという。
「じゃあ、病室来るたんびに逃げ出して行ったのも…」
「どう接すればいいかわからず、暴走してしまったのでしょう。その節はお騒がせしました。」
「い、いや、そういう事情があったなら、別にもう構わない」
頭を下げる羽川ハスミと剣先ツルギを慌てて手で制し、お見舞いに来てくれて嬉しいと伝えた。
「あぅ…その、先生を守って大怪我をした、と聞いたので、なんとかしてちゃんとお見舞いに来たいとは思っていて…1人じゃなくて全員でなら、気も紛れて喋れると思って…」
頬を染め、胸の前で両人差し指を合わせ、何度も目線が床とこちらを行ったり来たりしながらたどたどしく説明をする剣先ツルギ。
そのあまりにも乙女な仕草に、俺の中で何かが崩れ落ちて行く感覚がした。
「こちら、ささやかな物ですが…あの、石切さん?」
「えっ、あ、ああ…ありがとう」
剣先ツルギに縛られた視線を戻し、羽川ハスミから見舞いの品を受け取ると糸目の少女があはは、と笑った。
「あ~、ツルギ先輩のギャップに驚いて頭が追い付かない感じっすか?本当はこっちのほうが素に近いんすけどね〜。あ、ちなみに私は2年の仲正イチカっす。よろしくっす〜。ほら、マシロも」
「…1年の静山マシロ、です。」
どこか気の抜けた気怠げな口調で、仲正イチカは隣にいた少女の肩を叩いた。
静山マシロ、と名乗った少女は好奇心が宿った瞳でこちらを見つめてくる。
(仲正イチカに、静山マシロね…仲正イチカはいいとして、静山マシロ。お前のそのスカート丈は何なんだ!?)
もはや上から測ったほうが早いスカート丈に度肝を抜かれた。滅多に異性がいない女子校とはいえ、そのスカート丈はいかがなものか。
そこまで考えたが、そういえば風紀委員会に静山マシロのスカート丈が比にならない露出狂いがいたなと思い直し、思考を止めた。
思考の海から意識を戻すと、なにやら静山マシロが俺の顔をじっと見つめていた。
(まさかスカート丈見てるのがバレたか!?)
「じー…」
「な、なんだ?俺の顔になにかついてるのか?」
「あはは、そんなまじまじと見たら石切さんびっくりしちゃうっすよ、マシロ。」
「すみません、男子生徒を見るのは初めてでして。」
静山マシロは口ではそう言いつつも、目はずっとこちらを見続けていた。
これ、バレてるのか?バレてないのか?
そうしてドギマギしていると、仲正イチカが口を挟んできた。
「キヴォトスでは珍しいっすからね〜。あ、そうそう。石切さん、正義実現委員会内で人気なんすよ?」
「え?なんでだ?」
接点が掴めず困惑していると、剣先ツルギが前に進み出てきた。
「そ、それは、騒動の最中、石切さんがウチの委員を大勢助けてくれた、ので。今日のお見舞いも、そのお礼を兼ねて来ました」
ペコリ、と頭を下げて礼を言う剣先ツルギを見て、俺はあの日のことを思い返した。
あの日、俺は吹き飛んだ古聖堂で瓦礫の下敷きとなっている生徒をゲヘナ、トリニティ関係なく片っ端から救出していった。
そうだ、あの中には正義実現委員会の委員も多くいたな。
「気にしなくていい。当然のことをしたまでだ。…ところで、そっちは大事ないか?」
「はっ、はい。全員回復して、現場復帰を果たしています」
「そうか…よかった。」
胸の内が安堵で満たされた。これで助けられていなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。
「…あの、石切さん。その左目は?」
恐る恐る、といった様子で羽川ハスミが訊ねてきた。剣先ツルギも同調して口を開く。
「先生を助けて大怪我を負った、というのは、その左目が…?」
「…まぁ、そうだな。アリウスと戦ってな。」
脳裏にはあの光景がフラッシュバックする。
先生に向けられた銃口、投げられた刀、左目に焼き付けられた赤いマズルフラッシュ、脳を焼く激痛。未だ鮮明に思い出せる。
「そうでしたか…状態は?」
「もう開くことはないってよ」
「「「「…!!」」」」
瞬間、息を呑む音が重なった。
病室内に重たい空気が横たわり、皆が口を閉ざした。
俺はベッドに立てかけられた刀を手に取り、静かに鞘から刀身を滑らせた。
陽光を受けた刀身は周囲の景色と、その身に刻まれた無数の傷跡を浮き彫りにしていた。
同時に、刀身を覗き込む傷だらけの顔をも映した。そこには左目に包帯を巻かれた満身創痍の男がいた。
「随分と不格好になったもんだ。」
自嘲気味にそう呟いた。誰かが手のひらを握りしめる音が耳に届いた気がした。
「そもそも、もっと俺が上手く立ち回っていれば、ヒナへの負担を減らせていれば、ヒナが倒れることも先生が危険に晒されることもなかった。」
そうすれば、ある程度余裕を持って戦うことができたはずだ。あの青髪の少女から不意打ちを貰うこともなかった。左目を失うこともなかったはず。
しかも指揮官であろうあの4人組の内2人を俺は倒したのだ。勝機はあった。だが疲労を言い訳に判断が鈍り、油断した。
「だが俺はしくじった。その結果が
今や機能しなくなった敗北の証をなぞる。マズルフラッシュを焼きつけたまま閉じられたこの目は、未だ戦場を彷徨っていた。
胸の内に、感情が湧き上がる。
怒り、憎悪、後悔、哀愁─
─
─あーあ、もっと俺が上手くやってたら
(俺が勝ってたのに。)
「石切さん。」
羽川ハスミが静かに俺の名を呼んだ。
ハッとして俺は刀を鞘へ戻し、ベッドのすぐ側に立っていた羽川ハスミへ向き直った。すると突然、俺の両手が柔らかく温かい手につつみ込まれた。
「えっ?」
「…私は、あなたを尊敬します。」
見上げると、瞳を潤ませて真剣な表情でこちらを見つめる羽川ハスミの姿があった。
「自身を犠牲にしてまで他者を助けるその姿勢は、正義実現委員会として尊敬すべきものです。先生は外から来た人ですから、撃たれていたら死んでいたかもしれません。あなたは、1人の命を守ったのです。」
だから、と僅かに声を震わせ、羽川ハスミは言葉を紡ぐ。
「他の誰でもないあなたが、あなた自身を卑下するのはやめください…ッ!」
ぎゅっ、と握る手に力を込めこちらに身を乗り出す。凛々しく美しい顔が歪み、潤んだ瞳から溢れるように一筋の涙がこぼれ落ちた。
そんな真剣な訴えを受け、俺は…
(ちょっ近い近い近い近い!めちゃくちゃ美しい顔が目の前に来てるゥ!!?シャンプーと女の子特有の甘い匂いが来てるゥウ!!!)
何も耳に入っていなかった。
『シャバい立ち回りしちまったな〜』とボヤいただけなのに、何故かすごい深刻に受け止められている。
そして顔と性格とスタイルのいい女に両手を握られガチ恋距離で話しかけられている。
女子に囲まれて生きているとはいえ、俺は別に女子に耐性があるわけではない。
当然である、俺だって一介の男子高校生だ。
え?ベッドに潜り込んでくるヒナはどうだって?多分…妹的な?
…まずい、左目ぶっ飛んでから独り言が増えてる気がする。もしや左目だけじゃなく脳ミソも吹き飛んだのか?
羽川ハスミに両手を握られフリーズしてしまった所に追い打ちを掛けるがごとく、さらなる災難が降り掛かった。
「達也、起きてる?今日は皆で来たわよ」
「達也さん?委員長がじきじきに来たのですから、さっさと起きなさい」
「達也!お前の好きなプリンを買ってきてやったぞ!」
「先輩、起きていらっしゃいますか?お見舞いに参りました」
控えめに引き戸が滑り、ヒナを先頭に風紀委員会の面子が入ってきた。そして、俺の手を握って泣いていてる羽川ハスミとフリーズしてる俺を見て皆固まった。
そして、その他の正義実現委員会の面々も固まった。
「…………達也。」
「…はい」
みるみる冷たい目つきへと変わっていくヒナの顔を見て、デジャヴを感じつつ俺は全てを諦めた。
「この状況、すべて説明してもらう。」
「……はい。」
俺は項垂れながら、今回は何時間で解放されるのか思索にふけった。
※ちゃんと説明したら分かってもらえました。